短編小説 『幻影将棋』

「さぁ、勝負!」

その声と同時に周りから歓声が上がった。
その歓声の真っ只中に居るのは中学2年生の僕。
そして眼鏡を掛けた、いかにもまじめそうな男の子。

「さぁ、準々決勝か……ここで負けたくは無い!絶対に勝ってやるぞー!」

目の前のやる気満々の男の子はそう叫んで僕のことを力強く指差す。
しかしその反面、やる気満々の男の子とは違い、僕は無表情で
少々申し訳無さそうにお辞儀をした。

「さて、じゃあ始めますか……」

僕はそう呟いて将棋の駒を手に取った……。

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学校の昼休み。

この時間は午前中の授業が終了し、学生全員が肩の力を抜く憩いの時間だろう。
グラウンドや体育館に遊びに行く人、教室で友達と会話をする人、勉強をする人。
皆それぞれすることは違う。

そんな中、僕はというと毎日教室で一人椅子に座りながら目の前の大きな黒板を見つめていた。
それも昼休みの時間、約1時間30分全てをその行動に費やしている。
自分では至ってなんの変哲も無い普通と思えた行動だったが、周りはそうは見てくれなかった。

周りの人たちはいつもいつも僕のことを不思議そうに見つめてくる。
正直その周りの人たちの目線は気になってはいたが、まぁしょうがないと自分の中で諦めていた。

だって、よくよく考えてみれば確かに僕の行動はおかしいのかもしれないから。

一人で教室に居るのは分かる。
だけど、僕の場合はただ一人で居るだけじゃない。

本当に何もしていないのだ。

ただ椅子に座り、前方を向き、黒板を見つめる。
ただそれだけの事を僕は昼休みの時間、永遠と続けていた。

もし僕が見る側であったなら、確かに不思議だと思ってしまうだろう。
だから僕は見ている側に対して、こっちを見るなと注意することはしないし、
不快な気持ちにもならなかった。

しかし、皆は少し勘違いをしている。

皆は僕が何もしていないと思っているが……。

実は、何もしていないわけでは無い。

僕は椅子に座りながら前方を向き、あることをしているのである。
それは、きっと普通の人には理解できない事だと思う。

「……」

僕は目を閉じて精神を集中させた。
そして耳を一人の人物へと傾けて息を飲む……。

すると。

” や……っぱ……あ…か…いい…… ”

細切れだが、そんな声が頭の中に響いてきた。
そして、その声にしばらく集中していると次第に細切れだったその声が
鮮明に聞こえてくるのが分かった。

” やっ…りあの……子は…かわ……”

「……」

” やっぱりあの子は可愛いなぁ…… ”

「……」

僕は静かに目を開けて、耳を傾けていた方へ目線を移す。
そこには一人の男の子が女の子を見つめて立っていた。
僕はその女の子の方へ顔を向けて、顔を確認した後、再度前方へ向く。
そして口元を抑えて笑いを堪えるのだった。

へぇ……菊田は佐藤のことが好きなんだ……。
意外だなぁ……。

僕はそう心の中で呟きながら、そのまま再度目を閉じた。

…………。

頭の中に誰かの声が流れてくる。
誰かの言葉が聞こえてくる。

そして、それが人の考えていることだとすれば……。
それは、いわば人の心を読めているということ。

そう……。

僕の普通の人には理解できないこととは。

…………。

……。

人の考えていることを読むことが出来るということだったのだ。

周りの人からは何もしていないように見えるが、実は昼休みの時間。
僕は誰かの心をずっと読んでいたのだ。

そんなちょっと不思議な力を持っていた僕はある日、
クラスで将棋トーナメントが開かれることを知った。

クラスで将棋に自信がある者が任意で出場し、優勝者を決める大会のようなものだ。
意外と人気があり、特に優勝した人に商品や賞金などは無いが少しの間、
クラスの英雄のような存在になれる。
そういうこともあって、密かに生徒が主催するそんな大会が学校中のブームとなっていた。

