トロンプ・ルイユ~1不思議な出会い

第01話~紳士のウサギの色鉛筆~



部屋で絵を描いているのは、
17歳になる少女、
シャルロット・ラ・ブリュショルリ。
通称シャル。

透き通るような白い肌。
青い目に、金色の長い髪。

家系も由緒ある家柄で、
メイドが何人もいるような屋敷に住んでいる。

勉強はもちろん、様々な習い事までこなしている。
17歳とは思えぬほどの容姿端麗、頭脳明晰。

誰もが羨む才能の持ち主なのであるが、
そんなシャルにも1つ、不自由な事がある。
それは、歩く事が出来ないという事。
生まれつき、足が弱くて、
立つ事すら出来ないのである。
当然、歩く事もない。
1人では車椅子にも乗れない状態なのである。

巷では、
あの才能は羨ましいが、あの子にはなりたくはない。
そう言われている。

それに、シャル自身、才能など、あるとは思ってはいない。
日々、この部屋に引きこもっている成果。
外で遊んだり、友達と話をする事を、
奪われた見返りが、この才能。
そう思われる事が嫌だった。


目が覚めると、酷く頭痛がする。
外は、雪の積もる冬。
風邪だろうか。
すぐに、メイドたちがやってきて、
シャルのお世話を始める。
汗をかいた体を拭き、
着替えをさせる。
その間に、ベッドメイクをし、
氷枕も用意。
それから、温かいミルクも、運ばれてくる。
シャルをベッドへと運ぶと、
温かいミルクを飲み、ベッドの中で1日が、始まる。
熱を計っていくメイド。
それほどの熱ではないようで、
メイドが付きっ切りで看病に当たると、
午前中の早い段階で、
シャルは、おとなしく、寝入っている。


そして、寝入ったシャルは、
夢を見ていた。

それは不思議な夢で、
ウサギの顔をした・・・
いや、ウサギがタキシードを着ていて、
おそらくは長い耳を隠すように、
とても長いシルクハットを被っている紳士が、
シャルに話しかけてきた。

「歩く為の足が欲しいかい?」

シャルは頷く。

「そうかい。
けど、僕には、君の足を作る力も、
歩かせる事も出来ないんだ。
その変わり、これを君にあげよう。」

そこには、綺麗な12色入りの色鉛筆が入っている。

「それが、君の足になるかもしれない。
上手く使うんだよ。
今日も君にとって、良い日でありますように。」


妙な夢から覚めると、時刻は既に、12時を回っている。
そして、手元には、あるはずのない色鉛筆のセットがあった。

メイドの誰かが置いたのだろう。
そう思って側にあるガラス製の丸いテーブルへと置いた。
しかし、入ってきたメイド聞いてみても、
誰一人として知る者はいない。

半信半疑だったあの夢だが、次第にシャルは、
夢が夢だったのか現だったのかを判断しにくくなっていた。

実際に、紳士的なウサギがやってきて、
シャルのいる部屋まで、誰にも見つからずに、
到着出来るわけはないのだが、
夢であるのならば、
そこにある色鉛筆のセットの説明は、出来ない。

不思議には思ったが、
考えたところで答えの出ないものは考えない。
シャルは、その色鉛筆を大事にする事にした。



第02話~絵の中の友達~



その後、色鉛筆は机の引き出しの奥にしまわれた。

シャルも、メイドたちも、
その存在を忘れていた頃、
シャルが引き出しの中を整理していると、
その存在を思い出す。

「結局、誰が置いたのかしら。」

色鉛筆のケースを、くまなく、
裏側まで見てみても、
シンプルなケースには、何も書いていない。
中身だって、色鉛筆が12本入っているだけで、
一切、文字や数字は、書かれていない。

