Secret Man

長編小説です。これが私の処女作品となります。

サスペンスみたいなミステリーみないな話が書いてみたいと思ってました。
私が得意とする笑いもけっこう入れたいと思っています。
キャラクターみんなバカじゃん!みたいなね(笑)

この作品には私が理想とする人間関係はこうなんじゃないか、
信頼するとはこういうことではないか、
ということを書きたいと思います。

読んでいただけたら幸いというものですね。がんばります。

プロローグ

――8年前――

 都会の小さな住宅街。

その日の天気はあいにくの雨、外の音といえば雨が地面に打ちつけられる雑音と、遠くから響いてくるパトカーや救急車のサイレンの音。

今日は何があったのか、閑静な住宅街が騒がしい。

何故騒がしいのかといえば、簡単なことだった。

住宅街で家一軒が火事で全焼してしまったらしい。
それもガス漏れという理由ではなく、殺意ある放火だった。
通常ならば救急隊員は5分以内に現場に到着する。
しかしそれが出来なかったのは決して天候が悪く、スリップ事故に細心の注意を払っていたというわけではない。

全ての消防車が出払い、あちこちで消火活動が行われていた。

住宅街が火事だと連絡を受けた40分後、ようやく一台の消防車と救急車
、次いでパトカーが現場に到着したがそれだけ時間が経過したのだ。意味はなかった。

その家は父、母、子供二人の4人家族だったらしいが、なんという悲劇か両親は子供二人を残して旅立ってしまった。

事件当日、火事にあった家の子供は何をしていたのか。

上の子供はその日、友人の家に遊びにいっていたらしい。一方、下の子供は事件現場に居合わせており、両親が必死に盾となり生き残った。犯人の顔はうろ覚えだと涙ながらに証言した。

なぜ消防車が出払っていたのか、それはその日が歴史に残る“同時多発テロ”が起こった日だったから。
未だに犯人の特定は出来ておらず、捜査は難航している。

意識を取り戻した少年は焼け落ちてあとかたもなくなった瓦礫の中でただ涙を流しつづけていた。


「―――てやる………」


雨で垂れ下がった前髪で表情が窺えない少年は、目の前に重なる焼け死んだ自分の両親を見つめ、唇を噛み赤い汁を滴らせる。



「絶対に許さない、



―――殺してやるぅぅぅぅぅ!!!!」



―――――Secret Man―――――

1

――8年後――

「本日より、我が探偵社に力を貸してくださる風見鶏 景虎さんです。みなさん仲良くしましょうね!」

まるで転校生を紹介する先生のような不卯月 紗夜とまるで生徒のように事務用の机に座った5人の男女が一斉に視線を景虎に投げかける。

この状況で言えば転校生は景虎なのだが、肝心の本人は“新しい生活が楽しみ”といったような緊張や好奇心の色をまったく見せておらず、興味がないというように何も言葉を発さず、ただそこに立っていた。

長身の影虎は長い前髪で片目を隠してしまっているので表情がよくわからない。おまけに隠れていないほうの左目にはくっきりと隈がついていてとても不健康極まりない上に怪しい。

「えと、自己紹介を…してくれるとうれしいな…」と困った様子の不卯月。

それに対して景虎は、「…することがないのですよ、不卯月さん」と顔に合わない声で、見た目に合ったネガティブな発言をした。

「そんなわけないでしょ?景虎くん何年生きてるの。いい大人なんだからほら、みんなにしっかり挨拶して!」

景虎に呆れた不卯月は顔をしかめてちょうど後ろにいたということもあり、景虎の背中を両手で思い切り押した。突然背中を押された景虎はふらつきながら体勢を立て直し、下げていた顔をゆっくり上げた。
視線だけやや後ろに向けて不卯月をちらりと見た景虎は仕方が無いというように短くため息をはいて自己紹介を始めた。

「風見鶏 景虎です。出来る限りのことはやらさせていただきたいと思います。頑張りますのでよろしくお願いします。………終わりました」

「え?それだけ?!」

今ので彼の何が分かったと言うのだろうか。あまりにも驚きすぎて心の声がそのまま口に出てしまった不卯月。
他の社員も同じように驚いたような不思議そうな顔をして景虎を見ていた。

「車に貴重品を置いてきてしまったので取りに行ってきます」そう言って足早に探偵社を出て行った景虎。

「え?!ちょ、ちょっと景虎くん!?下柳さんあとお願いします!」

景虎の後を追いかけようと部屋を飛び出した不卯月だったが、一旦戻ってきて下柳という人物に声をかけると荒々しくドアを閉めて出て行った。
最後に彼女の鬼のような表情を見た下柳は苦笑いで自分の席から立ち上がり社員に声を掛ける。

「あー……あんな奴なんだけどやる気がない訳ではないな!ほら、“頑張ります”だってよ、やる気があって関心、関心」

社員を見渡した探偵社の社長もとい下柳は景虎の話題を社員に振る。今の時点でかなりの“変わり者”というイメージがついている景虎。社長としては聞いたところでどうこうというわけではないが社員の景虎への印象を聞いておきたい。

「めっちゃ変わってるよねー。俺たちも人の事言えないけど。一緒に仕事するの楽しみだなぁ」

「変すぎるだろ。しかも何だよ、ひょろひょろじゃん。干物かよ。ほんとに役に立つわけ?」

「光圀、そんな言い方はないだろう。干物なんて…乾燥していないことは一目瞭然だ」

「俺も光圀に同意見だ。あんなやる気のねぇなで肩野郎、なんでうちに入れたんだよ。あと藤崎、乾燥してねぇことなんて誰の目から見ても分かってんだよ」

下柳の一言をきっかけとして社員が口々に景虎についての話を展開させていく。静まり返っていた空気が嘘のように騒がしくなった。
これがいつもの探偵社の空気だ。

一通り話を聞いた下柳は両手を胸の前で叩いて話をまとめる。流石にいつまでも景虎の話をしているわけにはいかない。

「ま、景虎がどんなやつにしろ仕事はみんなで頑張ってこうな!」という下柳の一言に社員全員が笑いながら「じゃあ仕事の一つでももって来い」と口を揃えて呟いた。

「お前等なぁ……」

なんて奴らだ。と呆れ半分、怒り半分で気持ちのやり場に困った下柳は重いため息をはいて髪をかき乱して探偵社を出て行った。


―別室にて―

「もう、景虎くん!ふざけてるの?!」

探偵社を出て数歩の所で不卯月に首根っこを掴まれた景虎は、先ほど挨拶した“下柳探偵社”の隣の部屋、探偵社の仕事で使う備品などが置いてある部屋に引きづり込まれ、今まさに説教を受けていた。
怒った不卯月を余所に、景虎は冷静なままだ。そのおかげで不卯月の怒りは増すばかり。

