トロンプ・ルイユ~2大きな世界

第11話~魔法の色鉛筆~



再び、平凡な毎日がやってくる。
それは、本当につまらない。
決まった時間に決まった事をして、
常に監視された状態で過ぎる日々。
自由な時間があっても、話し相手はいない。

ふと、部屋の片隅にあるパソコンに目がいく。
不思議な色鉛筆と出会ってから、
ずっと、使っていなかった。

シャルは久々に、パソコンを起動し、
あのウサギ紳士について調べてみる事にしたが、
どう単語を繋いだり、分割してもても、
それらしきものなど一切出てはこない。

それもそうだろう。
そんなものが噂にでもなっていたら、
世界がひっくり返ってしまう。
そうならないのは、誰もこの色鉛筆を知らないのだろう。

パソコンを付けたついでに、
以前良く見ていたサイトへアクセスしようとしたのだが、
閉鎖されていた。

「・・・。」

特にする事もなくなってしまったが、
せっかく久々に付けたパソコン。
何気なく、あちこちのサイトへ飛んでいくと、
心地よい音楽の流れるサイトへたどり着いた。
クラシックは良く聴いているシャルだったが、
それまでに、聴いた事もない曲だった。
すぐに、その曲のとりこになってしまったシャルは、
そのサイトをお気に入りに入れると、
サイトの管理者プロフィールから拝見する。

「ハンドルネーム・・・ラパン。」

シャルは、笑ってしまった。
ラパンとは、ウサギの事。
こんな偶然があるだろうか。
しかし、サイト内に、
あの色鉛筆や、それに関連した物など、
一切書かれていない。

それもそうだろう。
ウサギが喋ったり、服を着ていたり、
色鉛筆をくれるなんて事はありえない。

奇妙な偶然もあるものだ。
だが、思い出したくない事でもある。
そう思って、サイトを閉じた。


そして、その夜。
再び、あのウサギ紳士が夢の中で登場する。

「やぁ、君と会うのも、これで3度目だね。
随分、我慢しているようだけど、大丈夫かい?」

「我慢?」

「そうだろう?
君は、あの色鉛筆を使いたいはずさ。
もう一度、自分を理解してくれる話し相手が欲しい。
違うのかい?」

「・・・。」

否定はしなかった。
正直、もう一度だけなら・・・そう思う事もあった。

「だが、ルールは守らないといけないよ。
同じ絵を2度描いてはいけない。」

「どうしてなの?
私は、もう一度フェリクスに会いたい。」

「それは・・・。」

「覚えていない?」

「・・・。」

ウサギ紳士は黙ってしまう。

「君が、何が起きても後悔をしないというのなら、
それも良いのかもしれない。
だけど、覚悟をしないといけない。
僕に言えるのはここまでなんだ。」

いつものように目が覚めると、
夢の中で言ってた、
あのウサギの言葉が理解出来ないでいた。
しかし、魔法の色鉛筆は、
確かに、それなりの代償があっても不思議ではない。
その不安だけが、シャルに色鉛筆を持たせない。
それに、他のオリキャラを描いたところで同じだった。
所詮は絵であって、動物とは違う。
悲劇を繰り返してしまう事になるだけだろう。

だから、シャルは、魔法の色鉛筆を持とうとはしなかった。



第12話~久々の外界~



本当の日常が繰り返される日々。
うんざりするほど、ありきたりな日々。

シャルは、遠い空を見ている事が多くなった。
そこまで、行けたら、何があるのだろう。
それは、昔から思っていた事ではあったが、
最近それが、とても強くなっていた。
フェリクスと出会い、色々話した。
部屋の窓から見える外の風景は、
雪で覆われていたが、
ずっと向こうに見える海や空は青く、
フェリクスにとっても、憧れとなっていた。
いつか、きっと、一緒に行こうと・・・。

