最前列の景色。

「なあ、絵梨、俺告白しようと思うんだけど。」
吉井は突然言った。炎天下。真夏の太陽がジリジリと照り付け、アスファルトを燃やす。
「告白って、愛の?」
私は恐る恐る聞いた。
「そう、それ。」

私はめまいがした。ついにこの時が来てしまった。幼馴染の吉井が、誰かのものになってしまう。この時が。



私と吉井は、小学三年生の時に出会った。お互いの両親の仕事が忙しくて、寂しい思いをしてきた。
ゴールデンウィークや夏休みが一番つらかった。早起きする必要がないから、遅くに目が覚める。お母さんもお父さんもいなくて、狭いはずのアパートの部屋を広く感じた。
そんなときに、隣に引っ越してきたのが、吉井だった。
吉井は初めて会ったときから、明るい奴だった。私のことを最初から呼び捨てで「絵梨」と呼んだ。
学校に行く時も「絵梨行こうぜ」と私を誘ってくれた。クラスメイトにからかわれたこともあったけれど、それでも吉井は私を誘い続けた。親がいなくて寂しい夜は、「ゲームしようぜ」と吉井が私に電話をかけてきた。私と吉井が仲良くなると、夕ご飯はどちらかの家で食べるようになった。

中学生になると、吉井は急に大人びた。私より小さかったのに、今では20㎝も差があるし、声だって低くなった。
吉井があんまり大人になるから、私にはなんの変化もないように感じて、ちょっと嫉妬した。
まあ、それだけじゃなくて、吉井が中二あたりで急にモテ始めたのも私が嫉妬する材料に入っていたけどね。
そんなある日、私は吉井からこんな話を打ち明けられた。

『俺さ、父親いないんだ。』

私はそれを知っていた。吉井のお父さんは吉井が生まれてちょっと経ったあとに、交通事故で亡くなった。

『うん。知ってるよ』

『でも、俺寂しくないんだ。』

不思議と、強がりだとは感じなかった。

『どうして?』

『俺、お前とゲームしたり、宿題したりすんの、好きなんだよね。』

『そうなんだ・・・。』

『だから、俺、一生味方でいるからな。』

『ありがとう。』

恥ずかしかった。お前が好きだ。と言われたのと同じだ。
吉井がどういうつもりで言ったのかは、私でも分かる。少なくとも、私たちは両想いだった。
私は何も返せなかった。「私も。」と言ってたら、どんなに良かっただろう。
私は目をぎゅっと瞑り、また開けた。


「絵梨?」
「ああ、ごめん。」
吉井は心配そうに私を見つめる。安いアパートまであと2m。早く帰りたかった。
「告白・・・うまくいくといいね。」
「・・・まあな。」
「相手、松下さんでしょ?」
松下さん、というのは、いま吉井といい感じの子だ。高校に入ってから、急速に仲良くなってあちこちで噂になっていた。
「え!?何で知ってんの?」
嫌だ。やめてよ。私の未来から、吉井を消さないで。
「だって、噂になってるし。」
目頭が熱いのは、太陽の所為じゃない。視界がぼやける。吉井となんて、話したくない。
「まじかよ・・・。じゃあ、松下も知ってるのかな?」
「知らないよ、そんなの。」
ぶっきらぼうな言い方をしてしまう。嫌だ。吉井に彼女ができてしまうなんて、私以外の女の子の名前を呼ぶなんて嫌だ。
「まあ、そうだよな・・・!?絵梨!?なんで泣いてんの?」
吉井は私をみて慌てた。親指で涙を拭おうとする吉井の手を払いのける。
「絵梨、なんかあった?」
吉井は優しく聞く。
「別に。」
「じゃあ、何で泣いてんだよ。俺はお前の味方するって言ったろ?言ってみろよ。」
「吉井には関係ないから。」
涙は止まってくれない。
「もう、私の味方しなくていい。松下さんと、うまくいくといいね。」
私はそれだけ言って、アパートの階段を駆け上がった。吉井が来ないように部屋の鍵をかけたあと、思いっきり泣いた。
もう、一緒に夕ご飯を食べることも、ゲームをすることも、無邪気な感情ではできない。後ろめたさと、嫉妬と、彼の優しさがごちゃ混ぜになって、きっと苦しい。


いつも隣で君を見ていた。でも君は、私より少し先を歩いていたんだね。

最前列の景色。

最前列の景色。

あの日に戻れたなら・・・。

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更新日
登録日
2013-04-28

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