「…ふざけてないです。…本当にあれしかいうことがないのですよ…」

机にもたれて視線を床に落として指遊びをする景虎。
まったく聞く気のない彼の姿を見た不卯月はため息をついて自分よりはるかに大きい景虎を睨む。
と言っても景虎にとっては上目遣いにしか見えないのだが。

「昔はさ、明るくて人気者だったのにどうしちゃったの?いざ声かけてみれば誰か分からないぐらい雰囲気変わっちゃってるし…」

突然昔話を始めた不卯月に景虎はかすかに眉をひそめて嫌そうな顔でやめてほしいと懇願する。
不卯月とは幼少期少し顔見知った仲と言うだけで特に接点はなかった。逆によくそんな昔のことを覚えているな、と関心する。

「…そんなことどうでもいいでしょう…それに、昔の話はしないでいただきたいのです」

今度は景虎が不満そうな顔になって俯く。人を寄せ付けない空気を放つ景虎にどう接していいのか分からない不卯月は、少し考えてから何かに気づいたようにはっと顔を上げて偶然持っていた自分のカバンの中から少し大きめの透明なケースを取り出しそれを素早く景虎の眼前に向けた。

そう、彼の弱点はつまり“これ”なのだ。あれだけ嫌っていたものを今は平気と言うわけがない。

突然視界に入り込んだその透明なケースに視線を向けた景虎は一瞬固まると目を見開き全身の毛を逆立ててものすごい速さでのけぞる。後ろにのけぞった瞬間に机で頭を強打したのか頭を抱えてじっとケースの中に入ったそれを警戒する。
見ているだけで鳥肌がとまらない。

「虫嫌いはそのままなんだぁ。よかったよかった」

景虎の弱点は虫だった。
虫だけは何をどう解釈しても気持ちの悪い生き物としか捉えることが出来ない。景虎がギリギリさわれるのはアリぐらいだ。
全く悪意のない純粋な表情の不卯月に景虎は怒ることもできずにただただ自分の体よりはるかに小さい私物のリュックに身を隠す。

「私の目の前に出すのは以後やめていいただきたのです…」

嫌がる景虎にお構い無しに不卯月のペットとして愛玩しているクワガタの“こまりちゃん”を透明なケース、もとい虫かごから取り出してそこらじゅうを飛び回らせる不卯月。

「わ、うわっ…わ、私の知り合いに虫好きはいないのです!…早くしまってください!」

少しからかっただけだったが本気で嫌がる景虎の必死な形相に気づき、反省して頭を下げた不卯月。
先ほどより暗い雰囲気になってしまった景虎を見た不卯月は何か気を紛らわす方法はないかと頭の中で必死に模索する。
そうして思いついたのが、景虎と社員が顔合わせをした下柳探偵社でお茶を飲んでゆっくりしよう。
ということだった。

「誰かはいるはずだからみんなで飲もうよ」

不卯月の口ぶりからすると、社員の出入りが激しいのだと思った景虎。自分のために忙しいのにわざわざ時間をとってもらったのかと思うととてつもなく申し訳ない気持ちになった。
「私なんかいないものと思ってもらってもいいのに」と。

車から貴重品をとってから半強制的に仕事部屋まで背中を押された景虎。あまり人の集まるところは好きではないのだが、どうしても不卯月の申し出を断ることが出来ず、仕事部屋の扉の前までやってきてしまった。

「あれ?風見鶏くん…とふぅちゃん?どうしたの?」

扉を開ければやわらかそうな金髪で楽天的な喋り方の青年がこちらに笑いかけながら小さな土台を持って立っていた。

「あ、野々村さん。今から景虎くんとお茶にしようと思ってて。野々村さんも飲みましょうよ!」

「うん、いいよー。今からティーパック足そうと思ってたから、二人共ゆっくり座って待っててよ」

見た目にあった柔らかい物腰でとても優しい印象の野々村。一緒にお茶することを快く承諾してくれた。
土台を戸棚の目の前に置いてそれに乗った野々村。不卯月より少し高いかぐらいの身長で、小さな土台に乗ってもまだ景虎には到底届きそうにない。

「ティーパック消費はやいですね。この前いつ足しましたっけ?」

「えぇーっと、5日前かなぁ?確かに消費はやいよねー。ティーパック2回再使用から3回にしちゃう?」

「いや、めちゃくちゃ薄くなっちゃうじゃないですか」

たわいもない会話を始めた不卯月と野々村。それを黙って聞いていた景虎。ふと野々村が笑いながら戸棚の上に乗っかっている箱に必死に手を伸ばしているのを見つけた。立ち上がり野々村に近づいてく。
そんなことに気づかずに会話を続ける野々村。

「あはは、みんな鈍いから絶対バレないと思うけどなぁ。ふぅちゃんもきっと気づかないで飲んでるよ」

「………」

「?」

突然無言になる不卯月。
特に変わった会話はしていない。ちょっとからかっただけだで、これぐらいの会話なら日常茶飯事だし不卯月だって怒らない。
何事かと振り返ってみれば、野々村のすぐ背後に景虎が立っていた。
長い腕が伸びてきて、そのまま野々村を通り過ぎて棚の上の箱でとまる。

「これですか?」と箱を手に持ち野々村の目の前に差し出してきた景虎。
驚いてしばらく固まっていた野々村だったが、我にかえると「そうだよ」といって優しく笑う。
土台から降りてまるで麓から山の頂上でも見上げるような格好で片手を額に添えて景虎を見上げる野々村。

