愛する野沢

愛する野沢

 新しい乙女ゲームのようなお話です。友達にも協力してもらっています。高校生最後ということで何かを残したいそう思いこの話を書いています。
 

 ある日それは、普通の日常から始まった。
 寺田 千夏{てらだ ちなつ}高校二年生美術部部長は、夕日の光が程よく照らす部室で今日も優雅に油絵を描いていた。
 チャリンー
何処からか鈴のような音色が教室に響いた。
 ふと足元を見る。
 足元には綺麗なカギが落ちていた。
 千夏はそのカギを拾うと下の方から地響きのような音が聞こえることに気が付いた。
 ほどなくして、目の前に大きな扉が現れた。
 「なんぞ・・・・」
 千夏は何かに操られたかのように無意識に手に取ったカギを鍵穴に差し込んだ。
 ガチャ
 錠が外れる音とともに扉が開き、千夏はその扉に吸い込まれるように奥へ奥へと歩き出した。

 
 どれだけ時間がたっただろうか・・・気づけば深く薄暗い森みたいなところをただひたすらに歩いていた。
 「ここ何処ぞ?」
 千夏は呟く。
 訳の分からぬ道をただひたすらに歩いていた。
 次第に足がもつれてバランスを崩した
 ー倒れるー
 そう思って目を閉じた。しかしあるはずの痛みはなく代わりにぬくもりだけが体を伝う。
 「あなたは?」
 千夏は相手の顔を見るが、逆光でわからず次第に気を失った。
  

 「お待ちしておりました千夏様。」
 一人の男性とそれに付き従うように五人の男性が列をなしていた。

2

 目覚めた場所は暖かいベッドの中だった。
 千夏は一瞬夢だったのだと錯覚したが、だんだん意識が回復していくにつれここは知らない場所だと気づく。そこは自分の部屋でも、病院でもない殺風景で無駄に広いところに寝かされているようだった。
 そしてその考えに追い打ちをかけるように、
 「お目覚めでございますか?」
 隣から男性の声がした。
 千夏はガバッと起き上がり、
 「あっあなたは誰ぞ?」
 「初めまして。私は野沢様に仕える山下 哉夜{やました かなや}と申します。今日からあなた様にも、仕えさせていただきますゆえよろしくお願いします。」
 哉夜と名乗る男は、タキシードをきれいに着こなし、千夏に対して一礼をする。
 「こちらこそよっよろしくです・・・。」
 千夏も合わせて一礼をした。
 哉夜は、赤く長い髪を後ろで束ねておりまるで太陽のような美しさに見とれてしまう。
 「おいまだか?野沢様がお待ちになっていらしゃるのだぞ。」
 一人ドアからメガネをかけたショウトカットの男性が入ってきた。
 「坂下ーー姫が驚かれてしまうだろう。ですが千夏様、野沢様がお待ちしております。では、参りましょう。」

3

 ひときわ目立つドアを哉夜がノックし、哉夜と、坂下と呼ばれた男性はその場で膝をつき、頭を下げる。
 「野沢様お待たせいたしました。私の隣にいますのが寺田千夏様にございます。」
 哉夜は大きな声で言う。
 するとドアノブから声が聞こえた。
 「入りたまえ。」
 透き通った美しい声。倒れた時に聞こえたあの声と同じ声。
 その声とともにドアが開いた。
 ドアの先はまるで別世界だった。あまりにも美しい空間に智捺は、一歩踏み出したところで立ち止まる。装飾品すべてが宝石のように輝いており、なんだかそわそわする。部屋の広さは大体学校の教室二部屋といったところだろう。奥にはステージがあり体育館のつくりに似ていた。
 そのステージの上には、一人青を基調とした着物を身にまとったある男性に目を奪われた。
 「わが節島にようこそ。」
 男性はそのステージを降り、千夏の方へと近寄る。千夏は、
 「ぷっぷぐ・・・くっひひひっはひっあっはっはーーーー。」
 近寄れば近づくほどに、たちまち笑いが込み上げた。
 その男性は体格こそ素晴らしいのだが・・・顔がでかく、さらに金髪のモヒカンで決めているわりには。目がたれ目で、とてつもなく情けない顔をしていた。
 「なぜ笑う・・・・?。」
 「ぷっぷっく・・はぁはぁげほっげほっはぁーーすっすいませんでした・・・。」
 千夏は、必死に謝る。
 「まぁいい、私の名は野沢 藤雅{のざわ ふじまさ}だ。」

 

4

 「藤雅さん・・?。」
 千夏は繰り返し口ずさむ。
 「他にも紹介したい者たちがおる。いでよ我に仕えしものたちよ。」
 藤雅は後ろを振り返る。
 すると、どこから来たのかいつ来たのか分からなかったが、5人の男性が下を向いて後ろに立っていた。その中には哉夜と坂下もいる。
 「こいつらは今日から智捺の身の回りの世話を頼んである者たちだ。右から・・・」
 
 坂下 直人 {さかした なおと}
 外見 ショウトカット 青色かかった髪の毛 背は160センチぐらい ツンとした表情。 メイク担当。

 吉田 基志 {よしだ もとし}
 外見 ショウトカットだが、揉み上げの部分がやや長い オレンジがかった髪の色 たれ目 背は165センチぐらい微笑んでいる。 食事担当。

 山下 哉夜 {やました かなや} 
 外見 髪が長くやや赤毛 これほどタキシードが似合う人を初めて見た。 背は180センチはあると思われる。5人のリーダーで野沢の仕事も手伝ったりする。
  
 鈴木 奈々介 {すずき ななすけ}
 外見天然パーマと思われる黒髪にメガネをかけている。背は165センチ…基よりやや低いぐらいだ。 コーディネート、洗濯担当。

 岩佐 ハミル {いわさ はみる}
 外見ハーフのような顔立ちに育ちのよさそうな感じに見える。背は170センチぐらいだろうか。 治療と布団担当
  
 「以上が、千夏の世話係になるもの達だ。」
 紹介された五人はどの方も美男子だ。
 紹介されている最中五人も笑いが込み上げてきたらしく隠れて笑っていた。
 それでもやはり野沢の目はごまかされなかった。
 「お前たちなぜ私が振り返ると下を向く・・・ここ一年ぐらいお前たちの顔を見ていない気がしてきたぞ。」
 野沢は哉夜達に言う。
 「はっ申し訳ありません。」
 哉夜は顔をあげる。途端に笑いが込み上げてくる。
 「・・・っく・・・。」
 哉夜は必死になって抑える。
 「なるほど・・な。もう良い。・・・千夏をつれて部屋に戻れ。それから・・・基志は残るようにな。」
 基志だけと聞いて、本人は顔をあげる。・・・いかなる状況の中でもやはり笑いが込み上げてきた。
 野沢はだんだん顔が赤くなった。
 それを機に四人と千夏は部屋に回避した。

5

 「はぁ…危なかった・・・。」
 奈々介は呟く。皆あの長い廊下を走って、ようやく先ほどいた部屋にたどりついた。
 「はぁはぁ・・長すぎるよ・・。」
 千夏はいう。
 「基志かわいそうに・・なぁ(笑)」
 ハミルは手を合わせわざとらしく拝む。
 「てかさ、俺たち力使えばよかったんじゃねぇーの?。」
 と直人が言うと、皆直人の方を見てその手があったと言わんばかりに口を開く。
 「あの・・・みなさん・・・。」
 千夏は息を整えたところで尋ねる。
 「どうされましたか?千夏様。」
 千夏の隣にいたハミルが答える。同時に三人も千夏を見つめた。
 「あの・・・私・・・夢を見ているのでしょうか・・・?。」
 千夏の言葉に皆吹き出す。
 千夏は、本気で聞いたつもりだったので少し恥ずかしい気持ちになった。
 「そうですねぇ・・・驚かれたことでしょう・・でもこれが運命というやつですよ。」
 哉夜はそういうが千夏の頭の上にはハテナが浮かんでいた。
 「単純に言うと千夏様も、我々も選ばれしものってことです。」
 千夏はますますわからなくなった。
 「あの・・・意味がよくわからないのですが・・・。」
 哉夜もどうやって説明したらいいのかに困っている様子だった。それを見かねたハミルは、苦笑しながらも詳しい説明をしてくれた。
 ハミルによると次のようだ。
 ここは節島という妖精たちが住む島。妖精たちは何らかの能力を持って生まれる。そんな節島には、佐世姫伝という伝説がある。その伝説にはここで起きた、ある戦いについて書かれているという。千年前に起きたあってならないこと。



   神の侵略ー

6

「千年前の話なのですが・・・。」
 哉夜は続ける。
 千年前節島は、妖精の主を筆頭に平和で豊かな生活が営われていた。妖精の主には五人の部下がいた。
 「それが俺たちの先祖ってことだ。」
 と、直人が言う。
 「もう気づいていらっしゃると思いますが、主は藤雅様の先祖にございます。」
 と、奈々介。
 ある日ここの城に一通の手紙が届く。その手紙の内容は、妖精と同じ立場にあたる、神からの宣戦布告だった。神は同じ立場の妖精一族が解せなかったようだ。
 当日、たくさんの犠牲者の元なんとか神を追い払うことができた。
 だが、ある神が残して言った言葉がある。
 ーわれの名は平 大和 {たいら やまと} 神を統べるもの我々はそなたたちを甘く見ていたじゃんな。千年・・・・千年後また仕返しに来るだろう。
 そして神たちはみな神のいる島、ザッキー島へ帰って行った。
 「そしてなんとその千年後が今年なんです。」
 とハミル。
 疲れ果てた主はその言葉を聞き最後の力を使いあることをする。
 主には愛し合っている妻があった。
 ちょうど腹に主との子を授かっていた。
 ーあなた様は、それでいいのですね。
 ーすまないお前にまで命を落とすことになるやもしれぬ・・・。
 ー野沢 波江 {のざわ なみえ} 様が決めたことなら・・・私、佐世 友梨香 {さよ ゆりか} この身を最後まであなた様に授けます。
 友梨香は、何かを何かに送ることのできる妖精
 波江は一か八かで術をかける。
 佐世姫のお腹にいるわが子に残るすべての力を注ぎ、千年後に間に合うように誰かの母体に転生させる。
 それはどちらにとってもリスクの高い禁術で命を懸けなければならなかった。
 そのやり取りを見ていた五人の部下は、
 「王よ姫よ、我らはそなた達の盾となり矛となろう・・・百年後も千年後も。」
 哉夜の先祖となる一人の青年が代表して言う。
 「頼もしい限りです。でわ、この子を頼みます。」
 その子は涙を必死にこらえている、小さな男の子。
 彼は波江と、友梨香との間にできたまだまだ幼い、長男だった。
 「我ら守護者一同命を賭してお守りいたします。」
 波江と友梨香は、頷く。そして最後の呪文を二人で唱え同時に息を引き取った。
 
 「まぁこんな感じですが・・・もうお分かりですよね?。」
 哉夜は千夏に伺う。
 「転送されのが私だってことでしょうか・・・?」
 「はいそういうことです。」
 にこにこと哉夜は頷いた。
 「えーーーっマジですか・・・家には帰れるんですよね?。」
 千夏は、動揺する。
 「何を言っておられるのですか?この戦いが無事に終わるまで帰れませんよ。」
 と、哉夜にあっさりと告げられた。
 「なっ・・・・・。」
 「そういえば、そろそろお腹がすきましたね・・・基志はまだでしょうか・・・。」
 哉夜はドアを見つめた。
 

7

 哉夜達の話より少し前。
 五人の背中が見えなくなったとき、
 「話とはなんですか?」
 基志は、野沢に尋ねる。
 「うむ、今日は記念すべき日だ。だから豪華な料理をお願いしようと思ってな。そこでなんだが・・・豚肉を使ってだな・・・どうした・・?」
 基志は青い顔をして涙目になり、手先が小刻みに震えていた。
 「豚肉だけは・・・できません。」
 基志は涙目になりながらうつむく。
 「・・・やっぱりだめか・・・でもな皆には、戦いに備えて力をもっとつけてもらいたいのだ。」
 野沢は、基の肩をさする。
 「野沢様・・・私はぶーちゃ・・豚にナイフを向けることはできません。」
 基志は涙をこぼす。それに対して野沢はニッと汚い笑顔で、
 「それでよいのだ。本来妖精は優しい心を持たねばいけない。・・・基志顔をあげよ。」
 基志は、顔をあげる。
 「…っプ・・・。」
 つい笑ってしまった。
 「・・・基志・・いつも通りおいしいご飯を頼んだぞ。」
 基志は、基本魚、野菜、鶏肉で料理を作る。なのに毎日違う種類で作りしかもどれも絶品だった。
 

 「おっいい匂いがしてきたな。」
 直人は食堂の方をみる。
 「どうやら生きていたようだ。よかった。」
 と、奈々介。
 「あの・・・さっきの話なのですが・・・神っていつ来るのですか?」
 千夏は聞く。
 「半年後と記されています。」
 哉夜はきっぱり言う。
 「はぁ?」
 「それまで、万が一の時ご自分を守っていける力をつけてもらうために特訓します。」
 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー?帰らないと家族が・・・。」
 「大丈夫です。私が時間停止で人間界の時間を止めておきました!。」
 反抗している千夏をなだめるように、奈々介が言う。
 「それに・・・あなたの親は佐世姫様と波江様です。」
 とハミル。
 「我らは、妖精です。何か知らの力があるのです。」
 哉夜は少しさみしそうに微笑んだ。
 「千夏様。ごはんのご用意が整いました。どうぞこちらへ・・・ほらお前らもこいよ。」
 と、基志が入ってきた。

