愛と哀しみのバナナマン(2)

第二匹 怪亀 カメダイとの戦い

 怪鳥コケコッコーンとの壮絶な戦いが終わり、数か月が過ぎた。町は、少しずつだが、復興しはじめていた。破壊された建物は全て撤去され、新たに家やビル、学校などが建設された。町には人が戻って来た。店が開かれ、バスが走り、ニワトリが飼われ、野菜が栽培され、工場では製品が作られた。だが、幸せは長く続かなかった。
ウーウーウー。港から警報が鳴り響く。港の沖の海が異様に盛り上がっている。ひと山もあるほどだ。
 津波だ。それも今まで経験したことがないような大津波だ。漁から戻って来た漁師たちが「逃げろ。みんな、逃げろ」と大声を上げている。
「地震か」「いあや、そんなニュースは聞いていないぞ」慌てて逃げようとする人々。もちろん、手ぶらだ。中には、荷物をとりまとめようとしている人もいるが、「そんなもの置いておけ。命までもっていかれるぞ」の言葉で我に返る。自分で歩けるものは、より高い場所へと逃げる。足腰の弱った老人たちを車に乗せて逃げようとしても、みんなが一斉に逃げようとしているため、車が渋滞し、動かない。
 このままでは駄目だ。運転手は、急いで車のドアを開け、お年寄りを背負う。子どもたちは、学校の先生に引率され、「早く、早く」の声にせかされ走る。中には、転んで泣きだす子もいるが、近くの大人が抱きかかえ、一緒に走る。まだ、住民たちの半数程度しか高台に避難できていない。この避難所もすぐにいっぱいになるだろう。人々はより高い場所を目指して移動する。
「すごい」「ああああ」
 避難所から港を見ると、もうすぐそこまで波が押し寄せて来ていた。波は堤防のはるか高く上で、町で一番高い三階建ての小学校の校舎を飲み込んでしまいそうだ。しかも普通の波じゃない。何かが海を身につけ隠れているようだ。このままでは、町が全滅してしまう。
「バナッチ」
 大声とともに一条の光が港に落ちた。立ち上がったのはバナナマンだ。もう既に巨大化している。だが、今度の相手は自然だ。津波相手に戦えるのか。それも津波の高さはバナナマンの身長よりも高い。そこだけ異様に盛り上がった波だ。バナナマン一人で大丈夫なのだろうか。空からは、地球防衛隊(怪鳥コケコッコーンとの戦いの教訓から、組織が強化され、地球全体を守る組織となった)ジェット機が旋回している。
 バナナマンは腰を落とし、両手を横に構え、上下に合わせると、「バナナチップ」と叫んだ。バナナマンの手から手裏剣のように、バナナを輪切りにしたチップが飛んで行く。チップが波に当たる。だが、チップはたやすく波の壁に弾き飛ばされた。波の中に何かがいる。とんでもない何かが。
 バナナマンは突然走り出すと波に体当たりした。ブアアーン。バナナマンと何かが衝突した。波の噴水が飛び上がる。数十メートル高さだ。高台の避難所から手を伸ばせば届くくらいに思えた。だが、実際には届かない。波の花火。水の花火。今、まさに、町を飲み込もうとしている、壊滅させようとしている大波だが、噴水のように飛び上がった波は美しかった。不謹慎なぐらい美しかった。思わず手を叩き、拍手してしまうほど、美しかった。人々は避難所にいることも忘れて魅入ってしまった。
 空に高々と持ちあがったが海柱は、雲の真ん中を突き刺すと、パッと散った。大人の誰かが、串に刺した焼き鳥のようだと叫んだ。ある子どもは、串に刺した団子のようだとも声を上げた。どちらも正しいようで、正しくない。雲は雲であり、海柱は海柱だ。だが、お腹が空いた者にとっては、そう見えたのかもしれない。
 海水の雨が降って来た。海柱から避難所までかなりの距離があったにもかかわらず、人々の頭に海水が降りかかった。「しょっぱい」「からい」保育所の園児や小学校の低学年児たちが、雨を舐めて顔をしかめている。
「こらこら、汚いから雨を舐めてはいけませんよ」先生が注意する。「だって、お腹が空いたもん」そう、津波は昼前にやってきた。子どもたちはまだ、給食を食べていなかった。もちろん、大人たちもだ。みんな、逃げることで精一杯で、昼ご飯を食べることを忘れていたのだ。海水の花火を見て、心が落ち着き、お腹が空いていることに今さら気がついたのだ。そうなると、先ほどの、焼き鳥や団子の比喩も、あながち間違ってはいない。
「やっぱり、人間は、何か喰わなきゃな」
 子どもたちと先生の話しを聞いていたおじいさんが呟く。だが、みんな、津波から逃げることで一生懸命で、食べ物なんか、一粒の米も持っていない。
 海水の雨がひとしきり降った後、津波の正体が判明した。巨大なカメだった。ビルで譬えれば十階ほどの高さだった。もちろん、この町で一番高い建物は、三階建ての小学校だったので、十階建てがどれくらいの高さなのかは、人々にはぴんとはこなかった。
