青い空とサイレントヒル

短い高校生活の中で部活に打ち込む三人のお話です。
部員数6人のリレーを組めない陸上部。
ブームが去り廃れた軽音学部。
全国はノルマの水泳部。
その中で成長し、恋をし、爽快な青春物語です。

第一話

  1


大歓声の中ラスト100mを最後の力を振り絞りゴールへ駆け抜ける。
 これだ!
 一夜はどうしようもなく興奮していた。
 4×400mリレー、1600mつまり1マイルを4人で繋ぐことからマイルリレーと言われる。
 4つ上の兄は大学2年生。兄はこの大江山高校陸上部としてマイルリレーで全国大会に出場した経験を持つ。アンカーを走る兄のラスト100mのかっこよさに憧れ9年間やってきたサッカーと別れを告げ、陸上部に入部した。
 世界陸上やオリンピックでは少し注目度の低いマイルリレーだが高校の陸上のインターハイではラストを飾る競技だ。その盛り上がり様は他ならないものがある。マイルリレーには多くのドラマが存在するのだ。いくらアンカーまで1位で繋いでもビリのチームに抜かれることもある。そのたびに観客は歓声や悲鳴をあげる。夢と仲間の想いを背負い苦しさに耐え、諦めず走りぬくこの競技だからこそ観客は感動させられるのだ。
 一夜もその観客の一人であった。何としてもマイルリレーを走りたくて受験勉強しながら兄と競技場で走ったりしていた。
 だが、
「君、入部希望者?」
「あ、はい!」
 だが、なんなのだ。3年生を除くと部員は6人、内1年男子おれを含め2人女子2人、2年女子2人、これではリレーが走れない。最低4人は必要だ。
「元サッカー部かー、その割に足が長くほっそりとしているな。」
「あの…。」
「ああー悪いね、わたしが顧問の千都です。」
見た目は結構なおじいちゃん先生だ。あまり熱心そうではない。ただでさえ部員の少なさでイラつき始めている中でこの先生ときた。一夜の不満は募っていた。だがこれで辞めたらあの大歓声が遠のく、そう思うと我慢もできた。

「おい!兄ちゃん!いつ顧問代わったんだよ!」
 一夜は帰るなり悠斗に食ってかかった。やはり我慢のげんかいだったのだ。
「は?代わってねーぞ?」
 悠斗は訳のわからないといった顔で聞き返した。
「は?じゃねーよ!陸部の顧問だよ!って、え?代わってない?」
 困惑する一夜に悠斗は、
「何ボケてんだ。千都っつーおじいさんだろ?」
 大学のレポートやら何やらをまとめながら返した。
「え、兄ちゃんあの人の下で練習してたの?」
 一夜は信じられない、といった顔で聞き返す。
「あたりまえだろ?他にいないし、あの人意外とやり手だからな。」
 そう聞いた一夜は腑に落ちないものを感じながらも少し安堵していた。むしろ兄と同じ先生に教われるという期待が大きく膨らむばかりだった。

 練習を一応行ってはいるが、2,3年生がインターハイ予戦に向けての準備期間なので1年生は基本動作と体慣らし程度の運動で終わっていた。不服ではあったが、初心者で陸上のいろはも知らない一夜にとってはこれこそ必要不可欠なのだ。幸い、サッカーで基礎の基礎が一番大事ということは身をもって経験していたので気だるさを感じることなく、ひたすらに取り組めた。

