愛と哀しみのバナナマン(3)
第三モン話 エコ怪物ゴミモン現る
ここは町のゴミ焼却場。毎日、家庭や会社などから、生ごみや紙袋など、燃やせられるゴミが収集車で運ばれてくる。車は、工場のスロープを登り、パッカーを開け、焼却炉にゴミを落とし込む。圧縮されたゴミたちが、雪崩を打ったように、それとも解放された喜びからなのか、勢いよく落ちて行く。また、次の収集車がやってきた。
作業員たちは、車が混雑しないよう、手順よく、整列するよう指示していく。次々とやってきては、ゴミを落とし、再び、ゴミの収集に向かう収集車。このゴミは、この町で住んでいる人だけのものではない。近隣の大都市からも運ばれてくる。収集車は、朝一番にゴミを収集する。そして、パッカーがいっぱいになれば、焼却場に運んでくる。
朝の第一陣が終わった。焼却場の現場作業員たちが一息つく。次の出番は、投げ込まれたゴミを空いている場所に移動させるクレーン担当の仕事だ。その時だ。「うおおお」という、叫び声とも、機械音ともわからない大きな声がしたかと思うと、ゴミの山が焼却炉からせり上がって来た。クレーンがゴミを押さえようとするが、クレーンを跳ね飛ばす。作業員たちは慌てる。深い焼却炉に何かが立ち上がった。そして、焼却場の屋根を吹き飛ばした。
「みんな、逃げろ」警報が鳴り響く。焼却場の屋根から突き出たのは、ゴミの塊りだった。体中に生ごみが詰められたビニール袋がひっついている。そのビニール袋が寄せ集まり、人間の形をしていた。「モンスターだ。逃げろ、逃げろ」
従業員たちは焼却場から飛び出る。ゴミを運び込もうとしていた収集車は、急ブレーキを掛け止まると、方向転換して、慌てて来た道に戻ろうとする。ゴミの塊のモンスター、ちじめて、ゴミモンは、自分の体のゴミをむしりとると、車に投げつけた。ゴミは見事に的中。車は横倒しになり、運転席から、作業員がほうほうの体で逃げ出る。
ゴミモンが大きく息を吸うと、パッカー車ごと、ゴミモンの体にひっついた。周辺にあるゴミが次々と、ゴミ磁石の力で、ゴミモンの体に吸い寄せられていく。山中の、人が見えないところに捨てられた、引っ越しの際に捨てられたふとんや雑誌や服など、道路のグリーンベルト地帯に捨てられたタバコの吸い殻や空き缶、橋脚にからまりついた納屋の破片などが、空中を乱舞しながら、ゴミモンの体に吸い寄せられていく。
その光景を見ていた人々は「もうこれで、年一回の大掃除が必要になくなった」と手を叩いて喜ぶ一方、ゴミを体に付け、さらに巨大化していくゴミモンに恐れをなした。ゴミモンは、周辺のゴミを全て体に吸いつかせると、一歩、一歩、歩きだす。その度ごとに、ゴミが、車が、家が、ゴミモンの足元に、膝に、お尻に、腹に、胸に、顔に引っつく。家を捨て、車を捨て、家財道具を捨て、中には、家族まで捨て、逃げ惑う人々。
「ゴゴゴゴゴゴ」ゴミモンの唸り声なのか、叫び声なのか、呟き声なのか、笑い声なのか、体中のゴミが擦れる音なのか、わからない音がする。多分、何かをしゃべっているのだ。
ここで、ゴミモン語を翻訳してみよう。「俺の体は、お前たち人間が生み出したゴミでできている。どうせ、お前たち人間が、今、使っている物は、いずれは、ゴミとして捨てられる運命にある。それならば、早いうちにゴミとして俺の物にしてしまうった方がいい。そうすれば、不法投棄をされる恐れがない。それに、所詮、お前たち人間も、俺からすれば、ゴミだ」
恐るべき思想の持ち主のゴミモン。今は、家や車、家財道具などを、ゴミとして吸収しているが、そのうちに、人間もゴミとして吸収しそうな勢いだ。このままでは、人間が、この町が、この国が、この地球が危ない。