「カメだ。カメだ」子どもたちは、巨大なカメを初めて見た恐怖のためか、それとも、喜びなのか、大声を上げ、騒いでいる。常に、感情は、二律背反である。 
 巨大なカメとバナナマン。二つの巨大生物が、港の浅瀬で対峙している。巨大生物の前では、人間が労力の限りを尽して作った造営物でも、ミニチュアセットのように見える。
「校長先生!どうして、カメがあんなに巨大化したのでしょうか」
 町長が小学校の校長に尋ねる。校長先生は、理科が専門だった。
「私にもわかりません。ひょっとしたら、海に流れた工場の汚染物質や海に消えた怪鳥コケコッコーンを食べて、巨大化したのかもしれません」
「なるほど、それで、怪鳥コケコッコーンの死体が浮かび上がってこないのですね」
「あくまでも推測です。でも、そうだとしたら、巨大化しているのはあのカメだけではないかもしれません」
「すると、先生は、海の生物すべてが巨大化していると言うのですか?」
「それはわかりません。汚染物質は生物の命を奪います。ニワトリの中で、たった一羽生き残ったのが怪鳥コケコッコーンでした。汚染物質を食べて、あのカメだけが生き残ったのか、それとも他のカメも生き残っているのか、また、他の生物も巨大化しているのか、あの青い海の、深い暗い闇の中で何が隠されているのかは、私にはわかりません」
 避難民が大騒ぎの中、校長と町長は、目の前の巨大生物の遥か彼方に広がる青い海をじっと見つめていた。
 ここで、巨大なカメのことを、カメが大であることから、「カメダイ」と名付けることにする。カメダイは後ろ足で立ち上がっていた。やや猫背ならぬ、亀背で丸くなっていた。これは、甲羅のせいだ。当り前か。バナナマンも直立しているが、体は、ブーメランのように、ややゆるい曲線を描いている。これも当り前か。
 そう言えば、スーパーでは、まっすぐのバナナが販売されているのは見たことがない。きゅうりは、まっすぐになるように、人が手を加えているが、バナナもまっすぐになることはあるのか。現在、バナナマンとカメダイとの戦いの真っ最中なので、この件に関する思索はしばらくおいておこう。
 さて、対峙するバナナマンとカメダイ。共に、渚に佇んでいる。足首が海に浸かるぐらいだ。もちろん、二人?ともが巨大だからであり、人間の身長であれば、足が届かなく、体全身は沈んでしまう深さである。その証拠に、カメダイによって引き起こされた津波で町に押し流されたはずの漁船が、戻り波の力で、周囲に浮かんでいる。
 海側に、カメダイ。陸地側に、バナナマン。両者は、足を持ち上げることなく、足を滑らせながら走る。足首が海に浸かっているため、少しでも抵抗を減らすためだ。互いに自分にとっての攻撃の間合いをはかっている。
 突然、カメダイからバナナマンの顔面に向かって、左ストレートパンチが飛んできた。かわすバナマン。続けざまに右フックだ。お腹かをへこませ(いや、もともとバナナマンのお腹はへこんでいる)かわすバナナマン。カメダイにはボクシングの心得があるのか。
 だが、バナナマンも負けてはいない。バナナのように舞いながら(どんな舞いや!)カメダイのパンチを避ける。いくらカメダイにボクシングの心得があっても、ガニ股で、かつ、ややカメ背で、かつ、背中に大きな甲羅を背負っているため、亀のような舞いはできても、バナナのような舞いはできない。(当り前だ!)いらだつカメダイ。
 何かわからないけれど、カメ語で叫んでいる。翻訳すると、「おい、バナナマン。後、一分もたたないうちに、お前を海の藻くずにしてやる」とのことだ。カメダイは、少しほら吹きで、短気な性格みたいだ。体ごと突進してくるカメダイ。バナナマンはすぐさまスーツを脱いだ。以前、怪鳥コケコッコ―マンとの戦いで使った必殺戦法だ。柳の下のどじょうならぬ、海のカメを掬えるのか。
 スーツに足を取られて、そのまま倒れるカメダイ。いわゆる腹ボテだ。高台からこの様子を見ていた小学校の体育教師が生徒に向かって言う。
「あんな飛び込み方は駄目だ。お腹から落ちて、痛くてたまらんぞ。カメのくせに、飛び込も方も知らないんだな。いいか、みんな、プールや海に飛びこむ際には、両手を耳の横に揃え、指の先から入水するんだぞ」「はーい」生徒全員が声を揃える。いつ、いかなる時でも、教育のネタはある。カメも腹ボテをする。カメの腹ボテを見て、自分の飛び込み方を直せ、だ。やはり、現場の教育は重要だ。
 だが、心配しなくても、カメダイの腹は甲羅ほどではないけれど、堅い。少々の腹ボテで痛みなんか感じない。すくっと立ち上がるカメダイ。カメダイは、パンチ攻撃ではらちがあかないと思ったのか、突然、背中から刀を取り出した。いつのまに隠し持っていたのか。カメの甲羅に隙間でもあるのか。それとも、カメダイはマジシャンなのか。刀はカメダイの背もあるほどの刀だ。これを作るのに、人間の刀鍛冶師なら何人必要だろう。きっと、ギネスものだろう。
