ソーシャル・ラブストーリー 1話-3話

ソーシャル・ラブストーリー 1話-3話

週に1回の更新予定です。

クチコミナビ

人生を半分以上諦めていた僕にとって、それは、突然差したまばゆい光だった。

友達と呼べる人間が出来た。
随分、長い間、一人で生きてきたから嬉しかった。

久しぶりに人を好きになった。
恋愛?
いや、女性とこんなに親しげに話せたのは、もういつだったかも思い出せない。

それは、格差社会の底辺にいる僕に訪れた、突然の「モテ期」だった。
別に女性にモテまくっているわけではない。
ただ、毎日話せる女性の友達が出来たというだけの話だ。

それでも、僕にとっては、体が軽くなって飛び跳ねてしまうくらい幸せの日々だった。
路上を闊歩している、満たされた人間たちには分かるはずもない。

僕は、携帯という限られた世界の中で、ようやく「人間らしさ」を取り戻すことができたんだ。

それは、クチコミの投稿をテーマにした「クチコミナビ」という携帯サイトだった。
いわゆるソーシャルネットワークサービスと呼ばれるものだ。

そこで、僕はカミングアウトした。


『僕は、哀れなネットカフェ難民です!

 年齢はもうすぐ30歳。
 一度も就職したことがなくて、日雇いの仕事に追われる毎日です。

 学生の頃は、映画監督かアニメーションの監督をやりたいと思っていました。
 たくさん映画を観ました。
 フランス映画のように、恋愛と情熱に満ちて、その日その日を駆け抜けていきたいと思っていました。
 でも、現実は淡々と時間を刻んで、レオス・カラックスやパトリクス・ルコントのように詩的な世界を紡いではくれません。
 人生は退屈の連続だけど、予定調和の人生を選ぶくらいなら、路上で果てることを選びます。

 誰か!
 誰か僕の声を感じとってください。

 子どもの時のように、思いのままに心を開放して言葉を紡いでくれる人に会いたいです』


まあ、こんな具合のことをプロフィール欄に書いてみた。
もちろん、半分以上ノリだ。
でも、一風変わったプロフィールのお陰で、現実では空気のように扱われている自分が、ちょっとした有名人のように扱われるようになった。

最初に関心を持ってくれたのは、ピノという女子高校生だった。

廃墟の出会い

ピノとの出会いは、クチコミナビの「なんでも相談室」でのやり取りがきっかけだった。

「今度、地元にある廃墟のホテルを友達と探検する予定です。初めてなので、アドバイスください」

ある日、こんな内容の投稿を見つけた。その投稿者がピノだった。
クチコミナビは、オープンして間もないサイトだったので、相談ごとを投稿しても回答がゼロ件ということは往々にしてあった。

そして案の定、ピノの相談に回答するものはいなかった。ただでさえ、賑わっていないサイトなのに相談内容がマニアックすぎるのだ。

僕は、廃墟マニアではなかったが、興味はあった。探検とまでは言わないにしても、わざわざ足を運んで写真に収めたこともあった。コメントがゼロ件のままなのも気になっていたし、思い切って投稿してみた。

「廃墟の探検いいですね。僕も廃墟に興味があります。探検をしたことはありませんが、九州に住んでいるので志免炭鉱の巨大なエレベーター塔を見に行ったことがありますよ。
 大したアドバイスではありませんが、探検するときは怪我をしないようにジーパンや長袖などの服装のほうがいいと思います。
 あと、廃墟には大抵持ち主がいて中に入ると不法侵入になりますので注意してください」

こんな当たり障りのないコメントを書いてみた。
半日ほど経って、ピノからお礼のコメントが投稿されていた。

「アドバイスありがとうございます!志免炭鉱の巨大エレベーター塔を間近で見たなんてうらやましぃです。ホテルの廃墟、探検したら報告しますね」

それが僕とピノとの出会いだった。
ピノは、北海道に住む女子高校生だった。部活で弓道をやっていて県大会でも入賞するほどの腕前だそうだ。
美術と宇宙にも関心があって、将来はスタイリストを目指しているとプロフィールに書いてあった。

ピノは、明るくてバイタリティーがあって、好奇心旺盛だった。この年代で早熟の女性特有の勢いに満ちていた。
それほど盛り上がっていなかったクチコミナビで、ピノは自分や青春のひとときを、「ワタシニュース」に残すようになっていた。

