星空のワルツ

人に自分の生まれた日を祝ってもらうことって、こんなに嬉しいんだ。


 おりがみを折る。何かを作りたいけど何をつくっていいかわからない。せめてかたちになれば、と思うのだけれども折りかたなんて誰にも教わったことがないし本にも載っていなかったので、色とりどりの紙をひたすら折っていく。さんかくならさんかくに。しかくならしかくに。どうやってもさんかくはさんかくのままでしかないし、しかくはしかくのままでしかない。しかも折っていく事に厚みだけが増えていくばかりでままならない。むなしい。今度は折り紙の本が欲しい。
 そうやって500枚ある色とりどりの折り紙をいたずらに厚くしたり、すきなかたちに切ったりして今日は終わった。気づけばいつのまにか私のまわりはぐちゃぐちゃな折り紙や切り刻んだ紙のかけらばかりで、ひどく散乱している。お兄ちゃんはけっして私を怒ったりしないけど、この折り紙の山をみてただ単に私が癇癪をおこしてこの状態にしたというふうには取られたくなかった。そうだ。いいことを思いついた。ひとつでかたちをつくれないのなら、たくさんでかたちをつくればいいんだ。早速私は折り紙をきれいなバランスでならべていく。ずっとへんなかたちで座っているからあしが痛い。けど何かおもしろい感じの痛さなのでほうっておくことにする。
 「ただいま」
 「おかえりなさい」まだ途中なのにお兄ちゃんが帰ってきてしまった。私と似ても似つかないお兄ちゃん。他人のお兄ちゃん。けどこの人をお兄ちゃんと呼ぶ以外の呼び名を私は知らないのでお兄ちゃんと呼ぶしか方法がない。私がお兄ちゃんに拾われて、そろそろ一年がたつ。
「なにをつくっているの」
 相変わらず疑問ともひとりごとの間のような感じでお兄ちゃんがそう言う。この部屋には基本、私とお兄ちゃんしかいないので、それは大体疑問なんだろう。その質問がきこえなかったりよく意味がわからなかったりすれば私は無視をする。お兄ちゃんは気にもとめない。人間は必ず会話に相手の反応を求めるものだとおもっていたから、それはすごく新鮮だったし、すごく楽だった。しかし私がなにかをつくっているというところに気付くとは、さすがお兄ちゃん。
 「天の川をつくっています」
 「ほほう」
 ときどき、お兄ちゃんはお兄ちゃんというより私の「保護者」なんじゃないかと考える。でもこの歳の離れ方で保護者の役割をするのは一般的には「お兄ちゃん」らしいので、お兄ちゃんでもいい気がする。
 「前プラネタリウムっていうところにつれていってもらいました。思い出したら何か行きたくなってしまったので、こうして気をまぎらわせています」
 「ずいぶんと難しい言葉をつかえるようになったな。えらいえらい」
 お兄ちゃんが私の頭をさやさや撫でる。すこしくすぐったいような、あたたかいお風呂に入ったような、気分になる。
 「…なんだっけなこれ、この感情の名前は知っている…そう、こうこつ?」
 「ちがうとおもうよ」
 お兄ちゃんは困ったように笑う。年上の悪い女の人にすごくもてそうなお兄ちゃん。頭がくらくらして貧血の時のような音楽ばかり聞くお兄ちゃん。(あとでそれはシューゲイザーという種類だと教えてもらう)
 「それはね、しあわせ、っていうんだよ」
 「しあわせ?って何」
 「物理的、心理的欲求が満たされて自分に満足している状態」
 「なるほど。ひとつまたかしこくなりました」
 私はまだ一歳。本やお兄ちゃんとの会話や出来事を、めまぐるしく吸収して生きている。
 「ところで妹よ、今日はきみが僕にひきとられて一年たつ日だということは知っていたかい」
 「もちのろんです。覚えています。お兄ちゃんがお兄ちゃんになって一年がたち、私が妹になって一年たった日です」
 「…あいかわらず言葉がすこし機械っぽいというか稚拙というか幼いな妹よ」
 「しょうがあるまい、まだ私一歳」
 「確かに」
 お兄ちゃんに引き取られるまで私は真っ白なだだっぴろい部屋でずっと一人で過ごしてきた。私の肉体の年齢は15歳なのだけれども、産まれてから人間の言葉をいっさい聞かせずに育成したらどうなるのか、という実験に使われていたらしい。あそこは窓はあったけど暇で暇でしょうがなかったから、毎日窓を見るか、ご飯を食べるか、眠るか、歌うかして暇をつぶしてきた。私以外の実験台だった人たちはみんな死んだらしい。顔をみたこともあったこともないけれど、たまに悲鳴がきこえてきたようなそうでもないような。
 実験施設の存在が明るみに出た時、それはすごく非難されたらしい。実際私以外の実験台は死んでしまったのだから無理もない。いのちを奪うことはとても大きな罪らしく、それも他人の子供を赤ちゃんのときに盗んで死なせてしまったのだから、それはとても大きな罪にちがいない。私はときどき考える。私以外の実験台の子供のことを。自分の気持ちを伝える術もなく、誰ともかかわらず、餌と寝床のみを与えられて、のたれ死んでいった子供たちのことを。きっとすごくつまらなくて、さみしくて、かなしいはずなのに、それを言う相手も、言葉も、術も知らないまま死んでいった子供たち。今ならわかる。普通に考えればそれは人間にとって最高といっていいほどの苦痛だと。
 「きみはここにきてわずか一年で人間の幼児ほどの会話能力と知性と精神を身に付けている」
 「一歳なのにな」
 「一歳なのにすごいぞ、妹よ」
 そういってまたお兄ちゃんがぐしゃぐしゃとやさしく頭をなでてくれる。しあわせだ。しあわせ?しあわせだ。
 「そんな妹にお兄ちゃんからのプレゼントだ」
 「え、あれはクリスマスやおでかけしたときやいい事をした時にしかもらえないのでは?」
 「確かにそれもそうだが、人っていう生き物は何かの節目の日を祝いたがるものなんだよ、妹よ。そこに君の誕生日もいれよう」
 「誕生日とは?」
 「ほら、去年の冬に何人かでやっただろう、小此木さんの誕生日」
 「ああ、生クリームをのっけた紙皿を顔にぶつけあう」
 「あれは小此木さん限定。小此木さんがしてくれ、って言ったことだからね。誕生日っていうのはその人がそこに誕生してきてくれた事を祝うこと。そしてその人がしてほしい事をしてあげる日」
 「…ところでお兄ちゃん、その後ろ手に、カスミソウの柄のビニール袋が見えますが」
 「ぎく」
 お兄ちゃんは大きな白い箱が入ったカスミソウ柄の袋を目の前にゆっくり差し出してきた。
 「これはなんでしょう」
 「順天堂のケーキ!!」
 「あけてごらん」
 「いいの?」
 「そりゃあ誕生日だからね。ケーキが倒れないようにゆっくり慎重にやるんだよ」
 「まかせて!」
 私は細心の注意をはらって、ゆっくり折り紙をちりばめた黒いふかふかの絨毯の上にゆっくり箱をのせ、これまたゆっくり開いていく。
 「すごいぞお兄ちゃん!私の好きなケーキがたくさん入っています!」
 「そりゃそうだろう。なんてったって、誕生日だから」
 「ベリータルトに、ザッハトルテに、ベイクドチーズケーキに、プリンアラモードに、シフォンケーキに、ああ、いつもそんなに買ってもらえないのに…これはすごすぎる…」
 「誕生日だからねえ」
 「誕生日すごい!うれしい!しあわせ!こうこつ!」
 「だから違うってば」
 お兄ちゃんは目をつむって頬杖をついてわらっている。
 「お兄ちゃん!」
 「はい」
 「私を拾ってくれてほんとうにありがとう!」

