a twinkle star

おもな登場人物

速見悠李 (はやみ ゆうり)
野々宮理 (ののみや さと)
雪原藍  (ゆきはら あい)
幸村光  (ゆきむら あきら)

壱番

Twinkle, twinkle, little star,

How I wonder what you are!

Up above the world so high,

Like a diamond in the sky!

Twinkle, twinkle, little star,

How I wonder what you are!


きらきらひかる 小さなお星様

あなたはいったい何者なの

世界の上でそんなに高く

まるでお空のダイアモンドみたいに

きらきらひかる 小さなお星様

あなたはいったい何者なのかしら



     「Twinkle, twinkle, little star」より

●始●

「・・・高校生にもなって、昼間から『きらきら星』ですか。」
急に背後から声がして、私は歌うのを中断した。
「そういうのは個人の自由だと思います。というか、嫌なら近付いてこなきゃいいじゃないですか。」
白昼の学校の敷地内、私は昼食を摂り終えた後に小声で『きらきら星』の英語の歌詞を口ずさんでいたのであった。思いがけず止めてしまったけれど。
「別に嫌だとは一言も言ってないんですけどね。」
座っている私とでは随分と背丈の違う彼が目の前に座った。
「・・・まぁ、いいです。中断しちゃったじゃないですか。」
むすっとした顔をすると、彼は苦笑した。
「別に止めろと言った覚えはないんだけど・・・」
全くその通りではあるが。
「・・・人が居ると照れるから歌いたくない。」
そう言うとまた彼は苦笑したのだ。
「それは君の事情だけど。」
それはそうだが、彼も知っている筈のことである。
「まぁ、始めから聞こえてたけどね。」
嫌なヤツとして認識し直すべきか暫く真面目に悩んだが、それは止めておいた。
「忘れてください。・・・で、何か御用ですか?」
まぁ、用件と言ってもクラスが離れている以上は私的な用件、ということになるのだろうが。
「用がなかったら話しかけちゃいけなかった?」
そう言われてしまうと照れる。まぁ、本当に用件だけを伝えに来ていたらそれはそれで寂しくはあるのだが。
「・・・そんなことは、無いですよ。・・・多分?」
何で疑問形になったのかは私が知りたいくらいである。
「・・・何で疑問形なの・・・」
案の定突っ込まれて、答えに窮した。そうなれば答えが出るまで考えるか、開き直って話題を変えるかの2択である。
「まぁ、それは置いときましょう。」
私は後者を、開き直ることを決めた。
「・・・置いとくのか・・・」
彼から非難の目が向けられたが、それには気が付かなかったことにした。
「別にいいじゃないか。」
そう言い逃げをした。
「まぁ、構わないけどね。・・・こんな所で何してたの?教室で食べたらいいでしょうに。」
170センチは超える長身な彼は互いに座っていてもかなりの身長差があるので首が痛い。そろそろ限界である。なので立ち上がった。
「・・・五月蝿いんだもん。」
まぁ、本当はそれが8割、別の理由が2割というところなのだが。もう1つの理由は彼にだけは言える筈がない。
「・・・まぁ、そうだろうね。」
彼は否定できる筈もない。それもまた事実なのだから。
「うん。」
会話が切れて、沈黙が落ちた。
互いに何も言えない状況というか、何というか。私と彼の曖昧な関係は互いに気づきはしても踏み越えようともしないままずるずると今に至る。だからこそ今はこの距離感に耐えるより他ないのだ。
・・・どちらかがこの距離感を壊す覚悟というか、決意をするまでは。
(私は、このままでいい。)
そう思っていた。

○壱○

幼い頃、何回も同じ夢を見た。
いつも自分は何か恐ろしいものに追いかけられていて、最終的には食い殺されてしまうのだ。
それは、少しだけ、自分の中に潜む黒い何かに似ているようで恐ろしかった。

「・・・悠李、話、聞いてるか?」
目の前には怪訝そうな友人の顔。
「あぁ、ごめん。」
大人しく謝るも、何回も続いているので彼の機嫌はすこぶるよろしくない。
高校に入って暫くが経ち、大分気を遣うのも馬鹿らしくなってきた頃のことだった。
「最近何か様子がおかしいんだよ。」
そう言われてもこれが自分の素というものだ。
「まぁ、心当たりはあるんだけどな。」
そう言って彼が視線を向けた先には読書ばかりしている少女。
クラスに馴染む気すらなさそうな、完全に何か異質な少女である。
「・・・あの子と話し始めてからじゃねぇの?」
まぁ、大体当たってる。彼女の影響で我を貫くようになった節はあるし。
感化されたと言っても過言ではないし、まぁ、自分はそれを悪いことだとは欠片も思っていないのだけれども。
「・・・まぁ、否定はしないね。」
肩につくかつかないかの半端な長さの2つくくりがピコピコと動くので見ていて面白いのだ。
・・・まぁ、本人に言ったら怒られるのだろうが。
「中学までは滅多に女子と話さなかったくせに・・・」
そういわれるとそうだった気もする。(恐らくそうなのだろう)
まぁ、本人的には無頓着な部分なので何を言われてもなぁ、とばかり思う。
ふと顔を上げた彼女と目が合った。すぐに頭を下げられる。
「・・・あの子、礼儀正しいのか世間慣れしてないのか分からないんだよね。」
彼女に聞こえないくらいでそう言うと彼は苦笑した。
「どっちもだろうな。お前の相手にしてはまともそうな相手というか。」
なかなか失礼な発言である。
「・・・俺もわりとまともなんだけどな・・・」
そんなことが彼に信じてもらえるはずもなく。
「勝手に言ってろ。」
そう言われてしまった。

終業式も終わり、置いていた大量の荷物を何とか駐輪場まで運ぶと、先客がいた。
彼女はわりと身軽そうな様子で自転車を出していた。
2つ隣くらいにある自分の自転車に荷物を積んでいると、突然、声がした。
「クラス、離れますね。」
彼女は寂しいとも悲しいとも言わなかった。ただ、事実を端的に呟いたのだ。
3月末、春と云うには寒すぎるが冬と云うには桜の花が温かい季節だった。
「そうだね。」
それ以外、何も言えなかった。1年間、同じ教室でわりとよく話していたのに。
「空は青い、かな。」
いきなり過ぎてついていけなかった。
「はい?」
驚いて彼女の方を見ると、自分の斜め下の彼女の頭があった。
「色は、無いんだって。無色、なんだって。あんなに鮮やかな色なのに。」
珍しくぽつぽつと、でも絶やすことなく話をしていた。
「へぇ・・・」
下手な相槌だっただろうに彼女は続けた。
「何かね、難しい話だったな。大気とかなんかとか。」
そう言って少女は話を打ち切った。
「・・・レイリー散乱、か。」
彼女は首を横に傾げた。そこまでは知らないらしかった。
「いや、気にしなくていいよ。・・・空の色がどうかした?」
説明の代わりにそう尋ねると彼女は小さく笑った。
「夕方のちょっと前と日が沈む直前の空の色は美しいと思いませんか?」
幸せそうに彼女は言った。
「私ね、空のグラデーションな感じがとても好きなんです。」
少し、恥ずかしそうに照れながら。
「・・・そっか。」
困ってそんな返ししか出来なかった。
「・・・つまらないお話でしたね。ごめんなさい。」
そう言った少女の傷ついたような顔で悟った。
1年経ってやっと、基本的に温和な彼女が他人とあまり関わりたがらない理由を何となく1つ知った。
「・・・ねぇ、」
ちょっとだけ躊躇った。
「メールアドレス、ある?」
言うと意外と躊躇いもなくなった。
彼女は驚いた顔をして、そしてちょっとしたら考えている様子で。
たっぷりと1分くらい開けてから、返事が返ってきた。
「・・・あんまり早く打てないんですけど、それでもいいですか?」
見上げている様子がいつもよりもあどけなくて、微笑ましかった。
「うん。」
彼女は自分の鞄から筆箱を取り出して、なにやらメモ帳に書き始めた。
暫くして彼女はそれを差し出す。
「字は汚いんですけど・・・多分読めると思います。」
かかれていたアルファベットを読むには何ら支障はなかった。
「・・・大丈夫。」
そう言ってから、慌てて付け足す。
「メール、するから。」
言ってから照れた。
「待ってますね。」

それは、小さな始まり。
終わりの冬を経て、始まりの春へと歩き出す。

●弐●

特に何か特別に嫌なことがあるわけではない。
そして、また、何か特別にいいことがあるわけでもない。
私にとっては学校はそんなところである。
・・・いや、訂正しようか。
そうであった、だ。

「野々宮。」
女子のものより落ち着いた声。低すぎないその声は私のお気に入りの1つだ。
「はいっ?」
顔を上げると予想通りの相手だった。
「文理選択って決めた?」
文理選択・・・?
暫く頭の中をフル回転させて思い出した。
「あ、進路希望調査のときの?」
彼が頷くのをみて、ホッとした。
(あたった・・・)
自分のことはあんまり他人と関わらずに決めてしまうのが私の習慣と云うか、癖というか。
まぁ、今まではそれに対して不便を感じたこともなかったのだけれども。
「えーっと。私は文系にしました、多分。」
何で多分なのかは自分でもいまいち疑問だが、いちいち自信がないのが私なのである。
「じゃあ、違うかぁ・・・」
何処かがっかりしている様子に慌てた。
「ご期待に添えず、ごめんなさい・・・」
自分の行きたい学部からして文系じゃないときつそうだっただけなのだが、そうもがっかりされると何か悪いことをしてしまった気になってしまう。
「いや、別にいいから・・・。ご期待に、って。」
何故か笑い出す彼。
「・・・はぁ・・・」
よく分からない人である。
「俺は理系。」
そしていきなり話題が切り替わる・・・
「そうですか・・・」
珍しくお友達ができたのにな、と少し寂しかった。
「寂しい?」
ニヤニヤしている彼を軽く睨んだ。
「寂しくないですか?」
聞き返すと彼は困った表情になる。
「私は少し寂しかったですけど。」
不貞腐れて言うと彼の反応はちょっと予想外だった。
「いや・・・別に寂しいとか・・・いや、えっと・・・」
明らかに狼狽していて、見ていてちょっとばかり面白い。
いつもからかわれることが多いのでたまには意趣返しをしてみようかな、と思ったりしていた。
「別に、寂しくはない。・・・・・・ちょっと、まぁ、色々と。」
さっぱりわけが分からない。でも、もう切り上げてあげることにした。
「そんなに一生懸命答えてくれなくてもいいですから。」
ね?、と言うと彼は明らかに安堵した様子で頷いた。


