彼の部屋
私は3週間ぶりに、その部屋のドアの鍵を差し込んだ。
来たく無かったわけじゃない。
ずっと来なきゃいけないと思っていた。
でも、どうしても足が、手が、心が行きたがらず恐怖さえあった。
鍵を右に回し生唾を飲んだ。
本当は今すぐにでも、締め直して何処かへ行きたい。
でも早く中に入りたい気持ちもあった。
ドアを開けると懐かしい匂いがして、涙腺がゆるんでしまいそうで、大きく鼻で息をした。
私は「おじゃま…」と言いかけて「ただいま」と言ってみた。
靴棚の上の変なフィギュア人形が私を迎えてくれた気がした。
玄関に散らばる郵便物を拾い上げ、靴を脱ぎ中に入った。
センスの良いインテリアと綺麗に片付けられた室内。
ほとんど無い電化製品。
あの頃のままだった。
「そりゃそっか…」と自分にツッコんだ。
だって、他に誰もいないから私が片付けに来たんだもん…。
彼は十日前、交通事故で死んだ。
彼に家族は居なく、彼の葬式はしなかった。
私しか出る人がいないから…。
彼の遺骨を引き取ったのは私…。
それでも信じきれなくて、信じたくなくて、私は彼の死を受け入れられなくて…、何をしてあげればいいのか分からなくて…、何もしたくなくて…、彼の死を受け入れられなかった私はずっと彼の部屋へ行く事が出来なかった。
そんなある日、彼のマンションの管理人から「部屋のモノを引き取って欲しい」と私に連絡が来た。
私は締め切ったままの窓を開け、部屋の空気を入れ替えた。
ベッドの上に座りボーッと部屋の中を見回した。
主を失った部屋…。
またすぐ彼が帰って来そうな部屋だけど、キッチンに飾られていた鉢植えは枯れ、確実に彼のいなかった時間が流れていた。
「片付けろって言われても、片付けられないよ…」
私は半ベソをかきながらベッドに寝転んだ。
彼の匂いが心地良かった。
「…分かってるんだよ。あなたがもう居ないって事ぐらい、分かってるの…。それでも、それでもね…。あなたが生きてた証しが無くなっちゃうのは嫌なの…。私…ここに住んじゃダメかな…」
言った後、カーテンが大きく揺れた。
「それはどっちなの?」
そんな曖昧さが彼に似ていて笑えた。
- end -
彼の部屋