ニート対オタク A few years ago
「おい、動画撮ろうぜ!」
先程まで居間でカンフー映画を鑑賞していたオタクが部屋に飛び込んできた。右手にはDVDのケースが握られている。そのジャケットから精悍な顔をこちらに向けているのは、オタクが小さな頃から愛しているアクションスターだ。
「なんだよ、もういいじゃん動画とかさぁ……」
露骨に嫌そうな顔をしてFPSをプレイする手を止めると、ニートはドアに寄りかかっているオタクを見やった。まるで好奇心を刺激された子供のように目が爛々と輝いている。
オタクが言う動画とは、彼らが動画投稿サイトに投稿している『ニート対オタク』というシリーズのことだ。二人の内どちらかがカメラの前で視聴者に向けて話をしているところに、もう一方がちょっかいを出して喧嘩が始まるという内容で、サイト内ではある程度の人気を誇っている。
映画に触発されたオタクが動画を撮ろうと言い出すのは今回が初めてではない。むしろいつもこのパターンと言っていい。ニートは溜め息を一つついた。
「いーじゃん! どうせお前バトルフィールドやってるだけなんだろ?」
暗にニートであることをなじっているのだが、そんなことでいちいち心を痛めるニートではない。暇をもてあましているのは事実なので反駁のしようがない。特に気にした様子もなく言葉を返す。
「うっせえな。お前だって暇人じゃねえかよ。またカンフーか? ほんと飽きねえな」
「カンフーを馬鹿にすんじゃねえよ!」
オタクが怒り心頭の様子でサモハンだのジャッキーだのの素晴らしさを熱弁し始めたが、ニートの注意はそこにはない。部屋の隅に積まれているエアガンを一丁手に取ると、スライドを引いてオタクに向けた。照星の向こうでオタクが身構える。
「馬鹿、やめろ!」
「撃ちゃしねーって。ほら、行くぞ」
エアガンを降ろしてゆっくりと立ち上がり、ニートは驚いているオタクを尻目に部屋を出た。動画を撮影するための部屋に行くのだ。
「えっ、動画撮るのかよ?」
ニートの背中に追いかけてきたオタクの声がかかった。嬉しさと驚きの混ざったような声だった。
「おめぇが撮ろうって言ったんじゃねーか。早く録るぞ」
言いながらニートはタンスの上にデジタルカメラを置いた。撮影準備はこれで終わりだ。
なんだかんだと喧嘩しても、ニートはオタクと過ごす時間が嫌いではない。いつまでこんなことを続けられるか分からないが、出来る限りは付き合ってやってもいいかもしれない。カメラの位置を気にしているオタクを見ながら、ニートはそんな感慨を抱いた。
「それじゃ、撮影始めるからな」
嬉々とした顔でオタクがカメラの撮影ボタンを押した。カメラが撮影を開始する。
日本中の暇人に向けて、彼らは今日もカメラに向かって叫ぶ。
「ハイエーネ!」
ニート対オタク A few years ago