世界終結

皆さんは世界終結って考えた事ありますか?
「明日世界が終わるとしたら何をする?」と質問されたら、皆さんは何と答えますか?

最後の

 七月、蝉の鳴き声がBGMになる季節。僕のクラスに転校生が来るという噂を教室までの廊下で知った。教室に入り自分の席に行くと隣の席の彼が話しかけてきた。
「よう秀人(しゅうと)、転校生の話聞いたか?」
 嬉しそうな顔の麻砂(まさ)。彼は何か期待している、とその表情から悟った。
「うん聞いたよ。女子らしいよ」
「だよなー!俺のクラスまともな女いねーからなー」
 女子のグループに聞こえるように彼は大きな声で言った。
「なによ、あんただってまともじゃないじゃない」
 女子のリーダー、青山が麻砂に叫ぶ。
「うるせー女子は黙ってろ」
 クラスは五年生の時から同じメンバー。こんなやり取りも冗談なのは皆が知っている。

 クラスにはやはり女子の転校生が来た。西島さんという人だ。転校してきて一週間経つが、彼女は青山と凄く仲良くなっている。
「秀人」
 誰かに呼ばれた。隣を見ると麻砂がこちらを見ていた。
「え、なに?」
「なに、じゃねーよ。お前の番だよ」
「なにが?」
「篠崎、先生の話聞いてなかったの?今日の道徳のテーマは世界だってば」
 そうだった。今は道徳の時間でテーマに沿って班で話し合うんだった。麻砂が意見を言い終わって、次が僕の番だから呼んでいたのか。
「ごめん、ボーっとしてた」
「じゃあ最初から言った方が良いよね」
 西島さんは気を遣って自分の意見を言い始める。
「私は世界について平等じゃないなって思うの。私達は日本で不自由なく暮らしてるけど、世界にはご飯も食べれない国もあるから」
 西島さんは世界のそういうのに興味があるのかな。
「あたしはさ、世界は仲良くなるべきだと思う!だって未だに戦争とか国同士で問題があるんでしょ?」
 青山も政治的な事に関して。
「俺はとにかくオリンピックで仲良くなっちまえば良いと思う!」
「だから、それはあたしの意見でしょ!」
 青山と麻砂の言い合いが始まる。この二人はいつもこうだから困る。
「で、篠崎は?」
「そうだなぁ…」
 僕は世界という言葉に関してパッと思いついたのが
「世界終結」
 だった。
「え、世界終結?何言ってんの?」
 麻砂が笑いながら僕を指差す。
「思った事言ったんだけどなぁ」

 その次の日、終業式が終わり小学校生活最後の夏休みが始まる。今年はおばあちゃんとおじいちゃんの家に泊まりに行く予定がある。僕には兄弟がいなくて、従兄弟も凄く年齢が離れているから何処に行っても退屈なのだ。
 父さんの運転する車で神奈川を出る。高速道路に入って田舎の方に向かう。母さんは「マイナス5才肌の作り方」なんて本を読んでいる。僕は後部座席でサッカーボールを見つめる。
「秀人、またボーっとしてるわよ。そんなに暇ならゲーム持ってくればよかったじゃない」
「ボーっとなんかしてないよ。ボール見てるだけ」
「それをボーっとしてるって言うの」
 僕の退屈な夏休みが始まった。

 家に着くと、庭では大きなスイカとキュウリやトマト等の夏野菜が水の中で溺れていた。
「よく来たなー。秀人はまた大きくなったなー」
 おじいちゃんは僕の頭をポンポンと叩く。
「秀人、二階に荷物持ってって。母さん、おばあちゃんと夜ご飯の支度するから」
「わかった」
 僕は言われたとおり自分の荷物を二階の寝る部屋に持っていった。
 この部屋は昔父さんが使っていた部屋らしい。勉強机には「おれのつくえ」とハサミか何かで乱雑に彫った後がある。
「秀人、おじいちゃんと散歩行こうか」
 部屋のドアに立っていたのはおじいちゃんだった。僕は「うん」と一言返事で一階に下りていくおじいちゃんの後を追った。

 おじいちゃんは物知りだ。何でも知ってる。それにお喋り好きだ。今日も変わらず喋り続けている。
「秀人、来年から中学生だなー」
「うん」
「部活動が忙しくなるから、もうここにはあまり来れないかもなー」
「多分」
「でも秀人は20歳までは生きれないかもなー」
「うん…え?」
 半ば適当に聞いていたから一瞬流してしまいそうになったが、僕は耳を疑った。僕が20歳まで生きれない?おじいちゃんは何が言いたいのだろうか。またくだらない冗談なんだろうと思っていた。しかし、冗談を言う時の様なあの優しい顔じゃない。
「秀人よく聞くんだ。この世界はもうすぐ終わるかもしれん」
 おじいちゃんの顔が曇った。
「世界…終結」
 僕は頭の中の覚えのある言葉を引き出した。
「そうだ。世界はもうすぐ終わりを告げるかもしれん」
 汗が止まらなかった。おじいちゃんが何処でその情報をどのように聞いたかは分からなかったが、嘘でない事には確信が持てた。
「いや、でも…」
 言葉が思うように出てこない。というより何も言えなかった。
「まぁいいか。そろそろご飯かもしれないから帰ろうか」
 沈んでいく紅い光を見つめながら何も言わずに僕は頷いた。

