新訳日本神話
新訳日本神話 第一話「国産み」
【layer:00 お約束】
その昔、覚えなくても対して支障はないけれど、設定上大切な製作者サイド的神様がたくさんいた。その代表者がこの人達。
この世界の最初に生まれた造化の三神、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)・神産巣日神(かみむすひかみ)と、あとに生まれた二柱の神様、二柱宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)、天之常立神(あまのとこたちのかみ)で、この神様たちはまとめて別天津神(ことあまつかみ)と呼ばれている。
この別天津神様たちは思った。「なんか天地わけたくね?」と。
こうして天地は分かれた(ドーン!)
ちなみにこの神様たちに性別はなく、一生を独身貴族のまま過ごすこととなる。この世界を生み出すために生み出されたかのようなご都合キャラぶりは神様ならではの所業である。
以降、神様は高天原(たかまがはら)という場所にガンガン生まれ、その暴虐無人っぷりを発揮し始めるのであった。
そしてここからが本編。
【layer:01 伊邪那岐と伊邪那美】
ここは高天原、どこからともなく湧いて出てきた神様たちが自由気ままに天界に昇るその日まで、その生涯を暮らす場所。そしてたった今、ここに新たな属性をもった神様たちが生まれようとしている。
それは、男女の概念がある神様である。
五組十人の男女の神様が、またもやどこからともなく湧いて出た。しかしまあ、後に神世七代(かみのよななよ)と呼ばれるこの五組のうち、きちんとキャラ立てすることに成功したのはわずか一組であった。声のでかいもんが勝つという競争社会の片鱗が、こんなところにも如実に表されている。またもや空気キャラ系神様が八人も増えてしまった。
それはさておきその一組二人の話である。
その名は伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)という兄妹であった。漢字が紛らわしいので以下「ナギ君」と「ナミちゃん」とする。
二人は他の神様と同様、高天原でその生を受け、別天津神(以下別五(コトファイブ))たちのもとに言ってみた。
ナギ「あの…俺達なんか生まれちゃいました…」
別五「おおそうか、そんで、男女で生まれたのはお前らで最後か?」
ナミ「はい、なんかそうみたいです」
別五「よし、そうか、お前ら大地なんとかしてこい」
ナギ「へっ?」
別五「いやあ、天地開闢(てんちかいびゃく)からずいぶん経ったけど、なんかカオスなんだよね、中つ国。中つ国って知ってるよね? 地上のことだよ。俺たちもう天地分けて満足しちゃったっていうかまあ、分かるよね? 君等今いちばん年下じゃん?」
年功序列が、そこにはあった。「なんか分けたい」という曖昧な動機で作ったわりにはなんとも偉そうな身分になっているコトファイブであった。
ナミ「お兄ちゃんこの人たち頭おかしいよ… 警察に電話しようよ…」
ナギ「いやでも俺生まれたばっかだからケータイもってないし…」
別五「何をごちゃごちゃ言っている! いいから言って来なさい。そしたらあとでiPhineあげるから」
ナギ&ナミ「行ってきます」
物欲に弱い神様なのであった。
さてさて、数時間後、ふたりは高天原から中つ国(地上)をぼんやり眺めていた。
ナギ「でもさあ、どうにかしろったってあんな混沌としてる大地にいけるわけないって…」
ナミ「うん、なんか海月みたいにぷかぷか浮いちゃってるね…」
ナギ「とりあえず、あの橋から地上を見下ろせるから、あそこ行ってなんとかしてみるか」
ナミ「天の浮橋って書いてあるね… あ、そうだ、別天津神の人たちからなんか、役に立つからもってけって言われたやつがあるんだった」
ナギ「ああ、あのマツヤニデンキのレジ袋に入ってたやつか…」
ナミ「うん、とりあえず、出してみるね。箱にはなんか天沼矛(あめのぬぼこ)って書いてあったんだけど、使えそうかな…」
そうしてナミが取り出した手にあったのは、ハンドミキサーであった。
ナミ「なに…これ…」
ナギ「なにって、ハンドミキサーじゃん。お前女子のくせにケーキも作ったことないのかよ。女子力低いな」
ナミ「あるわけないじゃない! 縄文クッキーだってまだないのに!」
ナギ「そう怒らない。そんで、まあこの天沼矛を使って大地をどうにかしろってことなんだろうか」
ナミ「でも、これの用途って、かき混ぜるだけだよね… ただでさえ混沌としてるのにこれ以上ぐちゃぐちゃにしていいの…?」
ナギ「よくわからんが、とりあえずケーキを作る体でやってみたら、いいんじゃないですか?」
ナミ「お兄ちゃんがそう言うなら… さっき別天津神の誰かからもらったiphineでクックパッド検索してみる…」
こうして、二人によるケーキ作りが始まった。
ナギ「おい! そんなに弱く混ぜてたら美味しいメレンゲは作れないぞ! ミキサーの設定は強で、卵白のコシを利用して一気に泡立てるんだ!」
ナミ「そんなに文句言うなら自分でやりなよ! だいたいこれ卵白じゃなくて大地なんだから、別にメレンゲの調理法に従わなくてもいいじゃない!」
ナギ「お前、メレンゲ作りは料理の基本だぞ! そんなんじゃお嫁に行ったとき恥かくぞ!」
ナミ「…!? い、いいもん、お嫁になんか行かないもん!」
ナギ「は、お前ずっと兄にたかって生きていくつもりか?」
ナミ「そうじゃなくてお兄ちゃんと…ってもういいよ…」
ナギ「よくわからん妹だな。しかし、そうこう言ってるうちに良い感じにフワフワしてきたじゃないか、ちょっと角が立つかどうか確かめてみろ」
ナミ「え、こうかな…」
ナギ「うんうん、すごく良い感じだ。あとは砂糖を加えてもう一回混ぜたら完成だな」
ナミ「うん分かった。それじゃあお砂糖入れるね…」
ナギ「しかしこれでナミもケーキ職人に一歩近づいたわけだ。パティシエも夢じゃないぞ」
ナミ「もう、調子いいんだから…って、あ………………。」
ナギ「ん? どうした?」
ナミ「間違えて塩入れちゃった……」
ナギ「こんなときにドジっ娘属性発動してんじゃねええええええええ!」
ナミ「どうしよう、あの偉そうな人達に怒られるよ。iPhine返さなくちゃいけないのかな…」
ナギ「うーん、まあ元はといえばむちゃぶりにも程があるし、正直に言いに行くしかないな…」
その時、混沌とした大地に変化が現れた。
ナミ「! お兄ちゃん、なんか、大地が、良い感じに!」
ナギ「は? 何言って…て、ホントだ、島ができてる…」
淤能碁呂島(おのごろじま)誕生の瞬間であった。
【layer:02 これなんて以下略】
オノゴロ島を作ったナギとナミは、意気揚々と別天津神に報告した。
別五「おお、よくやってくれた。とりあえず君等にはそのiPhineはあげるよ。カバーとか液晶保護フィルムとかは自分で買ってくれ」
ナギ「それで、あの島どうするんですか?」
別五「そうだなあ、なんかせっかく君等で作ったんだし、あそこに住んだら?」
こうして、ナギとナミはオノゴロ島に降り立ち、二人で暮らすこととなった。
念願のマイホーム、家賃や光熱費は二人で折半し、一日交代で料理を作る、まさに夫婦のような生活が続いた。そのような生活の中で、イザナギはイザナミによる数々のアプローチを受けるうちに、自分の中に隠すことのできない感情を抱くようになっていた。そして、ある日の夕食後に、決定的な場面が訪れる。
ナミ「今日は炊飯器でピザを作ってみたけど、案外いけるもんだね」
ナギ「ああ…そうだな…」
ナミ「どうしたの? なんか今日は上の空だね。考え事?」
ナギ「なあナミ、お前の身体ってさあ、どうなってんの?」
ナミ「黙秘権を行使します」
ナギ「ちょっ、そんな取り付く島もない…」
ナミ「だって、そんなの、恥ずかしくていいたくない!」
ナギ「そっか。まあそうだよな。実をいうとさ、俺、自分の身体になんかおかしい所があるからさあ、お前もそうなのかなって思って…」
ナミ「え、お兄ちゃんもそうなの…?」
ナギ「え、やっぱりナミもなのか!?」
ナミ「うん、私の身体、ちゃんと成長していってるんだけど、なんだか、一箇所だけ、全然成長しないところがあって…」
ナギ「そうなのか…。俺は逆だな…」
ナミ「え?」
ナギ「俺の場合は、成長はしてるんだけど、一箇所だけやたら成長してるところがあってな。なんかおかしいなって思ってたんだよ…」
ナミ「そうなんだ。私には無くて、お兄ちゃんにはありすぎる…」
ナギ「俺たち、やっぱり兄妹なんだし、補いあって生きるべきだと思うんだ。だから、さあ、その、俺の成長し過ぎた部分で、ナミの成長していないところを塞いであげれば、神様として完全になれるんじゃないか? そもそも、俺たちがこうやって対になって生まれてきたのにはそういう意味があったのかもしれない」
ナミ「確かにそうかもしれないね…」
ナギ「まあでも、嫌なら別にいいんだけどね…」
ナミ「いいよ…」
ナギ「え?」
ナミ「私、お兄ちゃんとなら、別に…構わないよ…。むしろ、嬉しいと思う」
ナギ「それじゃあ…この家の大きな柱を使って、お互い反対側にまわっていこう。それで、お互い出くわしたときに…」
ナミ「分かった…じゃあ、いくよ」
そうして二人は柱の前で背中合わせとなり、そのまま柱づたいに歩いていった。大きな柱といえども大した距離ではなく、ふたりはすぐに出会った。
ナミ「なんてかっこいい人なんでしょう!」
ナギ「なんて美しいお人だ…」
ナミ「なんか、改めてお兄ちゃんを見るとつい言葉がでちゃった」
ナギ「俺もだ… それじゃあ、ここで…」
ナミ「うん…そうだね、それじゃあお兄ちゃん、私とし(無料視聴時間はここまでとなっております。続きをご覧になりたい場合は、各フロアに設置しておりますペイチャンネルカード販売機にてカードを購入し、カード挿入口に差し込んでください。
【layer:03 国産み】
二人が何を行ったのかは永遠の謎ですが、さらなる謎がこの後起きる。なんと、イザナミが子どもを身ごもったのだ。世の中不思議なこともあるもんです。ええ、ホント。しかし、この時生まれた二人の子どもである水蛭子(ひるこ)と淡島(あはしま)は、障害をもっており、二人共、船で海へと流されてしまう。
これでは駄目だと感じたイザナギは悲しみに沈むイザナミを連れて、別天津神のもとに助言を仰ぎに参じた。
ナギ「…というわけなんですが、どうすればよいでしょう」
別五「なるほどねー。それで、その日はどっちが誘ったの?」
ナギ「えっ…? その日って…」
別五「義務教育終了してない子どもじゃないんだからそれぐらい分かるだろ。で、どっちが誘ったんだ?」
ナミ「兄が誘いました」
ナギ「え、いや、あれはナミからだっただろ…」
ナミ「いえ、兄が誘いました」
ナギ「いや、あんなエロゲみたいなセリフ言っといて何が兄がだよ!」
別五「お前ら黙れ。つまりだ、うんまあ、そういうことだ。今度はナギ、必ずお前から誘え。そしたら万事うまくいく。これは占いにもはっきりとでている」
ナギ「占いって、何の占いですか、星占いですか、それとも、中国の風水の類いですか」
別五「は? 何言ってるんだ。神様で占いといったら『ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な』に決まってるだろ」
ナギ「確率論ッ!?」
別五「よくわからんツッコミしてないで、そうと決まったらいってこい。そしたら、健康な子どもが生まれるから」
そして、二人は高天原を降り、再びオノゴロ島のマイホームへ。
ナギ「はあ、占いとかいってたけど、絶対適当だよあの人達…」
ナミ「……ねえ…」
ナギ「え、何?」
ナミ「誘ってよ」
ナギ「え、ちょっ何言って」
ナミ「早く誘ってよ!」
ナギ「いや、確かにコトファイブにはそう言われたけど、ものには準備というものが…」
ナミ「そんなこといって、私が健康な赤ちゃん産めなかったから、お兄ちゃんもう私のことどうでもいいとか思ってるんじゃ…」
ナギ「そ、そんなことあるわけないって!」
ナミ「じゃあ早く誘って」
ナギ「う、うん、分かった。それじゃあ、いくよ…」
ナミ「うん…」
ナギ「ナミ… これから… その…」
ナミ「うん…」
ナギ「俺と… その…」
ナミ「うん…」
ナギ「や ら な い か」
ナミ「一気にホモ臭くなった!?」
こうしてナギから誘う形で何かが始まり、イザナミは無事健康優良児を授かることができた。
この時、最初に産まれた八人(大八島国)が順に、
淡路島
四国
隠岐島
九州
壱岐島
対馬
佐渡島
本州
である。
ナミ「なんか、島が産まれたんすけど…」
ナギ「うん、まあ、そんなこともあるよ…」
ナミ「本州だけビックベビー過ぎるよ…ていうか北海道は? 私久しぶりに白い恋人食べたい」
ナギ「いやあ、この頃は北海道も沖縄も日本の一部じゃなかったから…」
その後も、奇跡の子だくさん家庭となったイザナギ、イザナミ夫婦は、続けて六人(六島?)の子ども(島?)を生む。それが、
児島半島
小豆島
周防大島
姫島
五島列島
男女群島
である。
その他、海の神、川の神など、自然の神様も一緒に生まれてきている。
ナミ「もう、何が産まれてきても驚かない自信がある…」
ナギ「いやあ、偉大な母になったもんです」
こうしてイザナギ、イザナミ両名による国産みは終わる。
次回、第二話「神産み」、震えて待て! Let's KOJIKI!!!!
