ザンサイアン

電気羊は夢を見ない。少女の寝言にただ答えるだけである。


 私的研究、素体それぞれの発言について
素体No.0016239 少年型。おそらく20世紀半ば頃の少年のDNAから製造。この後機能停止。廃棄。
「よく夢をみるんだ。自分でもおかしいことはわかっているさ。僕はたった今君につくられたばかりで夢をみるための記憶も経験もないただの素体なんだ。だけど夢をずっとみていた気がするよ。そうしてさっき目覚めたばかりなんだ。僕は今日が終わったらまた眠りについて、夢のつづきをゆっくりみるんだ」

素体No.00173824 少女型。19世紀終盤の成人女性のDNAから製造。この後眠りに入り、一切の反応を示さない。脳波安定の為、保護観察とする
「きょう、おかあさんとお庭でマーガレットを摘んだの。おかあさんが花冠の作り方を教えてくれてね、さっきまでもう一つあったんだけど…どこにやったっけ…」

素体No.00000192 女性型。21世紀頃の少女のDNAから製造。脳波が常に浅い睡眠状態にあり、たまに発言する。重要保護観察対象。
「この実験はうまくいかないよ、君は神様でもないんだから。人をつくるなんておよし」
「人が人たる所以はこころだよ」
「こころがないあなたたちがわたしたちの何…」


 我々は自分の住む惑星が数百年前から滅亡の危機に瀕していたため、技術力を持ってほかの惑星への移住を考えた。しかし我々のような知的生命体どころか微生物すらこの宇宙では微々たる存在であったが為、中々条件にあった惑星をみつけるのは容易ではなかった。宇宙そのものに居住を移すことも考えられたが、居住の条件が厳しくなることと、その為に費やされる時間や技術は惑星間の移動よりも遥かに多かった為、我々は新しい住居としての惑星を探し求めたのである。その中でやっと見つけたのが本拠地である、「EARTH」である。最初たどり着いたときはごくわずかな微生物と物質があるだけであったが、地表観察において一つの知的生物が文明をつくり栄え、そして衰退したことがわかった。我々はこの惑星での生物の行動、生活、習性などを観察し自分たちの種族が前の知的生命体のような結末を迎えないように、と数多の生物のDNAを地表から採取し、その研究をしていた。粒子、原子、原子生物、植物、魚類、昆虫、爬虫類、哺乳類などの他の生物は大体復元と研究が終わり、残すはこの惑星での知的生命体だけであった。どうやら我々のように言語が惑星で統一されていたわけではなく、地域や時代ごとで区別されていたらしく、文章や書物の解読には我々といえど少々手間取った。そうしてどうにか言語の統一と解読ができるようになった為、この惑星での知的生命体が絶滅した22世紀末から2-3世紀ほど前の知的生命体の復元とその習性の研究をすべく日夜努力しているのだが、今までの生物還元法ではなぜか上手くいかない。脳波は正常で活動状態にあるし、還元法では成体としてよみがえるはずなのだが、なぜか脳波が安定せず、すぐ眠りの状態になってしまうか死亡してしまうのである。生物還元法に不備はないはずである。実際この惑星に以前生息していたほぼすべての生物の還元は問題なく成功しているのに、なぜかこの知的生物だけは上手くいかない。あまりにも上手くいかない為、成体での還元のみ、という元来の手法から外れて成長をコマ送りにして肉体の死亡までの成長を調べたため成長とその過程に大体の見当はついたものの、その核たる生活と、それによって引き起こされた惑星の終焉についてはまだ辿りつけなかった。
 
 
ときどき素体No.00000192が気まぐれに発言する声が実験室に響く。他にも復元した素体が培養液に浸かっているが、脳波がほぼ全て深い睡眠の状態か脳波の反応なしでたまに体が動く素体だけなので、この部屋で響くのは彼女の声しかない。
 
「ほんとうのことをおしえてあげるわ、わたしたちがほろびたのはね」
すでに録音はしている。
「こころがあったからよ」
 
「…君の言うこころというのは一体何なんだ?君たちの体の中にはそういった器官など無いだろう。感情や思考をつかさどるのは君たちの脳だが、それに近いものなのかい」
No.00000192はたまにこういう風に私が言葉を投げかけると、反応することがある。脳波が安定している時と、運だが。
「こころと脳は、似ているようでちがう。こころは、私という人格そのもの。わたしたちの要」
「その人格、というものも脳に記憶された今までの経験則に基づいて作られたものなのでは?」
「記憶がきえても人格は残るわ。それが、その違いがわたしたちの争いの原因となった」
No.00000192の脳波が不安定になる。ときどき表情をゆがめたり、唸るような声をあげる。
「いまなやんで、くるしんでいる、それがわたしであり、こころ」
「そうか。なんとなくであるが理解できたよ。君たちには状況に応じて自分以外の相手に自分の考えをそのまま伝える術がなかった。だから心というものができたんだな」
「そう…かもしれない…」
「だったら我々は滅びないよ」

「我々は心などない。あるとすれば自分の種族を生きながらえさせるための本能だけだ。それ以上も以下もない」
「…そう、なの。よかったあ…」
No.00000192はいままでに聞いたどの声よりもやわらかい印象の声でそう告げた。
「なぜそれがいい事なのだ?」
「もう誰も泣かないのね」
そういうとNo.00000192の脳波が急変動し、深い睡眠に陥った。多分脳波はもう変わることはないだろう。彼女の表情は今までの表情で一番弛緩しており。幼児期の睡眠状態のような表情をしていた。
 心が滅亡の原因だったなら、どうして我々の種族は私以外滅亡してしまったのだろう。
 最近きしむようになった右腕のパーツを交換しながら、ふとそう思った。

ザンサイアン

ザンサイアン

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-07

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