詩篇 2 少女
青いビー玉が一番好き。
大切に大切に、机の一番上の引き出しにしまってあるの。
ビー玉って真ん丸なのよ。
真ん丸、まんまる。
黄色と緑のビー玉の中には小さな泡が湧いているの。
シュポン、シュポン、という音が聴こえてきそうなのに、
まったくの無音。
まったくの静。
昇るべき水泡はもうすでに息をしていない。
赤いビー玉は他のよりも少し大きいの。
それになんだかまだら。
煙のような濃い赤が、薄い赤の内部に立ち込めていて、落ち着かない。
それはきっと最初から動かない。
生まれた時から死んでいる。
死ぬように生み落とされたのよ。
この赤いビー玉が死んでも悲しまない。
その無機質さに。
それにほら、あなただけ大きくて醜いから、仲間はずれ。
だからあなたを選んだの。
まんまるの赤いあなたを、赤い粘膜に触れさせて。
触れさせて、吸い付けて、
まるで予測できない運動で、
わたしの赤い粘膜を、
非生命的に纏って。
溶ける。溶けない。溶ける。
溶けるのは、あなたじゃなく、わたし。
わたしの精神。溶けるのです。崩壊するのではなく、溶けるのです。
本当は、怖いのよ。あなたをわたしの内部に押し込むこと。
怖いのよ。
だけどね、だけど、
その怖さも後ろめたさも罪悪感も全て降りかかればいいと思ったのよ。
椅子の上で体育座りをして、
少しだけ、ほんの少しよ、
足を開いて。
太腿の付け根から、ひっそりと開いて。
誰にも見つかってはいけない。本当にひっそりとよ。
白い綿のパンツがめくりあげられたスカートの中に見える。
パンツの真ん中に付いているラベンダー色の可愛い小さなリボンが憎らしい。
わたしに悔い改めろと訴える。
ビー玉をね、
その赤いビー玉を。少し大きいビー玉を、白い布の中に。
まだ黒い毛なんて生えていない。
お腹の色と同じだわ。
わたしはまだ小学校に入学したばかりで、赤いランドセルが机の脇に掛けてあって。
冷たい。
無機質な刺激が、
皮膚に。
ピリっと亀裂が入る。
冷たいのね、あなたって冷たいのね。赤いのに、冷たいのね。
赤い赤い粘膜は、きっと熱いのよ。
わたしの唇も今とっても熱いもの。
そこはわたしにとっては口や鼻や耳のそれとは違うのよ。
内臓なのよ。わたしの皮膚や脂肪で守られているはずの赤い内臓が、
ねぇそこだけどうして、どうしてよ。
わたしの指は倫理を破壊する。
わたしの中でビー玉は徐々に熱を吸収してゆく。
同化。はしない。
目で見ているときよりも、指で触れたときよりも、ビー玉とわたしの境界線はよりはっきりと断絶されてゆき、それは紛れもなく異物でしかなくなり、異物にわたしの熱が吸収されてゆくこの敗北のような絶望のような興奮を、小さなお腹の中でぐるぐるぐるぐるとかき混ぜて溶かしてゆくのです。
この恐ろしさを誰にも、誰にも分け与えたくはない。
わたしの脳は今は氷です。
指は鉄の棒です。
足は銅像です。
赤い粘膜だけが。
外は晴天。
ああもう。晴天の正しさときたら。
かき混ぜてかき混ぜて、
もう吐きそうなお腹が、ぷっくり膨らんだらどうなってしまうのでしょう。
必死にまさぐって取り出したビー玉はぬるく、ぬるりとカエルの卵のような透明な膜を引き、わたしに謝罪の意を表明しようと必死。
透明な膜はどこまでも馬鹿馬鹿しく、いつの間にか膝まで移動されていた白いパンツがまた滑稽でならず、この体育座りも、熱を帯びた体も、赤く腫れた粘膜も、
何もかもが無意味。
ランドセルはわたしを無視し、
壁は攻撃的に睨み、
わたしはこの世界でたったひとりぼっち。
拒絶拒絶という無音の大合唱は頭のてっぺんから湿った布を貼り付ける。
ラベンダー色の可愛いリボンは嘲り笑い、
もとの位置に戻さなければならないこの屈辱を待ちわびる。
晴天に似た青いビー玉をもう、わたしは手に取ることが出来ない。
赤いビー玉は二度も死に絶える。
詩篇 2 少女