夢追いかけ人
人生に行き詰る経験は、誰しにも平等に訪れる。
ある人は乗り越え、ある人は回避し、
そしてある人は、其処に踏みとどまる。
どれが正解で、どれが間違っているのかは誰にもわからない。
それは、貴方の人生だから。
私は、大きな過ちを犯してしまった。
どんなに後悔をしても、どんなに反省を口にしても、
過去を変えることはできない。
真っ暗闇の中でもがき苦しむ主人公の心の闇に焦点を当て、
光を求めて歩む姿を描く。
はたして私の求める答えは、この世に存在するのか?
私が望んだ破滅
『お疲れ様』
決まり文句の定型文を言い残し、
家路に向かう。
いつもと同じ様に電車に揺られながら、
携帯電話を取り出し、仮想の世界にのめり込む。
惨めな現実を忘れさせてくれる世界へと。
何も変わらない毎日。
変わらないと思っていた毎日。
そして、終わりは突然訪れた。
“青天の霹靂”という言葉があるが、あれは嘘だ。
私は、心の奥底で、私の人生の破滅を待ち望んでいた。
青天の霹靂が起こることを待ち続けていた。
嫁と子供が家を出て行った。
私独りを残し。
明かりの消えた家は、私の孤独と後悔を上手く表してくれている。
消え入るようなこえでポツリと呟く。
『ただいま』と。
とうとう、私が望んだ破滅が訪れたのである。
感傷に浸る自分を哀れと感じながら、一粒の涙が頬を伝う。
偽りの涙が頬を伝う。
心の闇
テーブルの上には、一冊のノートが置かれていた。
何処にでも売っているシンプルなA4サイズの青いノート。
3歳になる息子のために、私が書いたアニメの絵が描かれている、
息子の喜ぶ顔を見たくて買ったはずのノートが。
楽しい思い出になるはずのノートが、
今まさに、私を人生のどん底へと導く指導書のごとく、私の帰りを待っていた。
中々、上手に書けたと息子の亮祐(リョウスケ)に見せた時の
喜ぶ顔が唐突に記憶の奥底から思い出される。
こんな時に、感傷に浸っている自分が我ながら可笑しく、
そして哀れに思い、心の闇の深さに再び唇をかみ締める。
『哲雄へ
これ以上、自分に嘘をついて哲雄と生活することはできません。
冷静に、今の生活を見つめることができない。
今まで何度も不安に思っていた自分の気持ちを哲雄に伝えることができなかった。
この不安な気持ちを哲雄に確かめておけば良かった。
いくら後悔しても、いくら哲雄を信じようと思っても、
この不安な気持ちを、私の思いを伝えることができなかった。
これ以上、この偽りの家庭で良い妻を演じ続けることは、私にはできない。
本当は、信じたかった。
今でも、信じたいという気持ちがある。
ごめんね。
貴方のことばかり責めてしまって。
でも、これ以上、私の気持ちに嘘をつきたくない。
亮祐の前で嘘を演じたくない。
この家を出て行く私の気持ち、不安でたまらなく、貴方にすがりたくなる気持ち、
でもこのままじゃいけないと思う気持ち、全て抱えてこの家を出ます。
自分の本当の気持ちがわかるまで、、、
哲雄も自分の思いを、見つめてみて。
私は逃げてるのかな?
全てを哲雄のせいにしたいのかな?
それも今はわからない』
私の恐れていた現実が、そこにあった。
愛する妻と息子が私の前から消えてしまった事実が私の心を蝕む。
抑えきれない衝動が、やりきれない感情が私の心を蝕む。
そして、この現実は私が望んでいたことであると気づかされるのである。
しかし、勘違いしないでほしい。
家族を失うことを私は恐れていたわけでも、
家族を失ったことが私の心を蝕んでいるわけでもないのである。
私が本当に恐れていたのは、私の心の闇。
私を蝕んでいる物は、心の闇から抜け出せないという事実。
愛する者を失った私の心は、
深い悲しみや、後悔という感情を持つに至らなかった。
私の目から流れ出た涙は、偽りの涙。
悲劇のヒロインを演じ、涙を流すことで、観客を魅了するためだけの偽りの涙。
愛する物を失った現実をもってしても、私の心を揺さぶることはできなかった。
この事実が、更なる闇へと私を誘う。
夢追いかけ人