びゅーてぃふる ふぁいたー(11)

対決Ⅱ―Ⅲ

 あたしはじいさんの手を振り払って立ち上がる。と、同時に、じいさんも立ち上がった。急に動きが素早くなった。じいさんは手にしたビニール袋を振り回し始めた。無茶苦茶な攻撃だ。いや、攻撃と言うものではない。単に、だだっ子がおもちゃを買ってもらえないので、暴れて回っているにしか過ぎない。それなら、あたしは、じいさんのおもちゃか。この世界を支配するマザーにとっては、あたしも取り換え可能なおもちゃなのかもしれない。だが、あたしはこの運命に抵抗する。
 じいさんの幼稚な動き。これも、マザーの作戦かもしれない。振り回すビニール袋の間を目がけて、右ストレートパンチを繰り出す。大縄跳びに入る要領と同じだ。相手の動きを見て、大きな隙間に右手を差し入れただけだ。じいさんの顔に拳が入る。最後に左にひねりを入れたので、じいさんの頬から鼻にかけてあたしの拳が喰い込む。
 じいさんの上唇は鼻に引き上げられ、ニコチンかこれまでの人生の汚れなのか、茶色いエナメル質が覗く。鼻は右頬にひっつくぐらいにゆがめられ、生きている証拠(?)なのか、鼻の穴から赤い血が噴き出した。
 再び、ひざまずくじいさん。じいさんのエネルギーを見る。ゼロを超えてマイナスだ。もう終わりだろう。にもかかわらず、じいさんは相変わらずえへら顔だ。右手で顔を拭う。舐めている。毛づくろいか。お前は野良猫か。右手の甲に血糊がついた。いやにリアルだ。マザーはここまで現実に近いようにゲームを組み込んでいるのか。臨場感溢れている。それが、このゲームの売りか。
 あたしが、このじいさんにやられるはずはないけれど、もし何らかの形で傷を受けることがあれば、同じように血が出るのか。赤い血か、青い血か、黄色い血か、それともどす黒い血か。あたしは両手をじっと見つめる。幻影のあたしの体の中にも、じいさんと同じように幻影の血が流れているのか。答えは出ない。自ら傷つけて見るか。リストカット。自殺願望?ゲームの主人公が自殺?そんな馬鹿なゲームはないはずだ。だが、現実の人間の世界では起こっている。
 音がした。殺気だ。じいさんが立ち上がっている。エネルギーはマイナスだ。マイナスのエネルギーがじいさんを動かしている。このゲームは破綻している。もちろん、あたしだって、ゲーマーの意思ではなく、自分の意思で戦っているから、ゲームが壊れているのは事実だ。
 じいさんが、再び、ビニール袋を滅茶苦茶に振り回しながら突っ込んで来る。戦いの場は、駅前の広場の設定だ。広場を取り囲むように、電車の駅やバス乗り場、観光案内所、長距離バスの券売所、何故だか、海水を引き込んだ池、タクシー乗り場、トイレ、交番がある。
 ただし、通勤客や学生,観光客など、電車、バスを待っている人はいない。閑散としている。死の匂いしかない。最も人通りの多い場所なのに、誰もいない場所で、女子高生姿のあたしとホームレスもどきのじいさんだけが戦っているわけだ。唯一の観客は、画面の外のゲームプレイヤーのみ。
多分、時間がなかったのか、予算がオーバーするのを恐れてか、もともと、不要な物として考えていなかったのか、観客まで構築していないのだろう。だが、このほうがいい。戦闘の場にも、観客がいれば、本当に、自分が戦っているような気になる。
 いや、あたしは本当に戦っている。目の前のじいさんと戦うことで、あたしは生きているのだ。戦うことでしか生きられない。その戦いに敗れれば、ゲームエンド、つまり、死。戦いが終われば、束の間の休憩と言う名の死。選択権はあるようでない。答えはどちらかだ。決まりきった答えを出すために、あたしは、今、戦い続ける。
 じいさんは最後の力(エネルギー残量はマイナスだ。もう、戦えるはずがない。もちろん、このゲームを支配しているマザーにとっては、そんなことはたやすいことなのかも知れない)
 それよりは、あたしだ。急激に力が衰えている。握り拳を握るが力は入らない。足を持ち上げようとするが体が重い。ふくらはぎ、ふととも、股関節が痛い。急に歳をとったようだ。地面に突く足の裏から、うぶ毛の生えた体の表面から力が抜けていく。ただ、立ち尽くすのみのあたし。これも、マザーの仕業か。相敵を倒す方法として、相手より強くなるか、相手の力を弱めるかのどちらかだ。マザーは、これまでの戦い方を確実に変えた。
 じいさんと言えば弱いイメージ。そのじいさんにあたしの頬は、顔は、胸は、打ちのめされている。ただ、なすがまま。棒立ちの、かかし状態だ。生命エネルギーを見る。急激に減少している。もうすぐゼロになりそうだ。このまま、あたしは負けるのか。あたしは死ぬのか。あたしの防衛策は、ただ後ろに下がるだけ。駅前の広場の中心部での戦いであったが、今は後退のみ。すぐ後ろは、観光案内所の建物だ。
 ガラス越しに中を覗くと、旅行客らしい老年の夫婦が、カウンター越しに、案内所の職員に尋ねている。どうでもいい場所なのに細かく作りこんでいる。金と暇があったのか。あたしへの慰めか。だが、あたしがじいさんから暴行を受けているにもかかわらず、目もくれようとしない。助けようともしない。当然か。老年の夫婦も観光案内所の職員も、マザーの味方で、マザーが作りだした幻影なのだから。
 もう後ろがない。あたしは、少しでも痛手を受けないよう、つまりエネルギーが減少しないよう、手で、腕で、頭をかばい、体を丸め、小さくなる。ガラスにもたれかかる。相変わらず、じいさんは、新聞紙やくだらないもの(じいさんにとっては宝物かもしれないが)が入ったスーパーのビニール袋を振り回して、あたしの体に打ちつける。
 一回一回のダメ―ジは少なく、致命傷を与えるほどの攻撃ではないけれど、回数が多いだけに、着実に、確実に、あたしの体のエネルギーは減少している。このホームレスのじいさんに、着実や確実なんて言葉は似合わないのだけれど、これもマザーの企みだ。あたしを肉体的だけでなく、精神的にも屈服させようというのか。いわゆるなぶり殺しだ。

びゅーてぃふる ふぁいたー(11)

びゅーてぃふる ふぁいたー(11)

対決Ⅱ―Ⅲ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-12

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