ちなみに過去には囲碁やチェスの大会も開かれたことがある。
僕自身が出たことは無いが、見ているのは楽しかった。
周りからの熱い声援、盛り上がり。
遠くから見ているだけでも凄い迫力だった。

しかし、そんな誰もが優勝を憧れるちょっと大きな大会に僕は
特に出たいとは思わなかった。

何故なら、僕には人の心を読む力があるからだ。
この力を使えばどんな相手にも簡単に勝ててしまう……が。
それではつまらないし、変に周りから注目を浴びてしまう。

僕はそれが嫌だった。

まぁ、力を使わなければ良いのだろうと考えたが。
僕は将棋や囲碁などをあまりやったことがない。
つまり、力を使わないとゲームの力量は皆無に近いので負けるのはほぼ確定であった。

それなら、出る意味も薄い……。
出る意味なんて無い。

そう思っていた。

しかし……。

僕はひょんなことから、そんな誰もが優勝を憧れる熱い大会に出ることを決心した。

それは何故か……。

それは、ある人物がその大会に出ると小耳に挟んだからだった……。

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場面は冒頭に戻り、本番当日。

僕は今、準々決勝の試合の真っ最中であった。
相手はいかにも知的そうに見える、眼鏡をかけている男の子。

凄くまじめなのだろう。
試合中ずっと将棋盤を見つめて一言も喋らず集中している。
しかも、その椅子に座っている姿も背筋を伸ばしていて凄く綺麗である。

噂によればこの対戦相手のお父さんは棋士なのだそうだ。
そんなことはこの人の実力とは関係ないが数多くの参加者の中から
ここまで勝ち上がってきているということは、それ相応に実力があるのだろう。

しかし……。

パチッ。

僕はおぼつかない手付きで”歩”の駒を前へ進めた。

……僕の相手じゃない……。

そう、僕には心を読む力がある。
どんな相手にだって負けない。

現に戦略なんて何も無い、ただ駒の動かし方しか知らない僕が
ここまで勝ち上がって来れたんだ。
このいかにも強敵のように見える相手にだって勝てるさ……。

” うーん、歩を進めてきたか……どうしよう…… ”

「……」

僕は目を瞑りながら相手の考えを読みとった。

悩んでるな……長期戦になりそうだ……。

” うーん…… ”

……。

少しして。

先程の僕が打った手からまったく試合は進んでいなかった。

しばらく相手の長考が続き、盛り上がっていた観戦者もさすがに
この何もない間に飽きてしまっている。
相手は頭の中で必死にこれからどう展開するかを考えているようだ。
僕が次に打つであろう駒の位置などを念入りに確認しながら、
将棋盤を指で必死になぞっていた。

しかしこれでは僕どころか、どんな人にでも考えている手が読まれそうだけど……。

そんなことを考えていた僕は首を捻る。
その時、遂に相手が動きだした。

相手は”角”を持ち、僕の先程動かした”歩”を取る。

ん、この”歩”を取るのか……。

僕はそう心の中で呟き、眉をしかめた。

次、僕が”金”の駒を動かせば相手の”角”を取れてしまう。

本来”角”というのは将棋において非常に重要となる駒の一つだ。
それを相手に取られればそれだけで場は完璧に不利となってしまう。

しかし、この眼鏡の男の子はあえて”角”を僕の駒の射程範囲に置いてきた。
明らかに状況は僕の有利になる手のはず……。

はてさて、一体相手は何を考えているんだ……?

