心滅
心が死ぬということはこういうことか、一寸先には深い闇が待ち構えていた。
今年の暮れはことのほか忙しい。車メーカーの売れ行きは好調で中でも俺の部署は来年からの新車キャンペーンでてんてこ舞いだった。その日も定時では終わらず書類の整理を終えて職場の時計を見ると20時になろうとしていた。
「やばい、少し遅くなるな。律子にメールしとかなきゃな」
俺の彼女は真に怒りっぽい。そうさせている俺も悪いのだが、ここのところの残業で先日のクリスマスもろくろく会っていない。何とかなだめて年末の僅かな休暇を利用して旅行の計画を練ろうと夕食に誘っていた。
-分かった。急いできてよ(怒)
これはやばい。メールの返信が一行しかないってことはかなりイラついている。というか怒っていることは間違いなさそうだ。ここから急いでも待ち合わせ場所までは30分はかかる。20時の約束からは30分以上遅れることは確定してしまった。そこから急いで仕事を切り上げて、周りの同僚に拝み倒して会社を出る準備をする。
「すいません田口主任。昨日も話した通りこれで上がらせてください」
先輩社員の田口さんは面倒見の良い人で、俺がここのところ午前様が続いていることも知っていてうなずいて首をクイッと振ってサインを出してくれた。俺がコートを着て外に出ようとすると背中越しに田口さんが声をかけてきた。
「木幡。今だけだぞ結婚して子供ができれば、もっと残業してもいいよとか言われるようになるんだぞ」
田口さんは俺より4つ上なのだが3人の子持ちで家のローンまで抱えている。俺の部署において一番働くし頼りになる存在だ。
外はかなり寒い。こんな中俺を待ってくれている律子にはちょっと豪勢な夕食に連れて行ってあげなければと思いながらマフラーを巻く。待ち合わせ場所は駅前いつもそう決まっていた。ただしいつも待ち合わせで使っている時計の下は工事中で駅裏の自転車置き場の前とだけ決めていた。
-あとひと駅で着くよ
とりあえず着く前に彼女にメールしておいた。いつもなら1~2分で返ってくるのに返事はなかった。それほどまでに怒りを買っているのかと少し緊張をしたがしかいくら自分が焦っても電車なのでこれ以上早くなるわけでもなく身をまかせるしなかない。せめて一番早く出られるであろう車両に移動して到着を待つしか手はなかった。
駅に着くと人気はあまりない。時間も帰宅時間からはずれていたし普段もあまり利用客が多くない駅だからだ。息を切らせて改札口を抜けるとなぜか人混みができていて待ち合わせの場所である自転車置き場の前に人だかりができている。警察官の姿も見えて何やら事件が起こったらしいことだけは分かった。
目を凝らしてみると、血の跡が点々としていてバックやら携帯電話が散乱しているのが見えた。残酷というのはこういうことなのか、それはどれもこれも見たことのある品物でまさかと思いつつも俺は携帯電話のリダイヤルを押してみる。全身の血の気が引いた。目の前の携帯電話が聞きなれた着信音を鳴らして震えだした。それを警察官が見つけて拾い上げた。
「もしもし?」
眼の前にいる男の声で間違いはない。その瞬間黄色いロープをくぐって警察官に詰め寄っていた。
「何があったんですか?彼女は律子無事なんですか?」
こういったことには慣れているのか数名いた警察官は俺をなだめながら物陰へと連れて行く。
「いいですか落ち着いてください。失礼ですが被害者とはどういった関係ですか?」
確かにそいつは被害者と言った。被害を受けた者だと・・・。
「被害者ってどういうことですか?教えてください」
「すいませんが、まずは新崎さんとの関係について答えていただけますか?」
「新崎(しんざき)律子(りつこ)の彼氏で名前は木幡(こはた)真(しん)吾(ご)といいます」
「落ち着いて聞いてください、新崎さんは市民病院のほうへ搬送されました。本件は強盗と強姦の疑いで初動捜査が始まっています。あなたにも協力してもらわなければならないと思うので住所と連絡先を教えてもらえますか?」
頭が真白になった。新聞やニュースではどこか他人ごとのように感じていたがまさか自分というか一番大切なものに降りかかってくるとは思ってもいなかった。
「彼女は無事なんですか?」
「命の心配はないです。しかし襲われたときのショックで何を言っても応答できない様子でした」
律子が強盗に合い、その上レイプまでされた。その事実はかなりのダメージを俺に与えた。だがその状況を聞いて立ち止まっているわけにもいかない。事実ここには彼女はいないのだ。
「後日何でも聞きますので今は彼女の元へと行かせてください」
警察官たちも嫌とは言わなかった。とりあえず名刺と住所電話番号を告げその場を後にしてタクシーに飛び乗った。
病院に到着すると救急の入り口付近に律子の両親の姿が見て取れた。一応両親とは面識もあり付き合っているという報告も済ませていた。俺自身も30歳を目前にしてそろそろ結婚のことも考えていたし、挨拶した時点でゆくゆくはそうしようとも決めていた。
「こんばんは。律子はどんな具合ですか?」
「ああ真吾くんか、すまないが今日は会わないでやってくれるか。娘のあんな姿は正直見られたくないんだ。頼む・・・」
重苦しい雰囲気の中、彼女の父親は俺にこう切りだした。
「君が律子のことを思ってくれるのは嬉しいが、それを背負うだけの覚悟が君にはあるか?聞いただろう。娘はレイプされてその上顔も心も傷つけられた。もう普通の幸せな未来を描くのは無理になってしまったんだ」
そう言われて俺は返す言葉を失った。そこで言い返せないことも情けなかったがそれだけの覚悟が自分には無かったのかもしれないとも思った。
「今日は出直します。改めて伺います」
それが精一杯だった。母親は終始泣いていて父親も憔悴しきっていた。これ以上話しあう雰囲気でもなく引き下がらざるを得ない状況であった。どこをどう帰ったかも覚えていない。アパートの鍵を開けて汚いワンルームの部屋のソファに腰をかけた。そのまま電気も付けずにただただそこに座っていた。そのうち朝日が差し込みはじめ夜の闇が白白と明けていくのが分かった。あんなことが起こった後でも朝は来るんだなと妙に納得してしまったことを今でも覚えている。腹は特には減っていなかったが近所のコンビニに行こうと立ち上がった。新聞が読みたかったからだ。
