トロンプ・ルイユ~3罪と罰
第21話~初めての空~
シャルが再び色鉛筆を握ったのは、
どうしても行きたい場所があったからである。
それは、昨日の話。
「ジュジュが?」
「はい、申し訳ありません。
止めたのですが、訳も言わずに。」
「・・・。」
ジュジュが突然、辞めると言って、
屋敷を出たと言うのである。
すぐにでも、追いかけたい。
そう思うも、メイドたちの許可が出るわけもない。
それに、
エクトルだけを屋敷の外へ出すなんて出来るはずもない。
その結果が、これである。
魔法の色鉛筆で、あるものを実体化させる。
それが、シャルの思惑。
描いた物は、世界一大きな白鳥コブハクチョウ。
名前は、トルーテ。
翼を広げると5メートルはありそうな白鳥である。
しかし、不安もある。
いくら見た目が丈夫そうでも、紙である。
実際に空を飛べるのだろうか。
それでも、外へ出る方法は他に見当たらない。
シャルは、トルーテにお願いする。
「私を、ジュジュのいる場所まで連れて行ってくれる?」
「お安い御用だ、シャル。」
快く引き受けてくれるが、
エクトルの時のように、水を避けるような防具はない。
雪とは言え、降られたら、大変である。
決行するのは、快晴の日中。
まさに、今がその時である。
シャルは、大きな窓を開けると、
トルーテに捕まる。
「お願い、トルーテ。」
エクトルを大事そうに手で抱え、
トルーテに乗せてもらうと、
窓の外へと飛び立った。
大きく白い翼が空を舞う。
紙とは思えないほどの、繊細さを持つ翼。
真っ白な雪の中を、真っ白な鳥が飛んでいる。
その様子は空を見ている人間には見えているかもしれない。
だが、冬のこの辺りでは珍しい光景とは言えない。
かなりの上空を飛行しているのだから、
その大きさだって特に目立たない。
シャルには、何もかもどうでも良かった。
ただ、空を飛んでいる。
歩く事だって人の手を借りなければ、出来ない事だったのに、
今は、空を飛んでいる。
こんな事は、誰でも出来るだろうか。
いや、出来るはずがない。
人並みな事が出来なくたって、
今、シャルがしている事は、
どう考えても、それ以上の事なのだ。
風を感じる。
風の音が聞こえる。
このまま海まででも行けるんじゃないか、
なんて思ってしまうほどに、
空の旅はとても気持ち良い物だった。
やがて、トルーテは、ゆっくりと、
1つの家を目掛けて降りていく。
「あれが、ジュジュの家なのね。」
「うん、あの家で、ジュジュの匂いが止まってる。」
こういう場所では、エクトルの鼻が役に立つ。
一緒に遊んだ友達の匂い。
シャルだって、もっと近くにいさえいれば、
忘れるはずのない匂い。
トルーテは華麗に降り立つと、
優しくシャルを綺麗な場所へと座らせる。
「エクトル。
チャイムをお願い。」
「おうよ。」
素早く、エクトルが、ジュジュの家のチャイムを鳴らす。
「・・・。」
しかし、誰もいない様子。
なんの反応もない。
「出かけてるのかしら?」
第22話~ジュジュの痕跡~
ジュジュの居場所が分からないまま、
待つ事30分。
あまりの冒険に忘れていたが、外は真冬。
エクトルとトルーテだって、
長居をすれば、生命にかかわる。
途方に暮れていると、
ジュジュではない誰かがシャルに話しかけてきた。
「あんた、こんなところで何してるんだい?」
「!?」
突然、声を掛けられ驚いたシャルは、
雪の上に転がってしまった。
「ありゃ、すまんすまん。」
そう言って手を差し伸べてくれるが、
それだけでは、とても起き上がれないのだ。
「・・・。」
「あっ、そうか。
お譲ちゃん、足が悪いんだね。」
そう言って、今度は、しっかり支えてくれた。
「ありがとう。」
「いやいや。
それにしても、こんな場所へどうやって・・・。」
そう言いながらも、
横にいるトルーテを見ると、
現実的ではないが、おそらく、そう思ったのだろう。
それにしても、話しかけてきた女は、
随分派手な服装をしている。
まるで・・・そう暴走族・・・。
「もしかして、ジュジュの知り合い?」
「ジュジュだ?
