シャボン玉
新しい街
どれくらい車に揺られていただろうか。
ワゴン車の一番後ろの座席の窓から身を乗り出してキョロキョロと景色を見渡していた。
「もうそろそろ着くよー」
助手席からの母の言葉で私の胸は高鳴りマンションを指差した。
「これー??」
母は笑いながら首を横に振った。
私は少しガッカリしながら、また周りを見渡した。
そんな時少し小さい学校が目に飛び込んできた。
「パパー!ここに行くのかなー?」
私は学校を指差し更に身を乗り出した。
「そうかもねー」
母と父は笑顔でそう答えた。
私の隣では寝ている兄がいる。
私と兄の前の座席には何も知らない小さな弟と妹がいる。
私は兄を揺すって起こした。
「拓斗学校だよ学校!もう着くって!」
私は興奮しながら車の中で飛び跳ねた。
兄は眠そうな目を擦りながら周りを見渡した。
これが私の新しい街。
今日からここで新しい生活が始まる。
「着いたよー!」
父の言葉と同時に車がマンションの前で止まった。
新しい友達
部屋の半分が無造作に置かれたダンボールで埋めつくされている。
私は部屋の扉を閉めた。
先に部屋に居た兄がニヤリと笑った。
私達は一つ間を開け大きな声を上げて飛び跳ねた。
私と兄は二人だけの部屋が出来たのだ。
夜になりまだ片付けが半分も終わっていない中、
布団も敷かずに小さな毛布を抱えゴロゴロと転がった。
兄とケラケラと笑い合い父に怒られながらも、
こそこそ話をしてお腹を抱えて笑い合った。
私達は新しい生活に胸を躍らせ、いつの間にか眠りに着いた。
何日か経ち、いよいよ新しい小学校に向かった。
「三年一組の佐伯さんの担任になる田中です。よろしくね」
ニッコリと笑った男の先生は、とても優しそうに見えた。
チャイムが鳴り、先生の後に続き教室に向かった。
教室の前に着き皆の楽しそうな声が聞こえる。
先生が扉を開け、どうぞと私の肩にトンッと手を置いた。
ゆっくりと教室に入ると皆の視線が私に集中した。
「やっぱり転校生だー!!」
ギャーッと皆が騒ぎ始めた。
私は顔が熱くなり下を向いた。
「静かにー!佐伯さん自己紹介をお願いします」
先生の言葉に皆は静まり私の自己紹介を待った。
「佐伯結愛です。よろしくお願いします」
私はうつ向きながら精一杯の声を出した。
先生が拍手をすると皆が拍手をしてザワザワと声が飛び交った。
「じゃあ、佐伯さんあそこの席に」
先生は窓側の一番後ろの席を指差した。
「ドア側が良かったけど他のクラスの奴が騒ぐだろうから、前と横うるさかったら怒っていいよ」
そんな冗談を言うとクラスの皆が笑った。
指示された席に座ると、前の子が振り返り私を見た。
「俺うるさくないからね!」
私は人見知りで、苦笑いをするのが精一杯だった。
「その声がうるせーぞ」
すかさず私の隣の子が大きな声で答えた。
「お前ら早速騒ぐな!」
先生の声に再び皆が笑った。
私は緊張で上手く答えられないけど、きっと楽しいクラスなんだと感じた。
休み時間にはいろいろな子が寄って来て、あっとゆうまに沢山の友達が出来た。
一つ年上の兄もまた、私と同じ様に沢山の友達が出来ただろう。
家に帰ると兄と新しい学校の話をした。
兄は同じマンションに住む友達も居るようだ。
誰とでも直ぐに友達になれるのは小学生だからだろう。
私達は直ぐこの街に溶け込んだ。
幼い青春
ある日、兄が同じマンションに住む友達を家に連れて来た。
私は何も喋れずにいたが、一緒に遊んでほしい気持ちもあり部屋にいる事にした。
テレビゲームに私も交ぜてもらえる事になり、自然とその子と仲良くなれた。
兄がキバと呼んでいるのを真似て、気付けば私もキバと呼んでいた。
「くらえっくらえっ!」
いくつかのキャラクター達が戦い合う私の苦手なゲームだ。
