サガシビト
プロローグ
光が見えた。
その光は、とても眩しく、目を開けていられないほど。
白く光る空間に妹の姿が見えた。
妹は無邪気な笑顔でこう言った。
「お兄ちゃん、もう少しだよ。待ってるから。ここにいるから。」
少しずつ、妹の影は薄れていく。
つかもうと手を伸ばした。
しかし妹は消えていた。
生まれ変わり
雀の鳴き声で目を覚ました。
目覚めはあまり良くなかったが、今日はなんとしても起きなければならない。
5月19日
今日は妹の命日だ。
1年前のこの日、妹は反政府グループに拉致され、殺害された。
犯行の動機は未だ不明。というか、この事件は政府に関わっているためか、公にされなかった。
「朝陽、行くよ」
母さんが呼んでる。これから、墓参りだ。
ウチは、おやじもいない。俺が生まれる少し前、事故でなくなったと聞いた。
仏壇に写真もないから、俺はおやじの顔をしらない。ただ、俺は母さんとあまり似てないから、たぶんおやじはこんな顔だったんだと、自分の顔を見て思う。
車に揺られながら、俺はふと考えた。
ー妹は拉致され、おやじは事故死ー
なんか変だ。ひっかかる。
だって、家族4人のうち、2人が死んでて、しかも理由が理由だ。
今までは考えたことなんてなかった。
墓に水をかけながら、墓に手を合わせながら、俺はずっと考えた。
何かが、とんでもない何かが、二人の死に関係していて、その何かは近い未来、俺の身にも何かを起こす、そんな気がした。
そして、それは数日後にやってきた。
学校に行くと、クラスががやがやと落ち着かない様子だった。
「なんかあんのか?」
隣の席の友達に聞く。
「ああ、今日うちのクラスに転校生来るって。」
「ふうん。」
こんな中途半端な時期に転校生とは珍しい。
親の転勤か、もしくは前の学校でイジメにでもあったのか。
いずれ、俺は転校生なんかに興味がない。
だから、その転校生が教室に入ってきたときも何とも思わなかったし、自己紹介だって適当に聞いていた。
「若林るいです。よろしくお願いします。」
ショートカットの髪に、小柄な体格。普通の女子に見える。
「みんな、仲良くしてあげてね。じゃあ、若林さんの席は…南くんの隣が空いてるから、あそこに座ってちょうだい。」
担任が言った「南くん」、それは俺のことだ。
俺の名前は南 朝陽(みなみあさひ)。漢字で書くと韓国人みたいになる。
しかも、名字が「南」なのに対して、名前が「朝陽」はおかしい。ふつう、朝日は東から昇るからな。
若林はすたすたと歩いてきて、俺の隣に座った。
何も変わったことなどない。そう思って、別に何を話すわけでもなく、いつも通り朝のホームルームを終えた。
すると
若林は俺のすぐ脇に立ち、俺にしか聞こえないような声でこう告げた。
「南朝陽さん、話があります。今日の放課後、学校裏の公園で待っています。」
それだけ言うと、若林は教室を出ていった。
ーなぜ、俺のフルネームを知っている?転校してきていきなり、個人的な用事ってなんだ?
たった一瞬。その一瞬で、俺の中に無数の疑問と、大きな不安が広がった。
その日の授業はほぼ上の空で過ごし、休み時間になるとやけに落ち着かなかった。隣には現れたばかりの謎のクラスメイト。じっとしていられるわけがない。
そして。
放課後はやってきた。
カバンをひっつかみ、足早に学校を出る。
俺が教室を出るとき、既に若林の姿はなかった。先に公園に着いているだろう。待ち伏せされるのは、あまりいい気分じゃない。例え相手が女でも。
公園に行くと、やはり若林はいて、ブランコを少し揺らしていた。俺が来たのを認めると、ブランコを止め、すっくと立ってこちらを見据えてくる。
「悪い、待たせた。で、話って何?」
面倒なことに首を突っ込みたくはない。
若林が答えようと口を開く。
直後、俺は自分の耳を疑った。
「私は、あなたの妹、南夕陽の生まれ変わりです。」
代弁者
「は?生まれ変わりとか、笑える。そんなもの、この世にあるはずないじゃん。ていうか、夕陽のこと、誰から聞いたわけ?」
ーありえない、ありえるはずない
必死にそう考える。生きていてほしいとは何度も思った。けど、夕陽が死んだことはもう受け入れている。今さら生まれ変わりとか言われても、そんなことあるはずないとしか返事のしようがない。しかし、若林は俺の反応にかまわず、話を続けた。
「いえ、生まれ変わりはありえます。まあ、そっくりそのまま生まれ変わったわけではないのですが。私はもちろん、「若林るい」として産まれた人間です。しかし、私には夕陽の「意思」が埋め込まれているんです。」
ますます訳の分からない話になってきた。つまり今目の前にいるコイツは、夕陽の何なんだ?
若林が、俺の心情を察したかのようにタイミングよく答えた。
「つまり私は、夕陽があなたに残したメッセージを伝える代弁者です。」
「は?仮にもしそうだったとして、なら、夕陽が残したメッセージを伝えたら、お前はどこか別の場所にまた移動するのか?」
それを伝えるためだけに転校してきたのなら、俺に伝えた時点でもうこの場所に用はなくなるだろう。しかし、それは違った。
「いえ、なぜ私に夕陽さんの意思が埋め込まれたのか、考えてみてください。普通、死んだ人間の意思を持った、別の人間が現れたりしますか?それこそ、まるで映画のようなストーリーですよね。」
「じゃあ…」
「はい、私が代弁者としてあなたの前に現れたのは、普通の人間の死とは違う意味が、夕陽の死にはあるからです。」
そう言われて、俺は思い出した。夕陽の死とおやじの死、2つの死に何かあるのではないかと感じていたこと。そして、その何かが、いずれ俺にも関わってくるのでは、と不安に思ったこと。
やっぱり、始まるんだ。「何か」が。
「聞かせてくれ。お前が俺の前に現れた理由を。」
居場所
「なぜお前は現れた?夕陽は俺に何を伝えようとした?」
夕陽が俺の前から消えたあの日。朝飯を一緒に食って、一緒に家を出た。今でも鮮明に覚えている。夕陽の「ばいばい」と言った声を。穏やかな笑顔で手を振る姿を。
「順を追って話しましょう。」
若林は、近くのベンチに腰掛けた。俺も隣に座る。
「まず、お父さんが何のお仕事をされていたか、知っていますか?」
「いや、知らない。」
母さんは、おやじのことを話したがらない。今では、夕陽のことも話さない。
「お父さんは、政治のジャーナリストでした。有名な政治関係の雑誌を書いていたんです。」
おやじが政治ジャーナリスト?だんだん複雑になってきた。だがしかし、これではっきりした。おやじは政治に関わっていた。そして妹は反政府グループに拉致・殺害された。この二つの事柄が、共通の家族のもとに起こる。偶然だとはとうてい考えられない。
「なら、おやじも事故なんかじゃなく、殺されたんだな。」
「はい。ですが、それはまだ先の話です。お父さんー南 達牧(みなみたつまき)さんが雑誌で組んでいた特集は、当時の豊福党政権の政策について批評したもので、
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