8

 「いただきます。」
 哉夜の掛け声とともに皆が手を合わせる。そして皆無言で食べる食べる食べる・・・・・
 「みっ皆さん・・・なんでしゃべらないんでしょうか・・?」
 千夏は静寂を打ち破る。
 「基志さんのお料理とてもおいしいです。・・・でも・・なんか寂しくないですか?」
 「では、しゃべろと仰るのですね。」
 哉夜はそういうと隣にいたハミルに向けて口を開く。
 「基志の料理はいつもおいしいな。」 
 「あぁ・・・そうだな。」
 ・・・・シーン会話が続かず、終了する。
 「そっそういうんじゃなくてですね・・・。」
 千夏は苦々しい顔をする。
 その時だった。
 バンッ
 机をたたく重々しい音が響いた。
 「お前たち普通にしゃべることができないのか?。千夏は、暖かい家庭のような会話が弾むことを望んでいるんだ。会話が弾む、笑顔になる。それが普通の華族ではないのか?」
 そして、情けない顔を余計情けなくして、智名に微笑む。
 「すまなかったな。せっかくの料理を台無しにしてしまって・・・こいつらは本当の家族を知らないのだ。許してやってほしい・・。」
 その汚い笑顔は、千夏の心を明るく照らした。
 「さぁ食べましょうせっかくのごはんが台無しですから。」
 基志は精一杯明るく言った。それを機に会話が続き楽しい食事になった。


 「ここにおられましたか・・・」
 薄暗い部屋に、太陽の光が一筋照らす。 
 「何かありましたか?」
 人影は、声のした方へ振り向いた。
 「報告にございます。」
 「何かしら・・・」
 「訃報です。節島に子が戻ってきたとの報告がありました。動くなら、まだ覚醒していない今がチャンスかと・・・。」
 人影はしばらく日の光を眺めた。するともう一人部屋に入る。
 「無礼ながらドアの外から話を聞きました。私たちは、十二分に力をつけました。あんなちっぽけな島などすぐに私たちいや・・・私の手で・・・。」
 人影は、窓を開け外を見渡す。
 「ザッキーナ様?」
 ザッキーナと呼ばれた人影の人物は、長い金髪をなびかせ、
 「節島の者達を侮ることなかれ。」
 と、一言つぶやいた。
 「しかし・・・今しかないのです。私たちの先祖が受けた屈辱、今晴らすべきです。」
 ザッキーナは、それまで景色を眺めていたが振り返って、
 「そんな卑怯な争い事は先祖たちにとっても恥と知りなさいじゃんな。」
 その一言で二人はハッとする。
 「でしゃばったマネを致したことまことに申し訳ございません。」
 「無礼な行動をお許し願う。」
 二人は深々と頭を下げた。
 「オオックボ、ナカ・アキナ、顔をあげよ。せいぜいザッキーズの恥じにならぬよう、よろしく頼むぞ。」
 「「はっ」」
 二人は陰に溶けた。
 「胸が痛いじゃんな。」
 ザッキーナもその場を離れた。

9

 外食後千夏は気分転換に外に出る。外には大きな湖に城が囲まれているといった、昔並みのつくりに似ていた。千夏は、湖と大地をつなぐ橋を渡る。真ん中あたりで立ち止まり、深呼吸をした。
 「はぁーー。」
 橋から身を乗り出す。池に生えている水草や、雑草に無数の蛍が飛び交っている。蛍の光が水と反射しておりとても幻想的だ。
 そしてここは空気がおいしいと感じる。
 ふとその橋の先に目をやる。そこにはきれいな着物を着た、女の人が立っていた。暗闇の中その女性だけははっきりと見ることができた。その女性は何かを伝えようとしていたが、スーッと消えてしまった。
 不思議と怖くはなかった。
 それとも、今日一日でいろいろありすぎて頭がついていかないのかもしれない。
 不意に後ろから人の気配を感じ振り向く。振り返るとそこには、野沢藤雅が立っていた。
 「あっ先ほどは、ありがとうございました。」
 千夏は頭を下げる。それに対して野沢は微笑む。
 「急にこうなってびっくりしたか?」
 野沢はぼそっと呟く。
 「はい・・・まだ何が起こったのかさえ・・整理できなくて・・。」
 野沢は頷くと、千夏の手をそっと自分の手で包み込む。
 千夏は野沢の顔を見つめる。ふと、ひどい顔がかっこよく見えた気がした。千夏は顔がほてる。
 「顔が赤いぞ・・風邪か?」
 野沢は、千夏の額に手を当てる。
 「だっだいじょうぶですぅ・・・・。」
 千夏は、一歩後ずさる。
 「千夏様…それと野沢様ここにおられたのですね・・・。」
 奈々介が橋を渡ってくるのが見えた。そして近くまで来ると、
 「千夏様、お風呂のご用意が整いましたので、迎えに参りました。」
 と、頭を下げる。
 「あっはい・・・。」
 千夏は返事する。
 「体も冷えることだ戻ろうか・・。」
 野沢は、歩き出す。そのあとを千夏と奈々介は追った。
 
 「あの・・様とかつけなくて・・普通に呼んでくれませんか?」
 途中で野沢と別れ、奈々介と二人で、風呂場に向かっていた。奈々介はびっくりした様子で、
 「そっそのようなことは、できません・・千夏様は私たちの姫様なのですから・・。」
 奈々介はぶんぶん顔を振る。首が取れてしまいそうだ・・・。
 「そうだよね・・・。」
 千夏は、無理やり笑顔を作る。奈々介はその作り笑いを見逃さなかった。
 「でっでは・・・ちっ千夏・・・本当によろしいのですか・・・?」
 奈々介はだんだん呼吸が荒くなる。
 千夏はおかしくなって、
 「だめだめ・・・最後がまだ治ってないよ・・・。」
 奈々介は驚愕の表情を浮かべながら、やけに温泉チックな場所についた。
 「千夏・・・ここが風呂場だ・・この扉を開けると更衣室になっている。そこに寝巻を用意してお・・・用意してある。・・その部屋の先にもう一つ扉があって・・そこが浴槽になっているから・・・・あとは行けばわかると思います。ごゆっくりお入りくださいませ・・・。」
 言い終わると同時に、ものすごいスピードで廊下をかけて行った。
 「最後敬語だったよ―――。」
 千夏はつい面白くなって笑ってしまった。

10

 「はぁーにしても、温泉ですか・・・ここは・・・。」
 千夏は、湯船につかりながら辺りを見渡した。こんなに広いのに貸切だ。お風呂の種類は水ぶろも入れて八種類。中でも驚いたのが、野沢湯という名の温泉だ。野沢という名にちなんでいるのか、野沢菜のエキス入りだそうだ。さすがに入る気はしないが、露天風呂の景色はとてもきれいだった。空を見上げると何億もの星たちが輝いている。
 一通り入ったところで、千夏は浴槽からでて更衣室へと移動する。
 「パジャマは・・・っと。」
 千夏は棚の引きだしをあけた。そこには、青を基調としたパジャマがしわ一つもなしにきれいに折りたたまれていた。
 「なんで青色が好みの色だとばれたし・・・。」
 そう思いながらも千夏は着替える。着替えをおえドアを開けると、ドアの前にハミルが待ち伏せていた。
 「お待ちしておりました千夏様。お布団のご用意が整っております。どうぞこちらへ。」
 ハミルは一礼して向きを変え歩き出す。千夏はそのあとについていく。
 「あの・・奈々介さんにも言ったのですが、敬語使わないでしゃべってもらえませんか?」
 「そうですか・・・。」
 ハミルは少し立ち止まり考えた。
 「わかりました。じゃぁ・・・おい雌豚ぁーさっさと歩け。・・・冗談ですよ。」
 千夏の顔を見たハミルは、笑いながら案内する。
 千夏は、気を取り直して最初にあった時から聞きたかったことを聞いてみた。
 「ハミルさんって名前からして皆さんと違う気がするのですが・・。」
 ハミルは、微笑しながら言う。
 「そうだな・・・私は節島の北生まれで、ほかのみんなは南生まれ。だから少し違うのかもしれないな。」
 千夏は、そうなんだーとうなずきながら聞く。
 「言い伝えによると、私の先祖が南街に行く途中病で倒れて、そこをちょうど通りかかった先代野沢様に助けられた。それから命の恩人として代々野沢様を守ると誓ったらしい。」
 千夏はすごいなと感心していると、最初寝かされていた部屋ではない別の部屋に案内された。
 「部屋って何室あるんですか?」
 思わず聞いてみる。
 「トイレとかをいれると26室ですが、野沢様しか知らない部屋もあるし、地下牢だってある。」
 ハミルは部屋のドアを開けた。
 やはり・・・いや予想よりはるかにきれいで大きな部屋だった。
 「ここが千夏様の部屋だ。では、おやすみなさい。」
 ハミルはまた一礼してドアを閉める。
 千夏は、ベッドに腰を掛ける。思っていたよりフカフカで体のバランスを崩し、自然と横になった。
 「はぁ・・・これからどうなるんだろう・・。」
 千夏は布団にもぐりため息をつく。そして糸が切れたように深い眠りについた。

11

 ーおい
 ーおい
 ・・・だれ?
 ーどうしたらいい
 ー私が何とかします。
 ・・・女の人と男の人?
 ーどうやるんだ
 ー私が
 ・・・・何ぞ何ぞ何ぞ・・・?
 

 「おっ起きたか?」
 目を開けるとすぐ近くには直人がいた。
 「ギャー―なっなんでこんなところに・・・。」
 千夏は飛び起き全力で後ずさる。
 「あぁ?だって三日もねてたからさぁ・・・。」
 直人はにやりと笑う。
 直人が手に持っているものを見て千夏は驚愕した。
 「その手に持っているの・・・何ぞや・・・。」
 千夏は震える手で、直人が持っているものに指をさす。
 直人は手に持っていた、赤くドロドロとした液体の入った瓶を眺めて、
 「お前鏡見てこいよ。」
 と楽しそうに笑う。
 「鏡ってどこぞ・・・?」
 「隣の部屋に姿見があるぞ。」
 千夏はゴクリと唾をのみ、壁を伝って立ち上がる。そしてゆっくりとドアを開け直人を残して部屋を出た。千夏の部屋は一番端なので、隣の部屋というと右の部屋しかない。千夏は迷わず隣の部屋のドアを開けた。
 するとーー
 部屋の奥には上半身裸の哉夜の姿があった。
 「きゃあーーーー。」
 と千夏。
 「ぎゃあーーーー。」
 と哉夜。
 「なっなっすっすいませんでした・・・・。」
 とっさに逃げ出そうとする千夏。
 「ちょっとお待ちください・・・まさかあなたは千夏様ですか?」
 千夏は不思議そうに振り返る。
 「へっ?」
 哉夜は素早く上着を着て、ネクタイを締め、千夏のもとへ行き頭を下げる。
 「あっやはり・・・千夏様でしたね・・大変なご無礼を申し訳ありません。直人は近くに居ますか?」
 「はっはい・・・私が寝ていた部屋にいると思います。」
 千夏がそう答えた瞬間、哉夜の目つきが一瞬変わり、基の表情で失礼します。と言いながら部屋を出て行った。
 ふと正面を見る。そこには直人の言うとおりに姿見があった。千夏はその鏡に近づく。本来映るべき自分の顔は、なぜかいたるところから流血していた。
 「ギャー―――――。」

 千夏が悲鳴を上げる少し前。
 「直人――。」
 哉夜の怒声が城中に響き渡る。
 「どうした?」
 部屋からハミルが出てくる。
 「直人のやつついに姫様までやりやがったんだ。」
 「あー血糊か・・・なるほど・・・直人の得意技だからな。」
 ハミルは笑う。
 「笑い事じゃない・・・。」
 哉夜がそう言うと同時に、突風が吹く。
 「ー直人ーーーーー。」
 その風と共に哉夜は走った。
 「直人・・・千夏様には失礼なことはするなとあれほど・・・。」
 「知るかよそんなこと――。」
 直人が哉夜の目の前を走る。
 「俺の風についてこれるかな?」
 「自分だけ飛べるからって貴様ーーーー。」
 直人が哉夜の方を振り返った瞬間直人は柔らかなものと衝突した。
 「いってててて・・・。」
 哉夜は青い顔をしている。直人はぶつかった正体をみる。
 それは、寝起きの野沢藤雅だった。
 「ぎゃーーーーーーー。」
 この日の朝、野沢城で二人の悲鳴が重なった。
 

12

 朝食後千夏は、外に出た。前出たときはきは夜だったため気づかなかったが庭にはいろんな種類の花が植えられており、見事なぐらい美しかった。
 節島は空気が澄んでいて初めて空気がおいしいと感じた。
 千夏は深呼吸をした。ふと奥に一本だけ満開に咲いている桜の木が見えた。千夏はそーっと桜の木に近づく。
 「きれいだろ。」
 千夏の後ろから声がする。振り返るとそこには基志がいた。
 「あっ基志さん。朝食おいしかったです。」
 千夏は、微笑む。
 「ありがとう。」
 そういって基志も、桜を見上げた。
 「この桜の木は、俺たち守護五家の一族が、初めて顔を合わすとき一人ずつこの桜の木に誓いを立てるんだ。」
 「誓い?」
 基志はどこか懐かしそうに語る。
 「あぁ。命を賭して野沢様と、姫様をお守りするってな。」
 その言葉を聞いて、千夏は胸に暖かいものを感じた。しばらく二人は静かに桜を見ていた。とそこへ、
 「千夏様ーーっと基志か・・ちょうどいい基志、千夏様にここを案内してやってくれないか?」
 と哉夜は城の入口の前から大声で言った。
 「どこか行くのか?」
 基志も叫ぶ。
 「あぁ、ちょっと急用が入ってな。じゃあ行ってくる。」
 哉夜はそういうとあっという間にかけて行った。うしろに野沢もいるのが確認できた。
 「野沢様まで・・・。」
 呆れたように基志はため息をついた。
 「しょうがない・・・案内いたします。」
 「はい。」
 千夏と基志は城の中へ入った。


