短編小説 『密室の一時』
高層ビルが辺りに立ち並ぶここ大都会。
その灰色一色の町の中に俺の働いている会社はあった。
大きな大きな株式会社。
そこで俺は働いている。
俺のようなエリートしか働けないゴージャスでパーフェクトな会社だ。
そして今日もいつもの長い長い朝会が終了したところだった。
ふぅ、面倒くさかった。
本当にダルくて面倒くさい会社だ。実に不愉快な上司のうるさい長ったらしい演説のような話・・・。
それを朝っぱらから毎日聞かされるなんて就職するときには聞いていなかったぞ・・・。
まぁ、いつかあの上司もこの仕事を辞めるしいいか。
もうそろそろ定年だろ・・・?
ちなみに朝会は毎朝10分程続く。
この会社ではこの朝会が日課となっており、社員全員が挨拶と発声練習を行うといった内容となっている。
その後は自らの仕事場へ移動し、それぞれの仕事をこなすといった流れだ。
今日の朝会の場所は珍しく俺の入ったことが無い部屋だったから自分の仕事場まで迷わないように気を付けないとな。
意外と広い建物なので未だに迷うことがある・・・。
何しろ30階建ての超高層ビルだ。新入社員で迷わない人は居ないだろう。
っと、そんなことを考えているうちに気付けば他の皆はもう既にこの部屋から出ていて、残りは俺一人となっていた。
チッ。ちょーっと、ボーっとしているといつもこうだ。
普通誰かしら声をかけてくれるもんだろ。
無愛想なやつら・・・。
しかも、扉も閉めていきやがって・・・。
俺は頭をかいてため息をつき、その部屋の扉に手をかけた。
早く仕事に向かわないと・・・。
ガタッ・・・。
「あれ。」
俺は首を傾げた。
おかしいな。扉が開かないぞ。
ガタガタッ!
俺はその後何度も扉を開けようとした。
しかし扉は押しても引いても開く気配は無く、ただ空しく扉を開けようとするガタガタッという音だけが部屋に響くだけだった。
どうやら鍵がかかっているらしい。俺がボーッとしてる間に閉められたってわけか・・・?
どうする・・・。これは・・・イジメなのか・・・。
俺はため息をつきながら窓の外を眺めた。空は青く晴天だ。
「男36歳・・・独身。今、前の仕事場以来のイジメを受けています・・・。」
・・・俺はその場で自分の顔をビンタした。
なんか、格好よく窓の外を眺めて言ったが自分で恥ずかしくなった。あー、空しい空しい。
まぁ、とりあえずだ気を取り直して!
今日は大事な会議があるんだった。
それも朝会が終わってすぐにだ。
ここからどう抜け出そうか・・・。俺はタバコをふかした。
上司に見つかるとヤバイがまぁ、大丈夫、大丈夫。
そして一服し始めた俺は開かない扉を眺めながら考えた。
さてそうだな。
まず今の俺に出来ることといえば、携帯電話で会社の社員にこの状況を伝えることだろうな。
恐らく一番的確な行動だ。
うむ、だがしかし・・・困った。
俺は胸から取り出した手帳を開いた。連絡先リストの中身は新品のように真っ白。
うーん、実はこの会社の人間のメールアドレスを誰も知らないんだよな・・・俺。
正確に言うと誰もメールアドレスを教えてくれないんだが。
なんでだろう・・・。
俺、そんなに嫌なやつかな・・・。
あ!煙草か!?ヤンキーに見えるのか・・・!?
まぁ、どのみち携帯はロッカーに入れてあるから使えないんだよな。うん。
っと、それは良いとして!次に考えられるのは”鍵”だな。”鍵”・・・。
俺は得意げに机の上にたまたま落ちていた針金を拾った。フフーン・・・。
俺には昔、鉄の針金を曲げて自分の家の鍵を開けたことがあるという武勇伝がある。
懐かしいなー・・・小学校の時だったかなぁ。
ま、これをうまく使えば、すーぐに・・・。
「ん・・・。」
いや待てよ・・・?
俺は針金を折り曲げるのをやめた。確か・・・その記憶は・・・。
あ、そうだ。自分で鍵を開けたんじゃなくてイジメっ子のアイツに針金使って無理やり開けられたんだった!
