蝋人形幻想

それではどうぞ。



 いらっしゃい、ようこそ、私の屋敷へ。
 あなたは、初めてのお客様ですね。
 間違えていたら、すいません。
 この屋敷には、毎日多くの人が訪れているから……
 それを覚えているのは、私にとって大変なことなのです。
 さあどうぞ、そこの椅子に座ってお待ちください。
 紅茶でも用意いたしますから。
 ただ話を聞いているだけでは、味気ないでしょう?
 それにしても、あなたも妙な人ですね。
 ここに来る方は、皆そうです。
 私なんかの話を聞きたいと仰るのですから。
 おっと、これではお客様に失礼ですね。
 私ごときの言ったことなど、お気になさらずに。
 さぁ、紅茶の準備もできました。
 それでは、お話いたしましょうか。
 ある一人の男の話を――

 このお話の主役は、一人の資産家です。
 彼は人柄もよく、頭脳も優秀。
 容姿は端麗で、相手の女性には困らない。それなのに独り身を楽しんでいる。
 彼はそんな人間でした。
 ここまでは、どこにでもいそうだと思いますね?
 しかし、彼には普通とは少し違った性癖があったのです。
 彼は、蝋人形の収集家でした。
 老若男女問わず、大人子供問わず。
 彼は専門店へ赴き、蝋人形を買いあさっていました。
 屋敷に専用の展示室を作り、うっとりと眺めていたのです。
 そんな彼はある時、行きつけのお店で、一体の蝋人形を見つけました。
 顔立ちの整った、美しい青年の蝋人形。
 見事な金髪に、透き通るような青色の硝子の眼。
 普通の人同士ならば、運命の出会いとでも言うのでしょう。
 彼にとって、それは衝撃的な出会いであり、恋の始まりだったのです。
 そう、彼はその人形に一目惚れしたのです。
 彼はすぐに人形を買い取り、屋敷へと持ち帰りました。
 今までに買い集めた人形達とは別の部屋を使い、その人形専用の部屋としました。
 彼は来る日も来る日も、部屋の中でずうっと人形を眺めていました。
 そうして人形を眺めているうちに、彼はこう思い始めました。
 彼と、言葉を交わしたいと。
 見つめているだけではなく、この想いを伝えたいと。綺麗な顔で、微笑んでほしいと。
 すなわち、蝋人形に命を与えたいと望みました。
 彼が出した答えは簡単で、また、行動は迅速でした。
 人形を、自分と同じようにすればいいと考えたのです。
 足りない内臓や、脳などを揃えてあげればいいのだと。
 そうすれば、生きてくれるだろうと。
 
 そのために彼は、子供達を攫いました。
 その作業は、彼にとって赤子の手をひねるようなものでした。
 身寄りのない子や、不良の子供達。
 優しい顔をして、甘い言葉で屋敷へ招き。
 偽りの愛と優しさを与えて、そして殺しました。
 人形部屋は、にわか拷問部屋へと変貌を遂げました。
 蝋人形の腹部や頭部に穴を開けて、ホルマリンを詰めて。
 次々と揃えた臓器を、人形へと並べていきました。
 切り取った臓器などは腐っていそうなものですが……男の中では、期待が徐々に膨らんでいきます。
 普通の人間では、到底及ばない思考を持っていたのでしょう。
 屋敷の使用人達が去っていっても、彼は作業を続けました。
 彼が望む形へと、人形は姿を変えていきました。
 彼の瞳には、日に日に美しさを増していくように見えていたのでしょう。
 悪趣味な芸術家ならば、美しいといったかもしれません。
 ここでちょっと、想像してみてください。
 彼の理想の蝋人形を。
 ……どうですか? ふふ、気持ち悪いですか?
 そう感じるのならば、安心ですね。
 いえ、時折いるのですよ。
 彼の幻想に囚われてしまう方が。 
 そういった方は、しばしば残虐な事件を引き起こしているでしょう。
 おっと、話がそれてしまいますね、失礼。

 彼は、とても熱心にその作業を続けました。
 そのうちに、彼の想いは、少しずつ変化していきました。
 最初は、人形を話をしたいと考えていました。
 それが、今では人形に命を吹き込むことだけになっていたのです。
 話すことよりも、命を与えられるかどうか。
 彼の頭の中は、そのことだけでした。
 何故でしょうね? 話をするだけでは、物足りなくなってしまったのでしょうか。
 それとも、幾度となく殺人を繰り返す内に、命というものに魅せられてしまったのでしょうか。
 まぁ、それは私が知るところではありませんが。
 彼が熱心に作業を続けたおかげか、人形の内臓はほぼそろいました。
 あと残すものは、心臓だけになりました。
 しかし、自分の手で心臓を入れることは不可能です。当たり前のことですね?