 私がそういった瞬間、お兄ちゃんの目がさっきとは逆にまん丸くなる。
 「どうしたんだい急に、そんなにケーキが嬉しかったかい?」
 「うれしいけどね、考えましたら、私がお兄ちゃんに拾われていなかったら私は普通の人間と同じように生活できていなかったし、常識も知らなかったし、自分の気持ちを伝えることもできなかったし、なにより誕生日にたくさん自分の好きなケーキをかってもらえるなんてこともなかったのです。だからここに感謝の意を示す」
 「はは、それは…よかったなあ」
 お兄ちゃんはすごく安心したような顔をしている。
 「ほんとうに…よかったなあ…」
 安心したお兄ちゃんの顔がだんだんしかめっ面になってしまいに下を向いてしまったので、私はびっくりしてしまった。
 「お兄ちゃん」
 「はい」
 「救急車呼ぶ?」
 「今回はどこも痛くないよ、大丈夫」
 お兄ちゃんは前にも急にこうなってしまって、心配してどうしたかを聞いたところ、119と電話を押して電話を持ってきてくれと言われたので持って行ったことがある。救急車は本で読んで知っていたけど、乗ったのは二度目だった。一度目は実験施設を出るときに乗ったのだけれども、あのときの私は思考という事をしていなかったので、よく覚えていない。ちなみにお兄ちゃんは盲腸だった。医者の不養生というやつらしい。意味はよくわからない。
 「お薬飲む?」
 「いいや、具合も悪くないよ」

