夢神社
ややホラーです、怖い話が苦手な方は なるべく御控えください。
あれはまだ私が子供の頃の話だ。
東京から親の都合で引っ越してきたばかりの私にとって、山の中にあるこの学校の友人は、訛りが強く、
気弱な性格もあって、すでに出来上がっているグループの輪の中に入ることは難しく、
また彼らから異色なモノに見えたのだろう、転校してまもなく私はいじめの標的にされたのだった。
単純ないじめだ、捕まれば攻撃され、逃げば根も葉もない悪口を広められる。
それでも逃げれば痛い目には合わないので、いつも走って逃げていた。
学校の帰り道、彼らから逃げる為、いつもと違った道へ走ったが、彼らはしつこく追いかけてきた
急いで生い茂った紫陽花の隙間に隠れると、その奥に緑の草がまるで抜け穴のように続いているのが見えた。
好奇心から奥へ奥へと進むと、木漏れ日が差し込み、緑に囲まれた古びた神社が目の前に広がった。
瓦には苔が生し、鳥居に書かれた文字も、潰れてよく読めなくなっていた。
「逃げきれた」
その安堵から、私は境内に入り込んで、大きく深呼吸をする
朝露のような良い匂いに包まれ、何とも言えぬ爽快感を味わった。
いい場所を見つけた
彼らもここまではついてこれないだろう
その日から毎日、私はこの神社で時間を潰すようになった。
この場所は誰も知らないのか、いつも遅くまで一人になることができた
そして親にはまるで「友達と遊んでいるから帰るのが遅いんだ」と思わせ余計な心配をさせずに済むのだった。
実際、ひとりでも楽しかった
誰もいない神社を探検し、図鑑でしか見た事もない昆虫を捕まえたり、
雲を見て妄想にふけっていたりした。
そんな生活を続けて、しばらくした頃、
昼寝から目を覚ますと、目の前におじいさんがいた。
恐らくここの持ち主だろうと急いで跳ね起き、
ランドセルを持ち、無言で走り出そうとすると
「大丈夫だよ坊や、ゆっくり休んでいいんだよ、私もただの日向ぼっこにきた暇なジジイだ」と優しそうな顔でニコッと笑ったのだった。
私にはそれが家族のいる家以外の落ち着ける場所を初めて見つけられたようで嬉しかった。
次の日も、神社に行くとおじいさんがいた、人見知りの激しい私でも、このおじいさんだけには
何故か最初から心を開けたのだった、「明日も来る?」と聞くと、「ボウズが来るなら来るさ」と笑って言ってくれた。
その日から、学校が終わってから、おじいさんと遊ぶのが楽しみになっていた。
将棋を習ったり、おじいさんの子供の頃の話を聞いたり、引っ越す前に住んでいた東京の話をした、
おじいさんも もちろん方言が強く訛っていたが、しばらくするとようやく耳も慣れてきたし、
なによりもどんな話でも嬉しそうに聞いてくれるのでそれが嬉しかった。
そんな日が続いたある日
おじいさんは「学校の友達とは遊ばなくていいのか?」と心配そうな顔で私に聞いた、
何故か自分でもわからないが私は突然泣いてしまったのだ。
学校のいじめっこ達にとって、授業が終わると同時に標的である私が一目散と走り出して目の前から消えてしまうことを、
面白く思わないのか、最近は学校内のいじめが激しくなっていたのである。
それでもそんなことは私にはどうでもよかったのだ、学校を抜け出し、神社に入ってしまえば後は楽しいだけなのだと思い込もうとしていた
私は正直に話した、学校に馴染めないこと、家族に迷惑をかけたく無いこと、おじいさんと一緒にいることが本当に楽しいこと、
おじいさんはどれも少しだけ険しい顔で「そうかそうか」と頷いてくれた。
そして、全部を聞き終えた後で私に教えてくれたのだ、
「この神社は、特定の人しか入る事ができないこと」
だから私のことをイジメる彼らはここのことを知らず、私は逃げることができているのだということ
そしてもうひとつ
「この神社には、いたずら好きなキツネが祭ってある、そしてその手前にある井戸で大声を願いを唱えると、どんな願いでもひとつ叶う」のだと言う
教えてもらった後で私はいくつかの質問をした、
特定の人とは?
「特定の人とは、ここの神社の神であるキツネが興味を持つかどうかによる
私と同じで どうやらお前も興味を持たれたようだ、よかったな。」
願い事って?
「なんでも叶えてくれる、ただし ここの神様であるキツネはいたずら好きだ、元に戻してもらうには条件があるらしい」
願いが叶うならなんでもいいと私は思った。
「ボウズは何か願い事はあるか?」 おじいさんは優しく言った。
「うん、ある学校とかで、もうイジメにあいたくないんだ
もう彼らに会いたくないんだよ、これがいまの僕の願い」
私はまた涙を流していた。
「なら、そこの井戸で今言った事を叫べばいい、必ず叶えてくれるさ」
おじいさんは先ほどより更に優しく言った
「うん・・・。言ってみる」
これでいいのだ、他人のせいで自分が苦しむ事はない
苔が生え、枯れているのか、どこまで水があるのかわからない古井戸に向かって
私は大きな声で願い事を叫んだ
「いじめっこにもう二度と会わなくて済むようにしてくださいっ!」
井戸の中で、こだまが跳ね返り、神社中を私の声が広がった
そしていつの間にか気を失った
起きると、もう外は暗く
街灯も少ないこの山奥の神社は、冷たく風が吹き荒れていた
起き上がってようやく違和感に気づいた
いつもより目線が高い
そして身体が重く、節々が痛いのだ
両手を開いて見ると、そこにはカサカサと水分を失い、年寄り独特の染みが広がっている
訳がわからない
その手で顔を触ると、やはりいつもと違う感触が広がる
ひょっとしたらと自分は・・・・と思ったが認めたくなかった
そして 声が聞こえた
それはまるで子供のように無邪気で、善悪を理解できないような声だった
「これでもう誰も、お前をお前だとわかるヤツはいないだろうよ、望みを叶えてやった、
もういじめっこに会わなくて済むぜ、よかったな」
そして絶望の声はまだ続く
「元の姿に戻してほしければ、どっかの子供でも連れてきて騙すんだな、さっきの小僧のようにな クククッ」
声の主が誰なのかを理解するのに時間はいらなかった。
こうして私は老人になったのだ。
私を知る人に会う事はもうできない
会っても意味がないのだから
もちろん家に帰ることも
この姿で帰ったところで、どうなるかくらい私にでもわかる。
だがようやく戻れる
「大丈夫だよ坊や、ゆっくり休んでいいんだよ」
夢神社