クラスが離れたとき、この微妙な関係も終わりなのだと寂しくなった。
なのに、思いがけない彼の申し出のおかげで今もこうして時々言葉を交わしている。
「野々宮。」
ふらりと訪れた放課後の自教室で彼と遭遇した。
「・・・此処、7組です。」
言いたいことは伝わったのか、彼は苦笑した。
「友達に英和辞典返しに来た。」
そういえば今日の何限目かの休み時間に彼が来ていた気がする。
「そうですか。」
納得した。
「だから、序でに。」
前言撤回、分からなかった。
「野々宮、居るかなー、って。」
顔が熱くなった。
(・・・影にいて良かった。)
見られたらまたからかわれてしまうだろうから。
だからたっぷり時間をあけてから答えた。
「居ますよ。」
「うん。」
「自教室ですから。」
「だろうね。」
「でも。」
そこで言葉を切った。
「ちょっと、嬉しかったかなー、なんて。」
そう言うと彼との間に沈黙が落ちる。
超えてはいけないラインの上に私が乗ろうとしたから。
「冗談ですよ。」
そう言って、本心を撤回する。顔も冷えた。
(これくらいで傷つかないって。)
私の勇気が足りない。覚悟もまだない。
このままでいいと思えるうちは、このままでいい。
だって、居なくなられるのが、1番恐い。
嫌われたら、って思うと行動なんて出来ない。
・・・臆病だから。



桜の花びらが散る頃に、
温かくもない、春はやってきた。
甘くも優しくもない、始まりがやってくると告げに。

○参○

「悠李、いかにもやる気が無さそうなんですが・・・」
友人、幸村光が暇そうに目の前で何かをしている、そんな放課後、俺は委員会に勤しんでいた。
「あ、またミスった。悠李、やる気ねぇよな?」
・・・前言撤回。委員会活動に強制的に参加させられていた。
「幸村、うっさい。」
蝿を掃うように手を左右に振ると頭に何かが振り落とされた。激痛である。
「・・・痛い。」
ヤツの手元を確認すると漢和辞典。よくそんなものを毎日持って来て持って帰れるものである。
・・・じゃなくて。
「辞典は武器じゃありません、幸村。」
まっとうな主張をしてみたが、無視された。
「・・・委員会サボろうとしてたヤツに言われたくない。」
ボツッと返ってきた言葉もそれはまたまっとうである。
「・・・好きで入ったんじゃない。」
無理矢理である。
「でも入ったからには義務は果たそうねー。」
凄く棒読みな返事であった。
「わぁ、ゆっきーが冷たいよう。」
自分も棒読みで返した。
「・・・そんな気持ち悪い呼び方されたのは初めてだ。」
暫く気持ち悪くない呼び方を考えた。
「あっきー。」
降って来た漢和辞典を今度は避ける。
「光だからあっきー。」
ついつい反応を見てしまう。
「・・・悠李、今日を命日にしたいか?」
そんなヤツの相手ももう慣れたものである。
「幸村は殺人犯になりたいの?」
そんな週1回の憂鬱な放課後である。

「野々宮ちゃん。」
「何かな?」
「野々宮ちゃんってメアドある?クラスの女子で連絡網作りたいんだけど」
「・・・ないんです。ごめんなさい」
「ないならいいや、ごめんね?」
「いえ、誘ってくれて有難う。」

そんな会話が飛び込んできて、暫くして「野々宮ちゃん」が自分の知る「野々宮」と一致した。
(・・・あれ?アドレス持ってるよな?)
時々メールしてるし、あれ?
ちょっと引っかかった。
「悠李、こっち手伝ってくれ。」
そう幸村に呼ばれて、記憶に埋もれてしまったけれど。
「分かった。ちょっとこれ運んだら行くから。」
そう応じて自分の仕事に戻った。


表があれば、裏がある。
美しければ、醜くくもある。
明るければ、影の濃さは増す。
春の爽やかな風とは打って変わった、湿っぽい風が吹き付ける頃。
雲行きはあやしさを増した。

*弐番*

When the blazing sun is gone,

When he nothing shines upon,

Then you show your little light,

Twinkle, twinkle, all the night.

Twinkle, twinkle, little star,

How I wonder what you are!



燃える太陽が沈んで

輝くものは何もなくなったあと

小さな光を放ちだす

夜じゅうずっと きらきら きらきら

きらきらひかる 小さなお星様

あなたはいったい何者なのかしら

●始●

彼女に話しかけたのは偶然というより、必然だった。
まぁ、席が隣なのだから何かしらの授業で話すことにはあっただろう、という意味だ。
ある日、授業が始まって間もない頃に彼女が消しゴムを落としたのだ。そして拾おうと手を伸ばし奮闘していた。
「・・・届く?」
ちょっと物理的に不可能だろうと声をかけた。
「っ!?」
弾かれたかのように彼女は顔を上げた。顔が全てを物語っていた。
「いや、結構視界に入ってたから」
自分は消しゴムを拾って彼女に差し出した。
「不快だったならごめんね?」
自分の声が冷たかったのを自覚はしていたが、直そうという気は起こらなかった。
「有難う。」
そう言って彼女が遠慮がちに消しゴムを受けとるのを見ても、それは改まることもなく。
(面倒な子。)
それが彼女の第一印象。

「悠李、いい加減機嫌直してくれる?」
目の前のヤツは不機嫌そうにそう言った。自分よりも数倍機嫌が悪そうに見える。
「別に機嫌は悪くないよ。」
事実だった。
「いや、悪そうに見えるんだよ。何かあったのか?」
何かあっただろうか。ちょっと心当たりがない。
「・・・そういや、買おうと思ってた飲み物が売り切れてた。」
ふと思い出したから言ってみただけだったのだが、相手はあっさり納得した。
「昔から食べ物に関して五月蝿いもんな。」
なかなか失礼な物言いではなかろうか。
「いや、飲み物だし。」
一応前提条件に訂正を入れる。
「変わらないだろ。」
一蹴された。それも当然だという顔で。
「あ、何で不機嫌だったか思い出した。・・・幸村が視界にいるからだ。」
殴られた。
「手が早い・・・」
一応説明するならばヤツは割りと鍛えている(らしい)ので攻撃されるとくるものがあるのだ。
「五月蝿い。」
もう一発は避けた。
「幸村くん、ちょっといい?」
急に第三者の声がして、ふたりして振り返った。立っていたのは(自分は)見知らぬ女子だった。
「え?」
間抜けな幸村の声が聞こえた。
「今日中に課題提出しないと、先生に殺されるらしいよ。」
表情1つ変えずそう言うと今度はこっちに向き直った。
「・・・理、悪い子じゃないから。よろしくね。」
そう言って踵を返して去って行った。
「・・・理って誰?」
そう幸村に聞くと頭を叩かれた。
「本気で言ってるのか?俺をからかってるのか?」
目がマジである。
「本気。」
そう言うと、呆れられた。表情が物語ってる。
「・・・野々宮。野々宮理。」
その苗字には覚えがある。
「・・・そっか。其の程度の関係か。」
言いたいことが何となく察せたので、仕返しついでに殴ってやった。
「・・・五月蝿い。」
(照れてない。・・・少し、恰好をつけただけ。)


知らないはずがないのだ。何回も見たのだから。
ただ、それをからかわれたくなかっただけ。

○壱○

「理。」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「ごめんなさい、ボーッとしてました。」
そう言うと目の前の人は優しく笑った。
「いいのよ、理。それくらいじゃないと家族なんてやってられないもの。」
綺麗な、人だった。
白い肌も、自分からしたら整った顔立ちも、凛とした声も、華奢な体も、全て憧れていた。
「はい・・・。藍さん。」
すらりと長身で、スーツが良く似合っていて、何か「大人の女性」って雰囲気を醸しだしていて。
「じゃあ、夕飯にしようか。」
苦笑いしながらそう言う彼女は、料理と片付けだけは苦手で。
「今日は暑いから素麺にしてもいいですか?おかずは・・・」
私は立ち上がってキッチンに向かう。家事は大半が自分の仕事だ。
「おかずはお惣菜を買ってきたよ。今日はちょっと呑みたくて。」
悪戯っ子みたいに笑う。
「分かりました。」
部屋を出るとき、鏡にうつる自分を見て、ちょっと惨めになる。
(私って、いいとこないや。)
特別可愛いわけじゃないし、白くも黒くも無い半端な焼け方してるし、細くも太くもない。
あ、でも最近太ってきたかも。
そんな感じで。
前向きでも社交的でもないし、かといって特別優秀とか、運動神経がいい、ってわけでもない。
「理、どうかした?」
藍さんの声でハッと我に返る。今日の私、いつもより嫌な子かも。
「なんでもないです。すぐ支度します。」
トントンと階段を下りて、自分用に、と藍さんが買ってきてくれた空色のエプロンをつける。
「素麺、何処に置いたかな・・・」
探しているとポケットでケータイが震えた。
(・・・私の?)
藍さん以外で連絡が来るのって珍しい。
(・・・速見くん?)
ケータイを開いて、ちょっと驚いた。
「理ー、どしたー?」
私が固まっていたからだろう。
「あれ、ケータイ持ってる。珍しいね。」
そう言って笑うから、藍さんが好きだ。
「藍さん、素麺、何処に置きましたっけ?」
「覚えてないよー。」
ふたりして忘れてるってことは・・・
「もしかして、無かったりしませんか?」
「・・・・・・かも。」
今日の私はちょっとおかしい。
いつもはこんなことないのに。
「・・・あ、じゃあ、冷やし中華作ってよ。その麺なら、冷蔵庫にこの前買って入れといた。」
ね?、とそう言う藍さん。
「じゃあ、そうします。」
金糸卵と、ハムと、きゅうりと、あと・・・何か要るっけ?
あ、タレがないとダメだな。
メニューを組み立てて、早速取り掛かる。
何もせず、ケータイをパタンと閉じて、そのままポケットに入れた。


「野々宮ちゃんって、悠李と仲いいよね。」
今日、話しかけられた、クラスメイトの女の子。
「悠李」が自分の知る「速水くん」と重なって、暫く考えた。
「そんなこと、ないと思う。」
結局そう答えた。
「そう?じゃあさ       」
恐くて、何もいえなかったんだ。



雨が降り出して、世界が暗くなる。
いつもなら見えるものも見えなくなる。
手を伸ばしても届かない。
伸ばした手が濡れるだけ。

立ち止まって、雨宿り、しようか。

●弐●

「そうも目に見えて不機嫌だとな、俺もかなり不快なんだが。」
もう1時間は沈黙を貫いていただろうか。
「・・・悠李、いい加減機嫌を直せ。」
幸村がさっきから五月蝿いくらい「機嫌を直せ」と言ってくる。まぁ、原因は自分にあるわけだけど。
「・・・珍しく休日に連絡とってきて、呼び出されて、不機嫌なツラを眺めろ、と?」
もうずっと幸村が喋り続けている。
「・・・おい、悠李。」
あまりにも無言を貫いたからか、幸村が部屋を出て行った。
(・・・食い散らかしていきやがった。)
別にその所為で不機嫌なわけじゃない。
いくら好きなお菓子が目の前で残らず食べられていたとしても、それはお互い様というものだ。
じゃなくて。
(・・・無視された・・・・・・)
他ならぬ野々宮本人に。
メールが通じないなら、直接言ったらどうかと思って駐輪場で会った時に話しかけたのに。
人違いは無い。・・・・・・多分。
自転車通学人口の少ないあの学校で、それはない。
名札に「野々宮」って書いてあったし。
(2年で野々宮は1人だったはずなんだけどなぁ・・・)
別に、幸村に相談しよう、とかではなかったはずなんだけど。
(・・・じゃあ、何で呼び出したんだろう・・・・・・)
可哀想な幼馴染はきっともう帰っているのだろう。
その時ノック音がして、扉が開いた。
「ちょっと、悠李兄!?」
黒のタンクトップにジャージ姿の乱入者が入ってきた。
「燈茉、五月蝿い。」
今年中3になる妹を睨んだ。そしたら睨み返された。
「光兄に謝れっ!!そして自分らのことを私にまで持ち込むな、この馬鹿兄貴っ!!」
どうやら幼馴染は妹を巻き込んだらしい。
「・・・はいはい。」
頭痛のする頭を抑える。
「兄貴、馬鹿は馬鹿らしく賢い人に頼った方がいいんじゃない?」
そう言い捨てて去っていく妹を見て、もう1度捨て台詞を思い出して、出した結論は1つ。
(・・・はい?)
「誰から聞きやがった、おい!!」
勢いよく立ち上がると立ちくらみで目の前が真っ白になった。
(っ痛・・・)
情けなく壁に凭れかかる。
「兄貴、体弱いよねー。光兄、あとはよろしくね。」
光と軽やかにハイタッチを交わして去っていく妹を恨めしく睨む。
「・・・体調は如何かな、悠李。」
愉しんでいる幼馴染を睨む。
「・・・うっさい。」
溜め息をついて椅子に座る。
「野々宮さんと、だろ、どうせ。」
愉しんでいる色が消えて、真剣さを帯びる。
「・・・だから?」
そう言ってからしまった、と思った。しかし、時既に遅し。
「図星かぁ・・・」
苦笑した幼馴染にふと、話す気になった。
・・・断じて燈茉の影響ではないけど。