【新訳日本神話】 第二話「神産み」 part.1
【layer:04 神産み】
イザナミは乙女であった。計算されたルートカーブを描く彼女のゆるふわボブは、風に吹かれて揺れるたびに女子力を上げ続けていた。吾芸歩世(吾、芸を持って世を歩く)、【あげぽよ】と呼ばれるこの有名な四字熟語は、もとはイザナミの代名詞であったという。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を地で行く彼女には、溢れんばかりの乙女のトキメキがあった。その気持はやがて彼女の広大な器を満たし、願望の吐露という形で、表面張力から解き放たれる。
「私、国以外も産みたい」
当然の感情であった。彼女は神である前にひとりの女であった。
彼女の潤んだ目の先には、当の想い人、イザナギの姿があった。兄であるがゆえに禁忌とされたこの恋の、呪縛のような螺旋回廊に、終わりを告げたい、そんな強い想いを瞳に込めて、血を分けた半身の澄んだ眼に訴えた。
「う、生んだらいいんじゃ、ないかな…」
こうして、まず最初に十柱の神が生まれた。
そしてその子どもが八柱の神を生み、そのあとでイザナギまた四柱を生み、その子どもがまた八柱を生んだ。
「ねえお兄ちゃん、ちょっとこれ、石田さん家よりすごいんじゃない?」
「いや、本州生んだことの方がすごいだろ…」
スケールの大きさについていけないイザナギであった。
そんな風にして多くの神を生んだイザナミであったが、さらにまた八柱の神を身ごもった。最初の七柱に関しては、今まで通り安産で無事健康優良神が生まれた。
しかし、最後の一柱の神様、火の神ホノカグツチは、大変な難産となった。
物語は、ここから急展開を迎える。
【layer:05 あきらめない】
「ほら、イザナミさん、頑張って!」
「う…無理…。今まで、こんなに大変なこと、なかったのに…」
現場には緊張が走っていた。今まで数多の神々を高天原に生み出したイザナミは、今回も何事も無く、つまるところプロローグ形式で最後の一柱も生まれるものだと思っていた。しかし状況はリアルタイム形式で書き出されてしまっている。確実にドラマが、科捜研の女なら殺人が、ふたりの間で揺れ動く女性なら片方の交通事故が、起きてしかるべき状況である。ただならぬ雰囲気が、分娩室を支配していた。
「呼吸が乱れると余計しんどいです。ラマーズ法で呼吸をしてください」
「ラマーズ法…」
「ほら、定期健診で練習しましたよね?」
「ああ…やったようなやってないような…なんせ何十人産んできたからそんなの覚えてないよ…ぐっ…」
「イザナミさん、あなた仮にも神様なんだから覚えてますよね? ほら、いきますよ、せーのっ」
「阿吽ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
「その呼吸じゃない!!!!!!!」
数分後。
「ほら、イザナミさん、ヒッヒッフー」
「ひ…ヒッヒッフー」
「頑張ってください、今頭が見えましたよ」
「うーん、もう無理ー今更ながらほんとに難産だよー…」
「あとひといきです。ほら、もう頭が出ましたよ!」
「もう、駄目…」
イザナミの体力は限界だった。消え入るような意識の中、彼女の心を支えていたのは瞼の裏に映るイザナギの姿であった。しかし、その姿すらもはやもやがかかってぼんやりしている。イザナギはイザナミの怒涛のような出産費を稼ぎ出すためバイトの掛け持ちをしており、今この場に来ることができていなかった。それが彼女の心に少なからず弱さを与えていた。
もう、どうにでもなれ、彼女は衰弱していく感覚の中で、そう思った。
「…あきらめんなよ…!」
「え? 今の声誰?」
助産師は動揺した。どこからともなく、声が聞こえたからだ。
「あきらめんなお前!」
「え…今、赤ちゃんの方から…」
「どうしてそこでやめるんだそこで! もう少し頑張ってみてみろよ! 駄目駄目駄目駄目諦めたら! 周りのこと思えよ! 応援してる人たちのこと思ってみろって!! あともうちょっとのとこなんだから!」
「赤ちゃんが…喋ってる…!」
「やだ…この子…熱すぎる…」
そのままイザナミは意識を失った。
【layer:06 火烈】
知らせを受けたイザナギは、家庭教師のバイトを上がり、すぐさま病院へと駆けつけた。陽は夕刻を告げ、彼の目に映る橙色を被った街の景色は、不気味でその全てが何かよくないもののように思われた。
青天の霹靂とも言うべきこの報せを受けたとき、これは何かの冗談に違いない、と思っていた。しかし、病室へと入り、目の前で苦しむイザナミの姿を認めたとき、その事実は紛れも無い現実として重く強く彼の心にのしかかった。
「これはいったい…どうゆうことだ…」
イザナギは、力なく、誰に問うでもなく、つぶやく他に何もできなかった。
「出産は難産ではありましたが、お子さんは無事生まれました…」
イザナギの声に対し、助産師が声をかける。
「ただ、生まれたお子さんというのがその…」
「その…なんだ…」
「熱すぎて…」
「え?」
「イザナミさんはその熱さにやられてしまったのです…」
「え? え?」
イザナギは状況を理解できていなかったが、何よりもイザナミの身を第一と考えた。
「悪いが、ふたりだけにしてもらえないか」
弱々しくも、力の入った声でそうイザナギが言うと、皆が黙ったまま退出した。
陽が西へと沈みこみ、ベッドに横たわり苦悶の表情を浮かべるイザナミの顔に、よりいっそう影がきつく、濃く描かれてゆく。
「イザナミ… 俺の声が聞こえるか…」
「……………お、お兄……」
「しゃべらなくていいから、俺がいるということだけ、分かってくれればそれでいい」
「うん……私、火の神様を…生んだの…」
「うん…よく頑張った」
「あの子、熱かった… いや、熱すぎた…」
「辛かったんだな…」
「私が死んだら…」
「死んだらなんて考えなくていい!!」
「比婆山に、埋めて…」
「だから、そんなことは今言わなくていい!」
「………………」
「え、おい、え… イザナ…え…」
「………………」
「いや、そんなことって…なあ、イザ…」
イザナギは、暫くの間、最愛の妻の名を呼ぶことができなかった。呼びかけ、もしそれに応えるものがいなかった場合、彼は認めなければならなかった。
いくつもの無音時間が過ぎゆく中で、イザナギの脳は震え、それでも、目の前の状況を変えるものは誰もおらず、自分自身によってこの状況を終わらせるしかなかった。
「イ、イザナミ……?」
「………………」
「イザナミッ!!」
「………………」
「そう、なんだよな…。そうなんだよな…。なんで…でも…」
「いや、イザナミ」
「日が昇るまでの間まで、俺のために時間をくれ」
そうしてイザナギは、イザナミのもとに倒れこむようにして、ひたすら涙を流し続けた。
【layer:07 渦中】
「お父様…もう日が明けました」
気づけば、イザナギに寄り添うものがいた。
「お父さん…? 君は…誰だ…?」
「はい、私はお父さんの涙から生まれたナキサワメノカミにございます」
「俺の…涙から…? そうか。悲しい業を背負って生まれてきてしまったんだな…すまない…」
「いえ、貴方様が謝ることは何もございません」
彼女は、伺うような目でイザナギの顔を覗き込んだ。
「いいんだ、もう気持ちに整理はつけたつもりだから」
「お強いのですね」
「そんなことはないよ。よし、それじゃあナキサワメノカミ、少し、手伝って欲しい」
イザナギは、妹であり妻である彼女がそう望んだように、島根県と鳥取県の間に位置する比婆山にその身体を葬った。人は呼ばず、粛々と、葬儀は行われた。
比婆山を去るイザナギの手には、剣が握られていた。
そしてその眼前には、ホノカグツチの姿があった。
「お前のせいで…」
「がんばれがんばれ絶対できる、できる、気持ちの問題…」
「お前のせいでッッ!!!!!!!!!!」
イザナギは、怒りと憎しみに任せてホノカグツチの首を十拳もの長さもある剣で切り落とした。
その剣から滴る血によって、八柱の神々が生まれた。
「はあ…やっぱり、なんにもすっきりしない…」
「結局、憎んでも何ひとつ良くはならない…」
イザナギはいっそう深い業を背負い、イザナミの死に血なまぐさい彩りを加えてしまった。
【新訳日本神話】 第二話「神産み」part2
【layer:08 救い】
「え、イザナミに会えるんですかっ!?」
「いや、会えるっつうか、むしろあれだけ神様生みまくってるお前らが知らないってことの方が驚きだわ」
イザナミの死を別天津神(ことあまつかみ)に報告したときに、彼らはこともなげにそう答えた。
「死んだイザナミは、黄泉の国にその身を送られている。お前も一度は聞いたことあるだろう。死者が集まるこの世ならざる国のことだよ」
「それじゃあ、そこに行けばイザナミに会えるんですね!?」
「まあ、会えるっちゃあ会えるんじゃないかなぁ…よく知らないけど」
「分かりました。しかし、黄泉の国、考えただけでも恐ろしい…。そのような場所に、行くなど、もちろん数々の試練が待ち受けているのでしょうね…。それで、天津神のみなさま、その、黄泉の国には、どのようにしていくのですか…?」
イザナギの瞳にはかつての闘志が宿っていた。憎しみに溺れ、自分の息子を亡き者にした少し前の悲愴な表情は薄れ、その顔には確かな希望を孕んでいた。
イザナギには覚悟があった。最愛の人の、御元へと向かう畜生道に、何一つ恐れはなかった。かような道か、構わぬこれはイザナミへと続く道。たとえどんな道であろうとそう応えうる「凄み」が彼にはあった。
そして、別天津神は、彼の問いに答えた。
「どのようにもなにも、島根県安来市にあるよ」
【layer:09 根の国】
「へ? 島根県?」
「はあ…、お前はそんなことも知らなかったのか。お前このあいだあげたiphineでゲーゲルマップ開いてみろ」
「え…、あ、はい」
「開いたか? そしたら、『黄泉の国』って検索してみろ」
「黄泉の国…って、あ、島根県が表示されました」
「忙しいのはわかるが、少しは旅行にいけよ… 割りと有名な観光名所だぞ…」
「観光名所ッ!? 死の国ですよッ!?」
「危険な場所には、不思議と人が集まるもんだ」
「はぁ…そうなんですか…」
「お前、これからすぐに行くのか?」
「はい。居ても立ってもいられないので」
「なら、ひとつだけ言っておくことがある」
「ひとつだけ…なんですか?」
「もし、イザナミが、黄泉の国の食べ物を食べていたら、素直に諦めて戻ってくるんだ」
「食べてたら…どうなるんです…?」
「黄泉の国では、その土地のものを食べることによって初めてそこの『住人』と認められるのだ。これをよもつへぐいと呼ぶんだが、こうなってしまったらイザナミはもう二度とこちらの世界へ帰ってくることができない」
「帰ってくれないって、そんな…」
「こればっかりはさすがの俺達でもどうにもならんな、とにかく、そうなっていたらおとなしく諦めろ」
「……天地分けたくせにこういう時はいつも役に立たないんだよなぁ…」
「なんか言ったか? iphine解約するぞ?」
「いえ何も! では、行ってまいります!」
その後、イザナギは黄泉の国へのアクセス(電車)を調べた上で、たいして準備も整えないまま、財布と身ひとつで駅へと向かった。
「はぁ、新幹線なんて使ったことねー。あんなの庶民が乗るものじゃないと思ってたけど、イザナミのためだ、背に腹は代えられない!」
新幹線からローカル線に乗り継ぎ、揺られに揺られ数時間、イザナギは黄泉の国の目前にまでたどり着いた。
黄泉の国は、扉によって閉ざされていた。
「引き戸か… このご時世どの施設も自動ドアというのに、なんという時代錯誤な…」
「おーい! イザナミ! 聞こえるかーって、こんな入口にいるわけないか…」
そう思いドアを開けようとしたその時であった。
「その声は、お兄ちゃんっ!?」
「えっ! イザナミか!? 良かった無事で! 今助けに行くからな!」
「待って! ドアを開けないで!」
イザナミの声には余裕がなかった。その声からは、何か抜き差しならない事情があるということを十分に伺い知ることができた。イザナギは、はやる気持ちを懸命に抑え、ドア越しに話しかけた。
「なんで開けたら駄目なんだ? 俺とお前で創り上げてきた国は、まだまだ完成なんかしていない。お前は俺の最愛の人だ。またこっちに戻ってきて、一緒に暮らそう!」
「でも、今は駄目、事情は言えないけれど、もう少し待って…、ドアも、開けないで…」
「分かった。ドアは開けない。そのかわり、ひとつ質問してもいいか?」
「うん、何?」
「黄泉の国に来てから、何か食べ物は食べたのか?」
「えっ…食べ物…? 食べてたら、どうなの…?」
「いいから! 食べたのか、それとも食べてないのか?」
「えっと、さっき、ここが今日からあなたの住むとこだって、つれてかれた部屋に…」
「うん……」
「出雲そばがあって…」
「特産品ッ!?」
「お腹も空いてて、せっかく島根県に来たんだし、出雲そば食べたいなって思って…」
「待てそれは孔明の罠だっ!」
「食べちゃった…」
「塩以来のドジっ娘属性発動ッ!!!!」
「だって、しょうがないじゃないお腹空いてたんだからッ!」
