頼政の贈り物

史実と大きく異なる部分があります。それと流血描写があるので苦手な方はリターン推奨。

「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー………」

今日もいつものように響子が表参道で、色とりどりの落ち葉を竹ぼうきで掻き集めながら、大声で読経をしている傍ら、星が無くしてしまった宝塔探しの旅に出る為に小走りでその場を通り過ぎ、小傘はアニメを見て偶々思いついた『落とし穴作戦』を実行するべく、墓場へと向かう細道に落とし穴を掘っていたりと、命蓮寺には、ほのぼのとした日常風景の一コマが描かれていた。

そのような俗っぽい世界とは対照的の空間があった。全身が映る程の大きな鏡を前にして、左右非対称の歪な羽を持つやや癖のある黒髪の少女が1人、
髪と同じ黒いワンピースを腰の位置まで降ろして半裸状態となりながら、小さな溜息を付いた。

胸元には、間近で見ないと分からないような小さな刺し傷のような物が一つ、うっすらと残っていた。

少女はその傷を見ると、憂いを帯びたような表情を浮かべながら、着崩れした洋服を元に戻すと、縁側へと向かった。



縁側の端の位置は、日陰に丁度位置するため、直射日光が当たらず、日向ぼっこには丁度良い位置であった為、いつしかそこは彼女にとってのベストポジションとなった。
少女は専用の特等席に座り、柱にもたれると、焦点の定まらない目で庭の木々を見つめていた。

「ぬえ、どうしたのですか? 」

「なんでもないよ。」

「そう……、それならいいけど……」

ぬえと呼ばれた少女が黄昏れながら自分の世界に浸っている時、ゴスロリのような服装に身を包み、頭頂部にかけて紫色のグラデーションの入ったライトブラウンのウェーブがかった髪をした
妙齢の女性―――――この寺の住職である白蓮が、普段は小傘と参拝客に悪戯している事が多いぬえが、1人でぼーっとしているのを見て心配になったのか、話しかけてきた。

どうしても自分の世界に浸りたかった。だからぬえはこう答えた。

「ちょっと、昔の事を思い出してただけよ。」



――――――――今から約1000年程前の、魑魅魍魎が跋扈する京の都。
煌びやかな貴族文化が終焉を迎え、兵(つわもの)共が勢力を付けていく。そんな時代の幕開けでもあった。

鵺という妖怪は,人前には姿を現さず、ヒョーヒョーという不気味な鳴き声を上げ、この声を聞いた天皇や貴族達は、不吉な事が起こらないよう祈祷し続けた。
姿形は猿の頭に狢の動体、蛇 (くちな)の尾を持つ、ギリシャ神話で言う『キメラ』のようなものであると書物に書かれている事が多かった。

ぬえは、元々持っている『正体を判らなくする程度の能力』を活かして、人々を驚かし、その様子を見ては楽しんでいた。

自分に対する呪詛、祈祷、薬。そんなものは私には効かない。弓矢を担いだ武士(もののふ)もいざ声を聞くと怖気づいて逃げ出す。嗚呼、愉快愉快。
なんて馬鹿な奴等なのかしら。と彼女は人々を嘲笑した。



ある時、弓の名手である源頼政のところに、近衛天皇が病気になったと伝えられた。

近衛天皇の病気は、高僧による強力なまじないでも効果がなかった。
帝の苦しみは、恒常的な物ではなく、丑の刻に限っての事で、東三条殿両社の森の方角から、黒くおどろおどろしい雲が迫ってきて、それらが御殿の上を覆うと、帝の体調は悪くなっていった。

公卿による会議で、頼政が帝の護衛に選ばれた。
その時の彼の位は決して高い物ではなかったが、彼は「昔から、朝廷に武士を置くのは反逆者を討つ為であって、目にも見えない物を退治しろと言われても、承る事は出来ない。」と拒否した。

しかし、これは勅命であった為、頼政は妖怪退治に行く事となった。



丁度帝の体調が悪くなるという時間帯の少し前に、頼政は、家臣である遠江国の住人の猪早太を引き連れて、南殿の大床に行った。

「本当に妖怪等存在するのであろうか………」

頼政の心の中は疑問でいっぱいだった。大体何故居もしない物の退治に自分が行かなければならないのかと。
これで何もいなかったら自分はどうなるんだろうか。という一抹の不安もあった。

