アイビー
こんにちは壱虎というものです。
少年とお人形のお話を書きました。
楽しんで頂けると幸いです。
人形
僕は理解できなかった。
僕と同じ歳の子のすることが理解できなかった。
外で走り回ったり、友達の机に集まって話をしたり。
理解できなかった。
「ヒビキ君っていっつも本ばっか読んでるよねー」
「ね、何アレ英語?」
「theory of relativity?全然読めない。よくあんなの読む気になるよねー」
今日も教室はうるさい。ほっとけばいいのに僕のことを話す女子までいた。最悪の日だ。
20××年9月8日金曜日、今日は僕にとってはとてもめでたい日だ。
今日を越えたら僕は12歳になる、また一つ僕は大人に近づくのだ。それなのに ―――
「はい皆さん時間ですよー、ほら席に着いて。」
キンコンカンコンと間抜けな音がなり、教師が教室へと入ってくる。
同時にヤベエとか怒られるとか言いながらクラスメート達はガタガタと慌しく自分の席へ戻る。
やはり理解できない、なぜ奴等はこうも要領が悪いのだろう。
さあ今日もまた間抜けな生徒達と間抜けな教師によって間抜けな授業が開始される。やはり今日も最悪な日だ。
「…。」
毎度思うが家の門はどうしてこんなに重いのだろう。
というかわざわざ門など付けなくともドアがあるのだから意味がないのではないか?
おっと、我ながらずいぶん間抜けな事を考えたものだ。今日ばかりは僕も少し感情が高ぶっているのだろう。
「ただいま帰りました。」
家に入ると、大抵は使用人が荷物を持つだの着替えを用意するだの言ってくるのだが、今日は随分忙しそうだ。
「おおヒビキ、おかえり」
「父さん!」
少し驚いた。父さんはいつも僕よりずっと遅くに帰ってくるのに。
「今日は仕事が早く終わったんですか?」
「いや、仕事はまだ山積みさ。でもヒビキの誕生日パーティーに出ない訳にはいかないからね。」
「ありがとうございます父さん。母さんはどこへ?」
「母さんは使用人と料理を作っているよ。キッチンかダイニングにいるんじゃないか?」
なんということだ!母さんは足が悪いのにそんな無理をして大丈夫なんだろうか。
とりあえず母さんにも僕が帰ってきた事を伝えに行かなければ。
「分かりました。それでは僕は母さんの所へ行ってきます。」
「ああ、行ってこい。」
そう言って父さんは僕の手から鞄を取り上げ、それを担ぐように持つと口笛を吹きながら僕の部屋へと向かって行った。
さてまずはキッチンへ向かおう。
「あらあなた。ヒビキは男の子なのよ?」
「もちろん、分かっているさ。」
「お人形なんて喜ばないんじゃないかしら。良くできてるけれど。」
優奈は優しい手つきで人形の金色の髪を撫でた。
「・・・あの子は本当に頭のいい子だ。趣味といえば読書、成績だって他の子とは比べ物にならない。」
「そうね、自慢の息子だわ。」
「その通り、だから心配なんだ。ヒビキは他の子達と遊んだり、話すことすら稀じゃないか。」
「そうだけれど、それと人形とがどう関係するのかしら。」
「この人形は会話するらしい。」
優奈は小さくふふっと笑った。
「夢を見るのは良いことだわ、子供に限ってはね。」
「そう、子供にはこの子の声が聞こえるそうだ。」
「・・・あなたには負けるわ、ヒビキよりもあなたの方がよっぽど子供ね。」
「そうかもしれないね。」
そう言って人形を入っていた箱に入れなおす。
目を閉じ、お腹のあたりで手を重ねているその人形はまるで人間のようだったが、人間にはありえないぐらいの美しさを持っていた。
部屋を優奈と共に出て行くとき『彼女』の目が私を捉えたのは気がつかなかったことにしておこう。
アイビー