からっぽフルコース

「シェフ、オーダーです!」
「こら、居酒屋じゃないんだからそんなふうに大声は出しちゃダメだってば」
「ごめんなさ~い」

こんなやり取りが響くここは京都の一等地にあるレストラン、「Rhapsodie」
フランス語で”狂詩曲”つまりラプソディーの意味だ
なかなか同じ名前の店を探すのは大変なのではないだろうか

Rhapsodieで働いているのはたった4人だ
さっきのやり取りで注意していた方が僕、寺山 正互(てらやま せいご)
Rhapusodieのシェフを担当している
謝った方ははこの店で働くウェイター、西尾 百合奈(にしお ゆりな)ちゃん
みんなからはユリちゃんと呼ばれている
Rhapsodieで働く前は居酒屋で働いていたらしく少々その感じが抜けきっていない
あとの2人は石丸 達也(いしまる たつや)君と支配人の矢澤 雅樹(やざわ まさき)さんだ
この石丸君は良くも悪くもウェイターらしいウェイターで、正直物足りない気もするが安定感は抜群だ
矢澤さんはいつも笑顔を絶やさない老紳士だがこのレストランを開いてから一度も赤字を出したことがないという凄腕経営者だ

そんな4人で経営しているレストランは今夜も繁盛している
この店は一応フレンチに分類されているが、固いコース料理がでてくるのではなく、お客様に注文していただく形になっている
そのためあまりテーブル数も多くはないのだが、いかんせんメニューが別々ということと、シェフが一人しかいないこともあり、厨房はいつも忙しい
あまりにも忙しいと支配人も手伝ってくれるが、今日は月末で支配人も別の仕事で忙しく手伝ってはもらえないだろう

「旬野菜のテリーヌ、オーダーです」
「真鯛のポワレ、お願いします」

今日も次々とオーダーが入る
時計を見ると閉店まであと1時間半だ
もうひと頑張りか

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「は~~~~~~~っ、疲れた」
情けない声で叫んでいると僕に
「シェフ、お疲れ様でした」
そう言ってユリちゃんはおしぼりを渡してくれた
そのおしぼりで顔を拭いていると石丸君がやってきた
「や~、今日は一段と注文が多かったですね」
「まあ一般企業では給料日があったからみんな懐に余裕があるのさ」

そんな会話をしていると支配人がニコニコしながらやってきた(まあそれが素の顔なのだが)
「「「お疲れ様です」」」
「みんなもよく頑張ってくれてるね~。ありがたいことだよ。どうだった、今日は?」
支配人の質問にはユリちゃんが答えた
「いつもより忙しかったですよ~」
「う~ん、そうか・・・」
珍しく支配人が渋い顔をした
「どうかしたんですか」
「いや実はホールの人間を一人減らすつもりだったんだ」
「「「ハイッ!?」」」
3人ともが同時に声を出した
「クビってことですか・・・?」
1番クビに近いであろうユリちゃんが尋ねる
「いや違う違う。一時的に違うことをやってもらおうかと思って」
「は~~~・・・」
「実はちょうど一か月後にある有名な評論家の先生がうちの店に来ることになったんだよ。だからそれをぜひとも物にしたいんだ。これが成功すればもっと多くの人に来てもらえるようになる。だからそのためのフルコースを作ってもらいたいんだ、高寺君」
突然矢澤さんがこちらを向いた
完全に油断していたため返答に3秒くらい間があったかもしれない
「・・・えっ・・・・・、僕ですか・・・?」
「もちろん。このレストランのシェフは君なんだから君以外に誰が作るのさ」
「でもホールのほうを減らすつもりだったって・・・」
「うん、そうだよ。じゃあとりあえずわかってもらえるように説明しようかな。フルコースを考えるのは寺山君とユリちゃんにお願いして、その間はホールは石丸君一人で、厨房は私と私の知り合いの料理人で回そうと思ってたんだ。」
「エッ、私もですかっ!私料理のこと全然わかんないですよっ」
「大丈夫、大丈夫。あくまでも味のほうは寺山君しだいだし」
「じゃあ私いらないじゃないですか」
「いやいや。味以外については若い子の視点も大事だから」
ユリちゃんがくってかかるがそこは矢澤さんだ
ユリちゃんの質問をするするとすりぬけていく
「で、これをやるには石丸君に非常に大変な業務を押し付けてしまうことになる。もし難しいならもう一人臨時で雇うがどうだね、石丸君」
「・・・確かに大変ですがやりがいはあると思います。ぜひやらせてください」
石丸君は少し考えたが二つ返事で請け負った
「よし。ほかの2人もいいかい?」
「まあ、いいですよ~」「わかりました」
「じゃあ早速明日からとりかっかてもらおうかな。その先生のデータは明日の朝までに君らのメールに送っておくから、先生に合うようなフルコース作ってね」