シャルは試しに、赤い色鉛筆を、
手に取ってみる。

すると、今までにないほどのフィット感。
重さ、握りやすさ、
今すぐにでも、何かを描きたくなるほど、
シャルは、この色鉛筆を気に入ってしまった。

それでも、今は机の整理中であり、
途中で、絵を描く事など、
中途半端な事は、
シャルの性格が許すはずもない。
我慢して、色鉛筆を元へ戻すと、
引き出しの中身を急いで全部出して、
入るものと入らないものを適当に分けて、
隅から入れていくと、綺麗に収まり、
入らないものを捨てた分だけスペースが空いた。

このように、掃除なんかも得意なシャル。
部屋全体の掃除は、メイドに任せてはいるが、
細かい整頓や、自分の物くらいは、
自分で掃除しているのである。

お嬢様とは言え、自分で出来る範囲内の事は自分でする。
それは、惨めな自分を見られたくないからである。
相手がそう思わないとしても、
シャル自身にとって、
やはり、足の事はコンプレックスなのである。

無事に掃除も終了して、
ようやく机の上に置いた色鉛筆と向き合うが、
今度は、用紙がない事に気が付いた。
こればっかりは、メイドを呼ばなければ、
シャル自ら取りに行く事は出来ない。

手元にある携帯を使って、
メイドのいる、メイドルームへ電話を掛けると、
1秒以内で繋がり、1分以内に、指定した用紙が届く。
それが、どれほどの速さなのかは、
シャルの考える速さを遥かに超えているだろう。
それでも、感謝の気持ちがないわけではない。
マナーとしての礼かもしれないが、
何気ない言葉だからこそ、
そこには、温かさを感じる。

「ありがとう。」

だからこそ、ここにいるメイドたちは、
皆、シャルの事を心から慕っているのである。

しかし、必要以上に、会話をする事はない。
それが、シャルとメイドの関係となっている。
話す事が嫌いなわけではないどころか、
むしろ、話をする事が好きで、
常に、誰かと会話をしていたいくらいなのだが、
実際に会話をしようとしても、
何を話して良いのかが、分からないのである。
それを無理して会話をしようとすれば、
傷付くのは、メイドたちなのである。
それを理解しているシャルは、
余計な会話をする事を諦めたのである。

その頃からである。
絵を描く時間が増えた。
絵の中の存在は、上手く描けば描くだけ、
シャルの思った通りの顔をしてくれる。
だが、それは、所詮、絵でしかない。
いくら、上手く描こうとも、
どれだけの枚数を描こうとも、
それは、絵でしかない。
決して動く事の出来ない芸術なのである。

ようやく、必要な物が揃ったわけで、
キャンバスに置かれた用紙に、
色鉛筆で絵を描き始める。

その色の入りは、ありえないくらいにスムーズで、
手も勝手に、動いていくかのように、
すらすらと絵は描きあがっていく。

そして、描き上がったものは、
シャルが初めて作り上げた友達。
フェリクスという名前を付けた猫。
優しい顔立ちをしていて、
首には濁った赤い色のチョーカーをしている、
気品の漂う黒猫である。



第03話~黒猫のフェリクス~



フェリクスを描き終えると、
小さな子供のように、
絵に向かって話し掛けるのである。

「今日は、新しい色鉛筆でアナタを描いたのよ。」

心なしか、微笑んでいるようにも見えるフェリクスを、
撫でてやると、
その毛並みが分かるような気がするほどである。

「!?」

急に、突風が部屋の中へ入ってくる。
慌てて、窓に目を向けたが、
確かに閉まっている。
真冬だと言うのに、窓が開くはずがないのである。
だが、今確かに、風が起きた。
用紙が飛ばされていないかどうか見る為に、
再び向き直った時の事だった。

確かに、先ほど描いたはずのフェリクスがいない。
絵の中からすっぽり飛ばされたかのように、
消え去っている。

裏返ったのかと思い、裏側を見てみるが、
そんなはずもなく、不思議な事に、
用紙の中のフェリクスだけが消え去っているのである。

だが、更に驚く事になる。
部屋の中に何者かの気配を感じた。
振り向くと、
すばしっこくて、小さな黒い物体が、
シャルの前に飛び込んできた。

それは、まさしく、シャルの描いた猫、フェリクス。

「・・・嘘でしょ。」

いくら、外の世界を知らないとは言え、
描いた物が具現化するなどありえない事だとは知っている。
そうなってくれたら・・・と思う事はたびたびあったが、
それは、夢のような話だと言う事も当然知っている。
それでも、今、シャルの目の前にいるの猫は、
まさしく、フェリクスそのものであった。

