マブシンのアゼル(その11~17)

第三話・グレートエスケープ



「あなたは神を信じますか?」

キター!久々に来ましたよ!

俺、水谷ツトムは思わず心の中でそう叫んだ。

だって、しかたないだろう。
今時こんな人たちと出会う確率って、渋谷で芸能人と出会うのより遥かに難易度高いだろうし。
しかも都内とはいえ、俺の住むこの辺境の田舎町の駅前でだぜ。

俺が子供の頃は、街で石を投げれば、某宗教の某宗派を布教してる人に当たると言われてたほど、そこら中に蔓延してたけど、さすがに最近では、めっきり姿を見なくなっている。

で、久々の遭遇にいささか興奮気味な面持ちでいる俺に、

「え?、引いてます?じゃあ、あなたの健康を祈らせて下さい!」

と、俺の目の前にいるユルふわ銀髪ロングヘアーのお姉さんは、自分がヘマしたと思い込んだのか、続けざまに大技を繰り出してきた。

「え?、え?、またまた引いちゃってます?えーと、それじゃあ、あなたのためにポエムを……」

すげーな、相手に息つく暇さえ与えないとは。

もう何の宗教か分からなくなっちゃってるけど。

「えーと、えーと、それじゃあ」

と、その時、背後から俺がよく知る二人の女の子の声が聞こえてきた。

「島村サエコ、駅前であのバカを見たという情報は確かなんだろうな?」

「ええ、同じ剣道部のチサが確かに見たって、連絡をくれたわ」

ヤバイ!

アゼルとサエコのヤツ、もうここまでやってきたか。

今、あいつらに捕まったら、確実にタマを取られる!

俺の本能がそう告げている。

でもどうする?

万年帰宅部の俺と、一人は魔界武装親衛隊のエリート、もう一人は女子剣道部のエース。
体力差は歴然だ。
走って逃げても直ぐに追いつかれるのがオチだ。

「ええい、あの大バカ者めが、見つけたらタダではおかんぞ!」

「ホントよ!ツトムのヤツ、たっぷり教育的指導をしてあげないとね!」

いよいよ状況は最悪の様相を呈してきた。

その時、ユルふわ銀髪ロングヘアーのお姉さんが俺の手をつかみ、

「こっちです!」

と、俺を連れて、商店街の裏道を走り出した。

「え、ちょ、ちょっと」

「大丈夫です!私に任せて下さい。あなた追われてるんですよね?」

「いや、そうだけど」

「きっとあの二人は悪徳高利貸か、インチキ宗教の回し者に決まってます!そんな悪人たちの手に決してあなたを渡しません!」

「……」

後者に関しては、お姉さんの方が大分近いような気がするんだけど。

こうして駅前で運命の出会いを果たした俺とお姉さんの地獄の逃避行が始まった!



と、まあ……のっけからこんな訳の分からない展開で申し訳ない。

今日は夏休みに入ってから最初の日曜日。

アゼルとサエコの電撃的同盟から、既に十日が経過していた。

その日の朝、俺は目覚めた時から密かに心の中で決意していた。

「今日こそ、俺は真の自由に向ってエスケープするぞ!」

というのも、夏休みに突入して一週間が経っていたが、俺は毎日朝から晩までアゼルとサエコの特訓という名の虐待を受け続けていたのだ。



「じゃあ、まず手始めにツトムが多量に隠匿している不健全なお宝の処分から始めましょうか」

あのサエコの一言を皮切りに、俺の生活は一変した。
俺が所持していたお宝の90パーセント以上が破棄され、厳しい監視の現状下では新規の購入も難しい。

さらに、

「われわれ二人で、各々得意分野を担当したほうが効率的ではないか」

との、アゼルの提案から、朝は5時起床。
サエコと朝食前の軽い(?)5キロランニングの後、6時に朝食。
息つく暇もなく、アゼルの指導(監視?)下、7時から午前中は夏休みの宿題を片づけ、昼食の後、今度は夕方まで、二学期以降の各教科の予習。
夕方からは、部活終えたサエコの血も涙もない武術指導(サエコはおじさんから、空手と合気道の手ほどきも受けているのだ)。
そして7時半に遅い夕食をとった後、9時には就寝という、およそ現代日本の高校生の夏休みというよりは、アメリカ海兵隊の新兵訓練期間というべき日常が続いていた。

「もうイヤだー!いっそ殺してくれー!こんな灰色の青春じゃ生きてたって意味ねーよ!」

そんな、俺の悲痛な叫びに対しても、

「身から出た錆だ!」

「いつか私たちに感謝する日がくるから!」

と、無情でありがた迷惑なお言葉が返ってくるのみ。

「このままじゃ、ダメな俺がダメになる!」

そう悟った俺は、この日、ついに計画を実行に移したのだ。



「心配しないで下さい。私にいい考えがあります」

俺と手をつないで走りながら、お姉さんは朗らかにそう言った。

「はあ~、そうですか」

朝食の後、隙を見て、家から脱出したものの、駅前に来る途中、サエコの部活仲間に発見された俺は、駅前で知り合った銀髪美女(付け加えるならすごい巨乳!)のお姉さんと逃避行を続けてるわけだが、何だかこのお姉さん妙にノリノリというか、この状況を心から楽しんでるように見える。

「はあ、はあ、はあ、あのー、どこに向かってるんですか?」

ああ、もう、息切れしてきた。
自分の体力のなさが情けないよ。

「近くに私がお世話になってる教会があります。とりあえず、そこでしばらくの間、身を隠して下さい」

女の子の手って、こんなに柔らかいもんなんだな、と俺はしみじみ感じた。
なんせ、俺の周りににいる女の子ときたら、俺に鉄拳制裁を加えるようなのばかりだからな。
とにかく、しばらくの間、このお姉さんとの逃避行を楽しむことにしよう。

でも、この辺に教会なんてあったかな?

「もうすぐです。そこまで行けば、、、うぐ!」

俺と話していたと思ったら、いきなり道端で屈みこみ、俺の目の前で、あろうことかお姉さんがゲロを吐きだした。

「うげ~~~~~~!」

うわ~、こんな美人でもゲロ吐くんだ。
なんだか、ちょっと感動したよ、俺。
自然の摂理を感じるな~。

………って、おいおい!他人が見たら間違いなく危ない趣味の持ち主だと誤解されちまうぞ!
それより、お姉さんの方が心配だ。
俺はしゃがんで、お姉さんお背中を摩りながら、

「だ、大丈夫ですか?」

と、尋ねた。
まあ、どう考えても大丈夫なわけないか。
食中毒とかじゃなければいいけど。

「だ、大丈夫です。ちよっと朝食で食べたスペシャル・スタミナ・ユッケ海鮮丼が胃にもたれてて、おぐえ~~~~!」

何で朝からそんな凄まじいものを。



「すみません。何だかこっちがご迷惑かけちゃって」

しょうがないので、俺がお姉さんを背負って歩くことにした。
さすがにあの場に残して、トンズラするのは人として、どうかと思うし。
どうやら目的地は丘の上にあるらしく、俺は坂道をヨタヨタと歩き続けた。

「いえいえ。困った時はお互い様ですから」

主に困ってるのは俺なんだけどね。

「こっちに来るのは久しぶりだったものですから、つい食い倒れツアーやっちゃって」

一体どんな食い倒れツアーなんですか!

それにしても、さっきからお姉さんのデカメロンが背中に押し付けられて、俺、かなりヤバイ状態なんですけど。
いかん!いかん!何か気を紛らわすことでも考えねば。

「えーと、お姉さん、ご出身は外国ですか?」

「ええ、まあそんなところです」

一見したところ、北欧か、あっちの辺りだろうか。

「あの~、こちらには、仕事かなにかで?」

「はい、主の仕事をしにまいりました」

ああ、やっぱり布教活動しにきたんですね。

「でも、もっと人の多いところの方がいいんじゃないですか?」

新宿とか渋谷の方が、カモ、もとい、熱心に話しを聞いてくれそうな人が多そうだし。

「いいえ、人の多さは関係ありません。むしろこのような場所ですることに意義があるのです」

「そんなもんですか」

「はい。それに、そのおかげで貴方とお会いすることができましたし」

「え?」

「きっとここで会ったのも主のお導きに違いありません。主は私にあなたを悪の手から守るという崇高な使命をお与えになったのです」

まあ、その気持ちは………気持ちだけは大変ありがたいんですけどね。


「着きました。ここです」

丘の上に着き、俺の背中から降りたお姉さんは、目の前にそびえ立つ建物を指差して、そう言った。

「……えーと、ここって」

おい、ちょっと待てよ、ここって。

「はい、ちょっと汚れていますが、「神の館」には違いありません」


ここって、10年ぐらい前に潰れて、そのまま放置されてるラブホテルじゃないかーーー!!


「よく見て下さい!どー見たって教会じゃないでしょ!」

思わず、突っ込みを入れる俺。

一瞬、お姉さんはきょとんとし、

「まあ、ホントに言われてみれば」

このラブホテルってバブルの末期頃に作られたんだけど、立地条件の悪さだけでなく、そのあまりにもメルヘンタッチ、そうまるで浦安方面で見かけそうなド派手で、乙女ちっくなお城のような外観が災いして、結局数年で廃業に追い込まれたそうだ。

「そうでしょ、ここはですね……」

「ここはお城だったんですね!でも大丈夫。お城には大抵礼拝堂があるものですから」

マジ!?

このお姉さんの宗派って、アバウトすぎくねー!

だが、俺の混乱状態なんか、まるで関係ないとばかりに、

「ですから、ここを「神の館」というのも間違いじゃありませんよ」

と、そう言いながら、お姉さんは爽やかに微笑んだ。

「ああー!もう、ここはお城じゃなくて、ラブホテルですよ!」

「ラブホテル?」

「神の館とゆーより、愛の館なんですよ!」

「まあ、「愛の館」なんて、やっぱり、ここは「神の館」に違いありませんわ!」

違ーーーーう!!