シャルが外界へ降りるのは、
シャルの調子が良くて、
天候が良くて、
世間の平日の時である。
寒い時期となると、そうそう外でと出る事はない。

そんな、偶然が重なったような日にだけ、
冬の間は外へ出られるのである。

シャルにとっては、本当に久しぶりな外界。
いつもは、窓からしか見えない街が、
目の前にあるのである。

秋までは、そこそこの回数、街へと来るが、
雪の積もる冬には、そうそう来れないだけあって、
新鮮さは増大している。

外界へと来る時には、決まって同じメイドが付いてくる。
唯一、一度だけ名前を聞いた事のあるメイドである。
本来なら、メイドの名前など聞かない事にしていたシャルだが、
ひょんな事から、名前を知ってしまった。


それは、以前、街へと来た時の事。
その日も、そのメイドのみで、
シャルは街を散歩したり、買い物を楽しんでいた。
しかし、とある店で事件は起きた。
そこは、綺麗なガラス細工のある工芸の店。
棚にびっしりと、工房で作られた作品が並んでいた。

そこを車椅子で移動するのだから、
かなりの緊張感を持っていたと言っても良いが、
決して、そこで、店の商品を落としたわけではない。

問題は、そこにいた他の客である。
シャルを見た客が笑っていたのだ。
シャルには、それが、自分の事なのか、
何で笑っているかは分からなかったが、
被害妄想家とでも言うか、
極端に、他人の喜怒哀楽に関心を示してしまう。
だから、街へ行く時は、
平日に行く事にしているし、
シャルの体調の良い日にしかいけないのである。

そもそも、昼間にその店にいた客と言うのは、
地元の高校生っぽい男女。
おそらく、学校をサボって買い物にでも来ていたのだろう。

「シャルお譲様。
出ましょうか?」

シャルの気持ちを知って、店を出ようと促すメイド。
シャルもそれに従うが、
それを見ていた2人が、
シャルに聞こえるように言ったのである。

「歩けるって本当良いよなー。」

「そんな事言ったら悪いってー。」

2人はニヤニヤしながら、大きな声で言ったのだ。
シャルの顔は曇るが言い返す事なんてしない。
我慢するしかないのだ。
しかし、メイドは違った。
店の中だというのに、そんな事はお構いなし。

2人の元へと歩み寄ると、
掛けていたメガネを外す。
そして、何か小声で話している。
すると、2人は、それまでヘラヘラしていた態度から、
動揺し始め、顔が青ざめていき、
慌てて、店を出て行く時に、
メイドの名前を叫んだのである。

「ま、まさか、ジュジュが、
メイドなんかしてるなんて・・・。」

「お、おい、行くぞ。」

キョトーンとしているシャルに、メイドは微笑む。

「行きましょうか?
それとも、もう少し見ます?」

店などどうでも良かった。
今は、目の前にいるメイドに興味があった。



第13話~最初の友達~



そもそも、メイド1人だけ付けているだけで、
警備も何もなく、街へと来るのは、
おかしい事だった。

その理由を知ったのは、この時。
店を出て、話の出来る場所へと移動する。
そこは、昼間でも、主婦と小さな子供がいるような、
大き目の公園で、噴水や、
ちょっとした水遊びの出来る空間も用意されている。

そこの端っこに車椅子から下ろしたシャルを座らせ、
足を水に付けさせる。

「冷たくて気持ち良い。」

「良かったですね。」

しばらく、沈黙する。
やはり会話は苦手なのだ。
聞きたい内容があっても、
どう切り出して良いのか迷う。

そうこうしているうちに、メイドの方から、
口を開いた。

「さっきの聞いてましたよね。」

「うん。」

「私は、ジュディット・ジュネと申します。
メイドの名前など覚える必要はないと思いますが、
おそらく、この街では、有名な名前です。
皆は私の事をジュジュなんて呼びますが、
数年前までは、その名前の暴走族がいました。」