 あれ以来おじいちゃんの発言がずっと気になっていた。もう一度話を聞こうと尋ねてみても、よく知らないと言ってばかりだ。僕自身も深く考えないようにしていたが、自分の思いつきで出てきた言葉が本当に起こると思ったら怖くて仕方なかった。
 おばあちゃんや父さん、母さんにも聞いてみたが変な子ね、と言って相手にしてくれない。所詮小学生の言う事だと思っているのだろう。そんな大人達を見る度に僕の中での将来像が出来上がっていく。
 本当に世界が終わるとしたら、僕はとんでもない事をしでかしたと思うだろう。僕は真っ先に、自分が変な事を言ったせいで世界が終わってしまうと考えるだろう。そう考えざるを得ないのではないだろうか。
 僕の退屈な夏が終わり、不思議な夏が始まった。

万華鏡と男

 おじいちゃんの家から自分の家のある神奈川県に帰ってくる。あれが夏休みの思い出だとしたら、僕は宿題の作文に何と書けばいいのだろうか。やはり残りの日数で楽しい思い出を作るしかないと思った。
 
 ある日、雨が降った。
 僕は例の話で頭をいっぱいにさせながら一人家にいた。両親は仕事でいないし、友達は皆親戚の家だ。お盆とかいう皆が決まって何処かに行く謎の日のせいだ。友達とのスケジュールのわずかなズレに少し腹を立てる。が、あまりに暇なのでその辺を散歩しようと思って鍵と傘を持って家を出た。
 落ちてくることしかできない雨は成す術なく地面に落ちる。車なんて殆ど走ってない。雨だからなのかお盆で誰もいないからか。どちらでも良かったが、何かする事が見つかると思って公園に行った。
 公園に着くと誰も居なかった。僕は何故か肩を落とした。
 濡れたベンチに腰掛けてみた。正直言って気持ち悪い感覚がした。
「そんなとこ座ったらズボン濡れるよ」
 誰も居ないはずなのに声がした。驚いて見上げると男の人が目の前に立っていた。
「えっ」
「いやぁ驚かせてごめんね。ちょっと道を聞きたいんだけど」
「あ、はい」
「○○駅ってどう行けばいいかな?」
「えっと、そこの道を真っ直ぐ行って、途中でコンビニがあるんでそこの坂をずっと下りれば着きますよ」
「おーそうかそうか、ありがとう」
 男の人は礼を言いながら内ポケットから何か出した。
「お礼にこれをあげるよ、僕にはもう必要ないからねぇ」
 そう言って僕に万華鏡を渡した。大きくはないが普通のおもちゃよりも重くて周りの装飾がとても綺麗だ。
「や、でも道教えたくらいでこんな高そうなもの…」
 万華鏡に見惚れてる間に居なくなったのか、もうそこには男の人の姿はなかった。
 お礼にってくれたものだし、良い人そうだったから貰っておく事にした。

 その日の夜、ベッドの上でずっと万華鏡を見ていた。前にいつだったか学校で万華鏡を見た事があったが、ここまで重いものは初めてだ。
 外側の装飾にばかり気がいっていて、中をまだ覗いていなかった。しかし僕の中で何かがずっと覗くことに対して抵抗していた。
「わぁ…」
 思い切って中を覗いたら思わず声が漏れた。万華鏡の中に広がる世界は、今までに見たことがないくらい綺麗で、これが本当に作り物なのかと疑った。その面の印象が強すぎて僕は万華鏡を振らなかった。というより振ることが出来なかった。その面だけを見ていたかった。言葉に表せない程の綺麗とか美しいって本当にあるのかと思っていたが、僕は今それを体験している。
「お、万華鏡か。懐かしいな」
 父さんが部屋に入ってきた。
「おかえり」
「父さんにも見せてよー」
「やだ。これ俺の」
 見せたくなかった。
「ケチー。ちょっとだけ!」
 両手を合わせてお願いしてきたが断った。何故か誰にも見せたくなかった。見せてはいけないと思った。
 父さんは頬を膨らませて一階に下りて行った。