事件は新聞の3面記事に出ていた。家族の意向からか氏名は伏せられ会社員の女性とだけ記されていた。活字になって初めて沸々と犯人に対する怒りがこみ上げてきたが今の自分にはどうすることもできなかった。もちろん出社する気分にもなれずにただいたずらに時間が過ぎて携帯電話がブルブルと震えてテーブルの上を滑っているのに気づいた。
「もしもし?」
「お前どうしたんだ、体調でも悪いのか?」
田口さんの声だ。俺は誰かにこのことを聞いてもらいたかったのかもしれない、一晩中部屋にいたけれど結局何もできなかったし何も考えつかなかった。ただただ自分がなぜもっと早く行けなかったのか、待ち合わせ場所をもっと人通りの多い場所や店などにしなかったのか悔やまれてならなかった。その行き場のない感情を田口さんにぶつけた。
「彼女が・・・彼女が強盗に合って、その上レイプまでされたって俺どうしたらいいですかねぇ田口さん。ねえどうしたらいいですか?」
何を言ったらいいか分からなかったが、聞いているほうはそれ以上だっただろう。
「とにかく分かった。風邪を引いて動けないことにしておく。今日は仕事を早く切り上げてお前のところ行くからな詳しい話はその時しよう。な?」
大人になってから初めてあんなに泣いたかもしれない。田口さんに説明しているうちに止めどもない涙が流れた。最後のほうは嗚咽だらけで何を言っていたのか分からなかったと思う。
「分かった。お前しばらく休め。もう年内は来なくていいぞ。仕事なんかどうにでもなる。それよりこれからどうするのかよく考えろ。それで俺に知らせろいいな?」
俺は先輩が帰った後もしばらく電気を消した部屋一人で考えていた。月が鈍い光を放ち部屋を照らす。昨日の月もこんなだったと思う。誰も助けてくれず男に嬲られたであろう律子のことを思うと歯がゆくてならない。その感情は段々と怒りに変わり、これを抑えるには犯人に同様の制裁を加えてやらなければ、そう思うようになった頃夜は白々と明け始めた。
とりあえず何をするにもまず準備が必要だ。相手も分かっていない現状では何もできない。まずは昨日会えなかった彼女の病室を訪ねることにした。
病室の前に母親が座っていた。ただうなだれるだけで虚無感みたいなものが辺りを支配していた。
「おはようございます。律子さんは意識が戻られたでしょうか?」
「・・・・・・」
返事がない。というか声をかけたのに全く届いた気配もないし、聞こうともしていない。けれどもここで引き下がるわけにもいかない。誰の承諾も得てはいないが意を決して中に入ることにした。
ベッドに横たわるその顔は俺の知っている顔ではなかった。顔は包帯に覆われていて少し出た目の部分は赤く充血してまっすぐに天井を見つめていた。
「律子・・・?」
返事はない。ピクリとも動かない。電子音のみ彼女が生存しているということを知らせていた。
「木幡くん。娘は誰が来てもたぶん認識はできんよ」
いきなり後ろから声をかけられたので少々びっくりしたが、振り返るとそこには父親が立っていてまっすぐにこちらに歩いてきた。
「記憶喪失でね。私達さえもちゃんと認識できていないんだ」
入り口で母親がうなだれていた原因はこれだったのか。母親が認識できないのだ。ましてや俺のことなど思い出せるわけもないだろう。ますます心に沸々と湧いてくるどす黒いものを感じられずにはいられない。
「君には悪いんだがもうここには来ないでくれないか?こうなった以上律子には普通の幸せはもう無理だろう。もし君を思い出してもそれはマイナスでしかないと私は思うのだよ。君にだって人生はある。明るい未来を掴むといい」
それは優しさからだったのだろう。その気持は痛いほど分かったがそれで納得ができるほど俺はできていない。これを忘れて楽しく暮らすなんてできっこない。それほどまでに彼女を真剣に思っていたし、それほど薄っぺらい関係を築いてきたとも思ってない。
とは思ってみても、両親の気持ちはよく分かる。それ以上何も言えずにすごすご病院を出てきてしまった。それが歯がゆくて仕方がなかった。その怒りは当然のことながら犯人へと向かっていく。
2、3日と過ぎ事件は早期解決できるだろうと言っていた担当刑事の推理とは裏腹に難航していくこととなる。何と言っても目撃者の少なさ、街灯の暗さからはっきりと見た人がいなかった。DNAとか指紋からも人物は特定されず初犯である若い4人組であることだろうということだけは漏れ伝わってきた。
警察に何度か足を運んだが、決まって捜査中であるとしか答えは返ってこなかった。事件は風化していくが関係者はそこで時間が止まっていてそこから時間が再び動き出すことはなかった。
仕事は順調で俺たちの部署で企画したキャンペーンが大変好評で金一封まで出たぐらいだった。仕事のことを考えている間だけ律子のことを考えなくて済んだし、時間の経過を感じられる唯一の場所でもあった。
「木幡。晩飯付き合え」
田口さんはあれからいろいろと気にかけてくれ、仕事に打ち込んでいる俺を見て心配してくれたほどだ。
「彼女は回復しているのか?」
「いえ、あまりよくはなっていないみたいです。相変わらず傷を隠すように包帯で顔を覆っているみたいですし、何回行っても門前払いです。少しも記憶に残っていないみたいです。悲しいですよね」
「根気強くやらないでどうする。支えになってやるんじゃなかったのか?」
この頃には周辺の住民も普段の生活に戻っていてまるで事件なんか無かったような雰囲気すらする。それが悔しくて俺は事件現場に行ってそこに立ってみた。ここに居た。俺の知っている彼女は確かにここに居た。そしてここで居なくなった。心をここで落としてしまった。自分にはそれを拾ってやることはできない。
-犯人は誰だ?-
それを知ってどうするのか、もちろん体で知ってもらう。ボーナスも順調に出て俺の手元には念願のものを買う資金ができた。