 「やはり、侵入された形跡がありますね・・・。」
 節島に入るには、千夏が通った扉をくぐらなければいけない。扉の前には力属性の妖精が門番をしているはずなのだが・・・哉夜と、野沢は目の前で倒れている無残な死体をただただ見ていた。
 「ご苦労様だったな・・・よくやったお前たち。」
 野沢と哉夜は手を合わせた。
 「これはもう、半年とか言っておれなくなりましたね・・・。」
 「そうだな。一刻も早く千夏の力を呼び覚まさせれば・・・。」
 二人は沈黙する。
 「夜、会議を行いましょう。」


 「おい聞いたか?今夜会議だってよ。久しぶりだよな・・・」
 基志が千夏を案内している最中に、ばったり出会った直人が言った。
 「何かあったのか?」
 「わかんねぇ・・。ただ、帰ってきた哉夜と野沢様がそう伝えろと言ってきたんだ。」
 「朝哉夜と、野沢様が出ていくのを見た。・・・間違いなくそのことについてだろうな。」
 千夏もうなずいた。
 「何にしろ・・・よい会議にはなりそうもないな・・・。」
 基志はそう呟いた。
 

13

 夜予定どうり夕食後に会議が行われた。
 「・・・今朝節島の門付近に住んでいる女の子から、門番が血を流して倒れているという通報をうけ私と、野沢様で現場を伺いに行った。その報告どおり無惨にも門番たちは命を落としていた。間違えありませんよね?野沢様。」
 会議はそのまま夕食の席で行われていた。野沢だけはみんなを見渡せる少し高い位置に移動する。皆普段とは違う様子で、空気が張りつめている。
 その中で哉夜は席を立ちあがり内容を報告した。
 「あぁ確かにその通りだ。」
 野沢は上座に座りながら発言した。
 ハミルは、
 「誰かが節島に侵入したと・・・言うことですか?」
 「そういうことだ。私の考えでは、ザ・キーズと考えている。」
 哉夜は、答えた。
 「だが・・・奴らは半年後に来るということではなかったのか・・・?。」
 奈々介も言う。
 皆が頷く中、
 「あるいは別の誰か・・・ということもあり得るが、何にしろ相手が正体不明である以上対策をうつことが難しくなる。」
 と、哉夜は言う。
 どうすることもできない・・・敵はもう侵入しているかもしれない・・そんな不安が皆の心の中に募る。
 「そこでなんだが・・。」
 野沢は立ち上がり皆のところへ降りる。張りつめた空気を裂くように野沢は机の上に紙を広げた。
 その紙はどうやらカレンダーのようだ。日にちがズラーッと書かれている。その下には守護者の誰かの名前がかかれていた。
 「さっそくなんだが・・明日から門番の代わりとして見張りを立てようと思うのだ。役割はここに書いてある通り城の門番、入口門の門番だ。それぞれの担当場所に必ず二人で行くようにしてもらいたい。」
 皆、野沢の意見に賛同した。
 「交代制というのはどうでしょう。同じ人たちが毎回いても見落とす部分が出てきてしまう可能性もありますから。」
 と、基志は言った。
 哉夜はうなずくと、
 「それで行きましょう。朝食の時にペアをいいます。千夏様は私についてきてください。それでは今日はお開きにしましょう。千夏様もお疲れでしょうしね。」
 哉夜は千夏に微笑んだ。
 

 ザー
 「おや?雨が降って来たな・・・。」
 ハミルは窓から空を見る。直人も空を見た。
 「本当だ・・・やな天気だな。」
 二人は今日の風呂掃除担当のため入浴場に向かっていた。
 本当は、当番は一人なのだが・・・今日の朝のいたずらにより直人は哉夜から罰を与えられていた。
 「哉夜のやつ・・今度海行ってたこ捕まえて投げつけてやる・・・。」


 「はぁ・・・これからどうなるんだろう・・・タイ焼き食べたいな。」
 千夏は入浴後、静かな自室でハミルが整えてくれたベッドに横たわりながら、独り言をつぶやいた。
 ピカッ   ゴロゴロ・・・
 雷が鳴りだす。暗闇が一瞬明るくなる。
 「・・・この先どうなるんだろう・・。」



 

14 

 「はわぁぁ~。」
 千夏はあくびをしながら起き上った。
 (あの日からもう五日もたっているのか・・・早いな・・。)
 千夏はそんなことを思いながらカーテンをあける。窓から見た景色はちょうどあの湖が見える。野沢に触れた時の記憶がよみがえる。
 (野沢さんっていい人なんだけど・・・顔がな・・・。)
 千夏は自然と野沢に握られた手を握りしめていた。
 そんな時、ノックする音が部屋に響いた。
 「千夏様ー哉夜です。入ってもよろしいでしょうか?」
 と、哉夜の声が聞こえた。
 千夏ははいと返事をする。するとドアを開け外から哉夜が入ってきた。
 「おはようございます。」
 いつものように、ビッシッと一礼して挨拶をする。
 「おはようございます。」
 千夏も挨拶をした。
 「今日は城の門番となっております。私と、奈々介がいますので安心してください。千夏様を城に一人にしておくわけにはまいりませんので。」
 するとタイミングよく奈々介が部屋に入ってきた。
 「今日の服をもっ…て来たぞ。今日の服は、千夏様・・・千夏がいたところのもの・・・だから着やすいと思うぞ。」
 千夏は奈々介のかたことなしゃべり方に思わず笑う。哉夜はきょとんとしていた。
 「ありがとう・・奈々介さん。」
 千夏は服を受け取った。
 「でっでは・・・後程。」
 奈々介はお辞儀をして、スタスタと部屋を出て行った。
 「何かあったのですか?」
 哉夜は千夏に尋ねる。
 「なっ内緒です・・・。」
 千夏は微笑んだ。しかし哉夜は悲しい顔をしていることに千夏は気づかなかった。

 
 「では行ってきます。」
 直人と、基志は節島の入口へと向かった。
 「じゃあ私たちも行きますか。」
 哉夜はった。
 「はい。」 「おう。」
 



 ーここで消えたのだな。
 「はい・・・千夏先輩パッと見たらいなくて・・・。」
 黒い装束に身を包んだ男は千夏の同級生である金子直美に聞く。黒い装束である男の相方は、
 ー間違いありませんぜ。
 ーそのようだな。
 「あなたたちは?」
 直美は聞くが、
 ー御嬢さん…それは聞いてはならないことだよ。少し・・・記憶を消させてもらうよ。
 直美がえ?っと顔をしかめた時にはもう記憶を消されていた。
 

15

 「ザッキーナ様。お船のご用意がととのいました。」
 オオックボはドアの前で甲高い声で叫ぶ。
 「お入りなさい。」
 部屋の中から声がした。
 オオックボは中に入る。ザッキーナは、窓から景色を眺めていた。
 「ザッキーナ様?」
 オオックボは不思議そうに尋ねた。ザッキーナは、穏やかな笑みをこぼしながら、
 「子供は、戦うべからず・・・私は貴方みたいな子供にまで戦ってほしくないじゃんな.」
 「お心使いに感謝いたします。ですが私は、戦いに行くことに後悔などしておりませぬ。千年前私たちの先祖様たちが受けた苦しみと比べれば全然苦じゃないです。」
 そういうと、オオックボは忙しそうに礼をして部屋から出て行った。すると入れ違いに、
 「ザッキーナ様ー。ただいま戻りました。」
 活発そうな女性の声が響く。
 「お入りなさい。」
 ザッキーナの返事とともに二人の女性が入っていく。
 「食料問題なし。」
 女性の一人がひざまずく。
 もう一人の女性も、
 「船の燃料も問題ありませんわ。」
 と言って同じようにひざまずいた。
 「わかりました。・・・モジャーヌ、ホリーノ報告ありがとう。下がりなさい。」
 「はっ」
 ザッキーナの言葉とともに二人は消えた。

 「どうかこの平和が少しでも続くといいじゃんな。」
 



 「なんだお前たちは。」
 黒い装束を着た二人が、門番をしていたハミルと直人の前に現れた。
 「止まれ。」
 無言で門をくぐろうとした二人をハミルと直人は、自分の腰にあった刀を取り出し、相手に向けた。
 「止まれとは・・・大層な挨拶ですね。」
 一人の黒装束がしゃべる。
 「お前ら誰だ・・・。」
 直人がいつもよりもトーンを落としてゆっくりと言う。
 「そうですな・・・我らは時を操るピスタチオ・・・教えられるのはこれくらいかな・・。」
 へらへらとした口ぶりに直人とハミルは気を緩めてしまった。
 「何訳の分からんこと・・・・・」
 直人は黒装束から目をはなした瞬間だった。二人は直人の視界にいなかった。ハミルも同じく見ていなかった・・・いや、瞬きをした瞬間に視界から消えていた。
 直人とハミルはハッと節島の方を振り返るその時だった。 

 ---ブスッーーーー
 それは一瞬の出来事だった。
 直人は体の中に冷たい物が入るのが分かった。訳も分からず隣を見ると、血を流して倒れている。ふと、自分の腹部を見る。真っ赤な鮮血がドクドクと流れ出ている。
 「一つ言い残したことがありました・・・私はピスタチオのリーダ名は豆月 輝{まめづき ひかり}と申します。以後お見知りおきを。」
 
 黒装束の二人が、節島に入っていくのを霞む視界で確認した。
 (すいません野沢様・・・)
 それを最後に直人の意識が途絶えた。

16

 「はぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」 
 千夏は覚醒するための特訓を、門番をしながら哉夜に教えられていた。
 「違います・・・もっとこう・・・意識を集中するのです。こう・・・木の枝の上に立っているような感じで。」
 哉夜は千夏のそばで言いながらも辺りに意識を向けて敵が来ないか見張りをしている。奈々介も門のところに立ち見張りをしていた。
 「そんなこと言われても…。」
 千夏は対抗しながらももう一度集中する。そんな時誰かに見られている錯覚に襲われ辺りを見渡した。桜の木のの陰にあの池で見かけた女の人が立っていた。 
 「あっ。」
 千夏は短く声を発した。女の人は何かを言おうと口を開いているが、女の人の声は千夏の耳には届かなかった。
 すると千夏の視界がだんだん霧がかかったように霞み、次第に真白くなった。
 
 どこか見覚えのある場所。
 ーそうだ、私が通った入口・・・。
 千夏は辺りを見渡した。
 ーうん・・?あれは・・・ハミルさんと・・・直人さん・・・
 千夏は青ざめた。
 そこで何もなかったように現実の世界へと引き戻される。

 「おい・・・大丈夫ですか?」
 遠くの方で哉夜の声がした。
 ー哉夜さん・・?
 意識がだんだんはっきりしてきた。そして自分が倒れていることに気が付く。
 「っち・・・こんなときにハミルさえいてくれれば・・・。」
 ーハミル・・・ハミルさん!!
 千夏はガバッと起き上がった。
 「ハミルさんと直人さんが・・・。」
 千夏は叫んだ。
 「直人とハミルがどうかしたのか?」
 哉夜と奈々介は千夏のただならぬ様子に緊急事態なんだと気づく。千夏はすべてのことを話した。
 哉夜は、
 「千夏様は、城の中にいてください。中には野沢様と基志がいますから。」
 いつもと違う哉夜の声に千夏は頷くことしかできなかった。
 「それから・・・外に出ないでください。城の周りには強い結界で守られていますから。」
 そういうと哉夜と奈々介は消えてしまった。
 千夏は野沢と基志のところへ急いだ。涙が止まらなかった。

17

 「千夏どうしたのだ?。」
 野沢は酷く興奮している千夏を座らせた。
 「ミルクティーをお持ちしました。」
 基志が、机にミルクティーを並べる。千夏は一口飲み落ち着いたところで先ほどの出来事を話した。
 「ハミルと直人が・・・千夏心配するな。あいつらは強いだから心配するな。」
 千夏は涙をぬぐいながら頷いた。野沢は急に立ち上がり、千夏をギュウッと抱きしめた。野沢の体温が伝わる。暖かかった。落ち着いたのか千夏は眠りに落ちた。
 「野沢様、自分はどうしたらよいのでしょうか・・・?」
 基志は重々しい表情をする。
 「哉夜と奈々介が行ったなら大丈夫だ。それより誰なのだろうか・・・話の中に出てきた女の人というのは・・?
 野沢は千夏の顔を覗き込む。
 「もしかしたら覚醒し始めているのかもしれませんね。」



 「ハミルー直人ー。」
 哉夜と奈々介は現場に行き大声で呼んだ。千夏の言うとおり二人は大量の血を流し倒れていた。
 「ハミルー直人ー。」
 奈々介はひたすら呼び続けた。
 するとハミルの傷口から淡い光が包み込みジワジワと、傷口を治していた。
 「どういうことだ・・?」
 哉夜はハミルを眺めた。傷口が完全にふさがった時
 「うっく・・・ぐはぁ・・。」
 何とハミルは息を吹き返した。
 「だっ大丈夫なのか?」
 奈々介はハミルの体を起こす。
 「哉夜・・奈々介・・すまない敵の侵入を許してしまった・・。」
 ハミルは頭を下げた。
 「そんなことはどうだっていい。それよりハミル・・・何の術を使ったんだ?」
 哉夜は険しい顔をする。
 「・・・私は北の中でも特に回復術に優れた岩佐家の生まれ・・・そして命ある限り自力で自然回復を行います。心臓を貫かれなければ生きることができるのです・・。」
 そういうハミルの顔は悲しそうな顔をしていた。
 「そうだったのか・・・。」
 哉夜は頷く。
 「そんなことより・・・直人を手当てしてやってくれ。」
 奈々介は言う。
 直人は、幽かに気をしているもののかなり重症の深手を負っていた。
 「直人ー!今治すからなー。」
 ハミルは直人の傷に手をかざした。
 「北のまなざし、南の微笑み。今わが子の手に力を与えたまえ。」
 呪文のようなものを唱えたあと、ハミルの傷を治した淡い光が、直人を包んだ。
 すると・・
 「・・・ここは?」
 直人は目をさまし体を起こした。
 
 

18

 ーすまない
 ・・・あなたは誰?
 ーすまない・・・俺は・・・なんという過ちを犯してしまったのだろうか・・・
 ーあなた様は・・・罪をお悔みなさっておいです。私も同じ想いにございます。だからー
 ・・・なんぞなんぞなんぞー!