あんな腰抜けは知らないな。
あんた友達か何かかい?」
「腰抜け!?」
「そうさ。
あいつは、走るのが怖くなったんだ。
他にも理由はあったが、
結局、走れなくなった言い訳さ。
別に、怒っちゃいないが、
今でも、あいつを良く思っちゃいない奴も多いのさ。」
「・・・ジュジュがどこにいるか知らない?
どうしても、会いたいの。」
「最近はメイドになったとか聞いたが・・・
そうか、あんたの家で働いているのか。」
シャルは家であった事を話した。
「なるほどね。
あいつらしい最後じゃないか。
他のメイドは良く思ってないのが分かって、
自分から身を引いたんだろうさ。
昔からそういう奴なんだ。
義理堅い奴だったからさ。
悪気があるわけじゃないんだ。
あいつなりのけじめさ。
別れを言うのも苦手な奴だからな。」
「・・・それでも、会いたい。」
「あんたも相当頑固な奴だね。」
「シャル。」
「・・・そうかい。
じゃあ、シャル。
確実ではないが、行ってみるか。
あいつがいるかもしれない場所。」
「うん、お願い。」
「よし、決まったら、さっそく行こうか。
私はイレーヌだよ、よろしくシャル。」
シャルとイレーヌは、握手をした。
そして、シャルは、その場で、
トルーテとエクトルを帰す事にした。
イレーヌには聞かれないように、
上手く言いつけると、
トルーテはエクトルを乗せて、
大空へ舞っていった。
「随分、懐いてるもんだね・・・。」
「ま、まぁ・・・。」
適当に誤魔化すと、いよいよ出発だ。
第23話~運命の再会~
その日は、初めてだらけのシャルだった。
白鳥に乗ったり、
空を飛んだり、
勝手に外へ行ったり、
見知らぬ人のバイクに乗ったり・・・。
イレーヌは真冬だと言うのに、バイクに乗っている。
冬タイヤだから平気とは言っているが、
どう見ても滑っている気がするシャルだった。
そのシャルも、用意されたサイドカーに乗り、
不安な顔をしている。
落ちる心配はないのだが、
いつ事故ってもおかしくないような走り方だった。
それに、走っているうちは、
かなりの大声でもよく聞こえずに、
ただ、うなずくだけのシャルだった。
それから、良く事故らない。
そんな場面に幾度となく出くわしたような気がするが、
ようやく、バイクは止まった。
そこは、墓地。
真冬だと言うのに、こんな場所にジュジュがいるのだろうか。
そもそも、人だっている雰囲気はない。
だが、そこにある1本道を、
イレーヌはシャルをおんぶして、進んでいく。
「本当に、この先にいるの?」
「いる。
誰かが通った跡もあるし、
きっとジュジュだよ。」
何を根拠に言っているのかはわからないシャルだが、
今は唯一の手がかりを頼りにするしかない。
数分進むと、やがて、誰かが、1つのお墓の前に、
しゃがんでいるように見える。
「ほら、あれじゃないか。」
「ジュジュ・・・。」
イレーヌにおんぶされたままだが、
かすかに、その姿が見える。
「おーい、ジュジュ。」
思い切って、その場から、ジュジュの名前を読んだ。
しかし、返事はない。
「・・・きっと集中してるんだよ。
側まで行かないと気が付かないかもしれない。」
「そ、そうなの・・・。」
その言葉の通り、イレーヌにおんぶされたまま、
お墓と向き合っているジュジュの側までやってきた。
しかし、それでもジュジュは2人に気が付いていない。
それどころか、ずっと泣いていたのである。
そのお墓は、ジュジュのたった1人の家族、
ブリス・ジュネ。
ジュジュの弟である。
その弟の死を知ったジュジュが、
今そこにいる。
ブリスの死を知ったのは、
ブリスが亡くなって随分経ってからだった。
1人で暮らしていたブリス。
その死に気が付いたのは、近所の住人。
それも、既に数日経っていたらしく、
酷い臭いがしていたらしい。
その死因は明らか。
木で出来た杭で胸を一突きされていたらしい。
犯人は、未だに捕まっていない。
イレーヌの背中から降りたシャルは、
そっとジュジュに触れる。
「!?
シャルお嬢様・・・なぜここに。
!?
