枕に座す

枕に座す。散文です。

枕に座す

枕に座す。
時刻は午前四時。頭を乗せるべき枕を座布団代わりに私は座っている。
目の前には窓。ぼんやりと薄暗い景色に、しとしとと雨が降っている。
狭い六畳一間。目が冴えて寝れず、私はこうして普段なかなか見ることができない景色を、背筋を伸ばしてみつめている。
この時間は私にとっては未知の領域だ。賑やかな町も、さすがにこの時間は息を潜めている。蟻の行列のように並んで走る車の音も聞こえず、なにかと騒がしい人々の声も聞こえない。ただただ雨の音だけがしとしとぽたぽたと私の耳に入ってくる。
あぁ、心地よいな。私はなんだか心安らいだ。まるで世界に自分ただ一人が居るような感覚に陥った。いや、むしろ世界が自分を中心に広がっているような気がしたのだ。昨日まであった悩みの種も、まるでそんなものは始めからなかったかのように私の頭からは消えていた。
私は、窓を開けてみたくなった。せっかくの機会なのだ、遮られたままではつまらない。窓を開けると、ひんやりとした風が部屋に入ってきた。
外の風に触れ、私の頭はますますしゃっきりとした。鼻腔から眼球の裏、そして脳まで涼しさが通り抜けたような心地がした。そして涼しさの他に、雨で弾けた樹と土の香りが体のなかにふわりと広がった。
私はさらに楽しくなり、どうしてやろうかと考えた。今、起きているのはきっと私一人だ。何をしてやろうか。朝から酒でも飲んでやろうか、いやそれは休日と変わらない。いまここで叫んでやろうか、いやそれでは周りの人が起きてしまう。はて、どうしたものか。
こう考えてはいるが、何をしてやろうと思案を巡らせている事が一番楽しかった。選択肢をいくらでもあり、どれを選ぶかは私の自由である。
一種の万能感である。中学生のような、自分はなんでもできるという無邪気な自信が溢れてきた。
このまま外へ出で、まだ眠っている町をたたき起こしにいってやろういか。それとも寝坊助な町をこっそりと笑ってやろうか。
突然、ブロロロと世話しない現実の音がした。新聞配達のバイクが走る音だ。 私のひっそりとした空間はその音になぶられ、汚され、私は現実に首根っこを捕まれひきずり戻されてしまった。
時計はいつのまにか六時半を指していた。なんということだ、私の「毎日」が始まってしまった。また世話しなく、ネクタイを締めて生きなければならない。またやかましい満員電車の中で息を潜めなければいけない。
私は慌てて飛び上がり、ぼつぼつと生え始めた髭を剃りお年、ネクタイを締め、背広を身に纏う。 ああそうだ。いつまでも子供のままではいられない。無邪気な時間は終わり、私は大人になったのだ。
革靴を履き、一歩六畳の部屋から出ると、そこには私と同じように夢から覚めた大人達が歩き始めていた。

枕に座す

よ読んでいただきありがとうございます。
人生を一日と例え、その未明を少年時代だと考えて書いてみました。
まだまだ未熟です。

枕に座す

モラトリアムの終わり。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-04-29

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