「ありがとう風見鶏くん。いやぁ、身長おっきいねぇ。おっきいものほど狙いやすいものはないから仕事中的にならないといいね」

にこやかな表情でとんでもないことを口にする野々村を不卯月が「縁起の悪いこと言わないでください!笑えませんよ」と叱咤する。
野々村は別に皮肉や嫌味を言いたかった訳ではない。
ただ本当に思ったことを言っただけだ。特に悪気はない。

「えー先輩としてアドバイスしてあげてるんだけどなぁ」と肩を竦めて新しいティーパックを細長い筒に補充する。
筒には某お菓子会社のキャラクターがプリントされている。箱を景虎に突き出して戸棚に返しておいてほしいと指示する。

数分すると、それぞれの机の上には香ばしい香りの紅茶が並んでいた。

「景虎くんあのね、ここの紅茶すっごくおいしんだよ。あったかいうちに飲みなよ」

「……はい、冷まし中ですのでもう少したら飲みます」

ティーカップを口のすぐ傍まで持ってきて、息を何度か吹きかけて紅茶を冷ます景虎。
その様子を見て野々村が吹き出す。

「え、まさかの猫舌!?挨拶したときから思ってたけど風見鶏君めっちゃ個性あるよねー!なんて呼ぼっかなぁ……名前に動物が二匹いるし、猫舌だし…アニマルでいっか」

何を言っているのだろうか?

早口すぎてわからないし、やっと聞き取れたと思えば“アニマル”という変なあだ名をつけられていた。景虎はどう反応していいのか分からずにとりあえずまだ熱い紅茶をのどに流し込む。舌先が少しヒリヒリして喉が熱い。多分火傷した。

「無視っー?っていうかアニマルー、そんな隈つくって眠くないわけー?」

景虎が喋っていなくても一人で喋り続ける野々村は景虎の目元を指差して信じられないものでも見るような、心配するような表情をする。

どこにそんなおしゃべり機能を備えているのか、予測変換のごとく次々と紡がれる言葉に景虎は何も返す暇すらない。
景虎としては無視されてもめげない野々村を信じられないものでも見るような目つきで見てやりたいぐらいだが、絡もうと思わないので口にも顔にも出さない。面倒だ。そんな感情が景虎の心中を埋める。

「…別に」

そんなそっけない返しに怒ることも困ることもせずに野々村は次々とおしゃべり機能を働かせる。
景虎は自分でも野々村にかなり興味をもたれているということを理解していた。

ただ、それの意味は分からないけれど。

「じゃあじゃあ、右目髪の毛で隠れてるけどなんか意味あんの?ウケ狙い?それ絶対見えてないでしょ?」

「みえてます」

もう一口紅茶を飲もうと口にカップを近づけた景虎。
息を吹き付けなくても飲める温度になった紅茶をもう一口とカップを傾けると既に紅茶を飲み干してしまっていたことに気づく。
残念に思いながらも野々村の質問が絶えないので適当な相槌を打っておく。

そんな二人の様子を見た不卯月は困ったような表情で「…景虎くん。野々村さん一応先輩なんだからうっとうしいと思ってもちゃんと受け答えしないと。私は人間関係築くことも大事だと思うよ!」

不卯月の言葉に野々村は「一応って……うっとうしいって…」と呟いたが、それは彼女には聞こえていなかったようだ。

「…自分の話をするのが嫌いなんです。どうぞお二人でお話してください」

ただ黙ってそこにいるだけでいい。

窓から差し込む太陽の光に当たりながら景虎は仕事部屋の家具や内装を見ていた。
仕事部屋は古風なつくりになっていて、最近では珍しい昔ながらの家具やインテリアがそろっている。まるで家のような探偵社。心なしか匂いもおちつく。
こんなに落ち着く空間があるのかとしみじみ感動していた景虎。
景虎は自分の家を家だと思っていない。構造面の問題ではなく、気持ちの問題でどこにいて何をしようと今景虎の落ち着ける場所と言うものがない。だから家に帰っても安心感が得られないのだ。

完全に隙を見せていた景虎の背後から声がかけられる。

「おい、そこ俺の席なんだけど。どけよなで肩」

後ろを振り向けばそこには金髪の人相が悪い青年が佇んでいた。

「高坂さん!失礼ですよ。気にしてたらどうするんですか!」

口をへの字にして高坂を睨む不卯月だが、十分彼女も失礼だと感じた野々村。笑いをこらえるのに必死だ。
ある意味で一番空気が読めるのは野々村かもしれない。

「謎だらけなんだよお前。…さっき聞いちまったが自分の話が嫌いだと?お前、俺らに馴染む気ゼロだろ」

腕を組んで景虎を見下すような視線をぶつける高坂。
その目つきがあまりにも悪くて、他の人がそれをされたら恐怖で謝ってしまいそうなほどだった。

「………」

席を譲ろうと景虎がしぶしぶ席を立つと、高坂が目をまん丸にして口を引きつらせながら防御体勢に入っているのが目に入った。
驚かせてしまったのだろうか?とりあえず謝っておこうと考えていた景虎の肩に手が置かれた。何事かと伏せていた顔を少し上げれば目の前には下柳が立っていた。
彼のもう片方の手は高坂の肩に置かれている。

「馴染む気ねぇなら馴染ませてやるんだよ。な?景虎」

簡単なこと、とでも言うように下柳は見た目からして真面目そうな顔をくしゃっと崩して笑った。

「紅茶。おいしかったか?」

急な質問に景虎は一瞬何のことか分からなかったが、すぐに「おいしかったです」と返した。
また満足そうに笑った下柳。“おいしかった”と答えたことは正解だったらしい。

別に取りいるつもりもないが。

「いつでも好きな時に飲んでいいから」

下柳の視線が景虎から机の上に移る。
視線の先を追うと景虎が先ほどまで使っていたティーカップ。
そのティーカップは他のティーカップと違い1滴も残されていなかった。

「ありがとうございます。…おいしかったです。本当に。」

相変わらず雰囲気ややる気のなさはそのままだが、その場にいた全員には一瞬景虎の表情がやわらかく笑ったような気がした。

2

自由におかわりしていいとのことでティーカップを手に取り新たに紅茶を注ぎ足そうとしていた景虎に気づかれないようにゆっくりと近づき、素早く肩に腕を回し自分に引き寄せた下柳。