いろんな技を使う二人に対し、私はパンチを連打する事しかできない。
「だっせ!こうやるんだってば」
キバがボタンを一押しすると、キラキラと宙を舞い敵が飛んで行った。
おお〜と私は感心しながら夕方まで三人で盛り上がった。
キバが家に帰り、私は兄とキバの話しをした。
カッコいい訳でも無く、よく居る普通の男の子。
名前は内木馬祐樹。
クラスではあまり目立つ子ではないらしい。
性格は少し強引なタイプみたいだ。
ちょっと嫌だねーなんて話をしていたものの、
同じマンションと言う事もありよく三人で遊ぶようになっていた。
キバは毎日私達の部屋の窓を外から叩いて遊ぼうと誘って来た。
仲良くなればなる程、キバが普通の子とは一回り変わった子なんだと思い始めた。
殆ど学校に行かなくなっていたキバ。
イジメがある訳でもなく、ワケを聞いても面倒だからと言うだけだった。
何かに悩んでいる様子でもなかったけど、いつも感じてた。
キバはどこか陰があった。
本当の自分を押し殺してるみたいに殻に閉じこもってる感じ。
それはどんなに時が経っても変わらなかった。
一緒に居てうんざりする事も少なくなかった。
人を見下す癖があったり、ナルシストだったり、
自分の利益しか考えない自己中だったり、
もう悪い部分ならいくらでも出てくる様な奴。
でも、私も兄も突き放す事はなかった。
どんなに頭にきても結局は一緒にいた。
それはキバの表に見せない何かを感じていたからなのかもしれない。
私達は毎日の様に遊んだ。
夏には、朝4時に家を抜け出して学校裏の森にカブト虫を取りに行った。
「結愛あっち見て来いよ!」
キバはカブト虫が入った虫カゴを渡して遠くの木を指さした。
「拓斗が取って来てよぉ」
虫カゴを持ちたくない私は虫カゴを兄に押し付けた。
兄は面倒そうな顔をして虫カゴを持ち走って探しに行った。
私とキバも兄の後に続いた。
兄が少し背伸びをしながら手を伸ばすのを見て、カブト虫を見つけたのだと思った。
不意に兄が勢いよく振り返った。
「結愛!ゴキブリーー!!!」
兄の言葉に私は叫び声を上げとっさに走っていた。
振り返ると兄とキバは笑いながら私を見ていた。
兄がカゴの中に手に持った虫を入れるのを見て、それがカブト虫なのだと気付いた。
私は怒りながら兄とキバの方に戻りカゴの中を横目で確認した。
そんな風に夏を過ごし、帰りは必ずコンビニに寄り、店長に賞味期限の切れたお弁当をもらってマンションに帰った。
私達は普段三階の広場や非常階段で過ごす事が多かった。
「私キバの方のお弁当がいい!」
私がキバにお願いしても返事は分かりきっていた。
「は?結愛は文句言わずにそれ食っとけ」
キバに優しさと言う言葉はない。
分かりきっている私は、言ってはみたものの期待など少しもしていない。
このやり取りが会話に繋がるんだ。
1時間もすればお喋りも流石に飽きてくる。
しかし、帰ろうとする兄と私をキバは許さなかった。
仕方なくキバが帰ると言うまで付き合う事が多く、嫌々だった事が多かった。
小学生の私達はお金も無く、いろんな遊びを探した。
マンションの裏には川が流れていて、
岸があり、高い壁があり、落ちない様にフェンスがあり、マンションの駐輪場があった。
私達はフェンスを上り、慎重に壁を降り、岸で遊ぶ事もあった。
マンション裏で壁が高い為、人目に付かない場所だった事もあり秘密基地だと言って遊んだ。
駐輪場に来た人にバレ、管理人さんに怒られる事もあった。
時には、ザリガニを取りに川に入りザリガニ取りに夢中になった事もある。
臭い汚い川でも子供にとっては関係なかったのだろう。
時々兄とキバの友達も一緒に遊ぶ時があった。
いつも私と兄はいじられキャラ。
「2人ほんと顔似てるよな」
私と兄はいつもそう言われる度に2人で否定し合った。