イレーヌ・・・お前が。」
イレーヌは聞こえない振りをして、
向こうを向いている。
その後、シャルは、事実を聞かされる。
なぜ、殺されたのかも分からない、
弟、ブリスを殺した奴を探しに行く。
その為には、屋敷にはいれない。
そして、一刻も早く、この場に来たかった事と、
余計な心配なんて掛けたくはなかった。
だからこそ、何も言わずに、去った。
それでも、運命は2人を放しはしなかった。
第24話~ジュジュの思い~
「犯人を自分で見つける!?
そんな危ない事は警察に任せたら良いわ。
なぜ、自分の手で探したいの?」
「・・・。」
ジュジュは、無言で、それ以上喋らない。
その代わりに、イレーヌが話し出す。
「それは、自分で見つけなきゃお仕置きが出来ないからじゃない?」
「お仕置き?」
「おい、イレーヌ・・・。」
「どうせ、いづれ分かる事だろう、ジュジュ。」
「・・・。」
「ジュジュは、警察の手に、犯人が渡る前に、
どうしても、そいつを見つけたいのさ。」
「どうして?」
「自分の手で、けりをつける。
それが、昔からのやり方なんでな。」
「そ、そうなの・・・。」
シャルには、いまいち理解ができていなかったが、
その本当の意味をすぐに知る事になる。
しばらく経って、ようやく、ジュジュは立ち上がった。
「それで、犯人の手がかりなんかはあるわけ?」
「いや、凶器が残ってたわけだけど、
それからは何も見つかってないないらしいし、
それ以外には何も見つかってない。」
「そんなんでどうやって犯人を見つけるんだ?」
「さぁな・・・。」
「・・・まぁ、何かあれば連絡をくれよ。
これから仕事だから、行くけど、
緊急時には駆けつけるさ。」
「・・・ありがとう、イレーヌ。」
ジュジュの自宅まで戻ると、イレーヌと別れ、
ジュジュとシャルだけになった。
「シャルお嬢様は屋敷へ戻らなくても良いんですか?
その調子だと無断で来たのでは?」
「・・・。」
これから起きる事を理解しているジュジュは、
どうしても、シャルをこの場から遠ざけたかったが、
シャルは、反対に少しでも力になりたかった。
しかし、あまりに強いジュジュの意思を、
シャルは曲げる事は出来ずに、
トルーテを呼び、言うとおりにしたのだった。
シャルがいなくなったのを確認すると、
イレーヌを呼びつける。
「仕事は平気なのか?」
「言ったろ、緊急時には駆けつける。」
「そうか。」
「それで、何か分かったのか、ジュジュ。」
「・・・あくまでも、しらばっくれるか?」
「・・・何の事だい?」
「お前が弟を殺したんだ。」
「・・・。」
「あの杭は、お前が刺したものじゃないだろう。
あれは、弟が自分で刺したんだ。
お前が犯人だと、私に告げる為にな。」
「・・・まさか、あんな事をしてくれるとは思わなかったよ。
あればっかりは、抜いたって不自然だったからね。」
「なぜだ。
なぜ、弟を。」
「そんな事知っているだろう。
これは復讐だよ。」
「・・・。」
第25話~イレーヌの思い~
それは、まだ、ジュジュも暴走行為をしていた頃の事。
日々、他の族との衝突があり、
その日も、とある族と揉めていたのだった。
その中には、当然、ジュジュもイレーヌもいた。
その日の、闘争は、過激で、随分怪我人も出たのだが、
初めて、死者の出た闘争でもあった。
その時に使われたものが杭だった。
いきがっていたジュジュは、
正面突破をして、敵の中心に入り込んでいったのだが、
当然、1人で多数を相手にするのは、困難。
そこでジュジュの後を追って背中を守っていたのが、
イレーヌだった。
もちろん、それまでもそうしてきたのだが、
その日の、相手は異様な行動をしていた。
争うにも限度はあって、
当然、殺す気など誰もあるはずはないのだが、
そこにいた1人が、銃を発砲したのである。
1発目は見当違いの場所に当たったのだが、
2発目は、なんと、イレーヌの弟に当たってしまった。
それを見ていたイレーヌは、
その場に落ちていた杭を発砲した者に、
突き刺したのだった。
その時の事を、イレーヌは恨んでいたのだろう。
何も考えずに、走り続けていたジュジュに、
仕返しをしようとしたのは、その時だった。
その結果が、ジュジュを含め族の解散。
それで、終わるはずだったのだが、
その後もジュジュはメイドとして楽しく暮らしていると知り、
ジュジュの弟、ブリスを殺害すると言う事になった。
「それで、今度は、私も殺すか?」
「・・・そうだな。」
そう言うと、イレーヌはためらわず、銃を取り出す。
「・・・そこまで堕ちたのか。」
「うるさい、ジュジュ。
誰のせいだよ。」
「お前、勘違いしている。
復讐なんて望んでいたと思うのか?」
「望む?