そこに、太陽系防衛隊(カメダイとの戦いの教訓から、組織が強化され、太陽系を守る組織となった)ジェット機が現れた。
「このまま、ゴミモンの好きなようにさせないぞ」
ジェット機からミサイルが発射される。ミサイルは、ゴミモンの体に命中した。爆発するミサイル。体中が燃え上るゴミモン。だが、ゴミモンの顔に苦痛の色はない。いや、笑みさえ浮かべ、余裕の表情だ。ゴミモンはミサイルさえも、ゴミとして体に吸収してしまったのだ。
「フッ」ゴミモンの口から火の玉が飛び出した。かわす太陽系防衛隊のジェット機。だが、次々と、火の玉が飛んでくる。火の玉は、ゴミモンの体の一部だ。有限のようで、無限のゴミ資源。いくらでも、火の玉が連続発射できるのだ。一発ならばかわすこともできるが、火の玉の連続攻撃に、さすがの太陽系防衛隊の最新式ジェット機も、ゴミモンに近づいて攻撃するどころか、逃げるので精一杯の有様だ。ついに、火の玉のひとつが、ジェット機の羽根に当たった。
「しまった」隊員が叫んだ。ジェット機から炎が噴き出し、きりもみ状態で落下し始めた。隊員の運命はいかに。コックピットから、脱出だ。隊員が飛び出し、パラシュートが開いた。よかった。隊員の命は無事だ。これで、安心か。いや、違う。今度は、パラシュート目がけて、火の玉が飛んでくる。もうだめだ。地上の人々が手のひらで顔を覆う。だが、指と指の間から、最後の瞬間を見ようとする人もいる。
「バナッチ」大声が上がり、閃光が走った。何かが飛んできて、パラシュートに当たろうとした火の玉を吹き飛ばした。そこには、バナナマンが立っていた。バナナマンは、太陽系防衛隊員を手のひらで救うと、そっと、地上に降ろした。
「ありがとう。バナナマン」隊員が礼を言う。頷くバナナマン。だが、そんな余裕はない。今、まさに、町は、ゴミモンのゴミ磁力で、全ての物質が、地上から根こそぎ吸い取られようとしていた。例えば、家なら、土台から上が全てなくなり、基礎のコンクリート部分だけが、家があったという証拠を示すために残った。全てが、海に押し流され、いや、訂正だ、空に舞い上がってしまいつつある。「何とかしてくれ、バナナマン」都合のいい人々の祈りや気持ちが届いたのか、今、バナナマンが登場した。「ゆけ、ゆけ、ゆけ、バナナマン。ゴミモンなんかやっつけてしまえ。ついでに、ゴミも処分してくれ」地上の人々は、声援だけ威勢がいい。
突然、現れたバナナマンに対し、ゴミモンは怒り狂う。今まで、テレビの真ん中に映っていたのに、バナナマンが登場したため、端に寄せられたからだ。右側がバナナマン、左側がゴミモン。こういう場合、得てして、右側が正義の味方、左側が悪役の配置になる。
「なぜ、なぜなんだ。人間どもの無駄な、無意味な消費生活を指摘し、悔い改めるよう広報・啓発活動をしている俺が、悪役にならなければならないんだ」きっと、ゴミモンはこう思っているに違いない。
ゴミモンの口から、炎のつぶてが飛んできた。避けるバナナマン。だが、先ほど、太陽系防衛隊のジェット機を破壊したように、炎のつぶては連続で飛んでくる。避けようにも避けきれない。いくつかのつぶてがバナナマンの体に命中する。あぶない、バナナマン。危険が危ないぞ。怪我が傷になるぞ。
だが、視聴者の皆さん、安心したまえ。バナナマンは、全てを跳ね返すバナナスーツを身につけているのだ。このスーツは、含有水分率は三十パーセントで、炎が当たっても、燃え上ることはなく、跳ね返すのみ。地団太を踏むゴミモン。だが、この地団太が曲者だ。悔しがっている振りをすることで、カメラマンの気を引き、顔をアップにしてもらおうと考えているのだ。卑怯だぞ、ゴミモン。
