流星の住処

流星の住処

青い空、白い雲、緑の草原、真っ青な海、黄色のひまわり、赤いハイビスカス、大好きな夏。

原色の夏。

私の過去をたどると母は悲しい顔をする。
私の昔話を父にすれば責任を問われている様に聞こえるだろう。

私の幼い頃は、
――元気のいい、男の子みたいな女の子――
単純にそんな子だった。
少なくとも小さかった私のことを知っている人たちは、口をそろえてそう答えるだろう。
そして、私は充分幸せである。
幸せがどんなものだか勝手だが、今は充分幸せだと言える。


「なんで、お前はそんな反抗的な態度とるんか!」
「・・・・・・・・・・」
「先生方みんなは、お前の事思って…」
「・・・・・・・・・・」
「お前の真意が、知りたい。」
「・・・・・・・・・・」
「何が不満なんや?何でも話してくれ。
先生のできる事やったら何でもするから。
お前の本当の気持ちが知りたい。
お前の両親も心配しとるぞ。
どうしたら先生の言う事分かってくれるんや?」
「・・・・・・・・・・」


高校生の頃の私は、“大人には、ならない”と漠然と信じていた。
大人、社会人、頭の上からものを言う人、すべてが敵だった。
敵?それ以上まるで異星人だった。
異星人達からすれば、私はどうしようもない憎むべき餓鬼。
または、横着い態度のクソガキ。

けれど担任の先生には、恵まれていたと思う。
今になれば少しは分かる。
やっとね。                          
先生達は、みんな情熱的だった。
暑苦しいほど熱心だった。
私はあの時、無視していたんじゃない。
横柄な態度は、精一杯の強がりだった。
壊れていく自分を保つための、唯一の防御方法だった。
あの「・・・・・・・・・・」には、たくさんの声にならない言葉があった。
声にした途端、からからと、言葉は床に落ちて踏みにじられる粉々に。
粉々になるのは言葉だけじゃない、私そのものだから。
「・・・・・・・・・・」ときに、数を数えていた。
「1,2,3,4,5、6、・・・・・」
涙が出そうだったから、泣いているって想われるから。
泣き顔だけは、絶対に見られたくない。                  
泣きたくはなかった。       
涙が勝手に流れてくるのが、いやだった。
だから、おもいっきり何かを蹴飛ばして出て行く。
後ろから怒鳴る声が、追いかけてくる。
振り向きもしないで、いや、出来ない。
泣き顔を見られるくらいなら死んだ方がマシとさえ、
安易に思える。
逃走完了。


仲間は、みんな同じ眼をしていた。
まだ見えない明日を探しているように虚ろな目をしていた。               
みんな同じ事で悩んでいた。
だから誰も責めたりしない。
疑うこともなく信じる必要すらない。
自然で居られた。
ゆっくり息をしていられる。
安らかな場所だった。

「だっせい。お前まだ高校とか行ってんの。あんなろくでもない所とっとと止めな。」
三日で高校退学処分になった翔が、悟ったように言う。
「高校生は大変だね~。」
これまた入学式で締め出されたまま退学処分になった颯太が、高校に通ってたかのように言う。
「ムカついて、いす蹴飛ばして出てきた。石川が、怒って追いかけてきやがってサ、バカじゃない。」
あんなにうざかった気分が嘘のように、大笑いしてる。
やっと自分に戻れる。
ろくでもない奴ら。
大切な仲間。
一生一緒に居たかった。
現実は、見えない明日を教えてはくれなかった。


「亜紀―元気?」
――懐かしい声、なんで今頃?――
「あのね、翔ちゃん交通事故で死んじゃったよ。昨日いや、夜中の2時ごろ、これからお通夜だけど、亜紀も行く?」
――え、え、今なんって言ったん?、、、、、どこに行くの?――
「結衣―懐かしい。元気だった?」
「亜紀、翔ちゃん亡くなったんよ。分かってんの?」
「亡くなったって、なにがどうしてなん?なんで?、、、、、」

翔が死んだ。
もう会えない。
早く会いたい。
今すぐ会いたい。                            
すぐに会いに行くからね。
初めて私から翔に会いに行く。


あの頃の翔は、いつも「タン!!」と舌を鳴らして私を呼んだ。
二階の部屋の窓から通りを見れば暗闇の中、バイクと翔が迎えに来ていた。
私は、父よりも早く階段を駆け下りて、サンダルをはき、翔のバイクの後ろに飛び乗る。
よし、今日は、勝った。