雨を晴れにすることなんて出来ないけど。
傘を差すことくらいは出来る。
大きい傘なら誰かくらい、雨から守ってあげられる、きっと。
自然にはそうならないから、動かないと。
君を、見つけに行かないと。

もし、出来ないならてるてる坊主でも作って吊るそうか。
晴れを祈ることくらいなら出来る。
それに、待つのはそれほど苦悩じゃないから、きっと。

○参○

「・・・あ。」
つい、声が零れた。失敗。
「・・・え?」
思わぬ形で対峙してしまった。というか、この場合は遭遇、だろうか。
「・・・ごめんなさい。」
心臓が嫌な音を立てる。いつもよりも鮮明に心臓の音が聞こえる。
私はくるりと彼に背を向けて階段で下の階に向かう。
「・・・あ。」
しまった。
降りるんじゃなくて上るんだっけ。
そんなこと思ったって、戻るわけには行かないし。
でも、授業だし。
暫く考えて私が取った手段は別の階段を使うことだった。
遠回りだけど、仕方ない。

「悠李と仲いいよね、だったらさ、お願い。」
目の前で私なんかに頭を下げるクラスメイトを少し恐く思った。
(そんなに下からじゃないよね、本当は。)
するりと出てきた本音が口から出ないようにするので精一杯だった。
自分の中で押さえ込んでいた黒いものが心を侵食していくような、そんな感覚。
「もう、悠李に迷惑かけないでくれる?」
そんな言葉で言われても、困る。
それが本当だとは思うけど、他人からなんて聞きたくない。
「というかさ、分からないなら言ってあげるけどさ、野々宮さんって        」
顔が、強張った。きっと。
「やっぱりかぁ・・・。それなら、尚更さ、悠李には知られたくないよね?」
恐かった。少しだけ。
「大丈夫、ばらしたりしないよ。そんなに悪趣味じゃないしさ。」
にっこりと綺麗に整った笑みを浮かべられた。
(・・・作り笑い。)
分かる自分が嫌いだ。
「・・・だから?」
つい、声が零れた。
彼女の表情に少し驚きが表れて、少し、不敵に笑われた。
「なんだ。意外と物分かりいい方じゃん。」
綺麗な彼女が、恐かった。

「あ、授業。」
気付けばあっという間に5分前。
つい、謝ってしまったさっきの出来事を思い出す。
「速見くんの自由だよね。」
初めて、他の女子と話してるのを見たからつい、動揺してしまった。
それも、件の彼女と。親しげに。
どっちに動揺したのかは分からないけれど。
でも、一番怖かったのは、違う。
彼女の眼だ。
明らかに、負の感情が込められた、瞳。
記憶に引きずり込まれそうになった。
詳しくは思い出さない方がいい、きっと。
(じゃあ、危険分子は避けようか。)
折角、仲良くなれたし、わりと好きだったけど、ここまでだ。
(距離、とってもいいよね。)
少し震えている手を見る。
(保身に走る惨めなヤツかな、私。)
自嘲する。
本当に、彼とは正反対だ。


強い、強い、雨が降る。
傘を差しても少しずつ濡れてしまうような、雨が。
もういっか、と思ってしまった。
少し濡れるのも、びしゃ濡れも変わらないじゃないか。
もう、雨を気にするのは疲れたんだ。
休もうか。
誰にも咎められないように息を潜めて。
誰かに見つからないように影に隠れて。
雨音をBGMに暗闇に籠もろうか。
いつか、出て行きたくなるまで。
荷物も、傘も何もかもを放り出して。
雨の中に飛び込んだ。

●肆●

「藍さん、来てくれたんですか。」
聴きなれた声がして、振り返った。反対の廊下の端には彼女と背の高い女性が立っていた。
其の声があまりに嬉しそうだったから、驚いたのだ。
自分はおろか、きっとクラス、いや、校内の誰も聞いたことの無いだろう、明らかに心を許している声。
(あんな話し方も出来たのか。)
いつも、自信なさそうに話す様子しか知らないから。
「藍さん、私のクラスは・・・」
そこでこっちを向いた彼女と目があった。
(あ、此処か。)
幸村に用事が有って来てたのだっけ。
「・・・どうかした、理。」
ひどく落ち着いた声。
「なんでもないです。行きましょう。」
今日は参観授業らしく、他にも保護者がちらほら見える。
彼女が気まずそうに近付いてくるので、その場を離れた。
『藍さん』
あぁ、思い出した。あの人が、彼女の保護者か。

「進路希望用紙、後ろから集めてこい。」
担任がそう言ったときに彼女は持っていた紙をクリアファイルに戻した。
そしてそのまま机に仕舞う。
後ろから集める人が通り過ぎたときに話しかけた。
「何で、出さなかったの?」
弾かれたように彼女が顔を上げた。
「・・・見てたの?」
少し、怯えるような声で、彼女はそう言った。
「うん、隣だと見える。」
不可抗力だと言うと彼女は困ったように笑った。
「まぁ、気にするほどのことじゃないんですけど。」
そう前おいて、あっさりと。
「私と保護者、苗字が違うんですよ。」
今日はいい天気ですね、とでも言うように言われて、面食らったのはこっちだった。
「そんなに気にしてるの?」
そんなにあっさり言うのにどうして隠したりするのだろうか。
「藍さんが、虐められるんじゃないか、とか言って真面目に心配するからです。」
そう言ってクリアファイルからプリントを取り出して見せてくれた。
『生徒氏名  野々宮 理
 保護者氏名 雪原 藍  』
確かに違うけど。
「そんなに?」
よく分からなかった。
「まぁ、あの人は心配し過ぎです。」

「理、授業前だし、友達と居てもいいんだよ?」
そう言っている様子を見て、何となく、あのときの彼女の気持ちが分かった気がした。
(心配かけたくない、か。)
きっと、自分の数倍、大人だ。
「おい、悠李。早く戻らないと授業始まるぞ。」
幸村の忠告で、我に返って焦った。
(間に合う・・・かな。)
階段を移動しながら考えたのは、この前のこと。
(何で無視、だったんだろう)
もっと器用にできただろうに。


さて、晴れ間を探そうか。

*参番*

Then the traveler in the dark,

Thanks you for your tiny spark,

He could not see which way to go,

If you did not twinkle so.

Twinkle, twinkle, little star,

How I wonder what you are!



闇夜の中の旅人は

あなたの小さなきらめきに感謝します

あなたの光がなかったら

行くべき道が分からない

きらきらひかる 小さなお星様

あなたはいったい何者なのかしら

○始○

「・・・お久しぶりです。」
クラスで日直の仕事をしていたら誰も居なくなっていて。
荷物をまとめて戸締りに精を出していたところだった。
微妙に届かない高さの窓が恨めしい。
なんて、超日常真っ盛りだったところに非日常が降って来た。
「・・・えっと・・・・・・」
確か、一緒の中学校の。
誰だったかな。クラス違ったから覚えてないや。
「春野。」
困ってたら名乗られた。
「どうもです。」
そう言って窓を閉めようと躍起になっていた腕を下ろした。
「閉めましょうか?」
自分よりも背の高い春野なら可能だろう。
「お願いします。」
ペコリと頭を下げる。
「ん、了解。」
ひょいっと手を伸ばしてあっという間に施錠してしまった。
流石に施錠するときは背伸びしていたけれど。
(速見くんもそうだけど・・・男子って背、高いよね。)
私もあと5センチくらいほしいなー、なんて考えていた。
「野々宮理さん。」
フルネームで呼ばれてちょっとドキッとした。正直、かなり。
「・・・はいっ?」
ちょっと声が裏返った。恥ずかしい。
「・・・あの、大丈夫?」
心配されてしまった。
「だ、大丈夫です!!」
ダメです、動揺してます、なんて。
(・・・言われても困るよね。)
とりあえず、自分の記憶の限りではコレが初めてだ。
所謂、初対面。
「・・・具合悪いならまた後日でも・・・・・・」
それはある意味まな板の上の鯉状態で何日が過ごせ、ということじゃなかろうか。
「本当に大丈夫ですから。」
息を大きく吸って、吐いた。もう、うろたえたりしないはず。
「それと、覚えて・・・無いんだよね?」
何のことだろうか。
「えっと・・・」
一生懸命中学時代の記憶を引っ張り出すも何も出てこない。
「まぁ、いいけど。」
ふっと微笑む彼の顔を見たことあると思った。
でも、顔が思い出せない。
「・・・?」
何の用事だったのだろうか。急にこんな放課後に。
(・・・放課後?)
「あの、部活動は?」
思い出した、放課後は部活がどうこう言って一緒に日直だった相手も何処かへ(部活)に行ってしまった。
なのに、どうして此処に。
いや、帰宅部かな。それなら、もう下校になってから1時間近い時間が経ってるんだけどな。
あ、休憩かな。
・・・・・・・・・じゃなくて。
目的が分からない。
「・・・野々宮さん、目の前で百面相しないでください・・・・・・」
そう言われて、ハッとなる。
「・・・すみません。」
沈黙が落ちる。
「野々宮さん。思い出せなくていいですから。」
そう前置いて彼は口元に笑みを浮かべた。
「今の僕と“お友達”から始めてください。」
・・・?
「・・・?」
理解できなかった。
「あー・・・。えっと・・・。つまり、」
彼は俯いた。
「仲良くしてください、とりあえず、友人として。」
それがあまりに一途に見えて。
それがあまりに美しく映って。
好意だと、わかって。