愛は愛でも、友愛とか人類愛とかじゃなく、おもいっきり不健全で肉欲ドロドロな方なんですよー!
ああ~、もう、なんで分かってくれないんですか!
天然すぎるのも犯罪ですよー!

なのに、お姉さんときたら、

「さあ、遠慮しないで入って下さい。すぐに、お茶の用意をしますから」

と、心の中で血の涙を流しながら絶叫してる俺を残して、さっさと建物に入っていきやがんの!

………もういいです。

身も心も疲れ果てた俺は、まるで落ち武者のようなオーラを漂わせながら、お姉さんの後についてラブホテルの中に、吸い込まれるように入っていった。


「じゃあ、私、少し汚れちゃったので、シャワーを浴びてきますね」

そう言って、バスルームに入っていくお姉さん。

「あっ、どうぞ、ごゆっくり」

俺は、少し緊張気味に答える。
そして、お姉さんが淹れてくれた紅茶を飲み、一息ついたところで、改めて部屋の中を見回した。
部屋の内装は外観ほど派手でなく、普通のホテルの寝室といった感じで、少し拍子抜けするくらいだ。

「ラブホテルって、もっと、こう、部屋全体ピンク一色で、回転ベットとか、ピカピカ光るライトがあるのかと思ったんだけどな」

とはいえ、健全な青少年に、このシチュエーションは酷だよ。
ヤバイ!さっきから心臓がバクバクいってる。

「それにしても、このホテル廃業して10年ぐらい経つのに、やけに中は綺麗だな」

入口から最上階のこの部屋まで移動する間、俺は内部を観察していたが、とても10年も無人だったとは思えないほどよく手入れされていた。

「それに電気もガスも水道も止められてないなんて………まさかあのお姉さんの教団が買い取って、ホントにここを教会にする気じゃ」

その時、バスルームの中からお姉さんの声が聞こえてきた。

「すみませ~ん。タオルを忘れちゃったんで、取ってもらえませんか~」

一瞬呆気にとられる俺。

「あははは、やだな~。まさかこんなお約束な展開があるワケ」

「あの~、聞こえてますか?タオル取ってもらえませんか~」

「うそだろー!」

まさか、出会って、いきなりこんなHイベントのフラグが立つなんて、美味しすぎるぜ!

いかん!いかん!いかん!

覗きなんて俺の主義に反することできるわけないだろーが!

………でも、向こうが誘ってるなら別にOkなんじゃないか。
それに、どう見えも、あのお姉さん年上だし、外人さんは経験するのが早いってゆーし、処女ってことは………いや、あれだけ熱心な信者さんなら、貞操概念は強いだろーから、十分処女の可能性も………。

ああ~、俺は、俺はどうすればいいんだ!

「あの~まだでしょうか?」

そうだタオルを渡すだけじゃないか!
何を考えているんだ俺は!
別にHなことをするわけじゃないんだ!
渡す時、目をつぶってればいいだけじゃないか。

俺はタオルをつかみ、バスルームの入り口に歩み寄る。

ごくり!

バスルームのドアの隙間から湯気が流れ出てくる。

で、でも、たまたま、なんかの拍子に目が開いちゃうってことはあるよな。
そ、そうだよ、あくまで事故、事故が起こることだってありえるわけで。

俺はそっと、ドアの隙間から中にタオルを差し入れる。

「あっ、手が届かないんで、もう少し中に入ってもらえますか」


や、やはり、俺を誘ってるのかーーー!!


「そ、それじゃ、ちょっとだけ中に入りますから」

俺は手で顔を覆い、バスルームに身体を乗り入れる。
もちろん、指の隙間が少し開いてることはいうまでもないだろう。

ごめんなさい!事故が起こるかもしれないけど、ごめんなさい!

「あれ?」

しかし、バスルームの中には、お姉さんの姿はなかった。
思わず、顔から手を下ろし、バスルーム中をマジマジと見る俺。

「本当にあなたって、報告どうり、どうしようもないスケベ男なんですね。水谷ツトムさん」

入り口の脇に隠れるように立っていたお姉さんが、俺に向かってそう言った。

「え、何で俺の名前を?」

次の瞬間、その芸術品というべき美脚から繰り出された強烈な踵落としが、俺の後頭部に直撃した。

「ヴァンダボーーー!!」

ナイスな悲鳴とともに、俺はバスルームの床にうつ伏せに倒れた。

「ふふふ、まさかこんなに易々と事が運ぶとは思いませんでしたわ」

お姉さんの甘く、それでいて氷のように冷たい声がバスルームの中に響き渡る。

「それじゃあ、さっそく心のこもった歓迎会の準備をしなくてはなりませんね」

そして、薄れ行く意識の中で、最後に聞こえてきたのは俺のよく知る人の名前だった。


「あの女………「マブシン」のアゼルのために」



「くそー、結局見失ったか」

「しかたないわ。アゼルさん、一度家に戻って、もう一度ツトムが立ち寄りそうなところをピックアップしましょう」

二人の愛のムチに耐えかねて、自宅から逃亡したツトムを追って、街中を探し回ったアゼルとサエコだが、結局のところ二人の苦労は徒労に終わった。財布と定期は部屋にあったから、街の外には出ていないのは確かなのだが、いくら小さな街とはいえ、二人で探すにはあまりにも広い。

「そうだな。家に帰ってシャワーでも浴びて、今後のことを考えるか」

朝から探し回っていたから、二人とも汗びっしょりだ。
人間界に来た時、学校の制服以外用意してこなかったアゼルだが、先日サエコに付き合ってもらい、夏用の服を多量に購入してきた(支払いはツトムが夏のイベントのために用意しておいた軍資金を流用したので、ひと悶着あったりしたわけだが)。

「それにしてもあの馬鹿者!明日からはヤツが逃げられないように何か手立てを考えないとな」

家路の途中、アゼルは爆発寸前の感情をなんとか押さえ込むかのように、そう呟いた。

「手立てって、運動の時間以外、部屋から出られないようにするとか?」

サエコの方は、子供の頃からの腐れ縁で、もう慣れっこ(ツトムは昔から夏休みの宿題を放り出して遊びほうけていた常習犯)ということもあって、さほど普段と変わらない様子だ。

「生ぬるい!そうだな、首の動脈に超小型爆弾を埋め込んで、この家から100メートル離れたら、爆発するとか」

「え、ちょ、ちょっと、それはやりすぎじゃ……」

さすがにアゼルの言葉に少しばかりたじろぐサエコ。
どこかの映画に出てくる冷酷非情な刑務所長じゃあるまいし。
そのへんは、いくら熱血体育会系女子高生とはいえ、普通の女の子なのだ。

だが、アゼルは涼しい顔で、

「いや、この程度の処置は甘い。ホントなら両足をコンクリートで固めて背中の皮をイスに縫い合わせてもいいくらいだ」

と、およそ堅気の人間には思いつかないような デンジャラスで猟奇趣味満点なアイデアを披露した。

「………ま、まあ、手足を縛るくらいで勘弁してあげましょう」

さすがは魔界から来た女の子。
島村サエコは、改めて魔界から来たこの少女の中に巣くう闇の本性を垣間見た気がした。


「ん?島村サエコ、ツトムの家の前に誰かいるぞ」

水谷家の近くまで来た時、突然アゼルがそう言った。
サエコが前方を凝視すると、そこには水谷家の門前で立ちつくす、ツトムとサエコのクラスメートの安藤ヒデアキの姿が目に入った。

「ホントだ。あれヒデアキじゃない。ツトムに用でもあるのかしら?」

安藤ヒデアキ。
水谷ツトムの悪友で、サエコに言わせれば、「ツトムをオタク人生に堕落させた元凶」と言われている男だ。
当然のことながら普段からサエコはヒデアキにいい印象を持ってはいない。

「全部アイツが悪いのよ!アイツと中学で知り合わなければ、ツトムはここまで駄目人間にはならなかったわ!」

しかも今日のヒデアキの格好ときたら………やたら派手で悪趣味なアニメ柄のアロハに下は短パンにサンダル、そのうえ頭にはサイケなチューリップ帽!

キモーーー!!

サエコの両親はあまり娘の服装などには、口やましくはないが、それでも普段から高校生らしい節度を持った服を着るように言われている。そのため、余計に60年代のヒーピーと現代のオタクが融合したような格好のヒデアキには我慢できない。

「ったく、今日は厄日だわ」

どうせまた、ツトムを良からぬ催しに誘いに来たに違いない。
サエコは、少し意地悪い口調で、

「ヒデアキ、残念だったわね。ツトムなら留守よ」

と、ヒデアキに近づきながら、声をかけた。
サエコの声に反応してこちらを向くヒデアキ。

「!」

ヒデアキと目が合った瞬間、サエコの背筋に悪寒が走った。

何か様子が変だ。

ヒデアキの目は虚ろで、まるで生気が感じられない。
こいつが変なのは今に始まったことじゃないけど、さすがに今日のヒデアキは異常すぎる。
もしかして身体の具合が悪いとか?

「どうしたのよ?あんた、また拾い食いでも……」

と、サエコが(ほんの少し)心配そうにたずねた。

「うがーーーーー!!」

その途端、安藤ヒデアキはうなり声を上げながら、その場で、いきなり服を脱ぎ出した。

「きゃーーーーー!!」

ヒデアキのご乱心に顔を手で覆い、悲鳴を上げるサエコ。

「おい、貴様、こんな往来で何を考えているんだ!」

サエコを押しのけて、アゼルはヒデアキの暴挙を止めにかかる。

だが、アゼルの手を振り払い、ヒデアキは服を脱ぎ続ける。

「こいつ、何て馬鹿力なんだ!」

そして、とうとうパンツ一丁になるヒデアキ。

「く、しかたない!」

アゼルが、手刀でヒデアキを気絶させようとした瞬間、先にサエコの電光石火の手拳が炸裂した。

「ばかー!あほー!死ねー!変態ー!」

ドカ!バキ!グキ!ベキ!