…………

……。

……と、普通なら誰もがこう深読みするはずである。

しかし、僕はそんなことは考えず、間髪入れず手早く駒を動かした。
僕は”角”を取らないでその近くにあった”桂馬”を進める。

この僕の手に相手は一瞬静止した。

「うっ……」

相手は驚きの表情を浮かべて焦る気持ちを抑えるように眼鏡を拭き始める。
予想とは違う手を打ってきたことに驚いたのか、顔が険しい表情へと変わっていくのが分かった。
相手はきっと、自分で進めた”角”をコイツは取るのだろうと思っていたのだろう。

しかしそれは残念ながらお見通し。

なにせ、心の中でそう彼自身が呟いていたのだから分からないわけが無い。
それに、ご丁寧に僕が此処へ駒を動かしたら危ないという手まで
頭の中でシュミレーションしてくれていた。
僕はその相手の考えのままに駒を動かしただけに過ぎないが、
相手にとってはそれが致命的となっていたようだ。

その後、相手は長考を何度も行い深読みを重ねるが、結局僕の手になすすべも無い。

結局、この試合は僕が圧勝した。

どんな手だろうと、僕には勝てない。

優勝まであと2戦。

このまま行けば、勝てる。

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次の日。

昨日の準々決勝は何とも長い試合であった為、準決勝は
翌日行うということになった。
相変わらず周りの歓声が大きいため、自分も自然と心拍数が上がってしまう。

勝てるというのは分かりきっていることだけどやっぱり緊張するなぁ……。

僕は静かに頷いて、深呼吸を繰り返す。

「よし……」

そして心の準備を整えた僕は、目の前に座っている対戦相手を
どんな人なのかと恐る恐る見つめた。

「いよぉし!いくぞー!」

「……」

目の前の人物はそう言って周りに自分のことをアピールしていた。

テンションの高い人だなぁ……。

男子で、高身長。約170センチはあるか。
どう見てもアウトドア派な外見で将棋なんてしなさそうな人だけど……。

「……」

まぁ、僕にはそんなこと関係ないか。
心を読めてしまうんだ。
どんな相手にだって関係なく勝ててしまう。
冷静になれば問題なく勝てる……。

こうして、静かに準決勝が始まった。

……。

数分後。

将棋盤の上では熱い試合が展開されていた。
パチッ、パチッという駒を進める音が周りに鳴り響く。

「よし、ここだな!」

パチッ!

相手が強引に”桂馬”を進めた。
僕はその桂馬から陣地を守るように駒を動かす。

「くそっ……」

僕は汗を垂らしながら必死に将棋盤を見つめていた。
昨日だったらここまで手が進んだ時点で僕が圧倒的に有利だった。

だけど、今日は違う。

今日は、相手のペースだ……。

ゴクッ……。

僕は息を飲んで相手の様子を伺う。
相手は笑顔で楽しそうに将棋盤を見つめていた。

「……」

何で、何で読めないんだ……。
僕は必死に目を瞑って考える。

今日は相手の考えていること。
それが何故か読めない……。

理由は分からない。
だけど、まったく自分の頭に相手の考えている言葉が
入り込んでこない。

「何で……!」

僕はそう呟きながら必死に駒をどう動かすかを考えた。

今、将棋盤上は混戦状態。

相手は驚くほど強気で攻めてくるタイプで、桂馬、角、飛車などが
容赦なくこちらの陣地へと突撃していた。
まるで躊躇が無く、手を進める早さも尋常ではない。
だけど、正確に的確に嫌なところを突付いてくる。

やっぱり準決勝へと上がってきているだけあって、強い……!

だけど、一つどうしても腑に落ちない点がある……。

それは、何で相手の心が読めないのかということ……!
人の心を読むという僕の力が急に無くなったとでもいうのだろうか。

いや、それは絶対に無い。

何故なら、周りの観客の考えていることが僕にはちゃんと分かるからだ。

聞こえる……。
いろんな声が、他の人の考えていることが。

だから、絶対にそれはあり得ない。

じゃあ何で……!

…………

……。

その時、一人の観客の考えている言葉がふと頭の中に聞こえてきた。

” 何、あの駒の動かし方……まるで何も考えて無いわ…… ”

「はっ!!!」

僕はその言葉を聞いて、あることに気が付いた。

まさか……この対戦相手……!