「暴走族?」

「はい。
バイクで街の中や、市外を走り回るんです。
私はそこで、一応、一番上にいました。」

「ヘッドって事?」

「・・・そうです、良くご存知で。」

ジュジュは、少し驚いていた。
お金持ちのお嬢様なんかが、
ヘッドなんて言葉を知っているなんて意外だったのである。

「へぇ・・・。」

「・・・。」

シャルの目が輝いて見えたのは気のせいではない。
シャルにとって、暴走族は別として、
あちこちを回っているジュジュに感動したのである。
それから、ジュジュとの買い物は楽しみとなっていた。

だが、他のメイドと区別はしなかった。
名前を呼ぶ事もしなかったし、
屋敷の中では、他のメイド同様に接していた。


ただ、街へ来る時だけは少しだけ違った。
今日も、シャルの好きな店へと入る。

ジュジュは車椅子を押しているが、
屋敷にいる時の格好はしない。
それは、シャルの意向でもある。
当然、シャルも、そうなのだが、
どこにでもいそうな格好をしているのである。
地味な青いワンピースを着て、
ふわふわな帽子を被っているシャル。
ジーンズ姿のジュジュ。
どこから見ても、一般市民である。

「今日はどれにしようかな。」

「これなんてどう?」

「うーん、ちょっと派手。」

この時間だけは、家の事を忘れられた。
警備もいなく、
敬語もない。
時間も気にしなくて良いし、
いるのはジュジュだけ。
まるで、シャルには、姉が出来た気分だった。
自分よりも、不器用そうに見えるジュジュだが、
自分よりも、色々な世界を知っている。
強い精神を持っていて、簡単には曲がらない。

通ってきている道は違うにもかかわらず、
こうして街へと来ると、
意外と趣味も合う。

しかし、その様子を他のメイドたちが知らないはずはなかった。



第14話~1人のジュジュ~



メイドたちの間で、ジュジュの事を知らない者はいない。
暴走族のヘッド。
そんな経歴のある者が、なぜ、
由緒ある家のメイドになったのか。
その疑問は皆が持っていた。

そもそも、ジュジュを雇ったのは、
シャルの父である。
ほとんど、家にはいなく、世界を飛び回ってるのだが、
その話は、たまたま帰宅していた時の事。

用事で、街を車で移動していた時である。
暴走族が、シャルの父親の車の横を、
猛スピードで通過して行ったのだ。

そんな光景は良くあった事。
何とも思わないシャルの父。

そのまま、仕事を終えて、帰りの事だった。
陽は既に暮れ、真っ暗な道を戻る途中。
なにやら騒がしい。
車を止めさせ、その光景を見ると、
昼間見た暴走族と、別の暴走族が、
何か揉めている様子。

だが、良く見れば、それは揉めているのではなくて、
1人の女の子を全員で、なぶっていた。

それには、さすがに、シャルの父も黙っていられない。
なりふり構わず、その中へと入っていくと、
全員の動きが止まる。

「なんだい、おじさん。」

「1人相手に随分な事だな。
最近の暴走族ってのは、弱い者いじめしか出来んのか?」

取り囲まれた状態でも、全く動じない。

「なんだと?
あんたから先に潰しても良いんだぜ?」

「お前らはそうやって、すぐ、暴力か。
恥を知れ、ガキどもが。」

「おいおい。
立場わきまえてもの言った方が良いぞ?
こっちは20人はいるんだ。
どんだけあんたが格闘技できようと、
勝てるとでも思うのか?」

「そこからして、小さいんだよ。
生憎だが、俺は、勝ち負けでは動かん。
勝てるだけの試合なんて詰まらんだろう。」

その後、シャルの父親はボコボコにされてしまったが、
1人の女の子を救った。
それが、ジュジュだった。
その日は、お礼だけ言って、すぐに、消えたジュジュだが、
3日後には、ボコボコにされた姿で、
シャルの屋敷へと現れた。