目をつぶったまま、ヒデアキの顔面を連打するサエコ。
あまりの早業にアゼルもただ唖然と見ているだけであった

「ひぎ~~~~~~」

断末魔の悲鳴ととみに、ヒデアキは路上に仰向けに倒れこんだ。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

肩で大きく息をするサエコ。
まだ興奮覚め止まぬようだ。

「お、おい、島村サエコ、大丈夫か?」

ようやく我に返ったアゼルが、恐る恐る声をかけてきた。

「この馬鹿、前からイカレてるとは思ってたけど、ついに本性を現したわね。この犯罪者!警察に突き出してやるから!」


「……ん?これは!」

倒れたヒデアキを介抱しようとして、近づいた時、その異様な光景がアゼルの目に映った。

「どうしたの?アゼルさん」

アゼルの声に、硬く閉じていた眼を開くサエコ。

「うわ!何なのよ、これ?」

ヒデアキの身体に、そう、それはまるでミミズ腫れのように得体の知れない文字のような図形が浮かび上がってくる。

「ふーむ、そうか、なるほどこの男はメッセンジャーというわけか」

「アゼルさん?」

その文字のようなものを一通り眺めると、アゼルは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

「あいかわらず、天界の連中は趣味が悪い」

「この変なもの文字?読めるの?」

「ああ、人間の中にはこれを聖痕とか呼ぶ者もいるが、これは天界の天使どもが使う文字だ。ふーむ、どうやらツトムのやつ、敵の手に落ちたようだ」

天界の天使が使う文字?

サエコには何が何だか、まったく理解できないが、とにかくヒデアキの身体に浮かび上がっているものが天使たちが使う文字で、アゼルにはそれが読めることだけは理解できた。

「天界の天使たちって、あの背中に羽の生えた天使のこと?」

「まあ、そうだ。とはいえ、人間界にいる時は、普通の人間と同じ姿をしているから、お前たち人間が、やつらに気づくことはないがな」

まあ、目の前に魔族の女の子がいるくらいだから、天界の天使がいたって不思議はないか。
島村サエコという女の子は、変なところでポジィテブな性格の持ち主であった。

「それで何て書いてあるの?」

「「水谷ツトムは我々が預かっている。返して欲しければ、丘の上にある「愛の館」まで迎えに来られたし。あなたの良き隣人エリザベス・マクリーン」ふん!何が良き隣人だ。聞いて呆れるわ!」

確かに拐って、人質にするなんて、良き隣人のすることとは思えない所業だ。

「そのエリザベス・マクリーンって、知ってる人?」

「ああ、話すと長くなるのだが、まあ、やつとは昔からの因縁浅からぬ仲だ」

アゼルの口調から、かなり険悪な関係だということが想像できる。

「でも、何で天界の天使がツトムを?」

「私を誘いだす餌だ。大方甘い言葉に引っ掛かって拉致されたのだろう。それより、島村サエコ、丘の上の「愛の館」とは何のことだ?」

丘の上の「愛の館」って、そんなメルヘンチックな建物この辺にあったかしら?

「う~~~ん……はっ、ま、まさか!」

サエコの脳裏に強烈な一つのイメージが浮かび上がる。

「何だ知っているのか。ん、何を赤くなってるんだ?」

下を向き、恥ずかしそうにモジモジするサエコ。
普段の勇ましい姿からは、想像するのは難しいが、これでこの少女、かなり乙女ちっくなところがあるのだ。

「ええ、まあ、多分あそこのことなんだろうけど……でも「愛の館」なんて。きゃーー!いやーー!はずかしー!」

バン!バン!バン!バン!バン!

おもいっきり、地面を叩き続けるサエコ。

「きゃーー!!不潔よ!不潔よー!ツトム、あんなとこで何やってるのよー!」

一体どうしてしまったのだ、この女は?
危ないクスリでもやっているのか?
この世界ではイレギュラーな存在であるアゼルのほうが圧倒されるほど、サエコの行動はブッ飛んでいた。

「おい、島村サエコ、いいかげん説明せんか!話が進まないだろうが」

アゼルはサエコの肩に手をかけながら、なるべく刺激しないように慎重に話しかけた。

「え?ああ、ごめんなさい。ちょっと恥ずかしいこと想像しちゃって」

顔を真っ赤にして、ゆっくりと立ち上るサエコ。

「えーと、それじゃあ、恥ずかしいからアゼルさん、耳を貸してくれる」

辺りの様子を気にしながら、サエコは、そっとアゼルに耳打ちした。

「!」

その途端、アゼルの表情が見る見る険しくなった。

「ふ、ふ、ふ、ふふふふふ……水谷ツトム、我々から逃れて、女とそんな如何わしいところにしけこむなど、本当に一度死んで生まれ変わらなければならないようだな!いや、この男には死すら生ぬるい!生皮はいで樽の中で塩漬けにしてやる!」

サエコの目前で、瞬時に魔界武装親衛隊の姿に変身するアゼル。

「首を洗って待っているがいい水谷ツトム!ついでに天界の淫乱天使のヤツも翼をもいで、焼き鳥にしてくれるわ!」

召還のポーズを取り、アゼルは大きな声で使い魔の召喚の呪文を詠唱した。

「出でよ!我が第三の下僕、クライス!」

凄まじい閃光とともに独軍四輪偵察装甲車と同じ外見の、魔界軍武装親衛隊少尉アゼル・フォン・シュタイナー第三の使い魔「瞬速のクラウス」がその姿を現わした。

「いくぞ、クラウス!敵は「不純異性交遊専用連れ込み宿」にあり!」

車長席に飛び乗るアゼル。

「待って!アタシも一緒に行くわ!」

サエコも四輪偵察装甲車に乗り込もうとする。

「いや、私一人の方がいい。それより、その男を家で介抱してやれ」

「えー、何であたしがこいつの面倒なんか診なくちゃならないのよ!」

「貴様がぶちのめしたんだろうが!」

そう言われると返す言葉がない。
確かにこのまま放置しておいたら、通りかかった人に警察に通報されかねない有様だ。
そんなことをサエコが考えている隙に、アゼルは四輪偵察装甲車を発進させた。

「あー!ちょっと待ってよ!……あーあー、行っちゃった」

自分の静止を無視して、脱兎のごとく走り去るアゼルを見送りながら、一人その場に取り残されるサエコ。

「ふう~、しょうがないわね」

ポツリとタメ息をつくと、サエコは道端で気絶しているヒデアキの腕を掴み、ズルズルとツトムの家の中へ引きずって行った。

「あれ?でも確か、あのラブホテル、大分前に潰れたんじゃ……」


「あら、ようやくお目覚め?」

俺の耳に、さっき知り合ったばかりの、巨乳の銀髪ユルフワヘアーのお姉さんの声が届いてきた。
朦朧とした意識がしだいにハッキリしてくる。

「いてててて!」

突如後頭部に鈍い激痛が走る。

くそ~、なんだか最近、俺気絶ばかりしてね~?

「なんなんですか!いきなり踵落としをくらわせるなんて!」

そりゃあ、入浴中に覗こうとした俺も悪いけど、タオルを取ってくれって言ったのはお姉さんの方なんだし。

「まあ、ごめんなさい。手加減したのですけど、でも、元から大したお頭じゃないみたいですから、それ以上悪くなることはないですわよ」

おい、おい、それが人に謝る態度ですか?!
いくら温厚な俺でも我慢の限度ってもんがあるんですよ!

「ちょっと、お姉さん!加害者のくせに、失礼にもほどがあるでしょ!って、うわ!何だ?何で俺、椅子に縛られてるんですか!」

俺は椅子に座った状態で、腕と足は縄で縛られていた。
SMプレイの一種だろうか?
考えてみれば、お姉さんの態度も先ほどとはまるで違い、高飛車で、高慢な物言いだ。
も、もしかして、このお姉さん隠れ女王様?
まあ、どっちにしろ、俺はそっち方面の趣味はないんだけどさ。

ところが、お姉さんの口から思いもよらない言葉が飛び出してきた。

「あなたには「マブシンのアゼル」をおびき出す餌になってもらいます。ですから、逃げられないよう拘束させてもらいましたの」

俺は一瞬にして、今自分が置かれた状況を完全に理解した。

「「マブシンのアゼル」って、お姉さん、アゼルの知り合い?」

間違いない。このお姉さんは人間じゃないし、俺と出会ったのも偶然なんかじゃない。

「そうでした。自己紹介がまだでしたわね」

次の瞬間、凄まじい閃光で目の前が一瞬真っ白になる。
そして、真紅の軍服姿の女性が現れた。

「お初にお目にかかります。ワタクシ、天帝近衛師団装甲騎兵大隊所属、エリザベス・マクリーン中尉です。以後お見知りおきを」

お姉さんは、カーテンコールに応える女優のように、もったいぶったお辞儀をしてから、俺を見下すように笑いかけてきた。

「くそ、天界から来たってことは、お姉さんって、天使?」

「理解が早くて助かりますわ。その通りです。ワタクシたち天使は、天界の、いえ、5大世界を統べる偉大なる主の僕にして、その御威光をあまねく世に知らしめるための使者であり、その指し示す道のりを邪魔する不届き者に鉄槌を加える栄ある戦士なのです」

十字を切った後、恍惚とした表情で、祈りのポーズをとるお姉さん。

畜生!ふざけやがって!
こんなことなら、躊躇わず、さっさと風呂場に突入して、お姉さんのナイスバディをこの眼に刻み込んでおけばよかったよ。

あ~あ、自分の理性が恨めしい。

それにしても、俺の人の良さを利用するなんてけしからん!
ここは一つビシッと言ってやれないとな!