「はい。」

そう、返事をしたのだった。
いつも間にか、気付いたら。
私は頷いていて、彼と目が合って。
気恥ずかしくて目を伏せた。




さぁ、どうしようか、なんて。
迷ってる暇すら神様は与えてくれないらしかった。

●壱●


「お前は仕事をしろよ。」
今年も去年と同じ委員会にそれも幸村と一緒にしまったわけで。今日はその当番日というやつだ。
「俺帰ってパソコンしたい。」
「死にたいか、お前。」
このまま話し続けると本気で殺されそうなので大人しく作業に戻った。
「やりたくねー・・・」
「それは皆同じだ。諦めろ。」
幸村は横で淡々と作業をしている。
「お前さ、野々宮に会いに来るなら話しかけてやれよ。あの子の親友とやらに俺は怒られるんだが。」
その単語に驚いた。
「あいつ友達居るんだ・・・」
「お前も大概失礼なヤツだな。・・・確か来栖夏輝とかいう気の強い女子。」
幸村の顔に嫌だとはっきり書いてある。余程きついことを言われたらしい。しかしその名前に何かが引っ掛かった。
「最近綾美が野々宮さんと友達になったんだー、とか騒いでたからそっちかと思ってた。」
綾美。それは俺と幸村の幼馴染というか腐れ縁というか・・・そんなやつである。
「あぁ、野々宮さん逃げ回ってるけどな。」
「・・・あいつらしい強烈なアタックでもしてるんだろ。」
ちっとも深刻な事態だとは思いもしなかった。
「すみません、本の貸し出し作業してくれる?」
女子の声がして顔を上げると見知らぬ子が立っていた。
「ねぇ、幸村。」
その名札には来栖と書いてあって、先程の話を思い出す。
「はいはい。」
幸村が諦めた顔つきでカウンターに行こうとするのを制して自分がカウンターに向かう。
「名前は。」
「来栖夏輝だけど?」
彼女は気の強そうな目で睨んだ。
「野々宮の、親友?」
尋ねると頷く。
「そして、俺らと同じ小学校だった?」
彼女は目を見開いた。
「よく覚えてるね、速見。」
彼女は感心したようにそう言った。
「野々宮がどうして俺避けてるのか分かる?」
彼女はニヤリと笑った。
「何、速見。理のこと好きなの?」
人の悪い笑みだ。
「・・・質問してるのこっちだ。」
「情報には対価が要るのよ。」
彼女はニヤニヤ笑う。
「・・・じゃあいい。」
大人しく引くと彼女は溜め息を吐いた。
「理はもう速見くんと関わらないって言っていた。それしか私も知らない。」
彼女はそう言って本を受け取ると去って行った。
「理解不能・・・」
そう呟いた俺に幸村も笑った。
「あ、悠李と光。」
そう言ってぱたぱた駆け寄ってくるのは綾美だ。
「図書館ではお静かに。」
そう言った俺に彼女は笑う。
「一緒に帰ろう。」
「やだ。俺帰りに寄る所あるし。」
幸村がそう断った。
「俺も幸村に付き合う。」
綾美と二人はちょっと遠慮したい。変に噂が立つのも嫌だし。
「えー。折角理ちゃんに二人誘ってくるって言ったのにー。」
その名前に二人して固まった。
「何、その顔。友達なんだからいいじゃん?」
彼女はそう言ってカラカラ笑う。
「幸村・・・」
「分かったよ。今日は帰る。」
物分かりのいい幼馴染は溜め息を吐いた。



知ってる?
蜘蛛の糸に絡め取られた蝶は自力で脱出なんて出来ないんだよ。
小学生でも知っているようなことをまだ気付けなかった。

○弐○

「聞いてる、悠李聞いてる?」
「はいはい。」
「ちょっと流さないでよ。」
自転車で並走は禁止なんだよ、とか、どうして私がこんな人たちと一緒に下校してるの、とか。そんな疑問がいくつも湧いては消えた。
「ねぇ、理ちゃん静かだねー。」
彼女が振り返る。
「そうかな?」
嘘の笑いを浮かべる。
「光、ちゃんと話題提供しないと理ちゃんは喋らないよー。私も苦労してるんだから。」
彼女が笑う。隣で幸村くんは笑った。
「野々宮さんと俺に共通の話題なんてないよ。悠李ならともかくさ。」
そう言う彼はきっと私に気を使っている。
「えー。これを機会に仲良くなろうとかそういう意識が無いから光は友達が少ないんだよ。」
彼女はそれを一蹴した。
(あと1キロ耐えたらそれで終わる。)
彼女に一緒に帰ろうと言われた時点で嫌な予感はしていたんだ。友達と帰るから、と断ってもどうしてもと言い続けるし周囲の女子に押されたから仕方なく。
(もうそんなにしてまで隠すことでもないかな)
藍さんが悲しむ姿を見たくないだけなのに。どうしてこんなに振り回されなく手はいけないのか。
「大きなお世話だって。野々宮さんだって俺と話すより去年から交流がある悠李の方が話しやすいだろ。」
彼はきっと凄く優しいのだろう。
「いいから。」
私は気付けばそう口を開いていた。
「話盛り上がってるんでしょ。私のことは気にしなくていいから。」
口が勝手に動いて笑みを作る。
「ありがとう、理ちゃん。私のこと分かってくれてるじゃん。」
嬉しそうな彼女の背中を眺める。
「もう好きにしていいから。私、貴女と友達で居れる自信ないし、そんなに大切な秘密じゃないから。・・・だからもう私に必要以上に関わらないでほしいの。」
彼女の笑顔が凍りついた。
「ごめんね。じゃあ、私ここで曲がるから。」
ちょっとした意趣返しだ。彼女が速見くんを好きだと分かっていての攻撃だった。
「何の話?」
彼女の声が震える。
「なんでもないよ。じゃあ。」
逃げた。久しぶりに本気で自転車を漕いで逃げ出した。
「ばいばい、本当に。」
悲しくなんてなかった。これで本当に全ておしまいだと分かっていたから。
あの子に声を掛けられたときからずっと思っていた。
(速見くんと離れれば元の平穏が手に入る)
藍さんが心配しないように黙っておこう。もう二度と連絡が取れないようにアドレスも変えよう。幸い電話番号は誰も知らないし問題ない。
もう終わりだ。全て終わらせる。

「友達、かぁ。」
そう呟いた私に彼は笑った。
「もし、友達以上にはなれなくても友達になりたいんですか?」
私はそう尋ねた。
「随分否定的ですね。」
彼は笑った。
「だって、私が誰かを好きになるなんて想像できないから。」
彼は苦笑した。
「それでいいんですよ。俺がそうしたいだけだから。」
彼の言葉を聞いて首を傾げて。
「後悔しますよ。」
私はそう忠告した。
「それは俺のきめることですから。」
彼の顔は妙に晴れ晴れとしていた。
「よろしくね、野々宮さん。」
「よろしくお願いします。」


嘘つきは嘘を吐きたいとは限らない。
同じく本音が優しいとは限らない。
言葉なんてどうとでも繕える。
一人で籠もろう。
たった一人ぼっちの世界に。
それが今の私の願う幸せなのだから。

●参●

「綾美ぃ。」
名前を呼ぶと彼女は肩を跳ねさせた。
「悠李・・・」
彼女の瞳には恐怖に似た感情が浮かんでいる。
「野々宮に何かした?」
きわめて友好的に尋ねたつもりなのだが彼女は唇を噛んだ。
「悠李、落ち着いて・・・るな。」
幸村も困ったようで顔に困惑の色が出ている。
「私・・・野々宮さんと友達だと思ってた。」
綾美の搾り出したような声に眉をひそめる。
「野々宮嫌がってなかったか?」
「そういうタイプかと思ってて。」
彼女は今にも泣きそうだ。
「・・・そういうタイプ?」
「ツンデレ、的な?」
そう言うと綾美は泣き出した。
「悠李恐い。」
そんなことを言われたのは初めてで思わず乗り出しかけていた身を引いた。
「悠李、綾美、とりあえず今日は帰るぞ。」
幸村が静かにそう言った。どうしていいか分からずとりあえず頷く。
「・・・悠李、落ち着け。」
幸村は先を行く綾美に聞こえないようにそう言った。
「落ち着いてる。」
「どこがだよ。お前野々宮さん関係に対して感情的過ぎ。無視されて面白くないのは分かるがな?」
「違うし。」
「・・・は?」
幸村の顔が間抜けだ。
「面白くないとかじゃない。心配なだけ。」
そう言うと彼は溜め息を吐いた。盛大に。
「・・・お前、野々宮さんが好きなの?」
「・・・今更聞くなよ。面倒なヤツ。」
幸村の顔がむかついたのでとりあえず一発殴った。
「痛・・・。どうしてすぐ手が出てくるわけ?お前何歳だよ。」
「1・・・7?」
「疑問系かよ。・・・ってそうじゃないだろ!」
幸村が珍しく動揺している。見ていて面白いものだ。
「うん?」
「・・・お前、本当にめんどくさいヤツが好きだな。」
そうしみじみ言われてしまった。
「野々宮、面倒?」
「いや、本人じゃなくて。・・・まぁいいし。俺関係ない。」
幸村が凄い適当にさじを投げた気がする。
「ゆーきーむーらー?」
「鬱陶しい。」
「えー?」
くすくす笑うと彼は漸く笑った。
「元に戻ったな。お前無自覚的に荒れるからタチ悪い。」
「そう?」
そう言いつつちゃんと分かってはいる。
(そろそろちゃんと向き合わないと逃げられるかな・・・)
このままではきっと居られない。
(・・・野々宮、どう思ってんだろ。)
彼女は淡白すぎて分からない。

北風と太陽ならば。
俺は太陽でありたいのだ。
・・・恐らく。


昔、旅人は星を目印に進んだという。
ならば派手に輝くものでなくてもいい。
ただ、君の道しるべになりたいと願って。
自分の足元が見えてなかった。
それは若さゆえの過ち、なのだろうか。

*肆番*

In the dark blue sky you keep,

And often through my curtains peep,

For you never shut your eye,

Till the sun is in the sky.

Twinkle, twinkle, little star,

How I wonder what you are!