「何を驚いている、シャル。」

「!?」

更に驚かされる。
具現化している事実をまだ受け入れられずにいるのに、
今度は、人間の言葉を話し、
しかも、とびきり綺麗な声である。

「もう、何がなんだか分からないわ・・・。」

「分からないもんか。
シャルのおかげで、こうして外へ出られたんじゃないか。」

フェリクスは、体が馴染まないようで、
柔軟体操なんかを始めてしまった。

「・・・。」

その様子をじっくり観察しているシャルだが、
いくら見ていても消える事はない。

それは、たまにはあった。
夢だったり、幻だったりとはしたけど、
今回のそれは、明らかにその場に存在している。
紛れもない現実なのだ。

「そろそろ、慣れたか。」

フェリクスは、柔軟を終えると、
再びシャルの前に来る。

「よっこらしょ。」

「・・・。」

フェリクスは、行儀良く座ると、
真っ直ぐにシャルを見た。

「まぁ、なんつうか。
こういう事は初めに言っておくべきだと思う。」

「!?」

「なんだ、その・・・、
俺の事をいつも、可愛がってくれてよ。
あ、あ、ありがとな。」

フェリクスは、照れくさそうに、
言い終わると同時くらいに、後ろを向いてしまった。
だが、シャルはとても嬉しかった。
この現実がさっぱり理解出来なくても、
今の言葉だけは、とても理解出来た。

「こちらこそ、わざわざ、ありがとう。」

そう言って、シャルは、フェリクスを撫でてやった。



第04話~森の中のフェリクス~



「・・・。」

何度でも撫でる。
実際に、触れられる事の出来るフェリクス。
それは、アレルギーのあるシャルにとって、
絵だからこそ、出来た事であって、
一生出来ない事だと思っていた。
だが、ここにいるフェリクスには、
いくら触れていても平気。
シャルは、それまで、出来なかった事に、
我を忘れ、撫で撫でを繰り返している。

フェリクスは、フェリクスで、
絵の中では、しっかり触れてもらえなかった分、
とても喜んでいる。

だが、長い時間、遊んでいるわけにもいかない。
毎日ある習い事や、定期的にやってくるメイドには、
絶対にばれるわけにはいかない。
アレルギーのあるシャルの事を気遣って、
動物がいれば、排除しかねない。
どれだけ理由を説明したところで、
誰が見ても、このフェリクスは猫にしか見えない。
それも、完璧な猫。
話すところなど見られてしまえば、
どこかのネコ型のロボットと勘違いされる可能性もある。

それらを考えていくと、
この事は、シャルの中だけの秘密にする必要があった。

メイドたちの来る時間は、いつも決まっている。
時計を見つつ、フェリクスを、ベッドの中へと隠す。
タイミング良く来たメイドは、
何も描かれていないキャンバスを見て、
不思議に思うも、
ベッドに横になっているシャルを、
起こすわけにもいかない為、
そのままの状態にして部屋を出て行く。

「ぷはーっ。」

「これは、毎回大変な事になる・・・。」

「そうだな。
この布団てのは、温かいが、息苦しいな。」

「・・・。」

シャルの言った事は、そういう事ではなく、
隠す場所をしっかり決めていないと、
いづれは見つかる事になるからだった。

週に3度は、掃除に来る。
月に1度は、部屋の天井や、壁のいたるところまでを、
丁寧に掃除されてしまう。
いくら、小さな猫とは言え、
頻繁に出入りされていては、
危険度は上がるし、
大掃除されてしまう日には、
部屋にとどめて置くわけにはいかない。