 千夏は目が覚める。
 ふと布団の心地よさに違和感を覚えた。
 ーハミルさん?
 千夏は胸が高鳴りベットから飛び起きた。
 
 「おや?千夏様ではありませんかー。」
 ハミルは直人と哉夜の部屋の隣の部屋でしゃべっていた。千夏に気付いた直人とハミルは、微笑んだ。
 「ハミルさん、直人さん無事だったんですね?」
 千夏はうれしくて涙を流す。
 「おう!・・・って泣くなよー俺たちは無敵だぜ。」
 直人は千夏に笑顔を見せる。
 「誰のおかげでしたっけ?千夏様、心配なさっていただきありがとうございます。」
 ハミルは千夏の涙をハンカチで拭いた。
 するとそこへ哉夜がやってきた。
 「千夏様。ちょうどよかったです。今から緊急会議を行いたいと思いますので、先ほどのところに集まってください。」
 

 「千夏・・・どこに行ったのだろう・・?」
 直美はフッとつぶやく。突然眠気が襲ってきてそれからの記憶がない。窓からすっかり暗くなった景色を見た。それから美術室を見渡す。
 誰もいない。
 電気のジリッという音がこの寂しい空間を支配する。
 「遅くなっちゃったな・・・帰るか・・・。」
 直美は鞄を持った。そして校舎を出る。ふと千夏との記憶がふつふつと溢れ出た。
 

 中学三年
 「直美はどこの高校を受けるの?」
 それは千夏からの単刀直入の質問だった。
 「私は・・・。」
 当時直美は絵が得意で美術の学校に通いたいという願望はあった。しかし母親からは近くて頭のいい高校に入れと言われていた。直美は母親の指示に従おうとしていた。
 
 ある日直美は、進路希望調査の紙を提出しに行こうと職員室に向かった。そのために美術室の前を通る。
 カシャカシャカシャ・・・・
 美術室の中から妙な音が聞こえた。
 不思議に思った直美は、ドアを開けた。
 そこには大きなキャンバスに
 汗だくになりながら無我夢中絵を描いている千夏の姿があった。
 かっこよかった。
 千夏と美術室が一体となるような錯覚に襲われた。
 憧れた。
 私も・・・
 千夏・・・千夏先輩のようになりたいと思った。
 直美は手に持っていた進路希望調査を破った。
 

 「君少し来てもらうから」
 夜道を歩いていた直美は、突然口をふさがれ意識を失った。

19

 「でだ。今回の事件でわかったことがあった。」
 野沢は口を開く。
 「仲間の情報だ。」
 空気が張りつめる。哉夜も、
 「俺たちは長年一緒にいたが、お互い心を開かなかった。そのため何一つお互いを知らない。」
 哉夜の言葉に皆頷いた。
 「そこでだ。今からお互いに詳しく自己紹介しなおしてもらう。包み隠さずすべてだ。いいな?では野沢様お願いします。」
 哉夜の合図で一斉に野沢を見る。もうさすがになれたようで真剣に耳を傾けた。
 「うむ。私は第百代目の野沢家当主そして節島の王。歳は二十歳。扱う魔法は、結界と対話だ。」
 ー誕生日一月一日
 ー好きな食べ物全部
 ー嫌いな食べ物なし
 ー血液型A

 野沢が言い終わると、哉夜が立った。
 「私は百代目山下家を継いだもの。歳は十八。扱う魔法は、炎系です。」
 ー誕生日八月二五日
 ー好きな食べ物甘いもの
 ー嫌いな食べ物キノコ類
 ー血液型A

 「俺は百代目坂下家を継いだもの。歳は十六特技はメイク。扱う魔法は風だ。」
 ー誕生日四月七日
 ー好きな食べ物魚介類
 ー嫌いな食べ物豆類
 血液型AB
 直人が言うと、直人の隣にいた基志が立つ。

 「俺は百代目吉田家を継いだもの。歳は十七料理が得意。扱う魔法は電気だ。」
 ー誕生日十二月六日
 ー好きな食べ物せんべい
 ー嫌いな食べ物豚肉
 ー血液型B

 続いて奈々介が口を開いた。
 俺は百代目鈴木家を継いだもの。歳は十七。扱う魔法は水です。」
 ー誕生日五月二九日
 ー好きな食べ物豆腐
 ー嫌いな食べ物ゆで卵
 ー血液型A
 奈々介が座ると向かいに座っていた、ハミルが立った。

 「私は百代目岩佐家を継いだもの。歳は十八。扱う魔法は氷です。そして私の家柄は代々医療技術に専念してきました。そのため生まれた時から自力で自然回復できます。」
 ー誕生日は十一月二十三日
 ー好きな食べ物はフレンチトースト
 ー嫌いな食べ物は納豆
 ー血液型はO型
 それぞれの紹介が終わると、千夏も流れに乗って自己紹介をしようとした。
 
 「私は・・・私はなんぞ?」
 だが今自分の正体が自分でもわからなくなっていた。
 そこにハミルが、
 「千夏様は、佐世姫様の血を引くもので今その力を発揮させるための特訓中です。」
 と、代わりに答えてくれた。
 哉夜はやれやれといった表情で、
 「他には言い残したことはありませんね?では次に移ります。直人、ハミル敵の情報について教えてくれ。」
 直人とハミルは、立ち上がり続けた。
 「敵は、二名。フード付きの黒いマントに身を包みピスタチオと名乗っていました。そして敵のボスであろう男が、豆月 光と申しておりましたが、フードを深くかぶっていたため顔は特定できませんでした。」
 ハミルは悔しそうに手を握りしめた。
 「二人ともよく頑張った。よし今日はもう遅い。お開きにしよう。」
 と野沢は言った。


 「おきろ~。」
 どこからか低くゆったりとした声が響いた。
 「そなたの名を聞かせてもらおうか。」
 薄暗い部屋。
 「私の名前は金子直美。」
 意識が朦朧とする中直美は答えた。
 「じゃあちなみに寺田千夏とはどういう関係かなぁ~?」
 もう一人の女がきく。
 「友達です・・・。」
 直美は勝手に声が出てしまうことに、自然と怖くなかった。それどころか、まだ意識が回復していない。
 「ふ~んありがとーそれだけ聞ければ十分よ。これで豆月様にご報告できるわ~キャハハハハハー。」
 ずいぶんとテンションが高い女性の声に意識が少しずつ回復していった。
 「あっあなたたちは?」
 直美の質問に二人は黙る。しばらくして、
 「いいわ教えてあげる。あたしの名は、ノン・タズナそして。」
 「わっ私の名前は、御園 鼻子(みその はなこ)」
 「あなたには、やってもらいたいことがあるの。それまでここにいて頂戴ね。キャハハハハー。」
 そういうと二人は消えて行った。
 

20

 野沢達が会議をする少し前。
 「出航するじゃんな。」
 ザッキーナの掛け声とともに、大きな船が天使ザッキーズ島を出航した。目的地は野沢のいる節島だ。
 「この様子なら、一週間もあればつくかと思います。」
 と、モジャキラーはいう。
 「わかりました。・・・そうだモジャキラー体毛はそりましたか?。」
 ザッキーナは悪戯な笑みをこぼす。
 「あっえっ・・・・気づいてらしたのですね。」
 「ええ。あなたが苦労して隠していることも知ってますよ。」
 モジャキラーは赤面する。
 「大丈夫。皆知っていることだ。私たちは仲間ではないか。」
 ザッキーナの言葉に思わず涙を流す。
 「一生ついていきますわ。」
 と、もじゃきらーが言った直後だった。
 モジャキラーの視界が黒く染まる。ふいに来た激痛に膝をついた。まだ息があることを確認した何者かが、モジャキラーの心臓を貫いた。とっさだったせいでモジャキラーは何もできないいまま倒れ息絶える。ザッキーナは、印を唱えそのあと口から黄色い液体を相手に向けて噴射した。
 ザッキーナの液体がかかった黒いフードのところが、ジワリと溶けだした。
 除いた顔には見覚えがあった。つい最近ホリッソノの報告にあった、赤髪の・・・
 「山下・・・かな・・や?」
 男はにぃーっと笑うと霧のように消えて行った。
 「モジャ・・モジャキラーーーーーー。」
 ザッキーナは息をしていないことを確認すると、ゆっくりと抱きしめた。そして約束を誓った。

 ー必ず野沢藤雅を倒すと

 千夏は朝食の後、哉夜に言われた通りの修行方法を自分の部屋で実践していた。だが・・・
 「はぁ・・・はぁやっぱりだめだ・・・。」
 何も起こらない。無駄に体力が削られていく。そんな時だった。
 トントントン
 ドアをノックする音が聞こえた。
 「千夏、入るぞ。」
 外から野沢の声が聞こえた。胸が高鳴る。
 「どうぞー。」
 野沢が入ってくる。そして千夏のベッドの上に腰掛ける。
 「案の定無理をしているな。」
 「えっ?」
 「千夏さては先ほどの会議で少々焦っているのではないか?」
 千夏は図星をつかれて何も言えなくなる。
 「はっはっはーなぜなのだろうな、千夏のことならわかるのだ。
 そういうと千夏の頭をなでる。
 「そっそう言えばー哉夜さんたちは?」
 千夏は、恥ずかしさのあまり違う話題をくりだした。
 「あ奴らなら見回りに行ったよ。昨日の今日で疲れているはずなんだがな。」
 野沢は笑う。
 「じゃあ無理せず、頑張りたまえよ。」
 そういうと、立ち上がりこの部屋から出て行った。
 忙しいのに心配してくれたことが、何よりもうれしかった。
 「よし、頑張ろう。」
 千夏は再び、特訓に戻った。

21

 「このあたりでいいのか?直人。」
 基志は尋ねる。
 「あぁまちがいねぇ。あいつの気配がする・・・なぁハミル。」
 直人は隣にいるハミルに聞き返す。
 「間違いない。この気配、思い出しただけでぞっとする。」
 「急いで哉夜と奈々介に伝えないとな。」
 基志はいつになく真剣だ。
 「よし、俺飛んでくる。」
 直人は呪文を唱えた。すると直人の体がゆっくりと宙に浮かんだ。
 「頼んだぞ。」
 基志はそういうと、直人は空高く舞い上がりまるで鷹のように素早く飛んで行った。
 

 「金子直美と申したな。・・初めまして。僕の名前はわかるかな?」
 ある男の前に直美はたたずんでいた。直美の眼には光が宿っていない。ただ一点を見つめているだけだった。しかし目の前の男が訪ねると、
 「はい、豆月輝様。」
 薄暗い部屋に凛とした声が響く。
 「あっはっはっはー実にいい。ほめてやるぞー鼻子よ。」
 そういうと物陰から御園鼻子が姿を現し頭を下げる。輝の声が、辺りを支配する。
 「後はやつをどうするか・・・くっくっく・・・いいねぇーようやく佐世姫伝の続きが始まるな。」
 光は縛り付けている男を見て笑う。
 「金子直美・・ようこそ我がピスタチオへ。歓迎する。」

 
 「奈々介ー哉夜ー。」
 直人は二人のもとに急降下する。
 「直人ー。」
 哉夜は振り返る。哉夜の隣にいた奈々介も振り返った。
 「やつらの居場所を突き止めた。ついてこい。」
 直人は空中で止まり方向を変える。
 「本当か?」
 「わかった。」
 奈々介と、哉夜は、直人の後に続いて走った。


 「もう直でございますね。ザッキーナ様。」
 「・・・」
 「ザッキーナ様?」
 ホリーノは、うれしそうに言ったが、ザッキーナに声が届かなかったようで返事がない。
 「ザッキーナ様・・・・。」
 「あっ、ホリーノどうした?」
 ホリーノを見たザッキーナには、いつものようなほほえみがなく、目の下にはクマができていた。
 「モジャキラーのことですか?」
 ホリーノは何となく聞いてみた。
 ザッキーナは一瞬目を見開いたが、
 「ええ、何もできなかった。たかが妖精一匹に・・・無力だったじゃんな。」
 涙ぐむザッキーナに、ホリーノは、
 「モジャキラーは本望だったと思います。だってザッキーナ様をお守りして息絶えたのですから。」
 ホリーノは、できるだけの笑顔で答える。
 「それに比べ私なんか誰にも見られずに死ぬかもしれないんですよ。」
 そういいながら笑顔を作るのがつらくなった。
 そんな時だった。ホリーノの体がふわっと暖かくなった。ザッキーナがホリーノを抱きしめたのだった。
 「…!」
 「ごめんなさいね。あなたたちにだいぶ迷惑をかけてしまっているわ・・・もうちょっとだから・・・平和な日々はもう少しで・・。」
 ホリーノは強く握り返し呟いた。
 「大丈夫です。私たちには佐世姫様のご加護がありますよ。

