愛と哀しみのバナナマン(1)
第一羽 怪鳥コケコッコーンとの戦い
町は過疎だった。しかも、住民は高齢者がほとんどであった。産業と言えば、農業が主体で、その農業も、米作が中心にも関わらず、毎年、減反、減反が続けられで、米作での経営が出来ない状況に追い込まれた。農家は、野菜を作ったり、牛を飼ったり、鶏を飼育したりするなど、必然的に多角経営を行い、自らの生活の糧とするとともに、人口の集中している都会に食糧を供給していた。
ある日、減反による休耕田や高齢化による農業ができない荒れた畑のため、広大な敷地があり、かつ、人があまり住んでいない、また、過疎化の町を活性化すると言う理由で、○△□工場が建設された。当初、町は、雇用の機会が増え、若者たちが街に出なくてもいいこと、出ていった若者たちが、子どもを連れて帰って来たこと、道路や公共施設などが整備されることで喜んでいたが、ある日、○△□工場が爆発し、人間はもちろんのこと、あらゆる生物の生命に致命的な影響を与える汚染物質が放出された。
汚染された地域からは、まず、本能的に、異常を感じた鳥や虫、猿や猪、狸にキツネなど、野性の生き物が逃げた。その後に、テレビやラジオ、携帯電話、避難勧告を発する役所の車やヘリコプターからの呼び掛けを聞いて、元気な若者たちは自分自身の力で逃げた。未来のある子どもたちは役所等がバスを手配して、救出した。足腰が弱ったり、痴呆がかかったおじいちゃんやおばあちゃんたちは、近所の人の手を借りて、なんとか逃げた。
犬や猫などのペットは、飼い主と一緒に逃げた。だが、家畜として飼育されていたニワトリは逃げ出せなかった。飼育者が、自分が逃げるのに精一杯で、また、どうせ、すぐに戻って来られるだろうという安易な考えからか、鍵をはずさなかったからだ。汚染物質に侵された鶏舎。次々と、ニワトリたちが死んでいく。その中でも、生命力にあふれたニワトリは生き残った。二ワトリは、穀物などの餌がなくなると仲間たちの死体を食べた。また、自分が産んだ卵を食べるニワトリもいた。
五万羽以上いたニワトリも、とうとう一羽になった。だが、その一羽も、これまで汚染物質に耐え抜いてきたが、とうとう力尽き倒れた。その時、卵を一個産んだ。卵は、母親が死んだものの、まだ温かい死体に保護された。おかげで、卵は守られ、中の生命は成長できた。卵にひびが入った。中からは生まれたヒナは、汚染物質を平気で食べ、どんどんと成長した。母親のおかげで、汚染物質を栄養として消化できる耐性ができたのだ。ヒナの体は、DNAが変化したのだろうか、豚の大きさになり、牛の大きさになり、鶏舎の大きさになり、森の大きさなるまで、巨大化した。
怪鳥コケコッコーンの出現だ。暴れ出したコケコッコーンは、もう既に、庭鳥じゃなく、町鳥でもなく、国土を崩壊させるほど、凶暴な、国取りになっていた。町の人々はもちろん、都会の人々も、汚染物質と汚染物質に侵されたコケコッコーンから逃げ惑うしかなかった。まさに、前門の汚染物質。後門のコケコッコーン。今、まさに、町が、都会が、国が滅びようとした時、空にひとつの閃光がきらめき、正義の味方が現れた。
バナナマンだ。バナナこそ、あらゆるエネルギーの源だ。そのエネルギーの象徴であるバナナマンが、今、巨大化したニワトリ、怪鳥コケコッコーンに立ち向かう。だが、自分の体の数百倍、数千倍もあるコケコッコーンの前では、バナナマンは無力であった。しかし、バナナマンはあきらめなかった。持っていたバナナ一房を全てたいらげるや否や、バナナマンは巨大化した。
目の前に忽然と現れた巨大なバナナマン。コケコッコーンはその存在を嫌悪した。また、自らの存在も嫌悪していた、コケコッコーンはバナナマンに向かって赤い嘴を突きたてる。バナナマンは、黄色い防御スーツを着ているため、皮膚が嘴で傷けられなかったものの、大きな穴が開いた。恐るべきコケコッコーンの攻撃。
