糸で絡めて
儚く、切ない片思い。
脆く、淡い恋の形。
激しく、静かな愛の炎。
人形師の青年に恋をする、マリオネットの想い。
2013 5/11~5/12
マリオネット
華やかな舞台で、綺麗なドレスを身に纏って優雅に踊る。
あなたの奏でる音に乗せて。
あなたの歌声に合わせて。
あなたの意思をそのままに。
あなたの手となり。
あなたの足となり。
あなたの為に踊り続けるの。
......あぁ、まだ幕を降ろさないで。
音が終わっても踊り続けたい。
終わりの無い歌に酔いしれて。
思いのままに。
儚い手つきで。
確かな足取りで。
私が......踊っていたいの。
意思を持つ事は、許されないけど。
まだ......糸を切らないで。
幕を降ろされた舞台は、暗く、冷たく、ヒヤリと淋しい。
無機質で固く、冷たい歪な空間は、ただの空っぽな塊。
それはまるで私の心ね。
「まだ終わりたくない」
そう言ってるのが聞こえるわ。
でももう、糸は切られてしまった。
私はもう、踊れない。
あなたに繋がる意図が無ければ。
あなたの歌声が無ければ。
あなたの意思が無ければ。
あなたの手が無ければ。
あなたの足が無ければ。
私は......華麗に踊る事なんて出来ないの。
もっと、もっと。
......そう、願う事は我儘ですか?
もっと、もっと。
......そう、縋る事は罪ですか?
まだ......。
......そう、訴える事が出来ない私は、指のひとつも動かせない。
糸が切られていく。
ぷちん......。
......ぷちん。
あなたの手で。
あなたの意思で。
あなたの鋏で。
あなたの吐息が、かかる。
あなたの気持ちが伝わる。
あなたの手が、触れる。
ねぇ。まだ、私踊りたい。
ねぇ。まだ、その糸を切らないで。
ねぇ。まだ、歌をやめないで。
ねぇ。まだ、まだ......あなたと繋がっていたいよ。
......ぷちん。
私の気持ちは伝わらない。
私に気持ちがあるなんて、知らないでしょ。
私は、あなたの人形だから。
あなたなしでは、なんにも出来ない人形だから。
細い糸が繋ぐ、私の命。
私の髪を梳かすあなたの手。
私の髪に触れるあなたの指。
私に体温を伝えるあなたの膝で。
私はおとなしく身を委ねるの。
細い櫛が長い髪を梳いていく。
あなたの指が優しくて。
涙が出そうなの。
あなたの体温が優しくて。
私も暖かくなっていく。
あなたの瞳が優しくて。
私もそっと見つめ返す。
......もう、櫛を置いてしまうの?
もっと、触れていたい。
なんて、思うのは私だけ?
もっと、温めて欲しい。
なんて、思うのは私だけ?
あなたは、そう思わないのね......。
私に用意されたのは、小さな箱。
暗い部屋にひとり。
狭い部屋にひとり。
揺りかごのような。
鳥かごのような。
鍵のかかる、私の部屋。
「おやすみ」
あなたの声は優しい。
あなたの瞳は優しい。
あなたの手は優しい。
あなたの指は優しく、私を閉じ込めて鍵をかける。
あなたの声も、体温も、視線も、伝わらない。
私の声も、温度も、視線も、当然伝わらない。
だから、私は眠るの。
次にこの扉が開いたら、また私を見つめてもらえるから。
明るく、煌びやかな、暖かい舞台で、あなたと細い糸で繋がって踊る、夢を見るの。
マリオネット2
夢の途中で、光が私を目覚めさせた。
もう、朝?
もう、出番?
もう、あなたの顔が見れるの?
そう、思ったのに。
ここは、舞台じゃない。
真っ白な蛍光灯は全然煌びやかじゃなくて。
でも、ここには私の知らない幸せな時間がある。
あぁ。私を抱き上げて、小さな椅子に座らせて?
あぁ。音楽が無いわ。
あぁ。歌も無いのね。
あぁ。早く糸を繋いで。
歌が無くても、音が無くても。
あなたがいれば踊れるから。
あなたと繋がる糸と。
あなたと繋がる意図が。
私を動かすから。
でも、今あなたの目に写ってるのは、私じゃないのね。
......そこにいるのは、誰?
あなたの隣に並ぶのは、誰?