すぐさま反応してティーカップを机においてよかったと安心する景虎。でなければ今頃紅茶が服や手にかかって火傷をするところだった。

まるで酔っ払いにでも絡まれているような感覚を覚える景虎。実際に絡まれたことはないが、何と無く感じる不快感に眉をひそめた。

「そんなにこの紅茶気に入ってくれたのか!それな、実は結構有名なとこのやつなんだ。こいつら普通に残しやがるけど、お前はいい子だなぁ」

犬のように頭を撫でられ髪をかき乱される景虎。そんな景虎と下柳の様子を見て野々村がニヤニヤと笑いながら率直な意見を述べる。

「アニマルが嫌がってまーす。それに、その身長差めっちゃ笑えるからやめてくださーい」

景虎の首に回している左腕から吊るされているような変な格好の下柳はクスリと野々村に笑われて「うるせーよ。お前よりましじゃ」と言って景虎から腕を放す。

直立した景虎は探偵社社員の中で群をぬいて背が高い。ちなみに補足すると男性陣の中で一番小さいのは野々村である。

景虎と下柳。身長の差はあまりないはずなのだが、雰囲気のせいだろうか、その人を寄せ付けないような影のあるオーラが彼をより大きく見せていた。

「下さんひどーい!俺が身長気にしてるの知ってるくせにー!」と抗議する野々村をよそに、眉間にシワをよせて明らかに機嫌が悪い高坂。先程の一件があってか、普段から眉間にシワが刻まれて難しい顔をしているのだが、この日はとくに深いシワが刻まれていた。
イスに勢いよく腰をおろし、表情を悟られないようにジャケットの胸ポケットにさしてあるサングラスをかけた。
あたりまえのことだがサングラスのブリッジで眉間のシワを隠しきれるわけがないので高坂がどういう心境なのか丸わかり。ということを本人は知らない。
むしろサングラスをかけたことでより雰囲気が怖くなってしまった。ということも本人は知らない。

とりあえず気を落ち着かせるために棚から自分のティーカップを取り出した下柳は社員が二人いなくなっていることに今更気づき紅茶を飲んで気を緩ませている不卯月に声をかけた。

「紗夜、あの二人どこ行った?」

なんとなく予想がついていながら質問した。

「えぇーっと…挨拶以来見かけてないんでどこかに出かけたんじゃないですか?そうですよね?」 と野々村と高坂に尋ねる。

「買い物っていってた気がするー」
「俺ぁ知らねーよ」

やっぱり。予想的中だ。まったくうれしくはないが。

「いっつも勝手に外出しやがって、言えっていってんのに…」

重いため息を吐いた下柳は猫背になりながら紅茶を入れるべくポットに近づいていった。

乱された髪を直しながら下柳を目で追う景虎。
疲れがたまっているというこが一目で分かる下柳を大変そうだと思って見ていると、見られていることに気付いて「なんだ?」と問いかけてきた。

「いえ。お気になさらず」

「水くさいなぁ、何?言って」

まさか見ていたことに気づかれるとは思わず自然に視線を床に落として目を逸らす景虎。

果たしてこれは言ってもいいことなのだろうか?
そう思ったが、言わなければならない空気に黙っているわけにはいかない。

「……疲れているように見えたので…大変そうだと思って見てました」と渋々告げると、下柳も他の社員も景虎を見つめて固まってしまった。

やはり無神経だっただろうか?
と景虎が特に焦りもしないがそう考え始めた次の瞬間――

「ぶはっ!!」

「ちょ、景虎くん!あははっ!」

突然不卯月と野々村が笑い出した。
景虎側としては二人の笑っている意味がちっとも理解できない。失言したのかどうかも判断がつかなくてチラリと下柳を見ればうな垂れていたのでよく分からなかった。

「…今の話に笑う要素ねぇだろ。つか笑ってやるなよ」と呆れた様子の高坂。

「大有りでしょ!カイカイなんで笑ってないの?!ぶはっ、あぁーっはっはっは!!」

「おい、燈馬ぁ!お前笑いすぎだぞ!」

怒りを爆発させて野々村を睨む下柳。
ここで景虎は自分が失言したということに気づいた。

“疲れている”これは下柳にとって禁句用語となっている。もちろん探偵社社員も重々承知しているので普段から“疲れる”原因は作っても、決してその言葉だけは口にしない。
「いやー、大変そうだね」という無神経な言葉は決して発してはならないのだった。

「だって下さん、疲れてるってぇ!だよねぇ〜僕達、わがままだもーん」

そうか、タブーなのか。
状況がようやく見えてきた景虎は笑っている不卯月と野々村、苛立たしげに前髪をかきあげている下柳を交互に見て一歩右足を踏み出した。
そのまま下柳の近くまで歩いていき、下柳からティーカップを取って紅茶を入れ始めた。

「どうぞ」

「え?あ、おう…」

目の前に差し出された紅茶を下柳は遠慮がちに受け取った。
何故自分にいれてくれたのだろうか?ごめんって意味かな…?という疑問が頭の中を渦巻く。

「………」

実はこの行動の張本人である景虎自身も自分の体が何故動いたのかよく分かっていなかった。
特に深い意味もないし、ただ紅茶をいれて落ち着いてもらおうと、何も考えずに、無意識のうちに体が動いてしまったのだ。
つまり裏を返せば悪びれる様子も反省する様子もまったくない。ということである。

何も言葉を発することができず黙ったままの景虎と、ティーカップを持ったままの下柳の視線がふいにぶつかり合った。まったく景虎の意図が読めずに不思議そうな顔をする下柳だったが、ドアの奥から聞こえた足音に気づき自然に顔をそちらに向けた。