屋敷の中へと通すと、シャルの父親は、
ジュジュと2人きりになる。
話を聞くと、
3日間で、あの時の全員をやっつけたと言う。
だが、シャルの父親にとってはどうでも良い話だった。
たまたま通りかかっただけで、
その後の話などには興味がなかった。
それでも、ジュジュに興味を持ったのは、
その後の言動だった。

「あいつら、車椅子を馬鹿にしたんです。」

きっと、何気ない一言だったに違いない。
当然、この時点では、ジュジュが、
シャルの存在を知るはずもない。

話を聞けば、聞くほどに、
ジュジュの内面が知れる。
それは、強い心を持った優しい子だった。
自分のしたい事はする。
だが、しっかり信念もあって、優しさも持っている。
その心を知って、シャルにぴったりと判断した父親は、
ジュジュをメイドとして雇う決意をして、
外へ行く時には、ジュジュだけを付けたのであった。


メイドたちの間では、色々な噂が流れているが、
ジュジュはそんなものを気にしない。
邪魔さえされなければ、どうでも良かったのである。



第15話~メイドの意地悪~



目立った虐めなどはない。
ただ、ほんの少しの意地悪。
それが、メイドたちのジュジュへと反抗。

例えば、メイド服を隠すとか、
ボタンをちぎっておく。

5歳くらいの子供が、親に構ってもらえずに、
しているようなレベルだった。

むしろ、その程度では、ジュジュ自身、
自分でした事だと思い、
誰かに言う事もせずに、自己解決してしまうので、
何の効果もなかったのである。

その後、少しずつ意地悪は悪化していく。
そんなある日の事である。

無くなった物は、ハンカチ。
メイドが無くしてはならない物の1つでもある。
必死に探すがちっとも見当たらない。
それもそのはず。
ジュジュのその日持ってきたはずのハンカチは、
既に、燃やされてしまってこの世には存在しない。

それを知らないジュジュは、懸命に探すが、見つかるはずがない。

「あら、どうしたの?」

そこへ、全てを知っているメイドがやってきて、
わざとらしく、聞いてくるのである。

「私のハンカチがどこかへ行ってしまって・・・。」

「あら、ハンカチを忘れたのかしら?」

「いえ、持ってきたのですが・・・。」

そのメイドが適当に、ジュジュの持ち物を見るが、
ハンカチが出てくるわけがない。

「駄目ね。
今日は帰りなさい。
自分の持ち物も管理出来ないのなら、
メイドとしては失格よ。」

「・・・けど。」

「あら?
先輩に言い訳する気?」

「いえ・・・。」

確かに持ってきたはずのハンカチがない。
そんなはずはないのに・・・。
そう思いながら、言われた通りに、
帰宅しようと帰る準備をして、裏口へと向かっていると、
そこで、偶然、シャルと遭遇してしまった。

深くお辞儀をしてシャルが通り過ぎるのを待っていると、
丁度横で止まった。

「何かあったの?」

「・・・いえ。」

随分長く一緒にいる時間のある2人。
シャルが、ジュジュの顔を見て、
その表情から、何かあった。
そう感じる事も不思議ではない。

「嘘。
何かあったのね。
良いわ。
言いづらいのなら・・・。」

シャルは無理やり、ジュジュを部屋へと連れて行く。
当然、力では適うはずがないのだが、
ジュジュはシャルに本気になれるわけもなく、
騒がれると厄介だったから、
しぶしぶ連れて行かれてしまったのである。

もちろん、そこまでの道のりは、
誰にも見つからないように注意しながらだったので、
シャルの部屋にジュジュがいるとは、
誰も思ってはいないのである。

「さぁ、ここなら平気よ。
何があったの?」

「それは・・・。」

ジュジュの中では、自分のミスかもしれない。
それに、他のメイドの事を言えば、
シャルの性格からして、全員解雇。
なんて事にもなりえない。
ハンカチを隠されたくらいで、
そこまでする必要なんてないのである。
そう考えると、ジュジュは真実を述べる事をためらった。