この頃の父は、悪い仲間と付き合う私を止めるために、こん棒を持って必死の形相で追い駆けて来る。
その滑稽で哀れな姿は、娘を護ると言うより、自分自身のプライドを守るためとしか、感じられなかった。
あなたが、睨む悪い仲間は私の大切な友達。
私の傷ついた心の安定剤。
見た目だけですべての事を良いか悪いか決めるなら、
私はこの町一番の不良品って事。
よろしく。

翔のバイクの後のシートは、私の特等席。
翔の背中は、私のお気に入りのクッション。
何も言わなくても、いつも行き先は決まっている。
この道をずーっと行ってまた、ずーっと行くと、
ほら!見えてきた!私の海。        
翔は、“俺たちの海”って言うけど、いいえ、ここは、私の海。
誰にもあげない。

海に着くと私たちは、浜辺におりて裸足になる。
砂の上は、どんなふかふかの絨毯よりも優しくて気持ちがいい。
夜明けまでここで海を眺めている。
海の香りに漂うようにのんびりゆっくり潜んでいる。
翔は、連日のバイトの疲れのせいで、
いつの間にか子供の様に眠ってしまっている。
私は、とっても暇なので翔を埋める。
そろーっと、静かに、優しく、砂をかけて、朝が来るまでに完全に埋める。
空が紫色に染まる頃、私は波打ち際で貝を拾う。
朝一番の海は、たくさんのプレゼントを波打ち際の私の足元まで運んでくれる。
可愛いピンクの桜貝。とんがり帽子の巻貝。つやつや光る宝貝。

「おーい!助けてくれ~!」
遭難者の雄叫びが朝のさわやかな海に響く頃、私は手のひらいっぱいの貝を自慢げに遭難者に見せびらかす。
遭難者は、砂まみれでずたずたになった服を払いながら
「あ、すっげい!俺も探そうっと。」
単純な思考回路のおかげで私の悪行は、無かった事になる。
「おい、これすっげい、いいやろ?ォ。」
大きくて綺麗な貝を私に見せにやってくる。
私は、負けた気がする。損した気がする。
そんな私を見透かす様に、翔の得意満面の笑顔。
                                   
そんな翔が死んだ。

「俺、生命線、短いやろ。」
「見せてん。。。」
「大丈夫。私には分からんけど、他の線とかが、助けてくれるんよ。」
ありったけの嘘を言った。
そんな気がした。
助けてくれる。
きっと。
私は、翔の手のひらに生命線の続きを書いた。
青いマジックで、消えない様に、、、
嬉しそうに見つめてくる優しい瞳。
本当に優しい人だった。

「天使みたい。。。」
あの日、朝露に濡れた私の髪を優しく撫でながら言った。
今、あなたが天使になったね。

翔ごめん。

颯太の家は、不思議な家だった。
私たちは、颯太の家族にあった記憶が無い。
颯太のおじいちゃんの声だけは幾度か聞いた覚えはあるけれど、
それも思い出せないほど颯太は、家族から離れていた。
颯太の部屋は、たまり場だった。
自分の家に帰るよりここの方がしっくりしていた。
颯太の部屋の窓は、通りに接している。
私たちは、勝手に、自由に、そこから出入りしていた。                
だから、颯太の家の玄関は一度も使った事がなかった。

颯太は、面倒見が良過ぎる兄キ肌で、誰彼もお構えなしに何でもかんでも包み込むバカにいい奴。
みんな、そんな颯太の傍で柔らかな顔になれた。
ここは、優しい場所。
私は、いやな事があった時はここに逃げ込む。
いつも誰かが居て、この部屋で知り合った友達も多い。
颯太の友達なら強がる必要もない。
ちまたじゃ、かなりつっぱっている奴らもここに来ると、みんな穏やかな顔になる。
ここは、時間も現実も無い場所。
ここは、不思議な部屋。
約束も、いらない。
勝手に来て、勝手に帰る。
颯太が居ても、居なくても。
誰が居ても、気にしない。                        
みんな颯太の友達だから、みんな颯太の仲間。

