びゅーてぃふる ふぁいたー(14)

死Ⅲ

 ゲームの画面がクリアされた。画面を見入っていた俺は、携帯電話のインターネットの画面を閉じた。初めてのゲームだった。主人公は可愛かった。自分好みだ。いや、自分好みの顔、姿、服を選んだのは自分だ。結局、俺は、俺の考え方や俺自身が好きなのだろう。あんちゃんは立ち上がった。ゲームの次のステージに進むことも考えたが、疲れたのでやめた。椅子から立ち上がる。
 ゲームは面白かったけど、何か、変だったような気もする。最初、ゲームの主人公の美少女戦士は自分がボタンを触らないのに、勝手に動いていたように思える。敵の攻撃を避ける前に、美少女は逃げたし、攻撃のボタンを押す前に、美少女はパンチを、キックを繰り出した。少しだが間があった、自分の反応が遅れ、どんくさかったはずだ。なのに、美少女は、こちらの意思を先んじたのか、読んだのか、自由自在に動いていた。
 まさか、ゲームのキャラクターがゲームプレイヤーの意思を無視して、勝手に動くはずがない。それじゃあ、ゲームをやっている意味がない。単なる観戦だ。野球やサッカーなどのスポーツをテレビやワンセグで見ることはあるが、ゲームの中で、登場人物同士が戦闘するのを見ても面白くない。どちらが勝っても、どうでもいいからだ。
 だが、後半、美少女が負けそうになった。その時からは、自分の意思が反映できたような気がする。可笑しなことだ。ゲームの主人公が勝手に動くなんて。そんなはずはない。きっと、自分が疲れているからだろう。
 本当ならば、ゲームに勝ったのだから、続けて、勢いで進めていけばいいのだろうが、少し、違和感があったために、中止したのだ。それに、主人公の美少女が疲れているような気がしたからだ。ゲームの主人公が疲れているなんて、変な同情だ。電気仕掛けのゲームだ。疲れても、疲れなくても、電源が入っていれば動く。もちろん、対戦相手に負けて、エネルギーがゼロになれば話が違う。それでも、もう一度、リセットすれば、元気(?)に、エネルギー百パーセントから、戦いが開始となる。
 だが、人間は違う。やり直しがきく場合と、きかない場合がある。まして、死んでしまえば終わりだ。また、最初から、ファーストステージからなんてことはない。ゲームの主人公がうらやましい。自分も、人生をもう一度、いや何度でも、成功するまで、自分の思い通りになるまで、やり直したい。おみくじと同じだ。大吉が出るまで引き続きたい。誰か、俺をリセットして欲しい。
 しかし、やり直しができないからこそ、こうして、日ごろのうっぷん晴らしで、戦闘ゲームに、しかも、現実の女性にもてないから、ゲームの中で、理想の、自分好みのキャラクターを設定しているのだ。勝つことはできた。だが、違和感がある、少し疲れた。気分転換だ。窓を開ける。外は明るい。今日は、何時に起きたのだ。覚えていない。昼前だったと思う。なのに、もう、太陽は空の中央から西の方に傾いている。二時間以上も熱中していたのか。腹が減った。
 立ち上がり、テーブルの上を見る。何もない。コンビ二でも、食べ物を買いに行くか。いや、あった。ポップコーンだ。ポップコーンで腹が一杯になるか。ならない。でも、ないよりはましだ。コーンを食べながら、水でも、牛乳でも、麦茶でも飲めばいい。胃の中で、ポップコーンが水分を吸収し、倍以上に膨れ上がるだろう。とりあえずの空腹感からは逃れられる。だが、1時間もすれば、元の黙阿弥だろう。腹は、割れた後の風船みたいにちぢんでしまうのだ。
 袋の中に手を突っ込む。パーからグーだ。グーのまま手を引きぬく。握り拳の中の当座のエネルギー。拳の中に夢なんてない。あるのは、空虚感だけ。それを口の中に放り込む。しゃり、ふにゃ、ふにゃ。少し湿っている、この歯ごたえのなさ、自分の生と同じだ。歯ごたえだけでなく、満足感もない。それでも、こうして生きている。
 ここは、マンション、いや、そんな洒落たものではない。共同住宅、アパートの一LDKの五階だ。窓腰に外を見る。この建物は道路沿いだ。何かを求め、車や人が往来している。一体、目的地に何があるんだ。目的地が目的でなく、動くことが目的なのか。動かないと死んでしまうのか。その通り。じっとしていたら、死んでしまう。この俺のように。
 ポップコーンをほうばっていたら、ハトが飛んできた、初めてのことだ。ハトがバルコニ―の手すりに止まった。俺はコーンを掴んで放り投げた。何の感情も持たないハトの目。ポーポーポッポ―、ポーポーポッポ。ハトは俺にかまわず鳴き続けている。俺を見ているのか、見ていないのか、わからない。
 俺は、もう一度、コーンを投げる。パラパラパラ。幅九十センチのバルコニー。ハトは俺を無視してか、コーンも無視してか、相変わらず、手すりの上。コーンなんぞ、ハトからすれば、喰い物にもならないのか。ハトにさえ無視される喰い物を俺は、今、むさぼっている。そう思うと、無性に、ハトに腹立たしさを覚えた。怒りを感じた。殺意を抱いた。俺は部屋からバルコニーに出て、ハトを捕まえようとした。ゲームのように。
 ハトは飛び立った。俺の手は宙を掴む。腰高の手すり。俺は前回りのかっこうだ。前回りなんて、小学校の鉄棒の授業以来だ。天地無用じゃない。だが、体は回る。足はバルコニーの外。地面ははるか下。ここは五階だ。俺の両腕は、俺の体を支え切れない。俺の心も、俺の体を支えきれない。
 バルコニーを握ったグーの手がパーに変わった。俺は地面に落ちていく。昔、五十階建ての高層ビルに登ったことがある。展望台から広がった街を見つめ、家や車、人間のちっぽさを知った。その後、下りエレベーターに乗った。音はしない。だが体が浮くような気分がした。その時と同じだ。りんごの代わりに俺自身の体を通じて、地球に重力があることを肌身で知った。知識は体験しないと見に付かない。それにしても、鉄棒だの、エレベーターだの、重力だの、こんな非常時に、つまらんことを思い出すものだ。その思い出も一瞬で消えた。

びゅーてぃふる ふぁいたー(14)

びゅーてぃふる ふぁいたー(14)

死Ⅲ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-27

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