 カメダイが刀を振り下ろす。ビューン。間一髪で刀の先をかわすバナナマン。刀を使うなんて卑怯なカメダイ。子どもたちが「卑怯だ。卑怯だ。カメダイ卑怯だ。刀なんか使うのは卑怯だ。素手で戦え」と、一斉に叫び出す。
 この声が聞えたのか、カメダイが避難所に向かって、右手のひと差し指を立て、「ウォー」とひと声上げた。カメ語を翻訳すると、「戦いに卑怯もクソもあるか。お前たち人間だって、自分たちが処理できない化学物質等を勝手に海に流しやがって。この責任はどうとるんだ」
 この言葉には堪えた。町長も校長も体育教師も、町の大人たちは全員黙ってしまった。子どもたちには意味がわからなかったが、大人たちが全員黙ってしまったので、人間にとって不利なことを言われたのだと感じた
 とにかく、このままではバナナマンにとっても不利だ。
「バナナマン!この木を使え」
 声の主は、町長と校長。先ほどまで、カメダイの心からの叫びに言葉を失くし、俯いていたが、今は、バナナマンが危機の状況にある。反省は終わった。これからは前を向いて歩いていくんだ。立ち直りが早いのが、人間の特徴だ。顔を上げ、やはり悪いのはお前だと、カメダイをにらみ返す。
 町長が叫んだ「この木」とは、避難所の裏山に生えている巨木だ。この木は、この町の守り神である神社の神木だった。今こそ、町の最大の危機だ。躊躇している間はない。バナナマンは、町長と校長に一礼すると、巨木を引き抜き、正眼に構える。巨木が抜かれた後は、広い窪地ができた。避難所に入れなかった人々が身を隠した。やはり、この巨木は町の守り神だ。抜かれてさえも、町の人々を助ける。
 カメダイの刀はよく見ると、鉄ではなく、カメの甲羅からできていた。カメダイは、その刀を上段に構えている。反対に、バナナマンは神木を正眼から下段に構え直した。神木の先は海に浸かっている。互いに、敵の隙を窺う。勝負は一瞬でケリがつきそうだ。互いに身じろぎもしない。実際には数分にも関わらず、両者にとっても、また、町の人々にとっても数時間、いや永遠の時間が過ぎたように思われた。
「ウォー」(カメ語を翻訳すると「バナナマン、お前の負けだ」)
 先に動いたのはカメダイだった。万年生きる亀も、わずか数分の緊張感に耐えきれなかったのだ。等身大の刀が上から下に振り下ろされる。バナナマンもすかさず神木を下から上に振り上げる。カメダイの刃がバナナマンの安全スーツに触れる。上から下に切り裂かれるスーツ。
 だが、肉体までには届かない。反対に、バナナマンが振り上げた神木がカメダイの顎を捉えた。ほんのわずかだがカメダイの刃よりもバナナマンの神木が長かったのだ。神木の先が海に浸かっていたため、カメダイには神木の長さがわからなかったのだ。
 顎が砕け、顔から目が飛び出したカメダイ。再び「ウォー」と断末魔の叫び声を上げ、甲羅から倒れた。円状に巨大な水しぶきが立ち上った。まるで水上の仕掛け花火のようだった。
 カメダイの断末魔のカメ語を翻訳するとこうだ。「残念だが、これが俺の最後だ。だが、俺には弟が二人いる」なんと、カメダイは三兄弟だったのだ。「だが、心配するな。弟たちに言ってある。こんな空しい争いはやめろと。どちらが勝っても憎しみが残るだけだ。仇打ちはやめろとな。人間どもよ。俺は、海に住む全て生物の人間に対する怒りの塊で巨大化したのだ。俺の死を契機に、早く、海を浄化してくれ」
 バナナマンは、切られたスーツのチャックを閉めると、カメダイの死体を抱え、「バナッチ」の掛け声とともに、宇宙へと飛んで行った。まさか、バナナマンはカメダイの死体を宇宙に不法投棄するのか。それは、やめろ、バナナマン。今度は、宇宙人が攻めてくるぞ。だが、猛烈なスピードのバナナマンの背中には、注意の声は届かなかった。
 カメダイの言葉は、町長を始め、校長など町の人々の心を打った。カメダイが倒れた際に剥がれた甲羅の一部が港に流れついた。その甲羅のかけらは、カメダイが町を破壊したにも関わらず、反対に、神社の守り本尊として奉納され、いつまでも町を守ってくれるよう、祈りを捧げるのであった。だが、海を浄化するという課題はこれから解決していかなければならない。
 その夜、避難所から家に帰った町の人々は、安心して夕食に着いた。大津波のおかげで、街中の道路や家などに魚が打ち上げられたのだった。手づかみで魚を捕まえることができた。ピチピチ跳ねて勢いがよかった。人々は、早速、煮物、焼き物、刺身と様々な料理で魚をたらふく食べ、海の恵みに感謝した。
「お腹いっぱいだ」
 大人たちが大漁に浮かれて大騒ぎをしているのを横目で見ながら、小学生の子どもが空を見上げた。真っ暗な空には、亀の形をした星が燦然と輝いていた。