「いや、お前を責めているわけじゃないんだ。すまない」
少しの間沈黙が生まれた。イザナミは、自分が黄泉の国のものを食べてしまったことで何が起こるのかということを、恐怖から聞き出せないでいたし、イザナギは、この絶望的な事実をどう切り出せばいいのか、そして、自分自身の心もまたすっかりを落ち着きを失っていた。
変化の無い時間の流れに耐えられず、イザナミは、問うた。
「で、食べてたら、どうなるの…?」
「……これは、あくまで別天津神の人たちから聞いた話なんだけど」
「うん」
「黄泉の国のものを食べると、こちら側に戻れなくなるって…」
「そんな…」
「でも、もしかしたら何か別の方法があるかもしれないし…」
「……………」
「え、イザナミ…?」
「……………」
「イザ…ナ」
「お兄ちゃんが早く来てくれないから! だからこんなことになっちゃったのよ!」
「え…え……?」
今まで聞いたことのないようなイザナミの声に、イザナギはすぐに反応することができなかった。まず最初に、誰の声だ、と思い、イザナミに違いない、と思い、でもイザナミじゃない、と思い、変わった、と感じた。
イザナギは、これほどまでに追い詰められてしまっているイザナミを想い、そのような境遇に自分がいてやれない虚無感と悲しみに囚われそうになったが、どうにか心を持ちこたえた。
「すまない。だけど、出来る限り急いできたつもりだ。過ぎてしまったものは仕方ないよ。まだ完全に無理だって決まったわけじゃない。何か方法があるかも知れない。諦めるにはまだ早いと思う」
「え? あ、…うん」
イザナミは、自分が今しがた発した言葉に驚いていた。確かにイザナギのせいではない。しかし、心の底では、自分はこんなことを考えていたのかと、そう思うと自分自身に恐怖を抱かずにいられなかった。
「さっき、あの、ごめんなさい」
「いいんだ、辛いのはお前ばかりで、俺は何もできていない。責められても仕方はないんだ」
「そんなことないよ…」
先程とはまた別の張り詰めたような無言が少しばかり続いた。しかし、この無言も長くは続かず、イザナミによって解かれる。
「私、黄泉の国の神様に相談してくる」
「え、神様?」
「うん、その人なら、なんとかしてくれるかもしれない…」
「そういうことなら、俺も行く。一緒に御願いしに行こう!」
「いえ、あなたは、此処にいて…」
二度目の拒絶。抑えられた言葉ではあったが、最初に開けないでといったイザナミと、同じ凄みが感じられた。イザナギは疑問に思いながらも、彼女の言葉に従うことにした。
「じゃあ、行ってくるから。その間、此処で待ってて。あと、絶対にドアは開けないで…」
そう言って、中からイザナミの声は聞こえなくなった。
【layer:10 変質】
イザナミが黄泉の国の神様に直談判しに行くと行って扉の前から去り、一時間が経とうとしていた。
はじめなイザナミを信じて待っていたイザナギであったが、時間が経つにつれ嫌な考えが次から次へと浮かんできた。そうやって悶々としている中、愛する妻の身を思うと、居ても立ってもいられなかった。
「イザナミ―ッ! 大丈夫かーッ!」
呼びかけはむなしく扉の前で跳ね返るだけであった。
これほどまでに時間がかかるのであれば、向こうで何かあったに違いない、そう思ったイザナギは、ドアを開けて、中に入ろうとした。
「イザナミ―、聞こえるかー。俺、今から中に入るから!」
聴こえているかどうかは分からないが、イザナミから言われた約束を破る罪悪感から、そう呼びかけた。
そして、とうとう黄泉の国の扉を開けた。
中は一寸先も分からない暗闇であった。その闇は、死者が巣食う魔窟としての雰囲気をより一層際立たせていた。あまりに深く底の知れない闇に、イザナギは一瞬たじろいだが、乗りかかった船だと覚悟を決め、進むことにした。
「しかし本当に暗くてなんにも見えない。なんか明かりになりそうなもの…」
そう言いながらイザナギは、自分の髪を止めていたクシを取り出し、それに火を点けた。
「…やってはみたが、所詮は火だし、手元しか明るくない、しかももう消えたし」
そういってイザナミは、iphineアプリのライトを起動させた
「おおよく見える…やっぱりもってきて正解だったな!」
そう行ってイザナギは黄泉の国の入り口に足を踏み入れた。
「ここが黄泉の国へと続く道、黄泉比良坂(よもつひらさか)か… さっきネットでゲゲッたときには地下にあるとか書いてたのに、上り坂になってるよ…、まあ、そんなことよりイザナミが心配だ」
そういってイザナギはずんずん進んだ。
坂を越え、黄泉の国の内部へと突き進んだのちに、ようやく人影を見つけることができた。
「あの背丈は、もしかするとイザナミか?」
「おーい、イザナミ! 無事か! 大丈夫か!」
その声に驚いて人影はこちらを振り向いた。
イザナギはそこでこの人影はイザナミに違いないと確信し、かつてのイザナミの姿を思い浮かべながら、ライトを当てた。
その人影は、身体は腐り果て、無数の蛆にたかられていた。
「え、あ、イザナミじゃ…?」
「いいえ…お兄ちゃん…私だよ…。だから、こないでって言ったのに…」
そう応えるイザナミに、かつての美しい姿は微塵も感じられなかった。蛆が湧いているその身体には、蛇の姿をした八柱の雷神がまとわりついており、ゴロゴロという不気味な地響きを鳴らしていた。
「あのイザナミが…なんてこと…」
「お兄ちゃん、私のこの姿を見てどう思った? 怖い? 恐ろしい? 気持ち悪い? 逃げたい? 思うよね? 普通は。そう思うよね? ねえ、どうなの、思ったの!? 思ってないのッ!?」
「いや、そんなこと」
「思うに決まってるでしょッ!!」
イザナミの叫び声は雷鳴と重なり凄まじい地鳴りをもたらした。イザナギはただただ目の前のイザナミのあまりの変貌に何もできないでいた。
「黄泉の国の神様のところには、いかなかったよ。だって、もしそっちに行けたとして、この姿だよ? お兄ちゃんは、こんな私でも、今までと同じように愛してくれるのかなあ…? そんなわけないよねえ…だって、お兄ちゃんは昔とおんなじ綺麗な身体で、私はこんなに醜いんだよ?」
「あ…え……」
「ねえ? 私は今ものすごく悲しいよ。せっかくお兄ちゃんと会えたっていうのに、こんな姿で会うことになるなんて。だから私は会いたくなかったのに。お兄ちゃんは約束を破ってまでここに来てさあ…。…で、なんでさっきからなんにも言わないの? お兄ちゃん。私のこと今でも、愛せると思う?」
「そ…それは……」
「ねえ、なんで黙ってるの… なんか言ってよ…私今ものすごく不安だよ…寂しいよ… なんか言ってよ…! ………なんか言えよッッッツ!!!!」
八柱の蛇がイザナギの方を向いて口を大きく開いた。その瞬間、雷光とともに信じられないほどの轟音が、黄泉の国に鳴り響いた。
「言えないよね…だって嘘なんてつけないもんねえ正直者のお兄ちゃんは。でも本当のことは言えないもんねぇ。『私が傷つくから』。それっておかしいよねえあは、あはは、あははははははははははははは」
「でさあ」
狂気的な語りのあと、突然大きな声で笑い出したかと思うと、ふいに流暢で冷静な声になる。この不安定さにイザナギは恐怖を覚えた。
「私、思ったんだ。なんで私ばっかりが頑張らないといけないんだろうって…。今回だって、私がそっちに行くってばっかりで、なんか、それっておかしいと思うんだ。だからさあ、思ったの。」
「お兄ちゃんもさあ、此処に来ればいいじゃん。そしたらまた一緒に暮らせるよ。ずっと。この前みたいに死に別れたりしないよ。だって、もう死んじゃってるんだからさあ。あははは」
イザナギは、恐怖に支配されていた心を必死に正そうとしていた。何もかもが変わってしまった。そうイザナギは思った。そして、夢であって欲しいという甘え考えは消した。目の前で笑うイザナミの心は、完全に闇に囚われていた。そして、別天津神の言葉を今一度思い出した。「黄泉の国の住人になること」。その意味の本質を、この時になってようやく悟った。
イザナギは、あらゆる未練を棄て置き、黄泉の国の入り口に向かって走りだした。
【layer:11 人の生き死に】
「なんで逃げるのかなぁ。二人が一緒になるには一番の方法だと思うよ。お兄ちゃんもこっちに来たら、それが一番正しかったって分かるよ。だから、お兄ちゃん、死んでよ!!」
イザナミは、逃げるイザナギを追いかけながら、手下である黄泉の醜女(しこめ)を呼び出し、イザナギに向かって走らせた。
「ひゃっはあああぁぁー☆ トロいぜトロ過ぎるぜぇぇぇぇ☆」
醜女は恐ろしい速さで(四足歩行、通称醜女四駆(しこめよんく))走りだし、あっという間に距離を詰めてきた。
「う、なんていう速さだ。これじゃあ追いつかれる…」
「なんとかしてやつをまかねば…」
そう思ったイザナギは、頭に付けていた中学生御用達のでかい髪留め(紫色)を外し、醜女に向かって投げつけた。
すると、その中学生御用達のでかい髪留め(紫色)は山葡萄の木に変わった。
「お、山葡萄はっけーん☆」
醜女は山葡萄につられ、その場で食べ始めた。
「ふ、馬鹿な化け女め。そのたわわに実ったぶどうを、腹一杯になるまで食べるがいい」
「ごちそうさま☆」
「早ッ!出勤前の吉野家かよッ!」
「あんなのじゃあ全然腹の足しにならないぜ☆」
「よく見たら枝ごと食べてやがる…お前山の幸はよく味わって食べろって小さい頃教わらなかったのか!野蛮人めっ!」
「子どもだからわかんないにゃ☆」
「文章のみの表現だからってにゃとか☆とかつけてちょっと可愛いっぽいイメージ植えつけようとしてんじゃない! いっとくがお前そうとうアレな風体なんだからな、酒の席で毎回ネタになるくらいにはアレだぞ! お茶の間に正確にイメージ画像を届けてあげたいくらいだ!」
そうしている間にまたもや距離を詰められた。醜女はクラウチングスタートの格好のままスライドするようにして追ってきている。
「しかし恐ろしい走法だなあれ…」
「お兄ちゃん死んで!死んでお兄ちゃん!あとお兄ちゃんと仲良さげに会話してるお前も殺す!!!!!!!」
「イザナミもあんな近くに来てる! やばい!」
イザナギは、なんちゃって大学生御用達の透明っぽいプラスチックの鞄を取り出し、それを醜女の前に投げつけた。
するとなんちゃって大学生御用達の透明っぽいプラスチックの鞄は、タケノコに変わった。
「お、筍じゃん☆」
「醜女!あなたの食い意地は止められないから食べるなとはいわないけど、さっきの山葡萄みたいにさっさと食べて!そしてお兄ちゃんを早く殺して!」
「いや、たけのこはまず下茹でして、じっくり煮ないと駄目、それぐらい常識じゃん☆」
「この馬鹿野郎!!」
イザナミは醜女を置いてイザナギを追った。
「あいつはあとで殺すとして、まずはお兄ちゃんをどうにかしないと!!」
そういうとイザナミは、八柱の雷神と、どこからともなく呼び寄せた千五百の軍隊とを使って、イザナギに総攻撃を仕掛けた。
「お兄ちゃん死んでええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「なんかえらいことになってる…本気で逃げないとまずい!」
イザナギは、襲いかかる亡者どもを十拳剣で振り払いながら懸命に逃げ続けた。
「はぁ、はぁ…ようやく黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂を下りきったぞ…」
「お兄ちゃん、そこまでだよ」
後ろを振り返ると、イザナミが勝ち誇った顔でこちらを見ていた。
黄泉の国の軍隊は、もうイザナギのすぐそこにいた。
「お兄ちゃんさっきから逃げてばっかで、なんか、私嫌われてるみたい」
「でも、大丈夫だよ。お兄ちゃんはきっと、今はちょっと変な妄想にかられてるだけ。安心していいんだよ。だからさあ、御願い、一緒に暮らそうよ。そのためにも……死んでよ!!!」
兵士たちがいっせいにイザナギに襲いかかる。
「これはさすがにどうしようもないな…でも、何もせず殺されるのはあれだし、この木に生えてる桃でも投げよう」
そういって、イザナギは桃を投げつけた。
「桃!!! 激萌え!!」
兵士たちは、桃に向かってはぁはぁし始めた。
「……………えいッ」
イザナギは、遠くに桃をいくつも投げた。
「桃! 桃! ギザカワユス!」
こうして兵士たちと雷神は去って行った。
「なんかよくわからんが、助かった。桃の木よ、お前は俺の命の恩人だ。これからも、人間たちを助けてやってほしい。だから、汝に意富加牟豆美命(おほかむずみのみこと)という名を授ける」
「お兄ちゃん…よくも、やってくれたね…」
「イザナミ…」
「死んでよお兄ちゃん!!」
イザナギは、追ってくるイザナミから逃れ、黄泉比良坂(よもつひらさか)の入り口に大きな岩を置いて塞いだ。
「この岩なら、たとえ千人がかりでもどかすことはできないだろう。え、なんでそんな都合よく岩をもてたのかって? そりゃあ、俺が神様だからさ」
「お兄ちゃん…」
「イザナミか…」
イザナギとイザナミは、岩越しに互いに向かい合っていた。
「お兄ちゃん、なんでさっきから私に嫌がらせばかりするの? 私はお兄ちゃんと一緒にいたいだけなのに」