「栄ある戦士が聞いて呆れるよ!人を騙して、気絶させたうえ、椅子に縛り付けて拘束するなんて、どう見たって悪党のすることだろ!」

「あら、縛られるのがお嫌なら、背中の皮を椅子に縫いつけて、足をコンクリートづけにしても良かったのですけど」

「………人道的配慮に感謝いたします」

なんか、どこかの誰かさんが言いそうなセリフでした。


まあ、相手は年上みたいだし、あまり熱くなるのも大人気ないよな。
ここは少し、落ち着いて話をしようじゃありませんか。
えっ?!決して、さっきのお姉さんの言葉にびびったわけじゃありませんことよ!
あ、あたくし、そんなチキンハートじゃなくてよ!

「アゼルの知り合いってことは、お姉さん、エリザベスさんも未来から来たわけですよね」

「ええ、ワタクシは正規の手続きを経てね」

「?」

お姉さんの「正規の手続き」という言葉が妙に引っかかったけど、そんなことはお構いなしとばかりに、彼女は話を続けた。

「まあ、いいですわ。それよりも大人しくしてた方が利口ですわよ。どうせ、この要塞からは出られないんですから」

「要塞って、何いってんだよ!ここはただの潰れたラブホテルだろ」

そう、ここは十年近く前に潰れたラブホテルで、要塞なんて、たいしたもんじゃない。

「見かけそうですけど、ワタクシが改築して、今やここは、あの「マブシンのアゼル」を葬るためのありとあらゆる武器と罠を仕掛けた要塞、そう、ここがあの女の墓場となるのですわ!あ~あ、その時が待ち遠しいですわ!」

うわ~、マジかよ!
こういう自己陶酔型のタイプって危ない人が多いって聞いたことがあるけどさ。
なんだかもう、このお姉さん、猛烈な勢いで、あなたの知らない世界に突入しちゃってるよ。

だけど、

「どうして、そこまでしてアゼルのことを狙うんだよ?」

と、俺は最初からずっと感じていた疑問を、お姉さんにぶつけてみた。

「天界と魔界がこの人間界の覇権を争って、遥か古の昔から戦い続けてることは、聞いてます?」

俺は頷いた。

確かに、その話はアゼルのやつから聞いてるけど。

「でも、わざわざ過去にまで時間を遡って、追いかけてくるなんて普通じゃないだろ。何か恨みでもあるのか?」

まあ、アゼルの性格じゃ、天界はもちろんのこと魔界にも敵が多そうだけどな。

「あの女とは因縁浅からぬ仲なのは確かですけど。ワタクシは天帝近衛師団の軍人。私怨で戦うようなことはしませんわ。ここに来たのは、あくまで崇高な任務のため」

「崇高な任務?アゼルを葬ることがか」

「そうです。そして、それはあなたの利益にもなることなのですよ」

「俺の利益?」

お姉さんは、俺の顔を覗きこみながら、まるで俺の心の内を看破してるかのように、囁きかけてきた。

「あの女がいなくなれば、あなたは自由の身。地獄のような特訓の日々から開放されるのですよ」

「うっ、そ、それは」

ハッキリいって、俺は自分の心の動揺を隠せなかった。

「大丈夫、全部知っていますわ。あの女のせいで、あなたがどんな目に遭わされているか」

確かに今の生活は地獄だよな。

「ワタクシの任務が成功すれば、あなたにとっても悪い話ではないはず」

それから開放されるのなら少しくらいアゼルの奴が痛い目をみるくらい………。

「け、けど、いくら何でも殺すとか、物騒なことは」

思わず、俺の口から本音が漏れた。

「大丈夫ですわ。ワタクシたちは蘇生の魔術を使えます。一度ぶち殺してから、また生き返らしてあげますわ。まあ、でも、あの腐れビッチ、100年くらいはひき肉状態にしておいてやるつもりですけど。そのくらいの時間大したことありませんでしょ?」

どこの世界に自分の娘が100年間もハンバーグの材料でいることに我慢できる親がいるっーの!

「俺たち人間にとっちゃ、大した時間ですよ!今生の別れですよ!」

あんた、ホントに天使かよ?!
どこぞの獄長様がサンタさんか何かに思えるほどのヒールっぷりだよ!



「いかん、いかん、もう少しで騙されるところだった」

このお姉さん、見かけとは裏腹に、かなり腹黒い性格をしてるぞ。

「騙すなんて人聞きの悪い。ワタクシは心底あなたのことを考えて」

「よく言うよ。だいたいどうして、そこまでして、アゼルのことを葬らなくちゃならないんだ?」

そうだよ。
いくら魔界と天界が戦争してるからって、たかだか女の子一人、そんなに目の敵にしなくってもいいんじゃないか?
ところが、お姉さんは俺の顔をまじまじと見つめて、

「それは、あなたを真人間に更生させようとしてるからですわ」

などと、涼しい顔で仰いました。

「はい?」

「今から3年後、あなたは魔界から来たアゼルの母親と恋に落ち、二人は結ばれるのです」

「いや、その事は知ってるけど」

「魔界13大貴族筆頭のシュタイナー家の当主となった、あなたは放蕩三昧の末、シュタイナー家を破産させることとなるのですが、そのために魔界全体の力は大きく削がれ、情勢は、われわれの側に有利に働くこととなります」

「………」

「ですから、あなたには、更生などせず、是非このまま人間の屑でいてもらいたいのです!」

ひどい!ひどすぎるよ!!

俺のガラスのような繊細な心は、今の心無い言葉に、木っ端微塵に粉砕されちゃいましたよ!
アゼルが来てから、アイツの口から飛び出す罵詈雑言で、この手の精神攻撃にはかなり免疫が出来てきたけど、さすがに今日あったばかりの相手に人間の屑呼ばわりされるのは、もはや俺の心の安定の許容範囲を超えてるよ!

「い、いくらなんでも、それって天使様の言うことですか!仮にも人間に手を差し延べて、悪の道に染まらないようにするのが、あんたたちの仕事でしょうが!」

と、俺の心の叫びをぶつけると、

「あら、誰がそんなこと言いましたの?」

と、まるで俺の苦しみなどまるで眼中にないとばかりに、お姉さんは微笑みながら、そう答えた。

「誰って、常識でしょ!教会の神父さんや牧師さんは、そう信者さんに教えてるんですよ!」

「そんなの人間が勝手に、主の言葉だとかいって、勝手にやってることですわ。ワタクシたちにはあずかり知らないことですわ。主はあくまで、われわれ天界の民の主であり、いちいち人間たちの言うことなんか聞いておられるわけないでしよう。まあ、人間たちが勝手に崇め奉るのは勝手ですけど」

ひ、ひでーーーー!!

こんな話聞かされたら、全世界20億人のキ〇ス〇教徒は死んでも死にきれないよ。
こいつらにとっちゃ、俺たち人間なんて、ホントに顕微鏡で見ている細菌程度の存在なんだな。

「とにかく、ワタクシの任務は「マブシンのアゼル」を倒し、水谷ツトム、あなたを真人間に更生させることを阻止することにあります。そのためには手段は選びません!」

ああ~~、もう勘弁にしてくれ。
何で俺ばっかり、こんな目に遭うんだよ~~。


「それにしても遅いですわね。あのメッセンジャー、もうとっくの昔にあなたの家に着いてるはずなんですけど」

俺が意識を取り戻してから、そろそろ一時間になるころ、お姉さんは腕時計に目をやり、不機嫌そうに呟いた。

「メッセンジャー?」

まあ、自分でアゼルの奴を呼びに行くわけにもいかないだろうし、当然誰か代理を送るわな。

「ええ、駅前で適当な人を探していたら、見るからに軽薄で知性の欠片も感じさせないような風貌の男の人が声をかけてきましたので、その方にお願いしました」

軽薄で知性の欠片も感じさせないような風貌という言葉に、俺の脳裏に一人の人物の姿が浮かび上がってきた。
まさかね~。

「へ、へ~~、で、そいつ、どんな格好してました?」

「そうですわね。確かアニメ柄のTシャツに短パン姿で、サンダルを履いてましたわね。そうそう、すごく変なデザインの帽子も被っていましたわ」

間違いない!
この辺でそんなイカレた格好で、ナンパしてるやつなんて他にいるわけがない。

「………ヒデアキだ」

あいつ、妙なところで服装とかにポリシーとか持ってるからな。

「あら、お知り合いでしたの?」

「いや、まあ、一応そうなんだけどね」

俺は言葉を濁しながらそう答えた。

すると、

「………あなた、もう少し付き合うお友達は選んだ方がいいですわよ」

と、お姉さんは、ものすごく残念そうな人間を見る眼差しを向けて、本気で心配そうに、そう忠告してくれた。

「よく、サエ……他の人にも言われます」

許せヒデアキ。
今の俺にはこう答えるしかないんだ。
決してお前と同類に見られるのが耐えられないとか、そういう理由じゃないからな!


「このまま何もせずに待っててもしょうがないでわね。とりあえず、あの女が来るまでの間、食事を済ませておきましょうか。「腹が減っては戦はできぬ」と申しますし」

そういうと、お姉さんは部屋の奥から多量の弁当を抱えてきた。

「お、おい、まさかそれ全部一人で食う気じゃないですよね?」

どう見たって五十個近くあるぞ。

「あら、当然全部食べるに決まってますでしょ。人間界に来る楽しみといえば、これだけですもの」

と、さも当然とばかりに答えるお姉さん。

「それにしたって、いくらなんでも多すぎるでしょ。また、吐いたって、知りませんよ」

そんなに一度に食べたら、一個一個をゆっくり味わって食べれないと思うのだが。
どうやら、お姉さんには余計なお世話だったようで、

「あら、ローマ貴族は贅をつくしたご馳走を食べては吐き、食べては吐き、宴の間中そうしてたのですよ」

などと、俺にどうでもいい歴史の講釈をしてくれました。

「どう考えたって身体に悪いだろ!あと、生産者と食材に謝れ!ローマ貴族!」


そんな感じで話していたら、突然、俺の目の前で、お姉さんが床の段差につまずき、倒れてしまった。

「きゃーーー!」

「あーあ、いわんこっちゃない。大丈夫ですか?」

あんなに弁当を山のように抱えて、歩いてたら、倒れないほうが不思議だよ。
ところが、お姉さんは床に散らばった弁当をそのままにして、座ったままぴくりとも動かない。

「ん?どうしたんですか?」

あのぐらいじゃ、怪我するほどじゃないし。
う~~ん、どうしたんだろう?