ワタシニュースとは、他愛もないニュースをブログにして、他の人とのニュースと時系列でつなげていくというものだ。
友達登録をしたユーザーがブログを更新したら、メールで通知される仕組みだった。

この「ワタシニュース」が、大して盛り上がっていなかったクチコミナビのユーザーたちを自然に結びつけて、やがて友情や恋愛が渦巻くコミュニティへと成長を遂げていく原動力になった。

「この間レトロな感じのサングラスをゲットしました(´艸`ο)
 海に行くのにデカめのが欲しくて、ブラブラしていたらフツーにメガネ屋で発見☆
元値4000が安くなっていて1000に!!
しかも店のオジサマが安くしてくれて700でゲットぉ!!!((゜∀゜))゛
ちょーハッピィでしたぁ(≧▽≦)ゞ」

ピノのブログだった。こんな感じで、他愛もない他人のニュースが次々に更新されていった。ブログを読んでいるうちに、会ったことのないピノが次第に頭の中で想像されていくのを感じた。

ネットカフェ難民

ネットカフェ難民の朝は早い。
朝6時、僕はネットカフェを出発する前にメールを打つ。

「185729610 これから出発します」

そして、6時半ごろ待ち合わせの駅に到着した。早朝ということもあり、人影はまばらだった。

「185729610 集合場所に到着しました」

出発まで時間があるので、集合場所の雑居ビルに寄りかかって時が過ぎるのを待った。
ふと気が付くと、明らかにサラリーマンとは違う人たちが、所在なさげに時間をつぶしていた。

ある者はマンガ雑誌を読み、ある者はしゃがみこみながら、お互い無関心を装いながらも、意識はこの待ち合わせ場所に向いていることがわかった。
やがて、どこからともなくワゴン車がやってきて、僕たちは無言で車に乗り込んだ。

この日は事務所移転の仕事だった。会社の組織変更などに伴い、机やキャビネット、パーティションなどを違う階に移動する引越し作業だ。

「おい君、ちょっと来てもらえる?」

遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。日雇い派遣の仕事は一日だけの人間関係なので、名前を呼ばれることはなかった。
もちろん、一緒に働いている派遣労働者もその場限りなので、たいして会話が弾むこともなかった。

17時になって今日の作業が終わると、待ち合わせ場所へ解放された。
それから、派遣会社に足を運んで、今日のバイト代7000円を受け取った。

「今日もまた一日を生き延びることができる」

それは、ロールプレイングゲームで死にそうになりながら町に逃げ延びて、体力ゲージを回復出来たときのような心地だった。
7枚のお札を大事に財布にしまいこむと、いつものようにネットカフェへと向かった。
これが、順調に仕事が見つかったときの僕の一日だった。

寝泊りしているネットカフェは、ナイトパックで1200円。若干、割高だったが、シャワーが完備されている綺麗なネットカフェを極力利用するようにしていた。

単純計算で1ヶ月間のネットカフェの料金は36000円。それだけあれば家賃を払って、安いアパートに住んだほうが経済的ではあることは重々承知していた。
できることなら、僕だってそうしたいと思っているし、実際、何度か試みてもみた。
しかし、一度、ネットカフェの生活に陥ってしまうと、毎日の生活費を稼ぐのに精一杯で、余分なお金を貯めていくことは難しかった。
決まった住所がないから、仕事の面接すら受けることができない。定職がないから、ネットカフェ難民から抜け出せない。それが僕の現状だ。

そんな蟻地獄の日々を忘れさせてくれる唯一の時間が、ケータイの液晶画面に広がる「クチコミナビ」の世界だった。

ソーシャル・ラブストーリー 1話-3話

ソーシャル・ラブストーリー 1話-3話

ネットカフェ難民の僕に光明が差した。久しぶりに友達ができた。 それどころか、恋愛だってアリだ。まさに「モテ期」の到来! でもリアルの話じゃない。ケータイのSNSサイトで僕は初めて生きている心地がした! 格差社会を駆け抜けるソーシャル・ラブストーリー!

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2010-08-19

Copyrighted
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  1. クチコミナビ
  2. 廃墟の出会い
  3. ネットカフェ難民