(スタンガンとサバイバルナイフ)
これが違法じゃなく買える最凶の武器で、俺は慣れるために早速週末それを無造作にかばんに入れて人気のいない山林がある田舎へと向かった。
このとき初めて知ったのだが人を殺すというのははっきりとしたビジョンや理由があったとしても相当な覚悟がいるということ。決心したつもりなのにいざはっきりとした目標や目的が定まるとブレる。怖いのだ。まだ見ぬ犯人に恐怖心が生まれた
俺はその決心が鈍らないように病院に行ってみることにした。当然のことながら父親から止められた。そんなことは分かっている。想定していたことだ。しかしこの時の俺は今までと覚悟が違った。
「娘さんに会わせたくないことは十分わかっているつもりです。もちろんあんな場所で待ち合わせをしたことも後悔しています。しかしこのままずっと会わないんじゃ僕としても気持ちの整理がつきません。お願いします僕と認識してくれなくていい2人で会わせてください」
しばらく沈黙が続いた後、この前はうなだれて動きもしなかった母親が扉の向こうから現れた。
「あなた、悪いのは犯人。木幡君じゃないわ」
「お前・・・。分かったよ俺たちは食事に出るよ。それまで留守番を頼めるかい」
2人は病室から荷物を取るとそのまま出て行った。あれからどれくらい見てなかっただろう。包帯姿の彼女がベッドの上に横たわっていた。
「律子、ごめんな。あんなところで待ちぼうけにさせて。もっと早くにくるべきだったけど、ちゃんと決心がつくまでお前には会いたくなかったんだ」
鞄からナイフを取り出し彼女の胸元に置いた。
「俺はお前をこんな風にした犯人をどうにも許せそうにないよ。この後の人生でお前がいないなんて考えられない。俺はてっきりこのまま幸せな家庭をお前と築くものだとばかり思っていたよ」
意識はないであろう彼女の手にナイフを自分の手を添えてしっかりと握らせた。
「お前ができないことを俺がやるよ。今日はそれを伝えにここに来たんだ。律子犯罪者になるであろう俺を許してくれよ。いつまでかかるか分からないけどやるから・・・必ずやるから」
やっとちゃんと決心できたような気がする。犯人はまだ誰か分からないけどちゃんとやったことに関しては同等の対価を払ってもらう。それが今生きている意味なのだと心に刻んだ。
「律子さよならだ。もうここには来られないけど回復することを祈っているよ」
病室を後にして最後に律子の両親に挨拶をしようと2人の帰りをロビーで待った。神様は本当にいるのかもしれないと思ったのはこの時だ。
「まったくよ。暴れるから手なんか噛まれるし、ほっぺたなんか引っ掻かれてるじゃねえかよ」
「ぎゃははは、お前ちゃんと押さえてねえからそうなるんだよ」
普段なら聞き流していたであろう会話をその時ばかりは聞き耳を立てて聞きながらこの2人の後を追った。
もしかしてと思ったが2人の会話は女を押さえるだの、抱き心地がどうだの話している。友達とする他愛もない会話なのかもしれないが、こんな話を大声で昼間からするこいつらの神経を疑ったかこれがなければこんな出会いはなかったかもしれない。
「あのぅ⤴ちょっと熱っぽいんで注射とか打ってもらえますかね」
どれだけ知能が低いか分からないが受付でそんなことを言っても無駄だと言うことすら分かっていないらしい。だからさっきみたいな話も公共の場でするのだろうが・・・。
「んでんで、どうなったのよ?先週みんなとしたんだべ?」
「ああそうだよ。先輩がどうしてもつーから駅前で女捕まえてよ、それで暴れるからおとなしくさせてからみんなでいただいたよ」
もう間違いない。こいつは犯人の1人だ。この口振りだとしゃべっている相手の野郎は犯行には加担していなかったらしい。だがこいつから辿ればいつかは犯人全員に会えることになる。もうその時にはどうやってこいつを捕えようかということばかり考えていた。
だけどここは病院だ。公共の目が有りすぎる。ここで凶行に及べばすぐにばれて他にいるであろう犯人に復讐はできなくなる。見守るしかない・・・。
歩いて来たところをみるとあまり遠くに住んではいないことは確かだろう。警察などの影も見えない点からみてもあいつはまだ捜査線上にも浮かんでいないみたいだ。こちらとしては好都合だ。さすがに2人を相手に勝つほど俺は強くない。尾行しながら1人になる隙を狙うしかないだろう。
診察を終えて出てくるまで混んでいたので1時間ぐらいは待っていただろうか。病室に一度戻ろうかと思ったがここであいつを逃したら2度と会えないかもしれない。トイレにも行かず馬鹿を待った。
「わりぃ待たせた。んじゃ、デミたまハンバーグに食いに行くべ」
熱っぽいというわりにすごい重そうな食べ物だが、ここらへんはもう気にしないことにする。
「おごりだべ?」
移動してご飯を食べるらしい。もちろん俺も一緒に付いて行くことする。しかしここいら病院周辺でそんな凝った物を出す店があっただろうか。少なくとも俺の記憶にはそんなものはない。だとすると車を使って移動する確率が出てきた。生憎俺は電車でここまで来ていた。車となるとそれに追いつく手段をもたない俺は尾行できないことになる。この時ばかりは裏切られまくっている神にすがる思いで天を仰ぎ見た。
神はいたとでも言うべきなのだろうか。だとしたらこうなるまえにどうにかして欲しかったところだが、過去を言ってもしょうがない、今目の前にいる男に集中しよう。たらたら歩いていたかと思うと駅へ向かっているではないか。ツイている歩いてきたのだ。しかし着いた先の駅に移動手段を置いているかもしれない。地元じゃない俺には不利であることには違いない。頼むから駅近くに住んでいるか、歩きで来ていることを願い電車に乗り込んだ。
まさかとは思ったが、男2人は自分の最寄りの駅で降りたのだ。ここなら土地勘もあるし足もある。どこまでこの男と会う運命だったのだろう。駐車場まで同じ2階に停めていた。これはもう自宅まで突き止めて、こいつを中心に復讐することを示唆されているようで迷っていた自分を後押ししているとしか思えなくなっていた。