 屋敷の使用人達は次々に辞めて行く中、たった一人だけ屋敷に残っていた者がいました。
 その使用人は、彼の幼い頃からの友人でした。
 だんだんと狂っていく彼を痛ましく思いながらも、彼に仕え続けていたのです。
 その使用人に、彼は言いました。

 自分が息絶えた後、人形に心臓を入れ、蓋をして欲しい。

 使用人は、ただ頷くことで返事としました。
 その様子を見て、彼は満足そうに微笑みました。
 ただ、彼は一つ忘れていました。
 心臓を入れた後、人形を見届けるようには頼んでいないのです。
 そして、彼は人形部屋へ行くと、蝋人形を抱きしめました。
 最初は人形は立てられていたのですが、臓器が増えるにつれ、床に置かれるようになりました。
 実際には、抱きしめるというよりは、覆いかぶさるという感じでしたが。
 人形の胸と自分の胸とをあわせ、彼は胸にナイフを埋め込みました。
 彼の胸からは新鮮な血液が止め処なく溢れ出ました。行き先は、人形の体の中へと。
 そして、彼は息絶えたのです。
 使用人は、彼の死体から心臓を取り出し、人形の胸の中へと納めました。
 その眼には、変色した心臓が映っていました。
 内臓が見える人形の腹部や頭部等に蓋をすると、使用人は屋敷を静かに出て行きました。
 使えるべき主はおらず、やるべきことも済ませたからでした。
 誰もいなくなった屋敷は、刻が止まったかのようでした。
 それからどれだけの月日が過ぎたのかもわからない頃。
 ゆっくりと、蝋人形は起き上がったのです。

 さぁ、これにて私の話は終わりとなります。お付き合い頂きありがとうございました。
 あなたの貴重な時間を割いていただけた事、彼もきっと喜んでいるでしょう。
 ところで、あなたはこの話を聞いてどう思いましたか?
 愚かだと思いますか? 望みを叶えて、すばらしいと思いますか?
 気が狂っていて、気持ち悪いと思いますでしょうか?
 どのように感じられたとしても、気に病むことはありません。
 それはあなたの感性であり、誰にも否定することは出来ないものなのですから。
 ただ、この一人の男にとっては――
 
 蝋人形に命を吹き込むこと――それが彼の世界であり、全てだったのです。

 子供を奪われた親は嘆き悲しみ、彼を憎むでしょう。
 世間一般の人々も、気狂いだと彼を厭うのでしょう。
 しかし、たった一人の者だけは、彼に感謝をするでしょう。
 それは他でもない私自身です。
 彼がいなければ、私はこの世に存在すらできなかったのですから。
 命の意味も知らずに、冷たい蝋の中で眠り続けていたでしょう。

 私は、そろそろ失礼いたします。色々と、考えるべきことが山積みなのです。
 ですから、あなたもお帰りになられてはいかがですか?
 いつまでもここにいては、いけないでしょう。
 それに、ここにはあなたが望みさえすればいつでも来ることができるのですから。
 一人の男と、一つの蝋人形のことさえ忘れなければ……の話ですが。

 はい? 本当に生きているのかですって?
 それは……あなたのご想像にお任せいたします。
 今まで、私はあなたにずっとお話をしてきました。あなたは、紅茶も召し上がりましたね?
 それが、すべてですよ。
 
 それさえも、誰かの夢かもしれませんが。
 

蝋人形幻想

お読みくださり、ありがとうございます。
実際に見たことは少ないのですが……蝋人形は綺麗だから不気味です。
ヒトガタには何かがありそうですよね。

蝋人形幻想

屋敷に住むひとつの彼。 彼が語るのはある男の昔話。小さな他愛のない、戯言。 血と幻想にまみれた夢物語。 はてさて、いったい誰の夢なのか。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-07-17

Copyrighted
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