ごめん、思春期なんだ。
夏を感じさせる蝉の鳴き声と共に、風鈴が風に鳴っている音が聞こえてくる。
彼女は、夏が大好きだ。深い意味などはないが、
きっと母が好夏(すなつ)という名前を付けたからなのだと、彼女は感じていた。
綺麗に磨かれた教室の窓ガラスから、机にひじをついて外に視線を向けた。
その彼女の行動と同時に、話し声などは一切聞こえなかった教室から、小さなざわめきが、
そこら中から聞こえてきている。
疑問に思った彼女は、外に向けていた視線を、教室の方へ戻した。
すると、ほぼ生徒全員が、彼女の方へと目を向けていたのだ。
思わず担任の方へと助けを求める様に見たが、その担任はしかめっ面をして彼女を睨みつけている。
どこからか、笑いをこらえている様な声が耳に入る。
彼女は、沈黙が何よりも大嫌いだ。睨まれている担任の目を睨み返し、
「何ですか?」
そう言って、睨んでいた目をとろんと垂らして、可愛らしい笑顔を見せた。
担任は、怒り狂った顔で彼女に大きな声を浴びせた。
「何ですかじゃないだろ! 毎日毎日、何でそんなに授業に集中できないんだ!」
冷静さの欠片も残っていない怒鳴り方で、顔を真っ赤にして怒る担任に対し、
彼女は正反対の態度で担任にこう言い返した。
「ごめんなさい、思春期なんです」
真顔で言う彼女の反応に、周りの生徒達は唖然とした。
思春期だから、などという言い分など、聞いたことがない。
「前田好夏って、勇気あるよね」
誰かの声が、唖然とした教室に響き渡った。
訳の分からない言い分をする彼女の名は、前田好夏。
黒髪に、可愛らしいルックスとは裏腹に、異常な程の勇者だ。
毎度毎度の言い分は、“ごめん、思春期なんだ”と言う。
家族の中での言い分も、学校の中での言い分も、独り言でもだった。
でも、実際には思春期ではない。
それよりも、好夏自身はあまり思春期の意味を理解していない。
だが、今日も彼女は言い分を使う。
「付き合ってください」
「……ごめん、思春期なんだ! だから付き合えないの」
青春真っ盛りの時期でも、彼女は恐れず魔法の言葉を使う。
好夏だけの、特別な言い分。“ごめん、思春期なんだ”
【完】
ごめん、思春期なんだ。