車はどこにも立ち寄ることもなく自宅らしきアパートの目の前に駐車された。ここは住宅地であまり長居できそうな場所ではない。しかも路上駐車を長時間使用ものなら確実に怪しまれるに違いない。ここにきて計画に暗雲が立ち込めてきた。ここはどうあってもあいつらの家だけでも突き止めなければならない。思案のしどころだ。
男2人は車を降りて2階の一室へ入っていった。一番奥の角部屋であることだけは分かったが車を止めておけるだけの場所もなく、その場所を後にせねばならなかった。今日はこの場所だけでも突き止められたのは幸運としておくしかないだろう。あいつに何かしようにも何の準備もなくそのまま来てしまっている。ちゃんとした準備や計画を持ってことにあたるべきだろう。ここは大人しく家に帰り今後の手順を考えることにする。
次の日は会社があったのでそのまま出社して残業までして普通に過ごした。あくまで職場では仮面を着け続けなければならない。決行まで怪しまれてはならないし、何より先輩に迷惑はかけられない。俺が一度犯行に手を染めたらここには間違いなく戻っては来られない。俺が唯一人間でいられる時間。それは犯罪者に心を染めていっている俺には何より安らぎになっていた。次の休みの日に盗聴器と受信機をそれぞれ別の店で買い足がつきそうな行動は避けた。犯行の成功率を下げてはなるまいと固く誓い俺は近頃の行動を慎重にしていた。
間違いなく、最近の自分の行動はエスカレートしていた。ついにアイツの部屋に忍び込むことに成功したのだ。単純な馬鹿だとは思っていたけれど、こうもあっさり引っかかるとは思わなかった。
‐おめでとう御座います。厳正な抽選の結果あなたがご当選なされました。当選賞品を同封致します。是非スタジアムまで足をお運びください。お待ちしております。‐
簡単なカラクリだ。俺が買ったあいつのファン球団のホームゲームのチケットを送っただけだ。しかも内野席でまあまあいい席だ。野球ファンなら行かない訳がない。身に覚えもない商品を迷うことなく使用するって所はやはりアホだ。もしも盗聴器を仕掛けた後だったならラッキーなんて言っているのを聞けたに違いない。
これであの馬鹿、重田が帰ってこない時間ができた。野球が終了するまでは確実に帰らない。
重田昌樹(21)は鉄工所に勤める男で、先輩のいいなり人形みたいな存在の男だ。まあどこにでもいる典型的な従属的な人間だ。先頭にたっては何もやらない。しかもそいつの影に隠れて平気で悪いことをしでかす。最初のターゲットにしては上出来な存在だ。俺はどうやってこいつを拉致しようかと思案を巡らすことにした。
しかしすぐに拉致したのでは情報を引き出せないかもしれない。まずは少し泳がせて情報を集める必要がある。その間にも拉致できるような適当な場所を選定する。普通なんとも思っていない場所がそういう目線で見ていると結構たくさんあることに気づく。会社関係のビルでこれはと思う物件があったのでそこに荷物を運び込んだ。しかし大した情報が集まらない。あれ以降やばいと思ったのか先輩と接触はないようで漫然とした気持ちで仕事に打ち込む日が続いた。しかも会社も何を思ったか俺を企画リーダーなんかにしやがって仕事が忙しくてたまらない。
そんな日が2ヶ月も続くとついに待ちに待った時が来た。日課のごとく録音されたデータをパソコンで聞いているとある言葉を発したときに体が固まった。誰かから電話がかかってきたらしくぶっきらぼうに出たかと思うと声色が変わった。
「はい、すんません。ちょっと寝ぼけてまして、またっすか?了解っす。わかりました。迎えに行きます」
電話を切ったかと思うと、ため息をついた後のひとりごとがさらに俺を凍りつかせた。
「また狩りかよ、いい加減にしてくんねえと捕まるぞ、クソッ」
これだ間違いない。この集会は俺の人生を狂わせた奴らが一同に会す。これをチャンスと言わずしてなんというか・・・。
普通なら忙しくて休暇なんか認められるはずもないが、評価なんかどうでもいい俺にとっては周りの陰口もなんのそので休暇用紙を提出した。
日はまだ高い。こんなに時間が長く感じたことはない。起きてからの時間経過が異常なまでに遅い。いかに馬鹿な連中とはいえ日が落ちなければ行動は起こさないだろう。しかし集合時間を口にしなかったので俺は今こうして重田の家を見張れる位置に陣取っている。小回りが聞く原付を購入したのは3ヶ月前。乗りなれない原付を特訓して車と同等に飛ばせるまで会社の行き帰りで練習もしてきた。改造するために車を売った。律子との思い出も強すぎたというのも理由の一つだが、新車で購入してまだ一度も車検を受けていなかった。手放すとき少し躊躇したがあの男たちのまだ見ぬ顔を想像して今一番最良と思える足を用意した。バイクは雨に弱いが容易に街にとけ込める。車はいざとなれば借りればいい。
重田はいつも起床が遅い。夕方にならないと起きない。時計をちらっと見たら10時を指していた。今日はいい日なんだろう。雲一つないし暑くもなければ寒いわけでもない。何かをするには快適な一日だ。まあ世の大半の人は平日なので働いているのだろうが、その一方には狩りなんて称して馬鹿なことをしている連中もいる。
今日もしあいつらが狩りを始めたら俺はどうするのだろう。止めるのか、でもそうしたら復讐なんてできない。身元も一人もつかめないかもしれない。それだけは避けたいがまた律子のような人をこの世の中に作ると考えると止めないという自信もない。どうすればいいのだろう。そんなことを考えているうちに日も傾き始めた。
受信機が人の動く気配を伝える。どうも重田が起きだしたみたいだ。バタバタと歩き回る音が聞こえる。かなり急いでいるみたいだ。服を着ながらブツブツとつぶやいている。
全身真っ黒な男が出てきた。闇に紛れようとしているのか後ろめたさがあるのかは分からないがまだ明るさが少し残る現状では怪しいこと極まりない。車で出かけるようでリモコンキーを取り出して解錠している。それに答えて車も解錠をしらせる音でコールバックしている。
