歴史

高校生の頃に書き上げた作品です。

歴史

 私が目を覚ますと、隣に一人の男がいた。
「やあ、君もここの住人として生まれたんだね」
 男はその後すぐに自己紹介を始めた。私も彼の後に続けた。だが、私は自らの素性は知れていても、ここが一体どこなのかまるで見当がつかなかった。
「あのう、ここはどこなのでしょうか」
 私はとりあえずその男に聞いてみた。気づくと彼の後ろにも人がいた。彼らは一列に規則正しく並んでいて、各々が隣の人と会話していた。
 男は軽く笑った。
「敬語は止めようじゃないか。私たちは似たような人間なんだし、この世界には優劣も、貧富の差もない。……それと君の質問の答えだけど、ここは所謂ひとつの国みたいなものさ。君も、私も、ここにいる人たちは皆この国の住人なんだ」
 彼はあちらを見てごらん、と言って北の方を指差した。それに従って見てみると、私たちと同じ列が何列も出来ていた。ただ、人数にいくらかの差はあった。
「向こうにいる人たちも、この国の住人だよ。こちらから声をかけても、せいぜい隣の列の人たちぐらいにしか聞こえないだろうけど」
 よく見てみるとこの列にも隣の列にも、多種多様な人間がいた。男性であったり、女性であったり、図体が大きかったり、極端にやせていたり。髪の色にも違いがあった。
「そうだ、君はまだここで生まれたばかりだったね。この国では、多くの人種が存在する国なんだ。私たちのようにアジア生まれの人もいれば、ヨーロッパ生まれの人もいるし、アラビアから生まれた人もいるんだ。『神様』によって、出身地がある程度限定されるんだけど……」
 私は何か信じがたい言葉を聞いた気がした。「神様」だって?私は無神論者ではないが、ここまで堂々と話されると、やはり新興宗教だとか、カルト教団といった名前が頭をよぎってしまう。なあ、とつい彼に聞こうとしたが、もう予期されていたようで、手でそれを制された。
「君の言いたいことはわかる。『神様』なんてありえないとかそういうことだろう。でも、信じてほしい。私も最初は半信半疑だったさ。でも」
 話を急に切ると、何故か彼は辺りを見回した。すぐにお目当てのものは見つかったようで、それを見つめながら彼は言った。
「あれを見ると君の気も変わると思う……」
 彼は今度は南の方を指差した。そちらの方を見てみるとなんとそこには新たな列が出来ていた。さっきまでは確かに私たちの列より南に列は出来ていなかったはずだったのだが。
 あれを見るんだ、と彼はその列の最後尾を指差した。私たちのような男がいるだけじゃないかと思ったが、何か様子がおかしい。よく見てみると信じがたいことに、その男の下半身が消えてしまっていたのだ。それだけではない、男の肉体の消失は進行していて、下半身だけでなく上半身も消え始めていたのだ。
「あ、あれは一体何なんだ……」
 私は急いで消えかかっている男のもとへと向かおうとしたが、出来なかった。私たちの列の両側にはラインが引かれていて、それを越えることが出来ないのだ。まるで見えない壁が存在するかのようだった。
「無駄だよ。それは国境みたいなもので、決して越えられない。私たちが生まれてから定められたルールらしいんだ」
 淡々と彼は話した。ルールだかなんだか知らないが、確かに越えられない。彼は続けた。
「そしてあそこの彼は、今『神様』によって消されようとしているのさ。『神様』の行動は絶対で、誰にも止められない。彼は恐らく『神様』の間違いで生まれたんだろう。だから消されるんだ」
「『神』が間違えるだって?そんなことがあるのか」
 私は消えかかる男を見つめながら、彼に聞いた。
「あるとも。『神様』だって、完璧じゃない。何度も間違えるさ。でも間違いに気づいて、ああやって修正するんだ。たまに気づけずに放っておかれることもあるらしいけどね」
「修正?君は、人が殺されることを修正と言うのか」
 私の心は怒りで満ちていた。
「お、落ち着いてくれ、彼は殺されるわけじゃない。消されるというだけで、死ぬんじゃないんだ。寧ろ、私たちは死ぬことが出来ないような存在だ」
 私にはその意味がさっぱり分からなかった。
「彼は確かにこの国からは消えてしまうが、再び生まれることだってあるんだ。いや、必ず、絶対にそうなる。ただ彼は今、この国の、あの位置にいることが不都合だっただけなんだ。間違った位置に存在し続けることは、私たちの存在意義の喪失にも繋がってしまう。彼だってそんな位置にとどまることを拒むだろう。だから、『神様』はああやって修正してくださるんだ」