「さあ、テレビを消しなさいよ。ご飯ですよ」
 僕は、ソファーに寝転がったまま、「はあい」と返事をした。
「あれ、パパは?」テーブルの上には、ママと僕の分しか夕食がなかった。
「パパは、飲み会ですって」「やっほー」「パパと一緒に食事をしないことがうれしいの?」「違うよ。パパが飲み会の日には、必ず、お土産があるからだよ。今晩は何かな」「そう、いつも、いつもはありませんよ」「そうかな」
 僕は椅子に座り、「いただきます」の合図とともに、ご飯、ハンバーグ、レタス、キュウリ、トマト、マカロニスパゲティ、卵スープを全て平らげた。そして、テレビを見たせいではないけれど、体の中に、ご飯神社、ハンバーグ神社、レタス神社、キュウリ神社、トマト神社、マカロニスパゲティ神社、卵スープ神社をお祭りした。僕は、全ての食べ物から守られていることを確信した。
 その後、お風呂に入り、少し勉強をした。全て、神社からのエネルギーのおかげだ。十時過ぎだ。僕がもうそろそろ寝ようかと思ったら、玄関から「ただいま。ヒック」の声がした。
 僕は急いで階段を下りた。そこには、笑い声を上げ、元気があるように見えるけれど、足がふらついているパパの姿があった。パパの右手にはタコ焼きの袋がぶら下がっていた。こうして、僕のお腹の中に、タコ焼き神社を追加することになった。

愛と哀しみのバナナマン(2)

愛と哀しみのバナナマン(2)

第二匹 怪亀 カメダイとの戦い

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-08

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