一般視聴者の声が聞えたのか、ゴミモンのアップから、二体の戦いの画面に変わる。ゴミモンの続いての攻撃は、ゴミのつぶて攻撃だ。自らの体の、特に、中年のせいか、わき腹に最大級についたゴミの肉をちぎっては投げ、ちぎっては投げてきた。なんと、こんな、ダイエット方法があるとは思わなかった。
バナナマンとゴミモンの息詰まる戦いに魅入っていた人々のうち、我こそは中年太りだと思う、男女約千人余りが、ゴミモンの戦法を見て、自らのウェスト部分を掴みだした。残念ながら、人間は、自分の肉を掴むことはできても、肉をちぎり取ることはできない。せめて、赤い跡ができるくらい肉を揉むことで、エネルギーを消費させ、やせるしかない。ゴミモンに言わせれば、この余分な肉こそが、ゴミのそのものなのだと言いたそうである。
ゴミモンのわき腹の贅肉が、バナナマンに向かって投げつけられる。だが、心配するな。バナナスーツは、炎さえも恐れない。ゴミなんかなんのそのだ。だが、そのゴミの一部が付着した。なんだ、こんなもの。バナナマンは、ポケットからハンカチを取り出し、拭い去ったが黒い染みがのかない。何度も、何度も、ハンカチをこする。ここで言っておくが、バナナマンは、特に、潔癖症でもなく、精神的に病んでいるということもない。一日に、何十回ともなく手を洗う人と一緒にしないでくれ。彼は正常なんだ。そんなバナナマンが何度も染みをとろうとするが、のかない。反対に、染みがどんどんと広がってくるではないか。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴ」ゴミモンが高らかに笑う。翻訳するとこうだ。「いくら、こすってもそのシミはのかないぜ。それどころか、体全身に広がって、おまえも、俺と同じ、ゴミモンになるんだ」
そう、言い終わると、ゴミモンは、辺り一面に染みを巻き散らし始めた。「きゃあ」逃げ惑う人間や犬や猫や牛やカラスやハトや生き物たち。契約も交わしてないのに、ゴミモンの仲間にされるのはかなわないからだ。ゴミモンは、種をまく人のように、自分のわき腹を掴んでは、周囲に巻き散らす。確実に、ゴミモンの種がまかれている。
バナナマンの全身の半分が黒く覆われてしまった。バナナマンの意識の半分も、ゴミモンの考え方に侵され始めていた。そう、このシミは、体だけでなく、脳さえも、ゴミモン化させるのだ。恐るべし、ゴミモンパワー。このままでは危ないバナナマン。バナナマンはゴミモンを倒そうと思うのだが、これまでの人間が行ってきたゴミ対策に対するゴミモンの不満も一理あると考え出した。そう、脳がゴミモン化してきたのだ。
このままではいけない。太陽系防衛隊の一員が叫ぶ。
「頑張れ、バナナマン」この声に合わせて、人々も叫ぶ。「頑張れ、バナナマン」
さて、この頑張れと言う言葉だが、一見、応援している言葉に思えるが、頑張っているのに、いや、もう頑張りが効かない人が耳にすると、座り込んで動けないのに鞭で叩かれているかのように、また、傷口に塩を塗りこめられているかのような気がする。皆さんも、相手や状況に応じて、使い方に気をつけよう。
バナナマンは、意を決し、バナナスーツを脱ぎ捨てた。このままでは、体も心も、ゴミモンに同化してしまうからだ。「バナッチ」主役がいなくなったために、崩れ落ちるババナスーツ。もう、全体が真っ黒で、黄色の面影がない。そのまま、地面と同化し、堆肥になったのだ。ババナスーツの土からは、緑の芽が吹きだした。自然は偉大だ。