「イザナミ、君からすれば俺は確かに愚かな男なのだろう。しかし、我々はあくまで神として生まれたもの同士だ。人間たちのように、己の幸せだけ見つめて生きることを許されてはいないのだ。すまない、わかってくれ」
「なにそれ、全然わかんない。人間ってそんな自分勝手なの?」
「そうじゃない、そう生まれてきただけだ」
イザナミはしばらく沈黙を保ったのちに、口を開いた。
「人間なんかがいるから、こんなことになったんだ…」
「え?」
「人間なんて自分勝手な存在がいるから、お兄ちゃんはそんな意味の分からない考えに取り憑かれてるんだ!」
「イザナミ、何を言って」
「私、お兄ちゃんの目が覚めるように頑張るから! 一日千人ぐらい人間殺してやる! そしたらお兄ちゃんもわかってくれるよね!?」
「お前、それ本気でいってるのか…?」
「そうだよ。私、お兄ちゃんのためならそれぐらいやってみせるよ!」
「そうか…なら、俺はお前が殺す千人よりも多く、一日千五百人人を生き返らせる。それじゃあな…」
こうして、人は生き死にを繰り返しながら、増えるようになった。
【layer:12 禊】
黄泉の国から帰ってきたイザナギは、ひどい穢れを身につけていた。このままではまずいと思ったイザナギは、九州は宮崎県まで行き(今回は夜行バスで)、橘の小門(おど)の阿波岐原(あはきはら)にて禊を行った。
その時に、みにつけていた杖・帯・袋・衣服・袴・冠・腕輪を投げ捨てたが、そこから十二柱の神様が現れた。
その後、下流の方が流れが遅いからと下流までいって水の中につかって身を清めているうちに十一柱の神々が生まれた。もうこの頃になるとイザナギは自分のまわりでポンポン神様が生まれることに何の疑問も抱かなくなっていた。慣れとは怖いものである。
そして、最後に自らの顔を洗ったときに、次の物語のメインキャラとなる神様が生まれた。
まず左目を洗うと、天照大御神(あまてらすおほみかみ)が生まれ、右目を洗うと月読命(つくよみのみこと)が生まれ、鼻を洗うと建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)が生まれた。
イザナギは、この三人を見たときに、こいつらは今までの神々とは格が違う、と直感した。
「今まで色々あったが、最後に今までで最も貴い三柱の神が生まれた。これは素晴らしい」
「君たち三柱には、ぜひともこの世界を治める神になってもらいたい」
「まず、アマテラス、君からだ」
「はい! お父様! なんですか!」
天照は他の二人に比べ背も低く、年もずいぶん若く見えた。しかし、イザナギはアマテラスにはただならぬ気配を感じていたので、自分の首にかけていたクロムハーツのネックレス(MAGATAMA)をジャラジャラと鳴らしながら天照に授けた。
「お、重いですお父様…でも、嬉しいです!」
「そうか、君は、天に昇る太陽のように明るい子だ。だから君は高天原に行き、天を治めなさい」
「分かりましたお父様、アマテラス、頑張ります!」
「そして、次はツクヨミ、君だ」
「………………」
「……次は、ツクヨミ、君だ」
「………………」
「…………ツクヨミさん?」
「………………」
「月を眺めながらぼーっとしてる…まあいいや、君は月が好きなようだし、夜の国を治めなさい」
「………………」
「え、えーと、さ、さて、と。次は君だな、スサノオ」
「ドゥフフwwwwいかにも拙者がスサノオでござるwwwww」
「……………」
「パパドン引きwwwwwwwフヒヒwwwwwwサーセンwwwwww」
「お前は海原を治めろ」
「フォカヌポウwwwwwwww」
こうして、三貴子による、新たなストーリーが始まる。
次回第三話「天岩戸」! 震えて待て! Let's KOJIKI!
【新訳日本神話】 第三話「天岩戸」part1
【layer:13 きざはし】
昨今のインターネット世界は、波乱によって構成されている。
物量世界ではとうてい野放しにはされないような、深刻的な利益(誰の、という問いに返しは無用であろう)の暴落が目の前に繰り広げられている。我々は、整備、管理の届いていないその法脆たる世界に無知な足を踏み入れては、タダ同然でその利益を頂戴している。そんな無法が許されているのか、そうではない。誰もが声高に唱えないだけであって、表面化などとうにしている。
この話を掘り下げるためには、このような電脳世界が広がった根源にまで遡る必要がある。というのも、このインターネットという仕組み、これ自体が「個人が作った、趣味の延長」に過ぎないのだ。情報を転送するため、ワイヤーを四方に張り巡らせるという単純極まりない構造。この基本的な構造を、そのまま世界的規模にまで爆発的に膨張させて出来上がったのが現在のネット社会である。
つまるところ、ネットという思想構造には管理、監視、統制という仕組み自体がもともと組み込まれていない。暴力的な自由それ自体がそのまま、大きく膨らんで成長してしまったのだ。国がそのあまりに看過できない危険性に気づいたのは、ネットが前提とされた市場が形成され、一寸足りともネットが停滞すれば、市場が崩壊するという抜き差しならない状況に陥ってからであった。
したがって、各国はこのネットが孕む暴力的な自由を、ネットシステムそのものからではなく、別のシステム上から監視をするという形でしか、統制をとることができていない。しかも、現代では「政治を動かす中心層よりも若者の方がネット世界に手足を覚えている
」という常がある。迅速な処置は当然望めず、現代に至るまで、牛歩の規制によって若者の影を追うという形でしか対応はできていない。
――政治はネットを掌握しそこねた。これが現在に至っても法規制が完全でない大きな理由である。
私は、遅々とはいえ規制が強まるネット社会の中で、その蜜を甘受する一般市民の一人である。
今宵も、私が操作するレーザーマウスが、右クリック→保存という黄金ルーチンを機械的に行なっていた。もちろんそこには私の意志が介在しているが。
世の中には、エロ画像を欲している有象無象の手が無数にあり、その数多の手を救う釈迦の掌もネットには存在している。
日々アップロードされる画像を収集し、我々にご教授くださる生釈迦(いきじゃか)がおられるのだ。今日は管理人と呼ばれる御仁の高尚な教えに鼻下長を伸ばした(これは、こういった高尚娯楽を嗜む紳士が同様に示す、いわば礼儀である。仏に会うては合掌御礼、エロ画像に会うては鼻下長伸長というのは誰もが習わずにして知るアプリオリな知識なのである)。
このような恩恵に預かることができているのも、かつての政府が技術の発展を侮ったためであると考えると、国への謝意もわずかながら芽生えたりする。決して前向きな感情とは言えないが。そう思いながら鼻を鳴らした。
ひとしきり己の嗜好を満たしたあと、私は、専用ブラウザを立ち上げ、巨大掲示板にアクセスした。ここも、そのような「恩恵」のひとつであろう、言論統制が常であった人間文化社会において、これほどまでに乱雑な有象無象も珍しいものであろう。もちろん許容されているわけではない、規制できないでいるだけだ。その道非道(アウトロー)さが私の心に密やかな高揚をもたらしている。
以前は侮蔑の意味で用いられていた、特別待遇板と呼ばれる板にアクセスする。ここには、明確なカテゴライズは存在せず、様々な立場の人間がカクテルされている。使いこなすには難儀であるが、観察する分には非常に面白い。とうてい益の成しそうにないその姿が、痛烈で俗世的で私にはなんとも心地が良かった。
特別待遇版のスレッドタイトルを一覧表示する。そのタイトルに節操というものは微塵も見られない。しかしそこに書き込みをする住人には、何かしらの規則があり、それに従わないものは袋叩きにされる。そうした自己矛盾すら裕に許容する節操のなさ。掲示板を利用するようになり随分経つが、そのような感慨をよく感じるようになった。
無骨に並んだタイトルの一覧から、何か面白そうなものはないかと目を凝らす。そこで何かしらの「ネタ」を見つけると、明日は寝不足である。遅刻も許されない企業戦士の身分としては、睡眠時間は貴重であるが、労働を遵守するようになり幾年が経ち、趣味らしい趣味といえばこのネット閲覧以外ありそうにもない。その事実を鑑みるに、睡眠よりも優先して実行されるべきであるように私には思われた。
そして、私は、とりわけレスポンスが早い、あるスレッドタイトルに注視した。
「アマテラスだけど、質問ある?(137)」
どうやら今夜も眠れそうにないな。自嘲気味にそう思考を漏らして、コーヒーミルに豆を入れた。
【layer:14 釜の蓋が開く時】
「フヒヒwwww」
下卑た、という形容が正しいと思われる、お世辞にも品性があるとは言えない笑いを、自らの口が発していた。
そもそも、笑いというものは、本来考えたり思ったりしてから発生するようなものではない。感情のひとつであるそれは、アクションとして先に発現し、その後から本質を孕み始めるものなのだ。愛想笑いなどという、予定された笑いというものは本来の笑いの定義から大きく外れている。笑いは他人の顔色を伺って行うものではない。周囲に対する自己の発露であるそれは、何者にも邪魔できないものなのだ。
だからこそ俺は、俺の品性に対しての貴賎を問われようとも、この俗世的な笑いを止めることをしない。それが、『あえて作られていたもの』だとしても、だ。
そう、これだけの口弁をたれていてるにもかかわらず、我々神という存在には、およそ感情というほどの自由な思想は最初から与えられていない。
『神の怒り』は高ぶりではなくシステムに近い。俺もまた、例外ではなく、痛ましいほどに機械じみた存在なのだ。人間どもが愚かであれば、怒り荒れ狂い、人間どもが愚直であれば、掌にのせ遊ばせ笑う。無論俺達はそれを望んで行っている。人間が築き上げた文明でいうところの、感情という区分によって。しかし、そこには思った以上に自由は少ない。神は贄(にえ)を差し出されることなしに怒りを鎮めることはできない。
運命(デスティニー)、といえばおよそ正しい。皮肉にも、神もまた、「天啓のもとに」生きざるを得ないのだ。
父であるイザナギ様に、那由多(なゆた)の未知を背負った広大深底な海原を支配するようにとの言を賜った俺自身もまた、そうやって神々が織り成す歯車に挟まれて動けずにいる。
感情があればまた、少し違ったのかもしれない。しかし俺にはもともとそれが存在しない。
だからこそ、下界の人間どもと戯れる。やつらが持ちうる俺の関心をひく唯一のもの、それが感情だ。
掲示板に書きこみを行う。主体的な行動にも見えるが、俺の目はいたって冷静であった。それもそのはず、何せ三貴子が一人であるこのスサノオと、生き死にを繰り返す虚弱な魂である人間とが、平等であるはずがないのだ。
『 アマテラスだけど、質問ある?』
――戯れだ。冷めた頭(スサノオヘッド)でそう思う。姉であるアマテラスを持ちだしたことに関して深い意味はない。人間どもは、こういった思いつきの空虚にすらそれぞれ勝手に意味を見出す道化じみた生き物だ。
1:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:5qWXA/Dn
できる範囲で答える。うpはしない。
ネットカフェのパソコンを利用して、スレッドタイトルとコメントを書き込み、掲示板に投稿する。様々なタイトルがめまぐるしく動きまわる混沌の中に、俺の書き込んだスレッドを介入させた。
自分のスレッドを表示させ、F5を連打して新着コメントを確認する。
2:特別待遇者:-2012/03/22(水) 23:36:14.13 ID:gAMYpRLr0
2奪取
この2奪取という行為自体に果たして如何様な価値を見出しているのか、一見虚無にしか見えない書き込みであるが、当人には何かしらの意味があるのだろう、つくづく人間という存在は面白い。父上の温情によって繁栄を遂げている彼らは、観察にたるものだ。
しばらくの感慨に心を沈めたのち、ふたたびブラウザを更新させる。
3:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:36:55.45 ID:SjjQhOZl0
今日は釣り針がでかいな。もっとマシな嘘つけよ。
なるほど、この掲示板の匿名性が疑う意識を持たせるのであろう。社会的動物である人間は、「他人は信じないが身内は信じる」という論理的ではない行動原理を無意識にもっていることが多い。物事を慎み深く考えての発現なのか、それとも、反射的に批判するように成長したのか、どちらにせよ人間の業と呼ばれる部分を表象化したレスポンスである。面白い。
似たようなスレッドを批判、中傷するレスポンスがいくつか流れた。彼らは決して神を前にしているとは思っていない。その愚かさに俺は一種の哀れみのような感情すら抱いた。
そして、新しい反応を見つけるために、もう一度更新ボタンを押した。
7:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:38:08.89 ID:/WDfIyaz0
つーか、お前スサノオだろ?