ドアが勢いよく開けられ、不吉な音を立てる。

全開になったドアの奥に立っていたのは、ポテトチップスの袋を山ほど抱えた男女二人。

仁王立ちで開口一番、
「おーい、新入りの歓迎パーティー開こうと思ってポテチ買ってきてやったぞー」と女性の方が言った。

「その喋り方はするなと何度言えば分かるんだ。少しは俺の気持ちを察しろ。あと、ドアは蹴って開けるものではない。壊れたらどうするつもりだ」と男性の方が一喝。それに対して黙っていられるか、と女性は鋭い目つきで男性を睨み返した。

「うっせぇーなぁ。文句あるなら社長と高坂に言えよ。うつったのこいつらのせいなんだからさ」

「おい、責任転嫁するんじゃねぇよ。てめぇの責任だろ」と高坂。

「あのな、ドア壊れたらっていうか壊れてるだろ!?変な音したぞ!」と下柳。

帰ってくるなり三人の男に怒られる女性、“光圀”と呼ばれるその人は、まったく気にするそぶりも見せず、ポテトチップスを机の上に乱暴に放り投げる。

「何?壊れただと?光圀!」

「だからうるさいってば!壊れた部品もってきてやるからお前直せよ」

「どうしてお前はそんなに上から目線なんだ!?」

周りにお構い無しに口論を続ける光圀と男性“藤崎”。
お互いまったく折れる様子がなく、言い合いはどんどんヒートアップする。

「もー鬼軍曹と麻呂うるさーい!アニマルびっくりしてるでしょー?」

このままではキリがないということが分かっている野々村は立ち上がって二人の間に割り込む。
余談だが野々村いわく、“鬼軍曹”が光圀、“麻呂”が藤崎ということらしい。

「つーかお前等出て行くなら俺に話を通せよ!ってかあさみドア直せ」

ティーカップを手に持ったまま慌ててドアに駆け寄った下柳はドアが一部欠けているのを発見しておろおろしながら光圀と藤崎を叱咤する。
もともとこの二人が勝手に出ていかなければこうはならなかったのだ。

「はぁ?名指しすんなよ!…まぁ堅いこと言わないでさ!皆で食おうぜ、ポテチ」

「俺はお前が立派な社会人なのが今何より恥ずかしい」

激怒を通り越して呆れた様子の下柳を無視して自分と藤崎のティーカップを取り出して紅茶を注ぐ光圀。

「食べるといえ、食べると」

うんざりしたようにぶつぶつ小言を言いながら光圀が投げたポテチを丁寧に机に並べていく藤崎。
ポテトチップスを素早く並べ終えてすぐさま隣の備品部屋から工具を取り出し、ドアの修理に取り掛かった。

「わぁ…ミラクルペッパー味!私これが一番好きなんですよねぇ」

「あぁ?ふぅ何言ってんだよ。普通コンソメだろ。お前偏食家だな」

不卯月と高坂が並べられたポテチについて真剣に語り始める。かなりの量についつい目移りしてしまう。

「よし、叱るのは後だ!いいか?仕事がきたらすぐパーティー終わりだからな!切り替えはちゃんとすること!とりあえずシケるとマズイから一袋ずつあけてくか。景虎、今日の主役はお前だからな、何がいい?」

「………」

社員の視線が自分に集中していることを感じながら目の前に並べられたポテトチップスを見つめて黙ったままの景虎。

上下左右と動いていた景虎の目が止まり、やがて一つのポテチに視線が集中する。

「…激ウマおしるこ味…がいいです」

「………」

予想だにしていなかった答えが返ってきて誰も言葉を発せない。
それどころか“何でこんなもの買ったんだろう?”という思いが全員の頭にもやもやと浮かびあがる。
この時から探偵社社員の中で一番の偏食家はゲテモノ趣味の景虎ということに決定付られてしまった。

「………や、やっぱりこれだけ人数いるんで3袋ずつ開けてきませんか?おしること……他2つを」

遠慮気味に挙手した不卯月。苦笑いで頬が若干ひきつっている。

その意見に異論はなく、景虎を抜いた5人はコンソメと考えに考え抜いてのり塩の袋を開封した。

「……新感覚」

ポテトチップスを一口かじった景虎は口を動かしながら手に持ったポテトチップスを不思議そうに眺め、少しだけ満足そうな顔をした。

3

結局その日仕事の話は一切無く、景虎の歓迎パーティーは数時間にもわたって行われた。

そして現在午後10時。

歓迎パーティーも終盤になってきたところで景虎は眠そうに目をこすりながら「もう遅いので帰ります」と言って帰っていった。

後に残った6人は「酒が足りない」ということで買ってきたお酒とあたりめをかじりながら景虎について語り始めた。

まず最初に話を切り出したのは野々村だった。

「なかなかキャラ濃いよねーアニマル。そういやパーティー俺達だけで盛り上がっちゃったけど楽しかったのかなー?」

「アニマル?またふざけた名前を……ってかさ、ふぅあんな奴どこで見つけてきたわけ?社長じゃないって聞いたけど」

一回は自分で野々村に絡みに行った光圀だったが、自分の興味が最優先だとばかりに野々村を放置して隣に座る不卯月に詰め寄った。
その手には酔いを醒ますためか水の入ったグラスが握られている。

「どこで?えっとですねぇ〜……あ、そうそう。同窓会で発見したんですよ」

「同窓会?……ということは同級生か」

不卯月の言葉に驚いた表情の藤崎。
不卯月が幼すぎるのか、はたまた景虎が大人びているのか。とても二人が同級生だと関連付けることが出来ない。

「そうなんですよ!小学校のときの同級生なんですけど、まさか学年一のイケメンで王子様なんて言われてた人があんな影のある人になってるなんて思いもしなかったんでびっくりしましたよ」

藤崎の一言によくぞ聞いてくれましたといわんばかりに不卯月は手をあちこち動かして熱弁する。

「イケメン!?王子様!?…っぷふ、ちょっと笑えるからそれ。ふぅでもそんなキツイ冗談言えるんだね」

光圀はおなかを抱えて必死に笑いをこらえようと顔を歪ませて耐えていたがそれも数秒と経たないうちに崩れ去ってしまった。せっかくの整った顔がとんでもないことになっているのを藤崎と高坂が顔を見合わせて苦笑する。