いや、でもここまで勝ち上がってきているんだ。そんなはずは……。
でも、運で勝ち上がってきているのだとしたら……。
あの男の相手がたまたま全員弱かったとしたら……。

これは中学校の単なる小さな大会、十分にあり得る……。

「……」

この対戦相手……。


”   ……何も考えていない……!   ”


「ううん……」

僕は首を傾げて駒を動かした。
どうも納得できないが、きっとそうなのだろう。
この人だけ心が読めないということは、きっと何も考えないで
将棋を指しているのだろう。

ってことは、ここまで勝ち上がってきたのは……。

「運……?」

僕は苦笑いをしながら、何気なく”銀将”を進めた。
何だか相手が何も考えていないとなると、簡単に勝ててしまえるだろうという錯覚に陥る。

しかし、そんなことを考えていた僕はこの時、あることに気が付いた。

あ……。

ああああああああ!

僕は息を飲んで将棋盤を凝視した。

う、嘘だろ……。

み、みすったああああ!

僕は顔をしかめて額の汗を拭った。
何が起きたのか。
それは将棋盤を見れば言うまでも無かった。

あ、相手の王手だった……!

僕は心の中でそう呟く。
そう、実はさっき僕が”銀将”を動かした時点で既に相手が僕の王将を
取れる形となっていたのである。

将棋というのは王将を相手に取られた時点で負けとなるゲーム。

なのに、僕は王将を動かしていない……!

つまり、次の相手の手で……。

僕は、負ける……!!!

「あ……」

あぁ……。

僕は、負けた……。

うな垂れる僕を尻目に相手の男子は楽しそうに駒を手に持っていた。
あの笑顔を見る限り、勝利を確信しているに違いない……。

「よおし、ここだな!」

パチィ!

相手は思い切り駒を将棋盤に叩き付けた。
僕はそれと同時に体を思い切り震わせる。

終わった……。

勝負が、ついた……。

気力が抜けたように足元を見つめる僕は頭を抱えた。

負けた、僕は負けたんだ……。

そう頭の中で復唱していた僕に、相手は何故か不思議そうな顔で
僕の顔を覗き込むのだった。
僕は相手のその反応を見て少し、周りの違和感に気が付いた。

あれ、そういえば……。

勝負がついた割には周りの歓声が少ない……ような。
というか、周りの空気が凍っている……ような?
不思議にそう思う僕に、対戦相手はニコリと笑って
腕を組みながらこう言った。

「あれ?どうしたんだ?お前の番だぞ?」

…………

……。

「……へっ!?」

相手の言葉に僕は勢い良く顔を上げた。
将棋盤上を目を擦ってよく見つめた僕は、思わず口元を押さえる。

あ、あれ。あれれ……?

おかしいな……。

まだ、僕の王将が死んでいない……?

相手はどうしたのかと、僕のことをただただ不思議そうに見つめていた。
僕は今の状況を掴むことが出来ずただ戸惑う。
しかし、しばらく自分の王将を眺めて、やっと自分の置かれている状態に気が付いた。

そうか……。

相手。
対戦相手のあの人……。

…………

……。

”   王手に全然気が付いてなかったんだ……!!!   ”

「ぷっ!」

僕は口元を何とか抑えて笑いを堪えた。

い、いやいや!将棋初心者の僕ですら気付いていた王手だったのに……!
それなのに、この人は……。

僕は心の中で爆笑していた。

何でこの人がここまで勝ちあがってこれたのか、それを考えると
自然と笑いが込み上げてくる……!
僕も実力は無いけど、この能力のおかげで勝ちあがってこれたんだ。
なのに、何で能力も実力も無いこの人が……!?

ぷっ……あははははは!