脳に白い空間がふっと空いたような感覚がしばらく続いた。そのあと、ゆっくりと思考がその感覚に追いつき、俺が驚いているという事実を知覚した。
な、何故バレた…?
落ち着け、冷静になれ、別に俺は焦ってはいない。俺には感情がないのだから。そうだ、ここは、神と人間の格の違いというやつを魅せつけてやろう。
20:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:5qWXA/Dn
>>7 スサノオ様と呼べ、平民が。
決まりだ。本人だとバレたことに関して何一つ動揺していないということを示しつつ、誰を相手にしているのか、ということを諭させる。最後に己が「平民」であることを明示してやることで自分の立場を完全に理解させる。>>7は俺の余裕を感じとり、そして畏れを抱く、その畏れはスレッド全体に波紋のごとく感染していくだろう。5回見なおした、大丈夫だ、落ち度はない。いや、別に緊張などしていない。俺には感情がない。感情がねえんだ…。
14:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:HbMnD4nK
スサノオさんチッスwwwwww
18:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:Ydn5Ymmq
相変わらず立派にニートしてんな
27:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:vzAwg4mSi
お前さっさと働けよ。アマテラス様もツクヨミ様も普通に働いてんぞ。お前がサボってるせいで海は荒れ放題でろくに漁もできないんだよ。
35:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:zRzhIjxz0
しかも働かないどころか悪さばっかりしてるしな
こいつらは俺をなんだと思ってるんだ。
「くそッ」
思わず壁を殴った。個室の小窓越しに視線を感じた。かまうものか、俺は海原を治める神、スサノオだ。このネカフェに住まうものたちは俺の掌の上で踊る民草どもだ。
ニートだと? 確かに海原は無風状態を維持できず、大時化(おおしけ)などで荒れる日もある。しかしそれは、黄泉の国で苦しんでおられるママのことを思い、打ちひしがれているからだ。働く意志がないはずではない。春は夏休みに入ったらがんばろうと思い、夏は暑いから夏が終わったらがんばろうと思い、秋は年末までにがんばろうと思い、冬は新年度になったらがんばろうと思っている。俺はいつだってがんばろうと思っている。その気持ちを何も知らない民草共に、とやかく言われる筋合いはない。そうだ、こいつらは俺自身の事情を知らないからそのような軽い口で好き勝手言い合えるのだ。ママがいない辛さを知らないからだ。
もはやレスポンスを書き込む興も完全に冷めてしまった。それでも惰性という感情に似た思いで(そう、俺には感情がない)スレッドを更新する。
38:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:C8Q4zdKK
今日もスマフォの無音アプリで盗撮っすかwwwwwお勤めご苦労様ですwwwwww
何故それを知っているのだ。おまわりさんは誰にも言わないって約束してくれたぞ。畜生、俺は渾身の力を込めて壁を殴った。店員がぎょっとしながらカウンターの奥へと引っ込んでいくのが見えた。俺に恐れをなしているのだ。神の怒りの前に人は無力だ。そうだ、もはや俺の怒りは生贄なしに沈めることはできない。何を代償にしようか、人間どもに己の愚かさを思い知らせるには、どのようなものを奪うのがいいだろうか。そんなことを考え、両の眼を血走らせながらスレッドの更新を再度行う。
43:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:h8kj40lld0
お前お母さんに会いたくて毎日枕を濡らしてるらしいな。そのせいで山の緑も枯れるし海や川の水も乾くしでこっちはたまったもんじゃないけど。
48:特別待遇者:-2012/03/22(木) 23:35:34.54 ID:0rejk3keu9
うはwwwwスサノオさん駄目ニートのうえにマザコンっすかwwww最強過ぎwwwww
「ママ…」
俺が利用していた個室に警官が入ってきた。俺の両脇を二人がかりで抱え、そのままずるずると店の表にまで引きずられていた。しかし、そんなことはどうでも良かった。俺の心の中では、たったひとつの深い感情だけが、底のない沼に穴が空いたかのように延々と渦巻いていた。
【layer:15 ひとつ積んでは】
「スサノオさん、こうやってここに来たのは何度目だと思っているんですか…」
呆れ果てた口調で、目の前の警官が俺に話しかけてきた。しかし、如何様な地位をもつものであろうと、所詮は等しく人間だ。俺が相手にするわけもない。俺は黙ったままただ無為に時が過ぎることを許した。
「あなた方神様は人間の法のもとにいないですから、なんとも処罰はできないんで、いずれは解放しますが、だからこそ性質(たち)が悪いんですよ… まあ、こんなふうに警察のお世話になる神様はあなたぐらいのものですけど…」
それでも警官の口は止まらない。神としてしっかりと己の役目を果たして欲しいだの、いつまでも母の亡霊を追いかけている場合ではないだの、人間の分際で説教がましいことをこちらに語りかけ続けている。その殆どを俺は聞き流していたが、その姿は、空白として過ぎようとしている時を許さず、なんとかして意味をもたせようとしているかのように見え、滑稽だった。
いつもの俺なら、一笑に付してしまうところだが、今回はそのような興がそそらなかった。俺の関心はネカフェを出てからただひとつに限定されていた。
かつて父上であるイザナギ様と大恋愛を成し、数々の神をこの世に産み落とし、悲運のもとに黄泉の国の住人となってしまったイザナミ様。俺は、神の子として生まれたれっきとした一柱の神であるが、その前にイザナミ様と俺は母と子の関係にあるのだ。その寵愛をこの一身に受けてみたい、そう思うのは当然であろう。これが寂しいという感情なのであろうか。
警官が、変なモノを見たかのような顔をして、こちらの様子を伺っている。それに気づいたと同時に、自分が涙を流している事実を認識した。
何故? 俺には感情が無い筈… いや、もしかしたら、その認識こそが間違っていたのかも知れない。
「またやらかしたのか、スサノオ」
気づくと、父上が目の前に立っていた。俺がこうやって警官の話を聞いてやっていると、イザナギ様はいつものようにやってきて、俺を高天原まで連れ帰るのだ。彼も、神である以前に、父としての役割を果たそうとしているのであろう。
「パパ…」
俺は、かすれる声ながらも返答する。そして、今回も連れ帰るつもりなのだろうと思い、椅子から立ち上がる。しかし、イザナギ様はその場に立ち尽くしたまま、こちらをじっと見るだけだった。
「何故だ…? 何故お前は、命じた国をろくすっぽ治めずに、ただ泣きわめいているだけなのだ」
このように聞かれてしまっては、もはや俺に我慢することはできなかった。
「俺は、ママに会いたい!黄泉の国に行きたい!」
渾身の思いを込め、そう答えた。
「そうか…」
しかし、イザナギ様は、俺が予想していたような反応を返してはくれなかった。怒りをふくらませながらも、諦念によってしぼませているかのような、妙な感情の均衡が感じ取られた。そして、俺を睨みつけるようにして、口を開いた。
「もはや、お前は、俺の息子でもなんでもない。そしてまっとうな神ですらない。高天原(たかまがはら)には二度と現れるな」
そう言い残して、イザナギ様は立ち去り、呆然としている俺と、警官だけが取り残された。
【新訳日本神話】 第三話「天岩戸」part2
【layer:16 ファンタジスタ】
ここは天の国。
太陽は、人々に恵みを与える。暗く深い闇を消し去り、稲穂に多くの実りをもたらす。人々は己の生命を確かに支える太陽という遠く大きな存在に、感謝を抱かずにはいられない。
太陽信仰というものが世界のあちらこちらに散らばっており、根強く支持されているのもうなづける。光は希望の言葉であり、熱は力の言葉であり、天は高みの言葉である。人の望みの多くをもっている太陽は、きっと明日の朝も昇ってくるという確信とともに、永遠の浮上を繰り返す。
そしてここ日本にも、神としての「力」をもつ太陽を背負った神がいる。
「お前らちゃんと働けよ! 私怒っちゃうよ!」
天照大御神(あまてらすおほみかみ)。イザナギが生んだ神の中で最も貴いとされたもの。齢十にも満たないようなその華奢な体が背負う使命はあまりにも強大である。世を作り世を整える天界を治めよとイザナギに命じられてはや幾年。しかし、アマテラスはその大義をつまづくことなくこなし続けている。
「じゃあ、僕、働かない! 働かないからアマテラス様…お、お、怒ってくださああああああああい! さあ…僕を怒ってえええええっ!」
アマテラスの仁徳が光り、従者はみな一様に忠義に尽くしていた。その忠心が裏目に出ることもままある。
「お、お前というやつは! けしからん、けしからんぞ! ほら、こっち来い! ひっぱたいてやる!」ペチン
「おおぅ…アマテラス様の掌の温かみ… ハッ! いえ、わ、わたくし感涙いたしております。己の至らなさに、悔いの涙を流しております。決してうれし涙などでは…いや、何を言っているんだ…とにかく、以後、このようなことがないよう…あるかもしれませんが…頑張りますので! どうかお許しを…!」
「うむ! お前は今日人より3倍働くのだ! それで今回は許してやろうぞ!」
基本的に天界は平和に満ち満ちていた。そんな感じで日々を過ごしていた。
しかし、アマテラスにはここ最近、妙に胸が騒いで仕方がなかった。天界は平和そのもの、下界の人間たちも特に不満を抱いていない様子。順調そのものと思える状態であったが、ひつつだけ気がかりなことであった。
それは、自分の弟分にあたるスサノオのことである。
彼は海原の国を治めるよう父に言い渡されてから、ろくに働きもせずにふらふらとしていたのだそう。そしてとうとう先日、父から高天原を追放されてしまったのだ。それに関してはアマテラスは当然のことだと思っていたし、特に心配をする風でもなかった。しかし、そういった理屈では説明できない悪寒のようなものを常に背中に感じ続けていた。その都度これは気のせいだと自分を諌め、使命である天の国の自治に励んできたが、ここ数日はそういったごまかしが聞かないぐらいに頭の中からその嫌な予感が抜けないままであった。
そして、その予感は的中する。
【layer:17 海原からきますた】
「アマテラス様! 大変です!」
「殿中では静かにしろと言っただろ!」
「すみません、しかし、早急にお伝えせねばならないと思いまして」
従者の者が焦りを混ぜた様子でアマテラスのもとへやってきた。このようなことは今まで経験していないので、相当の不測の事態が起きたのだとアマテラスは直感する。
「わかった。何事が起きたのか詳細を申せ」
すると、従者はどうすればいいのかわからない、というようなそぶりを見せながら言葉を落とした。
「スサノオ様が、たった今天界に向かってきているとの報告が、見張りのものからありました」
スサノオ―― 彼女は嫌な予感があたってしまった、と思う。しかし、何故スサノオは天界へと向かってきているのか。と考える。