しかも、月に一度の大掃除は、
不運な事に、今週末なのであるから、
手を打つにも、時間がない。
その日は、ずっと、その事でいっぱいだった。
嬉しさが大半ではあったのだが、
なんとしてもばれないようにしたい。
その気持ちだけで、思い付いた作戦がこれだった。

「本当に、そんな数をですか?」

「うん。
最近淋しくて、眠れない時があるんだ。
今日から使いたいから、大至急お願い。」

「・・・そういう事でしたら、承知致しました。」

メイドは、疑問に思いながらも、シャルの言う事は聞く。
シャルが要求した物とは、
出来るだけ多くの黒猫のぬいぐるみだった。
以前描いたイラストをメイドに渡し、
それと似た物を、
出来るだけ多く持ってきて。
そう、要求したのだ。

若干、適当に描いた物を渡した分、
どこにでもいそうな猫に仕上がっている。
平凡な黒猫のぬいぐるみであれば、
街中探せば、かなりの数あるに違いない。

「良く思い付いたな、シャル。
木を隠すなら、森の中ってわけだな。」

「木じゃないけど。」

「いや・・・。」

フェリクスは、物の例えだろう。
そう言おうとしたのだが、
あまりにも、嬉しそうにしているシャルには、
今突っ込みを入れても、何も届かない気がした。



第05話~シャルの部屋事情~



その日の夕方には、
既に、20匹くらいにまでなった、
黒猫のぬいぐるみ。
もうこれだけあれば、十分だろう。
この中にフェリクスが混ざっていても、
元が絵であるフェリクスには、匂いもないから、
ぬいぐるみと何も変わりない。

まさに、最高の隠し場所だろう。
安心しきったシャルは、原点へ戻る。
フェリクスが具現化した根源とも言える12色の色鉛筆を、
見つめ、再び手に取ると、
とても、馴染む色鉛筆である事に変わりはないが、
これと言って他の色鉛筆と違いがあるはずもない。

「フェリクスは、どうして、絵から出てこれたの?」

思い切って、具現化した本人に問い詰めてみるが、
それを、描かれた本人が知るわけもなく、
やはり、その力を持っている可能性があるものは、
この色鉛筆だった。

そもそも、誰がどうやって持ち込んだものなのかも分からない。
あの夢を信じるならば、ウサギ紳士の仕業なのだろうが、
そんなものが存在するとは思えなかった。

「ふぅ。」

ため息を1つつくと、考えている事自体無駄な気がしてくる。
いくら考えたところで、答えの出しようがない問題は、
無数に存在していて、そういう事に関しては、
考える事を辞め、今存在している現実のみを、
受け入れる事が一番なのである。

だから、シャルも、誰がこの色鉛筆を置いていったかと、
考える事は辞めて、今の現実だけを見つめる事にする。
問題は、この色鉛筆で描いた途端に、
フェリクスがこの世界に現れたと言う事である。

もしも、再び、この色鉛筆で、
シャルのオリジナルキャラクターたちを、
次々と描いていくとどうなってしまうのだろう。
フェリクスだけではなく、皆具現化されてしまうのだろうか。
それを考えると、とても、嬉しくなる反面、
見つかるリスクも増していく事を思うと、
それ以上、その色鉛筆を使って、
オリキャラを描く勇気は出なかった。


フェリクスは、見た目は猫なのだが、
元は紙だけあって、
ご飯を食べようとはしない。
試しに、シャルのご飯を食べさせようとしたのだが、
一向に食べようとはしないのである。
それは、都合の良い事ではあった。
どこかのネコ型ロボットなんかは、
ご飯を食べると聞いた事もあったから、
自分のご飯の時間になった時は、
焦ってしまったのである。