 それから何日か経って、親友の麻砂(まさ)の家で遊んで来た日の事。
 帰る途中にある遊歩道のベンチに座り、そこから見える川をじっと見ていた。最近こんな日が多いな、と思いながらもそれが好きな自分が何だか自分でないみたいで不思議だった。
 あの万華鏡について考えると脳裏に焼き付いた色達が蘇る。どうしてあの時の男の人は僕にあんな物をくれたのだろうか。何故万華鏡だったのか。
「よう、どうした」
 誰かに話しかけられて驚いた。後ろを見ると男の人がいた。その人はこの前公園で会った人とは違う人だった。
「…」
 男の人は僕の隣にどっこいしょ、と座り話し続けた。
「こんな所で一人で座って、何してるんだよ」
 いかにも知り合いであるかのように話してくる。でも僕はこの人を知らない。
「別に何も」
「そうか。ここの夏は相変わらずだな」
「違う場所に住んでるの?」
「違う場所…そうだな。違う場所に住んでる。お前はここに住んでるのか?」
「うん。もうちょっと先だけどね」
「この街は良い所だろう」
「そうだね。おじさんはここで何してるの?」
「おじさんって、俺はまだ33歳だぞ?」
「おじさんだよ。ねぇ、何してるの?ここに住んでないってことは何かしに来たんでしょ?」
 おじさんはサングラスを外して僕の顔を覗き込んだ。
「お前を探しに来たんだ」
「え?」
 何を言われたのか直ぐには理解出来なかった。今会ったばかりの人にお前を探しに来たって言われても正直意味が分からない。このおじさんは頭がおかしいのかと思った。
 おじさんは被っていた帽子を取って顔を離した。
「そりゃあ驚くだろうな。ごめんごめん。ぼうず、名前何て言うんだ?」
黒くて背中まである長い髪を弄りながら聞いてきた。
「しゅ、秀人(しゅうと)…」
「上の名前は?」
「篠崎」
 おじさんは頷いてタバコに火を点けた。
「これからよろしくな」
「おじさんは、一体誰なの?何で俺を探しに来たの?」
 口から煙を吐いてニカッと笑った。
「お前さ、恥ずかしくないのか?声出して話してて」
「いや、だっておじさんと話すには声出さないと」
「ばーか。俺、お前にしか見えてねーから」
 気絶しそうになった。悪い夢だと思った。このおじさんは僕をからかってるのか。それとも本当に霊か何かなのか。
「心の中で話すんだよ」
 半信半疑ではあったが言われたとおりに頭の中でおじさんに向かって話しかけてみた。
『おじさん?』
「おう、信じたな。他人が居る前ではこれからはこうやって喋れよ?周りから見ればお前一人で喋ってるみたいだから」
『おじさんは普通に喋っても平気なの?』
「だから俺はお前にしか見えてないんだから良いの」
『で、俺を探しに来たってどういうこと?』
 僕は完全におじさんを信じ切っていた。本当に僕にしか見えないと。
「驚くなよ。俺は元々は上に居たんだけど、最近ちょっと用事が出来てこっちに下りてきたわけだ。」
 全然意味が分からなかった。上?下りてきた?
『どういうこと?』
「要するに俺はあの世の者なの。それで、用事があってこの世に下りてきてる」
 どうやら僕は霊と話しているようだ。もう今更怖がらないし驚きもしない。
『何でここに下りてきたの?』
「それは話せないんだな」
『そもそも何で俺とだけ話せるの?』
「多分それはー…」
 言いかけて何故か話すのを止めた。数秒の沈黙の後彼は口を開いた。
「まぁそのうち分かるさ」
 最近不思議な事が続いている。世界が終わる、万華鏡をもらう、死んだ霊と話す。今年の夏休みは退屈しない。しかし毎日考える事が沢山ある。
 家に向かって歩いていたら、おじさんは行かなきゃいけない所があると言って歩きながら消えてしまった。