あおい夜空に留まって

たびたびカーテンごしにのぞいてる

あなたは決して眠らない

太陽がお空に昇るまで

きらきらひかる 小さなお星様

あなたはいったい何者なのかしら

○始○

「ねぇ理、何か最近悩んでない?」
「・・・なんでそう思うんですか?」
家に帰ると珍しく私より早く帰宅していた藍さんがそんな風に声を掛けてきた。
「何でって。何となく。一応私、理のお母さんだよ。」
そう言ってよしよしと頭を撫でられた。
「藍さん、あの・・・大丈夫ですから。」
「大丈夫じゃない顔してる。そろそろ教えてくれない?待ってたんだけど理から言ってくれそうにないからさ。」
リビングに入ると既に夕食は並べられていた。
「・・・え、何で?」
いつもは藍さんは何か作ったりしない。夕食当番は私なのに。
「ほら、それが悩んでる証拠だよ。自分の誕生日くらい、覚えてないと。」
そういえば今日は自分の誕生日だった。とんでもない厄日だったけれど。
「藍さん、ありがとうございます。」
「当然のことでしょう。ほら、着替えておいで。食事にしよう。理の好きなもの沢山あるよ。」
優しく笑う藍さんはやはり綺麗で眩しかった。自分の部屋に戻り適当に着替えてリビングに戻る。
「お待たせしました。」
「じゃあ、食べようか。このお皿運んでよ。」
二人で並べて席につく。藍さんが居ればそれだけで嬉しかった。
「いただきます。」
「いただきます。」
好きなものばかりが並んでいて泣きそうになった。嬉しかった。最近滅入っていたから尚更に。
「有難うございます、藍さん。」
「うん。」
「嬉しいです。」
「うん。」
突然泣き出した私の頭を撫でる。まるで小さい子供をあやすようなそんな優しい手だった。
「頑張ってるご褒美だよ。理は一人で頑張りすぎるから。」
「藍さん。」
「なぁに?」
「藍さん、あの・・・」
続きを言っていいのか躊躇っていると彼女は苦笑した。
「話してごらん。何でもいいよ。」
そう言って視線を合わせる。
「私・・・もう学校に行きたくないかもしれません。」
言葉にすると重く圧し掛かってきた。どうして私は速見くんと関わってしまったのだろうか。こんなに苦しむと分かっていたら仲良くなんてしなかった。
あの綾美という女の子に・・・ばれなければこんなに考えなくて済んだのに。
「藍さん・・・学校で脅されました。」
穏やかでない響きに彼女は顔をしかめた。
「・・・私が、藍さんと一滴の血も繋がっていない赤の他人で、本当の両親のことも、今どうしているかも、知っている子が居て・・・」
そこまで吐き出すと藍さんは心配そうに此方を見ていた。
そんな表情は見たくなかったと思ってしまう。
「仲良く、してました。でもしんどくて・・・。ばらしてもいいから、離れたくて。・・・離れました。」
「理、どうなったの?」
「明日になれば、分かります。」
「そっか。」
それからは無言で食事を再開した。何かを口に運ぶたびに涙が零れた。
「理、私は理を自分の子だと思ってる。本当だよ。」
それは知っていた。授業参観等はほぼ毎回来てくれて、来れなかった日は毎回謝ってくれた。
いつも優しくて、こんな自分とちゃんと向き合ってくれた。
「はい・・・知ってます。」
藍さんはお姉さんみたいな人だ。私のお母さんというには若くて、お姉さんといった方がしっくりくる。
「理、今度の週末買い物に行こうね。」
「・・・何でですか?」
「理の誕生日プレゼント、選びに行こう。何処がいい?」
優しい彼女と居られるならば、他には誰も要らなかった。
「何処でもいいです。何でもいいです。」
「・・・理はわがまま言わないね。じゃあ、私がよく行くお店に行ってみようか。」
それだけで満足していた。携帯電話が震えてメールの受信を告げる。
『飯野綾美』
その名前を見ていやな予感がした。
開くと女子に一斉送信されたようで、中身は言わずとも知れていた。
『野々宮理の――』
固まった私を見て藍さんが手を伸ばしてきた。
「見ても、いい?」
そう言って。
「どうぞ。」
隠すものでもないので大人しく手渡す。そしてそれに目を通した藍さんの顔が険しくなった。
「学校に一報入れよう。」
そう言ってあわただしく連絡を取り始めた。
「まだ何かされたわけでは・・・」
「されてる。これは特定の個人を攻撃してるじゃない。」
藍さんはそう言って何箇所かに連絡を取っていた。
「理。」
「何ですか?」
「私、絶対に理を守るから。」
そう言ってぎゅっと抱きしめられた。そろりと背中に手を回す。
「大丈夫です、藍さん。私も、もう十七ですから。」
彼女の方が心配で私はそう言った。


どんな闇空の中でも、星は煌く。
太陽のない夜の間、希望の光を照らし続ける。
私は沢山の光がほしいとは思わない。
ただ、この光がいつまでも消えてほしくないと願っているだけ。
こんな小さな願いすら、祈る資格はないのですか。

●壱●

「おはよう、悠李。」
学校に着いて駐輪場に自転車を停めに向かうと綾美が立っていた。
「はよ。」
その隣を通り抜けて自転車を停める。鍵を抜いて荷物を抱えると隣に綾美が並んだ。
「何か用事?」
そう尋ねれば彼女は苦笑した。
「用事がないと居ちゃ駄目なわけ?」
「・・・いや、珍しいじゃん。普段バラバラだろ。」
そう言って溜め息を吐いた。彼女の様子からして何かあったということくらい容易く予想がつく。
「・・・悠李は私と理ちゃんだったらどっち選ぶ?」
話が飛躍しすぎて分からない。
「何の話だよ。」
眉をひそめた。
「答えてよ!」
綾美が声を荒げる。
「・・・時と場合によると思うけど?」
「・・・悠李っていっつもずるいよね。何ではっきり言わないの?」
綾美の機嫌は悪くなる一方だ。
「・・・何がだよ。朝いきなり野々宮の名前出してきて自分とどっちを選ぶか?話が読めなさすぎ。正直に答えただけ良かっただろ。」
「何よ、それ。私には冷たいね。悠李はいつも他の子ばっかり見てる。」
「・・・はい?」
このままじゃ喧嘩になると思われたそのとき、呆れたような声が聞こえてきた。
「・・・お前等、懲りないのかよ。」
幸村である。
「幸村、何がどうなってんの?」
そう尋ねれば彼は無視して綾美の前に立った。
「ねぇ、綾美。俺、此処で悠李に話しても構わないかな?」
珍しく冷ややかな声だった。
「光も、あの子の味方するんだ?」
綾美の声は低くどこか恨めしそうだった。
「・・・そういうわけではないことくらい、綾美も分かってるよな?」
幸村が引く気配も無い。
「・・・私は、悪くない。何も直接的にしてない。寧ろ親切にしてあげてるのに。」
綾美がそう言いきったとき、第三者の声がした。
「大した見解だね。流石、頭の中常春だとそんな考えが出来るんだ?凄いね。」
幸村を凌ぐその冷ややかな、寧ろもう氷柱のような声の持ち主は穏やかに静かに微笑さえ浮かべていた。
「・・・野々宮、理。」
綾美の声が弱弱しかった。
「私、速水君に選ばれる必要なんてないし、貴女に“親切”にしてもらう義理もない。幸村君は私を庇ったんじゃなくて貴女と速水君に溝が出来るのを阻止してくれたのにね。・・・私、大人しく泣くような子に見えた?そう思ってるなら勘違いも甚だしいよね。」
見たことも無いような綺麗な笑みを浮かべて、冷ややかな声が突き刺さる。
「もう、話しかけないでください。私も速水君や貴女に話しかけませんから。」
そう言ってすたすたと階段を上っていく。
「・・・なんなの、あの女。」
綾美は隣でそう文句を言ったが、抱く感情に差はあれどそれは此方も同じだった。
「・・・初めて見た。あんなに怒ってる野々宮。」
そう呟くと幸村が隣で「は?」と声を上げた。
「一年の頃にもあっただろ?」
そう言われても記憶にない。
「・・・お前、つくづく残念なやつだよな。」
幸村が笑った。
「・・・ねぇ、もしかして俺、野々宮に絶交宣言された?」
「・・・絶交って小学生の餓鬼かよ。まあ、大して変わりないか。・・・綾美、これで十分だろ。もう余計なことするなよ?」
「・・・いやよ。」
綾美の声が震える。
「私を馬鹿にした。このまま終わらせるはず、ないじゃない。」
そう言って彼女も階段駆け上がる。
「・・・幸村、何があったんだ?」
そう尋ねたが彼は首を横に振った。
「すぐに答えを求めるな。自分で考えろ。・・・そうじゃないとまた拒絶されて終わるぞ?」
幸村も階段を上がっていく。残されたのは自分ひとり。
(どうしてこうも面倒なんだろう。)
そう、ぼやいた。


時は満ちた。
さあもう時間はそんなに残ってないぞ、なんて誰かが嘲笑う声が聞こえた気がした。
・・・まだ、何もつかめないというのに。

○弐○

「無理に、行かなくていいんだよ。」
毎朝心配そうに藍さんはそう言う。
「大丈夫ですから。」
笑うと藍さんは頭を撫でてくれた。
「何も、気にしなくていいからね。ごめんね、理。」
「謝らないでください。・・・もう済んだ話でしょう。」
藍さんはきつく私を抱きしめる。こうするときの彼女はいつもひどく儚くて壊れてしまいそうに見える。
(藍さんまで苦しめるなら、許さないから。)
彼女に対抗するべく、布石は打ってくれてある。
「・・・私、もう小さな子供じゃないんですから大丈夫ですよ。」
何度もそう言って、自分に言い聞かせる。
(私一人でどうにかしないと。)
この優しく綺麗な義母を守るために。

「・・・野々宮さん。」
クラスメイトの戸惑った顔を無視して席に着いた。荷物を手早く片付けると何もかもを無視して読書の姿勢に入る。
「野々宮理、どういうつもり?」
追いかけてきたのか彼女が目の前に仁王立ちしている。
(邪魔だな。)
相手をするのも面倒なので聞こえなかったことにした。
「ちょっと、調子にのってんなよ。」
地の底を這うような声がして顔を上げた。
「・・・邪魔。そろそろ先生来るし座った方がいいと思うけど?」
負けじと冷ややかな視線を返す。彼女が怯んだ。
「綾美ぃ。」
彼女の友達が彼女を呼ぶ声がした。
「ほら、お友達が呼んでるよ。」
「・・・あんた嫌い。」
そう言い捨てて去っていく彼女の背中にほくそ笑んだ。
(万年いじめられっ子舐めてかかったそっちが悪い。)
自分が開き直っていくのを感じていた。
(最初からこうしていればよかった。)
速水くんとなんて関わらなかったら良かったのだ。不分相応な望みなんてしなければ、良かったのだ。
「・・・そうだよね。」
嬉しかったなんて。
本当は何度も縋りたくなったなんて。
メールをくれたことが、笑いかけてくれたことが嬉しかった、なんて。
私を見つけられる人なんて、そんなに居ないのに。
あんなに華やかで明るい幼馴染がいるのに私なんかに目を向けてくれたこと、本当に嬉しかったなんて。
私のアドレス帳に載っている男子は彼一人なんて。
いつも眠そうな、だるそうにしている猫毛を見ているのが好きだったなんて。
(何も、言えなかったな。)
できれば手放したくなんてなかった、なんて。
言う資格も無いことばかり取りとめも無く考えて。
(藍さん、大丈夫かな。)
私の一番はあの不器用で優しい女性でしかなくて、彼女を傷付けるなんて許せなくて。
(何も、知らないくせに。)

“特別”だった。
本当だよ。
もう、全部終わりにしよう。
名前を付け忘れた感情はもう封印するから。


雨が止んで、虹がかかって。
そんな未来じゃなくてもいい。
何処か小さな屋根で雨宿りできるだけでいい。
そんな未来があったら。
きっと私は笑っていられる。

●参●

綾美の暴挙から数日経ったある日の昼休みのこと。
「・・・悠李!」
顔色を変えた幸村が教室の入り口に立っていた。普段はない暴挙に注目が集まる。
「なにー?」
へらりと笑うとやつは近寄ってきてただ一言。
「行くぞ。」
何処に、と聞く間もなく強制的に連れ出される。
「何だよ。放課後でいいじゃん。」
「良くないからきたんだろ。」
幸村の機嫌は悪い。
「・・・それで?」
早く話を終えて教室に戻りたい、くらしか考えていなかった。
「お前、折角後押ししてやろうと思ったのに。」
「・・・待て。なんのこと?」
幸村の言葉を聞いて世界が白くなったかと思った。
「・・・本当、なんだな?」
「本人が教室で言ったんだ。」
幸村は冷静だった。
「・・・分かった。」
とりあえず落ち着かないと、と頭がパンク寸前だ。
「どっちでもいい。後悔するなよ、悠李。」
そう言って去っていこうとする背中に初めてこう言ったのだ。
「ありがとう、光。」
するとありえないものをみたかのように彼は振り返って、すぐにまた駆けて行った。
「・・・どうしよう、俺。」
情けない声を出して、俺は蹲るより他なかったのだ。