「………コンタクトが外れてしまいましたわ」

必死で床の上を探すお姉さん。
天界にもコンタクトって、あるんだな。
また一つ勉強になりました。
生涯役に立つことはないだろうけど。

「ない、ない、ない、ないですわーー!ああーー!、もう、これから大事な任務を控えてるというのに、なんたる不覚でしょう!」

さっきまでのクールなイメージが吹き飛び、ただの運動オンチの天然系ダメっ娘になりさがったお姉さん。
つーか、こっちが本当の姿っぽいけど。

「まあ、これからアゼルと一戦交えようってーのに、それじゃあ、困る…」

「これから、全日本駅弁大会で購入した全四十七種類の駅弁食い倒れツアーを敢行するはずでしたのに!」

「そっちかよ!」

思わず、突っ込みを入れる俺でした。


そして、

「予備のコンタクトは?」

「ないですわ」

「じゃあ、眼鏡とか持ってないんですか?」

「……ありますけど」

「じゃあ、眼鏡をかければいいじゃないですか」

「……嫌です!」

「へ?」

「眼鏡は、ワタクシには似合いませんの」

「そんなこと言ったって、そのままじゃ不便でしょ?」

「……じゃあ、約束します?ワタクシが眼鏡をしても、決して笑わないと」

「え?ああ、別に笑ったりしませんよ」

「本当ですわね。本当に、本当?」

「ホントですよ、男に二言はありません!」

「じゃあ、ちょっと、ワタクシがいいと言うまで、目をつぶってて下さいます」

「分かりました……ほら、これでいいでしょ?」


と、なんだか、ラブコメちっくなやり取りの後。

「いいですわよ。目を開けても」

と、言う声がしたので、目を開けると………そこには。

「ぷーーー!うひゃひゃひゃひゃひゃ!な、何なんですか!その眼鏡!」

そこには、昭和のマンガやアニメに出てくようなビン底グリグリ眼鏡をかけたお姉さんがいた。

「いくらなんでも、その眼鏡はないでしょ!まさか狙ってワザとやってるとか、ひーーー!は、腹が捩れる!」

「………」


で、その後、

「ひーーーー!!ごめんなさーーーーい!」

俺の両足をバケツに入れ、無言でコンクリートを流し込むお姉さん。
俺は涙ながらに必死に懇願し続けた。

「笑いませんから!もう二度と笑いませんからーー!!」

お姉さん、怖すぎますよ!


「だから、嫌だと言ったのですわ!」

なんとか、お姉さんの怒りを静めるのに成功したものの、あかわらず不機嫌なことには変わりない(ビン底眼鏡は外しちゃいました)。
まあ、確かに人間の女の子だって、容姿のことでからかわれたら、怒るだろうし、やっぱ、ここは俺の方から謝たほうがいいだろうな。

「スミマセンでした。お詫びと言っちゃなんですけど、俺がお姉さんに食べさせてあげますから縄を解いてくれませんか?」

と、俺はお姉さんにささやかな和睦の申し出をした。

「そんなこと言って、縄を解いた途端に逃げる気ですわね!」

おもいっきり不信感丸出しで答えるお姉さん。
まあ、できればそうしたいんですけど、さっきの話じゃここから逃げるのは難しそうなんで、迎えが来るまで待つことにしますよ。

「そんなに疑うんなら、足は縛ったままでいいですから」

「でも、何で?………ハッ!まさか、あなた、ワタクシに人目惚れしたのですか?」

………つい二時間ほど前ならYESと答えたところなんだけど。

「ふ、残念でしたわね。いくらワタクシが魅力的とはいえ、ワタクシは天使。ただの人間であるあなたに手の届く存在では」

「……いえ、お姉さんの弁当を食べてる姿が、あまりに不憫で」

そう、俺の目の前で、お姉さんは、箸も使わず、弁当箱に顔を突っ込んで犬食いしているのだ。
極度の近眼のうえ、箸も上手く使えないのはしょうがないけど………。

「せめて手づかみで食べて下さい!その方がまだ文明人の欠片を感じさせてくれるから!」

「そんな、はしたないことができませんわ!」

「………」

どうやら、我々人間と、天界の天使達とではマナーに関して大きな隔たりがあるようです。

それにしても、
あ~~あ、顔中食い物のカスだらけで、こんなすごい美人がもったいなさすぎるよ。
100年どころか、1万年の恋も覚める光景だわな。

「後生ですから、何卒天使様のお食事のお手伝いさせて下さい!」

俺の魂の叫びでした。


結局、俺は腕の縄を解いてもらい横の椅子に座ったお姉さんに弁当を食べさせてやることになったわけなんだけど。

「こりゃ、確かに旨そうだ」

「そんなこと言ったって、あげませんからね」

「ちぇ、ケチ」

「さあ、早く、ワタクシに食べさせなさい」

「お、おう、じゃあ、まずはこのカマボコから。あーん」

俺は、姉さんの口の中にカマボコを一切れ入れてやった。

口の中で、ゆっくり味わった後、

「美味しい!これは何という美味なんでしょう!」

と、満面の笑みを浮かべるお姉さん。

良かった。
やっぱ、美味しい食べ物は人を笑顔にするもんだな。
お姉さん、アゼルを倒しに来たって言ってたけど、何とか説得して、穏便に帰ってもらうことができるかもしれない。
そうだよ!
俺たちは獣じゃないんだ!
いくら敵同士とはいえ、大した理由もなしに殺し合うことなんてないんだ!
きっと、アゼルがくるころには、もっとお互いのことろ理解しあって、よりよい関係を。

「じゃあ、次は、この豚肉の角煮を。ほら、あーん」

「あーん」

その時、まさにこれ以上ないというくらいのバッドなタイミングで、アゼルが、ドアを蹴破り、部屋の中に突入してきた。

「水谷ツトムーーーー!無事かーーーー?!」


………………………アゼルさん、ちょっと、というか、大分来るのが早すぎやしませんでしょうか。



一瞬、ピーンと部屋の中の空気が張りつめた後、

「………や、やあ、お早いお着きで」

と、まるで旦那の居ない時を見計らって、新婚ほやほやの新妻と浮気してた御用聞きの洗濯屋みたいに、俺は情けない声で答えた。

静まり返る室内。

「あ、あの~、アゼルさん?」

やばいな~。

こりゃ~、アゼルのヤツ、マジで怒ってるぞ。

「………おい、水谷ツトム。貴様一体ここで何をしていたんだ?」

アゼルは下を向いたまま感情を押し殺した声でそう呟いた。

「え?何って、その~」

慌てて言い訳を考える俺。

うーん、下手な言い訳は命取りになるぞ。
ここはスマートかつ、人の心に訴えるようなナイスな言い訳を考えなくっちゃな。

「え~と、そうそう!食事をするのが不自由な人のお手伝いをするボランティアの予行練習でもと。やっぱ、これからの日本社会に必要なのは助け合いの精神だと思うし」

「ボランティアの予行練習?」

いいぞ!

アゼルの表情がいくらか柔らかくなった。

ところが、

「誰が食事をするのが不自由な人ですの!あなたがどうしてもワタクシに食べさせたいと泣いて頼むから仕方なく、許してあげたのでしょう」

と、俺の隣にいた天界からきた天使のお姉さん、天帝近衛師団装甲騎兵大隊エリザベス・マクリーン中尉が、これ以上ないというくらいの不適切な援護射撃をしてくれました。
どうやら、失くしたコンタクトが見つかったみたいで、舌で舐めてから目にはめている。

「ちょ、ちょっと!お姉さん!」

くそ~~、せっかく上手くいってたのにー。

「………泣いて頼んだだ~?」

再び、ヤ〇ザのごとく俺にガンをつけてくるアゼルさん。

「いや、そうじゃなくて。お姉さん!別に泣いて頼んでなんかいないでしょー!」

俺は隣に座っているお姉さんに大声で怒鳴った。

「あら、『ああ~~、天使様、愚かで卑しくて救いどころのない「マブシンのアゼル」の父親であるワタクシめに、どうかあなた様のお食事のお手伝いをさせてください!』って言いながらワタクシの靴にキスをしたのは、どこのどなただったかしら?」

ちょっと、何てこと言うんですか!

そりゃ、食事を手伝いたいとは言ったけど、いくらなんでも脚色がすぎるでしょーが!
民放のワイドショーに出てくるコメンテーターなみに無責任な発言だよ!


「おい、捏造するにもほどがあるだろーが!それに靴にキスしたって、それじゃあまるで俺が危ない趣味の人みたいじゃないか!」

お姉さんがSだろうが、Mだろうがこちとら知ったこっちゃないけど、俺を「あなたの知らない世界」の住人扱いするのは大変迷惑なんですよ!

なのにお姉さんときたら、

「え、違いますの?」

と、まるで俺が当然「あなたの知らない世界」の永住権の持ち主みたいにいいやがるんですよ!

「あたりまえです!俺はそっちの趣味は1ミリも持ち合わせちゃいないんですからね!」

そうだよ!俺はいたってノーマルな性癖の持ち主なんだから。

「信じられませんわ。あなた、どこからどう見ても危ない趣味の人じゃありませんの」

ああ~~、何なんだよ、この人は!

