屋上に深海魚
神奈川のとある中学校の屋上に据え付けられた貯水槽にかけられた水圧はその中で泳ぐ竜宮の使いをして、小気味良いと思わしめるほどのGだった。
実行計画に根幹から携わった佐藤正義さんに話を聞いた。彼は川崎市の製鉄工場で利用される油圧式ポンプの開発に携わっているエンジニアだ。
場所はもちろん現場である中学の屋上。時刻は深夜の十二時過ぎ。三月に入り暖かくなった月夜に、オフホワイトの貯水槽が青く照らし出されている。
ー今回の出来事に関してどのような感想を持たれています?
「なんていうのかな・・・。確かに幻想文学はおれ、好きでしたけど。実際に出くわしてみて、それも五十手前でね・・・主人公になってみると、気色悪いですね・・・。運命ってのは。」
ー自分一人の力で出来たことではないと?
「まず、物理的に不可能ですし。それがあれよあれよというまに家のテレビで生きた竜宮の使いの映像を見てたと思ったら、ポストに手紙が届いてて。」
ーそれは本当に幸運なことでしたね。
「満足してますよ。おれの・・・なんていうのかな、誰にも言えない暗い欲望みたいなのがね。一生日の目を見ないで、消えていくはずの腹の中にたまってる澱みたいな空想がね。実際実現したら、そりゃあ例えどんな形だって・・・。でも・・・・・幸運ってなんなのかな。」
ーずいぶんたくさんのお金が動いたと聞きました。
「・・・・・・・何億円も。それも誰のためでもなくね。それをどうこうするためでもなく・・・。こうしてインタビューまでしてくれて
ね。」
ー実際、竜宮の使いが泳いでいるのを見てどうでしたか?
「暗くて見えないからね。でも、いるのは確かだから。・・・・・こうやっぱいいよね。でも怖いですよ。まるで、妄想と現実の区別がなくなってるような気分で今も目が白黒しています。」
ーいずれにしても夢を叶えたわけですね。
「こうしてインタビューまでしてくれてね。あんたらには本当に感謝してますよ。これからどうするのかしりませんけど。おれの設計図におそらく水族館とか外国の研究機関まで
動いてくれたみたいだし。夜な夜なわざわざ母校の屋上までね、耐震工事のふりまでしてくれて。・・・でも激しく憎んでもいますよ。」
ーもう少し、理由が必要だったと?
「いや、あんたらの理由なんか全然聞きたくないし、実際正体不明でいてくれるとこまでがあんたらの配慮だろうと思いますよ。でもね、夢ってなんなんですかね。こんなもん全部嘘じゃないですか。叶ったかどうかじゃなくて、おれが嬉しいかどうかが問題なんじゃないですか?」
ー嬉しくないんですか?
「おれだけ嬉しくても仕方ないじゃないですか。で、たぶん俺の夢が叶って本当に嬉しいのはあんたらだけなんじゃないですか?」
ー我々があなたの友達や親だとしても?
「おまえらがおれの友達や親なわけがないし、そういう部分が少しでもあるならこんなこと絶対しないと思うんですよ。別に真の正体は友達でした、でもいいですけど。もう。」
ー最後にひとことどうぞ。
「・・・・でも深海魚を、かわいそうだとかは、どうしても思えないんです。おれ。こうして手を触れると、モーターの振動しか感じないけど。確かに入っていくの見てましたし。そうじゃなくてもこの屋上に深海魚が泳いでいるのが、はっきり実感するんです。元気にゆうゆうと生きてるのがわかるんです。だから、でも・・・。・・・たぶん、これは絶対叶っちゃだめな夢だったんです。夢とか希望とかっていうのは、やっぱり幸福のためにないと駄目なんです。誰のためであっても。おれ、夢がなくなって、今途方にくれてるんです。」
ー夢を叶えられましたね。おめでとうございます。
「・・・だから、つかんでないんです。あと、どうせちゃんと生かし続けるんでしょう?・・・おれはもう辛いだけですよ。」
ーありがとうございました。
屋上に深海魚