いつもの様に私は学校に行く気がしなかった。
でも、学校に行くふりで家を出た。
足は通学路とは真反対の颯太の家に向かって歩いている。
当然のように颯太の部屋の窓から入ると、颯太は眠っていた。
「おはよう!」
「あ.。o○ぁ 早いな~。なんなん?」
「学校行きたくない。」
「そう。」
「で、電話して学校に。」
「俺が?、、、学校辞めますって?」
「ちがうやろ。今日は、体調が悪いので休ませます。でしょ。」
「元気そうやん。」
「いいの。早くしないと石川が私の家に電話して、親に学校行ってない事がばれるやん。」
どうにかこうにか、学校に偽親欠席届けコールを済ませてまずは一安心。
「どっか遊びに行こうか?」
「制服は、やばいやろ。俺の服着れ。」
颯太の服のセンスは、極端に個性的過ぎた。
矢沢永吉はたまた、加山雄三、何ともいえない色の組み合わせ。
私は、その中でもっとも普通に見えそうな、TシャツとGパンを選んで着た。
「ダボダボしてる。」
「気に入った?あげるよ。」
「…ありえない。」
二人連れ添って出かける。
こんな事あったかな?いつも誰かがいた。
颯太と翔と私。
でもこんな朝早くは、翔も寝ている。
颯太も翔も夜中までG・Sでバイトしている。
「翔のこと、どう思う?」
「え、どう思うって友達よ。」
「翔は、そうじゃないと思うけど。翔、お前に何も言ってないんか?」
「なんで?何が言いたいと?」                           
「翔、お前に告るって。俺に『いいか?』って聞いてきたから。」
「意味分からん?翔が何で私に告らないけんの。なんで、颯太に断らないけんの?」
「ま、いいか。腹減った。」

颯太は、私の少し前を歩く。
私は、何も考えることなく颯太の後ろをついて歩く。
「おーい。颯太やないか~。こんな朝早く何やっとんのかな?」
森の奥から聞こえる熊のような声。
颯太は、一瞬、やば、って顔を私の方に向けた。
が、すぐに人慣っこい笑顔をして熊の方に顔を返した。           
「朝の散歩で~す。これ許婚。」
――は?いいなずけ?誰がよ!――
「ほぉー結婚するんか。お前もやっと落ち着くのぉ。丁度いい。ラーメン食べんか?お祝いにおごちゃる。」
――なんなん、この話の展開?――
「はい。いただきます。」
「あんたもこれから大変や。こいつは、こんな奴やけど本当は、いい男や。あんたが、しっかりこいつの事、捕まえていたら、きっと幸せな家庭が築けるからな。頑張りよ。」
――で、この熊は誰?――
「はい、お待ち。チャーシュウおまけ。颯太結婚するんか? 大人になったのー。」
カウンター越しに話を聞いてた威勢のいい脂ぎったにいちゃんが、嬉しそうに私を見ている。
――巻き込まれている気がする――
颯太は、日頃使わない丁寧な言葉で話し、
めったに見せない気持ちの悪い笑顔で、
チャーシュウが一枚多いラーメンを啜った。
私は仕方なく、控えめな女を演じ、
あり得ないほど静かな微笑みで、
チャーシュウが一枚余計なラーメンを食べた。
朝一のラーメンは、体に良くない。気持ちが悪くなった。
「ご馳走様。」
「ま、元気でやれや。いい子産むんじゃよ。」
和やかな雰囲気の店を出て、満面の笑顔の熊が背を向けた突端。
颯太に思いっきり膝蹴りをする。
「い・い・な・ず・け どんなお漬物なん!?」
「しゃーないやろ。あいつを落ち着かせるためには、あいつは、怒ったら手付けれんぞ。
ラーメンもおごって貰えたし、チャーシュウもおまけして貰ったし、めでたいやないか。」
「誰なん?あ・い・つ は?」
「中学校からの知り合いの・・・元警官、今補導員。」
「知り合い?単に捕まえられた人やん。なに、仲良くしてんの!?」
「いろいろあんのよ。」
ラーメンの引き換え券みたいに、私は、颯太の許婚にされた。
おまけにダボダボの服のおかげで、妊婦になった。
今日という日は、厄日だ。
こんな事なら、学校に行って眠ってた方がましだった。
それから調子が出ないまま、本当に体調も悪くなってきた。
「もう、帰る。」
「送ろうか?」
「結構!これ以上あんたの知り合いに会いたくない。」
「俺と結婚するのが、そんなにいやか?」
「しらん!結婚なんか誰ともせん。」
なんだか、夕陽が、うざい。
かなり、夕方が、長く感じられた。
                                                            