22

 「おーい基志、ハミル―。」
 直人は二人の頭上から叫ぶ。その声に気付いた二人は振り返る。
 「直人、遅かったな。」
 「はぁ?猛スピードで行ったんだけど。」
 基志は笑う。
 「乗るな直人、ハミルの冗談だ。哉夜、奈々介。わかっているな?」
 直人のを追って後から到着した奈々介と、哉夜に基志が言った。
 「あぁ。」
 哉夜はそう短く答える。
 五人は息をひそめて、その場に向かった。
 

 一方、千夏は修行を続けていた。
 哉夜に言われたとおり木の上に立っているような感覚で。
 ー細い木の枝の上に私は立っている。
 そう常に思いながら、心を無にしていく。
 ふと、心の中で脈打つのが聞こえた。
 (今のは・・?)
 千夏はそーっと目を開ける。
 
 ーすまぬ。皆に申し訳が立たない。
 ー謝らないでください。
 

 夢に出た人たちが映像化されていた。
 ーすまんな佐世姫
 ーそんなことおっしゃらないで・・・もとは私があんなことに・・・野沢 波江 (のざわ なみえ)様わた・・・
 ブチー
 奇妙な音とともに消えてしまった。
 (この声・・・あの女の人・・初代の野沢様と、佐世姫様だったんだ!しかも両方とも美しい方だったな。)
 

 「大変です。輝様。」
 「なんだ。言ってみよノン・タズナ。」
 蒼白したタズナが、血相を変えて走ってくる。
 「捕まえていた栗田真琴が・・・逃げました。」
 タズナはひざまずく。
 「・・・気分を害した。どう責任とってくれるのかな・・?」
 今までに見たことないくらい笑顔な輝。
 「私の命でお許しいただけませんでしょうか?」
 泣きそうな声でタズナは言うと同時に、輝が指鉄砲の形を作り、人差し指をタズナに向け、
 「バーン。」
 と輝が声を発した瞬間、タズナの体が跡形もなく吹き飛んだ。
 「バイバーイ。」
 不気味な笑顔を浮かべていた。
 「おいお前ら、真琴を探せ。野沢の仲間を増やしてはいけないからね。」
 

 「ここなんだな・・・敵がいるのは。」
 哉夜は苦々しく答える。
 「あぁこのマガマガしい気配・・・奴らだ。」
 五人は、息をのむ。
 そして、奥に潜む洞窟に入ろうとした瞬間だった。
 「待てお前たち。」
 後ろから声が届いた。

23

 「おい、おまえら。」
 五人は、野沢の声に振り返る。そして野沢の姿が目に映ると皆一斉に片足をつき頭を下げる。
 「こんな強くまがまがしい危ないところに行ってはならぬ!まだ・・・まだ駄目だ。もうすぐ千夏姫が目覚めるであろう。だからそれまで・・・少しついてきてほしいところがある。」
 野沢は優雅に向きを変え、歩き出した。
 「「ハッ、仰せのままに。」」


 「野沢様ー。」
 千夏はうれしそうに野沢の部屋のドアを開ける。
 野沢は机に立ち向かい、大量の書類のようなものにサインや、印を押していた。野沢は智名の顔を見て尋ねる。
 「どっどうした・・・千夏!」
 野沢はとてもびっくりしているようだった。
 「見えたんですよ!」
 「な…何がだ・・?」
 千夏は興奮していて言いたいことが口から出ない。
 「さっ佐世姫様と、波江様・・・昔の記憶・・。」
 野沢は千夏から出される単語を聞き取り、組み合わせ話の内容をつかんだ。
 「能力が開花したのか・・・?」
 野沢も驚きの表情をしている。
 「分かりません。すぐ消えてしまいました・・・でもみえたんです!」
 千夏はよほどうれしかったのか、いつもより声が弾む。
 野沢は、書類を整頓し
 千夏のもとへ行き、汚い笑顔とともに千夏の頭をなでた。千夏はうれしかった。野沢の体温のぬくもりがとても心地よかった。
 言おうと思った。千夏は今心の内にある感情を全部目の前にいる一人の男性に告げようと思った。
 「野沢・・様・・あの・・・すー。」
 「遅い。」
 「へ?」
 千夏と野沢の声がちょうどタイミングよく重なった。
 「どうしたのですか?」
 「いやな。あいつら帰ってくるのが遅いと思ってな。」
 そういえばと思い窓の外を見る。もうすっかり真っ暗だ。時計を見ると夜八時半を過ぎようとしている。
 「だっだいじょうぶかな・・?」
 「何を心配している。私が心配しているのは食事だ。もし、基志がこのまま帰ってこなかったら飯をどうしようかとな。」
 千夏は意外な言葉に疑問に感じた。だけど千夏は気が付いた。野沢の手が震えていることに。
 「あいつらなら大丈夫だ。死ぬような奴らじゃないからな。」
 そう一人で納得している野沢の震える手を千夏はぎゅーっと握りしめた。
 「千夏…?」
 「大丈夫ですよ!哉夜さんたちは大丈夫です。」
 
 静かな夜が節島に訪れた。

24

 哉夜、直人、ハミル、奈々介、基志の五人は、野沢の後をついていく。
 合わせたい方がいるといいある建物の前で立たされる。古い建物で、まるで幽霊屋敷のような建物だ。すると、野沢が五人の前にたち、
 「御園 鼻子やれ」
 五人は、野沢が言った言葉に理解ができなかった。
 「はい・・・。」
 野沢がそういうと女の子が野沢の前に立ち、両手を空にかざし何らかの呪文を唱えた後その手を五人の方に向ける。
 淡い光が五人を包み込む。
 そして野沢であった人物は、黒い装束を身にまとい不気味な笑顔を浮かべていた。五人は次々と倒れた。哉夜は薄れゆく意識の中で、
 「お前は何者だ?」
 「僕の名前はマッスーゆうんや。そんでもってピスタチオの仲間やねんな。以後よろしゅうお願いしますわ。」
 男、マッス―が言い終わると同時に哉夜は意識を失いその場に倒れた。


 「ザッキーナ様ーご覧ください!あれが節島です。」
 とアキナは報告する。
 ザッキーナはゆっくり船の下を眺める。小さくだが節島らしい島が見えた。節島はメガネのような形をしておりすぐにわかる。
 「スピードをあげよ。モジャキラーの仇を打とうではありませんかー。」
 「はい。マイ・ザ・プリンセス。」
 

 「やっぱりおかしいよ・・・みんな早く帰ってきて・・。」
 千夏はベッドの中で涙を流しながらつぶやく。
 夜の十二時を回ったというのに、帰ってくる気配を感じない。千夏は布団をギューッと握りしめる。そして五人の無事を祈った。
 すると、千夏の体が黄色く光った。
 「何ぞや・・・。」
 バッと起き上がると、目の前には野沢波江様と佐世姫様がいた。
 ー友梨香姫。本当にすまない。私がもっとしっかり見張っておけば・・・
 ー何をおっしゃいます・・・私が弱いからこんなことになってしまったのです。責任は私にございます。
 ー友梨香姫は悪くない。本来妖精と天使は共にあるべきだと気づかせてくれたのは、お前さんだ。それを壊したのは私だ。
 ーそんなことございません。それに、こんなところで終わるわけにはいきません。
 ーそうだったな・・・今日ここで、ピスタチオという輩の卑劣さを未来に伝えねばならない・・・
 ー私たちはー
 バンッ!!
 いきなり血相を変えた野沢が勢いよく部屋に入ってくる。
 映像は止まり消えてゆく。
 「千夏・・・隠れろ・・・この城に敵が侵入した。」

25

 「どういうことですか。」
 千夏は聞く。
 「私が張った結界が壊され四名が侵入した。だからおまえは一刻も早く逃げろ。」
 野沢は腰にある刀の柄の部分を握りしめる。
 「嫌です。」
 千夏はきっぱりと断ると野沢は困った表情をする。
 そして野沢は千夏を優しく抱きしめ、耳元にささやく。
 「私は、生まれた時からこの容姿だった。だから今まで一度たりとも恋をしてこなかった。それにしてはならないとも思っていた。だが、千夏を見たとき、自分の命に代えても必ず無事に人間界へと、送ろうと決意した。それが日に日に大きくなって、いつの日からか手放したくないと思うようになってしまったのだ。きっと私は千夏・・・お前に惚れているのだろうな・・・許してほしい。」
 千夏は野沢の声一つ一つが胸に届き、何よりも最後の言葉はうれしすぎて涙が溢れた。
 「すまん・・・そんなにいやだったか?」
 野沢は千夏が涙を流していることに気付き抱きしめていたその手を放した。
 千夏は違うんです。といいながら野沢の離れていく手を握りしめた。
 「私も、野沢様のことが、好きなんです。だから私は野沢様をおいてにげたくない・・。」
 千夏は握ったその手を強く強く握った。
 野沢は少し驚いた顔をしたが、すぐ優しい顔に戻り、千夏をまた抱きしめた。そして二人は唇をかさねた。
 野沢の暖かさが伝わった。
 すると突然野沢が光りだす。そして汚かったあの容姿が、まるで別人のように変化した。
 髪は少し天然パーマの黒髪で、目は少し釣り目の如何にも美男子という言葉が当てはまる。服装も、タキシードから和風な着物姿になっていた。
 すると千夏にも変化が起こった。顔は変わらなかったものの、奈々介が用意してくれた服が、桜色の着物に代わってた。
 「これは・・・?」
 野沢はびっくりしてると、突如強い殺気を感じた。
 「千夏・・やっぱり逃げろ・・・来るー。」
 野沢が声を張り上げたと同時に、ものすごい音とともに破壊され、砂埃が舞う。
 「貴様ら誰だ?」
 野沢は刀を構え、千夏をかばいながら言う。
 「われらはザッキーズ島のものである。モジャキラーの敵打たせてもらう。」

26

 「あなたは百代目野沢様と、お見受けする。」
 ザッキーナは、野沢に人差し指を突きつける。
 「・・・だとしたら?」
 野沢は今までにないくらい低い声で聞き返す。まるで猫が威嚇した時のような唸り声に思えた。
 「今すぐに、死んでいただきます。」
 
 「ここは・・・?」
 ハミルは起き上がる。ハミルは嫌な予感がし、右手の甲を少し舐めた。そして吐き出す。
 「これは・・・強力な麻薬だ・・・頭がくらくらする。」
 ハミルは辺りを見渡した。だが、さっきまで一緒だった仲間の姿がどこにもない。
 「ここどこだ・・?」
 もう一度呟いて辺りを見渡した。
 「ここは、地下の牢屋だ。」
 かえってくるとは思はなかった返事に、思はず立ち上がる。声のする方を向くと、牢屋の壁から人がベロンとまるで、みかんの皮のように出てきた。ハミルは唖然としていると、
 「わりぃい・・・びっっくりさせたか?」
 出てきた人物は、肩まで付く銀髪を下で軽く束ね、赤いスカーフを白い着物の上から巻いている変わった人だった。
 「すまない。驚かせたな。俺の名は栗田真琴、お前らと同じ野沢様の守護者のものだ・・・詳しいことは後にしろ。俺はすべてを知っている。全部は、皆を助けてから話す。だからまずはここを出よう。」
 ハミルが言い返す前に、真琴は牢から出て、外からカギを壊し開けてくれた。ハミルは一向にあいた口が閉まらない。そんなハミルを無視して、真琴はスタスタと先を行く。ハミルもそのあとを追った。
 しばらく、暗い道をまっすぐ進んでいく。途中で物音や、呻き声がする。
 「真琴ー大丈夫か・」
 ハミルは叫ぶが、返事が返ってこない。もう一度、叫んでみる。
 「アーすまん。大丈夫だ。」
 ずいぶん先の方で返事がした。ハミルは急ぎ足で歩き、誠に追いつく。
 「ハミル、ピスタチオのリーダー豆月がなぜ強いのかわかるか?・・・節島や、ザッキーズ島からたくさんの有能人たちを奴隷として誘拐していったからだ。本当に強いのは、節島とザッキーズ島の人たちなのにな。」
 「今なんて・・・?」
 「はっ?」
 「ほら・・・ザッキーズ島の天使様って・・・。」
 ハミルは愕然としていた。
 「何が・・・・?」
 ハミルは千年前の話を伝えた。
 「おかしい・・・俺はその逆を昔から聞かされていた。島の交流も深く、お互い信頼されていたと・・。」
 ハミルは疑問が浮かんだが、今はそれどころではないと思い心のうちに秘めて、真琴とただひたすらに歩いていく。すると急に目の前が明るくなった。
 「おい・・誰かいるぞ。」
 真琴は言う。ハミルも刀を抜き、戦闘態勢にかかる。近くで透き通った女の子の声が届く。
 「千夏・・・どこ・・?」
 ハミルは目を疑った。どこから見ても人間の子で、しかも千夏様のことを知っているものが、大きな鎌をもってさまよっていた。
 「あなたたち・・千夏を見ませんでしたか?・・・知らないの?・・・なら・・消えてください。」
 女の子は力なく笑った。