バナナマンは後ろに飛び下がる、バナナマンの体はまだ黄色だ。バナナブーメラン。バナナマンは、自らの体をブーメラン化して、コケコッコーンに体当たりをする。海岸線のようの反った体がコケコッコーンの首に当たる。
ゲホゲホ。呼吸ができない。あんなに勇ましく「コケコッコーン」と雄叫びを発していたコケコッコーンから声が消えた。だが、汚染物質によって、何十万、何百万の仲間を失い、その怒りから生き延びたニワトリだ。たかが、バナナブーメランの攻撃でひるむわけにはいかない。俺の後ろには、仲間の亡霊がついているんだ。そう思ったかどうかはわからない。
コケコッコーンは、「コーコッココ」と鳴きながら、どこを見ているかわからない目で、相手を油断させ、首を前後に振り、バナナマンの体に嘴を突きつけ、刺した。防御スーツでは、コケコッコーンの嘴にはかなわないのだ。コケコッコーンは、嘴ごとバナナマンを持ち上げ、振り投げる。バナナマンは吹っ飛び、近くの山に体当たりした。体当たりの場所が違うぞ、バナナマン。そのため、町の人々が、何十年もの歳月をかけて植林したヒノキや杉の木々が押し倒された。
「何てことするんだ」
町民たちの怒りの矛先は、何故か、バナナマンに向けられた。直接的に、植林を倒したバナナマンが悪いのか、バナナマンを投げ倒すことによって間接的に植林を倒したコケコッコーンが悪いのか、よく考えてみよう。
ともかく、体中、傷だらけバナマン。防御スーツに黒い斑点が浮かび出した。バナナマンのエネルギーがなくなりだしたのだ。このままスーツが真っ黒になれば、バナナマンの体中が柔らかくなり、とけてしまう。急げ、バナナマン。時間はないぞ。傷だらけのまま立ち上がったバナナマン。
再び、全身を使ったブーメラン攻撃だ。だが、脳ミソも巨大化したコケコッコーン。同じ手は二度と喰わない。反対に、バナナマンを喰おうとした。体に突き刺さる嘴。痛みをこらえるバナナマン。危うし、バナナマン。
コケコッコーンの嘴がバナナマンの体を貫こうとした瞬間、バナナマンは、スルリと防御スーツから脱出した。コケコッコーンの嘴にはバナナの皮、じゃなくバナナスーツがぶら下がるのみ。こんなもん喰えるか。コケコッコーンは、嘴からスーツをほおり投げると、バナナマンの後を追いかけようとした。
その時、同じ手は二度と喰わないコケコッコーンだが、初めての出来事には弱かった。自分が投げ捨てたバナナスーツを誤って踏んでしまった。コケコッコーンは、足がすべり、汚染物質の工場に崩れ落ちた。汚染物質を食べ、耐性が出来たコケコッコーンだが、純度百パーセントの汚染物質には耐えられなかった。汚染物質を飲み込み、苦しみのあまり七転八倒だ。
「そら、バナナマン」
エネルギーが切れかけたバナマンを助けようと、日本警備隊のジェット機がバナマンに食事を渡した。フライドチキンだ。バナナマンは、油のしたたるフライドチキンをむさぼり食べる。バナナマンは、菜食主義だが、力を発揮するためには、たまには肉も食べないといけない。
「バナッチ(バナナ語を日本語に翻訳すれば、少し辛いな。こりゃ、ニンニクが効きすぎだ。食後に甘いデザートが欲しいな。やっぱりデザートはバナナだ)」と言いながら食べ切ると、見る見るうちに顔色が、体中が黄色くなった。元気を取り戻した証拠だ。よかった。
みなぎる力は百ペーセント。バナナマンは、胃の中のフライドチキンの油の成分をだけを抽出すると、コケコッコーンに吹きかけた。壊れた工場から火の手が上がっていた。その火が油に引火し、コケコッコーンの全体を包んだ。
燃え上るコケコッコーン。怒りで顔やトサカが真っ赤だったのに、熱さでも全身が真っ赤になる。このままでは巨大な焼き鳥だ。最近、巷では、独特の調味料で味付けした親鳥やひなの足を焼いた料理が好評であるが、全身丸焼けの鳥は果たしてどうであろうか?