お祭りも皆で行った。
自転車でずっとずーっと遠くの山に遊びに行った。
どこで聞いて来るのか、キバの言った通り山には水が流れ、
そこには沢山のカニがいた。
「沢山捕まえた人がお菓子おごりな!」
私達は口部分を切ったペットボトルを持ち、一斉にカニを捕まえた。
ビショビショになりながら時間を忘れてカニを捕まえた。
結局最後は勝ち負けも忘れてペットボトルにカニが入らなくなっていた。
最初からキバは負けてもお菓子を奢る気なんて無い。
私も兄もキバの性格は一番に理解している。
カニを散々に虐めた後は、ビショビショの服で自転車をこいで帰った。
秋になると、毎年街の運動会にも行っていた。
でも毎年見てるだけ。
目当てはその日の夜にマンションの広場でやる打ち上げ。
参加者に混ざってご飯を沢山食べた。
私は後ろめたく、帰りたかったがキバが許さなかった。
「こっちにいろよ」
そう机の端に代わってくれたのは兄だった。
いつも喧嘩ばかりだけど、不安な時や困った時にはいつも助けてくれた。
大嫌いだった兄だけど、大切な存在だったんだ。
そうやって私達は小学生時代を過ごした。
一年先に中学生になった兄とキバ。
キバは変わらず不登校だった。
兄は空手部に入り、部活で毎日忙しくなった。
私達三人は遊ぶ事もなくなっていた。
私は6年になり同級生の女友達と遊ぶ事が増えた。
そんな一年を過ごし、私も中学生になった。
中学生になった私は、直ぐに友達と上手く行かなくなった。
時間にルーズだから嫌いと、距離を置かれる様になり、一人になる事が多かった。
内気な私は誰かに話しかける事も出来ずに過ごしていた。
家族との別れ
夏の始め、初めての体育祭が終わった次の日の事だった。
おばあちゃんとおじいちゃんが車で30分程離れた街から突然家に来た。
おばあちゃんが大好きだった私は、内心喜んではいたものの
素直な感情を表す事が出来なかった。
何が原因なのだろうか。
嬉しいのにどう笑えば良いのか分からない。
悲しいのにどうゆう顔をすればいいのか分からない。
中学生になってそんな自分の変化に私なりに悩んでいた。
だからその時も、横になってテレビを黙って見ていた。
隣の部屋から何か話している声が聞こえた。
日曜日で父も休みだった為、珍しく4人で何を話しているのか気になった。
暫くすると、母とおばあちゃんが部屋に入って来た。
「結愛、お母さんもう家に帰って来ないから。チビ達は連れて行く。でも、必ず迎えに来るから」
最初は何を言っているのか分からなかった。
だけど、離婚とゆう言葉は知っていた。
頭が真っ白になり、言葉が出なかった。
「うん」
私は表情を変えずテレビを見ながら答えた。
必死でテレビを見ているフリをした。
目の奥が熱くなり、涙がこぼれて来そうだ。
「ほんとに分かってるのかしらね」
母とおばあちゃんは心配そうに言って部屋の扉を閉め、玄関の閉まる音がした。
窓の向こうで何も知らない弟と妹のはしゃぐ声が聞こえ、
エレベーターに乗ったのかその声も聞こえなくなった。
私は布団にもぐって泣きたかった。
でも今はまだ泣けない。
父が私の部屋に来る事を悟り、必死で涙をこらえた。
昨日まで普通の家族だった。
どこにでもある平凡な家族で、母も父も喧嘩なんてしない。
私の中で母と父は母と父でしかなく、他の何にでもない。
だから、家族が離れるなんて事考えた事もなかった。
考えると涙がこぼれそうになった。
廊下を歩く足音が聞こえ、父が部屋に入って来た。
いろんな話をしているが、父の言葉が頭に入って来ない。
兄と私三人で暮らして行きたいと言っているのは分かった。
「ごめんな」
何も言わない私に、父は最後にそれだけ言って部屋を出て行った。
父が部屋を出た後、直ぐに兄が来た。