「元々、紙だからな。
気にせず食べたら良いさ。」

フェリクスは、暖炉の側で毛繕いをしながら、
シャルの邪魔にならないようにしていた。

ちなみに、今更だが、シャルの部屋の説明でもしよう。
当然だが、入り口は1つ。
鍵は掛かるが、普段鍵をする事はない。
立派な扉で、かなりの重量だろうが、
開閉する事が容易な素晴らしい作りとなっている。
入ると正面には、全面と言っても大げさではないくらいの、
ガラス張りの壁とテラスへ出る為の扉がある。
テラスでは、暖かい時期に、良く、日向ぼっこをしたり、
紅茶を楽しんだりするのである。
丘の上に立つ屋敷という事もあり、見晴らしも抜群で、
すぐ下には、街並みが広がっていて、
港が見え、大きな海が広がっていて、
空との境界が無いくらいの青空へと繋がっている。
部屋の様子へと戻ると、
まず目に付くものは、豪華に飾られているベッド。
天井が付いていて、部屋の中でも更に、
カーテンが出来るようにしてある。
淡いピンク色のカーテンは、
シャルの好きなデザインが、施されている。
それに加えて、大量の黒猫たちが眠っている場所でもある。
次には、絵を描く為の素材や、勉強などをする机。
それ以外に使う机には、パソコンも置かれている。
外へと出られないシャルにとって、
外界の事を知る事が出来る大変重要なものである。
それから、
衣装ケースや、大きな鏡に化粧台。
外へ出られなくても、お洒落には気を遣う。
年頃なのだから、人に見られるかどうかなどは、
関係ない事なのである。

おおよそは、そんなところであるが、
これだけのものを1つの部屋へと収納しているのだから、
シャルの部屋の大きさも見当が付かないだろう。



第06話~シャルの兄のサミュ~



それから、非日常の暮らしをしているシャルは、
随分笑うようになった。
メイドたちも、その様子は知っているが、
その原因が、フェリクスだとは知らないから、
何があったのかと思っているに違いない。

そんな事はお構いなしに、
誰もいない時間は、フェリクスとの時間を楽しんでいた。
シャルの部屋の前を通るメイドたちには、
シャルが話している声が聞こえている時もあるが、
そんな事は、昔からの事で、今に始まった事ではない。
自分で描いた絵に向かい、話し掛ける。
それは、日常的に行われていた事だった。
それに、多くの黒猫のぬいぐるみ。
寂しさに耐えかねて、独り言も多くなるのだろうと、
メイドたちの間では、そんな会話がされていた。

そんな事はお構いなしのシャルは、
フェリクスとの時間を毎日楽しんでいる。
その時間はまるで夢のようで、
その時間が永遠に続いてくれれば良いと思っていた。

トントン

その者が訪れたのは、その日の午後の事。
青い目に金髪。
長身で、細身の男。
名前は、サミュエル・ラ・ブリュショルリ。
シャルの2つ上の兄である。
シャルはサミュエルの事を、
兄さん、サミュなど呼んでいる。

「何か御用ですか、兄さん。」

「なんだよ、たまに、来てみたら、その無愛想な顔は。」

丁度、フェリクスとじゃれていたところに、
サミュが来たのだから、
機嫌も悪くなるだろう。
それに、元々、サミュの方が、シャルを嫌っているのである。
その理由は様々あるのだが、
一番の原因は、障害を持った妹というところかもしれない。
どれほど、裕福な家系だとしても、
外へ行けば、妹の事が、知られ、
ある事ない事を言われるのである。
その事は、シャルの知らない真実。
サミュはその事をシャルには一言も言った事はない。
言えば傷付き、嫌われるかもしれないと思っているからであるが、
その衝動をたまには抑えきれなくなるのである。
自分の中に抑えている感情が、溢れると、
こうしてシャルの部屋へ来ては、
喧嘩になるのである。