「ふむ。あいつが来るとなるとそれはもちろん私のもとだろうな。それに、あの弟が天に昇ってくるというのなら、間違いなく善い心をもってくるだろう」
「善くない心、と申しますと?」
従者がおそるおそる質問をする。
「もしかしたら、私の国を奪いとろうという腹かもしれないぞ」
「なんと、それならば今のうちに兵の御用意を…」
「いやその必要はない」
アマテラスは従者の無鉄砲を冷静に引き止めた
「しかし…」
「仮にも私の弟だ。それに落ちぶれてしまったとはいえイザナギ様に認められていた男だぞ。お前らが束になってもかなわないのはわかっているはずだ」
「それでも、向こうの好き勝手にさせるわけには…」
それ以上言うなとばかりに、アマテラスは従者たちを掌で制した。そして、幼い容姿に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべた。
「いや、問題ない。私が出よう」
「なっ、まさか、アマテラス様の手を煩わせるわけには…」
従者たちはどよめいた。しかし、長きにわたり仕えてきた彼らは、アマテラスが一度決断したことについて、覆すことはないのだと胸の内で悟っていた。そして、それ以上言及することはなく、黙ったまま指示を待形となる。
「お前らは私のいない間天界の管理を行え。私が高天原に生まれてからずっと共にいた者々だ。できないとは言わせんぞ」
「はい。言葉の通りに。」
そのとき、天界の境界線に設置していたセコムが何者かの侵入者を発見したらしくアラート音(アマテラスの趣味でMGSのアラート音に設定されている)が発せられた。
「ふむ、無駄話もできないみたいだな。しかし、これを使うのも久しぶりだな…」
そう言いながらアマテラスはたくさんの勾玉がついた玉の緒をCOACHのバッグから取り出した。
「まさか、アマテラス様、あれをなさるのですか…!?」
従者たちに困惑の波が走る。
「無論だ。相手に不足はない。こちらも持てる力をすべて出さなくてはならないだろう。念には念を、というやつだっ!」
そう言いながらアマテラスは玉の緒を激しく揺らし、両手、両足、頭、胸の順に勾玉を触れさせた。
すると、アマテラスの黒髪ロングストレートは耳の横で輪を描き、背中には千本の矢が入った筒が現れ、腰には五百本の矢が入った筒が現れ、腕には猛々しい音を鳴らしながら鞆(とも)が現れた。
「プリティ、ウィッチィ、アマテラッチ(字余り)!」
目の前で起きた魔法のような出来事に、従者たちは言葉も出なかったが、それよりもアマテラスの変身シーンを間近で見れたことに彼らは数奇なるめぐり合わせの感謝を覚えていた。
【layer:18 邂逅】
万全の用意のもとアマテラスは、天界の中心部から快速電車でスサノオがいると思われる地域にまで向かった。
スサノオはまず間違いなくネカフェにいる。そう確信していたアマテラスは、駅近のネカフェに一切迷いのない歩みで入店した。
「やはり、こんなところにいたか」
「ほぅ、俺をこんなにも早く見つけ出すとは、正直かんちんしたよ」
スサノオは余裕の表情を見せてはいたが、『関心』を噛むあたり内心では相当動揺していると思えた。
「しかしお前、ヒゲは伸ばし放題、服はスウェットとは、ひどい格好だな。本当に私の弟なのか?」
「合法ロリのあなたに言われたくないよ!」
「ゴウホウロリ……? よくわからんがお前は無論私に用があって来たのだろう」
「(なんでそれを知ってるんだ…?)ふん…お見通しというわけか。そのとおりだ。だとしたら、どうする…?」
「ならここは双方都合が悪い。魔法で移動させてもらうぞ」
そう言うとアマテラスは続けて勾玉を手に握り、それを大きく振り回しながら呪文を放った。
「ピーリカピリララポポリナペーペルトォ!」
すると二人をまばゆい光が包み込み、その光の消滅と共にふたりとも姿を消した。ネカフェの利用料金は踏み倒したので後日アマテラス宛てに請求書が届いた。
感覚としては光に視界を奪われて一瞬の後、二人は再び視界を取り戻した。すると、そこは道場のような板張りの大きな部屋だった。
「ここは私の修行部屋だ。私の帰宅を知った従者が何人か来るかもしれんが、それ以外の一般人は誰もいない。心置きなく暴れてもらってかまわんぞ」
「あの…… ひとつ質問いいですか……?」
「え? ああ、構わないぞ」
唐突な呼びかけにアマテラスは少し驚いたが、すぐに質問を促した。
「なんでおジャ魔女ドレミなんすか…?」
「なっ…… 別にいいだろっ」
「今はプリキュアが人気だし、プリキュアの前はナージャだし、ちょっと古いと思うんすけど……」
「私はおジャ魔女どれみのたまにある欝回が好きなんだ!!」
「ロリならもっと純粋にアニメ見ろよっ!?」
「引きこもってアニメばかりみてるお前に言われたくないわ!」
そうやって言い争っているうちに従者たちが何人か駆けつけてきた。
「あの…… お二人とも何の話をしていらっしゃるんで……?」
「あ、これは、ってそうだ! おいスサノオ! お前はこんなことを言い合いに来たのではないだろう。お前が高天原を追放されたのは風の噂で聞いている。そして、ここに来たのはそれと関係があることなのだろう。いったいどういうわけでここに昇ってきたのだ」
従者に声をかけられ我に返ったアマテラスは、恥ずかしさを埋めるようにスサノオに対してまくしたてた。
「ここに来た理由……?」
「そうだ」
「何を言うのかと思えば、そのようなこと……」
そう言ったスサノオは今更何を言うのだと諫めるかのようであった。
「やはり、天の国を奪うのか!?」
「国を奪う? 俺がそんなことすると思うの?」
「えっ…… 違うのか……?」
「俺はそんななんの意味もないことをしにここに来たわけじゃない。もっと高尚で、まさにこの世の理を顕すかのような、使命に打たれここへと来たのだ」
「それじゃあ、その壮大な使命を聞いてやろう」
そう言いながら、アマテラスは一時も油断せず身構えていた。従者のものも、その緊張に気づきさっと顔色を変えた。
そして、スサノオは、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、ママに会いたい」
「え?」
「黄泉の国におられるイザナミ様のことだ。姉であるお前が知らないわけがなかろう。イザナギ様は聞き入れてくれなかったので姉であるお前に頼みに来た」
「マザコン!?」
「マザコンなどという陳腐な言葉に俺を沈めるんじゃあない! 生きるものはみな、母の海に還るのだ。お前ならわかるはずだ。母を知らぬ俺達は、居場所のない亡霊なのだ。ともに還ろう、アマテラス」
「ちょっとこっちこないでマザコンが移るから」
「くっ…… お前まで母への愛を否定するか…… 見損なったぞ…!」
「お前のマザコンはさておき、私はまだ信じていない。そうやって油断した隙に謀反するかもしれないと考えている。だからお前の願いも取り合わないのだ」
アマテラスは緊張を一切とかず、冷たくスサノオに言い放った。
「俺に謀反の心などあるはずなかろう。俺は清い心を持ってここに来たのだ」
「なら、お前の心の清いことをどのようにして証明するのだ?」
アマテラスの言葉のあと、スサノオはしばらく板張りの床に立ち尽くし考えていた。その間も、アマテラスと従者は視線をスサノオから外さず、挙動の一切に注視していた。
そうして幾らか時間が過ぎたあと、スサノオが意を決したかのように息を吐いた。そして、息をゆっくりと吸い込み、言葉を発した。
「今から神々に誓いをたてる。そして、女の子を生んでみせる」
そうして、スサノオは腰につけていた長剣を取り出した。
「この剣を清めることで、子供が生まれるだろう。そして、その時に生まれる子供は、女の子であるとここに予言する。もし、俺が清い心をもっているなら、宣言通り生まれるだろう」
その言葉を受けたアマテラスは、少し考えたのちに、言葉を返した。
「子は運命によってしかその性別を選べない。大いなる自然の力によるものだ。しかし、男女は半々の運命にある。その大剣から生まれた神が女性であっても、お前の力とは言いがたいものがある」
そう言いながら、アマテラスはスサノオが持っていた長剣を手に取り、三つに折った。
「三人だ。三人の女性の神を生んでみせろ」
そういってアマテラスは三つの剣の欠片を殿中にある神聖な井戸にまで持って行き、その水で清めた。
そしてスサノオは天に架かる川の間に立ち、誓いを行い始めた。
「この手を放すもんか真っ赤な誓い…」
スサノオのよくわからない誓いの言葉を背中で聞きながら、アマテラスは清めたあとの剣の欠片を噛んで、地面へと吹き捨てた。
すると、吐き出した息が大きな霧となり、それがだんだんと三つの影を成し始めた。
そして、それらが神の形を成し始めた。
この時に生まれた神は、オキツシマヒメノミコト(奥津島比売命)、イチキシマヒメノミコト(市寸島比売命)、タキツヒメ(多岐都比売命)の三柱である。
生まれたのは、見事に三柱の女神であった。
「ふふ… どうだアマテラスよ… これでも俺の心を疑うか?」
「確かに、女の子の神様みたいね……」
「なんだ、歯切れが悪いな? まあお前としては面白くなかろうな、それに動揺で口調が女の子っぽくなってるぞ」
「いや、そうじゃなくて、この三柱の神様、大きさといい形といい… おもいっきりフィギュアなんだけど…」
そう言いながら地面に立っていた三柱の神々を両手で拾い上げる。
「しかも、どれみちゃんとはづきちゃんとあいこちゃん…」
「どうだ、お前の好みに合わせてやったんだ」
「私はおんぷちゃん派なんだけど!!」
「わがまま言うなよ…」
「そ、それにフィギュアの神様っていったいなんなんだ? おかしい… 絶対おかしい!」
「なら、今度はアマテラス、お前が誓いをたててみろよ」
「なぜお前に指図されねばならんのかわからんが、このままだと癪だからな…」
そういってさきほどの手順で、今度はアマテラスがみにつけていた勾玉を清め、神々を生み出した。
この時に生まれた神は、マサカアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト(正勝吾勝勝速日天忍穂耳命)、アメノホヒノミコト(天菩卑命)、アマツヒコネノミコト(天津日子根命)、イクツヒコネノミコト(活津日子根命)、クマノクスビノミコト(熊野久須命)。こうして、五柱の男の神様が誕生した。
この五柱の神々は、全員未来戦隊タイムレンジャーのフィギュアであった。
「タイムピンクのユウリちゃんは女の子なのになんで男の神様でカウントされてるの!?」
「おいおい、また口調が乱れてるぞ」
「当たり前でしょ! ……いや、もうよい。どちらにせよ、神には間違いないのだ。スサノオ。お前の剣からは三柱の女の神が生まれ、私の勾玉からは五柱の男……の神が生まれた。先の神々は無論お前の子であるし、後の神々は私の子供だ」
「ということは、俺の潔白は証明されたということだな」
「そういうことになるな… なんとなく腑に落ちないが……」
こうしてスサノオは宣言通りに女の神を生み、アマテラスに天の国にとどまることを許されたのであった。
【新訳日本神話】 第三話 「天岩戸」 part.3
=前回までのあらすじ=
その想いの強さゆえに父の手によって追放されてしまった史上最強のマザコン、スサノオノミコトは、萌えたぎる母への愛を抑えきれず、とうとうアマテラスのもとへやってきました。懐疑の目を向けるアマテラスに対して、女神を生むことを予言し、有限実行してみせることによって信用を得たスサノオ。さて、スサノオの思惑はいかに?