冷蔵庫の俺のお菓子を勝手に全部持って行きやがって・・・あいつ次会ったらボコボコにしてやるぞー・・・。
「・・・・・。」
まぁ、もし会ったらな。あいつと会う確立なんて、0パーセントに近いだろ。
ははは、あいつ命拾いしたな。
「・・・。」
俺はタバコの煙を上にフーッと巻き上げた。・・・今の俺って格好・・・。
「・・・ごほっ!」
あー、やっぱり駄目だ・・・カッコイイと思って吸ってたけどマジで体に合わねぇ・・・。
他の人の煙だけで咳き込むし、やっぱタバコ吸うのやめるかー・・・。
俺はタバコをその部屋にあったゴミ箱に投げ捨てた。
コトッ・・・。
「あ・・・。」
煙草はゴミ箱の縁にピョコンと当たると床にポトリと悲しく落ちた。
チッ、外したか・・・。
「・・・ん。」
そういえば俺、高校の時野球部だったなぁ。
しかもピッチャー。あの時の俺輝いてたなぁー・・・。
まあ、ずっとベンチだったけど・・・。
あれ?ベンチに入っていたっけ?まぁいいや。
ちなみにその時のあだ名、なんだったっけなぁ・・・。
えーと・・・あ!
” もやし ”だったな。
いやー、我ながら良いあだ名じゃないか!俺もやし好きだし。
「・・・・・。」
・・・いや、いやいや!そんなことは良いんだよ!もうどうでも・・・。
俺は投げて床に落ちたタバコを拾うため、ゴミ箱に寄りその場に屈んだ。
「・・・ん?」
その時、屈んだ拍子に、床の状況が自分の目に鮮明に映し出された。
よーく見るとこの部屋・・・ゴミがすげぇ転がってるな。ったく、だらしない・・・。
掃除係がさぼってるな?いや、清掃員って言った方がカッコイイかな。
俺はため息をつきながら、その部屋にあるゴミをすべて集め、ゴミ箱に投げ入れた。
また、モップがけもして細かいゴミもすべて掃いた。
「ふぅ、これでよしっと。」
俺は手についたホコリを払うと、静かに近くにあったイスに座った。
次、清掃員に会ったらちょっと注意してやろ・・・。
掃除ちゃんと出来てねぇぞ!ってな。
「・・・・・。」
まぁ、いいや。今考えるべきことなのは、この部屋から出ること。こんなこと考えてる暇なんてないな。
俺はゴミ箱の前で服についたゴミを払うと窓の外、遠い遠い地上を見つめた。
次に考え付くのは、えーっと・・・窓の下にいる歩いている会社員に手を振って危機を知らせるなんてどうだろうか。
・・・いや、いやいや。そもそもここ9階だから見えないなきっと。
見えてもアリンコのように小さいだろう。
「はぁ、どうしたものかね・・・。」
その後も俺はその場で5分ほどここから出る方法をいろいろと考えたが、結局何も思いつかなかった。
もう俺の中には”どうにでもなれ”という気持ちで一杯だった。
「あー、もういいや。」
俺はその部屋にある一番座り心地の良さそうなイスに座った。あー、楽チン楽チン。
・・・どうせ何しても出れないだろう。じゃあ、今することといえば”やっぱり”あれだな。
” 言い訳作り ”
俺は今後のことを想像した。
まず、この部屋の鍵が開くのは最低でも今日の夜9時となるだろう。
何故そう言い切れるのかというと。
この部屋はその時間に使用すると小耳に挟んだからである。朝会で隣の社員がそう話していた。
つまり、夜9時には必ずここから出られるということになる。
・・・だけど、問題はここから出た後だ。
会議に行けなかった言い訳を考えないと・・・。
あの会議に来る上司怖いんだよなぁ・・・。
”すいません!会社の一室に閉じ込められてました!”
なんて言えねーし・・・。
”いきなり誰かに後ろから殴られて・・・!”
なんてのも大騒動になるし・・・。
・・・ん、待てよ。
そういえば、今日って夜に飲み会があったな・・・。それも9時半からというジャストタイミング!
呼ばれてたっけ・・・?まぁ、そんな細かいことは気にしない・・・!