「その黒猫はどうしたんだ?」

ベッドには、かなりの数の黒猫が寝ている。
当然、その中の1つには、フェリクスが存在している。

「べ、別に兄さんには関係ないでしょう。」

「・・・こんな事だから、引きこもって、
外にもろくに行けなんだろう。」

サミュは、ベッドに横になっているシャルのところまで行くと、
無作為にぬいぐるみと取り上げる。

「!?
何をするの!?」

シャルは焦る。
ぬいぐるみならば、まだ良い。
もしも、フェリクスを取り上げられたら、大変な事になる。

「・・・こんな、幼稚な物ばかりに囲まれた生活してたら、
いつまで経っても、腐ったままじゃないか。」

「腐ったまま!?」

「・・・。」

サミュは言い過ぎた事に気が付いたが、もう遅い。
シャルは、目に涙を浮かべている。

「・・・悪い。
言い過ぎた・・・お前が悪いわけじゃないんだ。
忘れてくれ。」

サミュは、部屋を出て行った。

「シャル?
大丈夫?」

「・・・うん。」

心配そうに、フェリクスが話し掛けるが、
相当落ち込んでいる。
フェリクスは、シャルが元気になるまで、
ずっと側にいて、慰め続けていた。



第07話~シャルの部屋の掃除~



その日は、月に一度の部屋の大掃除。
シャルは別の部屋へと移動し、
メイドたちは、シャルの部屋を掃除する。
隅から隅まで、綺麗にしていくので、
シャルは落ち着かない。
それもそのはず。
フェリクスが、見つからないように、
多くの黒猫のぬいぐるみを置いたのだが、
本当に、それで平気なのか、
掃除の風景を見た事もないシャルには、
さっぱり分からないのである。

掃除が終了するまでは、1時間近くある。
その間中ずっとそわそわしていたシャルだったが、
掃除が終わるまでの間、メイドたちが、
騒ぐ様子もなく、掃除が終われば、
シャルを部屋へと連れて行く。

メイドたちが全員いなくなったところで、
シャルはベッドにある無数の黒猫へ話し掛ける。

「フェリクス、もう平気だよ。」

しかし、返事がない。

「フェリクス?」

それまでには、必ず返事をしていたフェリクスだが、
シャルの声が聞こえていないのか、
何度、呼び掛けても返事がない。

心配になったシャルは、1つ1つのぬいぐるみを、確認していく。
触れば、感触で分かる。
1つ2つと触っていくが、一向に、フェリクスは現れない。
ついには、最後の1つ。
だが、手が出ない。
もしも、これが、ぬいぐるみだったら。
そう考えると、手が震えている。
それでも、最後の1つに手を触れた。

「・・・。」

最後の1つもぬいぐるみだった。

「フェリクス。
どこ行ったの?」

ベッドから見える範囲をくまなく探すが、
どこにも黒猫の姿はない。

その様子を見ていたかのように、
ノックの後、サミュが入ってくる。

「何か?」

「またまた、無愛想だな、シャル。」

ワイン片手に、行儀悪く部屋へ入ってくるサミュは、
何か良い事でもあったかのような顔をしている。

「実はな、さっき、お前の部屋で、ありえないものを拾った。」

「!?」

ばれた。
シャルはそう思った。
一番見つかってはいけない人物に見つかった。
メイドならば、ごまかしは効いたかもしれないが、
サミュには、何を言っても無駄かもしれない。

「なんだか分かってるよな?
アレルギーあったはずなのに、よくもまぁ、無断で飼ってたな。
それも、誰にもばれずに、どうやって連れ込んだんだ。」

「・・・。」

「答える気はないか?」

「返して。」

「やだね。
あれは、処分してもらう。
あんな薄汚い猫。」

「駄目。
あの子は特別なの。
お願いだから返して。」

「なんだい、その反抗的な目は。
兄を見る目じゃないな。
兄なんかよりも、あんな猫が大事か?
ますます、腹が立つな、お前には。
せいぜい、悲しめば良いさ。」

「待って、兄さん!?」

「・・・。」

悲しくも、戸は閉められ、成す術がない。



第08話~サミュの部屋~



シャルはすぐに携帯からメイドへ電話を掛ける。
もう、その方法しか、すぐには浮かばない。
猫を飼っている事がばれるにしても、
殺される事だけは免れるかもしれない。
その思いだけで、メイドへ事実を述べた。