【わがまま海神(フェアリー)スサ☆ノオの夢見るそのハート19ハート:この夏はこれで決まり! 愛されゆるふわモテかわカール(髭)】
舞台は高天原(たかまがはら)、時は一万年と二千年前、強くてちょっぴりわがままな、お髭がチャーミングなオトコのコ、スサ☆ノオはただいま、お姉ちゃんであるアマテラスとご対面中! なんだかただならぬ空気が流れているゾ!
「ふふ、ふはは、ふははははは! やはり正義は常に勝つのだな! なあアマテラスよ!」
「あんたのそれは、悪役笑いの三段活用っていうのです。若本さんがやってた」
アマテラスは、内心納得していない不満を隠そうともせず、スサノオに向かって訝しげな顔を見せていました。
「そんな顔をするなマイ・ソウルシスター。なあに、私のこのピュアな瞳を見ても信じられんというのか?」
「私にはとても同世代とは思えないお風呂にもろくにはいってなさそうな髭面のおっさんの顔しか見えません」
「そうすねるな。私の願いはただひとつ。愛しのカントリィマァム(※田舎のお母さん)に会うことだけだ。純な一柱の神でなければ、このような所業はなせまいて」
「……あんたのお母さんへの愛は痛いほど伝わりました。ちょっと引くぐらいに……」
「ともあれ、勝負に私は、勝ったのだ。貴様は快く愛しの兄弟の帰還をねぎらうのが道理ではないのか?」
「……ぐう」
「それは『私にはまだぐうの音が出るぞ』という意思表明か何かか?」
「……いちいち癇に障る弟だこと。まあ、こうなっては仕方ありません。スサノオノミコト、あなたの高天原在留を許可します」
「最初からそういえばよかったのだ。まったく…素直じゃないんだからてへぺろ☆」
「その髭面でてへぺろウインクしてんじゃない! 気持ち悪い! そして何より、てへぺろの用途を間違えている! それでも貴様『ヲ』の人か!」
「焦ると敬語が崩れる萌え要素は健在か。萌え萌え~」
「気持ち悪い!」
「……萌え萌えキュン☆(暗黒微笑)」
「したり顔で言い直すな!」
こうして、高天原にとどまることを許されたスサノオ。彼のテンションはまさにうなぎ登りさん。どれくらいって? そりゃあもうスサノオがもし東京生まれHIPHOP育ちだったら親に感謝しているところでした。上機嫌のまま膝がうまく曲がらないいびつなスキップで去っていくスサノオを、アマテラスはじっと眺めていました。
「あれも、ダメ人間だけど、一応は世の為人の為に生まれた神。何よりあいつのイザナミ様に対する純粋な感情を汲んで、今日から信じてやろう」
そういって一人うなづくアマテラスなのでした。
さて、スサノオが自由の身となって翌日のこと。アマテラスはいつものように6時に起きて身なりを整え、謁見の間へと向かいました。彼女はいつもそうやって
午前中は謁見の間に身をとどめ、士官っぽい役割のモブキャラ神様たちの言葉に耳を傾けることにしています。日曜日には本当の事を言うとプリキュアを見ていたいのですが、イザナギ様から任された責務を立派に果たすため、我慢して予約録画をして謁見の間に向かいます。
そして今日も謁見の時間です。各士官から報告を聞きます。ここで、アマテラスは、士官たちの様子がおかしいことに気が付きました。なんだか皆ざわついています。
「よし、今日も高天原の様子を聞こう」
嫌な雰囲気を感じながらも、アマテラスはいつものように言葉を発しました。
「ア……アマテラス様!」
すると、一人の士官的役割のモブ神様が、意気込むようにして一歩前に進み出ました。
「ん? 何か問題でも起きたのか」
アマテラスはその小さな身をすこし固くしながら、士官から返ってくる言葉に備えました。
「本日、お伝えしたいことというのは…… アマテラス様の弟君であられますスサノオ様のことで御座います」
アマテラスは、心の裡(うち)で矢張りと思いましたが、士官に悟られないように気をつけながら返しました。
「おや、スサノオがどうしたのだ」
「そのスサノオ様なのですが、朔日(さくじつ)御殿を出られました後、アマテラス様が作っておられた田の畦(あぜ)を踏み潰し、溝を埋めてしまったのです! これは、温情を仇で返す神ならざる仕打ち! 身に余る真似でありますが、ご報告させていただきました」
「田んぼの畦を……? なんてこと……」
「アマテラス様、いかがなさるおつもりですか?」
そうして詰め寄ってくる士官に対し、アマテラスは右手を顔前に差し出し、言葉を待つように促しました。
(ああっ、なんということ! 一瞬でもあいつを信じた私が馬鹿だった! こうなることは自明の理だったのに。しかし、スサノオの在留を認めたのは私自身、スサノオのことは別にどうなっても構わないけれど、私の立場が少しでも揺らぐのは全力で避けなくては! 全力でごまかすしかないっ!)
割りと腹黒なアマテラスなのでした。合法ロリにありがちなパターンですね(作者の思想介入)。
「ふむ、確かに、士官くんの目からすれば、スサノオは私の田を荒らしてしまったように見えるでしょう」
「そうとしか思えないのですが、何か心当たりがおありで?」
「そうだ。田の畦を潰し、溝を埋めてしまったことは、その地を再生させるためにスサノオが行ったのでしょう」
「土地の再生?」
士官が訝しげな目をしました。アマテラスは二言目を士官に発せさせないよう、素早い切り返しで答えました。
「そう、土地の再生です。全てを得るためには、一度全てを棄てなければいけないという格言があります。それは、大きな損失を恐れていては、生涯大成の日を迎えることはないという意味です。おそらくスサノオは、私の田畑をより豊壌なものにするために、あたかもダメにしてしまったかのような行いをしたのです。」
そうまくし立てるように言い終わると、幼女的ドヤ顔(通称わがまま愛されフェイス)を士官に向けた。
「そ、そうなのですか……?」
「そうなのです! 神に誓っても構いません!」
「は……はぁ、承知いたしました。しかし、今日は何故ですます調なのでしょうか? いつものように強気な物言いで御座いませんので少々居心地に違和感を覚えます」
「そ、それは乙女の恥じらいだ! です!」
この時アマテラスはわがまま愛されフェイスに見向きもしなかった上に、『神に誓って』という渾身のギャグまでもが無視されたことに愕然とし、同時にさあっと上気していた身体が冷め、ものすごく恥ずかしくなっていました。
「お前の報告は異常だな!?」←焦りと恥じらいによる自失からくるタイプミス
「異常かどうかは尊(みこと)のご判断にお任せしますが、報告は以上です」
「よよよよよよし、下がっていいぞ! いいです! よくってよ!」←焦りの三段跳び
アマテラスはとりあえず冷静さを取り戻すことを最優先事項とした。
「1,2,3,5,7,11、13」
「あれ、3は馬鹿になる数字ですよ?」←士官腹切り覚悟のツッコミ
「ナベアツのネタではない!!」
士官的神様たちのもとにいては本調子を取り戻すことができないと判断したアマテラスは、一度謁見の間から席を外し、プライベートの庭園に向かいました。そこは、アマテラスの趣味であるガーデニングによって見るも鮮やかなパワースポットとなっています。ここでアマテラスは日夜女子力をあげ、今やその力はナッパが上官に指摘されずとも自発的に避けるようになり、スカウターが焼き切れる程度のものとなっています。
そんな彩りのカラフル空間の隅に、アロエがひっそりと佇んでいました。そのアロエは、他の華麗に咲き誇る花々に比べ、装飾をもたない地味なものとなっていましたが、まわりの空間はしきりによって区切られ、ちょっとした小部屋にアロエだけが据えられており、アマテラスがそのアロエに寵愛の念を抱いていることは明白でした。
アマテラスは、その小部屋に入り、屈みこんでアロエと同じ視線にたちます。物言わぬアロエにはどこか全てを受け入れてくれるかのような菩薩的寛容さが感じられ、アルカイック・スマイルで微笑んでいるかのようでした。
「…………」←アマテラスの黙想による沈黙
「…………」←アロエの生物学的限界による沈黙
「……聞いてアロエリーナ、ちょっと言いにくいんだけど…」
しばらくの間、アマテラスはよき理解者に思いの丈を打ち明けることで、徐々に冷静さをとりもどしていきました。
「……聞いてくれてありがと、アロエリーナ」
「さて、インターバル終了! 第二ラウンドに臨もうか!」
そう意気込んで謁見の間に戻ったアマテラスは、待ちくたびれてモンハンをしていた士官たちに注意をして、再び配置に戻るように指示しました。
「さて、次の報告者は誰だ?」
「陛下、拙者で御座る」
「おう、モブキャラだからってここぞとばかりにキャラをたててるな。よし、お前の報告を聞こう。ついでに言うと私は陛下でもなんでもないぞ」
「有り難きお言葉、神妙に頂戴いたします。早速なのですが、拙者の報告も先方と同じくスサノオ様のことで御座る」
「うっ……。まあ大方予想はしていた。それで、どのような報告なのだ」
「はっ。スサノオ様は、朔日の午後に大嘗祭(おおにえのまつり)を行う神殿に向かっておられました」
「あいつが神殿に何用で? あと、ゴザルがないよ?」
「はっ。それで御座るが、スサノオ様は神殿内においてあろうことか脱糞行為を働きましたので御座るで御座る……」
「は?」
「ですから、神殿内で脱糞を…」
「いやいやいや、おかしいおかしい。そんなことあるわけなかろう。えーと、それは、あれだな! 酒を飲み過ぎてつい戻してしまったのだろう。うん、そうに違いない! お前もちゃんと確認したのか? そそっかしいなあお前も、まあそんなこと確認したくもないだろう心中は察するが、だが私はそんなそそっかしいお前も好きだぞ! 良かったな、アマテラスちゃんの好感度があがったぞ! 攻略ルートまであと那由多のフラグをたてないといけないが、一歩の道も千里から、山も積もれば塵となる、その調子で今後も仕事に励んでくれたまえ! はい次の方どうぞ~」
「……ええと、しかし」
「次の方~」←背伸びして遠くを見てる
「しかしですね!」
「なんだよ君、次の患者が控えてるんだ。まあ仕方ない。要件は手短に済ませてくれるかね」
「しかし、スサノオ様はtwitterで『神殿でう○こなう』と呟いておられまして…」
「情報化の弊害がここにも!?」
「いまなんとおっしゃられましたか? で御座るか?」
「いや、そのキャラくどいからやめていいよ…… いや、そんなことはどうでもよくて……」
この事態にはさすがのアマテラスも動揺を隠しきれませんでした。現実から目をそむけるかのように目を閉じるアマテラス。まぶたの裏にはアロエちゃんがいました。アマテラスはすがるように問いかけます。ねえ弟が故意にう○こしてるんだけどどうやってごまかしたらいいの? 教えてアロエリーナ。しかしアロエちゃんは悟ったようなほほ笑みで返します。無理よアマテラス。私にできることは聞いてあげるってことだけなの。今までのあなたはそうやって私に語りかけるうちに自分で答えを見つけてきたわ。だから私に聞いても意味がないの。あなたも知ってるはず。私とあなたは確かにつながっているけれど、その間には細胞壁っていうセルロースの壁があるの。私が動物だったら、もっといい相談相手になってあげれたのかもしれない。でも私たちの関係は決してイーブンじゃないわ。あなたが答えを見つけなくちゃ、アマテラス。そこでまぶたのアロエちゃんがフェイドアウトし、こちらに臀部を向けながらにやついている髭面のオヤジの姿がフェイドインしてきました。アロエとお話なんてメルヘンだなアマテラス。そんなお前に萌え萌えキュン☆
「ぶっ殺すッッ!!!!」
「ひいいいいいいいいい! お許しををををををををを! お慈悲いいいいいいいいいい!」
気がつくと目の前でさっきまで御座っていた士官が身をすくめ震えています。状況をしばらく眺め、アマテラスは自らの失言に気が付きました。
「え、あ、お前じゃない! ていうか今のナシ。テイクツーお願いします」
take2
「本日のゲストは拙者と御座るを口癖にしようとしていらっしゃるモブ神様です」←とっさに髪の毛を玉葱状にする
「へ、陛下……?」
「まあ、あなた脱糞していらしたんですって?」←事実の揉み消しと責任の擦り付け