「よう!」
 帰りがけに声をかけてきたのは爽太だ。
「よう!お前は部活どうしたんだ?」
 爽太とは同じクラスでそれとなく気が合っていた。
「おれは軽音楽部!とは言っても現状おれ一人しかまともに活動してないけどな。」
 爽太はさらっと答えた。
「そっか、前途多難だな、お互い。」
 一夜がため息をつきながら返すと、
「陸上部はなんかあったのか?」
 爽太は少し目を細め聞いてきた。
「ああ…………。」
    ☆
 一夜が、事情を説明すると
「なるほどな。じゃあ、まずは部員集めだ!」
 爽太はこれしかないと言わんばかりにうなずきながら言った。
「ぶいん、っておれらが勝手に集めていいのか?登録期間おわったじゃん。」
 一夜が驚きつつ答える。
「やるしかないだろ!バンドだって一人じゃできないし、リレーだってたりないんだろ?」
 すげぇ…
 一夜は爽太のことを心底そう思った。一夜は確かにリレーを走りたいという気持ちはあったが、自分からどうにかしてやろうという考えはなかった。いや、どうにかしなければ、とは思ってはいたもののどうにもならないと後回しにしていた。だが、目の前のこのさわやかな顔つきの男は文字通り『一から』作り上げようとしていた。一夜の心はざわつくものの今はまだ、動き出さなかった。
 
 電車に乗ると女子生徒の集団があった。3人はすこし小麦色がかった肌をしていた。その中の一人に一夜の目はとまっていた。同じクラスの二葉だ。軽い小麦色に大きな目が特徴なショートカットの女の子だ。
 可愛い…。
 最初にそう思ったのは山高の合格発表の時だ。大きな目をさらに大きくあけて喜ぶ彼女を見た時から入学式が楽しみでしょうがなかったのだ。まさか同じクラスにはなすと思っていなった、そのため二葉が教室に入ってきたときに小さくガッツポーズをしたのを見られ、クスッと笑われて以来話す勇気ときっかけを失っていた。
「おーい!一夜くーん?」
「うわっ」
 爽太が目の前で手をぶんぶん振っていた。
「おどかすなよ。」
 一夜は速くなった鼓動を落ち着かせながら言った。
「だって一夜が瀬戸ちゃんの方向いてぼーっとしてたから。」
 爽太はさらっととんでもない事を言う。
「バカ!ちょっと疲れだだけだよ。」
 一夜は明らかに慌てつつ否定する。
「そうか?まあ、慣れない高校生活だしな。」
 爽太はさして気にした様子を見せず返した。
「ま、まあな~。」
 あっさり過ぎる答えに一夜は拍子抜けする。
「あ、奥村君じゃん。」
 爽太に話しかけてきたのは二葉だ。
「お、瀬戸ちゃん、こいつさっき瀬戸ちゃ…いてーな冗談だって!」
 一夜は軽く殴って口止めをする。
 なんてこと言い出すんだこいつ。
「あはははは!えっと樋山くんだよね?部活帰り?」
 両手に菓子パンを持った二葉は笑いながら尋ねた。
「え、あ、うん。」
 驚きと緊張でまともに返せない。
「そうなんだー、何部?…あ、ちょっと待って当てるね。」
 そう言って二葉はわざとらしく顎に手を当て考える。
「ヒント!おれは軽音学部です。」
 スペシャルヒントと言わんばかりの体勢で、爽太は全く意味のないヒントを繰り出す。
「あ、わかった!映画研究部だ!」
 爽太のヒントを気にも留めず二葉は答える。
「え、違うよ。」
 一夜は、ヘタクソな笑顔で答える。
「うへー。」
 スルーが効いたのか爽太は落ち込んでいるような素振りをする。
「えーじゃあ、囲碁部!」
 二葉は今度こそ、といった感じに答える。
「ちょっと二葉、それって失礼じゃない?」
 隣の女の子は少し困った顔で二葉を止めに入る。
「はははははは!」
 もう一人の女の子は笑い転げていた。
「もういいよそれで…。」
 スルーのせいか爽太は適当に流そうとする。
「いいわけねーだろ!」
 一夜は慌ててつっこむ。
「あははは!それで結局何部なの?」
 またも笑いながら聞く二葉、
 可愛い…じゃなくて
「陸上部でっ、す。」
 なぜか言葉に詰まる。
「え、ホント?陸部でっ、すか。色白いし線細いから文化部かと。」
 二葉は軽く茶々を入れながら言う。
「はははははは!」
 まださっきの女の子は笑い転げている。
「おいおい~、言われてんぞ一夜。」
 爽太が肘で小突きながら言う。
「別にいいよ。それはそうと瀬戸さんは何部?」
 一夜はヘラッとして答える。やっと質問できた。一夜は心の中でガッツポーズを決めながら顔は平静を保っていた。つもりだ。
「何部でしょうか!」
 二葉は何やらもったいぶる。
「水泳部。」
 一夜は即答した。
「え、わかる?やっぱ色?だよなー、黒いもんな私!」
 二葉は腕をまくり自分と一夜を見比べて言う。
「いや、そんなつもりは。」
 一夜は気の利いたことを言えない自分にいら立ちながら答える。
 ちょうど電車が駅につきドアが開くと同時に降りる。
 一夜以外は別の改札へ向かい別れる。
「じゃあねー!またねー!」
 二葉が手を振ってくるのに仕方ない、といった感じに振りかえす。電車内のほんの十分程度が一夜にはとてもとても長く感じられた。
軽くなった気持ちとは噛み合わない日が落ちる夕暮れ時を自転車で駆け抜けた。