27

 「だれだ・・・」
 ハミルは困惑する。
 すると真琴は、鼻をピクピクと動かし匂いを嗅ぐ。真琴の表情が少し驚きの顔になる。
 「おかしい。あいつから人間の香りがする。もしかしてあいつが姫様か?」
 真琴はハミルの方を向くが、ハミルは目を見開いているばかり。ハミルも知らないのだと悟った真琴は、
 「なら・・・ピスタチオのやつらが、姫様のご友人を人間界から連れてきた・・・といったところか・・。」
 そんなことを言った瞬間。手に持っていた大きな鎌を二人に向かって振り下ろす。
 ハミル達は千夏のご友人なら傷をつけてはいけないと思い、必死に逃げている。
 「千夏・・センパイ・・どこなの・・」
 ハミルは気づいた。彼女が泣いていることに。それに彼女の言葉を聞いていると千夏を探しているようにも感じられた。
 だが彼女は自分が発している言葉とは裏腹に、的確にハミルと真琴の方へ鎌を振り下ろす。その動きもよくよく見ればどこかぎこちなく見えた。彼女が鎌を操っているというよりも鎌が彼女を操っているかのように見えた。
 「真琴ー鎌だ、鎌を壊せーー。」
 一か八かだった。何の根拠もない。それでもハミルは追い詰められている真琴に言った。
 真琴は頷くと、隙をついて鎌を蹴った。彼女の手から鎌がするりと落ちる。と同時に彼女はまるで操り人形の糸が切れたかのように倒れた。ハミルと真琴は駆け寄る。
 「大丈夫ですか?」
 ハミルは彼女を抱き寄せた。彼女はうっすらと目を開ける。
 外から雷の音がした。雨の音もだんだん激しくなる。部屋が暗くなった。
 その時だった。
 「ハミルーー後ろだーー。」
 真琴が叫ぶのと同時に腹に冷たいものが入る感覚と、暖かいものが流れ出るのを感じた。さっきの鎌が腹に刺さっていた。
 「ハミルーー。」
 真琴が八ミルに駆け寄る。
 「・・・まだだ・・ぐぅ・・こんなところでやられてたまるかよ・・・はぁ・・やられるわけにはいかないんだよ。・・・千夏様と野沢様を一生お守りすると・・・はぁはぁあの桜に誓ったからな・・。」
 ハミルは力を振り絞って立ち上がると、腹に刺さっている鎌を抜いた。
 血があふれる。
 「まだ・・・立つ・・かぁ。」
 鎌の中から黒いドレスを着た、女の子が出てきた。
 「それがお前のしょうたい・・か?」
 ハミルは声を低くして聞く。
 「ええ。私の名前は御園 鼻子。」
 「そうか・・おい真琴、その子を見ていてくれ。今から守護者の力を見せてやる。」
 ハミルは口の中にたまった血を吐き捨てる。ハミルは見る見るうちに傷が治っていく。
 同時に真琴は彼女を抱きかかえて後ろへ下がる。
 「そうだ・・真琴・・俺の後ろに居ろよ。鼻子とやら・・・命はほしいか?」
 「何をいっているの?この命等の昔に豆月様の物よ。」
 「ならよかったです。死んでも私を恨まないでくださいね。」
 ハミルはあくまで笑顔でそういうと右手を広げその手を鼻子に向け、左手を天に向けると大気中の水を吸収し右手で光を放った。
 「岩佐家秘伝氷光(ひょうひ)」
 ハミルがそういうと同時に光は瞬く間に氷に代わり、鼻子は氷漬けになった。その氷はハミルの腰についている刀の柄でたたき跡形もなく砕け散った。
 あっという間だった。真琴は後ろに避難していなかったら、間違いなく巻き添えを食らっていただろうなと思った。
 「はぁはぁ・・真琴・・彼女はどうだ?」
 ハミルは後ろを振り返る。
 「あっあぁ・・・このとおり意識は戻った。」
 ハミルは彼女の顔色をうかがう。彼女は驚いてはいたが穏やかで優しい目をしていた。
 「名前・・聞いてもいいかな?」
 「はい・・私は、金子直美と申します。」
 

28

 ただただ静寂が続く長い廊下をしばらく歩いていると、真琴はそういえばと話し出した。
 「千年前についてだが・・・。」
 ハミルは後ろで直美をおぶって歩いている真琴に振り返る。
 「千年前・・・


 「何のことだ?哉夜がどうしたって?」
 野沢は、ザッキーナの攻撃をかわしながら尋ねる。
 「・・・ふざけるな。おととい私たちの船に現れモジャキラーを・・・殺したのは間違いなく、貴様ら節島の山下哉夜だ。」
 「何だと・・。」
 「えっ・・。」
 ザッキーナの言葉にびっくりする野沢と千夏。
 「お前たちのせいでザッキーナ様は酷く心をお痛めになられているんだ。」
 オオックボは今にも泣きだしそうな表情で力任せに切りかかった。
 「まて・・・その話をよく聞かせてもらいたい。それに何か引っかかっているんだ。千年前のことも。」
 その場にいた全員それぞれに思うところがあったのか、武器を力いっぱい握りしめていた手がすこし緩んだ。
 「そなたたちは、本当に知らぬのだな?」
 ザッキーナは野沢と千夏に尋ねる。
 「あぁ・・哉夜はその話の時刻には、ピスタチオの調査に行っており、仲間がそれを見ている。それに、その日は節島の住人は誰一人として外に出ていくものはいなかったはずだ。」
 ザッキーナは真剣に話を聞いている。
 「こちらのことはなんでも話す。だからあなたのことも教えていただきたい。」
 野沢は真剣なまなざしでザッキーナを見つめる。
 「そんなやつ信用できませんわ~ザッキーナ様よくお考えください。」
 とホリッソノ。
 ザッキーナはしばし野沢を眺めた。
 「お互いの手札を明かすのだな・・・?」
 「あぁ。」
 「いいだろう・・お前たち武器を床に捨てろ。もちろんそなたたちもだ。」
 ザッキーナは凛とした張りつめた声で場を制す。
 「わっわかりました・・。」
 ホリッソノもしぶしぶ武器を床に置いた。
 「千夏・・・大丈夫。その護身刀を床に・・・。」
 野沢はそういうと千夏の腰から短刀をはずし、床に置いた。
 「じゃあ、名前を聞かせてもらう。私は百代目野沢藤雅。」
 「私は佐世姫・・・らしいです。名前は寺田千夏と申します。」
 野沢と千夏は自ら名乗った。
 ザッキーナは頷き、
 「私は百代目山の神ザッキーナだ。」
 ザッキーナは言い終わるとナカアキナの方を見る。
 「私はナカアキナ。」
 「私は、ホリッソノ。」
 「私はオオックボ。」
 それぞれの自己紹介が終わる。
 「ありがとう。・・・では、そっちに伝わる千年前の話をしたまえ。」
 野沢がそういった直後だった。千夏の護身刀が光りだした。その光とともに初代野沢と佐世姫が映像のように映し出された。その様子を見た千夏以外の人たちはその場にしゃがみ頭を下げた。
 「顔をあげてください。」
 佐世姫の声は透き通ったきれいな声だった。
 「藤雅・・・そのようなことを聞く必要はないよ。」
 「私たちが実際に経験した話をきいてくれるね?」
 佐世姫は口を開く
 そして、知られてはならない、だが知らねばならない。決して逃れることのない真実を告げる。
 
 
 

29

 千年前
 ザ・キーズ島と節島は隣にあり、互いに仲良く貿易やお祭りなどそれぞれが自由に行き来していた。
 ある日、ザ・キーズ島の姫と、節島の王子が婚約することになった。
 そのために節島、ザ・キーズ島を正式に一つの島として、天使と妖精の違いをなくそうとしていた。
 その姫の名を佐世 友梨香 (さよ ゆりか)
 王の名を 野沢 波江 (のざわ なみえ)
 そしてまたおめでたいことに、佐世姫のおなかには二人の…時期王か姫になるであろう子が宿っていた。
 両島ともお祭り騒ぎだった。
 だが…それゆえにある人物の侵入を許してしまう。門番たちも今日だけはとお祭り騒ぎだったのだ。何より王が仕事をさせなかった。
 その侵入者は時間を行き来することができ、行った先々で悪さをするお尋ね者豆月輝だった。
 豆月は行く先々で選りすぐりの部下を従え、節島内でその時を息をひそめ待っていた。
 結婚の儀と、島の名任命式を行う満月の夜
 皆節島の森の奥深くにある神聖な場所、ヨキカナ池に集まった。ヨキカナ池にはなにかお祝い事があるたびに集まる場所だ。
 佐世姫と、波江様は池に映る満月に誓いを立てる。お互い幸せにすると、そしてこの島の住人達を幸せにすると。
 そして島の平和祈願の舞を佐世姫が大勢の前で踊る。その舞はとても美しく見事だった。その場にいる全員が息をのむ。
 そして最後の踊りに差し掛かった時だった。
 豆月の合図が上がってしまった。
 空気を切り裂く音とともに佐世姫の胸に一本の矢が刺さった。
 波江を含め、守護者そしてその場にいた大勢の人たちがただ唖然とする。
 すぐに波江の守護者・・・今の哉夜達の先祖と、佐世姫の部下・・・今のザッキーナにあたる先祖が駆け寄った。
 佐世姫の部下たちは、急いで治療に取り掛かった。
 だが・・・混乱のあまり佐世姫の部下であるヒーランは、これは節島の者がやったに違いないといった。
 楽しいはずのお祭りが一瞬にして戦争と化した。
 佐世姫は傷口はふさがり意識はあるものの、矢先に正体不明な毒が混ざっており解毒ができない。この毒はこの島にはない特殊な毒だと、のちにわかった。
 その毒は、最初は痛みもなく毒が入ったことさへ分からなかった。しかし時間がたつにつれ、指先に力が入らなくなりじょじょにそれが全身へと伝わっていくのを感じた。そして何よりも恐ろしいのが、痛みがなくなった部分からゆっくりと腐り、皮膚や骨が溶けていく。佐世姫は崩れ消滅していく自分の体に、死を覚悟し目をつぶった。
 しかし、脳裏に焼き付いている野沢波江の顔とこれから生まれてくるわが子の顔が離れられない。
 ー野沢様に会いたい。
 ただそれだけが頭をよぎる。
 「おっおやめください・・・野沢様。」
 遠くの方で声がした。
 「通せ・・友梨香・・・ここにいるのだろ?…返事してくれ・・。」
 今度波江の声が、はっきりと聞こえた。
 うれしかった。その時初めて涙が零れた。もう指のない手であふれる涙をぬぐう。
 そしてー
 「波江様ー。」
 ありったけの声を振り絞り叫んだ。
 「友梨香ぁーそこにいるのだな。すぐに参るぞー。」
 それからしばらく部下の悲鳴が響き渡った。
 扉が開く。そこには血まみれな野沢波江が立っていた。
 「迎えに・・・きたぞ・・友梨香。」

30

 血まみれになった波江は一瞬ふらつく。
 刀傷が痛々しく、戦争のすごさを物語っていた。
 「すまない。」
 「なぜあなた様が謝られるのですか?」
 佐世姫の問いに、波江は佐世姫の腕を眺める。
 「お前を・・・守れなかった・・。」
 波江は持ち余したこぼしを握りしめた。
 「そんな・・・ちゃんとここに来てくれたではありませんか。」
 佐世姫はもうないその手で一生懸命波江に触れようとする。もし手があったなら、あなたには似合わない涙をぬぐって差し上げたい。叶わぬ願いが思いをはせる。
 波江は佐世姫のない手を必死に握りしめる。
 「波江様・・・私はもう長くは持たないでしょう。」
 佐世姫は力なく微笑んだ。
 「ただ・・・一つだけ心残りがあるのです。」
 「なんだ?」
 波江はパッと見つめた。
 佐世姫は自分のおなかを見る。
 「一度だけでいい・・・この子に会いたかった・・私と波江様の子。」
 そういうと、今まで溜めていた涙が次々と溢れ出す。そんな佐世姫をみて波江は一つ決心した。
 「方法なら一つあるぞ。」
 「え?」
 「私の命と引き換えに。」
 その時タイミングよく波江の家来の、山下 幸之助(やましたこうのすけ)は、やってきた。
 「少し話を聞かせていただきました。そのことについては謝ります。ですが、あの禁術を使ってしまったら間違いなく・・・第一あなた様ぬきでこの島は成り立ちませぬぞ。」
 幸之助は涙を流しながら訴える。
 「確かに、これを使えば我は必ず死ぬだろう。だがな、この島は変わらぬよ。」
 波江は幸之助のかたに触れる。
 「そうだ・・・お前の子供・・・たしか双子だったな。どちらかを野沢家当主として育てろ。いいな?」
 幸之助は頭を下げながら言葉が口から出ない。
 言葉よりも先に涙が出てきてしまう。止めたいのにできない。
 「それと、この戦争がもうじき終結するであろう。そしたら守護者たちに伝えてほしいことがある。」
 幸之助は黙ってうなずいた。
 「我は、とても楽しい人生であった。素晴らしい妻素晴らしい守護者に恵まれたこと。誠に良き人生であった。ありがとうとな・・・わかったら下がれ。」
 山下幸之助は、深々と頭を下げ部屋から出て行った。
 いなくなったのを確認すると、波江は腰にある刀を抜刀し自分の指を少し切って血をだし、佐世姫のおなかにたらす。
 「なっなにをするおつもりですか?」
 佐世姫は、さすがに驚いたらしく残るすべての力で抵抗する。
 「おなかにいる赤子を千年後に転送する。私の力は転送。だが、千年後まで飛ばすとなると力を使う・・・今の私ではこれまでが限界だ。」
 「そんな・・・」
 「大丈夫だ。千年後ならきっと安全だ。そういえば・・・この島の名前を告げずに終わってしまった。」
 波江は微笑する。
 「そうですね。」
 佐世姫も残念そうにつぶやいた。
 「てことだ・・・坂下雄介ー出てこい。」
 波江がドアに向かって叫ぶ。
 すると、強い風と共に男が現れた。
 彼は守護者の一人だった。
 「雄介・・・皆に島の名前を告げてほしい。そしてこの悲劇を未来に語っていってほしい。」
 「分かりました。」
 「島の名は・・。」

