失われた世界へ 2
失われた世界への続きです。
僕はブログの作者からのメールを、つまり田中雄二と名乗る未来人からの手紙を二度か三度目読み直した。うーんと、僕はパソコンの前で首を捻った。
常識的に考えれば、どこかの暇人が面白がって書いているとしか思えなかったけれど、でも、その一方で、僕のオカルト的な趣向があるはもしかしたらこれは本当なんじゃないかと期待させてもいた。よし、と、僕は決めた。なんだか胡散臭いけれど、この田中雄二と名乗る未来人に会ってみよう、と。最悪何かの悪戯だったとしても、というか、その可能性の方が高いわけだけれど、そうであったとしてもそれほど失うものがあるわけじゃない。悪戯だったとしても、べつにそれはそれで構わないじゃないかと開き直ることした。
そして僕は早速田中雄二にメールを書き始めた。返信ありがとう。まさか返事がもらえるとは思っていなかったらすごく驚いている。田中さんの話は非常に面白くてわくわくさせられている。できれば近いうちに会えないだろうか?僕の友人の研究の進捗状況は正直僕としてもよくわからない。何しろ僕はタイムマシンとか科学とかそういった分野については門外漢だからね。でも、とにかく、友達にも連絡を取ってみるよ。未来のひとたちからみると、僕たちの時代のテクノロジーなんてすごく稚拙なものでしかないだろうし、役に立つかどうかわからないけれど、それでも何もないよりはマシだっていうこともあるだろうしね。田中さんの役に立つことができたら嬉しい。
でも、それはそれとして、僕の友達はすごく忙しくて、もしかしたらすぐに会うことは難しいかもしれない。それでというわけではなんいだけど、まず田中さんと僕とで会うことは難しいだろうか?まず僕と田中さんで会って簡単な打ち合わせをし、それから友人と会う機会を作れたらと思っている。べつに疑っているわけではないんだけど、でも、田中さんの話は現代人の感覚からするとあまりにもぶっ飛び過ぎていて、こちらとしてはどうしても慎重になってしまわざるを負えないんだ。
特に僕の友達はそういったことに対して懐疑的な傾向があって、まず僕自身がきみと直接会って確信を得たいというところがある。きみがほんとうに未来人なんだっていうね。もし気分を害してしまったとしたら申し訳ない。いずれにしても、返事をお待ちしている。だいたいそんなようなことを書いて僕はメールを送信した。
そしてメールを送信し終えたあとに、僕は友人に電話をかけてみた。大学でタイムマシンについて研究している友達に。
「なんだよ。今、忙しいんだ」
僕が電話をかけると、近藤学は苛正しそうな声で言った。僕が電話をかけると、彼はいつだってかりかりしている。僕と違ってひどく忙しいのだ。
近藤学は僕の小学校からの幼馴染で、今は某有名大学で物理学の助手をやっている。年齢は僕と同い年で三十二歳。独身。背が高くて、俳優にだってなれそうなくらい整った顔立ちをしている。だから、彼はうんざりするくらい持てるのだけれど、あまり女性に興味がないのか、というよりは研究第一主義といった人間で、現在は付き合っている恋人もいない、らしい。ほんとうかどうはわらかない。確かめたわけじゃない。まあ、それはどうだっていいことだ。とにかく、彼は大学で講師をやりながら、空いた時間を利用して自分の研究を続けている。
田中雄二には興味を持ってもらうために近藤がタイムマシン研究していると言ったものの、実を言うと、近藤が研究しているのはタイムマシンというよりは量子力学だ。じゃあ、僕が大ぼらを吹いたのかというとそうでもなくて、タイムマシンと量子力学は非常に近いところにあるのだ。というか、らしい。僕も詳しいことはわからない。僕は文系の人間で細かい理論のところはよくわからない。でも、以前近藤と話したときに、近藤が量子力学を発展させていくと、もしかしすると、タイムマシンを作ることが可能かもしれないと話していたのを覚えている。