考え事をしていると、丑の刻になったのか、東三条の森の方から例の漆黒の雲が迫ってきて、御殿の上を覆い始めた。
頼政が空を見上げると雲の中に゛怪物゛と形容されてもおかしくないような生き物がいた。

「――――――――?! 」

雲の中にハッキリと姿が見えたそれは、尾は蛇、顔は猿、体は狢という奇妙な出で立ちであった。
失敗したら後がないと、頼政は思い、心の中で念仏を唱えると、怪物目がけて弓を引いた。

勢い良く発射した矢は怪物に命中し、暗雲が消え始めると怪物はその真下に落下していった。
頼政は現在で言うガッツポーズをすると、怪物に留めを刺すべく、怪物の落下した位置へと走り出した。


矢は丁度心臓に近いところに深く刺さっており、傷口から赤黒い血と鮮やかな深紅の血が混じったような色の血液が
だらだらと流れ続けていた。

薄れゆく意識の中、鵺は、数百メートル先に二人の男が走っていくのを最後が見えた。
それを最後に、鵺の意識は何処か遠くへ飛んで行った。

怪物が落下したと思われる位置には怪物ではなく、左右非対称の歪な羽を持ち、黒を基調とした丈の短い着物に、癖のある黒髪、
太ももまである非常に長い黒い足袋を身に付けた13歳前後の少女だった。

その胸元には、先程頼政が射たとされる矢が刺さっており、止め処なく鮮血が流れ続けて、黒い着物を真っ赤に染めていた。

「こんな童女が怪物の正体であったとは………」

頼政は、ぬえの亡骸をお姫様抱っこのような形で抱きかかえると、地底の入り口へと彼女を運んだ。


「――――――あれ………私………何でここに………」

ぬえの目の前に広がっていたのは碁盤の目のような京の都の町ではない。暗く、湿っぽい、陰鬱なオーラの漂う地底の入り口付近であった。

「痛っ……! 」

頼政がぬえを討って殺害したと、地上では思われていたが、心臓(急所)を外していた為、死には至らなかった。
それでも流した血の量は尋常ではなかったからか、彼女は、目の前が白黒ザーザーになり、視界が揺らいでいった。



地底の生活では最初、中々馴染む事が出来なかった。
おまけに『正体不明を売りにしていたが正体がバレて討たれて地底送りになったマヌケ妖怪』と一部の妖怪から虐げられる事もあった。

それでももう一度地上に出たいという希望と゛正体不明の妖怪゛というプライドは捨てなかった。


――――――――――――ぬえが地上に出られるのは、封印されてから約1000年後の、間欠泉騒ぎの時の事であった。

あの時頼政は私の正体を見抜いてて、わざと殺さないでくれたんだろうか、それともただの偶然だったんだろうか。
今でも考える事があるけれど、頼政はもうこの世には存在しない為真相は分からない。

「ぬえー! 落とし穴出来たよー! 」

郷愁に浸っていたぬえは、小傘の声で現実に引き戻された。

「落とし穴ー? 」

「うん! お墓の近くに掘ったんだ~! これで驚く人、沢山いるといいねぇ~ 」

落とし穴が完成して嬉しいのか、小傘は鼻歌なんか歌っている。

「落とし穴完成してもさ……そこに人が通らなかったら意味ないじゃん。」

「うそーっ?! 」

「ホント、小傘っておバカねぇー」

ぬえはくすくすと笑いながら小傘に突っ込みを入れる。小傘は一瞬驚いたが、落胆する様子を見せず、「じゃあ次はどうやって驚かせよう……」と次の作戦を考えていた。

「落とし穴みたいな古典的な作戦、誰も引っかからないよ? 私が教えてあげよっか? 人間が驚く方法。」

「教えてくれるの?! 」

小傘は赤と青の瞳を輝かせながら答えた。

「今から私についてきな。」

「はーい! 」

ある秋の夕暮れ、赤と青の左右非対称の羽を持つ、黒を基調とした少女と、紫色のボロボロの和傘を持つ、水色を基調としたオッドアイの少女が命蓮寺に併設された墓地へと小走りで向かっていくのが見えた。



どうして自分は生きているのかと考えてもキリがない。毎日が楽しかったらそれでいいのよ。とぬえは心の中で自分に言い聞かせた。
ぬえの表情は、曇りがちだった先程とは打って変わって晴れ模様となっていた。

頼政の贈り物

平家物語を参照にしたのは内緒です。そしてセリフが少なくてごめんなさい。

頼政の贈り物

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-10

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work