こうして僕らのフルコース作りが始まった

次の日
「シェフ、こっちですよ~!」
「わかったから大きい声出さないで。ここ図書館だから」

今日は朝からユリちゃんと図書館に来ている
支配人からもらったデータから先生の出身地がわかったためその土地の特産品が使えないか調べものに来たのだ
インターネットでも良いのだがうちにはパソコンというハイテクな機器はなく(もちろんスマホもだ)
ユリちゃんは実家暮らしらしく親がいるため二人で意見を出し合いながら調べものをするにはネットカフェか図書館くらいしかないのだが、最近近くのネットカフェがなくなったばかりで近くにネットカフェもないため仕方なく図書館で調べものをしている

しばらくの間ユリちゃんは図書館備え付けのパソコンを使ってインターネットを調べ、僕は本と格闘したが・・・

「シェフ、この町なんもないです・・・」
「みたいだね・・・」

早速難問にぶちあたった・・・
先生の出身地にはこれといった特産品がなくまた観光地でもないため名物らしいものがないのだ・・・

「かろうじてあるとしたら刃物だけど料理にはできないしな~」
「どうしましょう・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
悩むこと15分ほど
「シェフ、せっかくだし行ってみませんか」
「行くってここに!?なんもないんだよ!」
「でも行ったらなにか見つかるかもしれないじゃないですか」
「う~ん、それもそうか・・・・・わかった、行ってみよう。どうやったらいけるか調べてくれない」
「わかりました」
そう言ってユリちゃんはまたパソコンのほうに行った

しばらくして戻ってくると
「シェフ、わかりました。片道2時間くらいみたいです」
「そうか、じゃあ行こうか」
「へ?どこ行くんですか?」
「京都駅」
「もしかしていまからすぐ行くつもりなんですか?特産品とか探すならこれから行ったんじゃ今日中に帰ってこれませんよ!」
「うん。行くなら泊まってくるつもりだよ」
「それなら私、時間をとってもらわないと泊まりなんていけませんよ!!男の人はいいかもしれないけど私だって乙女なんですから!!」
「・・・す、すまん」

結局一度家に帰って、12時半に京都駅の中央口に集まってから僕たちはG県S市に向かった
そこで待っていたのは・・・
「正直微妙ですね・・・」
「ね・・・」
街とも田舎ともいえない感じの場所に着いた
G県といえば昔ながらの家が世界遺産になっているというイメージがあるがそんなことは全然なく、ちょっとさびれた町という感じだ
「どうします?」
「あそこにパンフレットがあるみたいだからそれを見てみよう」
「わかりました」
そうしてパンフレットを見始めると
「ちょっとシェフ見てくださいよ。このゆるキャラかわいくないですか?」
「へ~、ユリちゃんこういうのが好きなんだ~」
「好きですよ~。私の部屋ゆるキャラの人形やグッズでいっぱいですもん。この子のグッズ売ってないかな~」
このゆるキャラは、この町の名産品の刃物をモチーフにしたらしく真っ白な体で頭から日本刀がはえている
刃物はキャラクターにしてもかわいくできないと思っていたが、確かになかなかかわいいかもしれない
そんなことを考えながらパンフレットを見ていると
「おっ」
「シェフ、どうしましたか?」
「ここ鵜飼が有名で鮎を使った料理があるらしい」
「・・・・・鵜飼ってなんですか」
「鵜飼ってのは鵜っていう鳥を使って鮎をとる漁法なんだ。でも、G市のほうが有名でこの町でやってるなんて知らなかったよ」
「ふ~ん。鮎ってあんまり食べたことないんですけどおいしいんですか」
「個人的には結構おいしい魚だと思うよ。鮎は大人になると岩に生えてる苔を食べるようになるんだけど、そのおかげで魚自体からいい香りがするんだ。そのため鮎は香る魚と書いて香魚とも呼ばれてるんだ」
「へ~、シェフって物知りなんですね」
「食べ物についてだけだけどね。じゃあせっかくだし夕食は鮎にしようか」
「じゃあ先にホテル探しましょうよ。そのあとご飯でどうですか?」
「そうしようか」