そんな目には合わないぞと、コケコッコーンは火を消すために海に飛び込むと、そのまま沈んでしまった。様子を見守るバナナマンに日本警備隊と住民たち。ついに、コケコッコーンは海から浮かびあがって来なかった。バナナマンの勝利だ。日本警備隊と住民たちからの拍手の海。
だが、バナナマンに笑顔はなかった。コケコッコーンがすべって転んだスーツを着ると、「バナッチ(翻訳不能)」の掛け声とともに、空高く飛び去って行った。町の人々は、バナナマンに感謝するとともに、不幸なコケコッコーンを憐れんで、海に花束を流した。
「もう。終わったんでしょう?テレビを消しなさい」
台所からのママの声。僕はリモコンでテレビのスイッチを切った。
「さあ、飯にするか」パパが頭をタオルで拭きながら風呂から出てきて、冷蔵庫を開ける。
「おっ、今日は、タラコスパゲティか」缶ビールのプルタブを開け、ひと口飲みながら、テレビを点ける。
「食事の時間ぐらいは、テレビを消してよ」ママからの言葉。
「ニュースぐらいいいだろう。時代に取り残されるぞ」
テレビでは、どこかの国の工場が爆発して、街が焼け野原となり、人々が避難するなど、大災害が起こっていた。
「こりゃすごいなあ」パパは、片手にビールを持ったまま、見つめている。
「さあ、出来たわよ」ママがピンクのタラコが載ったお皿を置いた。
「いただきまあーす」僕はフォークを掴むとスパゲティをぐるぐる巻きにして、口の中に入れる。スパゲティは、口の中で、すぐにほどけて、胃の中に流れ込んでいった。
「パパも、熱いうちに食べてよ」
「うん」パパは相変わらず、テレビの画面に釘付けだ。画面の中では、記者が避難者に質問し、避難者は困っている状況を説明していた。
「バナナマンがいたらいいのに」僕はぐわっと口の中にスパゲティを押しこみながら呟いた。
「これは現実よ」ママからの言葉。
「本当だなあ。バナナマンがいたらいいのになあ」パパは缶ビールを飲み干すと、「いただきます」と手を合わせ、食べ始めた。
災害の画面は、何事もなかったかのように、テレビの中に吸い込まれた。
「おいしい?」ママからの強制力を持った言葉だ。
僕とパパは同時に叫ぶ。「おいしい」
このおいしさが僕の体の中の栄養素になるなんて、なんて無駄がなく、効率的なんだろう。食後、僕は二階に上がり、自分の部屋で勉強した。算数の宿題だったが、バナナマンのように、スパゲティパワーで難問を解答することができた。
「おーい。デザートだぞ」パパからの言葉が一階から聞える。これは、多分、ビールのパワーだろう。声から少しアルコールの匂いがする。陽気な声だ。
僕は階段で降り、家族と一緒にメロンを食べた。このメロンのエネルギーを借りて、今度は、マンガを読破するんだ。メロンエネルギーが爽やかな薄緑色から蛍光灯の薄赤色に変わる頃、僕の部屋も頭も真っ暗になった。
愛と哀しみのバナナマン(1)