「野々宮、そういやどこの中学なの?」
「県外だよ。どうかしたの?」
隣の席の彼女が不思議そうな顔をしていた。
「そう、なんだ?」
「うん。保護者の転勤でこっちに来たんだ。」
件の苗字が違う保護者の話をするときの彼女はとても嬉しそうだ。
「仲いいの?」
そう尋ねると彼女は首をかしげた。
「分からない。でも、私は藍さんを尊敬してる。」
楽しそうに見えた。羨ましいくらい円満な家庭に見えた。
「いいなぁ。俺なんかいつも妹に突っかかられてばっかり。」
そう言うと彼女は少し寂しそうに笑った。
「いいな。兄妹いるんだ。・・・私、一人っ子だからさ。」
「居ない方がいいよ。」
そう言って笑った。
そう、あれはまだ何もかもが始まる前の、なんてことない日の話だ。
「野々宮はさ、何でも願いが叶うなら、何がしたい?」
何かの授業でそんな話になったとき、彼女は初めて怖い顔をしてこう言ったのだ。
「私・・・昔に戻ってやり直したいことがあるかも。」
「そうなんだ。」
それ以上踏み込める雰囲気ではなかった。

「・・・もう、どうしろって言うんだよ。」
頭が悲鳴をあげている。
「速見?」
顔を上げると来栖夏輝が立っていた。
「なぁ、手伝ってよ。」
そう言うと彼女は不審物を見るような目を向けてきた。
「野々宮のこと、なんだけど。」
そう言うと彼女はニヤリと笑った。
「話次第では、協力してあげる。」


何もかも、思い通りになんて、してやるものか。
そんな子供っぽい理由で立ち上がった。

*伍番*

As your bright and tiny spark,

Lights the traveller in the dark,

Though I know not what you are,

Twinkle, twinkle, little star.

Twinkle, twinkle, little star,

How I wonder what you are!


あなたの明るさと小さなきらめきが

闇夜の旅人を導きます

あなたが何者か わからないけど

きらきらひかる 小さなお星様

きらきらひかる 小さなお星様

あなたはいったい何者なのかしら

○始○

「理、相談があるんだ。」
夕食の最中に藍さんがそう言いだした。
「なんですか?」
「・・・私、少し前から転勤の話があって、いい条件なんだけど・・・理も高校生だし断ってたんだ。もし、今、学校変えたいとかいう話なら、その話を受けようと思うんだけど。」
彼女はきっとどちらを選んでも頷いてくれる。
「藍さんが、選んでください。」
私は逃げた。
「私は、何処でもいいんです。藍さんと居られるなら。」
そう言うと彼女は苦笑した。
「受けるよ、理。いいの?」
確認するようにもう一度問われる。
「・・・はい。」
思っても居ない、逃げ道に私は飛びついた。


「凄い図太い神経なんだね。毎日みんなに無視されても平気なんて。」
相変わらず突っかかってくる彼女を見て、思わず笑ってしまった。
「何が可笑しいのよ。」
「・・・平気も何も学校は勉強する為に来る場所で、お友達ごっこする場所じゃないでしょ。」
カッと彼女の顔が赤く染まる。怒りからだろう。
「まぁ、貴女は私と違って沢山お友達が居て毎日楽しいならそれも一つの楽しみ方よね?」
クラスが騒然とする。こんなに話したのも初めてだから。
「・・・理ー?」
最近教室に夏輝が毎日迎えに来る。お弁当は外で一緒に食べるようにしたからだ。
「来栖も貴女からしたらお友達ごっこの相手なのかしら。」
夏輝に聞こえるように言った彼女を見て、夏輝が顔をしかめた。
「理、馬鹿を相手にしないのよ。」
辛らつな言葉に彼女が固まる。
「幾ら言っても無駄よ。右から左に流れるように出来てるから。」
綺麗に笑って私の手を引いて外に連れ出す。
「・・・性格悪。」
彼女の声に気付いたのか夏樹は教室に顔を出してこう言った。
「陰険で嫉妬深いだけよりマシよ。」
言い終えると扉をピシャンと閉じて足早にその場を去る。
「あの、陰険女。」
「・・・気にしなくていいから。」
放っておくとまだ何かしそうな親友を引き止めた。
「・・・理、藍さんは知ってるの?」
首を横に振る。
「私から言おうか?」
「大丈夫だから。」
来栖夏輝。彼女は単に友人である以前に藍さんのお姉さんの娘で、義理の従姉のようなものである。
「・・・そう?」
彼女はイマイチ腑に落ちない様子だったが押し切った。
「私、引っ越すから。」
そう言うと彼女は頷いた。
「聞いた。・・・藍さんも野々宮姓に戻せばいいのにね。」
「・・・藍さんが、雪原名乗る必要ないのにね。」
そう呟けば夏輝が苦笑した。
「気にしなくていいんだよ、理は。」


遠い昔に想いを馳せた。
続くはずだった、未来に。


「此方が野々宮藍さん。・・・ほら、理、真紀、挨拶しなさい。」
「・・・雪原理です。」
「雪原真紀です。」
実母と直に会った記憶はない。育児ノイローゼだとか虐待だとか面倒な問題になって離婚の際に父親側に引き取られたらしく、物心ついたときから家族は兄と父だけだった。
そして私が六つのとき、藍さんを紹介され再婚した。
藍さんは私にも優しかったし、若いのでお姉さんのようなお母さんのような良く分からない、でも一番近い女性だった。楽しい日々がいつまでも続くと思っていた。
「理、おいで。」
ある寒い冬の朝目が覚めると藍さんに手を引かれ、伯母さんの車に乗せられた。
「・・・理、迎えに行くからいい子にしててね。」
「分かった。」
だから、何も知らなかった。
「夏輝も居るから大丈夫よ。」
そう笑う伯母さんの車に揺られているだけで。
兄が、父と揉めて、父が緊急搬送されて亡くなったことも。兄が警察に連れて行かれたことも。
死に際まで父は「ごめんな、理を頼むな。」と藍さんに頼み続けたことも。
その所為で藍さんは残された血も繋がらない私の世話をしなくてはならなくなったことも。漸く落ち着いてから暫くは野々宮の実家に住むことになったけれど、幼い私には何が何だかよく分からなかった。
「理、今日から野々宮理って名乗りなさい。」
義理の祖母にそう言われ、もっと大きくなってから養子縁組をしたことを知った。
「・・・今日から、貴女の母親は私、父親はおじいちゃんです。・・・藍は貴女のお姉さんになるのよ。」
「・・・藍さんが、お姉さん?」
「そうよ。」
そうして今に至る。兄のことは知らない。
二人で穏やかに暮らして、いつか恩返しできたら。


(どうやって知ったんだろう。)
『野々宮理の兄が人殺しだ。』
・・・そんなこと、知っている人は夏輝以外に居ないはずなのに。
(逃げ切れないって本当だったんだ。)
やりきれない思いを抱えたまま、私はこの街を去ろうとしていた。

●壱●

「悠李ー。」
「うるさい、幸村。」
朝は容赦なく毎日やってくる。
「ほらー。辛気臭いんだよ、お前。今日も晴天。空は青いぞー。」
どこかの熱血教師かよ、と突っ込みたくなって思い出した。
「空は青い、かな。」
彼女がそう呟いて。
「色は、無いんだって。無色、なんだって。あんなに鮮やかな色なのに。」
珍しくぽつぽつと、でも絶やすことなく話をしていたときのことを。
(もうなんだかなぁ。)
あれは・・・駐輪場だったか。教室ではあまり笑いもしないのに駐輪場で話したあの時はとても楽しそうで・・・
(それはいいかも。)
時間はもうない。やれることくらい、やってみる気概はまだありそうだ。
ふと思いついたその日の放課後、駐輪場に向かうと佇んでいたのは目的の少女だった。
「居た。」
小さく呟いて駆け寄って、思わず足を止めた。彼女が泣きそうな顔をして思い詰めた双眸をうっすらと涙ぐませていたからだ。それでも人の存在に気付くとまるで息の仕方を忘れたのかようにぎこちなく息を吐き出して、強張った口角を無理に上げて笑んだ。
「ふと感傷に浸りたくなっただけ。驚いた?」
なんて、嘘だとすぐに分かるような言葉を吐いて彼女はマフラーに顔を埋めた。少し、目を伏せてその様子はまるで自分から逃げているようで。
「・・・野々宮。」
声が掠れた。それでも彼女には届く音量だった筈なのに彼女は返事をしなかった。
「・・・速見くん、聡いですね。」
褒め言葉の筈なのに非難されている気がした。
「野々宮。」
もう一度名前を呼ぶと動揺したように顔をふいっと横に向けた。
「何で、返事、してくれないのか理由が知りたい。」
声が震えて不恰好。寒さの所為で心身ともに余力なし。今までの自分で一番情けなかった。
「・・・言えないからです。」
寂しそうな声で彼女はそう答えた。顔は逸らされたままで表情は伺えなかったけれど。
「・・・泣いてんの?」
何拍か空いて首を左右に振る彼女は明らかにいつもと様子が違った。
「・・・違いますよ、失礼な。」
ゆっくりとした癒される声がしてやっと少し安堵した。
「野々宮、何か変だったから。」
覗き込むと彼女は眉間に皺を寄せて、黙り込んだ。
「ねぇ、野々宮。」
自分より明らかに華奢な体躯。女の子らしさが散りばめられたような何もかも。ふわふわほわほわしているけれどもその実しっかりしていてやることには危なさがない。
「何でしょうか。」
苦労しているのが分かる寒そうな手もいつも緩く癖の出ている髪の毛も何もかもが、彼女で。背中を見たらピンとくるくらい識別出来るようになっていて、それが嬉しくて。
「・・・話がある。」
彼女は眉間の皺を除けて、弾かれたようにこっちを見た。その瞳が憂いを増した。
「・・・今日でなくちゃ、駄目ですか。」
彼女の声がまた震えていた。
「・・・個人的には。」
彼女は困ったような顔をして、こう言った。
「今日は藍さんの旦那さんが帰ってきてるんです。皆で外食しようか、って。」
その言葉の真意を知ることもなく額面通りに言葉を受け取って、頷いてしまった。
「じゃあ、明日でもいい。会ってほしい。」
誰がどう聞いても内容は分かるはずだった。事実、彼女は分かっていたのだろう。
「分かりました。」
即答だった。まるで躊躇いは今日という時間に在ったかのように。
「明日、2時に市立図書館に。それでいい?」
彼女は大きく頷いた。そして距離をとって、ふっと笑った。
「じゃあ、また明日。」
ちまちまと防寒具をつけて様子を見ていると付け終わった彼女が顔を上げて微笑した。
「ばいばい、速水くん。」
そう言って自転車で軽やかに去っていく彼女を見て、浮かれていた。満足さえしていた。