 登校、授業、部活、帰宅の毎日を過ごしやってきたゴールデンウィーク、今年は三日金曜日、四日土曜日、五日日曜日、と見事にインターハイ予選がGWと丸かぶりである。陸上はある一定の地区の学校が集まりすべての種目を一斉に数日通して行うため金曜日を使用することが多い。
 一年生は応援と、競技進行の補助が主だ。ところどころ一年生から出場する人もいるがその大体が中学で記録を残している人たちだ。一夜の様に高校から始めた人はまず出ないだろう。
 一夜はまだ兄と同じ舞台に立つことはできていないが、何か大きな一歩を踏み出したようで意外と満足げであった。これから、この世界で戦っていく、サッカーとはまた違う別の緊張感が漂うこの陸上競技場の雰囲気が一夜をどうしようもなく高ぶらせていた。初日は400mが短距離のメインだ、一夜は走り幅跳びの補助員をしながら400m予選を眺めていた。今はまだまばらであるが応援の歓声、叫び声、これらが走りたい気持ちをさらに高ぶらせていた。
 四組目四レーン大江山の文字が描かれたユニホームがスタート姿勢をとる。
 パァン!
 合図とともに走りだす藤吾先輩、後続を引き離しトップで第三コーナーに差し掛かる。そのままトップを譲らずゴール。普段の練習を見ている人の走りはまた別の新鮮な心象を一夜に与えていた。

 一日目が終わり、家に着くと
「おかえり、どうだった?陸上の生試合は。」
 悠斗が聞く。
「あぁ、すごかったよ。」
 一夜は答えた。
「陸上が怖くはならなかったか?」
 悠斗が少し真剣な顔をして聞く。
「なんでだよ、なるわけないだろ?」
 訳の分からない質問をする悠斗に若干いら立ち答える。
「いや、おれは初め怖かった。中学で名をあげられなかったおれが、高校で通用するのか怖かった。」
 悠斗は少し照れながら続ける。
「まあ、怖くならなかったならいいんだけどな。」
 相変わらずパソコンに向かって、何やら打ち込みながら悠斗は言う。
「ならねえよ、やってやる。としか思わなかった。」
 一夜は水筒に残った麦茶を飲み干しながら言った。
「お前はすごいな、前向きだな。」
 軽く呆れた顔で悠斗が言った。
「兄ちゃんが自信なさすぎなんだよ、入って早々にビビッていたらなんもできないだろ!しかもなんだかんだ全国行ってるし。」
 日焼けした顔を冷やしいう。一夜は悠斗の性格にもどかしさを感じる。昔から兄は謙虚というか何に関しても誇ることをしない。一夜はそんな悠斗の性格が不思議だった。部活でかなりの成績を残しながらも、地元国立大学に現役合格をした悠斗が一夜はかっこいいと思い、目標だった。
「いいよなー、なんでもひょいひょいできる奴は。」
 一夜はついぼやいてしまう。
「それ、おれのこと言ってんのか?お前、おれが中学の時県大会も行けなかったのは知ってるよな?本当におれがひょいひょいやってきたと思ってんの?」
 悠斗は一夜の方を向き、少し声のトーンを落として言う。
「は?でも国立受かってるし、結果として勉強も部活も成功してんじゃん!」
 一夜も言い返す。
「お前は結果しか見てないのな。まあ、いいよ。」
 そう言って悠斗はリビングを後にする。
「なんだよ!何が言いたいんだ…よ。」
 声を荒らげ言い返すが、何か自分でも十分に分かっていることを突かれたようで言葉が最後まで出てこなかった。
 これが久々の兄弟ゲンカだった。