「み~ず~た~に~、つ~と~む~」

いつの間にか俺のすぐ後ろに立っていたアゼルが、拳を握りしめながら、震える声で、呪詛を唱えるように俺の名前を呼んだ。

「バカ!こんな話信じるヤツがあるか。俺はいたって、今時珍しいくらいのどこに出しても恥ずかしくないノーマルな好青年だよ!」

「あなた、噓をつく時はほんの少し事実を混ぜとくのがセオリーだということを知らないんですの?100パーセント噓で固めた話じゃ、人は騙されませんよ」

「いいから、お姉さんは黙ってて下さい!」

俺の必死の弁明も空しく、アゼルは完全に俺がこのお姉さんとお子様には説明できないようなことをしてたと信じ込んでしまった。

そして、

「貴様というやつは心底見下げ果てた男だな。母上というものがありながら、よりによって、こんな天界の淫売天使に色目を使うとは………もはや我慢できん!」

と、不貞を働かし、家庭を崩壊させた父親を責める娘の目で俺に詰め寄ってきた。
結婚どころか、まだ未来のカミさんに会ってもいないのに、何でここまで責められなくちゃならないのーーー!!

「だ~か~ら~、誤解だって言ってるだろーが。ホントに食事の手伝いをしてただけなだからな」

「嘘つけ!貴様のような性欲魔人が、こんな歩く公然わいせつ罪の淫乱天使と二人だけでいて、何もないわけがない!」

「ちょっと!誰が歩く公然わいせつ罪ですの!聞き捨てなりませんわね」

まあ~、お色気で人を騙すような天使様ですから、身も心も真っ白とはいえないけどな。



二人の全面衝突は、もはや避けられない状況になってきた。

「うるさい!こうなったら、貴様ら二人仲良く生皮剥いで、樽に塩漬けにしてくれるわ!」

「なんなんだよ!その猟奇趣味てんこ盛りの発想は!」

こいつの危ない思考回路は誰の遺伝なんだよ!まったく親の顔が見てみたいわ!

………あっ!俺か。

「ふ、面白いですわ!返り討ちにしてさしあげますわ!」

天帝近衛師団のエリザベス・マクリーン中尉もまた臨戦態勢に入った。
顔には、さっきまで食べてた駅弁のごはん粒がついたままなので、いまいちキマってないけど。

「ああ~、もうお姉さんも挑発に乗らないで下さいよ!」

先に仕掛けたのアゼルだった。
使い魔の召還のポーズをとり、大声で叫ぶアゼル。

「出でよ!我が第一の使い魔、『鋼の牙』ウォルフィー!」

アゼルの使い魔、ヤークトパンサーのウォルフィーが現れる。
当然このラブホテルの部屋に収まるサイズではないので、壁をぶち抜き、車体が隣の部屋と廊下にはみ出した。

「さあ、覚悟するがいい!この淫乱天使めが」

ヤークトパンサーの砲身の先がお姉さんの方に向けられる。

ちょっと待てアゼル!
いくらなんでもそんなもんで撃ったらマズイだろ!
お姉さんのナイスバディが粉々の肉片になっちまうだろーが!

ところが、お姉さんはまるで動揺することなく、

「ふっ、アゼル、あなた相変わらず、そのような貧弱で無粋な使い魔を使役してるのですね」

と、切り捨てるように言い放った。

ああ~~、お姉さん、なんで挑発するようなこと言うんですか!

「何が貧弱で無粋だ!このヤークトパンサーのウォルフィーこそ、地上で最も美しく、そして最強の使い魔なのだぞ。その腐れ目ん玉かっぽじってよく見るがいい!」

だから~~、ヤーパンより………まあ、いいか。

そして怒り心頭のアゼルを尻目に、

「あら、ちゃんちゃら可笑しいですわね」

と、アゼルを小馬鹿にするかのように切り返すお姉さん。

「なに?!」

「あなたに見せて差し上げますわ。最も高貴で、最強の使い魔の姿を!」

使い魔の召還ポーズをとるエリザベス・マクリーン中尉。

「出でよ!我が第一の使い魔、『鋼鉄の城』コリンズ!」

閃光とともに、俺たちの目の前に、英国の重戦車「トータス」の姿をした使い魔コリンズが現れた。

トータスっていうのは、第二次世界大戦中英国が作った重戦車なのだが、試作車が数両作られただけで、戦争が終わってしまったので、知る人ぞ知るという超マイナーな戦車なのだ(当然こいつの馬鹿でかい車体も部屋に収まりきれず、壁をぶち壊してしまったわけだが)。

「こ、これは!」

目の前に現れたトータスを見て、さすがのアゼルも驚きを隠し切れないようだ。

「驚いたようですわね。まあ、当然ですけど。このコリンズこそ、この地上で最も美しく、高貴で、最強の名を頂くに相応しい究極の使い魔なのですよ」

意気揚々と自慢するお姉さん。

しかし、

「………不細工だな。美しさの欠片も感じられないぞ」

「ああ、これは、もう戦車というより動くトーチカか砲台だよな」

と、俺たち二人、しごく当たり前の反応してみせた。

そうなのだ。

このトータス戦車は長年ドイツの重戦車に泣かされた英国が、ドイツのタイガー戦車に対抗するために作ったのだが、タイガー戦車に対する恐怖心から異常なまでの重装甲にしたため、スピードも遅く、外見的にもお世辞にもカッコイイとは言えないシロモノになってしまったのだ。

まあ、個人的には無骨な外見が英国らしくて、嫌いじゃないんだけど。


だが、お姉さんは、自己陶酔型の人らしく、

「あなたたち何を言っているのですか!あなたたちにはこのコリンズの持つ力強さと繊細な気品と風格が分からないのですか?!」

と、強い調子で言い返してきた。

「いや、力強さはともかく、繊細な気品など微塵も感じられんぞ。この外見からは」

さすがのアゼルも我慢できず、珍しく突っ込みを入れた。
すると、お姉さんはよほどショックだったのか、ヘナヘナと床の上に倒れるようにしゃがみこみ、

「ああ~~、これだから魔界生まれの田舎者は困るのですわ。雅というものを理解する感性というものがないのですから」

と、悲劇のヒロインがよくやるお馴染みの嘆きのポーズをとり、天井を仰ぎながら、そう呟いた。

すかさず、アゼルが猛然と言い返した。

「何が雅だ!こんな戦車、うちの庭石のほうがまだましだ!」

「に、庭石ですってーーーー!!」

「庭石がご不満なら漬物石といい勝負だな。貴様のコリンズは!」

まあ、確かに採石場から切り出した石の塊みたいな感じだけどな。

「よ、よ、よくもワタクシの使い魔を辱めてくれましたわね。アゼル!今日こそあなたに引導を渡して差し上げますわ!」

「いいだろう!いいかげん私も貴様との因縁にはウンザリしてたのだ。今ここで決着をつけてやる!」

激しく言い争う二人。
今まさに、二人の使い魔である二台の戦車が砲火を交えようとしていた。


冗談じゃねーーーー!!


こんな狭い空間で砲撃戦なんてされたら、とばっちりを食うのは俺なんだからな!
大体俺は足を縛られてて逃げられないんですからね!
二人とも、そこんとこ分かってるんですか!

「アゼル!お姉さん!」

俺は睨み合う二人の間に割って入るよう呼びかけた。

まあ、なんだかんだ言っても二人ともうら若い女の子なわけだし、落ち着いて話し合えば分かり合ことだって可能なはずだよな。ここは一つ大人の俺が二人の間に入って、ことを穏便に済ませるしかないだろう。

「まあまあ、二人ともそう熱くならないで、ここはお互い少し頭を冷やしたほうが………」

「「外野は黙ってろーーーーーー!!」」

「………すんません」

とても、二人の間に俺の入る余地なんかありませんでした。



二人の間に入って仲裁するのを諦めた俺は、縛られたまま、椅子を引きづりながら部屋の隅へと避難した。

あ~あ、こうなったら最悪の事態も想定して、観念するしかね~な。

ところが俺の予想に反して、魔界武装親衛隊少尉アゼル・フォン・シュタイナーと天帝近衛師団中尉エリザベス・マクリーンは、召還した戦車型使い魔、ヤークトパンサーの「ウォルフィ」とトータスの「コリンズ」をほったらかしにして、カラオケで歌う順番のことでもめている今時の女子高生のごとく激しい口喧嘩をおっ始めやがった。

「だいたいマクリーン、貴様は昔から何かといえばしゃしゃり出てきおって。貴様はいつも場違いな場所に場違いな時に現れるお邪魔虫野郎だ!」

「あらあら、そちらこそ礼儀も節度もまるっきり持ち合わせていない無作法者じゃありませんこと。そんなだから「マブシンのアゼル」とか呼ばれているのですわ。それが分かりませんこと?」

なるほど、魔界武装親衛隊だから「マブシン」なんだ。
などと、俺が妙なことに感心している間にも二人の喧嘩は更にヒートアップ。

「ふん!「マブシンのアゼル」などと呼んでいるのは貴様ら天界の低脳天使どもくらいだろうが!」

「ホント、おめでたい人ですこと。ワタクシたちだけじゃなくて、あなたのご同僚も影ではそう呼んでいるのを知らないのですか?」

「なにーーー!!」

やばい!アゼルの奴、完全にブチ切れてやがる。

「魔界の名門貴族の令嬢が、何を血迷ったのか人間と結婚して生まれたのが、あなた。影では皆、あなたのことを哀れんでいるのですよ。可愛そうな「マブシンのアゼル」って」

………すみません。

でも、悪い気はしないよな。
いや~、魔界の名門貴族の令嬢のハートを射止めた俺って、結構色男?

アホか俺!今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!

「キサマー!母上を愚弄するな!」

「まあ、あなたも苦労しますわよね。あのご両親じゃ。ほほほほ、お気の毒様」

お姉さん、いくらなんでも本人がここにいるんだぜ!