いやいや、ミラクルもあるもんだな。本当に……。

「ふぅ……」

僕は口元を抑えていた手をそっと足元に置いて、気を取り直した。
さて、気持ちも落ち着いたことだし、勝負を続けよう。
さっさとこんな相手は倒して、決勝へのキップを……。

僕は王将を手に取り駒を進めた。
とりあえずこれで一時は凌げた。

あとは徐々に攻めていけば……。

そんなことを考えていたその時、ふと僕の頭の中に誰かの言葉が聞こえてきた。

” おい…… ”

「えっ……?」

僕は思わずそう口走った。
あれ、今誰かの声が聞こえたような。

聞こえたような……。

そして、それを気のせいだと思った矢先。

” おい……こっちだ ”

「……!?」

僕はその声に体を震わせた。

気のせいじゃない!

誰かが、僕を呼んでいる。
しかも、この声はここ最近で耳にしたことのある声だぞ……。

僕は恐る恐る目の前の対戦相手の顔を見つめた。

そして、その瞬間。

僕は背筋が凍るような錯覚に陥った。

「どうしたんだ?そんなにこっちを見つめて。」

「あ……」

目の前の対戦相手はニヤリと不適な笑みを浮かべてこちらを見つめている。
聞いたことのある声、それはこの対戦相手のことであった。

な、何で……何で相手の声が頭の中に……。

” 何でってなぁ……俺だって普通じゃないんだぜ? ”

「えっ……!?」

僕はさらに驚く。
周りから見れば僕の行動はとても不審であっただろう。
なにせ、周りから見れば僕が一人で勝手に体を震わせて、
怯えているように見えているからである。

いや、それにしても何だ!?
さっきの声。僕の考えていることがまるで分かっていたかのような口振り。
まさか……この声の主は……。

” そうだよ、そのまさかだよ ”

「!!??」

僕は目の前の相手の顔を見て息を飲んだ。

やっぱり……。

対戦相手のあいつ……。

…………

……。

僕の心が読めている……。

” そう、そういうことだよ ”

相手は僕の心に言葉を運んでくる。
僕も唇を噛み締めながら相手に伝わるように頭の中で言葉を考えた。

” 何で……今まで隠していたのか…… ”

相手は僕の顔を見ながらニコリと笑う。

” そうだよ。あえて何も考えないことによって、お前を欺くことができるだろう? ”

「くっ……!」

そういうことか……。

僕は拳を握り締めた。
こいつは心が読める、僕と同じように。
まさか、こんなところで遭遇するなんて……。

「……」

先程僕が言っていたこの大会に出ようとした理由を覚えているだろうか。

ある人物がこの大会に出場すると耳に挟んだから出てみようと思った……と。
実は、それは人の心が読めるやつが居るという噂を耳にしたからだった。

僕以外にも人の心を読める人が学校に居る。
それを聞いて僕はその人物が誰なのかが気になった。
そして、ある日その人物がこの将棋大会に出ると耳にした。

最初はただの噂だと、軽く流していたけど……。
やはり気になった。

だからその人物と戦ってみて能力が本当なのかを試してみようではないか。
戦って、本当に心が読めるやつなのか確かめようでは無いか……。

そう考えた。

きっと僕と同じように心が読めるのだとしたら、決勝に
勝ち上がってくるだろうと踏んで……。

それが、この大会に出た理由であった。

いや、でも……。

まさかこんなに早く会ってしまうなんて……。

そして、なにより……。

今までの行動全てが演技だったっていうのが……。
僕はあいつにただ踊らされていただけ……。

それだけ……。

” まぁ、大体合ってるな ”

「うっ……!」

僕は自分の心を読まれる感覚にゾッとした。
また心を読まれた!くそっ……!