兄は離婚の話を何度か聞いていたようだった。
私は兄と今後の事や母と父の事を話した。
私が気になった事は、離婚の原因だ。
兄はお金が原因だと言ったけれど、
詳しくは聞いても理解出来る頭でも無かっただろう。
私は父がいけないのだと思っていた。
幼い頃、三度父が母に怒鳴って母が泣いている姿を見た事がある。
だからなのだろうか。
しかし大人になって知った現実は違った。
母はお金の管理が出来ず、度々無駄なお金を使う事があった。
それに対し父は怒った事もあったのだが、
それに加え母の不倫が離婚の原因になった。
あれはいつからだろうか、
夕方学校から家に帰ると母が誰かと電話をしている事が多くなった。
母は友人も少なく、電話越しから聞こえる男の人の声を私は不思議に思っていた。
夜父が帰って来ると、母は慌てて電話を切っていたのを思い出す。
無知だった私は、父が母を家から追い出した。
父が原因だと思っていた。
いろんな想いを抱え、私なりに毎日いろんな事を考えた。
夜になると、二段ベッドの上にいる兄と今後の事について話し合った。
「拓斗はお母さんとパパどっちと住みたいの?」
「どっちでもいい」
兄は決まってそう言った。
「結愛はお母さんとこ行きたいんだろ?早く行くって言えよ」
母と離れる事が辛かった私は、最初から母と暮らしたいと兄だけに話していた。
兄はいつも通り何もなかったように毎日過ごしている。
「仕方無い事だよ。だから結愛も早く受け入れて学校行けよ」
母が家を出て私は学校を休みがちになり、兄は心配していた。
いつも通り過ごす兄は強いんだと思っていた。
だけど、そんな事なかったんだ。
兄は私の為に強がっていただけだった。
母と父どっちでもいいと言ったのは、私がどちらも選べるようにだった。
2人が母を選んだら父は1人になる。
2人が父を選んだら、母は2人に見捨てられた気持ちの中小さい弟と妹を育てて行かなくてはいけなくなる。
だから、兄は決めていたんだと思う。
私が母を選んだら父に、私が父を選んだら母の所に行く事を。
私はそんな事も気付かずに、母の所に行きたいと兄に言っていたんだ。
そんな私は、いつまでも母と父に気持ちを言えずに過ごしていた。
朝ご飯を作らなかった母に代わり、父は毎朝殆どやった事の無い料理をしてくれた。
とわ言っても、作るものと言えば目玉焼きやウィンナーを焼くだけ。
料理に感心の無かった私は、父のその気持ちだけで嬉しかった。
友達とも上手くいっていなかった為、
学校も行かず母も弟も妹もいなくなり、
静か過ぎる部屋で毎日ただボーッと過ごしていた。
汚れた真実
そんな毎日の中、父の様子が変わっていくのが分かった。
よく太ももを触られる様になった。
中学一年生にもなれば、父親が嫌になる年頃。
しかし、そうゆうのとは話が違ってくる。
「寒くないのかー?」
そう言ってあぐらで座っている私の太ももを触った。
「寒くない」
私は膝を抱えて体育座りをした。
父はフーンとした顔で私から視線を外す。
私は父の近くにいるのが怖くなり始め、
そのうちハーフパンツを履かない様になった。
ある日父が部屋に入って来た。
何の用だったのだろうか。
そんな事はどうでもいい。
父はいきなり私の胸を揉んで来た。
私は突然の事でビックリした。
やめてと言って体をねじっても、父の力にはかなわない。
でも、父は遊んでいるつもりなんだ。
私はそう思おうと自分を納得させ、必死で笑いながら切り抜けようとした。
「必ず避妊はするようにな」
父はそう言って手を離し部屋を出て行った。
何の事だか分からなかった。
顔は笑っていたけど、体の震えが止まらない。
父は男だ。多少欲求なのかもしれない。
そんな事は中学生ながら考えたものの、怖かった。
シャボン玉