兄曰く、「ろくでもない話」

兄ちゃんの部屋は、たくさんの種類のギターが置いてあり、机にはいくつもの本が高く積み上げられていた。ギターだけでなく、ピアノも一台置かれていて、壁には写真が貼り付けられている。その写真に写っている兄ちゃんはとても輝いて見えた。

当時小学六年生だった僕は、自分の部屋があるにも関わらず、兄ちゃんの部屋にいることの方が多かった。

兄ちゃんはすごくギターが上手だった。でも、それ以上に兄ちゃんの歌声が好きだった。
兄ちゃんはよく、曲を作っていて、人前で兄ちゃん自身が歌うことは少なかった。
僕は何故兄ちゃんが歌わないのか、兄ちゃんに聞いてみたことがあった。

「ねえ、兄ちゃん。」
兄ちゃんは「なんだ?」と笑顔で僕の方に振り返った。
「兄ちゃんはなんでいっぱいの人の前で歌わないの?僕は兄ちゃんのギターも、曲も、詩も好きだけど、歌声も好きだよ!兄ちゃんが歌えば、絶対有名になれるよ!!」
すると兄ちゃんは少し微笑んだ後に、僕の頭をくしゃくしゃ、と撫でてきた。
「なんだよ、兄ちゃん!」
「いや、何だろうなぁ。確かに俺、なんで歌わないんだろうな。考えたこともなかった。」
「考えたこともなかったって・・・。」
僕は少し呆れ気味に兄ちゃんを見ていた。すると兄ちゃんは僕に、
「お前はどのギターが一番好き?この中で。」
と聞いてきた。僕はその問いに、

「いつも兄ちゃんがじゃんじゃか弾いているやつがいい!」

と即答した。兄ちゃんは「珍しいな」とつぶやいた後、
「それはアコースティックギターって言うんだ。これを選ぶなんて、お前センスあるな。」
「あ、あこーすてぃっく、ギター・・・?」
「そう。弦が六本のギターのことだよ。じゃんじゃかっていうのは・・・ストロークって言うんだよ。俺は、この六本の弦のアコースティックギターで、今まで曲を作ってきた。このギターで作曲をすると、不思議なことに自分の中にある音しか出てこないんだよ。」
「自分の中にある音って?」
「うーん、何ていうのかな・・・。今まで聞いてきた全ての音で、自分がつくりたい曲が作れるっていうか・・・要するに、自然に出てくるんだよなぁ、曲が。」
このときの僕には、兄ちゃんのことがすごいとしか感じられなかったけど、言葉に表現するのが難しかっただろうな、とか今更思っていたりする。
そして僕は率直に褒めたところ、「それは違うな。」と兄ちゃんは否定した。
「十人十色、って知ってるか?」
「うぅん、知らない。」
「人によって好みや考えは違うことを十人十色って言うんだ。たとえば、お前はハンバーグが好きだろ?」
「うん、大好き!」
「だけど俺はステーキが好きだ。」
「ええー!?ハンバーグの方がおいしいよ!」
「こうゆうのを十人十色って言うんだよ。ハンバーグが好きな人もいれば、ステーキが好きな人もいるってことだ。」
それが兄ちゃんが歌わないのと何の関係があるのか、と思った。
兄ちゃんは僕が思っていることを察したのか、こう言った。
「俺はどんな人が歌っても、聞いても、客観的になれる曲が作りたいんだよ。俺も自分の曲を聞いて客観的になりたいんだろうなぁ、だから自分で歌ってないのかもしれないな。」
「きゃっかんてき・・・?な、なにそれ・・・?」


「お前には難しかったかな。たくさんの人が理解してくれたり、納得してくれるってことだ。結局俺はどんな人が歌っても、感動させられるような曲を作っていきたいだけなんだよ。人の考えは十人十色だ。俺の曲を好きって言ってくれる人もいれば、嫌いって言う人もいる。でも、少しでも聞いて、共感してくれる部分があれば、兄ちゃんはうれしい。だから、歌い手は関係ない、俺は俺の曲をこれからもつくっていこうと思ってる。」


全部は理解しきれなかった。でも、兄ちゃんが、すごく大切なことを言っているのはわかった。


僕は兄ちゃんにこう言った。
「僕、兄ちゃんみたいになれるようにがんばる!」
「どうしたんだよ、急に。」
「兄ちゃんみたいに、いつか"じゅうにんといろ"で"きゃっかんてき"な曲をつくる!!」
「お前、本当に言葉の意味わかっているのか?」
「わかってるよ!ハンバーグとステーキをみんなに納得してもらうんでしょ!」
と言った瞬間、兄ちゃんは「ハンバーグとステーキかよ!」と大爆笑しながら、もう一度僕の頭をくしゃくしゃ、と撫でた。
「お前も大人になったらわかるよ、兄ちゃんの言っている意味が。お前の曲を聴けるのをずっと楽しみに待っているよ。」


そうして、僕は曲をつくりはじめた。

兄曰く、「ろくでもない話」

気まぐれで書いたものです。

兄曰く、「ろくでもない話」

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-12

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