第16話~ハムスターのエクトル~



しかし、何も言わない状態では、
一生帰してくれないだろう。
それに、心配してくれる事はとても嬉しかった。

「絶対に、誰も、傷つけないと約束して下さい。」

「うんうん。」

軽い返事ではあったが、ジュジュには、
シャルが嘘を付かない。
そう思えた。
だからこそ、ありのままに真実を述べた。

「それは、やっぱりお父様のせい?」

「え・・・そ、そんな事はないですよ。」

「じゃあ、私のせい?」

「いえいえ・・・そうじゃなくて、
単に私が、こんな経歴の持ち主だからだと思います。」

「そうなのかな・・・。」

原因は全てかもしれない。
こういう時は、とても回転の早くなるシャルの頭。
隠そうとしている事も分かるし、
これが初めてではない事も理解出来た。
しかし、メイドたちも傷つけずに、
証拠を見つける事は難しい。
誰も傷つけないで、意地悪を無くすなんて、
そんな都合の良い事が出来るだろうか。

そのまま、ジュジュにいてもらうのも、
メイドに見つかれば、またうるさいと言う事で、
上手く外へと、出てもらって、
その日は帰ってもらう事にした。


それから、シャルは、色々と考えたが、
そうそう良い方法は浮かばない。
たった1つの方法を除いては・・・。

そして、シャルは、あの魔法の色鉛筆を手にした。
握るだけで、あの時の記憶が思い出される。
だが、シャルはフェリクスを描かない。
描くのは別のキャラ。
ハムスターのエクトル。
小さくて、素早しっこくて、
白と黄土色の毛がふさふさしていて、
そして、2本の出っ歯と、
大きな耳が可愛い奴である。

描き終わると、フェリクスの時同様、
窓も開けていないのに、風が吹き、
エクトルが実体化する。

「エクトル?」

「やぁ、シャル。
いつも僕を描いてくれてありがとう。」

フェリクスとは少し違う。
つんつんしたところがなくて、穏やかな性格をしている。
絵の通りの性格である。

撫で撫でしてあげると、
シャルの思った通りに、じゃれてくる。

動物に触れられる事は嬉しかったが、
フェリクスの事を思うと、
複雑な気持ちだった。

それに、今から、過酷な事をさせると分かっているのだから、
本当に、それが正しい事なのかも分からない。
もしかすると、フェリクスのように、
同じ過ちを犯してしまうかもしれない。

だけど、シャルは、前を向いた。
友達を救う為に、友達を増やす。
1人じゃ出来ない事も、2人、3人いれば・・・。

時間がない。
メイドたちに見つかる前に、
エクトルを廊下へ放さなければならない。
ハムスターとは言え、元はねずみ。
そんなものが屋敷に入った事をしれば、
ただちに、排除されてしまう事だろう。

「出会えたばかりなのにごめんね。」

「良いんだ。
僕は、シャルに作ってもらえて嬉しかった。
必ず、証拠を見つけて戻ってくるよ。」

ほんのわずかな時間。
本当にこれで良いのか。
そんな気持ちにもなるけど、
シャルはエクトルを、廊下へと放った。



第17話~エクトルの冒険~



エクトルの冒険が始まった。
シャルの部屋を出てから、
南北へ伸びる廊下を北へ向かう。
すると、突き当たりで階段がある。
上と下への階段があるが、当然下の階段を選び、進む。
ここまでは、メイドたちも、
頻繁には来ないのだが、1階ともなれば、
ある程度のメイドが常にいると言っても良い。

案の定、エクトルが下の階へと降りると、
すぐに、メイドを確認出来るが、
メイドの方は、
まさかハムスターが屋敷に入り込んでいる、
などとは思うわけもないから、
廊下の隅々まで見て歩く事もない。