「つかあのナリでイケメンなわけねぇだろ。それなら下さんの方がまだマシだわ」

「聞こえてるぞー海音」

ぽそりと呟いた高坂の一言は下柳の耳に届いており、頬を引きつらせて握り潰したお酒の空き缶を高坂の頭に思い切り投げつける。跳ね返った空き缶はそのまま高坂のすぐそばに置いてあるゴミ箱の中にキレイな放物線を描いて入っていった。

その一連の流れを見ていた野々村は「おぉ」と関心の声を上げる。
そして最後に「まぁ、下さんでも危ういけどねー」と余計な一言。

「脱線しているぞ。まぁ、景虎には会ってまだ半日程度だ。分かってくるにはもう少しかかるだろう」と藤崎が話題を元に戻した。

「実際問題謎だらけだしな。社長、よくうちに引き入れたよなぁ。そんなに喋らないし、あ、社長と二人だけだったら喋るとか?」

ちょっとした冗談を交えながら考えるように手を顎にあてている光圀。
未だに景虎イケメン説が頭に残っているのか顔がにやけている。

「そうだなぁ…何でって言われると何となく出来そうっていう直感、としか返せないんだけど……あぁそうそう、初めて会ったときも俺が質問しないと何にも喋んなかったなぁ…。仕事内容は紗夜が話してくれたみたいだからそこはすっ飛ばして、最後に何か言うことないか?って聞いたら「私は現場では使える方だと思います。ケガをするようなことは、絶対あり得ません。好きなように使ってください」ってさ」

「なんだそれ……見た目にそぐわない自信家だな。自分のこと物みてぇに言いやがるし、自分のことなんだと思ってるんだ……気に食わねぇ」

眉間にシワを寄せて心底腹立たしそうにする高坂。既に冷めてしまった紅茶を飲んでさらに顔をしかめる。

「まぁ…世の中いろんなやつがいるんだよ。……いつか、景虎から仕事以外の話をしてくるようになったら、そん時はきっとみんな仲良しだな」

未来のことを想像して表情を緩ませる下柳。いつかそうなればいい。と下柳は本心から願っていた。

「人多いほうが俺としてはうれしいからアニマル入社は大歓迎だよー。……っていうか、仕事内容話したのってふぅちゃんなんだっけ?ちゃんと伝わってるのー?」と疑いの眼差しを不卯月に向ける野々村。

「ちゃんと伝えましたー!何でそんな顔するんですか!!」

野々村を睨みつける不卯月。

一体何の不満があるのか不卯月には分からない。

「そういやアニマルはお酒飲んでなかったけど弱いのかなー?誰か今から聞いてきてよー」

不卯月を無視して別の話をし始めた野々村。体勢をころころ変えながらあたりめをかじってはお酒を口に流し込み、弱冠二十歳過ぎにして異常過ぎるおじさんぶりを見せる。
さらにはあたりめとポテトチップスを混ぜて新たな味を発見したのか大量に口に放り込む。

「…明日聞けばいいだろう。…そういえば、風見鶏はどこに住んでいるんだろうな?」

早く帰ったということは少し遠いところに住んでいるのだろう。と、藤崎は推測をたてる。

だが、

「あぁ、あいつの家?」
「景虎くんの家なら…」


「上だよ」
「上ですよ」

不卯月と下柳が声を揃えて天井を指差す。

この建物は3階建てとなっていて、生活するための設備が揃っているので暮らすには十分な物件となっている。

ちなみに下柳探偵社は建物を改装して作ったため、生活設備は一切無し。
仕事をする設備は整っているのに今日のようになかなか案件がこないのは、両隣の建物が高層ビルであるがために探偵社のある建物の目の前までこないと見つけることができないというのが一つの理由である。
もう一つの理由は社会的にオートメーション化が進んでいるということもあり人手要らずという所にあった。

そんな目立たない家と会社にやってきた景虎はやはり変わり者である。

「はぁ?上は空き家じゃねぇのかよ」

眉間にシワを寄せた高坂は天井を見て心底驚いたような、あり得ないといったような顔をする。

「昨日まではそうだったんだよ。急に人が入ったと思ったらアイツだったんだよなぁ」

話を聞いて呆気に取られた高坂は口をあけてポカンとする。

「謎過ぎる」と思ったことを口にした高坂はジャケットのポケットにさしていたサングラスをかけてイスにドカっと座る。

頭の整理がつかなくて混乱していることを悟られたくない高坂はサングラスで顔を隠すという変な癖がある。
既に社員にその癖がバレていると本人は知らないわけだが。


それから数分。少し昔話や思い出話をした探偵社社員。

時間も12時すぎを回ったところで頃合いを見た下柳がパーティーのお開きを告げる。

「さて、時間もそろそろ遅いし、明日から仕事だ!子供は帰った帰った!」

下柳が手首を上下にパタパタと揺らし、「解散かいさーん」と叫んだ。

「やだー。頭に下さんらしきおじさんの声が響くー。帰りたくないよー。ってか、仕事あると思うー?」と呟いた野々村に対して下柳は苦笑いで「何アホなこと言ってんだ。さっさと帰れ」と机につっぷした野々村の頭をひっぱたいた。

「あるわけねーだろ。今月だってもう中旬に入ってきてるのに、こなした案件3だぞ?少しは昔の事件よこしてきたりすればいいのによ」

高坂がロッカーからコートを取り出し素早く帰る準備を済ませる。

それにつられる様にぞろぞろと社員がコートを羽織り始める。

「仕事してないっていうのはあれですけど、平和なの、いいことじゃないですか!」と主張する不卯月に藤崎は「不卯月。お前は平和すぎる」と冗談を言った。

冗談を言われた当の本人は何度か瞬きを繰り返しぽかんとしている。

「おーい、あたりめ残ってるけどどうすんだよ?」

高坂が机の上に散乱するあたりめを指差した。

「えー?ほっとけばいいじゃん。下さんが片付けてくれるよ。あ、下さんばいばーい」

ヘラヘラと笑いながら探偵社のドアの奥で結んでいた髪を解く野々村。やわらかくて細い髪が野々村の肩にかかる。
幼そうという印象が大きく変わった野々村は下柳に向かって手を振り笑いかける。