31

 「島の名は・・・江之島だ・・。皆が幸せになれるように・・。」
 野沢はそういうとにっこりとほほ笑む。
 「分かりました。」
 雄介も深々と頭を下げて部屋から出て行った。外には守護者たちが涙を流しながら雄介を待っていた。
 「野沢様はなんと申していた?」
 吉田安次郎 (よしだ あんじろう)は聞く。
 「・・・島の名を告げられた。」
 「そうか・・・で、名前は何という。」
 雄介が言おうとした瞬間だった。佐世姫に刺さったであろう矢が雄介にも貫いた。
 「「雄介ーーーー」」
 岩佐ティキンは急いで治療しようとするが術が跳ね返ってしまう。しかも当たり所が悪かったのか佐世姫とは比べ物にならないぐらいの速さで浸食が進む。
 「誰だー誰なんだよ――。」
 「誰なんだよぉ・・。」
 鈴木惣介(すずき そうすけ)は叫びながらやるせない思いがむなしくさせる。
 すると暗闇から一人ある男が不気味な笑みを浮かべてこちらへ向かってきた。
 ヒーランだった。
 「てめぇ・・・これはどういうことだ?」
 と耕一。
 ヒーランは薄い笑みを浮かべながら守護者たちに話しかける。
 「時は終わりを告げた。これからはピスタチオのリーダー豆月輝がお前たちを支配する。はっはっは・・・。」
 するとゆったりとした子守唄が節島に響く。
 (おーきろおーきろABCーー)
 その歌声を聴いているとだんだんと意識が薄らいでいく
 「お前誰だ・・。」
 「・・・そうやねんな・・・マっスーと呼んでや。」
 さっきまでヒーランだと思っていた人物は、薄暗い部屋の中でもわかるぐらい頬が赤い人物となった。それを確認して意識を完全に失った。
 佐世姫伝は、この混乱をさらに広げたかったためにピスタチオの誰かが作った偽物だ。

 「これが真実だ。」
 「千夏・・・もうわかったかと思うけど私たちの子供はあなたです。」
 佐世姫は硬直している千夏を抱きしめた。
 「藤雅君は山下家の者となる。」
 いまいち把握できない二人とザ・キーズ島の天使たち。
 「同様することも分かる。要するにザ・キーズ島と節島は仲が良かった。しかしピスタチオによって壊された。・・・そういうことだ。」
 波江はザッキーナの手を握る。
 「信じてくれ。」
 そして波江は、
 「今からあいつらのアジトまで案内する。この映像が持つのはそう長くはない。」
 

 「まぁ、それから記憶を変えて豆付きの野郎が変な本を作り皆を錯覚した・・・。」
 と、真琴がハミルに向かって言う。
 「じゃあ俺たちが今まで信じてきたことは、嘘だったのか・・。」
 真琴は悔しがるハミルを見て、言葉に詰まる。
 「この話が本当なら・・・なぜお前は歳をとっていない?」
 「俺は・・・ある日に誰かにつかまって出られないんだ。そこでこの力を使って野沢様に助けを求めに出たら・・・こうなったんだ。」
 ハミルはすまないと言いながらうつむいた。
 「いや・・・そこでここへ気配をたどって・・・そうそうここだ・・。」
 真琴は一つの扉の前に立ち止まる。
 「この部屋の奥にお前と同じにおいがする。」
 ハミルは目を見開き、扉に手をかけた。

32

 ハミルと真琴は、驚愕した。
 ドアを開けたそこの光景は真っ暗だったのだが、ときどき見せる月の光があるものを映していた。それは、四体のミイラだった。ミイラは紐でつるされていた。


 ー遅かった―

 そんなことが頭をよぎる。
 二人は地べたに座り込む。確かにこの場所には、ハミルの時とは比べ物にならない強い麻酔の匂いがする。
 でもだからってあんな状態なんて・・・
 ハミルは、唖然としていると、近くから。
 「そこにいるのはハミルか?」
 聞き覚えのある声が耳に届いた。
 「その声は・・・基志・・基志なのか?」
 「あぁ・・・哉夜も、直人・・・奈々介もいる・・・助けてくれ・・・。」
 「どこにいる?」
 「骸骨の下だ。」
 ハミルと真琴は急いで駆け付ける。そこには意識が朦朧としている基志と、その周りで倒れている3人も発見した。
 「大丈夫か?今治す。」
 「あぁ頼む・・・息がし辛いんだ。」
 それから、基志、直人、哉夜、奈々介の順に意識を取り戻した。
 「ハミル!・・・ってこっちは誰だこいつら。」
 直人は後ろで見張りをしてくれている、金子直美と真琴を見て言う。
 「男の方が栗田真琴で、俺たちと同じ守護者だったそうだ。で、女性のかたは金子直美さんは、千夏様のご友人らしい。いろいろ理由は後で言う。取り合えずここを出よう。」
 七人はハミルの言うとおり、この部屋から出た。
 

 「これでわかったであろう?」
 野沢波江が沈黙を破る。
 「・・・千年前のことは分りましたわ・・・でもね、モジャキラーを殺したのは間違いなく哉夜でしたわ。」
 ザッキーナは、先ほどの怒りを感じさせない物静かな穏やかな声で答える。
 「では、もしそれが敵の・・・マッスーと名乗る、変化自由自在なやつがいたとしたら・・?」
 佐世姫は言う。
 「それは・・・。」
 ザッキーナは声のトーンをさらに落とした。
 「とにかくアジトってところに連れて行ってください。」
 ナカアキナは言う。
 「そうですね・・・ではまずその場所の名を言いましょう。・・・ヨキカナ池の真下です。」


 降り続いていた雨はいつの間にか止んでいた。

33

 「この中に豆月輝がいるはずだ。」
 真琴は言う。
 七人は豪華な扉の前に立った。妙な緊張感が辺りを支配する。
 すると先ほど通ってきた長い道を何人・・・いや何百人いるだろうかぐらいの足音が近づいてくる。近づくにつれ呻き声や叫び声が聞こえる。
 「この数やばいぞ。」
 奈々介は呟く。
 うっすらだが先頭の集団が見えてきた。
 「こいつら・・・間違いない・・・。千年前の戦いのときに亡くなった者達だ。」
 真琴は目が良いらしく青ざめていた。
 「なぜわかる?」
 哉夜は問う。
 「服装・・・姿を見ればわかるさ・・。」
 「ってことは・・・もとは節島と、ザ・キーズ島の人たち・・・ゾンビってことか・・。」
 基志は構えていた刀の切っ先を下に向ける。
 「いや・・・もう死んでいる。・・きっとピスタチオの誰かに改造・・・されたんだろう。だから気を緩めるな。」
 真琴はそういうと、自分も刀を構えた。
 だが、基志は刀を鞘に納めた。
 「基志・・・なにをしている・・。」
 哉夜は基志の手をつかむ。
 「だって・・・敵じゃないだろ・・。」
 基志は哉夜の手を払う。
 「基志いい加減にしやがれ。」
 哉夜は怒鳴る。
 「哉夜なら、ここは私と直人と奈々介で食い止めます。・・・金子殿も私たちにお任せください。」
 ハミルは哉夜に提案する。
 「できるのか?」
 哉夜はハミルの手が震えていることに気付く。
 「あぁ任せてくれ。だから哉夜は、真琴と基志を連れて豆月を倒してください。」
 「馬鹿なこと言うんじゃねぇ。こんな数お前らだけで・・・。」
 哉夜はこぶしを握り締める。
 「ここで全滅するよりかは断然いい・・・いけよ哉夜。」
 直人も哉夜の背中を押した。
 「私もまだ少しなら力使える・・・足手まといにはなりませんから・・行ってください。」
 直美も先ほど使っていた鎌を構えている。
 「・・・わかった・・・決して死ぬな。・・・いくぞ真琴、基志。」
 真琴と基志は頷く。その時哉夜の肩に何かが触れた気がしたが。振り返ってみても何もなかった。何かを託されたような、そんな気がした。
 そして哉夜はドアを開けた。

34

 開けた先は、先ほどとは比べ物にならない明るさに目がくらんだ。
 しかし、周りを見渡しても何もないただの空間。
 「どういうことだ。」
 哉夜は振り返り真琴を見る。そこにいたのは、黒装束を身にまとった栗田真琴の姿があった。
 「‼」
 哉夜と基志は反射的に2、3歩後ずさり距離をとって刀を構えた。
 「初めて・・・っと言うべきかな。今の私の名前は栗田真琴・・・そして能力をおしえてあげようか。」
 哉夜と基志は息をのむ。
 「同時に二体自分のコピーができ思いどうりのコピーができる。そしてどちらかに爆発的な力を与えることができる。その一方で片方は歩くことさえ困難になる。ではここで問題今僕は一体です。あなたたちの勝算は何パーセントでしょうか?。」
 「答えはゼロパーセントです。」
 二人は青ざめる。
 「まて、今まで誰に化けていた?」
 哉夜は叫ぶ。
 「クックック・・・そうだな・・・豆月輝って名乗ったこともあるし、マっスーとか名乗ったこともあるな・・・あっそうだ君に化けてザ・キーズ島を襲ったこともあるっけな~。」
 真琴はおかしいのかおなかを抑えながら笑っている。哉夜と基志は唖然とした。
 「な…なんだと。」
 「お前・・・なんでそんな・・・。」
 基志は呟く。
 「そうだな・・・楽園を作るため・・・。」
 

 「ここがヨキカナ池か・・・。」
 ナカアキナは言う。
 「あぁそうだ。」
 波江は答える。
 濃い霧に包まれており、木々が大きな池を囲むように生えている。いかにも神秘という言葉が当てはまる。
 「この湖の中にアジトがある。」
 佐世姫は言う。
 「どうやっていくの?」
 オオックボは聞く。
 「藤雅・・・結界の術使えるな?私がこの世を去る時山下家の次男に私の力を入れといたからな。」
 確かに代々野沢家は結界の力と、もう一つ自分の力が使うことのできる特別な存在だ。
 「はい・・使えます。」
 「千夏・・・その腰にある刀で湖を切り裂いてください。」
 「はっ?」
 千夏は思わず聞き返す。
 「その刀はザ・キーズ島で作られたもの。本来ザ・キーズ島は刀を作ることを生業としてきました。私の力は刀に力のを注ぐこと。ここから皆さん独自の力が使えるようになる。千夏の刀には湖を切り裂くのに有り余る力を入れてあります。」 
 佐世姫は千夏の刀を抜くと千夏に渡す。
 「分かりました。」
 千夏は両手で刀を受け取る。
 「では説明する。千夏が湖を切り裂き、水が割れたところ藤雅が結界で止める。いいな?」
 波江は二人の肩に手を置く。
 「お前たちなら必ずやれる。」
 藤雅と千夏は顔を見合わせ頷いた。
 

35

 「くそぉーこの数間に合わねーよ。」
 直人は敵が死なない程度に力任せにぶっ飛ばす。
 「直人ーーこっちに飛ばすな‼」
 奈々介は直人によって飛んできた敵と向かってくる敵を水の力で四方八方に蹴散らしていた。そうして一人でもドアに触れさせまいと守っていた。
 「二人ともがんばろう。野沢様のために・・・千夏様のためにも。」
 と、ハミルは敵を凍らせながら言う。
 

 「ハァァァァァ――――」
 千夏は声を張り上げ刀を全力で振り下ろす。
 「野沢家秘術時間停止結界。」
 藤雅は両端に飛び散った水の動きを止めた。池には一本の道ができた。そして真ん中に地下につながっているであろう道が見えた。藤雅達はその場所まで走っていく。地下へ続くその通路は人一人が通れるかどうかぐらいのスペースしかない、小さな穴が掘られているだけで上に水が入らないように扉がしてあった。
 「これは・・・。」
 あまりにも小さな穴にオオックボはびっくりしている。
 「ええ、これが私たちが死ぬ直後に発見した入口です。」
 佐世姫は声のトーンを落として言った。
 「ですが・・・どうやらここまでのようですね…波江様・・。」
 佐世姫は隣にいた波江の顔を伺う。
 「あぁどうやら時間が来てしまったよーだな。」
 六人はハッとした。
 「逝かれるのですね・・・?」
 ザッキーナは小さな声できく。
 「あぁ・・・ザッキーナ、オオックボ、ナカアキナ、ホリーノ・・・千夏と藤雅を頼む。」
 野沢波江は頭を深々と下げる。
 「「ハッ」」
 四人はひざまずいた。
 「藤雅・・・なにがあっても大切なものは守りなさい。」
 野沢は何のことかと思ったが、すぐに顔を染めた。波江と佐世姫は微笑む。千夏だけは何のことかと顔をかしげた。
 そんな和やかな空気に水を差すように波江と、佐世姫の体が急速な速さで崩れだした。
 「・・・藤雅後は頼んだ。これで終わりにしてくれ。」
 「千夏・・・最後にこれを。」
 佐世姫はまだ残っている左手で懐から何かを取り出した。
 お守りだった。
 「最後ぐらい親らしいことを・・・させておくれ・・・きっと何かに役に立つから。」
 二人はもう首から下がほとんどない。
 「千夏・・・ごめんなさい・・・こんなことに巻き込んでしまって・・もっと・・親らしいことしてあげたいのだけど・・・でもいつまでもみまもっているから・・うま・・き・・あ・・が・・とう。」
 佐世姫は一生懸命ない手で抱きしめて最後まで何かをしゃべろうとしていた。波江はそんな佐世姫をない手で背中をさすっていた。
 そして消えた。
 佐世姫の最後の言葉は聞き取れなかったけど千夏にはちゃんと聞こえた気がした。千夏は流れ出てくる涙を必死に抑えお守りを握りしめた。
 