さぁ、はじめよう、なんて。
子供のように無邪気に明日を信じていた。

○弐○

「藍さんの旦那さん、だって。」
どの口がそんな嘘を。
「まぁ、丁度十二年目、か。」
父の命日に引越しとは。藍さんも気を紛らわせたいのだろう。
(早く自立しないと。)
藍さんの重荷をやめないと。彼女の人生を奪ってしまう。
(私が居なくなれば藍さんは赤の他人に戻れるもの。)
父を殺した兄と。何よりあの凄惨な事件と。
家に着いてすぐ引越し業者の最後の便が出て行った。自転車を積んでもらうために残っていたのである。
「理、お姉ちゃんのところに挨拶したら出発しよう。」
少し震えた藍さんの手をそっと握った。
「はい。行きましょう。」
そんな時携帯電話が震えた。発信先は公衆電話。
「藍さん、すみません、電話なんで。」
少し離れて通話ボタンを押した。
『理、か?』
少し掠れた声がする。
「そうだよ。」
『いつもごめんな。・・・墓参り、なんだけど。』
「今日は行かない。大丈夫。」
『そっか。わりいな。・・・元気でやれよ。またな。』
プツッと音がして電話が切れる。
「自分勝手。」
やはり自分と同じ血をわけた兄妹だからだろうか。
「理ー。」
「あ、もういいですよ。行きましょう。」
車に乗り込んだ。そして夏輝の家に向かい、簡単に挨拶を済ませた。藍さんはあらかじめ話していたようであっさりと話は済んだ。
「あの・・・夏輝は?」
「・・・あぁ、さっきその話をしたら凄い勢いで飛び出して行ったわ。連絡つかないのよ。」
「・・・そう、ですか。」
今までのお礼を言いたかったのに。
「理、もう時間無いけど・・・」
「じゃあ行きましょう。夏輝にまた電話すると伝えてください。」
車に乗り込みシートベルトを締める。車が動き始めた。
「・・・理の学校の制服だね。」
藍さんがふとそんなことを言った。道路脇を見ると幸村くんの姿がある。
「・・・藍さん、あの・・・」
「いいよ。」
藍さんが車を寄せた。窓を開けて彼を呼ぶ。
「幸村くん!」
彼は驚いたように目を見開いて、でも近寄ってきてくれた。
「野々宮さん・・・?」
言いたいことがあった。最後になるなら、言いたかった。
「速見くんに伝えてほしいの。明日、無理だって。あと、ありがとう、ごめんねって。」
それを聞いて彼の顔は険しくなった。
「まさかと思うけど・・・」
「もう、行くの。ごめんなさい。」
謝って許されることではないと思う。
「・・・悠李のこと、いいのか?」
静かな声に泣きたくなった。
「そんな資格、ないよ。・・・幸村くんは・・・言わないでくれたんだね?あの子の言ったこと、全て本当だよ。恐くないの?」
「関係ない。悠李はそんなヤツじゃない。」
彼の瞳が真剣で・・・恐かった。
「・・・ごめん、なさい。」
彼は溜め息を吐いた。
「綾美のこと、悪かった。止められなかった。悪いやつじゃないんだ。・・・野々宮さんと悠李、二人で居ると上手く調和してて悔しかったんだと思う。・・・でも。」
「これを。」
渡すつもりなんて、欠片も無かった。もし夏輝に会えたら、頼もうと思っていた。
「悠李に?」
「うん。・・・ごめんなさい。」
手紙だった。簡単に説明した手紙だった。渡すつもりもなく、書いたもの。
「・・・待って。・・・悠李とは・・・?」
「会わない。・・・会えない。もう行かなくちゃ。」
上手く笑えたかなんて分からない。
「応援、してるから!悠李、人を見る目はあるんだ。その悠李が選んだんだ、自信持って、な?」
何度も頷いた。
やがて静かに車が動き出したとき、何度も手を振った。
(価値は、あった。)
この街で夏輝や速見くん、幸村くんに会えた。藍さん以外の人にあの日以来初めて気を許せた。何もかもに疑心暗鬼になってひたすら関わらないようにしてきたのに、気付けば沢山のものを得ていた。
「理、良かったの?」
藍さんの心配そうな声がする。
「・・・はい。楽しかったけど、それだけです。」
もう戻れない。学校に行くだけで吐き気がする。そんな日々には。
「そう。」
夜を走る車は静かで、気付けば眠りにおちていた。



それがきっと正解で。
自分の都合を相手の都合と摩り替えて。
それに気付けなくて。
閉幕した後に物語に後悔するなんて、思ってもいなかった。

●参●

「明日、約束した。」
「・・・あんたにしては頑張ったね。」
相談相手に報告すると彼女はニヤリと笑った。
「・・・なに、その笑い。」
「いやー。珍しいよね。理、一度決めたら滅多に意志曲げないのに。」
彼女は嬉しそうだ。
「・・・というか、お前は俺でいいの?」
今更ながらに尋ねると彼女は笑った。
「いいわよ。理のこと、ちゃんと見てくれそう。あの子難しい背景抱えてコンプレックスみたいだし。あんたくらい能天気でいいわ。」
酷い言われように少し傷付いた。
「しかし、いつなんだろうなー、引越し。」
「さぁ。でもまだ何も聞いてないから決まってないんじゃない?」
彼女も少し悩ましげな表情をしていた。
「悠李ー、仕事しろよ。来栖も、図書館は私語厳禁。」
カウンターから声がした。幸村である。
「私、もう帰るわ。じゃあね。」
彼女は荷物を抱え帰って行った。
そして何事も無く当番は終わり、学校を出た。
「野々宮がよく分からない。」
「・・・は?」
幸村が理解できないといったような声を上げた。
「いや、・・・何か仲良くなれたと思えば離れるし、でも声を掛けたら返事してくれたし。」
「・・・お前も難儀なヤツを選ぶなぁ。」
「・・・何か惹かれるんだよなぁ・・・」
「お前、弱ってる?」
幸村の言葉に頷いた。
「俺、何も知らない。野々宮のこと、分かんない。理解できない。」
不安だった。
「・・・面倒なこと考えてるなぁ。いいじゃん、それで。」
幸村は面倒そうにそう答えた。
「どこが。」
そう憮然と返したとき、前からやってくる自転車に気付いた。
「速見っ!!」
彼女は目の前で自転車を止めた。
「・・・どうしたんだよ、急に。」
いつもの余裕そうな表情は消え、何かに焦っているように見えた。
「何が、あったんだよ。」
「・・・っ。理が、理が!!」
彼女は上がった息を整えてこう続けた。
「・・・理が、多分今夜居なくなる―」
「・・・え?」
明日、待ち合わせしたというのに。というか一体どういうことだというのか。
「・・・今日、これから藍さんと理が挨拶に来るって母さんが!」
「・・・えっと?」
「つまり、そのまま此処から居なくなるってことよ!」
彼女が声を荒げた。
「来栖、落ち着け。」
幸村がそう宥めた。
「悠李、どうするんだ?」
幸村はそう問うた。
「・・・どうするって・・・?」
「諦めるのか、否か。」
「・・・どうしろって言うんだよ。」
もう嫌だ。何も考えたくなくなる。
「・・・来栖、連れてってやれる?」
「・・・えっと?」
彼女も戸惑っている。
「悠李、野々宮さんに会わせられる?」
彼女は頷いた。
「間に合えば!」
その言葉の真意が分からなくて幸村を見遣った。
「・・・行ってこいよ。ほら、連れて行ってもらえ。」
そう幼馴染はニヤッと笑った。
「でも・・・」
「くどい。時間無いんだよ。・・・来栖、頼むな。」
まるで年上のように思えた。
「・・・了解。行くよ、速見。」
来栖の後をついて行く。
(・・・どうしたいんだろ、俺。)
「ただいまっ!お母さん、理は!?」
「・・・ついさっき出て行ったわよ。夏輝のこと気にしてたわ。」
「・・・もう行ったの!?」
来栖の荒げた声が聞こえてきた。その場にしゃがみこんでしまった。
(間に合わなかった、か。)
そのとき、携帯電話が震えた。発信者は幸村。
「・・・なんだよ。」
「間に合わなかっただろ?・・・今会った。」
その言葉に凹んだ。
(どうしてこうもタイミングが・・・)
「預かり物をした。今何処だ?」
淡々とした声が響く。
「どうして・・・幸村なんだよ。」
「・・・偶然だろ。お前、凹むなよ。」
幸村の声が呆れていた。
「・・・速見、ごめん。」
来栖の謝る声がする。その謝罪に力なく首を横に振った。
「・・・電話中?ごめん。」
彼女を見て溜め息を吐いた。そして携帯電話を押し付ける。
「幸村。」
彼女は受け取って耳に当てる。
「・・・あの、来栖だけど。」
彼女も聞いたのか顔が険しくなった。彼女は携帯をパチンと閉じた。
「・・・速見、行くわよ。」
「もういい。」
「良くない!ちゃんと終わらせないと後で後悔するわよ。」
彼女が腕を引っ張り上げた。
「終わらせるんでしょ。行くわよ。」
自分より数倍男前な少女に引っ張られるようにしてまた自転車を漕ぐ。
「居た。悠李、これ。来栖もごめんな。」
幸村から薄い青色の封筒を手渡された。受け取って裏返すと確かに野々宮理と書いてある。
「ありがと・・・」
開封しようとするとその手を幸村に止められた。
「帰ってからにしろ、悠李。・・・帰るぞ。」
大人しく頷いた。
「じゃあね、速見、幸村。」
来栖が帰っていく後姿を見ながら自分たちも帰路につく。
「悠李、お前が思っているより野々宮さんはちゃんと悠李を見てたよ。」
幸村が不意にそう言った。
「それは・・・良かった。」



苦しい。
苦しい。
苦さばっかりで甘くなんてない。
そんな感情を知った。

結局何も出来なかった、なんて。
そんな風に悲観していた。

・・・これが、こんなものが、自分の青春白書だ。








そんな風に思っていた。

*da capo*

大抵の物語に続きというものはつきものだ。

それが、人間の人生という物語なら、尚更に。


では始めよう。

この物語の続きを。

そして新しい物語を。

espressivo

『速水くんへ

 明日、いけなくなりました。
 ごめんなさい。
 ・・・嘘です。行けなくなる事なんて分かってました。
 ごめんね、嘘ばっかり吐いて。
 私は今日、この街を出て行きます。
 その前に、速見くんにいえなかったことを記しておきます。




 そんなわけで私は引っ越すことになりました。
 彼女を責めたりしないでください。
 すべての否は私にあります。
 幸村くんや夏輝と仲良くしてください。
 では。
                               野々宮理』



迷って、でもそろりとその紙も忍ばせた。
封をしてその上からシールを貼り付けた。



「・・・何かある。」
手紙を封筒に戻そうとして気付いた。封筒の中を良く見るとまだなにか入っていた。慎重に取り出すと折りたたまれた便箋だった。
「普通に入れろよ。」
そうぼやきながらその紙を開く。