” まぁ、そんな熱くなるなよ。お楽しみはこれからだぜ? ”

” お楽しみだと……? ”

相手を睨む僕に対して目の前の男は意地悪く笑う。

” そうだよ。能力だけで勝ちあがってきて調子に乗ったお前を俺がコテンパンに潰す……。
最高のシナリオじゃないか ”

こいつ……。

……。

そうか、僕は完全にこいつに舐められていたんだ。
こいつがここまで勝ち上がってきたのは運じゃない。

実力だ……。

というか、能力のおかげだ……。

” ほら、駒を動かせよ ”

「くっ……!」

僕は相手の言葉に苛つきながら駒を手に取る。
そして、力強く”金将”を動かした。
バチッ!という激しい音が鳴り響く。

” ふん、怒ってるのか?面白いねぇ……。 ”

相手は僕をさらに煽ってくる。
僕はそんな相手の顔をじっと睨んだ。

” おっと、怖い怖い。ま、目つきが怖くても、将棋は怖くないがな ”

相手はそう僕にキツい言葉をぶつけながら将棋盤へと目を移す。
僕も相手に釣られるように将棋盤へと目線を移した。

そしてその時。
相手が言っていた言葉を僕はようやく理解した。

” あ……!悪手だ……! ”

目の前の相手は”角”を手に取り不適に笑う。
そして、トドメだと言わんばかりに勢い良く駒を動かしたのだった……。

バチィッ!

…………

……。

” これで、終わりだな ”

「うっ……」

僕は唇を噛み締めながら俯いた。

悔しい……悔しい……。

でも……。

僕は俯きながら篭った声でこう小さく呟いた。


「負けました……」


その僕と声と同時に周りでは大きな歓声が上がる。

対戦相手はその場に立ち上がり、女の子や勝負を見ていた生徒に
笑顔でアピールをしていた。
そして、相手は満円の笑みを浮かべながら僕の頭にこう問いかけるのだった。

” 残念だったな。ま、この苦い思いを教訓に人の考えていることを闇雲に読むことを控えるんだな ”

そう僕の頭に問いかけて、相手は去って行った。

……僕は見事に完敗してしまったのである……。

これからは、人の考えていることを無闇に読むことをやめよう……。

心にそう誓ったのであった……。

めでたし、めでたし……。

………………

…………

……

” お……い…… ”

” お…い…! ”

” おい! ”

「わっ!」

賑やかな教室、時間は昼休み。
その昼休みの教室で、その瞬間、一人の男の子が大きな声を上げた。

周りがその彼の突然の行動に首を傾げる。

一方、その男子はというと何が自分に起きたのかまだ理解出来ていないようだった。
周りを必死に見渡して、誰が自分に怒鳴ってきたのかを探す。

そんな彼を見て、椅子に座っていた一人の人物が立ち上がった。
その人物は周りを見渡している彼に近付いていく。

周りを見渡していた彼も徐々に自分に近づくその人物に気付いたようだ。
お互いに目を合わせて息を飲む。
そして、二人は手が届く距離にまで近づくと静かに目を閉じるのだった。

お互いに目を閉じたまま動かない。
ただ、何かに集中しているように固まっている。

” やっと見つけたよ。僕と同じ、能力者さん ”

一人の声が頭に聞こえてきた。
その頭に伝わってきた言葉にもう片方が問いかける。

” 何でだ……何で俺が心が読めると分かった…… ”

両方がその言葉と同時に目を開けた。

「何でって、あんな”妄想”をしてたらバレるに決まってるでしょ。
僕が将棋大会に出て君にコテンパンに負ける……。
それに、僕が人の心を読めるということを君が分かっていた時点で、
君は僕の心が読めているということになるもんね」

そう言ったのは僕。
そう言われて唇を噛み締めたのが菊田という男子だった。

「妄想……?それに心が読める?な、何のことやら……」

菊田は頭をかいて誤魔化そうとする。
しかし、僕にはもうお見通しだった。
彼の考えていたこと、それを僕は全て読んでしまっていた。

そう、全ては彼の壮大な妄想だったのである。

僕が将棋大会に出て、菊田君と対戦する。
そして調子に乗っている僕を彼が思い切り華麗に突き落とす……。

「君が僕を将棋大会でコテンパンにする妄想。
実に面白かったよ。凄いシナリオだね。
だけど、君の背が170センチ以上でアウトドア派に見えるってのは……。
ちょっと違うんじゃ……」