「あ、おい!お前等、タイムカード切って帰れよ!…いてっ!?」

野々村たちを追いかけようと足を踏み出した下柳だったが、机に足を強打して悶絶する。

「わぁ!?下柳さん大丈夫ですか!?すいません、タイムカードみんなの分切っていきますね!」

哀れむような目で下柳を見た不卯月はさっさと全員分のタイムカードを切ると「さようなら!」とやりきった顔をして笑顔で手を振って帰っていった。
今時タイムカード制というところにも突っ込みたい所だが、今は痛みでそれどころではない下柳。

「……ははは、俺の心配をしてくれる奴はいないのか…?」

いや、みんな酔っ払っていただけだ。と自分の心に言い聞かせ、下柳は静かにあたりめを片付け始めた。

こうして騒がしかった夜は次の日を迎えていく。

4

――次の日・時刻10:30分――


「おはようございまーす!」

基本9時から11時までに出社すればいいという決まりがある下柳探偵社。幅広い時間設定だが実際これで困ったことは今の一度もない。

理由は簡単。仕事がないからだ。

目立たない、今時古い。そんな今や廃れてしまった探偵業だが、逆に言えば依頼者の方が場合によっては変わり者ということになってしまう。
この時代の依頼者と言えば、機械で履歴を残したくない。とか、警察には持ち込めないような裏の仕事を持ち込んでくる人の方が多い。社会的にみればそちらの方が十分イレギュラーである。
結局そんな仕事をこなす探偵もものすごい逸材と言うことになるのだが、そんなことには本人たちは気にもとめていない。

そしてその集合時間30分前、不卯月がいつものように元気よく出社した。
既に下柳、野々村、高坂、光圀、藤崎が集まっており、各々が違うことを好き勝手していた。その様子を見るに、とても仕事をする体勢には見えない。
その中にいくら探しても景虎の姿は見当たらず、どうしたものかとロッカーにカバンをかけながら考えていると、背後から声をかけられた。

「よぉふぅ。何かいい仕事見つかったかよ?」

不卯月が振り向けば、足を組んで新聞を片手に持った高坂が「どうせ仕事なかったんだろ?」とでも言うような意地悪な顔を向けてくる。

「…朝から警視庁行ったり、ビラ配ったりしましたけどぜーんぜん。いつも通り何かあればこっちか仕事送るからいちいちこなくてもいいよって追い返されちゃいました…」

肩を落としてため息を吐いた不卯月。コートをロッカーの中にしまい、カバンと虫かごと、真新しいアタッシュケースを机の上に置いた。

光圀が見慣れないアタッシュケースを指差して「それ何入ってんの?」と尋ねる。

「…拳銃か?大方、風見鶏に渡せといわれたのだろう?」と小首を傾げて不卯月に尋ね返す藤崎。

「あーなるほど」と光圀が納得しておおきなあくびをした。
光圀があくびをした時は大抵眠いか興味がないか、そんな所で今のあくびは興味がなくなったあくびだった。

よくわかるなぁ…と心の中で思いながら不卯月も社員たちと同じように自分のイスに着席した。

「そうなんです。新入りさんにって渡されたんですけど、景虎くんまだ来てないんですか?」

集合時間ぎりぎりだというのにいつになったら出勤するのだろうか?
自分もギリギリで出勤したが、景虎はさらに輪をかけて遅い。

けっこうなのんびり屋さんなんだなぁとどこまでも平和な考えを持ち合わせている不卯月。

「まだ来てないよー。階段下りてきた気配も音も無いしねー。ま、どうせあと50分以内に来るのは確実でしょ」

頬杖をついてファッション雑誌を読みふけっている野々村。本に夢中なのか一瞬壁に立てかけてある時計を見て彼にしては珍しくそっけない返答をする。
人一倍身なりに気を使う野々村。ファッション雑誌を読んでいる野々村に話しかけても素っ気ない返事しかこないのも日常茶飯事だ。