俺は思わず、

「ちょっと!本人がここにいるんだから、もう少し日本的な配慮のある遠回しな表現を用いて下さいよ!」

と、お姉さんに食って掛かった。

「あら、そうでしたわね。ごめんなさい。アゼルさん、こんなロクデナシで救いがたい人間失格な父親をお持ちになって、本当にお気の毒様」

「お姉さん!全然とゆーか、むしろ余計ヒドイことになってるんですけど!」

その時、俺とお姉さんが言い争いしてる間、ずっと沈黙していたアゼルが、うら若き乙女が口にするにはあまりにも不適切すぎる発言をかましてくれました。


「わ、私が「マブシンのアゼル」なら、貴様は「テ〇キのベス」だろーが!」

「なっ!!!」

………この時ばかりは、本気で死にたくなりました。


「だ、誰が「〇コキのベス」ですの!」

「貴様だ。天帝近衛師団装甲騎兵大隊のお荷物。天界の恥さらし。それが貴様エリザベス・マクリーンだろーが!」

アゼルのあまりにも危険極まる言葉に一瞬我を失った俺だが、直ぐに親の当然の義務として自分の娘に教育的指導を行った。

「おい、アゼル!いくら何でも若い女の子が「テ〇キ」はねーだろーが!」

だが、アゼルのやつ、

「ん、何だ?何を怒っているのだ?」

と、まるでことの重大さがわかっていない。

「だからー、「テコ〇」は、マズイって」

マズイなんてもんじゃないよ。ただでさえ、最近の日本は頭の悪い大人が社会の上層部に増えてるんだから、青少年何とか条例違反とかいって、この若さで警察のご厄介になるのは、まっぴらごめんだよ!

「「テ〇キ」のどこがマズイんだ?天帝近衛師団装甲騎兵大隊のエリザベスだから、「テ〇キのベス」と呼んでるだけだろーが」

「だから、そうじゃなくて、その~、なんだ~、「〇コキ」は色々とマズイんだよ!」

「そんなんじゃ、分からないだろ。ちゃんと「テコ〇」のどこがマズイのか説明せんか!」

ああ~~!こいつワザとやってるんじゃないのか?

「だから、「テ〇キ」はこの国では、少しというか、かなり若い女の子が使うのは憚られる下品な単語なんだよ!」

さすがにここまで言えばことの重大さを理解したはず、と思ったのだが、

「何を言う。「パン〇ィーセンサー」とか言ってる品性下劣な貴様が」

「ホント、ワタクシの裸を覗き見ようとした人の言葉とは思えませんわ」

今度はさっきまで喧嘩してた二人が共闘して俺への攻撃!


イジメですか?
俺に対するイジメですか?!


「男はいいんだよ!少しくらい下ネタ言ったって!つーか、むしろ下ネタ言ったり、宴会で裸踊りの一つくらいできないよーじゃ、社会に出てからやってけないんだよ!」

「おい、何で裸踊りができないといけないのだ?」

怪訝な眼差しを俺に向けるアゼル。

「俺の知ってる課長から部長になったかと思ったら、今度は取締役から係長になったりする「時をかけるサラリーマン」は、宴会の席でお得意様の裸踊りのリクエストを断ったばかりに上司が代わってやるはめになっちまったんだよ!」

「だから?」

「え?だから、男は大人になったら、そういうことも重要な社交儀礼というか………」

「そのお得意様とは女なのか?」

「え?いや確かおっさんだったけど」

「では何故そいつは男の裸を見たがるんだ?ホモなのか?」

「いや、そうじゃないけど。裸踊りは宴会の定番の余興で………」

「そもそもそんな理不尽な要求をするほうが間違ってるだろうが。人の嫌がることを強要するなどもってのほかだ!」

「そうかもしれないけど、取引先のお得意様の頼みを断ったら、会社の経営が」

「そんな、嫌がる男の裸を見たがるドSの変質者と取引せねばやっていけないような会社など、つぶれたほうが世の中のためだ!」

………なんだかもう、ほとほと人生に疲れ果てました。


自分だけ蚊帳の外にされたのが気に入らなかったのか、お姉さんが強引に話に割り込んできた。

「ちょっと、あなたたちワタクシをほったらかしにして、なに二人で盛り上がってるんですの!」

いや、別に盛り上がってるわけじゃないんだけど。

「そもそも「〇コキのベス」というネーミングセンス自体問題ですわ!」

「うるさい!「テ〇キのベス」は黙ってろ!」

「あー!また「テコ〇のベス」って言いいましたわね!」

「「〇コキのベス」!「テ〇キのベス」!「テコ〇のベス」!「〇コ〇のベス」!」

アゼル、お前は小学生か!

「キーーー!「マブシンのアゼル」のくせに!」

俺を無視して、メンチを切りあうアゼルとお姉さん。。

ああ~~、何で誰も俺の話を聞いてくれないんだよーー!


「もうやめるざます!!」

完全に頭がパニくった俺は、イカれた口調で、両端を握りしめた縄(俺を縛るのに使った残りが床に落ちていたので、それを拾って)を首にかけながら、大声で叫んだ。

「それ以上女の子の口から「テ〇キ」なんて言葉を聞くくらいなら、拙者、自分で首締めて死ぬでござるよーー!!」

自分でいうのもなんですが、見事な壊れっぷりでした。



俺の決死の説得(?)が功を奏したのか、とりあえず、俺の住む街でハルマゲドンが起こるのを回避できたようだ。
俺も自分自身を何とか落ち着かせた後、小学生レベルの喧嘩をしてた二人を目の前に正座させて、柄にもなく説教を始めた。

「だいたいなんで二人はそんなに仲が悪いんだよ?そりゃ、敵同士だからある程度はしかたないけど、それにしてもお前ら度が過ぎるよ」

ばつが悪そうに横を向きながら、ポツリと呟くアゼル。

「それは……こいつが……幼稚園の時に」


えっ!?

今、何気に凄いこと言わなかったか?


「あら、あなた、まだあの時のことを根に持っているんですの?」

「当たり前だ!あれほどの屈辱忘れることなどできるわけないだろうが」

再び、正座したまま、いがみ合うアゼルとお姉さん。
ああ~、こいつら本当に手間かけさせやがって。
でも、今の俺にはそんなことよりもっと重要な問題で頭は一杯だよ。

「おい、ちょっと待て!おまえら何で一緒の幼稚園に通ってんだよ?」

「何か問題でもあるか?」

と、俺の質問に平然と答えるアゼル。

「あるよ!大アリだよ!お前たち戦争してんだろ!何で敵対してる両陣営のお子様が、仲良く同じ幼稚園でお遊戯せにゃあならんのだ!」

戦争してる両世界のお子様が同じ幼稚園で仲良くお手てつないで、歌にダンスなんて、あまりにも違和感ありすぎるだろうが!
まあ、それ以前に天界とか魔界に幼稚園があることに驚いたんだけど。

ところが、お姉さんは平然と、

「確かにワタクシたち天界とこの女の住む魔界は人間界をめぐって長年争っていますが、別に天界と魔界が全面戦争してるわけじゃありませんのよ。まあ、そうですわね。分かりやすく例えるなら、スーパーの特売品コーナーでお一人様二個限定の卵のパックの最後の一つを取り合いしているご近所さんと、いったところでしょうか」

俺たち人間の神経をかなり逆撫でするような例を挙げて、懇切丁寧に答えてくれました。

「お、俺たちの世界って、スーパーの特売の卵パック程度の価値なのかよ!」

「あら、卵のほうがよほど役にたちますわよ。卵焼き、オムレツ、目玉焼き、ああ~、何だか牛丼屋に行って、牛丼大盛り、ツユだく、生卵つきを食べたいですわ」

「ふん、あいかわらず、食うことしか脳のない馬鹿天使だな!」

「なんですって!」

「やめーーーーい!」

これ以上議論しても無駄と判断した俺は強引にこの話を終わらせた。

それにしても、ここまで天使にコケにされてる俺たち人間って、全世界二十億人の〇リ〇ト教徒のことを考えたら、なんかもう目頭が熱くなってきちゃいました!


とりあえず、気を取り直して、俺は再び説教タイムを開始した。

「で、アゼル、おまえ何されたんだ?」

「……言いたくない」

「はあ?」

ふてくされた子供のように横をプイと向くアゼル。
よほど知られたくないような恥ずかしい記憶なのだろうか?
まあ、本人が言いたくないことを無理やり聞き出すのはどうかと思うし。

などと、俺が物分かりのいい父親っぷりを発揮してたら、よせばいいのにお姉さんが横から、

「あっ、それはですね~」

と、強引に口を挟んできた。

それに対してアゼルは一言、

「……牛乳瓶」

と、小声で呟いた。

えっ、「牛乳瓶」?

何のことか分からずにキョトンとしてる俺とは正反対に、アゼルの横で正座していたお姉さんの顔から見る見る血の気が失せていき、

「え、えーと、まあ~、よくよく考えてみれば、たいしたことじゃありませんでしたわ」 

と言いながら、身体をガクガクと震わせるのでありました。


何なの「牛乳瓶」って?!

すげー、気になるんですけど!


ところが、今度は、

「それよりも、今重要なのは、水谷ツトムさん、あなたの今後の処遇ですわ」

と、お姉さんが慌てて話題を変えてきた。

俺の今後の処遇?

「ワタクシは、上からアゼルの「水谷ツトム真人間計画」の阻止を命令されています。それが達成されるまでは、一歩も引くつもりはありませんわ!」


………「水谷ツトム真人間計画」って。


俺ってそんなに酷い人間なんですか?!
もっと他にいるでしょう!
真人間しないといけない人間が!
主に永田町周辺に!


