びゅーてぃふる ふぁいたー(12)

対決Ⅱ―Ⅳ

 力がでない。打ちつけられるビニール袋。目の前は、雲なのか、蝶なのか、意識が遠のく。かすかに開いた目からあたしのエネルギー残量が見える。ほぼ、ゼロに近い。あたしは負ける。あと一歩のところで、敗れるのか。あたしはこの戦いに負けても、ゲームプレイヤーがいれば再び復活できる。
 だが、その際には、今の意識を持ったあたしかどうかはわからない。マザーのことだ。あたしが負けたことを幸いに、あたしのプログラムを全面的に書き換えるであろう。そうなれば、体はあたしであっても、心はあたしではない。つまり、あたしは復活できないわけだ。ひとつの体にひとつの心。だが、本当は、いくつもの体に、ひとつの心なんだ。もう、だめか。
 その時だ。あたしのミニスカートが回転しだした。なんだ、これは。ミニスカートだけでない。あたしの体全体が回転しだした。これはあたしの意思ではない。じゃあ、誰?画面の外を見る。二―トなのか、引きこもりなのか、区別がよくわからないあんちゃん、つまり、プレイヤーがボタンを一生懸命押し続けている。
 あたしも知らなかった、あたしの最終武器。あんちゃんの顔は必死だ。これまでの人生の中で、多分、こんなに必死な形相は初めてじゃないかと思えるぐらいだ。そんなにあたしが負けるのがいやなのか。そんなにあいつ、じいさんに勝つことにこだわるのか。
 あんちゃんにとっては、ゲームの中のあたしは、あんちゃんなのだ。あたしは、あんちゃんの代わりに代理戦闘をしているのだ。あんちゃんは、あたしを使って、人生をかけているのだ。あたしは、思わず、あんちゃんに目配せ、ウインクをする。あんちゃんが軽く肯いた気がした。
 あたしは回転しだした。このミニスカートは、回転することで強度を増した。ペラペラぺラのノートなのに、指や腕の皮膚を切ることがある。それと同じだ。じいちゃんの顔色が変わった。動揺している。あと一歩まで、あたしを追い詰め、勝利を確信していたのに、反撃されるとは思っていなかったのだ。目が凝固し、まるくなっている。ミニスカートが回転し、あたしの下半身がまる見えなのが、そんなにうれしいのか。恥ずかしい反面、このチャンスを逃すわけにはいかない。
 スカートの裾がじいちゃんの体に触れる。ぎゃあと言う悲鳴。じいちゃんの腕に触れたのだ。右腕から血がほとばしる。左の掌で腕を押さえるじいちゃん。足元には、先ほどまで、我がもの顔であたしを痛めつけていたスーパーのビニール袋。後ろ盾がいなくなり、後悔しているのか、今は、うなだれたまま地面に這いつくばっている。あんたなんかを責めていないよ。責められるのは、目の前のじいちゃんであり、それを操るマザーだ。
 あたしのミニスカートがじいちゃんの体を切り刻んでいく。細く、薄い傷口のため、一度には血が噴き出さないものの、にじみ出るようにして、じいちゃんの体を覆っていく。形勢逆転だ。うえおおおおおという言葉にならない声を上げ、膝まづいたじいちゃん。やっぱり、このじいちゃんにも愛はないらしい。痛いか、痛いだろう。だが、本当の痛みは知らない。それはあたしも同じだ。じいちゃんの生命エネルギーを見る。マイナスもマイナス。果て着く先もないほどのマイナスだ。
 画面越しにプレイヤー顔を見る。勝ち誇った顔だ。あたしのあまり好きなタイプじゃないな。だが、今は命の恩人だ。プレイヤーは引き続き、ボタンを押し続けている。回るスカート。切り裂かれるじいさん。傷口はどんどん深くなっていく。皮膚から毛細血管、筋肉、骨、そして、骨も通り過ぎ、再び、筋肉、毛細血管、皮膚へと。じいさんの右腕が完全に飛んだ。切り落とされた右腕を左手で掴むじいさん。無理矢理くっつけようとしている。だが、ひっつかない。マザーもそこまでは想定していなかったようだ。
 それでも、あたし、いや、プレイヤーは容赦がない。次は、じいさんの顔だ。スカートの裾がじいさんの顔の前で回転している。怯えるじいさん。だが、逃げようとしない。逃げられないのだ。腰が砕けている。あわわ、あわわの顔。口から泡を吹きだしている。滑稽だ。実に滑稽だ。先ほどまでは優越感に浸った顔が、今は、絶望という白い布で頭を覆われている。
 回転するスカートの裾がじいちゃんの鼻の先に当たる。切れていく皮膚。にじみ出る血。観念したのか、恐怖のあまり体が硬直したのか、動かないじいちゃん。前に進むスカートの裾。もう、じいちゃんの頭の半分まで来た。いやだけど、あたしの体も、頭半分、じいちゃんに近づいた。じいちゃんの目は見開いたまま。それほどまで、あたしの下半身に興味があるのか、いや、それとも、もう既に、気を失っているのか。
 小さく静かな音だが、確実に、血の花が咲き、死の匂いが拡散している。じいちゃんの頭が切断されるまで、頸の皮、いや、後頭部の皮膚一枚まで到達している。ずれてくる鼻から上の頭と鼻から下の頭。血糊が接着剤の役割を果たしているのか、それとも、滑りやすくしているのか、あたしにはわからない。ただ、言えることは、こんなにも間近で、人の頭が切断される光景を見るのは初めてだ。いやにリアルだ。これもマザーの仕業なのか。あたしの心を揺さぶるための。

びゅーてぃふる ふぁいたー(12)

びゅーてぃふる ふぁいたー(12)

対決Ⅱ―Ⅳ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-14

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