だから、友人がタイムマシンを研究していると書いたことはあながちデタラメともいえないだろう、と、思う。実際、近藤が今研究しているのは粒子を使ったタイムトラベルの実験らしい。粒子という非常に小さな単位ものであればタイムトラベルをすることが可能かもしれないらしいのだ。この研究が進めば、過去や未来に情報を送ることができるかもしれないらしい。
「忙しいのはわかってるよ。でも、もしかしたら世紀の大発見かもしれないんだ。恐らく、きみもすごく興味があることだと思う」
近藤は僕の言ったことについて吟味するように少しのあいだ黙った。
「なんだよ。それ」
近藤は沈黙のあとでいくらか小さな声で言った。
「タイムトラベラーさ」
僕は得意気に言った。
「はあ?」
近藤は露骨に不機嫌そう声を出した。僕にからかわれていると思ったのだろう。無理もない。
「俺、忙しいんだよ。今も研究の最中でさ、そんなくだらない冗談言うために電話かけてきたんだったらもう切るぞ」
「いや、だから、違うんだ」
僕は近藤がほんとうに電話を切ろうとしているのがわかったので慌てて言った。
「何が違うんだよ」
近藤は電話を切りはしなかったものの、イライラしている口調で言った。
「近藤がからかわれていると思うのは無理ないけど、でも、違うんだ。ほんとうのタイムトラベラーが実在するかもしれないんだ」
僕は近藤に電話を切られてしまわないように、できるだけ真剣な声を出すように努めた。
すると、そのかいあったのか、近藤は電話を切らすに黙っていた。僕は言葉を続けた。昨日ネットで面白い記事はないかと色々見ていたら、たまたま西暦二千百年からやってきたという未来人のブログを見つけたこと。悪戯にしては妙に様々な説明に筋が通っていたこと。試しにメールをしてみたところ、本人から連絡があり、もしかたらこれから会うことになるかもしれないこと。その他、田中雄二にまつわるもろもろについて。
「近藤はどう思う?」
僕は全てを話し終えたあとで近藤に訊ねてみた。
「どう思うって言われてもなぁ」
「やっぱりただの悪戯だと思う?」
そりゃあ、そうだろう、と僕は近藤が呆れた声で言うと思っていた。でも、近藤のリアクショクは僕の予想とは少し違っていた。
「どうだろうな。悪戯の可能性は高いと思うけど、でも、意外とほんとうだったりしてな・・・そのタイムトラベルの仕方とか色々、妙に具体的なところが気になるよな」
近藤は考え込んでいる口調で言った。僕は近藤がまさか自分の話に真剣に耳を傾けくれるとは思っていなかったので正直驚いた。僕が驚きのあまり黙っていると、
「おい、聞こえてんのか?」
近藤は携帯電話の電波の調子が悪くなったと思ったのか、大きな声を出した。
「いや、ごめん。ちゃんと聞こえてるよ。ただ、近藤がまさか俺の言葉に耳を傾けてくれると思ってなかったらさ、なんか意外な気がして」
「お前が言い出したんだろ」
近藤は僕の返答に可笑しそうに軽く笑った。僕もつられるようにして少し笑った。
「いずれにしても、まだその未来人からのメールの返信は来ていないからこれからどうなるかわからないけど、もしかしたら今日か、明日のうちに会うことになるかも」
僕は言った。
「用心しろよ。もしかしたらそいつに未来に連れ去られてしまうかもしんねぇぞ」
近藤は冗談めかして言った。
「まあ、それも悪くないかもな。ちょっと未来の世界を見学してくるのも悪くないよ」
僕も近藤の言葉に冗談で返した。
「とにかく、向こうが会う気になったら会ってみるよ。未来人と会う機会なんて滅多にないしさ」
僕は言葉を続けた。
「それで場合によっては近藤にアドバイスをお願いすることになるかもしれない。さっきも話したと思うけど、その未来人は未来に戻れなくなって困ってるらしいんだ。で、ときと場合によって物理学者である近藤くんの出番となるかもしれない」
「いよいよこの天才の出番てっわけか」
近藤はおどけて答えると軽く笑った。僕はぜひとも天才に協力をお願いしたいと言って電話を切った。
失われた世界へ 2