「ただいま。」                             
いつもは言わないけど、なんとなく言ってみる。
「や、お帰り。」
げ、なんで、お前が居るん?
「まぁまぁ。ここに座って。ゆっくり話を聞かせてもらおうかな?」
「石川先生、亜紀ちゃんの事、心配して来てくれたんよ。」
一難去ってまた一難。
「今日は、制服姿で何処に行ってたのかな?」
石川の声がやたらと優しい。
いつもと違う。
これは?
かなり、
やばい。
「うっん 着替えてくる。」
私は、とりあえず冷静になろうとした。
なれない。
なれる訳がない。
二階のベランダから隣のトタン屋根を伝って逃げる。
そう。
問題は、解決よりも、逃げる方がいいに決まってる。
その後の事は、世間体のいい父と母が、事無く片付けてくれるに違いなく。
明日になれば、状況も変わってる。
はず、
そう。
私の知った事じゃない。
潜伏先は、さっきまで居た所。
着替えに帰っただけみたい。
うんざり。

そんな高校生だった。
みんながどんだけ心配しようが、関係ない。
いや、なくはない。
心が、きしきし軋む。
いっその事、全ての事から逃げ去ってしまいたかった。

高校二年の秋、高校を辞めた。

石川は最後まで、私をかばった。
石川は泣いた。
私の両親の前で、自分の力不足を詫びながら、
違うよ。
先生。
ごめんなさい。
                                   

私は、颯太の家に行かなくなった。
あの連中とは、もう会うこともなくなった。
私は、変わってしまった。
髪型も、服装も、話し方も、性格も、考え方も、
大人になっていった。
正確には、大人になろうとしていた。
いや、どちらにも属さない、いやな奴になっていった。                
生きている気がしなかった。
頑張っている人たちが、嘘ごとにしか見えなかった。
明日のために、今日をやり過ごす。
今は、幻。
明日が、現実。
今の私は、何処にも存在しない。
みんな、嘘。
みんな、幻。


眩ゆい原色の夏は、ゆっくりと大人しい秋色に染まってゆく。
いつもの様に、父母が寝静まった後。
慣れた様子で、二階の部屋から抜け出す。
深夜の町は、静まり返って信号の光だけが規則正しく働いている。
未だに慣れない夜の町。
本当は、かなり怖い。
仲間に会えるG・Sまで、小走りになる。

見慣れない奴。
軟派な感じ。
かっこつけた車。
誘われるまま暇つぶし。
「ここら辺で、夜景の綺麗なところある?」
「それなら・・・・・」
小高い丘を登ると、この町には、似合わない近代的な建物。
「ウルトラの基地。」
「へぇ~ほんとだ。」
正しくは、ウルトラの基地みたいな美術館。
ここから見る夜景は、格別だった。
風景も美術していた。
秋の夜空は、宇宙に続いている。
「わぁ~綺麗。オリオン座が見える。」
「どれ?」
オリオン座を知らないの?
夜空で、一番カッコイイのに。
「あ、流れ星。」                             
「私、流れ星始めて見た。」                     
「お願いした?」
「する暇ないよ。」
「俺、夢あるんだ。」
唐突に今さっき会ったばかりの私なんかに夢を語られても・・・・・
「俺、バンドやってるんだ。ボーカルだけどサ。今度、東京に行くことになってる。絶対有名になる。」
すっごい!まじ夢追ってる。
横顔が、素敵。
その瞳が綺麗だった。
「綺麗な目してるね…」
思わず言葉にしてしまった。
照れくさそうに微笑む横顔。
見た目よりまじめな人かも・・・・・
少しの沈黙。                                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
え、これって、待って、今さっき会ったばかりだよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ねぇ。夢かなったね。
私もそれなりに幸せにやってるよ。
「夢は信じて願えば必ず叶えられる。」って石川先生が、教えてくれた。
あの頃は、「ばっかじゃない。」としか思えなかったけど。
夢が叶えられないのは、夢を諦めた時。
そう、夢は必ず叶う。
あのね、あの夜まっすぐな瞳で夢を聞かれて答えられなかったけど私の夢は、お母さん。
小さな時からずっと、この夢だけは変わらなかった。
お母さんになりたかった。
今やっと胸張って言える。
私は、幸せだよ。

夢。
叶ったよ。



           
  



2008・10・12

              

流星の住処

誰にでもある時代、やたらと大騒ぎしてたあの頃。

みんな通り過ぎた後に残る思い出は、それぞれに輝きを変える。

真っ只中の君に一言。

大いに楽しんで、ばかやって!

流星の住処

懐かしい海の香り、切ない記憶、閉まったまんまのアルバム、開けない日記帳、暑い夏の日差しに陽炎のように揺らぐ心。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-07-08

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