柱の影を上手く利用して、
少しずつ、メイドたちのいるメイド室を目指すが、
あまりにも、メイドたちの出入りが激しく、
なかなか身動きが取れないでいた。

行ったかと思い、出ようと思うと、
反対側からメイドが現れる。

慎重になるエクトルだが、
黙っていてはいづれ見つかってしまう。
なんとかして、先へ進もうとするが、
騒がしくメイドたちが出入りを繰り返す。
だが、ついに見つかった?
1人のメイドが叫び声をあげたのである。

慌てて、エクトルは、出来るだけ柱に隠れると、
どうやら、別の侵入者だったらしい。

見つかったのは、ねずみのようだ。
エクトルは、このチャンスを利用して、
上手く、メイド室へと忍び込むと、
見つかりにくそうな場所に身を潜めた。

すると、ねずみを捕獲したのか、
出払っていたメイドたちが戻ってくる。

「ねずみくらいで騒いじゃって、情けない。」

「すみません。
虫とか、ああいう生き物って苦手で。」

しばらくは、ねずみの話が続いていた。

「・・・。」

エクトルにとっては、複雑な気分。
自分の身内が、捕らえられ、処分される話など聞いて、
何も感じない者などいないだろう。
だが、出て行ったところで、何も出来はしない。
それを知っているエクトルは何もしない。
じっと耐え、ジュジュのハンカチの話が出るまで待った。

そして、ようやく、ねずみの話が終わると、
ジュジュの話に話題は変わった。

「本当、あの子ってどうしてここにいるのかしらね。」

「ご主人様の御贔屓だそうだけど、
騙されておられるに違いないわ。」

「そうね。
あんな元ヤンキーがいたら、今後、どうなるか知れないわ。」

「そうなる前に、追い出さないとね。
せっかく、ハンカチ忘れて、今日はいないし、
何か対策を考えましょう。」

「忘れた?
違うわよ。
あれも、私たちがしたのよ。」

「まさか!?
あなたたち、もうそんな事までしていると言うの?」

「そうですよ。
それが、ここの皆の為ですもの。」

そこまででも十分だった。
エクトルは、しっかり、その内容を覚え、
後は、来た道を戻るだけである。

それも、簡単な事ではない。
だが、戻れなければ、せっかく手に入れた情報も、
何の意味もなくなってしまう。
エクトルは慎重に、メイド室を出ようとするが、
何せ、メイドが大勢いるメイド室。
簡単に外へは出られない。

マゴマゴしていると、とうとう、エクトルの姿を、
メイドたちは、見つけてしまった。



第18話~シャルの覚悟~



「きゃあああ、またねずみよ!?」

「これは、ハムスターね・・・。
なぜ、こんな、毛並みの良いハムスターが・・・。」

「そんなの知りませんよー。
早く捕まえて、処分して下さい!」

何人かのメイドが、エクトルを取り囲む。
いくらすばしっこいエクトルでも、
囲まれてしまえば、逃げ場はない。
絶体絶命である。

「・・・。」

それでも、エクトルは諦めてなどいない。
絶対に、シャルと、もう一度喋るんだ。
その思いだけが、
今のエクトルを支えている。

だが、その願いも届かない。
メイドの一声で、
無数の箒や、モップ。
ハタキが一気に、エクトルへ襲い掛かる。

「止めなさい。」

エクトルに、それらが届く寸前、
大きな声がメイド室に響いた。

「シャルロットお嬢様?」

そこには、シャルの姿があった。
もちろん、車椅子には乗っていたのだが、
誰かに押されて来た様子はなかった。
シャルは、自分の手だけで、
エレベーターを使い、下の階の最奥にある、
このメイド室まで来たのである。