「うっ……」

菊田は顔を赤らめて口をへの字に曲げた。

この菊田という人物、恐らく誰が見ても体が小さくて
細いように見える人物だった。
そしていかにもインドア派な雰囲気を醸し出している。

恐らくあの人物像は彼の理想だったのか、現実と妄想との印象がまったく違っていた。

「全部、読んじゃったのか……?」

” うん ”

僕は心の中で菊田にそう囁いた。
菊田はさらに顔を赤くして俯く。

「何であんなこと妄想してたの?僕に恨みがあったの?」

僕はそう問いかけ首を傾げる。
菊田は口をへの字に曲げながら目を閉じた。

「だ、だってさ……お前勝手に俺の好きな子が誰かを読んだろ……?
そ、それがとても腹がたって仕方が無かったんだ……!」

” あぁ…… ”

僕はそのことを思い出し、頭を搔く。

「あぁ、じゃないよ!こっちは滅茶苦茶恥ずかしかったんだからな……!」

菊田は僕に人差し指を突きつけその後、教室の隅に置いてあったあるものを指差した。

「おい、あれで勝負だ!今度は妄想じゃなくて現実でコテンパンにしてやる……!
好きな子を知られた恨みだ!」

菊田はそう言って指差した方へズカズカと歩いていき、そこにあった大きな将棋盤を手に取った。
そして、僕の近くの机へとその将棋盤を置いて、椅子に勢い良く座るのだった。

僕はため息をついて渋々菊田の対面の席へと座る。

「あ、心を読むのは無しだからな!実力で勝負だ!」

菊田はそう言うが、僕には実力が無い。
能力を使わないとどうしようもない……。
僕はバレないように能力を使おうと頭の中で考えていた。

しかし……。

即座に菊田が頭の中に問いかけてきた。

” おい!だからバレないように能力を使おうとかやめろよ! ”

菊田はそう問いかけてきたが、僕も納得いかなかった。

” 君も相手の心を読んでるじゃないか…… ”

” うっ……それは、あれだ……まだ勝負は始まってないから関係ないよ……! ”

「ぷっ……!」

僕は苦笑いをした。
菊田はその僕の顔を見てさらに顔を赤らめる。

「……い、良いから始めるぞ……。はい!俺は動かしたから次はお前の番な!」

「はいはい……」

僕は菊田の動かした”歩”を見て目を閉じる。
相手の考えていることは……と。

” あーっ!ほら!相手の考えていること読んでる!ずるいよ! ”

” だから君も今僕の心読んでるでしょ……! ”

” いや、だからそれは違う……! ”

” 何が……! ”

……………

………

……。

勝負はいつまで経っても決着がつかなそうです……。

~読心術の二人~ 終わり 執筆 2011年 11月20日

短編小説 『幻影将棋』

ちょっと話が分かりづらいので解説したいと思います。
この説明も下手でしたらすいません・・・。

①主人公は心が読める→クラスの菊田君の好きな人を読み取ってしまう。
②ひょんなことから将棋大会に出ることに
③対戦相手がまさかの心が読める相手→コテンパンに負ける
④しかし、それは主人公に好きな子を読まれて恨みを抱いていた菊田君の妄想だった。
⑤そういう妄想が出来るということは菊田君も心が読めるということ。
⑥結局最後は、お互いに将棋で勝負をつけることになった。

こんな感じです。正直中身なんてありません。ただのコメディと受け止めていただければ幸いです・・・。

短編小説 『幻影将棋』

彼は何処にでもいる中学生の男の子。しかし、彼には誰にも教えていないある秘密があった。 ひょんなことから学校で開かれる将棋大会に出ることになった彼の運命はいかに・・・。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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