「ん?」

不卯月と野々村のやりとりを聞いて眉をひそめた藤崎は自分が開いていたパソコン画面の右端から目を離し、壁に立てかけてある時計に目を移す。

「…社長。その時計、遅れているのではないか?俺のパソコンではすでに10時35分だ」

そう言われた下柳も自分の腕時計と壁の時計を見比べて確認する。

「あぁ、ほんと…」

返事からしてやる気のない下柳。もし探偵社の関係者以外の人が今の下柳を見ても、誰も社長とは気づかないだろう。

「嘘!?朝の特撮アニメ終わっちゃうよ!下さんテレビテレビ!」

雑誌から目を離し、下げていた頭を勢いよく上げて部屋の一角に設置してあるテレビを指さし当たり前のように社長をコキ使う野々村。

この時点で野々村の興味は
特撮>ファッション雑誌
ということが分かった瞬間であった。

「あぁ?ちょっとは動けっての!」

呆れた様子の下柳は気だるそうに自分の机の上に置いてあった指差し棒で器用にテレビの電源ボタンを押す。

それを見た不卯月と光圀が心の中で“お前にだけは言われたくない”と同じ事を考えていた。


――25分後――

「あぁー、おもしろかった!」

食い込むように画面に張り付いてテレビを見ていた野々村は緊張していた体を大きく伸びしてほぐした。

「やっぱあの戦闘、いつ見てもテンションあがるね。動きが参考になるよ」

光圀も伸びをしてイスの背もたれに体を預ける。

「何言ってんだ。あの修羅場がいいんじゃねぇかドロドロしてて人間味がある。」

悪人のような笑みを浮かべながら頬杖をついて紅茶を一口飲んだ高坂。

「私はおいしい食べ物が印象的だったなぁー…」

幸せそうに微笑みを浮かべている不卯月。

全員が真剣に特撮ものを見ていた情景を思い返してクスクス笑う野々村は先程から黙り込んでいる下柳にも意見を求めた。

「ねね、下さんはどこが好きだったー?」

野々村が下柳にイスごと顔を向けると、彼は誰とも目を合わせずに俯いて肩を震わせていた。

感動して泣いているという雰囲気には見えない。となれば――

「下さん?」

うつむいたままの下柳に社員を代表して高坂が声をかける。

途端に般若のような顔をこちらに向け、机に掌を降り下ろした下柳。やっぱり怒ってる。
しかし何が原因なのか皆目見当もつかない。

「どうしたもこうしたもねぇだろ!?あいつ…景虎はいつになったら起きてくるんだよ!」

机を指先でトントンと突ついて唇を尖らせる下柳。

光圀が「一回ぐらいは許してやれよ」と言おうとした所で探偵社のドアが開いた。

「すみません遅れてしまいました。おはようございます」

運がいいのか悪いのか、景虎がひょっこり姿を現した。

そんな景虎の顔は相変わらず無表情で、反省の様子は窺えない。

「景虎!所属二日目でこれはあんまりだろ!?今何時だと思ってんだ?!いつまで寝たら気が済むんだよ!」

イスから立ち上がり景虎との距離を一気に詰める下柳。それとは逆に近すぎる距離を離そうと景虎が一歩後ろに下がる。

その一瞬を見逃さず、景虎の肩を掴んでガッチリホールドした下柳。

「5分くらいゆるしてやんなよー。そんな事でいちいちキレてたら早いうちからハゲるよ?」

「光圀。その冗談はあんまりだ。ハゲ禁止令だ。」

「余計なお世話だよ幸一郎!……で?ずっと目の下クマつくったままだけど、一体お前は何時間睡眠してるわけ?」

下柳が片手で景虎の眉間をぐりぐりと押す。

すると景虎は少し顔を歪めて嫌そうな顔をする。よくも上司にそんな顔が見せられたものだ。そんな顔こっちがしてやりたい。と心の中で密かに思った下柳が景虎の顔を少し見上げると、景虎は頭の上に疑問符をつけたかのような顔をしている。
何が起こっているかわからない。というような表情だった。

「……あの、寝ていたわけではないんですが……さっきまで警視庁に行っていました。そしたら職務質問をされたので、遅れてしまいました」

景虎の口から放たれたその言葉に探偵社員は唖然。下柳の景虎を掴む力が思わず緩む。

職務質問を受けた?それはあまりにもつらい話だ。

拍子抜けして先程までの怒りが一気に覚めてしまった下柳。それどころか同情してやりたいぐらいだ。

「え、アニマル出かけてたの?」

「はい、10時ぐらいに……」

「嘘!?だって何にも気配とか足音とかなかったじゃん!」

目を見開いて口をあけたまま唖然とする光圀と野々村。

ティーカップに口をつけたまま固まる藤崎。その背筋は相変わらずピンと伸びている。

「本当です」

下柳が完全に景虎を掴む手を離す。

その光景を無言で見ていた高坂は景虎に質問を投げかけた。

「…まぁ、その話は信じてやるとしてよ。警視庁行ったってことは仕事、なんか持ってこれたのかよ?」

ないのが分かっているのにそれを聞くなんて意地の悪い性格だ。と高坂自身思ったが、これも一つのスキンシップ。いじめにならない程度ならいいだろう。とちょっとした悪戯心で景虎の次の言葉を待った。

「はい、ありました。……これを仕事と言っていいのか複雑な所はありますが………」

高坂の意地悪をするりとかわし、景虎は自分のリュックの中をあさりだした。

「…おーい、紗夜。仕事なかったって言わなかったか?…新入りの景虎の方が仕事できてんじゃねーかよ」

不卯月を見て苦笑いやら複雑な表情を見せる探偵社社員。

「た、多分景虎くんの方が早く警視庁に行ってたんですよ!私、最後に警視庁寄りましたから!」

両手を空中で上下左右させながら必死に弁解する不卯月。
その横を一枚の紙を持った景虎が通り過ぎる。

景虎が机の中央に紙を広げると、全員食いつくように紙を覗き込み文字に目を通していく。

「……警視庁マスコットキャラクター?……」

紙に書いてある見出しを口に出して読む下柳。

見出しの下にはでかでかとかわいい字体で“愛くるしいキャラクターと共にこの国の平和と秩序を守ろう!!”という言葉が記されている。

数回瞬きをして顔を見合わせる社員。この間誰も口を開いていない。

「……考えてほしいそうです。できれば急いで欲しいと言われました」

沈黙が空気を一瞬にして重くよどんだ空気にさせる。息苦しい空気に景虎は罪悪感を感じる。

当たり前だ、こんなものを仕事とは呼べない。

「んだよこれ、こんな仕事よこしてくんじゃねーよ」

高坂が舌打ちをして苛立たしげにイスに勢いよく腰を下ろした。

まったくうちも舐められたもんだ。と下柳も大きなため息を吐いて困った顔をする。

「えーマスコットかぁ…どんなのにするー?」

「そうだな……警察という組織に堅苦しいイメージがついているからな。みんなから好かれるような可愛い容姿というのはどうだろうか?そこからさらにグッズ展開をして軍資金を貯める。というのはどうだ?経済効果も望める」

「……麻呂なんの話ししてんの?」

野々村と藤崎が広告を覗き込みながらお互いの意見を出し合いキャラクターのイメージを形成していく。

「…普通の仕事はいつになったら回ってくるのかねぇ」

困ったように笑った光圀は、棚から人数分の紙とペンを取り出し順番に配り始める。

「普通の仕事……?」

光圀からペンと紙を受け取った景虎は光圀の呟きを聞きこぼさなかった。

“普通の仕事”以外に一体何があるというのだろうか?

Secret Man

Secret Man

一人の青年風見鶏 景虎。彼は不思議な力を持っていた。 それは死人に心を売り渡したことで得た力。 何故彼が心を売り渡してまでして力が欲しかったのか、 それは8年前の事件が全ての“始まり”となっていた。 8年前の事件をきっかけとした景虎は復讐を胸に歩き出す。また 彼の仲間もそれぞれの思いを抱え同じように歩みを進めていた。 彼らに待っている“終り”とは何なのか、 景虎とその仲間が繰り広げるシークレットストーリー。

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • サスペンス
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-05-01

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