実の子供に人間失格の烙印を押されるなんて、年頃の娘を持つ父親って、みんなこういう想いをするものなんだろうか?
などと、俺が一人物思いに耽っていると、アゼルとお姉さんの第二ラウンドの開始のゴングが耳に響いてきた。

「ふざけるな!貴様がどんな命令を受けていようが、知ったことか!私は必ずこの男を真人間にする!」

「ファザコンもここまでくると、もうご立派としかいいようがありませんわね」

「誰がファザコンだ!」

「あなたですわよ。「マブシンのアゼル」さん」

「やかましい!この「テ〇キのベス」が!」

「いいから、二人とも落ち着けっつーの!」

ちょっと年頃の父親らしくキレ気味に叫んでみました。



いいかげんこのへんで終わらせないとキリがないと考え、俺はある提案に踏み切った。

「ああ~、その~、なんだ。要はお姉さんとしては、とにかくアゼルの邪魔をしたいわけですよね」

「ええ、まあ、身も蓋もない言い方ですけど、そういうことですわ」

「とりあえず、完全に計画を頓挫させなくても、いくらかでも計画が支障をきたすような状況になれば、いいんじゃないですか?」

「そうですわね。ワタクシの受けた命令は「可能な限り」ですから」

「じゃあ、アゼルが俺に行ってる「虐待」、もとい「特訓」の量が減って、俺が自堕落に過ごす時間が増えれば、一応目的は達成されることになるんじゃないですか?」

「ええ、少しでもあなたの「ダメ人間度」が高くなればいいんですから」

ここでようやく俺の考えを見抜いたアゼルが、猛然と食って掛ってきた。

「おい!水谷ツトム、まさかおまえ?」

「そうだよ。俺の一日の予定のうち、自由時間を増やせばいいんだ」

「ふざけるな!もっと勉強時間を増やしてもいいくらいなのに。減らすなど論外だ!」

アゼル、おまえならそう言うと思ったよ。

でもな、

「じゃあ、ここで一戦交えるか?それで俺が怪我でもしたら、魔力で治療するにしたって、大幅に予定が狂うかもしれないぞ。それこそ元も子もないだろ」

と、俺は冷静に話しを続けた。

「そ、それはそうだが………」

俺の正論に反論できず、唇を噛み締めるアゼル。
そして、次に俺はお姉さんの方を向いて、

「お姉さんは、お姉さんで、俺を死なせたりしたら大目玉を食らうんじゃないですか?」

と、静かに話し掛けた。

「………」

やはり、何も言えず黙り込むお姉さん。
まあ、ホントは「ダメ人間度」発言にかなり言いたい事があるんだけど、ここは我慢することにします。

「何も面と向かってドンパチするだけが能じゃないだろ?上手く駆け引きして、自分に有利な状況を作り出すのも優秀な兵士の資質だと思うけどな」


しばらくの静寂の後。

「ふん、仕方ない。ここは貴様の戯言に付き合ってやる!」

と、先にアゼルの方が俺の提案を受け入れた。
大分不満気だが、まあ、このくらいの妥協はしょうがないと判断したようだ。

続いてお姉さんも、

「まあ、別にワタクシはやる気満々なんですけど、見境なく砲火を交えるというのも、あまりお上品とは言えませんし。あなたの提案に同意してもよろしくてよ」

と、こちらは少し肩の荷が下りたかのように安堵の表情を浮かべていた。

こうして、俺の天才的な外交手腕によって、人間界における魔界と天界の全面対決、ハルマゲドンは無事回避されたのであった。


すげーな、俺!

自分で自分のことを最大級の賛辞で誉めてやりたい気分だよ!


そんな人生最高のひと時を過ごしてる俺に、マブシンのアゼルさんが、

「それじゃあ、明日から午前と午後、30分ずつ自由時間を増やしてやるが、その分キツくするからな、覚悟しろよ!」

と、ものすごく恩着せがましく仰いました。

「………」

今日という日がずっと続けばいいと、柄にもなく本気でそう思いました。



「ところで、おまえどうやってここまで来たんだ?」

俺はアゼルがここに現れた時から、疑問に思ってたことを彼女に質問した。
お姉さんの話じゃ、この建物の周辺にはかなりヤバイもんが沢山仕掛けられてるようだが、こいつが来たとき、何の反応もなかったし。

「そうですわ。アゼル、あなたどうやってワタクシが一週間かけて構築した、この要塞の防御線を突破したのです?」

やはり疑問に感じていたのか、お姉さんも少し棘のあるものいいで、アゼルに尋ねた。

召喚した使い魔「ウオルフィ」を元に戻す呪文を唱えていたアゼルはこちらを振り向いて、

「いや、道路から坂を上がりこの建物の裏手にあった車庫から普通に入ってきたのだが」

と、淡々とした口調で、そう答えた。

「……」

俺は言葉を失い、隣にいるお姉さんの方を向いた。

「ああー!何たる不覚!裏口があるなんて思いもよりませんでしたわーーー!!」

大声で上げて、取り乱すお姉さん。

なるほどね。
アゼルがお姉さんのことを「天帝近衛師団のお荷物」っていった理由がよく分かったよ。

「ふふふ、流石はアゼル。ワタクシが生涯のライバルと認めた方だけはありますわ。よくそんな常人には思いつかないような盲点に気づきましたわね」

「いや~、普通この手の建物には車用の出入り口はあるもんなんですよ」

そう、郊外型のこの手の建物には人目につかないよう、必ず車専用の出入り口が完備されているのだ。
俺たち人間にとっては当たり前(?)のことも天界の天使には通じないこともあるんだな。
でも、それにしたって、これから敵を待伏せる建物の構造を十分把握しておかないなんて、この人ホントに天界の軍人さんなのかね。

「ふん、だから言っただろ。こいつは天帝近衛師団のお荷物だとな」

あちゃ~、俺も心の中では思っていたけど。
まあ、口に出すのはちょっと憚られる人物評価をズバリ言ってしまうところが、アゼルらしいといえば、そうなんだけど。

「誰がお荷物ですの!」

「お前に決まっているだろーが!」

………やれやれ、今日のところは何とか穏便に済んだけどこの分じゃ明日からは、また頭痛の種が増えそうだな。

「またかよ!アゼル、話はついたんだから、さっさと帰る支度を」



俺がそう言い終わらないうちに、、突如、正面玄関に面した庭の方から、凄まじい爆発音が聞こえてきた。そして、それと共に建物内に耳をつんざくような警報ベルが鳴り響いた。

「うわ、な、なんなんだ?!」

思わず、動転する俺を横目に見ながら、

「ほら、ごらんなさい。ワタクシのやること、万事抜かりはなくてよ。ワタクシが張り巡らしたトラップはちゃんと正常に作動しましてよ」

と、お姉さんは勝ち誇ったように言い返してきた。

だが、流石はアゼル・フォン・シュタイナー。
魔界武装親衛隊のエリートである彼女は即座に状況判断をすべく、窓際に駆け寄り、双眼鏡で外を覗った。

「馬鹿!なに悠長なこと言ってるんだ!」

「え?」

アゼルに馬鹿者呼ばわりされたお姉さんも今度ばかりは、さっきまでのように言い返したりはしなかった。

「私はここにいるんだぞ!ということは誰か他のやつがここに進入してきたってことだろうが!」

「そんなハズありませんわ!人間は近づけないよう確かに結界を」

オロオロと自信なさげに言い訳をするお姉さん。

「貴様のことだ、どうせ何かポカでも」

俺も窓際まで行って、お姉さんと言い争いをしているアゼルの持ってた双眼鏡を横取り、それを覗きながら、

「いや、アゼル、あいつらはただのご近所さんじゃなさそうだ」

と、緊張した面持ちで、そう言った。

「あれは!」

そこには完全武装した一団が、国道からこのホテルの入り口までまっすぐ伸びる道路沿いに、散開しながら近づいてくるのが見えた。

「間違いない。私と同じ魔界武装親衛隊の兵士たちだ」

俺から取り返した双眼鏡を覗きながらアゼルは苦々しい口調で、そう言った。

それにしたって、何で魔界武装親衛隊の部隊がこんなところにいるんだ?
アゼルを助けに来たっていう雰囲気じゃないし。
なんだか嫌~な予感がするぜ。


「ちょっと!あそこにいるのが指揮官じゃありませんこと?」

いつの間にかお姉さんも窓際まで来ていて、自分の双眼鏡を覗きながら大声で叫んだ。
お姉さんの指差すほうに双眼鏡を向けるアゼル。

「!」

アゼルの身体が急速に強張っていくのが分かる。
こいつがこんなに緊張するなんて初めてじゃないか。
俺はアゼルの後ろからそっと囁きかけた。

「どうしたんだ?知り合いか?」

俺の言葉に我に返るアゼル。
なんだこいつ、凄い冷や汗をかいてるじゃないか。

アゼルは俺の方にチラリと目をやると、慎重に言葉を選びながら、口を開いた。

「……ああ、知ってる。……あの方は魔界武装親衛隊創設以来の最高の兵士であり、魔界13大貴族筆頭シュタイナー家の正当な後継者であり、将来の貴様の伴侶になるお方」

「お、おい!それって」

「魔界武装親衛隊第一機甲師団所属独立装甲猟兵中隊指揮官イルザ・フォン・シュタイナーSS大尉。……私の母上だ」

マブシンのアゼル(その11~17)

マブシンのアゼル(その11~17)

俺の名前は水谷ツトム。どこにでもいるごく普通の高校生だ。ある日俺のクラスに超絶金髪美少女が転校してきた。彼女の名前はアゼル・シュタイナー。放課後彼女は俺を屋上に呼び出してこう言った。「私は魔界武装親衛隊少尉アゼル・シュタイナー!水谷ツトム、私はオマエを人類最強の男にするためにやってきたのだ!」かくして俺の平和で平凡な日常は終わりを告げ、血と硝煙のデンジャラスな日々が幕を開けた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-26

Copyrighted
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