 二日目も終わり、最終日先輩たちは何人か県大会出場を決め、最終日のマイルリレーも男子は藤吾先輩の活躍で決勝までコマを進めていた。一・二年生の部員は少ないが、三年生はそこそこ人数が多いため男女ともにリレーでの県大会も十分に視野に入るレベルであった。
「これからトラックでは男子4×400mリレー決勝が行われます。第一レーン、常夏学園…第二レーン……第五レーン、大江山高校、第六レーン、八馬奥高校……。」
 場内アナウンスがレーン順に高校を紹介していく。一夜は高鳴る鼓動を抑えつつスタートを待つ。ほんの短い時間であるがスタート前のこの時間はとても長く感じられる。一夜にとってもそれは同じだった。
 パァン!
 スタートの合図とともにきれいに全員反応し、8レーンから順にコーナーを抜けていく。差を広げたり縮めたりし、第二走者へ、途中からセパレートからオープンへ代わり順位がはっきりする。大江山高校は現在三位、前とは5mほど差が開いている。その差が縮まることなく第三走者へ、各学校の第一、第二走者はすべての力を出し切りバトンパス後は倒れこみ、ある人はチームメイトの奮闘を祈り、ある人は走者へ激を飛ばす。これがマイルリレー、最も苦しいとさえ言われる400m、それを4人いや、チーム全員でバトンをつなぐ。ついにバトンはアンカーへ、大江山高校のアンカーは藤吾先輩だ。
「山高ファイト!藤吾先輩ファイトー!」
 二年生の女の子が叫ぶ。
 現在3位、2位との差は15mほど、藤吾先輩は最初から飛ばす、残り200mのところで追いつき抜き去る。一位はさらに10m前だ、残り100m、最初の激走が効いたのか一位との差は少し広まり、後ろからは三位が迫ってくる。キツイと誰もが思った。だが、藤吾先輩は粘り、スピードを上げる。かなり苦しそうな表情をしているが、確実に後方を離していた。
 結局二位でゴールをした。
 歓声やお疲れコールが鳴り響く中一夜は声も出さずゴールをじっと見つめていた。
 一夜の中をざわつく何かは大きく一歩を踏み出した。
 
 連休も明け部活は主力の三年生と一・二年生だけとなった。
 昼休み、二葉は、お弁当と菓子パンを片手に教室を見回すがそこに一夜の姿はなかった。一夜は一年生のクラスを回り、陸上部部員を
募集の紙を配っていた。その姿を見た爽太もまた一夜に声はかけず、一応登録されている二年生の部員の名簿を片手に学校内を走り回っていた。そんな二人の姿を見つけた二葉は菓子パンの袋を開け、『はっはっはっ』と大きく口を開け笑い、菓子パンをかじり窓から空を見上げる。
 大会後からは、一年生も徐々に本練習に参加し始めていた。インターバル走や、筋トレはきつかったが一夜にはその疲れが心地よかった。やっとスタート地点に立てたこと、それが本当に嬉しかった。
 突如鳴り響いたギターの爆音に苦笑しつつも、一夜は俄然やる気になっていた。

青い空とサイレントヒル

青い空とサイレントヒル

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-29

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