メイドたちは、ただちにサミュの部屋へと向かう。
だが、サミュも馬鹿ではない。
シャルが、メイドへ連絡をする事くらいは、
考えられる範囲であった。

猫などいるはずがない。
シャルの妄想だろう。

それだけで、部屋の前で門前払いである。

「・・・そんなはずはないの。
本当に、部屋にいたの。
だから、ほら!?
ぬいぐるみをいっぱい買わせたでしょう。
あれが、証拠よ。」

確信のあるシャルの発言にメイドたちも、
信じ始めるのだが、簡単にサミュの部屋を調べられるわけもない。
そうしている間にも、フェリクスの命が危ない。

「お願いがあるの。」

シャルは、もう1つのお願いをメイドへと伝えた。


何年ぶりだろうか。
シャルが、サミュの部屋の前へ来ている。
ノックをすると、中から声がする。

「開けて、話があるの。」

「・・・。」

重たい戸が開くと、中の様子が見える。

「どうした、わざわざ。
メイドたちまで従えて。」

「お願いだから、返して。
私の友達なの。」

「・・・。」

隙間から中の様子を見ても、フェリクスの姿はない。

「そんなものは、幻だ。
うちに、猫なんているわけないだろう。
そもそもアレルギーのお前が、
隠れてだって飼えるわけがない。
そうだろう、メイドの諸君。
分かったら皆、持ち場へ帰るんだ。
シャルのお遊びに付き合っていたら、
いつまでも仕事が終わらないぞ。」

「・・・。」

メイドたちも、困惑した様子で、何も言えない。
そして、戸が再び閉まろうとした時だった。

「!?」

シャルは、閉まる戸に手を掛けた。

「シャルロットお嬢様!?」

間一髪、メイドが戸を押さえ、
シャルの手が潰れるのを回避した。
そして、中から、猫の声がする。

「にゃあ。」

もはや、隠しようがない。
そこにいる何人もが、猫の声を聞いた。

「サミュエル様。
お部屋を確認させて頂きます。」

「・・・止めろ。
ここは、俺の部屋だ。
誰も入るな!?」

だが、強引に入ろうとするメイドたち。
そこに、フェリクスが飛び出してきた。

「フェリクス!?」

それに驚いた、サミュは、持っていたグラスを地に落としてしまう。
すると、その落ちたワインが、フェリクスにかかってしまった。

「!?」

それでも、フェリクスは、シャルの元へと戻ってきた。
これで、安心。
シャルはそう思っていた。



第09話~ウサギ紳士の再登場~



強く抱きしめフェリクスのぬくもりを感じる。
それが、最後の抱擁だなんて、
これっぽっちも思っていなかった。

ワインで濡れたフェリクスを、
メイドたちは、お風呂へ連れて行き、
綺麗にすると言う。

シャルも、何も考えずに、頷いたのだが、
それが、運命と言うものなのかもしれない。

元々が紙に描かれた絵。
フェリクスは、シャワーで綺麗にされると、
次第に元気がなくなっていった。
そして、そこには何もなかったかのように、
色鉛筆で描かれたフェリクスは、
真っ白な雲となって空へと旅立ってしまった。

困惑したのは、メイドたちも同じ。
これが、現実なのか、魔法なのか、夢なのか。
何も分からないまま、シャルの元へと戻り、
事実を話す。

シャルも呆然として、事実を受け止めるしかない。
悪いのは、シャル自身だと、気が付いているからである。
だが、色鉛筆で描いたら実体化したなどとは言えない。
だから、メイドたちが部屋から出て行くまでは、
出来るだけ我慢した。
メイドたちには、そこで起きた事を、
一切誰にも言わないという約束をさせて、
引き上がらせた。


誰もいなくなった部屋で、シャルは1人、泣いた。
元々、1人だった部屋だが、
数日の間、一緒に暮らしたフェリクス。
その時間は、まるで、夢の中で、
今でも、嘘のように思えるほどである。