 ー生まれてきてくれてありがとう。

 そんな時悲劇は起こった。
 閉まっていたはずの入り口の扉が開いて、中から生気のない人たち二人が銃を構え出てきたのだ。
 狙いを千夏に定めて。
 バンバババーン
 目の前が真っ赤に染まった。
 
 

36

 「ホリーノーーーー。」
 ザッキーナの虚しい叫び声が響いた。そして藤雅は気づいた。
 「千夏がいない・・・。」
 銃を放ったやつもいなくなっていた。


 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!!」
 ゴキゴキという鈍い音とともに哉夜の悲痛な叫び声が聞こえる。
 「やめろーーーーーーーー!!!!」
 基志は真琴に向かって雷を食らわそうとするが・・・さっきまで哉夜の腕をつかんでいた真琴はどこにもいない。代わりに激痛が神経を伝う。息ができない。胸辺りを蹴られたのだと知る。
 もう…ダメだ・・・
 二人の脳裏にそんな言葉がよぎる。
 そんな時だった。
 真琴は基志の腹を蹴り続けることをやめた。
 「・・・お前らに良い知らせをしてやろう。」
 真琴はにやりと笑う。二人は意識が朦朧とする中顔をあげる。
 「野沢と、姫さまとあと数人が侵入した。。」
 二人は目を見開く。
 「なん・・・だと。」
 「姫…千夏さまのことか?」
 「そうだな・・・一人ここへ連れてきてやろう。」
 そういうと真琴は指を鳴らした。
 パチン
 乾いた音がなった。

 一方で直人、奈々介、ハミル、直美の四人はというと・・・
 「こっちにやらないでくださいよ・・・。」
 「あーもう直人・・!こっちに飛ばすんじゃねぇ。」
 「俺だけかよ!うっせぇーーな俺は風を操ることしかできないんだ。」
 「うるさいのはお前だ直人。集中し・・・うん?なんかおかしくねぇか?」
 ハミルは三人に注意するがそれよりも不可思議な光景に思わず唖然としてしまった。
 ゾンビたちが次々に相手を殴り始めたからだ。
 「な、何をしているんだ・・・?」
 奈々介はつい言葉を口にだす。
 殴られたゾンビたちは操られた様子はどこにもなく、我に返ったように相手をまた殴りに行くのだ。
 「どういうことだ?」
 「あなたたちは守護者の者達ですね?」
 「あなた様は鈴木家の方だな?」
 ゾンビだったうちの二人が奈々介たちに話しかけた。
 「なんで?」
 「いえ・・・私たちの代の鈴木惣介様にそっくりでしたから・・。」
 「ああ、そうだ。」
 奈々介は頷いた。
 「おまえたち大丈夫なのか?さっきまで・・・。」
 「その美しいお声は岩佐様ですね?私たちは1000年前、あの戦いで死んだものです。今かろうじて生きているのは、真琴と名乗る男のせいなのです。改造され、操り人形になった。今こうして自我が保たれているのは あなたたちのおかげです。」
 ぼろぼろの白い服を身にまとった男は言う。
 「ちょっと待て・・・今真琴っていったか?」
 直人は聞き返す。
 「はい・・・。」
 四人の顔は見る見るうちに青ざめて行った。

 

37

 ドンドンドン
 「哉夜ー基志―大丈夫か?」
 「真琴は豆月輝だー。」
 「ここを開けやがれ。」
 三人は口ぐち言うが、扉の奥からは返信はもちろん物音すら聞こえない。
 「…おかしくねーか?」
 直人は呟いた。
 

 (あいつら・・・・今更気づいても・・おせーんだよ・・・。)
 哉夜は心の中で苦笑した。
 「・・・・おい真琴・・姫様は?」
 基志は苦しそうに言う。
 「まぁまぁそうあわてるな・・。それとも・・好きで好きで愛しいか?」
 「バッ・・ゴホッ・・・そんなことねぇ・・。」
 「図星だったのか・・?」
 哉夜は慌てる基志をみて突っ込んだ。
 「バカヤロー・・・そういうお前はどうなんだよ・・。」
 哉夜は基志の問いに少し頬を染める。
 「・・・すき・・なんだろうな・・。」
 以外にも認めた哉夜を基志は珍しそうに眺める。
 「じゃあ、この戦いが終わったら・・勝負だな。」
 哉夜と基志は笑った。
 ドアの外で騒いでいた三人の声がぴたりとやんだ。
 
 「お前・・その・・・担いでいるやつがどなたか知っているうえで・・連れてきているんだよな?」
 奈々介は言う。突然目の前にゾンビ化した人が二人目の前に現れる。一人ゾンビが担いでいるのが千夏様にそっくりと言っていいほど似ていた。
 「おまえ・・・なんか言えよ。」
 直人の言葉を遮るようにして、千夏を担いでいないほうが直人の前に出てきて
 「うるさいな・・・。」
 と、言葉を発した瞬間に直人の腹を思いっきり蹴る。
 その衝撃でドアが開く。
 「グ八ッ・・・。」
 肺から息が漏れるのが聞こえた。
 「「直人ーー!!」」
 三人は攻撃対象になる。・・・が、部屋の中の光景に目を奪われた。
 そこにはくつろいでいる真琴と、血まみれの哉夜、壁にめり込んでいる基志。
 「「基志――哉夜ーー」」
 ハミル達は急いで駆け寄る。
 直人も体制を立て直し、基志たちのところへ歩み寄った。
 「お前ら・・・来るのおせーよ。」
 哉夜は力なく笑う。
 「待ってろ・・今すぐ直すから。」
 ハミルは哉夜の傷口に手をかざした。
 「基志――。」
 奈々介は壁から基志をおろして寝かせる。
 「どうしてこうなったの?」
 「直人ーお前のせいだ。」
 基志は最初ドアの前で伏せていた
 が、直人が吹き飛ばされ、とばっちりを受けた結果基志は壁にめり込んだのだ・・・。
 「・・・すまんかった・・。」
 直人はしぶしぶ謝った。
 「いや・・・こっちこそ手も足も出なかった・・・。悪い・・。」
 「はぁ?何言ってんだ???お前たちよくやったよ。ちょっと待ってろ・・・すぐハミル読んでくるからな。」
 そんな時やつは動いた。
 「おい・・・誰が直していいよなんて言った?」
 すっかり真琴の存在を忘れていた六人はハッと振り返る。さっきまでいたゾンビは居なくなっていた。
 「まさか・・・いつからだ・・いつから分身の術を使ってたんよー。」
 元気になった哉夜は、いたたまれなくなって地面を殴った。
 「お前たちをボロボロにした後だ。」
 基志も治療を受けながらショックを隠せないでいた。
 もし・・・分身したときに仕留めておけば、ちょっとでも傷を負わせることができたかもしれない・・。悔しさと後悔が、哉夜と基志を支配した。

38

 「で、話を戻そうか。」
 真琴は静かに言った。真琴は奈々介の胸倉をつかみ、
 「覚悟はできているんだろうな?」
 真琴は奈々介を殴りそして蹴った。ぐったりする奈々介を見てハミルは氷で刀を作り自分の腰にある刀と合わせ二刀流で真琴をめがけて振り下ろした。
 「やめろーーー。」
 しかしハミルの叫びとは裏腹に刀は空気を着る。シュッと言う音が響く。
 すると真琴はいつの間にか直人の前に出る。直人は身構えたが真琴の後ろから基志が真琴に電気を帯びたパンチを食らわそうとしている姿が目に入り後ずさるが、
 「見えているぞ―――吉田ァーーー。」
 いきなり後ろを振り返った真琴は基志に切りかかる。基志は急いで身構えたがすんでのところで、哉夜が炎でバリアを作り基志は無事だっった。
 そんな中、後ろで隠れていた直美はあることに気づいた。
 (みんな・・・千夏先輩のこと忘れてない?)
 直美は心の中で突っ込み、辺りを見渡した。すると先ほどまで真琴がくつろいでいたソファーに寝かされていた。どうやら無事のようだ。
 

 「本当にこっちであっているのだな・・・?」
 野沢藤雅は言う。
 「確証はないですが、あっていると思いますけどね・・・匂いがしますから。」
 ナカ・アキナは長い髪をゆさゆさとゆらしながら、オオックボと先頭を歩いてた。
 「迷ったのだな・・・お前たち。」
 ザッキーナは疲れたと立ち止まる。それに合わせ皆も立ち止まった。
 「‼」
 藤雅はびっくりした。
 何かって?
 ナカ・アキナの髪の毛がないことに・・・
 「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーみっ見ないで下さ―――い。」
 ナカ・アキナはその場に座り込む。
 ザッキーナは、
 「アキナ、大丈夫だ。われら天使一族は何かと悩みを持っている。その悩みが大きいほど大きい力を得る。モジャキラーもホリーノもそうだった。モジャは体毛、ホリーノは水虫だからホリーノはいつでもどこでも素足であった。髪の毛がないくらいで・・・何だそれは。」
 藤雅は軽くショックを覚えつつ慰める。
 「そうだ・・・千夏の世界では女の坊主が少なからずいるそうだ。」
 ナカ・アキナは、バッと顔をあげる。うるんだその瞳には、優しさを帯びていた。
 「だからこの戦い・・・終わったら、みんなで・・・ザッキーズ島も、節島も関係ない・・・江之島として、お祭りをしよう。昔のように。」
 藤雅のその言葉にみな頷いた。

39

 ー千夏ー
 ー千夏ちゃんーーー
 どこかで私を何度も呼ぶ声が聞こえる。この声どこかで・・・
 ー千夏センパイー
 私をセンパイ呼ばわりする同級生・・・私の親友・・・とても絵が上手でときどき嫉妬してしまう。よきライバル。私とうとう死んじゃったのかな・・・帰りたいな・・帰りたい。私、仮に生きていて、そしたらどっちの世界に居ればいいんだろう。野沢様や哉夜、基志、奈々介、直人、ハミル。みんなみーんな大事な人たち・・・でも私は・・・帰るんだろうか・・・人間の世界に。あっそんなこと考えなくてもいいのか・・・。
 千夏の目から涙が零れ落ちる。
 ー千夏センパ――――イ
 やっぱり金子ちゃんの声が聞こえる。死んじゃったんだね・・・私。
 ー千夏――――――
 やけにうるさい声に千夏の視界がだんだん色づき始めた。視界が揺らぐ。目の前には金子直美がいた。
 「私、死んじゃったんだね・・?」
 「なにいってるの?」
 バシッと鈍い音とともに千夏のほほが赤く染まる。
 千夏の顔を直美が思いっきりたたいたのだ。
 「なっなんでここに???」
 「そんなこと私も分からないよ・・・そんなことより・・・。」
 その鈍い音は、戦っている皆・・・真琴にも聞こえてしまった。
 「おい女ァー誰が姫様の意識戻せと言った??」
 「千夏様ぁーーー御無事で何よりです。」
 「皆―ごめんなさい・・・助けるつもりが・・・迷惑かけてしまって・・・。」
 哉夜は、
 「いえ、千夏様がご無事ならそれでいいんです。」
 哉夜は、千夏のもとへ行こうとしている真琴を行かせまいと、巧みに炎を操る。
 「ちょこまかと・・・」
 「哉夜~先駆けは許さんぞー。大丈夫ですか?千夏様。」
 「大丈夫。基志ーこの戦い終わったらごちそう頼みます。」
 基志は頭を下げると哉夜の援助に入る。
 「お嬢様・・・お怪我はございませんか?」
 奈々介は千夏の元に行く。
 「ありがとう奈々介。あと・・・服がボロボロになっちゃった…ごめんなさい。」
 「服なんてどうでもいいんです。千夏さ・・・千夏が生きていてくれた。それだけで十二分です。」
 「千夏様ーお元気そうで何よりです。特に手当するところもなさそうですし・・・よしっお前ら一気に蹴りつけるぞー。」
 (ハミルさんってこんな方だっけ?)
 千夏は内心でそう突っ込んだ。
 「千夏様ー我らに命令を。」
 直人は、宙を舞いながら千夏に問いかける。
 「何としてでも、勝とう‼けど・・・みんな無事に生きていてほしい・・・無理なら逃げて。それで・・・。」
 「なんか一つ言えよ。」
 直人はあたふたしている千夏に言う。
 「そっそれなら、みんな、かえって基志のおいしいご飯食べようね。」
 「「了解」」
 

愛する野沢

愛する野沢

主人公 寺田千夏は、部活中にカギを拾う。すると目の前に大きな扉が出てきて千夏は吸い込まれてしまった。たどり着いたそこは節島という妖精が住む島。なぜ千夏はここに引き寄せられたのか。それには千年前節島に起こった出来事と千年後に起こるとされる内容がつづられている「佐世姫伝」と関係しているという。その伝記によると半年後、ザッキーズ島という神様が住まう島と戦争になると書かれていた。しかし予定より早い侵略。千夏をはじめ節島の王、野沢藤雅や野沢の守護者五人はどう節島を守っていくのか。・・・・アクションや恋愛もあればときどきギャグもー新しい乙女小説をどうぞ。

  • 小説
  • 中編
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  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-25

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