ゴミモンと対峙するバナナマン。へたに敵に近づくと、ゴミにされてしまう。かといって、離れたままでは、敵を倒せない。見ているだけでは、町全体がゴミ化していくの止めれない。どうする、バナナマン。この町を、この国を、この地球を守れるのか。
バナナマンがゴミモンに突進した。ゴミモンが手を広げた。このまま抱きかかえて、バナナマンをゴミ化する気だ。それでも、バナナマンは、ゴミモンを抱きかかえる。ゴミモンのゴミ液がバナナマンの体全体を覆う。見る見るうちに、バナナマンの体が黒く変色していく。大丈夫なのか、バナナマン。バナナマンは、しっかりとゴミモンを抱きかかえると、空に飛び上がった。どこへ行くんだバナナマン。バナナマンの向かった先は、地球の最後の秘境の地、南極だった。バナナマンはゴミモンとともに、南極大陸に降り立つ。
「ゴゴゴゴゴ」翻訳しよう。
「なんて、ここは寒いんだ。体が動かない。凍ってしまいそうだ」
体をちじこませるゴミモン。寒さの我慢大会だ。冷凍バナナの体験もあるバナナマン。寒さには自信がある。一方、ゴミモンは燃やされることには慣れており、熱さには強いが、寒さにはからっきし駄目だ。うなだれ、身動きができなくなり、そのまま凍ってしまった。
バナナマンは、凍りついたゴミモンにババナチョップとバナナキックをお見舞いすると、ゴモモンは砕け散ってしまった。バナナマンはおもむろに、携帯電話を取り出すと、その様子を写真に撮影し、太陽系警備隊(町も、国も、人も満足に守れないのに、何故、太陽系警備隊なのか?)の隊員に写メールで送る。二人は写メ友だったのだ。
「バナナマンがゴミモンを倒したぞ」
「これから平和と安全な日々が送れるぞ」
町中の人は大喜び。だが、極地でバラバラになったゴミモンの後片付けのことは誰も考えていない。
いくらバナナマンが寒さに強くても、これ以上、この極地にいると、体中の水分が凍りついてしまう。それこそ、強大なバナナアイスキャンデーになってしまう。そうなれば、これから各地で開催される夏祭りの縁日では、客寄せパンダならに、客寄せ冷凍バナナマンとして有名になれるだろうが、心おしとやかで、照れ屋で、やや引き籠りぎみのバナナマンには考えられない行動だ。「バナッチ」の声とともに、バナナマンは南極を後にした。
後に残ったゴミモンの残骸。そこに、どこからか一匹の犬がやってきて、匂いを嗅ぐと、唾液で氷を溶かしながら、ゴミモンの残骸を食べ始めた。この犬は、探検隊に見捨てられたのか。腹が減っていたのだろう。誠に、可哀そうな犬だ。だが、犬の体に、黒い斑点がひとつ浮かび上がったのを誰も知らない。また、来週。
「知っているよ。きっと、ゴミモンが復活するんだ」
僕は、思わず、声を上げてしまった。それくらい、テレビに夢中で、感情移入していた証拠だ。
ママが驚いて、僕を見る。
「さあ、テレビ消して。夕食にしますよ」
「パパは?」
「今日は遅くなるって」
「飲み会?」
「仕事よ」
「そう」
二人だけの食事。僕は、感化されやすいのか、ごはんは茶碗についている一粒も残さず、焼き魚は骨までしゃぶって、キャベツは細い芯まで、残らず食べた。少しでもゴミが残らないように。ゴミモンが復活しないように。
「まあ、今日はどうしたの?こんなにきれいに食べるなんて。テレビを見るのも、たまには、いいことがあるのね」
ママが感心している。でも、明日の朝になれば、うんこやおしっことなって、僕の体からゴミが出るのだけれど。
愛と哀しみのバナナマン(3)