そして、泣き疲れたシャルは、再び夢を見た。


「やぁ、久しぶりだね。」

そこには、あの日見たウサギ紳士が立っている。
聞きたい事は山ほどある。
だが、思うように口が開かない。

「今日は、君に1つ忠告をしに来たんだ。
言い忘れていた事を思い出してね。
僕って結構、忘れん坊なんだ。」

聞いちゃいないのに、べらべらと喋っている。

「あの色鉛筆には、色々と、ルールがあってね。
いくつあるかは忘れたけど、結構あるんだ確か。
思い出すたびに君に教えに来るからね。
1つは知ってると思うけど、
描いた絵が実体化する。
ただし、同じ絵は1度だけだよ。
2度描いてしまうと大変な事になる。
分かったね?
だから、絶対に、あの黒猫を描いてはいけないよ。
描いてしまえば・・・どうなるんだっけ。」

「・・・。」

「それと、もう1つ思い出した。
というか、知ってるよね、もう。
実体化したとは言え、あれは色鉛筆。
水や火、その他、
紙に描いた絵だって事を忘れちゃいけない。
後は、君次第だよ。
上手く使ってくれたまえ。」

それだけ言うと、こっちの話は全く聞かずに、
ウサギ紳士は去っていって、
シャルは夢から現実へと起こされる。

「・・・。」

静かな部屋。
フェリクスはもういない。
少し落ち着いて、さっきの夢を思い出す。
そう。
色鉛筆で再びフェリクスを描けば良い。
その発想が今浮かんだのだが、
夢では、描いてはいけないと言われたのである。
なぜ、駄目なのか。
理由が分からない。
しかし、普通の夢ではないと言う事を、
シャルは既に知っている。
やはり、色鉛筆のセットを置いていったのも、
あのウサギ紳士なのだろう。



第10話~絵の中の心~



フェリクスを描きたい気持ちを抑えるシャルは、
普通の色鉛筆でフェリクスを描いていたが、
いくら描いたところで、
フェリクスは紙の中からは出てこないし、
話し掛けても返事はない。
机の引き出しの奥に閉まってあるあの色鉛筆。
それを思うと、どうしても、
それで、描きたくなってしまうが、
それによって、何が起きるのか分からない。
ただ、大変な事が起きる。
それしか、分からないのである。

シャルの描けるオリキャラは、フェリクスだけではないが、
今は、他のキャラを描こうなんて、
とても、思えるはずもない。
そもそも、こんな悲しい状態では、
まともに絵を描く事すらままならないし、
描く絵は全て、悲しい顔をしている。

それから、しばらくの時間が経って、
サミュが部屋へやってきた。

「・・・。」

戸を開けようとはしないシャル。
何度も戸を叩くサミュだが、
5分もすれば、叩く音もなくなる。
だが、いなくなった変わりに、
戸には、1枚の紙切れが挟まっていた。

シャルはそれに気が付くと、
紙切れを取りに、戸へと近づき、
紙切れを手にする。

そこには、サミュからの謝罪が書かれていた。
決して、上手い字でもなければ、
しっかりとした謝罪でもない。
ぎこちなく、謝っている様がありありと出ている変な文であるが、
それを見たシャルは、どうにも煮え切らない感情だった。
100%サミュが悪いわけではない。
シャル自身にも悪い部分あった。

シャルは、すぐに、サミュへ手紙を書き、
メイドへと渡した。

とても、直接など言えない。
会えば、また喧嘩になるのだから、
それが一番良い方法なのである。

少しだけ、気分が落ち着いたシャルは、
普通の色鉛筆で普通の絵を描いた。
そこからは、何も出てくる事はないが、
シャルを笑顔にしてくれるキャラたちが、
いっぱいいる。
話し掛けても、答えてはくれないが、
優しく包んでくれる仲間たちがいる。

何もないなんて事はなくて、
しっかりと、温かみのある絵。
決して、飛び出して来なくても、
十分に、シャルの絵は、用紙の中でも、
生き生きとしているのである。

トロンプ・ルイユ~1不思議な出会い

トロンプ・ルイユ~1不思議な出会い

2010年に書いた作品

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-06

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