いよいよだ。今夜ついに実行犯どもと会える。どう少なく見積もっても3人はいるだろう。ひょっとしたらもっと多いかもしれない。事件が起きた場所で特定された靴跡では3人というのが警察からもたらされた数少ない情報の一つだった。
重田が慌ただしく車に乗り込む。どうやら遅刻寸前のようだ。先輩といいのはそれぐらい怖い人物らしいというのがこの行動からもよく分かる。もうすぐ会えると思うと心が弾んだ。言い方がおかしいかもしれないが男に会うというのにここまでドキドキしたことは今までないだろう。さすがバイクは小回りがきく、いくら飛ばしていても車だと限界はある。高速道路を走れば追いつけないだろうが、普通の道ならば改造した原付で十分追いつける。かなり速度を出していたが視界から離れずについて行くことができた。特訓の成果が出た。警察がいたら止められるであろう運転だ。それは重々分かっているが、対象の運転も相当に荒いので仕方ない。走り出してかなりの時間が経った時、眼前に現れたコンビニ入っていった。飲み物でも買うのかと思いきや、なかなか車から降りてこない。ここで見つかってら元も子もないので、少し離れた場所に回り込んで停車して双眼鏡で覗いてみる。どうやら電話をかけているようだ。ということはここで待ち合わせているのだろうか。一向に降りる気配はないので誰かを待っているのは間違いないだろう。
少し経った後、タラタラ歩きながら重田の車に近づく3つの影がある。間違いないだろう、犯人は4人いることとなった。しかし靴あとの種類が3つしかなかったはなぜなんだろう。そのまま3人は車に乗り込むとまたも走り出した。これから狩りというやつが始まるのだろう。日もとうに暮れて街にネオンが灯りつつある。まだ時間としては19時を回ったところだが少し天気も悪かったせいかかなり暗いように思えた。車はぐるぐると繁華街を流しはじめ、同じところに何回も出てきた。間違いない獲物を物色している。こんな感じで律子もターゲットにされてしまったのか、あんな奴らがうろついているところで一人待たせてしまったのかと思うと、後悔という文字しか頭には浮かんでこなかった。
やがて車はゆっくりとスピードを落とし始めハザードをたいて路上に停車した。そこから少しも動こうとはしない。とうとう獲物が見つかったのであろうか、そう思って周りを見渡してみると、誰かを待っていそうな女の子が街灯の下に見える。他に人影も見当たらないし絶好な人物に思えた。服装もフェミニンな感じでいかにも可愛い雰囲気が少し遠くからでも分かったほどだった。間違いなく野獣共はターゲットとして彼女を見ているだろうと確信した。
瞬間だった。まるでそうなると台本に書いてあるかのような手際の良さだった。前のときより格段に手際がよくなっている。連携も考えてきたのか彼女を両脇から挟み込むようにして立ったかと思うとリーダー格がスタンガンでバチッと一撃で決めた。そのまま車に連れて行こうと2人の男が抱え込んでいる。その3人はいずれも初顔で今スタンガンを持っている男がおそらく一番の先輩であろう人物で、その感じからリーダーの同級生なのではないだろうかと推測できた。
第2の事件が目の前で起ころうとしている。俺はどうすべきなのかここに来ても決めかねているというのが本音だった。そうこう考えている時間にも彼女は連れさられようとしている。俺は決めた。
見ていられない。律子みたいな子をもう増やすわけにはいかない。とは言っても実力行使でどうこうできる人数ではない。そこで大声で叫んだ。
「強盗だーーーーー」
あらん限りの声で叫んだ。その声は響いて通りの向こうの通行人が振り向くほどだった。間髪入れずにもう一回。
「強盗だ誰かーーーー」
慌ててその場を離れる奴ら。車は即発車してその場を走り去った。俺は彼女を救ったとはいえ、その反面奴らには捕まってくれるなと願った。もしもこんなところで捕まったら復讐の機会を失ってしまうからだ。
俺も犯人同様その場から慌てて離れることにした。警察なんかきて事情聴取にでも巻き込まれたら厄介だ。こういったときにバイクは小回りが効いていい。裏道を抜けてそのまま闇夜に紛れることに成功した。遠くでサイレンの音が聞こえている。誰かがきっと警察に通報してくれたに違いない。俺はほっとしながらも急いで奴らを乗せたコンビニへ向かっていた。もしかしたらそこで解散するかもしれないと思ったからだ。
だが予想は外れていた。少し待ってみたが現れる気配が一向にない。もしかしたら別の場所で解散したのかもしれない。歯がゆい気持ちで一杯だったが、どうすることもできない。かくなる上は次の一手を打つしかないと俺は思っていた。
重田は朝方帰ってきた。しかも先程まで乗っていた乗用車ではない。カウルが割れた原付で帰宅したのだ。不思議に思って盗聴していると
「くそっ誰だよあそこで叫んだ奴。なんで俺が殴られなきゃならんねーんだよ。おまけに車まで処分しなきゃならなくなるしよ。クソッたれがっ」
ひどく周りに当り散らしている。あーあ片付けるのはどうせ自分だろうにな・・・。
重田が寝入ったようなので一度帰宅してこちらも準備を整えることにした。犯罪は一度手を染めると抜け出せなくなるとよく言うが、実際そんなことを真剣に考えてみたこともなかった。車メーカーに勤めているのを利用して無くなっても気づかれにくい車を調達できた。もちろん窃盗なんか今までしたことはなかったが、案外と簡単にいくものだと少し拍子抜けしたものだ。ワンボックスタイプの車でこれなら目的にもぴったりの車だ縛った男を後ろに転がすのになんの苦もなくできそうな広さだ。
間違いなく今日は厄日なんだろうな。それを作り出したのはほかの誰でもない自分なんだが全く悪いとは思わない。俺は十字架を背負う。だから今高いびきをかいて寝ている男の枕元に立っている。寝ている相手だが念には念を入れる。今更だがスタンガンの電光って綺麗だな・・・。
