生命
遠い夏の夕暮れだった。母さんと兄ちゃんで田んぼ道を歩いていた。夏の夕方はまだむし暑く、ほてった靴の中の感触が私に徒労を強調させる。
私は未だ長く続く道を、前をいく母さんと兄ちゃんの足を機械的にみながら、やはり機械的に足を動かしていた。
なにかが視界をかすめていった。振り返ってみると、そこには蝉の死骸があった。アブラゼミだ。どこにでもいる蝉だ。兄いちゃんと母さんは前を歩いて行ったが、なぜか私はそこに駆け寄った。石道路の真ん中でぽつりといきたえたそいつの周りをアリたちが囲んでいる。私は夕日の優しい赤い光と共に、静かな悲しみが心から湧きおこるのを感じた。そのとき前からそれほど強くないが、しかし殊に私の注意をひくやうな、何か私の琴線に触れるような風が吹いてきた。私はそれをより感じるため、実体のないそれをとらえるために顔をあげる。そこには暮れかけた美しい夕日とそこからでる赤い光の筋と、それに反映する少々の雲とがあった。風はまたも私にむかって静かに、だが強く訴えかけてきた。私は迫り来る生命の息吹を感じたのであった。
生命