無事ホテルもみつけることができたのでホテルで聞いた鮎をだしてくれるお店にきた

「おまちどうさまです、鮎丼です」
「わ~なかなか豪快ですね。鮎が一匹分ご飯にのってますよ」
「お~おいしそうだ」

2人して感嘆の声をあげたあと食べ始めるとユリちゃんが話しかけてきた
「おいしいですね、これ」
「うん、鮎の香りがすごいいいね、ぜひ明日も食べなくちゃ」
「えっ、明日もですか・・・同じものを食べるのはちょっと・・・」
「いやいや、まったくおんなじものを食べるんじゃないよ。ホテルの人が言うには、この町でいう鮎丼は鮎とご飯が同じ器に入っていればいいっていう緩い定義なんだ。だから同じ鮎丼でも店でまったく味も違うらしいんだ。中にはうな丼風っていうのもあるらしい」
「へ~それならいいかな。ちなみにこの町にはどのくらいの鮎丼を出すお店があるんですか?」
「10か所くらいかな~」
「10か所!!シェフ、それ全部回るつもりですか!?」
「さすがにそれは無理だよ。行ってもあと2軒くらいかな」
「よかった~。あやうくクマになるとこでしたよ」
「クマが食べてるのは鮭じゃないかな・・・まあいいけど。それと話は変わるけどシェフって呼ぶのやめてくれないかな?」
「なんでですか。もしかしていやなんですか?」
「違う違う。けど、ユリちゃんが僕のことをシェフって呼ぶと店員さんが複雑な表情で見てくるからさ」
「ああ、そういうことですか。う~ん、なら何て呼びましょう?」
「普通に寺山とかでいいよ」
「それじゃなんか寂しいじゃないですか。なら正ちゃんならどうです?」
「それはちょっと・・・」
「う~んそれなら正互さんはどうですか?」
「それぐらいならいいかな」
「正互さんとユリちゃんか・・・なんか恋人みたいですね」
「ゴホッゴホッ・・・・・・」
ちょうどご飯をかきこんでいたので米粒を飛ばしつつ盛大のむせてしまった
「ちょっ大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫・・・だけどおじさんをそんなからかっちゃいけないよ」
「別にからかってないですよ。それに正互さんそんなにおじさんじゃないですよ」
「あ~~~びっくりした。いやそういってもらえるとうれしいけどもう三十路に入ろうとしてるんだ、おじさんだよ」
「そういえばおいくつなんですか?」
「来月で29」
「え~~~~!!それでおじさんなんて言わないでくださいよ。わたしと5つしか違わないのに・・・」
「っていうことはユリちゃん24なの?」
「あっ・・・しまった・・・」
「へ~もっと若いと思ってた」
「それってどういう意味ですか!!言動が幼いって意味ですか!!」
なにか地雷を踏んでしまったらしい
「いやそういう意味じゃなくって・・・肌とか綺麗だしもっと若いのかな~と・・・」
「そういうことならいいですけど」
なんとか回避することができたけど、いつも思うが女性ってわからない・・・
「じゃあ、行きましょう正互さん」
「お、おう・・・」

こうして旅行一日目が終わった

からっぽフルコース

からっぽフルコース

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-28

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