チューリップ
恋について話し合う、少年と少女の話。
「もし、3人の人から同時に告白されたら。君ならどうする?」
つい先ほどまで読書に没頭していた彼が、私に問う。学校の図書室の片隅の席。いくら図書委員の人がいる場所から遠いからといって、うかつに大声を出せない私は、少しだけ眉間にしわを寄せた。
「いきなり何の話?」
「いいから、答えは?」
質問を質問で返される。
出会った時から、つかみどころのない彼の性格は重々承知していた為、私は彼の質問に対する返答を考えることにした。
「そうね…私なら、3人とも断るわ。」
「どうして?」
数秒悩んでから答える。すると、間髪入れずに更なる質問で返されてしまった。
「誰か一人、なんて言われて誰かを選ぶことが出来ないなら、最初から誰も選ばない方がマシよ。」
もし、3人の中の誰かに私の好きな人がいれば、それはまた別の話だけど。
そう言って私は、読みかけだった手元の本に視線を戻した。彼のせいでどこまで読んでいたかを忘れてしまったが、今なにかを言えばさらに食いついてくる気がするので止めておく。せっかく久々に暇になった放課後だ。思う存分、大好きな本の世界に浸っていたい。
「そっか。君らしい答えだと思うよ。」
「……バカにしてるの?」
クスッと静かに笑いながら言う彼。発言内容の受け取り方にもよる。
が、どう考えても褒められている感じはしなかったため、思わず本から彼に視線を移してしまった。また、眉間にしわを寄せたまま。
「いいや、バカにしてはいないよ。納得していただけで。」
「納得?」
「そう。世の中にはいろんな考え方があるんだな、ってね。」
手元にある本を見ながら彼は言う。つられて私もその本を見ると、表紙には「花言葉」と書かれてあった。
「ちなみに、模範解答は?」
「…あぁ。3人の騎士に同時に思いを告げられた少女は、花の神フローラに頼んでその姿を花に変えてもらったんだって。神話だから、模範解答ではないけれど。」
「なんで自分の姿を変える必要があるのかしら。」
本に書いてあったことを、つらつらと読み上げていく彼。既にこの時点で読みかけの本をもう読み進めることは出来ないだろうと思った私は、しおりを挟んで手元の本を閉じた。
「さぁ?それはその少女しか分からない心情だね。」
「私は分かりたくもないけど。」
妙な苛立ちと疑問を抱える。何故、選べなかっただけで…困惑しただけで自身の姿を変えてしまったのだろう。それならば、相手の3人の男性の方をどうにかすればいいのだ。別に自分自身を犠牲にしてしまうことは決してないはず。
頭をひねらせて、精一杯考え込む。すると、人が真剣に考えているのを傍目に、彼が呟いた。
「僕は…僕なら、多分自殺でもするかな。」
「どうして?」
意味が分からない。告白されただけで、なぜ死ぬことに直結するのだろうか。まるで、先ほど話していた少女のような末路ではないか。
「きっと、考えて考えるんだ。それこそ食事も食べれず、夜も眠れないくらいに。
そしたらさ。その内に答えが出せない自分自身が嫌になってくる。そうなれば、もう激しい自己嫌悪に襲われるんだ。それこど、死にたいくらいのね。」
「…随分マイナス思考なのね。」
「人より物事に対して真剣に向き合ってる、って言ってくれないかな。」
「じゃあ、私の答えは真剣じゃないって言うの?」
「それはまた別の話だよ。選択肢なんて膨大に存在するんだから。」
誰も選ばない選択肢。最終的に自己嫌悪に陥る選択肢。自分の姿を変貌させる選択肢。人の数だけ答えがあるというのは、まさしくこのことなのだろう。容量オーバーで悲鳴を上げている頭で考え込む。先ほどまで読みかけだった本の内容は、頭の片隅に追いやられていた。
ふと、目の端に写っていた景色が動き出す。疑問に思って下に向けていた顔を上げると、彼が本を片手に席を立とうとしていた。
「その本、もう読み終わったの?」
「うん。ついさっきに終わったよ。」
どうやら、本が読み終えて暇になったために私を巻き込んだらしい。暇なら暇だと言ってくれれば、読みかけの本は貸出処理をして私も帰宅準備に取り掛かったというのに。
「…そういえば、さっきの話。あれは結局何の話だったの?」
不意に根本的な疑問が頭をよぎる。質問されて、それに答えて、お互いの考えを話して。ただそれだけだった為に、あの話の出所がどこなのか私は知らないのだ。ただ、彼の手元に花言葉の本があったことから、花関係なのだろうとは思ったけれど。
「言ってなかったっけ?」
「言ってないわ。」
「あれは…チューリップの話だよ。オランダに伝わる、チューリップに関しての神話。」
立ち上がって、真横にある窓の外を眺めながら話す彼。
私も一緒になって、窓の外にある中庭を見る。ふと花壇の方を見ると、そこには今にも咲きそうなチューリップの蕾が、太陽に向かって伸びていた。
チューリップ
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