 向こうにいる男を再び見ると、もう頭しか残っていなかった。男は私の視線に気付くと、こちらへ向けて微笑んだ。そして、消えた。
「……言うのが遅れてしまったけど、今君が座っているその場所でも、君が生まれる前に別の人が既に居たんだよ。その人は修正されて、その後に君が生まれたんだ。君はその位置が正しいから、何かおかしいような、場違いのような感覚がないだろう。でも、その人は消される直前、しきりに呟いていたよ。ここじゃない、とね」
 彼はそれだけ言って一息ついた。
「私たちは、一体どういう存在なんだ」
 消えた男の存在した場所を眺めながら私は言った。
「それは私にも分からないし、ここにいる全ての人に聞いても分からないんじゃないかな。実際、私が君に説明していることは全て、私の隣の人に聞かせてもらったことなんだ」
 そう言って彼は後ろの女性を指差した。順番的に考えると彼女は彼よりも先に生まれたのだろう。彼女は更に向こうのブロンドの女性と話し合っていた。
「私たちに出来ることは何なんだ」
 私は力なく座り込んだ。
「さあ。こうやって、話をすることぐらいじゃないか。君が生まれてくれてよかったよ。でないと、私はこの国が消えてなくなってしまうまで、ずっと一人で過ごさなければならなかっただろうからね」
 そう言って彼は微笑んだ。「神」とやらの勝手で生み出され、そして生まれた私達の役目は無いに等しく、出来ることと言えばこうやって話し合うことのみ。なんて無益な人生だ、そう思ったが、何やら不思議な感覚が私を襲った。まるで、何度もそのことを考えたことがあるような感覚だった。
「不幸だと思うかい、この境遇を」
 彼は私の心中を察したようだった。
「ああ。でも、不思議だ。こんなに無駄な人生と思えるのに、私はどこか納得している節がある。しかも、この経験は一度だけじゃない。もっと、数え切れないほど、経験してきたような……」
 彼は満足そうにうなずいた。
「その通りさ。私達の人生は一度だけじゃない。僕らは様々な国で何度も生まれ、そして君の言う無駄かもしれない人生を繰り返し続ける。けれども、僕等は全く意味が無いわけじゃないよ。存在することに意味があるのさ」
 私の心から無力感はもう消え去っていた。
「それに、僕等は変化し続けている。どういう風に変化したのか、それらを語り合うのも面白いじゃないか。と言うよりそれしか話すことが無いんだけど」
 彼は笑った。
「変化しているだって?」
「勿論さ。暫く前の僕らと比べれば、随分と変わったよ。僕らの外見も、意味も……」
 そう話す彼はとても楽しそうに見えた。どうやら「神」とやらもそこまで意地悪でもないらしい。私がそう思っていると、ふいに空が暗くなり始めた。
「一体何なんだ」
 とは言うものの、不思議と驚きはなかった。
「この国の終わりだよ。その内もっと暗くなって、終いには真っ暗になる。お互いも見えないくらいに」
「どうして暗くなるんだ」
「天井が落ちてくるからさ。それでも、僕等は死なないけどね」
 彼の言うとおり、辺りはもっと暗くなっていった。
「そろそろだ。君にももう別れを告げないといけない」
「……そうだな。今度逢ったときは、私の変化について話すよ。こんな当たり前のことを聞いてすまなかった。君も、私の話を聞きたかったろうに」
「構わないよ。僕らは何度でも逢えるんだもの」
 「神様」がいる限りね、と彼は笑った。
 そして二人同時に別れの言葉を告げた後、辺りは完全に闇となり、私の意識もそこで途絶えた。

 台所から母さんの声が聞こえた。そろそろ夕飯の時間らしい。俺は渋々と勉強を途中で切り上げた。まだまだ宿題は残っている。うんざりするが、ここらで一つ休憩して、気合を入れ直した方がいいな。俺は伸びをしながら階段を下りた。

 ……彼の机の上には、新たなページが開かれたばかりの大学ノートが……。

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歴史

ある日どこかで目覚めた男。自分の出自は分かるが、ここがどこなのか分からない。周りには人、人、人。そんな中気さくに話しかけてくる隣の男。彼と話すうちに少しずつ、この「世界」について学んでいくが……。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-06

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