 家について母さんにおじさんの事を話そうか迷ったが、霊と話したなんて言ってもどうせ信じてくれなさそうなので話さないでおいた。それにあの人はまた必ず来る。その用事が終わるまでは僕の所に居るんだろうな、と勝手に思い込んでいた。
 家に着き汗を拭ったTシャツを洗濯機に放り込み、シャワーを浴びる。その後二階の自分の部屋に駆け上がる。厚いガラスのように重たい筒をしっかり握り、万華鏡を覗き込む。
「あれ?だんだん形が変わってきてる…」
 形だけではなかった。色もだんだん青っぽくなっていた。それでも綺麗である事に変わりはないので気にしないでおいた。しかし、その万華鏡は自分で形と色を変化させている。この万華鏡は本当に不思議で振っても形と色が変わらない。いつもは本棚の後ろに隠してあって僕にしか在り処は分からない。
 そんなことを考えていると窓を軽くノックする音が聞こえた。窓の外にはおじさんがいた。
『どうしたの?』
「中に入れて」
『霊なんだろ?通り抜けられるでしょ?』
「子供の夢をぶち壊すようで申し訳ないが、残念ながら俺はそういった類の霊ではないんでね。壁とかドアとかは通り抜けられないんだよ」
『そうなんだ』
 窓を開けておじさんを中に入れると、彼はベッドに横になった。
『本当に霊なんだね』
「そうだよ。だから俺は汚れないし汗もかかないし人には見えない」
『でも俺には見えるんだね』
「そうだな、もう話しちまうか。何でお前だけ俺が見えるのか」
 息を飲んだ。こんな緊張感はサッカークラブに入団して初めての試合以来だ。
「俺はこの世の終わりを阻止しに戻ってきた。その為にはこの世の人間と協力しなくちゃいけなくて、それはたった一人だけ。つまりお前ってこと。お前は選ばれし一人。俺と一緒に世界終結を阻止するんだ」
 夢ならとっくに覚めていてもおかしくない。ということは夢ではなく現実で、おじさんは僕と一緒に世界の終わりを…。
「まぁ俺と過ごしてればだんだん分かってくるさ」
そう言うとおじさんは寝てしまった。

 僕はどうやら床で寝ていたようだ。朝目覚めると薄く短い掛け布団がかけられていた。隣のベッドを見るとおじさんの姿はなく誰かが寝ていたという跡もなかった。
 目をこすって一つ欠伸をしていると、母さんが部屋のドアをノックした。
「なに」
 僕の無愛想な声を合図に部屋に入ってくる。
「いつまで寝てるの。夏休みだからっていつまでも寝てないの。じゃあ母さんと父さん仕事行ってくるから、ちゃんと留守番してるのよ」
 気だるそうに立ち上がると、目の前の窓からこちらに背中を向けたおじさんがベランダに居るのが分かった。
「あ…」
「なに?」
 母さんは僕の見つめる先に視線をやる。
「あぁ、庭のトマトにちゃんと水やっとくのよ」
「え、見えないの?」
 僕はベランダのおじさんを指差しながら言った。
「何が」
 母さんは窓の近くまで行ってベランダを見渡す。
「何もないじゃない、寝ぼけてるんじゃないの?」
 やはり、おじさんは本当に僕にしか見えないらしい。母さんと父さんが出て行ったのを確認するとベランダに出た。
「おじさんいつ起きたの?」
「さぁな、気付いたら起きてた。」
おじさんはタバコをしっかり口に咥え、ベランダの柵に腰掛けた。
「気付いたら起きたからちょっと向こう戻ってきた」
「向こうってあの世?」
「そうそう。俺は気軽に行ったり来たり出来るんだよね、世界終結を阻止するっていう重要な役目を担ってるからな」
煙を吐きながら歯を見せて笑った。
「おじさん髪切った?」
 よく見れば昨日見た長い髪は背中から消えている。
「切っただけじゃないぜ?」
 そう言って帽子を取って見せてくれた。髪は肩くらいの長さに切られていて、おまけに赤い色で染められていた。
「どうだ、かっこいいだろ?」
 嬉しそうにこちらを見てきた。僕は正直あまり良いとは言えなかった。
「…俺はあんまり好まないかな」
「そうか?そのうち見慣れるさ」
「この黒を若干残す感じが、また良いんだよなー」
 髪を弄るのはどうやら癖のようだ。僕は涼しい家の中に入った。それを後からついてくる。
「なあ秀人」
「なに」
「お前最近妙な男に会わなかったか?」
 今までとは違う雰囲気が漂っていた。
「妙なのかどうかは分からないけど、男の人なら前に会ったよ」
「そいつ何か言ってきたか?」
「駅への道を聞かれた」
「何か貰ったか?」
 万華鏡が頭を過った。
「うん…万華鏡を貰った。重たくて凄い綺麗なやつ」
 おじさんは怒ったような顔で左手を出してきた。
「それ、ちょっと見せてみろ」
 僕は怖くなって隠していた万華鏡をおじさんに渡した。万華鏡を覗き込んで彼はため息を吐いた。
「その万華鏡…」
「この万華鏡は世界終結と大きく関わっている。万華鏡の中の沢山の色達が世界を表しているんだ。今覗いてみたけど、やっぱり終結へと少しずつ進んでる」
「関わってるって、どういうこと?」
「この万華鏡の中の世界が黒で染まる時、世界は終わる」
 大変な物を貰ってしまった。こんな綺麗な物を貰ってラッキーだと思っていたが、こんな事に深く関わっているとは思わなかった。
 どうやらとんでもない事に巻き込まれてしまったらしい。

世界終結

世界終結

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-22

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 最後の
  2. 万華鏡と男