博士っ! 博士っ!
「出来た……、出来たぁぁっ!!」
「ああ、博士、朝っぱらから大声出さないでください、近所迷惑ですから」
「何かね? 近所って。街まではざっと三十kmは離れているじゃないか。人っ子一人いやしない」
「まぁ、近所ってのは私の事なんですがね。ふふ、ふふふふ、ふはははは」
「それ位はお見通しだがね、鈴来君」
「ばれてましたか、博士。ところで何が出来たのですか?」
「おお、聞いてくれるのか、わしの話を、もうシカトされるものとばかり」
「他にすることも無いですし、聞きますよ」
「これじゃ、これじゃよおおう、鈴来君」
「なんですか? これは」
「名付けて『すごいよ、変身だ、もう何でもできる錠剤(仮名)』じゃよ!」
「どういうことなんですか? 博士、効能は?」
「これを飲むと、変身できるのじゃ、もう何にでも。すごい、わし天才」
「原理は?」
「原理じゃと? 適当にスーパーで買ってきたものを、わしの天才的ひらめきで混合し、野良猫に食べさせたまでじゃ」
「そしたら、変身したんじゃよ、すごすぎ」
「では、博士はもう試されたんですね」
「ああ、猫とゴキブリには試した。見事にライオンとカブトムシに変身したよ」
「自分では?」
「何を言っとるのかね? 鈴来君。わしは究極の天才なのだよ、変身する必要などない、完璧なのだから。だからこそ、君に話しているんじゃないか。わかるだろう、長い付き合いだ」
「そうですか、想定の範囲内で最悪の話です。しかし、やりましょう!」
「そうだろう、それでこそ鈴来君だ。もみあげも長いぞ」
「では、さっそく飲んでもらおうか。さあさあ、はやくぅ」
「飲みます、飲みますよ。ああ、飲みます、飲みますよ」
「飲まんか、じれったいのう。いけ、いってやれ」
ごくり。
「お」
「特になんともないようですが」
「おかしいぞ、いったい何になろうとしたのかね、鈴来君」
「いえ、ちょっと最近太り気味なもので、おなかを引っ込めようと」
「なぬー! そんな地味な変身でわしが納得すると思ったのかね? まったく、巨大な竜にでも変身せんかい」
「あ、だんだんおなかが引っ込んできましたよ。博士! 成功です」
「ふん、まあええわい。わし天才だし」
「博士、やりましたね。製薬会社に売り込めば、大金持ちですよ」
「いや、鈴来君、それは無理じゃよ」
「なぜですか? 博士」
「作り方を覚えてないのだよ」
「そんな、どういう事なんですかぁ、それはぁ、あぁ」
「簡単なことじゃよ、わしはなんとなくで混ぜ合わせた。材料はスーパーのレシートからわかるが、それ以外の手順は不明じゃ。もうできん、ここにあるのみじゃ」
「でも、これを持ち込めばなんとかなるのでは?」
「どうかのう、天才のわし以外にできるかのう。それより、今を楽しもうじゃないか、鈴来君」
「楽しむというと、博士?」
「つまり、今この薬があることを知るのは、わしと鈴来君のみ。これで何でもできるわけじゃよ。どうかね? すごいだろう、すごすぎるだろう」
「確かに。では、と、とりあえず何を?」
「まぁ、ゆっくり考えようじゃないか。街に出てみるか、鈴来君」
「はい、博士」
「ちゃんと、着替えるのだよ。わしのような、いけてるシャツにな」
「はい、博士」
「あ、それはわしが着るから、君はこっち」
「はあ、博士」
「はぁ、やっと街ですね、博士」
「うむ、徒歩2時間は毎度きついのう」
「車を買われてはどうですか? 博士」
「しかし免許が無いよ。君も無いのだろう? まったく、なんのために助手をやっているのかね」
「そんな、ひどい、ひどすぎます。博士のために無給で毎晩徹夜しているっていうのに」
「普通に寝ているじゃないか。無給は事実だが。しかしそれも今日までの事だ、これがあればな」
「むふふ、そうですね」
「しかし、法を犯すのは良くないよ、鈴来君。巨人になって、銀行を襲おうだなんて」
「言ってませんよ、博士。博士の脳内の出来事です」
「そうか、それならいいのだが」
「ところで、錠剤はあと何個あるのですか? 博士」
「うむ、いい質問だよ鈴来君。残り二十二個だよ、こう見えてもあまりない」
「それだけですか? 博士、もう1つも無駄にはできませんね。変身ショーとかやってる場合じゃない」
「変身ショーをやる気だったのかね? それならわしがレッド役だろう、もちろん」
「博士、ヒーロー系とは言っていませんよ。大体、かなり無理がありますし」
「そうかね? はまり役だと思うが。ともかく、もっと有効な使い道を見つけるのじゃよ」
「そうですね。とりあえず街の中心部に向かってみましょう」
「くっさんむらんに~、なんもんしんれず~」
「博士、どうしたんですか? 前からおかしいとは思っていましたが」