とりあえずそこに、やつれた俺がフラフラと入れば・・・。
俺は会議に出る上司の顔を想像した。そして自分の声でその想像した言葉を実際に声に出して真似をした。
まず、いつも飲み会を行っている居酒屋へと千鳥足で入店・・・。
すると上司が俺を見つけてこう言う。
「おい!お前どうして会議に・・・ってどうしたんだ!?そんなにフラフラして!?」
俺は自分でそう言いながら、上司のやるであろう行動を自然と演技していた。
俺は誰もいないのにその場で誰かの肩を支えるフリをする。もちろん支えられるであろう人物はこの俺である。
「うぅ・・・朝会のあと、自分の仕事場に行こうとしたら突然目の前が真っ暗になって・・・。」
俺はそう言いながらその場で死に掛けの俺を演じた。
その場に倒れて、居るはずの無い上司に向かって助けを求める。
そしてすぐに立ち上がり上司の真似をした。
「そうか・・・。そうだったのか・・・。今日はゆっくり休め・・・。お前はこの会社に必要な人材なんだ。体調管理はしっかりとな・・・。」
俺は見えない自分に優しい声でそう言った。
・・・自然と俺はニヤニヤとしていた。
あぁ、やっぱりこの会社には俺が必要だったんだな・・・。
そう俺は考えていた。
まぁ、これは単純に誰でも分かるただの妄想である。
だけど今はまったく気にしないでおこう。
そして、クライマックス!
「はい・・・。すいません課長。今日は・・・帰らせていただきます・・・。本当に・・・申し訳ありませんでした・・・。」
俺はしゃがれた声でそのセリフを言った。居もしない上司の体へすがりつくように動く・・・。
そして俺は自分の演技を全て演じ終えると、静かに目を開けてこれまた静かに拳を握るのだった。
「完・・・璧・・・!」
そう呟いて俺は不適に笑った。
さすが、さすがだ俺・・・!
通信教育で習ったバレエがここで生きてくるとは。
あぁ、これで俺は今日一日乗り切れる・・・!
まぁでも、より完璧を求めるなら店の扉を開けるところから演技しないといけないな・・・。
最初から最後まで演技は完璧でなければ!
俺はまた目を閉じ、自分の死に掛けの動きを演技した。
まず、店の扉の前に立つ・・・。
俺はその部屋の扉の前に立った。あのどうしても開かない扉だ。
そして、その扉に静かにもたれかかる・・・。
俺はその場で、鍵のかかった扉にもたれかかった。
そして、静かに立つ・・・。
俺は扉のノブを掴んでその場に立った。
そして・・・古くて立て付けの悪いそのスライド式の扉を・・・開ける!
俺はその場で扉を思い切り横にスライドさせた。
・・・その時だ。
ガラガラ・・・。
「・・・え?」
俺はあるはずのない異様な手の感触に思わず目を開けた。
目の前に広がる想像もしなかった光景に驚きを隠せない。
扉が、開いて。そんでもって、目の前に通路が見えて。んで、外に出れて。
あれ・・・?扉が・・・開いた?
俺は開いた扉を目を凝らして舐め回す様に見つめる。
これは・・・!
食い入るように扉を見つめ続けた俺は、ある事実に気が付いた。
それは俺の予想を大きく裏切る、とても単純で意外と気付きにくい扉の仕様であった・・・。
「ス、スライド式・・・!」
そう・・・。
よくよく見ると、その扉は押すのでもなく引くのでもない、ただのスライド式の扉だったのだ。
もちろん鍵などかかっていなかったのである。
丁度その扉の近くにいた女の職員は何事かと首を傾げていた。
俺は思わずその職員に扉について尋ねる。
「あの、この扉。こうなってるんですね・・・。」
「ぷっ、今まで気付かなかったんですか?ぷぷぷ・・・。」
俺はその場でその女性の笑い声を聞きながら、天井を見上げて苦笑いしていた。
そしてそのまま口元を緩めながら死に掛けの自分を演じるのだった・・・。
・・・あーあ、救急車来ねぇかなぁ・・・。とほほ・・・。
~密室の一時~ 終わり 執筆 2006年 1月28日
短編小説 『密室の一時』