体がブルブルと震える。人間に使用するとこういったリアクションになるようだ。コイツは今まで他人にはやってきたが自分に使用されるとは思ってもいなかっただろう。ロープを取り出しきつく縛り上げる。大の男は事のほか重い。2階の部屋だから抱えたまま降りなければならない。近隣住民もいる。深夜だからいいとは思うがいざとなると勇気がいることだ。扉を開ける音で誰かが気づかないか怖い。もし抱えている時に誰かが玄関の扉を開けるのではないかと思うと心臓が口から出てきそうだ。車に積み込むまで時間がかかったが幸い誰にも見られることなく重田を連れ出せた。ここからが俺の復讐戦の幕開けだ。
監禁する場所には最適な場所のめどはつけていた。ここからそう遠くない廃ビル。バブルの時代に作って使い道がなくなって放置された物件。都合のいいことに防音までほどこされたカウンターBARだ。手錠をして椅子にくくりつけて座らせる。準備は整った。あとはこいつが目を覚ますのを待つばかりだ。無抵抗な犯人を見ていると殺してやりたいと思うことはないと言えば嘘になるが、ぐっとこらえてこれからのことを思案する。まずはメンバー全員の名前から把握せねばなるまい。携帯電話を手に入れたのでまずはそこから探索を開始することにする。
まずボスの男から探ることにする。何といっても指示を出したやつだし、最も憎むべき相手であろうからだ。予想はおおかたついていた。一番近い受信記録を見ればそれがリーダーであろうと思っていた。重田は決行几帳面らしい。名前をきっちりと入れて先輩とまで書いてあった。千賀貴俊(せんがたかとし)これがスタンガン男に違いない。他にもないかと探っていると先輩と表記されている人間が3人いた。これが全部だとすると頭数が合わない。2人は事件を起こしたものであろうが、あとの1人は全く関係のない人物ということになる。リーダーも千賀と一応仮定はしているが確証があるわけではない。これを確定にするには重田が起きるまで待つより他はないと考えて準備をすることにした。ただ部屋に閉じ込めたりするのではもったいない。こんなチャンスは滅多にない、恐怖というのはどうしたら感じてもらえるのか実験してみることにした。
起きるのを待つ。しかしどうやって視界に入ればインパクトがあるのか?反対に自分だったら何が怖いか考えてみることにした。まず正体が分からない人間に拉致をされたとしたら怖い。となると顔は隠した方がいいのか?まあサングラスとマスクを準備したのでそれで行くか・・・。いけない。最初の目的から何か変わっている気がする。メンバーの確認をするというのが最大の目的だ。それを見失ってはならない。
重田が起きた。目覚めは悪そうだ。当たり前であろう、電撃を食らって長い眠りにつかされたのだから。
「ううぅ、なんだここは・・・」
正解からいうと廃墟のBAR。それを説明するのもめんどくさいし、その必要はない。いきなり本題から入る。
「おい、重田よ。お前自分がやったこと分かっているよな?」
恨み100%の声で聞いてみた。ドラマで見たような反応に思わず吹き出しそうになる。
「なんだてめぇ、俺にこんなことをしてどうなるか分かっているのかっ!」
面倒くさい奴。手錠をされて足まで縛られているのにどうしていきがることができるのか理解できない。
「どうして拘束されているのかも分からないのか?それも理解できないのならもう一度痛い目に合ってもらうか・・・」
「ちょっと待てよ。俺が何したっていうんだよ?ってかお前誰だよ!」
質問は一つにして欲しいものだ。まあこんな状況じゃしょうがないといったところか
「まずは思い出すところから始めようか、時間はたっぷりあるのだから」
怖い。これは自分とは思えない。自画自賛するほどのキャラ設定だ。ここで一回考える時間を与えることにする。
目の前から消えてみる。考える時間はたっぷりあっただろう。そういう状況下を体験したことがないので本当の所は分からないが、恐怖というものが芽生えた頃合だと考えてまたも目の前に姿を表してみた。
「どうだ?何か言うことあるだろう?」
「なんだよこれ・・・何が知りたいんだよ」
最初の威勢はなくなり力弱い声で問いかけてくる。
「いくら頭の弱いやつだからってそろそろ理解できたようだな。まあなんだ。今すぐ殺すつもりではないから安心してよ。だけど返答次第ではどういう行動をとるかは今の状態から想像はつくだろ?」
沈黙が流れる。なにも答えないからまたも視界から姿を消すことにする。この2回目というのがかなり効いたらしい。
「おいっ、どこ行ったんだよ。おいっ」
ここで姿を表したら負けかなと思って、なんか意地になってみた。1時間は放置していただろう。その間に食事を済ませて仕事のメールのチェックなんかもしたりした。これは本格的に追い詰めたみたいで声を荒らげて叫び続けた男の声がかすれ弱くなりやがて何も言わなくなった。声がしなくなって30分ほど経過した時、姿をあらわした。
「俺の問いに答える気になったか?」
黙っている。先ほどまでは違っていきがるわけでもなく嫌がらせでそうしているわけでもない。本当に参ってきているみたいだ。
「お前が何をして、その仲間が何をしたかを言ってみろ」
「レイプのことか?」
軽く言ってくれたものだ。それで苦しんでいる人間が本人を含めて周りにどれだけいることか自覚をしているのか。まあ自覚ができるならのうのうと日常生活なんか送っていないだろうが・・・。
「始めようか。まず仲間の名前を全員言ってもらおうか」
ためらっているのか何も答えない。まだギリギリのところで義理みたいなものを保っているらしい。
「まあ答えないならまた放置になるけど・・・。俺としてはいつになっても構わないよそれまで生かさず殺さずでのんびりやらせてもらうよ重田さん」
去っていく後ろ姿を見て慌てて声をかけてくる。
「頼むよ、喉も乾いたし腹も減ったよ一人にすんなよ」
無視をしてそのまま放置していく。彼はかれこれ12時間以上水分をとっていないし食事もしていない。それで死んでしまうようなことはないだろうがツライだろうことに変わりはない。しかし口を割らない態度を取るならこちらも意固地にならざるを得ない。
「名前を教えるから水くれよ」
久しぶりに口を開いたと思ったらこの発言。真実かは分からないがまあ聞くだけ聞いてみるのも悪くはない。