「わしは、いたって正常じゃよ。むしろ冴え渡っておる、常にな。ちょっと、フランス革命時代に思いを馳せてみただけじゃよ」
「そうですか、気付きませんで」
「ちょっと1個使って、オスカルになってみようかのう」
「そうですか、止めはしませんが。ここで変身すれば、スーパースター扱いは必至でしょう」
「既にわしはスーパースターだからな。変身したら若干レベルダウンしてしまうかもしれん。やめておこう」
「そうですか。私はマリーアントワネットになってもよかったのですが」
「それも微妙じゃのう」
「おおお、あれはぁぁぁぁあぁぁあ!」
「たこやきです、博士。たこを小麦粉を溶いた液で包み、焼いたものです」
「解かっておる。むしろ、君より解かっておるよ。うまいたこ焼きの作り方もな」
「買う気ですか? 博士、お金がありませんが」
「そこだ、わしが巨大なタコとなり、道行く車を襲う。そして機動隊が来たところで、わしの仲間を返せといって、たこやきをもらうというのはどうだろう」
「博士、完全に犯罪です」
「難しいものだな。まぁ本当はコンビ二でお金をおろせばいいだけじゃがな」
「そうですね」
「しかし、なかなかいい案がないのう。とりあえず人類の夢である、鳥になって空を飛んでみるというのはどうだろうか?」
「それはなかなかいいですね、博士」
「そうだろう、やはり天才か。では1個渡すぞ」
ごくり。
ごくり。
「ちょっと時間がかかるのう」
「お、きたぞ」
「ふおおおおおお」
「どうじゃぁぁぁあ」
「これです、これですよ、博士」
「これか、これかぁぁああ、鈴来君」
「はぁぼちぼち疲れてきたのう、鈴来君」
「ですね、博士。やはり自分で飛ぶより、乗ってるだけの方が楽です」
「楽しいのは最初だけか、ぼちぼち戻るかの」
「そうしましょう」
「ぬうう、なかなか、錠剤がつかめんのう」
「鳥になったのは、初めてですからね。飛び方も不自然でしたし、くちばしの使い方も」
「難しいものだな、慣れた体が一番か」
「リウマチもまたよしですね、博士」
「それは、いらんがな!」
「でまぁ、どうにかこうにか元に戻ったら、腹が減って死にそうじゃわい」
「そうですね、博士。とりあえず、お金をおろしてきました」
「おお、早いな鈴来君。さすがだよ。いやはや感心するわい」
「いえいえ、それほどでもないです。そして、もうそこの釣具店でみみずを買ってきました」
「ん、どういうことかな? 鈴来君。わしは肉が無性に食いたいのだが、釣った魚を食べるのか?」
「んはあああ! 私はいったいどうしたのでしょうか? みみずが食べたかったなんて。ああ、もうだめだ」
「しっかりしなさい、鈴来君。薬の副作用かもしれん。鳥になった影響かも?」
「そうでしょうか? となると、むやみには変身できませんね」
「ところで博士。私は、もうすぐ死ぬのでしょうか?」
「何を言っておるのかね? 人はいつか死ぬものだ、そんなことを気にするよりも、晩飯の心配でもした方がよほど建設的だ」
「そうですね。さっき、みみずを5~6匹食べたことも気にしないでおきます」
「そうだ、それでいいぞ」
「博士、ちょっと離れすぎじゃないでしょうか?」
「そんなことは無い。あなたとは少し距離をおきたいの、という気持ちなわけでもない。気のせいじゃ」
「そうですか。今度はカレー屋にでもはいりましょうか」
「うむ、そうするかの」
「私は、卵カレーで」
「わしは、うなぎカレーを」
「はい、ポテトはお付けしますか?」
「ポテトのLで」
「はい、Lですね」
「博士、やはりこの薬は封印した方がいいのではないでしょうか?」
「なに、考えて使えば問題ない。症状だってすぐに治まったじゃないか」
「確かに、短時間だけでしたが」
「お待たせしました。卵カレー、うなぎカレー、ポテトのLです」
「まぁ食おうじゃないか、鈴来君」
「うむ、なかなか美味じゃのう」
「うおおおお。うなぎとカレーとポテトの絶妙なハーモニーじゃ。これこそが生きる喜びじゃあああ」
「博士、そんなに興奮すると脳天から血が吹き出ますよ」
「そうじゃな、冷静に食うわい。しかし、なかなかいい使い道がないのう。なんになってもリスクが付きまとうのじゃろうか?」
「でも、私は労せず痩せられましたよ。この辺が妥当では?」
「なるほどな、わしも若返ったりする位がいいところかもしれん。しかしこの渋さが好みの女性もおるじゃろう、難しいのう」
「いますかね? そんな人」
「いるに決まっておるよ」
「じゃ、そろそろ出るかの」
「はい博士」
「千八百三十円になります」
「あ」
「どうしたのかね? 鈴来君。まさか、お金を落としたとか」
「いえ、何でもないです。二千円で」