 「妹よ、君がいてほんとうによかったよ」
 「何をいまさら」
 「その返しどこで覚えたんだ」
 「小此木さんがたまにお兄ちゃんに言ってみなっておっしゃってた」
 「あの野郎」
 お兄ちゃんは初めてこちらをむいた。目のまわりが赤くなっていて、涙が目から出ている。
 「まだ春じゃないのに!」
 「花粉症でもないぞ妹よ」
 「じゃあフランダース?」
 「ちかい」
 うーんうーんと少ない脳みそを必死に使って考える。フランダースに近くて涙を流す状態と言えば…。
 「感動!」
 「あってるよ妹よ」
 前にこの家にきてすぐテレビばかりみている時期があって、お兄ちゃんはフランダースの犬でぼろぼろ泣いていたのだった。そのときは何をしているのかわからなくてあわててティッシュを持っていって勢いあまって転んだ。なお、転んだときに手を離れ飛んで行ったティッシュはお兄ちゃんにクリーンヒットしたもよう。
 「なぜ感動したの?」
 「なんていうか…人を育てる喜びを噛みしめたかんじだね。日々成長していく自分の家族に礼を言われるのがこんなにうれしいとは」
 「私の家族はお兄ちゃんだけだからなーそれは感謝してもしきれないですよ」
 「僕も妹だけだからな。僕も妹に感謝してもしきれないくらいだ」
 「真似された!」
 「してみた」
 そういったお兄ちゃんはもう笑っていた。いつものちょっと困ったようなずる賢い顔で。
 「妹よ」
 「うぬ?」
 「明日僕は休みなんだ」
 「あらめずらしい」
 「ということで」
 「お出かけ?!」
 「そう、お出かけだ」
 「わーい!!」
 「しかも本物の星を見に行くという」
 「いつも見ているのはニセモノ!?」
 「いや、本物だけど。あれより多くて、きらきらしているのを見に行こう」
 「プラネタリウムみたいな?」
 「プラネタリウムみたいな」
 うれしくって、私はくるくるその場でバレリーナのように回ってしまう。
 「いつの間にそんな高等技術を覚えたんだ妹よ」
 「ワルツというやつらしいですよ、お兄ちゃん」
 「ちょっとちがうけど、まあいいか」
 そういうとお兄ちゃんは立ち上がって手も足も長いすらりとした体でひざまずいて、手を差し伸べる。
 「妹よ、僕と一緒に踊るかい?」
 「こういうのは普通お姫様にやるものじゃ…」
 「知らなかったのか妹よ。僕は王様で、妹の君は実はお姫様なのだ」
 「なんと!」
 おずおずと手を差し出す。その瞬間、手を取られ、体ごと抱えられてぐるぐると回られる。
 「なんじゃこりゃー!!」
 「ダンスだ妹よ!!!」
 「テレビで見たのとちがう!!」
 「それじゃあ洗濯機の物まねだ!」
 「洗濯機がこんなに辛い思いをしているとは!」
 「だから洗濯物はきちんと毎晩カゴに入れなきゃだめなんだぞわかったかー!」
 「すいませんでしたー!」
 そういうとお兄ちゃんは私をおろしてくれる。
 「どうだったかい妹よ、僕のワルツは」
 「洗濯機だった」
 「まあね」
 そういうとお兄ちゃんはまた屈んで頭を撫でてくれる。くしゃくしゃり。
 「気持ち悪くなってない?」
 「なってない」
 「夕ご飯はきちんと食べたかい」
 「食べた」
 「じゃあケーキにしよう」
 「わーい!!!!全部食べる!!!」
 「僕の分も2個くらい残してくれ妹よ…」
 「お酒使ったのあったでしょ。あれ嫌いだからお兄ちゃんにあげる」
 「サヴァランの事か」
 「そう、あれきらい。大人のあじ…」
 「まだ妹は幼いから無理もない」
 「あと…特別にザッハトルテもあげる」
 「いいのかい?君あれ好きだろう」
 「好きだけど、お兄ちゃんが一番すきだから、いい」
 お兄ちゃんがこの世で一番好きという訳ではなくて、お兄ちゃんの一番好きなケーキがザッハトルテで、私はザッハトルテを四番目くらいに好きなのでゆずる、という意味で言ったのだが、お兄ちゃんがまた感動してじーんとしているので、言わないことにしておいた。
 「よし!お兄ちゃんはりきるぞ!紅茶もいれてしまおう!」
 「わーい!!」
 そう言って、また二人で抱き合ってくるくるおどった。ワルツには程遠かった気がするけど、絨毯の上に折り紙を敷いた星空で踊るワルツはとてもロマンチックだった。その日は二人ともケーキをいっぱいたべて、紅茶もたくさん飲んで、めずらしく私はお兄ちゃんの部屋で下に布団を敷いて寝た。
 その日は本物の星空の中で、綺麗なドレスを着た私と王様の恰好をしたお兄ちゃんがきちんとワルツを踊っている夢をみた。お兄ちゃんの恰好は王様というより王子様だけど、案外似合っていた。
 明日になったら、実はケーキよりお兄ちゃんのほうがすきだよ、っておしえてあげようと思う。

星空のワルツ

星空のワルツ

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-16

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