トロンプ・ルイユ~4(短編)・男の子と猫
そのクレヨンは不思議な力を持っている。
描いたものを現実にしてしまうのである。
その日もクレヨンを手にしている子供が1人、
誰もいない部屋で暇つぶし。
絵を描いていると、
描き終えた画用紙からにょきにょきと出てくるではないか。
無心に次の絵を描き始めている男の子の後ろで、
それは実体化してしまった。
誰もいないはずの部屋に何かの気配を感じた男の子が、
くるりと振り返るとそこには描いたままの猫が登場している。
口を大きく開けて驚く男の子に対して
お世辞にも可愛いとは言えないいびつな猫は慌てずに、
一歩一歩近寄ると深々と礼をする。
「やあ、どうしたんだい。
今日は僕と遊ぼうよ。」
これは夢だ、そうに違いない。
男の子はそう思って立ち上がろうとすると、
やはり立ち上がれない。
いつもの同じである。
男の子は生まれつき立てない障害を持っている。
夢であればいつも立ち上がって、
自由に走り回りしたいことをしているのだが、
それが出来ないということはこれは現実なのだろうか。
しかし自分の描いた猫が優しく男の子の足を撫でると、
急に足が軽くなりまるで水の中で浮かんでいるような気分になり、
窓の外へと飛び出した。
見ると他にも描いていた翼が背中にくっついて、
男の子を大きな空へと飛び出させたのだ。
他の動物たちも一緒に飛び出して、
男の子を見守るかのようにくっついてくる。
まるで夢のようだが現実なのだ。
今までに感じたこともない風や太陽の刺激。
木々の匂いやどこまでも続く草原。
ポカポカと温かく照らしてくれる太陽も、
そよそよそよぐ優しい風も、
ヒソヒソと語りかけてくれる木々も、
皆それまでに感じたこともないもの。
ただ想像でしかなかったそれらは、
男の子をいつまでも楽しませてくれた。
それでも楽しい時間はいつかは終わる。
「そろそろ時間だ。
皆戻ろう。」
猫が合図を出すとそれまで楽しくしていた動物たちは、
男の子を運んで部屋へと舞い戻っていき、
元いた画用紙の中へと戻っていく。
「もうおしまい?
もっと遊びたいよ。」
男の子がおねだりをするような目で言うと、
猫は残念そうな顔をして言った。
「魔法の時間はそんなに長くは続かないんだよ。
後は君の力で歩くんだ。
最初から諦めていちゃ何もできないんだよ。
僕は君の力で生まれることができたのだから。
君にはなんだってできるんだ。
君に出会えて本当に良かった。」
それがお別れの言葉。
猫はゆっくりと画用紙の中へと戻っていった。
夢…
だったのかもしれないし現実だったのかもしれない。
男の子は開いたままの窓の外を見ながら、
自分の力で立ち上がる決意をした。
トロンプ・ルイユ~4(短編)・男の子と猫