「はい、おつりの百七十円です。ありがとうございました」
「まったく、驚かさんでくれよ。逃げる準備をしてしまったではないか」
「大丈夫ですよ、ただちょっと……」
「何かね?」
「かわいいなって」
「そうか。わしの可愛さは男すら虜にするからのう。うひょ、うひょひょ」
「いえ、そうではなく、店員さんなんですが」
「なんじゃ、そうなのか。みなまで言うな、ここはわしに任せろ」
「どういうことですか? 博士、何を?」
「わしが君に変身し、絶妙のトークで一気に結婚までもっていくと言うのはどうだろうか?」
「しかし、それでは……。やはり自分の力でやらねばならないのではないでしょうか?」
「鈴来君、恋愛は騙しあいなのだよ。わしに任せんかい」
「ああっ、博士!」
ごくり。
「ふおおおおお、ぬおおおおお」
「博士、似ているようで、ちょっと違う印象を受けますが」
「仕方が無いことだ。わしはそんなに注意深く君の事を見てはいないのだ、気にするでない」
「そうだったのですね、はぁ」
「ともかく行ってくる。戻ったときには、彼女はわしのもん、もとい君のもんじゃ」
「大変心配ですが、期待もしておきます」
「うむ」
「あーっ、あのー、ちょっくら聞いて欲しいんだけんどー」
「はい、なんでしょうか?」
「私はカレーが好きでねぇ。一週間ずっとカレーでも、まだ食べ足りない位なんですよね~」
「そうですか。それはありがとうございます」
「やっぱこう、辛い中にもこくがあって、それでいてボリューム感? みたいなね。最高ですよね」
「は、はぁ」
「それに加えて、多彩なトッピング。いやね、私はカレーカレーと毎日十回ずつ唱えてからでないと、一日が始まらないってくらいなんで」
「あ、あの、すみませんが」
「いや待って、ここからが重要。でもね、そんな私にも、カレーより好きなものがあるんです」
「はい……」
「聞きたいですか? どうしよっかな~」
「……」
「仕方ない、教えましょう。それは……」
「あなたです!」
「いえ、あの」
「どうですか? 結婚していただけますか?」
「……ごめんなさい」
「ふお、ふぉおおおおお! わしが……、ふられ……。ぬおおおおおおおお!」
「きゃー!」
「どうかなぁ、博士は大丈夫だろうか? 心配になってきたな――あれは! なんじゃありゃああ?! ――巨大なアリクイ。間違いない、博士だ! 薬の暴走か!? どうしよう。いや、やるしか。ここはやるしかないだろうな、やはり。やるよ、おいらやるよ」
「変…………身!」
「じぇあっ」
「まてぇい、アリクイ男。私が相手だ」
「ぐふぉ、ぐふぉおお、ふぶふぃふん」
「おりゃああ、正義の鉄拳!」
「ぐふおあ」
「博士、もう大丈夫です。安らかに眠ってください」
「ふ、ふぶふぃふん、くふり、くふりふぉ」
「まだかああ、正義の裏拳!」
「どふぉあ」
ずしん。
「勝った。私の正義の心が邪悪な心に勝ったのだ」
ぺろん。
「あっ、薬がっ」
「ふいー、ひどいのう鈴来君よ。日頃の鬱憤というやつか?」
「博士、薬を飲めば肉体的ダメージも元通り。それを見越しての全力パンチです」
「そうかそうか。わしとしたことが、我を忘れて巨大化するとは、薬の副作用なのかのう――やはりこれは……」
「鈴来さ~ん」
「えっ、カレー屋の? なぜ私の名前を?」
「巨大化したとき、背中に大きく書いてありました」
「そんなぁ、謎のヒーロー世界を救うってシチュエーションだったはずなのに」
「でも、最高にかっこよかったです。サインしてください」
「サイン? はっ、いつの間にかこんなに人だかりが。どうしましょう? 博士」
「とりあえず、サインすればぁ?」
「サイン、サインします! 携帯の番号も書いておきます」
「はいはい、押さないで~」
「博士、ちゃんと整列させてください」
「なんでわしがこんなことを、どんどん増えてくるぞい」
「仕方ないのです。一人にサインしたら、全員にサインしなければならない。それが芸能界の掟『サイン』です」
「まったく。はい、はい、一列に並んでくださーい」
「やっと終わったわい。さっさと帰るとするか」
「そうですね、博士。もう真っ暗ですし」
「これから徒歩2時間じゃがな!」
「あれ、留守電が入ってる」
今日は助けていただいてありがとうございました。
今度、食事に誘ってください。
応援してます。
「やりましたよ、博士。博士? 聞いてるんですか? 博士! 博士~!」
「聞いておる。もうわしはとんだピエロじゃよ。薬は全部君にやる。わしは次の発明にとりかかるよ、おとなしくな」
「そうですか。では私はこれを売って彼女と、ふふ、むふふふ」
「勝手にするがいいわい!」
変身! アリクイ男編 ―― 完 ――
博士っ! 博士っ!