雨宿り

昔書いた作品をテストとしてアップします。
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雨に、降られてしまった。
もう十月も終盤だ。本格的な寒さはまだだが、濡れた服を着たまま外にいたくはない。
学校からの帰り道に慌てて走っていた俺は、そのように考え、どこか雨宿りできる場所はないかと探していた。
そして、見つけた。坂の途中にある、バス停の待合場所のような小さな空間。
雨から逃げるように俺はその空間に入る。
それから気がついた。
その小さな屋根のある空間が、何のために作られていたのか。
坂から屋根の下に入って正面のところに、壁を彫るようにして作られたお地蔵様があった。
どうやらここは、お地蔵様へお参りをするための空間らしい。


~雨宿り~


まず濡れたカバンを地面に置く。次にそれ以上に濡れている気がする自分の体を、どうしたものかと考える。
答えは出ない。残念ながら。
雨が止む気配は無かった。帰宅途中に突然降りだし、慌てて走っている最中も勢いを増し続けていた雨は、今では地面に穴を空けるのではないかという勢いで降っている。
帰路は全速力で走ってもまだ十分近くあるだろう。このまま雨の中を進むことは難しい。バスに乗ろうにも、バス停までは遠い。
少なくとも雨が弱くなるまで移動するのは無謀だろうなあ。
一方で濡れた制服も当然まずい。このままでは体が冷えて風邪をひいてしまう。
雨に打たれて体調を崩すのも避けたいが、じっとしたままで体温を下げるのもいただけない。
3日後には定期考査が控えているのだ。
追試制度という甘えがない我が学校にとって、定期考査の欠席は単位習得の危機に直結している。

「どうにかしないとなあ……」

思わず独り言が口を出た。
普段は独り言など、どこか周囲からの印象が恥ずかしくて、口にする気にならないはずなのに。
しかし考えてみればここは、人の通りが少ない場所で、しかもやかましく降りしきる豪雨の中だ。
どんな大声を出しても、雨が言葉を遮断して、遠くまで届くはずはない。
そんな気がする。
そんな気がしてくると、はばかることなく言葉は続いた。

「無事に家へ帰りたいな……」

恥も外聞もなく、呟いた。仮にも17年生きた、健全な体にも恵まれた、一人の青年がである。
高々雨宿りで一人っきりになっただけなのに。それなのに、俺は迷子になった子供のように、一人を怖がり、家に帰れるか不安で、弱々しく呟いた。
なんだか情けないなあ。
雨は相変わらず勢いを増すばかりだ。普段は通り過ぎていくだけの坂の途中で、今日は後何分、何十分、何時間立ち続けるか分からない。
そう考えると、この状況というのは何から何まで未知数なもので、どこか不気味に感じられる。
果たして今まで経験したことのないこの状況で、なにが起こるのか、まったく分からない。
分からないからか、不安な気持ちは少なからず心の中に覗き出てくる。
うん、なんだこのネガティブ思考。我ながら嫌になってくる。

「ええい、ちくしょう景気づけだ! お地蔵様お地蔵様、どうか良いことありますよーにっ!」

賽銭箱が見当たらなかったので、ひとまず本来はお供え物を置くらしい小皿の上に百円玉をおいてみた。
それからもう一度、「良いことありますよーにっ!」。俺の胸と同じくらいの高さに彫られているお地蔵様へ手を合わせた。
……うん、完全にテンションがおかしくなってるな、俺。
はあ、と溜息が出る。
お地蔵様の表情は朗らかに微笑んでいらっしゃる。その笑顔を見ていると、急になんだか向き合っていられなくなり、顔を伏せてしまう。
なぜだろう。臆病への哀れみが笑顔の中に見える。
俺は顔を伏せたままゆっくりと一回転、お地蔵様が見ていらっしゃる方向と同じ方へ体を向けなおした。
音から察するに、雨は弱まりそうにない。俺が着る制服から滴り落ちた水滴が、小さな流れを地面に作っている。
はやく止まないものだろうか。寒さで風邪をひく前に。そう思いながら顔を上げた。
まず、買ったばかりのような真新しいサンダルが見えた。続いて細やかな脚。その脚は膝より少し下のところでスカートの中に入る。スカートの次は暖かそうな上着だった。続いてすぐにバッグがかけられた腕が見える。胸のふくらみ。そして首。最後に見えたのは、顔だ。

「……」

いつの間にか。切れ長の目をしっかりと開いた女性が、この屋根の下に入ってきていた。
髪は黒く、肩を少し過ぎた辺りまで続いている。手入れを欠かしていないのが分かった。どこへ出て行っても悪くないほど整っている。

「えっ、あ……?」

「……」

服装こそ今風だが、どこか古めかしい印象を受ける女性だった。
趣や佇まいというやつだろうか。街角の郵便ポストを見て昭和や大正の時代を思い起こすように、彼女を見ると過去の時代を思わせる。
田舎者が都会の格好をしても消せない匂いがあるような、そんな感じで、彼女からは古めかしい匂いがするのだった。

「……」

「……」

「あのう……?」

「え? あ、はい……」

「入ってもいいですか? 雨宿りしたいので……」

「あ……? あっ、は、はい」

女性は丁寧に腰を折って頭を下げると、一歩屋根の下を進み、俺のすぐ横へ移動した。
そして坂のほうへ向き直ると空の様子を窺いつつ、一言。

「雨、やみそうにないですね……」

「そうですね……」

上の空な返事をしつつ、俺は状況を確認する。
雨宿りをする人間が、一人増えた。それも何だか唐突に。

雨宿り

雨宿り

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-11

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