    未練がましく、最後に一言。
       ・・・好きでした。



                            』


「・・・早く、言えば良かった。」
少年は膝を抱えた。
「・・・言えば、良かった。」
そう、呟き続けて。

tranquillo

「新しい学校慣れた?」
「通信制だから、私。」
夏輝に訂正を加える。
「まぁそのほうがいいかもねぇ。」
のんびりした彼女の声を聞きながら夕食の支度をしていた。
「藍さんが仕事で遅くなることが増えたくらいで何も変わらないよ。」
新居にはすぐ慣れた。荷物もすぐに片付いたしもうなんとも無い。
「・・・らしいよねぇ。あ、理、夏休みはこっち来る?」
「行かない。」
ばったり速見くんに会ったら恥ずかしくて死ねる。
「・・・じゃあさー。そっちのオープンキャンパス行こうよ。どうせ志望は変えてないんでしょ。」
「家から通える範囲の国公立大。こっちの大学にするし。」
「えー。理と一緒に大学行こうと思ったのに。」
「学部違うでしょ。理系と文系。」
夏輝が粘る。こうなると面倒だ。
「こっちに来れば?泊まるくらいなら出来るし。」
「嫌だー。理、こっちに来てよー。」
「嫌。」
夏輝がこんなに粘るとは珍しい。
「・・・分かったよ。藍さんの帰省に合わせて少し顔出すって。」
そう答えた自分は彼女のペースに嵌められていた。

「オープンキャンパス、ねぇ。」
炎天下、外にどうして出なくてはならないのか。
キャップを目深に被りリュックを背負いなおした。
「早く行こう。」
夏輝に手を引かれ連れて行かれる。人混みに酔いそうになりながら木陰のベンチに腰を下ろした。
「・・・悪い、遅くなって。悠李が起きなくてさー。」
そんな声で顔を上げると目の前には幸村くんと眠そうな速見くんが立っていた。
「速見ー、感謝してよね。」
「夏の外は嫌いなんだよ。大体どうして俺を呼び出すんだよ。」
彼を見ていられず立ち上がった。
「夏輝、飲み物買ってくる。動かないで。」
そう言ってその場を離れた。
「理!」
夏輝の呼ぶ声さえ無視して。

appassionato

「オープンキャンパス?」
「行くでしょ。今年3年だし。」
今年クラスメイトになった彼女は決定事項のように言い放った。
「却下。暑いの嫌い。」
「行くぞ。お前去年も一昨年も行ってないんだし。」
幸村まで頷いている。
この時はまだ何も知らなかった。
(地元、ねぇ。)
もし野々宮の行く学校を知っていればちゃんとオープンキャンパスでも何でも行く・・・気がするのに。
「・・・私の頼み、聞いてくれるんでしょ?」
いつかの条件を彼女が引き合いに出す。
「分かったって!」
半ば無理矢理こじつけられた約束どおり待ち合わせ場所に行く。
「速見ー、感謝してよねー。」
そんな彼女の言葉の真意も分からず苛立った。
「飲み物買ってくる。動かないで。」
そんな声がして死角からにょきっとキャップを被った子が生えてきた。
「・・・へ?」
まさか、と思ったけれど少女の姿はもう人混みの中だ。
「理!」
彼女のその単語で理解した。
「・・・嘘、だろ?」
「大変だったんだからね。少し頭冷やして考えなさいよ。」
彼女は苦笑した。幸村も知っていたようで笑う。
「言ってくれれば・・・」
「理を連れてこれるか微妙だったから。ぬか喜びはさせたくなかったし。」
彼女は笑う。
「悠李、お前どうするよ?」
幸村の質問に溜め息を吐いた。
「善処します。」
「ぬるい!」
来栖に叩かれた。
「・・・いったー。」
「軟弱なのよ、このヘタレ。」
「・・・来栖、その辺で。こいつ立ち直れなくなるから。」
幸村が止めに入る。
(どうせ軟弱ですよー、だ)
「幸村は甘いのよ。」
「仕方ないだろ。自分勝手でわがままで協調性の欠片も責任感も何も無くて無駄に傷付いて動けなくなるヘタレでチキンでどうしようもないヤツなんだから。」
幸村の言葉の方が心にざっくりと刺さった。
「・・・まぁ理に会える機会は作ったから。あとはあんた次第よ。」
来栖が苦笑した。
背後から視線を感じて振り返ると彼女が立っていた。
「理。」
「夏輝、わざと?」
彼女の声が冷たい。
「そうよ。」
来栖はあっさりそう言い放った。
「・・・私、帰る。」
彼女はそう言いだした。
「待ちなさい。速見を連れて行きなさい。」
来栖はそう言いだした。
「・・・行こう、野々宮。」
彼女の腕を掴んだ。そのまま人混みを抜ける。
「速見、くん・・・」
困ったような戸惑ったような声だった。
「久し振り。」
「・・・はい。」
彼女の顔を見て、言う事にした。
「手紙、読んだ。」
彼女の肩がはねた。逃げようとする。
「待って。・・・その・・・あの・・・・・・・・・・・・えっと・・・」
情けない自分に嫌気が指す。
「・・・好きだよ、野々宮のこと。」
彼女が驚いたように顔を上げる。目を合わせられなくて逸らした。
「・・・ほんと?」
彼女の問いに頷く。
「嘘で言えるほど・・・神経図太くないし、俺。」
「・・・信じます。」
彼女に覗き込まれた。
「ありがとう、速見くん。」

brillante

彼と会いたくなかった。
・・・嘘だ。
会いたかった。
この変な境界線を乗り越えてみたかった。
隣で手を繋ぎたかった。
そんな資格は欠片も無くても。

「手紙、読んだ。」
逃げようと腕を振りほどこうとするのに放してもらえなかった。
「待って。・・・その・・・あの・・・・・・・・・・・・えっと・・・」
彼が何かを言おうとしていることに気付いて抵抗をやめた。
「・・・好きだよ、野々宮のこと。」
驚いて顔を上げる。彼が顔を逸らす。
「・・・ほんと?」
そう尋ねてみた。
「嘘で言えるほど・・・神経図太くないし、俺。」
彼の顔を覗き込んでみて、頷く。
「・・・信じます。・・・・・・ありがとう、速見くん。」
嘘みたいだ。夢みたいだ。
「後悔、するのに。選んでくれて。」
彼が弾かれたようにこちらをみた。
「そんなことない。全部聞いた。来栖から聞いた。・・・下手な嘘ばっかり吐いて。」
咎めるような感じではなかったが、だからこそ困った。
「速見くん・・・」
「・・・・・・暑い・・・」
ちょっといい雰囲気だったのに彼はそう呟いた。そしてへたり込む。
(・・・意外と軟弱・・・・・・)
「軟弱だと思ってるんだろ。・・・いいよ、別に。」
すねるように顔を逸らす。
「・・・えっと・・・どこか入ろうか。」
大学の近くに某ファストフード店があった気がする。
「・・・悪い。本気で外無理・・・」
そんな彼を連れて店に入り注文する。
「・・・クラクラするー。」
そんな様子の彼を見て自分がしっかりしなくては、と思う。
「・・・速見くん、何にする?」
「・・・コーラのSを一つ。」
店員さんがさっと準備に掛かる。会計をしようと財布を出すと制された。
「このくらい、花もたせて。」
そう言って彼が会計を済ます。
「いいのに。」
そう言えば彼は笑った。

*fine*

携帯電話が鳴った。
「悠李ー、マナーモードにしとけよ。」
「・・・してるけど?」
そう言ってから通話ボタンを押した。
『遅い。置いていきますよ。』
彼女が怒っていた。
「悪い。・・・校門の前までは来たんだけどさー。」
『あ、見つけた。』
そんな声がして電話が切れた。
「おはようございます、幸村くん、速見くん。」
「漸く来たかー。」
彼女の後ろから来栖も顔を出す。
「行きますよ。」
彼女が自分の隣に並ぶ。
「・・・うん。」
顔を逸らす。二人のニヤニヤした顔がむかついた。
「お前ら・・・っ!!」
「速見くん、どうかしましたか?」
彼女が覗き込んでくる。
「・・・なんでもない、行こう。」
からかう声を無視して進む。あまりに煩いので二人にこう言ってやった。
「俺はお前らの好きなやつ、知ってんだからな!!」
二人の少し慌てたような表情に優越感を覚える。
「余計なこと言ったら殺すわよ、速見!」
「悠李!」
そんな声が追いかけてくるので彼女の手を取った。
「逃げるよ、理。」
彼女が頷いた。

「無理ー。」
机に突っ伏した。
「だったら走らなかったいいじゃないですか。」
彼女が呆れたようにそう言う。
「だってー。」
「でも楽しかったです。」
彼女が笑う。
「・・・うん。」
未だに直視できないその明るい笑顔はあの頃とは違う。
「速水くんが居るから私も皆と仲良くしてもらえます。」
彼女はいつもそう言う。
「そんなことないよ。野々宮。・・・・・・俺でいいなら一緒に居るから。」
何と言えば伝わるのか。
「はい。」
付き合っているのかいないのかよく分からない。そんな状態でもうすぐ一年だ。
「・・・野々宮ぁ。」
「何ですか?」
「・・・俺等ってさー、何?」
彼女が固まった。でも今日こそ聞きたいのだ。
「・・・知りません。」
彼女は顔を背ける。
「じゃあ・・・その・・・付き合ってって言ったら?」
「いいですけど?」
あっさりと言われてこっちの方が面食らった。
「いいの?」
「いいですよ?」
彼女はいつの間にか落ち着いていた。
「・・・じゃあ、そう言うことで。」
「はい。」
その様子を覗いていた二人組に盛大にからかわれたのは言うまでもない。
そんな日常もきっと続いていく。


これは何てこと無い俺等の青春の話。
これはなんてことない日常の話。

a twinkle star

漸く完結できました。
始めは部活動誌に掲載するために1年くらい前に書き始めたものでした。
そしてこれからも時々番外編を更新していこうと思っています
http://slib.net/19194
よろしくお願いします。
拙文を読んでいただきありがとうございました。

a twinkle star

きらきら星をモチーフにした短編になります。 社交性のない少女、野々宮理は高校で出会った変わり者の同級生、速見悠李と仲良くなり友人関係を築くのですが翌年クラスが離れ、そこから色んな人に翻弄されていきます。 悠李から離れようとする理と、理に近付きたい悠李。 相反する思いが交錯し―――

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 壱番
  2. ●始●
  3. ○壱○
  4. ●弐●
  5. ○参○
  6. *弐番*
  7. ●始●
  8. ○壱○
  9. ●弐●
  10. ○参○
  11. ●肆●
  12. *参番*
  13. ○始○
  14. ●壱●
  15. ○弐○
  16. ●参●
  17. *肆番*
  18. ○始○
  19. ●壱●
  20. ○弐○
  21. ●参●
  22. *伍番*
  23. ○始○
  24. ●壱●
  25. ○弐○
  26. ●参●
  27. *da capo*
  28. espressivo
  29. tranquillo
  30. appassionato
  31. brillante
  32. *fine*