「シャルロットお嬢様。
わざわざ、このような場所へ何を・・・。
ただいま、侵入者を退治している最中ですので・・・。」

「それは、私の友人です。」

エクトルに、おいでおいでをすると、
取り囲んでいたメイドたちの間を、
潜り抜けるようにシャルの手元まで戻った。

「遊んでいたら、逃げ出しちゃったのよ、ごめんなさいね。」

「い、いえ・・・。
ですが、アレルギーは・・・。」

「・・・もう良いかしら?
誰か、私を部屋まで連れて行ってもらえると、
嬉しいのだけれど。」

「・・・かしこまりました。」

まんまと、上手く行った。
だが、同時に、エクトルが、動物ではない。
そんな噂も出てしまった。
当然、その話は、シャルの父親にも届くだろう。
それをどう回避するのか。
それも考えなくてはならない。

それよりも、まずは、ハンカチの事。
すぐに、その話は、メイドたち全員に流れ、
ジュジュも呼び、全てを明らかにした。

それで、全てが納まるとは思えなかったが、
今後何かがあれば、連帯責任という形で、
今回の事は、水に流す事となった。

それでも、その代償は大きい。
シャルは、おかしなペットを飼っている。
妙なハムスターがいる。
ジュジュだけを贔屓している。


シャルの父、アンセルム・ラ・ブリュショルリは、
ほとんど、屋敷へは帰らない。
帰ってきても、そうそう、子供たちとも、
共有の時間を取れないまま、他の国へと飛んでいく。
それくらい忙しいのだが、
ようやく、仕事も落ち着いて、
数日帰宅すると言う情報が、屋敷へと入ったのだ。

そのせいもあり、慌しい動きをしてたメイドたち。
普段から、掃除もキチンとされているのだが、
それでも、更に綺麗にするように、
隅々まで綺麗にしていくのだ。

それを知って、シャルは余計に焦る。
まだまだ先だと思っていた事が、
急に明日には帰ってくると言うのだ。
エクトルの事を隠すわけにはいかない。
何か考えなければ、エクトルの身が危ない。



第19話~アンセルムの帰宅~



「お帰りなさいませ。」

「何も、変わった事はないかな?」

いつも、たまに帰ると、まず聞くのがこれなのである。
メイドたちは、
シャルが、妙なハムスターを飼っている事。
それだけを、話したのだった。
しかし、そんな事はどうでも良くなっていた。
エクトルは既に、ジュジュが家へと連れ帰ってきた。
それこそ、最高の隠し場所。

メイドたちが、シャルの部屋を探しても、
エクトルが出てくるはずもなく、
何事もなかったかのように、話はなくなったが、
アンセルムは、シャルの行動を、怪しんでいた。


その日の夜。
エクトルと会話を楽しんでいた時に、
アンセルムはやってきた。

慌てて、ベッドの中へと隠すと、
何も知らない顔でシャルは答える。

「このような時間に何か用事でも?」

「今ベッドへ隠した物はなんだい?」

「・・・。」

もう、隠し切れない。
そう思って、ベッドの中にいるエクトルを取り出す。

「それは・・・ハムスターなのか?」

「・・・。」

「答えなさい。」

「そうです。」

「なぜ、アレルギーが出ないんだい?」

「・・・。」

それは言えない。
色鉛筆で描いたなんて言ってどうなるだろう。
ここは、本物だと言い張るしかない。

「な、治りました。」

当然嘘であるし、アンセルムにも、そんな事は分かる。

「・・・自分で世話出来るのか?」

「飼っても良いの?」

「・・・なにやら特殊な生き物らしいが、
ちゃんと世話出来るのならな。」

その時は、理解のある父親だと思っていた。
予期せぬ事態になるなんて、
その時はちっとも思ってもいなかった。



それから数日。
部屋には、エクトルの家が出来た。
こじんまりとしたものだが、
ハムスター1匹を飼うには十分なものだった。
そもそも、匂いもないし、餌もいらない。
トイレだって不要なのだから、世話は楽なのだ。
危険な水入れを取り除き、
万全を期して、世話をする。