あんな突然の死を迎えた弟が、
何か望んでいたと思うか?
あるとすれば、仇をとってくれ、だろうが。
お前が、無謀に突っ込んでなきゃ、
あの結果にはならなかったんだ。
お前を殺して、全て終わりにしよう。」
イレーヌが、銃をジュジュに向けた。
「!?
なんで逃げない。」
ジュジュは怯えるどころか、
両手を広げ、イレーヌが撃つのを待った。
イレーヌの手が震える。
「撃っては駄目!?」
そこに、帰ったはずの、シャルが戻ってきた。
「シャルお嬢様!?」
「・・・。」
トルーテに乗ったまま、
2人の間に降り立った。
それは、ジュジュに向けられていた銃が、
シャルに向けられる事になった。
「シャルお嬢様。
そんなところにいてはいけません。」
ジュジュは慌てて、
イレーヌのところへと向かったが、
その前に、銃声が響いた。
「!?
シャルお嬢様!?」
トルーテから振り落とされるシャルは、
当然、地面にへばりつくように倒れてしまう。
動揺しているイレーヌを、
ジュジュは思い切り殴りつけると、
イレーヌは、気絶してしまった。
第26話~シャルの思い~
倒れているシャルに駆け寄るジュジュ。
「大丈夫ですか!?」
「・・・うん。
私は平気。
この子が守ってくれたから・・・。」
見ると、そこには、エクトルがいた。
既に意識はなく、
その形も見る見るうちに紙切れへと戻っていく。
「・・・。」
しかし、今は、そんな非現実よりも、
シャルが無事だった事に安堵したジュジュだった。
その後、イレーヌは逮捕され、
ジュジュは、屋敷のメイドへと戻った。
そして、再び、日常が戻る。
そう思っていたのだが・・・。
「困ります!?」
「そんなー。」
メイドがシャルの部屋へ来て迷惑そうに会話をしている。
「このような大きな鳥を・・・。」
コブハクチョウのトルーテの事である。
「いくら安全と言われましても、
掃除の時などは・・・。」
確かに、これだけ大きな鳥がいては、
掃除どころか、部屋へ入る事も躊躇するだろう。
とは言っても、一度描いてしまった絵を、
戻す方法もないし、
他人に任せて飼うなんて事は難しいだろう。
しかし、他のメイドたちに迷惑を掛けるのも、
悪いと思うシャルは、トルーテをジュジュに、
預ける事にした。
再び、静けさを取り戻したシャルの部屋。
メイドたちも、何も変わらない毎日がやってきて満足している。
そんな毎日も、平穏で良いと思う頃、
再び、ウサギ紳士が登場したのである。
「やぁ、また会ったね。
だが、今日は特に思い出した事もないんだが・・・
僕は、なぜ出てきたんだろうか?」
「・・・。」
こっちが聞きたい。
そう思うが、夢の中。
寝ている最中だから、眠いのである。
しかし、せっかく出てきたのなら、聞いてみたい事が山ほどある。
だが、その中でも一番気になる事があった。
「あなたは何者なの?」
「僕かい?
僕はただのウサギ。
それ以上でも、それ以下でもないよ。」
「・・・だったら、あの色鉛筆は何?」
「それは君も知っているはずだよ。」
なんだか、雰囲気が変わったと思いつつ、
その辺りで、目を覚ましてしまった。
そして、目を覚ましたシャルは、何気なく、
色鉛筆を手にとって、フェリクスの絵を描いていた。
思えば、始まりはそこからだった。
何の変哲もない日常が激変した。
それは、とても楽しい毎日で、
生涯忘れられない事だろう。
そんな思いを込めて、
何気なく描いたフェリクス。
描き終えて気が付いた。
それは、魔法の色鉛筆。
寝ぼけていて気がつきもしなかった。
その瞬間。
シャルの体は、その場から消え去ってしまった。
そして、気が付いた時には、見た事もない場所に立っていた。
その格好はウサギ。
タキシードを着たウサギに、
シャルは姿を変えてしまっていた。
トロンプ・ルイユ~3罪と罰