あなたの手に触れるのは......。
あなたが優しく微笑むのは......。
私じゃない、誰か。
私は、お飾りの人形。
あなたの腕に絡みつく彼女が、私を見てる。
「かわいい人形ね」
あなたは得意げにうなずいて私を見てる。
「大事なパートナーだよ。可愛いのは......君」
そうね。
いとおしく見つめるのは彼女で。
優しく見つめるのは私なのね。
ベッドに倒れ込んでいく二人を。
お互いにいとおしく絡み合う姿を。
素肌をさらす恋人同士を。
愛を囁くその二つの唇が触れ合うのを。
あまい視線と言葉が絡み合うのを。
快感と快楽に溺れていくあなたを。
涙を流す事を許されない私は、この目に焼き付ける事しか出来ない。
あなたの白い肌が、汗に濡れていく。
あなたの黒い瞳が、彼女を写して。
あなたの綺麗な指が、彼女の素肌に触れる。
とろけてしまいそうな、吐息と喘ぎが私の耳に絡んで、取れない。
やめて。なんて言えなくて。
いやだ。と目をそらす事も出来ない。
お願い。私を部屋に戻して。
ねぇ......。私を見て?
ねぇ......。私の声に耳を傾けて?
ねぇ......。私に触れてよ。
ねぇ......。見たく、ないよ......。
私に繋がるはずの糸は、もう無いの?
私と繋がっていたはずの意図は、もう途切れてしまったの?
私はもう、踊れないの?
あなたなしじゃ、踊れないの。
あなたはもう、私のあなたじゃ、ないの。
......でもね。
マリオネット3
朝になると、あなたは私を部屋に戻した。
まだ眠そうなあなたの目が、私を見つめてる。
あれ......?
私の目は雲ってしまったのかしら。
あなたの顔が、よく見えないよ。
明るい、煌びやかな舞台も。
滑らかに流れる音楽も。
心に染み入るあなたの歌も。
私の耳には届かない。
おかしいな。
私、どうやって踊ってたんだっけ......。
あなたと繋がる糸は、また繋がれた。
でも、あなたと繋げる意図が、見つからない。
あなたと繋ぎたい意図が、見当たらない。
上手く踊れなくても、やめられない。
失敗しても、止められない。
「気分がすぐれないんです」
「体調が悪いんです」
なんて言えない、私は人形だから。
私を見つめるあなたの瞳が、優しく悲しく揺れている。
あなたを見つめる私の瞳も、淋しく悲しく揺れている。
「今日は調子が悪かったな」
そう自分を責めるように言ったあなたは、私の髪を梳かすのも忘れて、糸だけ切って、部屋に入れた。
あなたは私に「おやすみ」を言うのも忘れて、意図だけ切って扉を閉めた。
パチン、と暗闇に響きもしない鍵の音。
私は、誰にも聞こえるはずの無い声で鳴いた。
涙に濡れる事も無くて。
声が溢れたりもしなくて。
息が苦しくもならなくて。
でも、胸が痛くて痛くて。
そんな私を包んでくれる手は無くて。
お願い。
次はちゃんと踊るから。
お願い。
次はあなたと繋がってみせるから。
お願い。
だから、あなたの側で躍らせて。
あなた無しでは生きられない、人形だから。
あなたと繋ぐ糸は、とても細くて。
でも細いからこそ、頑丈で。
だけど頑丈すぎて、曲げられない。
曲げられない想いは、あなたに伝わってる?
伝わるはずの無い想いに苦しむ私は、空っぽな人形。
そんな空っぽな人形に命を吹き込むのがあなたなら。
吹き込まれたのは命だけじゃなくて。
............あなたが、すきよ。
絶対に聞こえない想い。
絶対に伝わらない想い。
絶対に気付かない想い。
絶対に伝えない気持ち。
だって、あなたは幸せでしょう?
私はあなたの為に踊るよ。
気持ちを押し殺して。
押さえつけて。
道化を演じて。
あなたの思う通りに踊る。
あなたの幸せを、願って。
私の幸せを、心に秘めて。
私は、あなたのマリオネット。
*END*
糸で絡めて
*あとがき*
いかがでしたでしょうか?
人形、マリオネットの片思いを書いてみました。
どんなに可愛らしい姿をしていても、その魅力で愛しい人を振り向かせる事なんて出来なくて。その姿にお似合いだろう可愛らしい声で名前を呼ぶ事も出来ない。でも、糸で繋がってる間だけは溢れんばかりの気持ちを踊りとして表す事が出来る......そんな人形は愛しい人のマリオネット。
......本当は、ラストをバッドエンドにしようと思ってました。
人形が、もう繋がれる事の無くなった糸を使って、愛しい人とその彼女を殺しちゃう......なんて。そして、二度と踊れなくなった人形は、愛しい人の傍らで静かに朽ちていく。その時に、細い糸を愛しい人の指とつなげていたりなんかしたらロマンチックでしょうか?いや、ただのホラーですね(笑)
しかし、これは後味が悪すぎるという事で、これからも愛しい人に躍らせれてもらう事にしました。きっと、この人形はそれが一番幸せだろうから。
もっとどろどろした話にしたかったけど、あまり長くしたくなかったのでこんな感じに収まりました。
では、またお会いできましたら嬉しいです。
ありがとうございました。