「どうした。俺は別に黙ったままでも構わないんだぜ?話さなければお前が苦しむ姿がしばらく見ていられるんだからな」
「先輩だよ。千賀という人だ。その人が言い出しっぺで俺はただ見張りだの車番だのいいように使われただけなんだよ。なっ本当のこと言ったんだから水くれよ」
それは分かっている情報だ。聞きたいのはそれじゃない。この発言だけでは単に主犯格が確定したということだけだ。
「俺はお前たちが4人で行動し強姦を繰り返していたことまで知っているんだ。1人言えばあとの奴も同じだろう。吐いてしまえよ」
「園部と早坂だ。そいつらが仲間だよ」
やっと吐いた。しかし俺の予想よりは重田は口が固かった。人は見かけによらないものだな・・・。まあここで殺すつもりもないので水とエサをやることにした。
「よし水をやるよ。もっと質問するからちゃんと答えられたらご飯ももらえるからいい子で答えろよ」
洗いざらい全部吐いた。まだ裏をとっていないので真実かどうかは確信はもてないが多分この精神状況で吐いたことだ、ほぼ真実と思っていいのではないだろうか。
「さてと、情報も集まったしお前は必要なくなってきたな。死ぬか?」
「もう全部しゃべったじゃねえか。殺さないでくれよな、なっ?」
とりあえずこいつの声も聞き飽きたし水も飲ませたのでボールギャグで口を塞ぐことにした。
「ま、聞くこと聞いたし俺も疲れたからこれを付けてもらうぜ」
付けようと手を口に近づけると噛んできた。憔悴しているかと思いきた水を飲んで少し元気になったらしい抵抗してきた。
「てめえ、本当に殺られたいらしいな」
ものすごいむかついたが、一旦落ち着くことにした。そう思ってその場を後にしようとしたが電撃だけは食らわしておいた。何度見てもすごい効き目だ。
これでメンバー全員が割れた。これからどうするのかは考えていないがとりあえず全員の顔を拝んでおくべきだろうと思いリーダー以外の2人が働いているライブハウスへ行ってみることにする。
土曜の夜だったこともあってかライブがあるみたいで入口周辺には今夜出演するであろうバンドのファン達が集まっている。スタッフとして働いているのだろうがバンドと店員の区別がつかない。一度暗がりで顔を見ているがはっきり見たわけでもないのでこれでは確認がとれない。どうしたものかと考えているとライブが始まってしまった。仕方がないので終わるまで待って客やバンドのメンバーがいなくなるまで待った。
ライブも終わり店内の片付けをしていたのは5人。オーナーらしきおじさんを覗いても同じような体格の人間が4人もいた。確かめるには話すしかない。できればこちらの情報は与えたくない。しかしどうすれば確かめることができるだろうか・・・。
答えは案外簡単だった。電話をしてみた。重田の携帯をマナーモードにして電話をしてみた。まずは園部。物陰に隠れて見ていると電話をまさぐっている男が。なるほどあいつが園部か。ばっちりと記憶した。お次は早坂だ。まんまと取った。これで2人の顔を認識した。が、よく見ると早坂はすごい締まった体をしている。武器があるにせよ俺みたいな喧嘩をしてこなかったような人間が勝てるような気がしない。早坂は後回しにして園部を先にどうにかするべきであろう。
と言っても今夜はあまり準備をしてきていない。作戦を考えて出直したほうがよさそうだ。まだ重田がああいった状態になっていることはしられていないだろうし、時間はたっぷりある。
アジトに帰って今後の対策を練ろうとドアを開けるとそこには驚愕の光景が広がっていた。むせかえるような臭いに思わず鼻を覆った。
「な、なんで・・・どうしたんだっ」
男が口から血を流して仰向けに倒れている。それは重田だったものだ。つい数時間前まで重田という男が入っていた器だ。今はもう器でしかない。目は天井の一点を見つめ瞬きすらしない。死体だ。それ以外に言葉は見つからない。
俺は施錠してここを出たはずだ。しかしこいつは死んでいる。誰かが留守中にここに侵入して殺した。誰が?なんのために?それは俺がすることであって他人がすることではない。そう決めてあいつを拐ってここに監禁した。いい知れぬ恐怖が湧いてくる。俺以外にそんなことをするであろう人間を他に知らない。重田は死んでいる。それは変わらない。となるとここに長居をするのはおおよそ危険だろう。すぐさま自分の痕跡を消しこの場を去る準備をはじめた。
少し冷静になって死体を見てみた。見事なまでに喉を突いたであろう傷。素人からみてもよほどな覚悟がないとできない所業であろうことは分かる。
「誰がこんなことを・・・」
俺は警察ではない知る術はない。くやしいがここにとどまる勇気もないし第一これ以上ここにいれば殺人の汚名をかぶることになりかねない。慌てて外にでる。当たりは静まり返っている。平静の夜そのものだ。バイクに乗って自宅に戻るもあの光景が目から離れる訳もなく、眠れぬ一夜を過ごし朝を迎えた。
もしかしたら昨日の出来事がニュースとなって流れているかもしれないとテレビをつけるもくだらない芸能ニュースばかりだ。新聞ならとコンビニまで行って確認してみたが載っていない。バレてないのか?それとも泳がされているだけなのか疑心暗鬼に陥ったが悩んでいても物事は前には進んでいかない。復讐は始まっている。事件が明るみに出る前に勝負をつけなければならない。
計画が少し早まっただけだ。いずれ何かの罰は受けてもらうつもりでいた。誰がやったにしろ次はこの手でと闘志新たに夜を待ちライブハウスに向かった。やるしかない。しかしまたも展開は想像を超えた。警察が来ていたのだ。黒山の人だかりでなにやらブルーシートで囲まれて中を伺うこともできない。しかし簡単に答えは分かった。誰に聞くこともない。多分園部と早坂が餌食にされたのであろう。間違いない、俺以外にこの犯人グループの存在に気付き復讐をしているものがいる。急いで残りの一人の所在を確かめねばならない。もしかしたらもう間に合わないかもしれない。