「へ? いやッ拙者ではなくスサノオ様がッ」
「あらやだなんて下品な方なんでしょう。そろそろお時間でございますわね。それではまた来週~」
「あの陛下、なりきれてませんよ……?」
「……ルールル、ルルル、ルールル……」←OP曲とともにスタッフロール
「権力者の底意地を見たッ!」
この日、アマテラスは最後まで権力者として白を切り続けたという。
【新訳日本神話】 第三話「天岩戸」part4
=そろそろ真面目に前回までのあらすじ=
スサノオは、母であり黄泉の国のボスであるイザナミに会いたいがため、高天原のアマテラスのもとまで訪れる。不信の念を抱くアマテラスを説き伏せて、在留を許されたスサノオであったが、恩を仇で返すようにして天界で好き放題暴れ回り、神々たちのアマテラスに対する不信不満がつのるのであった。
【わがまま海神(フェアリー)スサ☆ノオの夢見るそのハート20ハート:恋するスサノオは切なくて、ママを想うとすぐ魔改造フィギュアをキャストオフしちゃうの☆】
ここは天界高天原(たかまがはら)、住所不定無職の神様がたくさん春夏秋冬蠢く神話の世界。混沌とした大地を整え、人間と共存する上位存在として、日夜お仕事に励んだり励まなかったり、たまに人間を滅ぼしたりしている。
天地開闢(てんちかいびゃく)により混沌たる世界が分かたれ、イザナギ、イザナミ両名によって国が生まれはや幾年、現在そんな天界を治めているのは、創世の神から生まれし三貴神が一人、太陽神系幼女(間違っても幼女系太陽神ではない)アマテラス。二次元でしかその存在を維持できないと言われている伝説の存在【合法ロリ】をこの世に自ら示す者。その神々しさはあらゆる大きなお友達系神様を臣下におき、絶対的忠誠を誓わせるほどであった(基本的に神様はロリコンです)。華奢で未熟な四肢を腱が張るまで伸ばしきり、今日もまた日が昇りそして沈むまで、天界を名実ともに照らす存在として君臨している。
しかし、憎まれっ子は世に憚り、そんな飛鳥を落とす天界の躍進を脅かす忌々しき神がいた。それは皮肉なことに、生まれた腹を分かちし姉弟、三貴神が一人スサノオであった。彼は冥府に囚われしイザナミに会いたいがため、追放された高天原まで戻ってきた。スサノオの必死の懇願にしぶしぶとどまることを許したアマテラスであったが、在留を認められてからというもの彼は愚行に次ぐ愚行に及び、アマテラスの頭をひどく悩ませた。アマテラスの必死のフォローも虚しく、天界にはスサノオに対する不信と不満が大きなとぐろを巻いていた。
「いったいあやつはなんなんだ……。やりたい放題しやがって……」
アマテラスにとってももはやスサノオに対する我慢は限界を迎えようとしていた。とはいえ、自分が高天原に居ることを許可した立場であるので、天界を統べるものとしても、容易に盤を返すわけにもいかなかった。おもむろに立ち上がり、どうしたものかと眉間に皺を寄せたところで、打開の秘策が天から降りてくるわけもなく、そもそもここが天であったなどと、笑うに笑えないくすぶった冗談だけを空気に漂わせるだけで思考停止してしまい、力なく重力加速度で柔らかな椅子に身を落とすのであった。
「せめてこれ以上、問題を起こさなければいいんだがなあ……」
相手がいかに腐食の極地に至った神だとしても、かつて三貴神と呼ばれ、海原を制すやんごとなき神スサノオノミコトである以上、もはやアマテラスには、取りすがるように言葉をこぼす以外、なすすべがなかった。
しばらくそうやって憮然としていたので、来客の予定があることを思い出したのは部屋のドアをノックされてからのことであった。
「失礼します」
「え、ああ良純くんか、いつもご苦労だな」
アマテラスは少し調子はずれの挨拶を返しながらも、相手をソファーへ座るように促す。
「私は仕事ですから、それで、尊はどうされるおつもりで?」
この、第三者が聞いても意味の通じないほど省略されたやりとりは、無論いつものように繰り返されているうちに最適化されてしまったためである。太陽神であるアマテラスは、世界はもちろんこの天界に対しても光をもたらす存在であるため、高天原のその日の天気はまったくもってアマテラスの意のままというわけである。というわけで、天気予報士なる職業は、毎朝早くにアマテラスのもとに参上したてまつり、「今日、どんなかんじっすかね……? あ、晴れな感じで……ちょっと曇りも挟みつつ……はい、他に何か……あ、以上で、はい、いえ、ありがとうございます」と今日の気分を記録することをその職務としている。
「……」
「あの……アマテラス様……?」
「……あ、すまんな良純くん、ちょっと考え事をしていてな」
「いえいえ、そんな」
「今日の天気はなあ、曇りだ」
「曇り、ですか…… それで」
「以上」
「え、あー、そのですね、曇りといいましてもどのような」
「以上だ」
「あ、はいわかりました」
良純はいつもと様子の違うアマテラスに疑問を抱きながらも、どうやら虫の居所の悪そうな相手にこれ以上食い下がるわけにもいかず、そのままいくども頭を下げつつ退室した。
一方でアマテラスは、良純が帰ったあと、行き場を失っていたスサノオに対する鬼胎を彼にぶつけてしまったことを心の中で詫びるとともに、早急な現状打破が必要だということをあらためて痛感した。
「やはり、うじうじと一人で悩んでいても道は開けそうにないな。魂は体という器なくして宿ることはできない。まずは行動してみよう」
そうやって気を固め、立ち上がった矢先のことであった。
「ご無礼をお許しください、アマテラス様!」
臣下の神が一人、ひどく青ざめた血相で部屋に入り込んできた。
「どうした、何事かが起きたのか!?」
このように儀礼を割いてまで入ってきたのだ、大事でないはずがない。そう思いながらも、アマテラスは確認せずにはいられなかった。
「それが、スサノオ様が…っ」
その言葉を聞いた瞬間、心臓の音が急に大きく耳のそばで鳴り出し、身体に巡る血という血が、足元から地面にすとんと抜け落ちていくような感覚を味わった。足元は急におぼつかなくなり、今にも倒れそうであったが、今は一人ではなく、しかも信を置く臣下の前。アマテラスは気力でもって踏みとどまり、耳を塞ごうとする手を押さえながら、向かい合う相手の言葉を聞き取った。
「スサノオが、どうしたのだ?」
「それが……、どこから説明したらいいのか……」
「なんだ、言い難いことでも構わん。お前に責など微塵もない」
「わかりました。ですが…… その前にひとつ確認しておきたいことがございまして……」
「なんだ?」
妙にうろたえている臣下に疑問を抱きながらも、言葉を待った。
「アマテラス様は、『出馬!ウマ娘!』をご存知でしょうか?」
「馬娘? なんだそれは」
「えーと、葦原の中つ国(あしはらのなかつくに、地上の世界のこと)で流行っております、ライトノベルを原作としたアニメなんですが」
「ライトノベル? アニメ? それがどうした」
「『出馬!ウマ娘!』はケンタロス風の年端もいかない少女が主人公の、政界進出を目的とした、異星人が地球を政治的に掌握するまでのサクセスストーリーなんですが」
「なんか売れなさそうな話だな…」
「しかしこれが、ウマ娘の魅力的なキャラクターによって人間たちの間で刹那的に広まっていったんです」
「いわゆる萌え商法というやつだな」
「実際、『総理大臣にしたい人』アンケートでは、ウマ娘が2位の政界の重鎮の倍を超える票を獲得して1位に輝きましたし、今年のモンドセレクション金賞受賞もしました」
「世も末だな…」
「そんな爆発的な人気を博したウマ娘は、すぐさまグッズ化され、貴賎を問わず、多種多様なものが開発され大量に市場の海に投げ込まれて行きました」
「まあ、強力なブランドイメージとなった以上、それを利用しない手はないからな」
「といったあらましがありまして……」
「それで、さっさと本題を言わないか。このままだと私がウマ娘という人間界の萌え分化をひとつ学習しただけで終わってしまうぞ」
「そうですね。では、ここからが本題に近づいていくのですが」
そういって、臣下の神は、一呼吸間を空けたあと、覚悟を決めたかのように再び舌を回し始めた。
「そういったグッズの中でも、フィギュアというものがあるのはご存知ですか?」
「フィギュア? まあわからんでもないが、視覚的信仰に重きを置く人間たちが、偶像崇拝のために木を彫って神をかたどっているのと似たようなものだろう?」
「まあ、間違いとは言い切れませんが、そんなに高尚なものでは……」
「それで、フィギュアがどうした」
「はい、簡潔に申しますと、ウマ娘を合成樹脂で象ったフィギュアがあるのです」
「まあ、下界の人間は貨幣という概念で生きながらえているからな。ロシアの友人が人間に与えたという話を昔聞いたことがある」
「それで、ここからスサノオ様が関わってくるのですが」
「やっとか」
「スサノオ様はウマ娘をたいそうお気に召されておりまして、普段から『ウマ娘は俺の嫁』と神々に吹聴しておられました」
「神が人間の創造物と対等によろしくやってんなよ…」
「それでよく下界に降りては、ウマ娘グッズを買い漁っていたのですが、つい先日、スサノオ様はかつてからものにしたいと願っておられたフィギュアをようやく手に入れることができまして」
「そいつはすげぇや」
「その嬉しさたるや尋常ではなかったようで、興奮冷めやらぬ様子で高天原にお戻りになられたスサノオ様は、あ……えー……」
そこで臣下はいっそう苦しい表情になり、こちらの顔色を伺うように覗きこんできた。
「急に言葉を詰まらせるな、続けろ」
「は、はい… では…」
「うむ」
「機織り場にまで来られまして、そのまま天井から侵入されました」
「は?」
「ですから、機織り場の中に」
「あそこは私が取り仕切っている神聖な場所だぞ!? 何人も立ち入らせるなと固く命じていたはず!」
「ですが、三貴神であられますスサノオ様を力づくで止めることは、私達にできるわけもなく…… 誠に申し訳ありません!」
「しかしだなッ……いや、もうよい、あれをどうにかしろというのが無茶なのだということは私が一番よく知るところだからな…」
「わたしは、いかなる懲罰も受ける覚悟でございます!」
「いや、懲罰は必要ない、これはお前の過失などではないのだからな…… それで、スサノオは機織り場に侵入したあとどうしたのだ」
「はい、中にいた者によりますと、スサノオ様は最初、機織りの娘たちにウマ娘のフィギュアを自慢していたのだそうです」
「阿呆なのか?」
「それだけで済めば良かったのですが……」
「まだ、何かあるのか……?」
「その、スサノオ様の持っていらしたフィギュアというのが、キャストオフ仕様のものでして……」
「待て待て、そのキャストオフというのはいったいなんだ?」
「ウマ娘は、かなり面妖な服を着ているのですが、キャストオフというのは、欲深い人間たちが生み出した、フィギュアを着の身着のままの状態にできる仕様のことでして」
「……」
「スサノオ様は、あろうことかそのフィギュアの脱着可能部分を外し、娘たちを追い掛け回したそうで」
「……あいつはいったいどこまでコケにすれば……」
「えーと、それでですね、そのあまりに貴神らしからぬ姿に、機織り娘たちの中のひとりが、現実を受け入れがたく、ショックのあまり、その、命を……」
「…………」
「あの、お気持ちは痛いほどにわかりますが、アマテラス様、この件に関していかなるご判断を……?」
「…………」
「ア、アマテラス様……?」
「ふえぇ……」
「え?」
「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ちょっ、アマテラス様落ち着いてくださyれをくぉrw」
「もうなんなの! みんなでわたしのこといじめて! こんなちっちゃいこいじめていったいなにがたのしいの! もう知らない! どうなっても知らないんだから! ふえええええええええええ!」
そういってアマテラスは、無限遠方へと幼女らしからぬ速さで駆け抜けていった。
そして、高天原はおろか、世界一帯に、明けることのない夜が訪れた。
新訳日本神話