なんにせよ、アンセルム公認なのだから、
メイドたちの目も気にする必要がない。
その事はとても、気楽な事だった。

だが、メイドたちの間では、不満も出ていた。
そして、ジュジュの事もあり、
メイドたちは、
シャルを妙なものに取り付かれた。
そんな事まで言い始めていた。

そして、事件は、アンセルムが、
再び世界を飛び回る時に起きた。

メイドたちは、
シャルが街へと行った日を狙い、
部屋の中を大掃除し始めたのだ。



第20話~色鉛筆の恐怖~



当然、エクトルも一緒に、街へと行っている為、
部屋には、誰もいないのである。
妖しい物がないかと、懸命になって調べるメイドたちは、
あらゆる場所を、調べ尽くす。

そして、あの魔法の色鉛筆を見つけ出してしまったのである。


帰宅したシャルも、
普段は、あの魔法の色鉛筆を触らないようにしているから、
無くなった事にも気が付かない。

エクトルとジュジュとの会話を楽しみ、
幸せな時間を過ごしたシャルは、
そんな事も知らずに、
溜まった疲れを癒すかのように、
お風呂の時間である。

当然、歩けないシャルは、
メイドの手を借りて、お風呂へ入る。
体を洗ったり、頭を洗う事も、
ついでに、メイドの仕事である。
湯船に浸かる時も、
側でメイドが監視している中でしか入れない。
いつ溺れるかもわからないのだから、仕方ない。
その間、シャルは一言も喋らない。
ただ、黙って、そこには、
誰もいないかのように、静まり返った中、
お風呂の時間を過ごすのである。


数日後。
魔法の色鉛筆を手にしていたのは、
メイドのパルシア・ローレル。
明るいブラウン系のショートヘアで、
結構高い身長をしていて、
顔もスタイルも良いメイドである。

自宅へと、帰っていたパルシアは、
魔法の色鉛筆を見て、不思議に思っていた。

丁度、ずっと前に、シャルが、
その色鉛筆が、誰からのものかと聞いたのが、
このパルシアだったのである。
もちろん、誰でもなかった事も知っている。
だからこそ、この色鉛筆に、
何か不思議な力があるのだろう。
そう、思ったのである。

パルシアは、その魔法の色鉛筆を1本取り出し、
適当に絵を描いた。

その絵は見る見るうちに、実体化していく。
それを見ていたパルシアは、
あまりの驚きに、腰を抜かすほどだった。

現れたのは、ドーナツ。
お腹の空いていたパルシアが描いた物だ。
しかし、当然ながら、元は紙。
食べられるはずもない。
触る感触は、ドーナツそのものなのだが、
口にしようとすると、紙なのである。

しかし、パルシアは、魔法の色鉛筆の凄さを知ってしまった。

その日を境に、パルシアは変わった。
何かに取り付かれたかのように、
仕事を休みがちになり、
仕事へ来ても上の空。
仕事が終われば、即帰る。
メイドたちの中でも、
その事はすぐに噂になる。

パルシアは、と言えば、
帰るなり、すぐに絵を描いている。
それは、実物大の自分。
そうすれば、自由な時間が出来る。
そう思ったのである。

しかし、数日後から、パルシアとの連絡は途絶えた。
どこへ行ったのか、家へ行っても、パルシアの姿はなく、
色鉛筆だけが転がっていたらしい。

その後、魔法の色鉛筆は無事にシャルの元へと戻る。
その日、シャルは再び夢を見た。

「やぁ、何度目だろうね。
今日は、また1つ教えようと思ってね。」

「・・・。」

「この色鉛筆で、人を描いてはいけないよ。
描いてしまうと、その人が消えてしまうんだ。
絵の方は、なんの記憶もなくて、
どこかへ行ってしまう。
・・・なんて言われているけど実際には、
どうなのか知らないよ。
君は、決して人を描いちゃいけない。
分かったね。」

トロンプ・ルイユ~2大きな世界

トロンプ・ルイユ~2大きな世界

2010年に書いた作品

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-06

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