千賀の家はつかんでいた。重田の家で住所だけは掴んでいた。行ったことはなかったが大体の場所は分かる。バイクを走らせ急行してみた。千賀は両親と同居していて見るからに金持ちだと分かる豪邸に住んでいた。外から見る限りでは何も変化があったように思えない。しかし重田はともかくライブハウスの事件はもう耳に入っていてもおかしくはない。だとしたらもう家にはいないかもしれない。少し周りを見回ってみたが人の気配はない。さすがにあんなことがあれば逃げ出すか・・・。と諦めて家に帰ろうとしていた時、家に電気が灯ったではないか。帰ってきたのかずっと居たのかは分からないが誰かがいるのは分かった。
何か策があるわけでもない。いたずらに時間が過ぎていった。1時間ぐらい経過した時だっただろうか宅配便らしき男が訪ねてきた。眺めているとその男は突然家の中に入っていった。
「おいっ」
その声は誰の耳に届いただろうか、気にして見ていなければ絶対に気づかないだろう。目の前で自分実行しようとしていたことが次々とこなされていく。呆気にとられその場に立ち尽くしていると先程の男が慌てて出てきた。帽子を被っていたので顔は見えない。軽自動車に乗り込むとその場を後にした。
せめて顔だけは拝まないと気が済まない。このままでは俺は彼女に何もしてやっていないことになる。バイクに飛び乗り後を追う。横に並んで顔を見てやればいいのだろうがなぜかその勇気は出なかった。付かず離れずの状態が続いたままよく見知った通りに車は入っていった。
ここは俺の地元。よく見知った街並みだ。ここを曲がればコンビニがあるし、突き当たりまで行って右に曲がると・・・。やはりそうだ。これはよく知っている道だ。予想が正しければこれは律子の家に続く道だ。
車が止まった。先ほどは気付かなかったがこの背中には見覚えがある。
「やはり付いてきてしまったか木幡君」
律子の父だ。びっくりはしたが、向こうが恐ろしいほど冷静なのでなんだか落ち着いて言葉が出てきた。
「なぜですか?」
「それは言わなくても分かるんじゃないか君なら」
動機は分かる。むしろ俺よりその意味合いは強いと思う。しかしながらここまで素早くやる人だとは思っていなかった。俺よりも素早くそれを実行してみせたその手腕は常人とは思えなかった。それを考えるとなんだか目の前にいる人が怖くなるのを感じた。
「今、どうしてこんなおっさんがこんなことをしてのけられたのか。とか思っていないかい?」
まさに図星だ。こちらの考えまで読んでくる。もう訳が分からない。言葉すら出てこなくなった。
「まあすべて終わったことだし、思い残すこともない。上がって話をしようじゃないか」
1度送って来て玄関先までは来たことがあったが、上がるのは初めてだ。しかも父親と一緒だなんてこれまた複雑だ。
「失礼します」
「どうぞ」
殺人犯と現状では誘拐犯が並んで家に入っていく。まあそんなだから空気は自然と変な風になるのは仕方のないことなのかもしれない。無言のまま居間のソファに座り父親が着替えて出てくるまで待っていた。
「お待たせしたね。家内がいないものだからお茶も出せないが許してくれ」
「あ、お構いなく・・・」
何も喋らない時間がとても長く感じる。時間にすると30秒にもなっていないのだろうがそれが苦痛で仕方がない。向こうから話出してくれればいいのだろうが、どうやらあまりしゃべることが得意なほうではないらしい。どうやらこちらが口火を切るのを待っているようだ。
「全員あなたの仕業ですか?」
「そうだよ。娘をあんなにされて黙っていられる親がいるなら見てみたいね」
立場が違っていれば俺もそうしていた可能性が高い。
「始まりはね、君だよ。感謝しているよ本当に」
「ど、どういう意味ですか?」
「そこまでは気づいていないか、いいだろう教えてあげよう」
目の前のコーヒーが冷めていくのと同時ぐらいに自分の体温も下がっていくようだった。それほどに恐ろしいと感じた。彼は俺を監視していたのだ。まさか自分を監視している人間がいるとは夢にも思わなかった。重田を監禁しているところまで尾行されていた、俺が留守にした瞬間にあの惨劇・・・。目の前にいる温厚そうな人がとてもしてのけたことには思えないが描写が生々しくて恐ろしかった。
「あいつは最後までうるさくて喉を突いてやったよ。なんと言われても許すつもりはなかったから静かになってよかったよ」
「あの2人はどうやって知ったんですか?」
「ああ、君のバイクに追跡装置つけたんだよ」
単なる一般市民がしてのけられる訳はない。理由は後に分かったことだが律子の父親は警察OBでその後探偵として働いていた時期があるらしい。尾行されていても気付かなかった訳だ。
「これからどうするんですか?俺を殺して口を封じますか?」
「君を殺す理由はないよ、病院でのあの目を見たとき私は君が何をしようとしているか分かったんだ。それから尾行を始めたんだよ」
あの目を見て気づくのは元警官ならではだったのかもしれない。
「僕はね君の将来に影を落とすつもりはないんだよ、自首をするつもりだ。勝手なお願いだが君には後のことを頼みたい。きつい十字架だがあの4人を殺そうとした君だ背負ってくれると信じているよ」
俺は人を殺すという十字架を背負うのと引き換えに、律子とその母親という2人の人生を背負わなければならなくなった。しかもこういったセンセーショナルな事件ともなれば世間からの目にもさらされる。これはもしかしたら刑務所に行くほうが楽だったのかもしれない・・・。
「わかりました、後は任せてください。面会に行きます」
「こなくていいよ、俺のことは忘れてくれ。あとこの家は処分するように頼んである。その金でどこか他の土地に行って暮らしてくれ。
「言われた通りにします。裁判にも顔を出しません。しかしもし出所できることがあれば迎えに行きます必ず」
出所することのなかった男の刑が執行されたというのを新聞の三面記事が書いていた。その遺骨を引き取る老女の傍らで少女が走り回っている。
「美沙走ったらダメっていったでしょ。パパも叱ってもらうわよ」
終わり
心滅
ブログ用で書いていたものを再編集したものです。誤字脱字があるかもしれません。そのへんはどうぞご容赦ください。