詩篇 5 虫虫ファンタジック
白くて長い長い虫が、わたしの体の中を這っているのだと思っていた。シラスくらいの細さで、ニシキヘビくらいの長さで、半透明な白い虫が。
ぐしゅぐしゅっと体に響く音がする。腕にムズムズといった違和感が走る。何かが、何かが動いている。血管や脂肪の間をすり抜けて、時には押して、時には吸い上げて、何かが生息している。
それは「何か」であって、白くて長い虫かどうかは分からないけれど、わたしには、わたしの予想の中では、白くて長い虫だった。
数秒間の違和の後、すっと消えて、どこかに身を潜める。きっとわたしの体の養分を食べているのだろうと感じ、わたしはこの虫と共に生活しているというか、住まわせてるというか、蝕まれているというか、とても不思議な気持ちでおり、怖いとか畏れるとか、そういう感覚よりももっと前向きな、探検家が未知の密林に短剣ひとつで挑んでゆく気持ちでいた。
違和が発生する場所のほとんどは腕だった。肘から手首までの、足の裏と同じ長さといわれているこの場所で、左右バラバラに、ぐしゅぐしゅ。
見つめても見つめても、目には映らず、しかし違和は確実にあり、ぐしゅぐしゅ。音を響かせながら、蠢いて、蝕んで、ぐしゅっと、蠢いて、蝕んで、蠢いて。
ある時から、わたしはこの白くて長い虫を体内から出してみることを想像し始めた。動きを掴んだならすぐさま針で突く。ぷつっと、皮膚も毛細血管も通り抜けて、白くて長い虫に刺さる。虫は暴れてわたしの腕の中をぐちゃぐちゃに掻き回しながら、しかし針は完全に刺さっているので逃れることはできず、刺した針穴からずずずっと、白くて長い虫を引き摺り出す。皮膚の小さな穴から、長い長い紐のような生物がうねうねと体をくねらせながら出て、その感覚は、尿道に入ってしまった髪の毛を引っ張り出す時のような痛みを伴うもので、だけど好奇心に駆られてしまうわたしはその痛みで少しだけ泣きながら、虫を完全に体外へ出す。出したならば机の上に針で刺したまま置き、よくよく観察する。
しかし体外に出てしまった虫に対する興味は思ったほどではなく、次に気になったのは、虫がいなくなった自分自身の体についてだった。
虫の住処には穴が開いているのだろうかとか、通った道は空洞になっていないだろうかとか、この虫と共に生きていたのに突然体からいなくなったことで何か不調は生じないだろうかとか、そんなことを想像しながら、でも、本来、かどうかは分からないけれど、こんな虫を飼っている人なんて見たことも聞いたこともなく、ということは、元通り、良かった良かったおめでたし、てなものかな、なんて想像しながら、机に置かれた虫が衰弱して死んでゆくところを想像する自分をまた想像する。
もしかしたらこの虫は選ばれた人間にのみ発生するもので、ああそうだ、だからわたしには、他人に見えない微生物が見えるのかもしれない。
例えば中学校での朝礼。毎週月曜日になると規律正しく整列しなさい、きょうつけ!
ねえ、これ、「きょうつけ!」って本来「気をつけ!」なのに誰もがきょうつけ! でもって何に気を付けるの? という疑問を抱きながら、とりあえずの直立不動なあの行事。
目線は空。というより、空気。だってほら、ちかちかちかちか、発光しながら、点滅を繰り返しながら、白い光のような微生物が。この時のわたしにはこれは生物ではなく何故か微生物で、そのまま今に至っている。奇妙な動き、現れたり、消えたり、ちかちかちかちか、動くというより、狭い距離での瞬間移動、ちかちかちかちか。
誰も誰も、この微生物について語らない、噂しない、目で追わない。今あなたの頭の上におりますけども、あ、あなたの頭の中に吸い込まれましたけども。誰も誰も誰も、何も無い。何も無い素振りをしているの? みんな見えているのに、怖いから口に出せないの?
どうして誰も目で追わないの?
ほら、そこに、ここに。
そして思う。これはきっと誰にも見えていない光の使者で、微生物。今この何百人が直立不動の中、わたしひとりだけがあなた達を発見し、認識し、見つめているのですよ。
夏休みの素行について校長先生がやる気があるのか無いのかよく分からない淡々さで語り、先生が、礼! と言ったなら一同に頭を下げ、きょうつけ! そして解散! でまた元通りの日常に収束されてゆく中、このファンタジックときたら。
わたしだけのわたしだけのわたしだけの、ファンタジックときたら。
わたしが飼っている白くて長い虫を探しているのだとしたら。繰り広げられる虫とわたしの攻防戦。いや、わたしはこの虫を盗んだわけでもなく、大事に育てているわけでもないのだから、あっさりと受け渡せばよいのに、きっと信じてもらえないのだわ。だから戦いが大きく大きく、もう中学校なんて吹っ飛んでしまって、紫色の空でもって制圧、そして和解。
を想像しながら、空中の微生物を目で追うのです。ぐしゅぐしゅと蠢く腕を摘み、ああ今日も虫を摘み逃した、と舌打ちしながら、いつ降り注いでくるかもしれない微生物は目の裏側に。
ファンタジックを想像する自分をまた想像し、そんな自分をけなし、馬鹿にする自分を叱り、しかしそれをまた罵倒する。
ファンタジックはファンタジックであればよいものを、それについてのあれこれは不要でありたいのに、繋ぎとめる自分がまたいかにも人間である。いつかは体内から白くて長い虫を引き摺り出してみせようと、約束するのもまた自分。
詩篇 5 虫虫ファンタジック