たった七日間の逃避行 5
「で、どうして絵馬が僕を騙してると考えられるんですか」
僕は白髪の男、桐生に問う。
「凶器のバールは、君達の逃走経路の途中に捨てられていたんだ」
「僕が捨てました」
「……トウカ君、本当に君は被害者を殴ったのか?」
「そうです、それは間違いないです」
はぁ、とため息をつき、桐生はまた話し始めた。
「何度も聴くが、一撃だったのかい?」
「はい」
少し桐生は考えた後、ケータイを取り出した。
時代遅れのタイプのようだ。
メールを送信したのか、ケータイをしまった。
「どうしました?」
「君に言うべきではないと思っているのだが、知りたいか?」
僕は頷いた。
桐生は少し嫌そうな顔をして、こう言った。
「部下に絵馬ちゃんを探しに行ってもらったよ」
「……僕の話、信じてくれないんですか?」
「ああ、信じてない」
少し顔を歪めて、桐生は口を開いた。
「被害者の死因が"撲殺"では無いからだ」
僕は、気が付いた頃には走っていた。
ただ、あの部屋に向かって走っていた。
彼女の待ってる、あの場所へ。
街が見渡せる丘。
夕日も半分消えて、もう暗くなっている。
ここに、彼女がいる。
「来ちゃいましたか」
「ああ、来てしまった」
「そういえば、あの時もこんな状況だったな」
「全部、思い出したんですね」
「残念ながら」
「水を注す様ですまんが、お二人さん」
声の主は白髪の男、桐生だった。
隠れるように、後ろに新巻もいる。
後を付けて来たのか。
「絵馬、逃げろ!」
僕は振り返り、彼女の元へ駆ける。
「トウカさん……」
彼女はポケットから、何かを取り出し――
轟音と共に彼女の手から、振り上げられたあの折れた包丁が、夕日に向かって飛んで行く。
桐生の手には、煙を吐いている銀の大型拳銃がある。
「全く、最近の若い奴は何を考えてるかわかんねえ」
「あのー桐生さん? あの包丁の落ちた先に人がいたらどうするつもりでー…?」
「いや、その……ちょっと、やってみたかった、すまん忘れてくれ」
桐生は拳銃を懐へしまった。
「さ、話があるので乗ってくれませんか?」
桐生が車のドアを開く。
「絵馬……」
「ちょっと行ってきます。 先に帰って、待ってて下さい」
絵馬はそう言い、車に乗り込んだ。
狭い部屋の中、僕は一人で彼女を待ち続けた。
眠れないと、嫌な夢さえ見れない。
窓から光が射しこんでくる。
書置きを残し、部屋を出る。
辿り着いた家は、白と黒の衣服に身を包んだ人が出入りしている。
受付で名前を書き、奥へ進んで行く。
何人かが僕を呼び止めたが、進む。
ある男の写真の周りには、花が飾られている。
数珠なんて持って無いが、手を合わせる。
周囲がざわついている。
誰かの手が、僕の肩を掴む。
ああ、やっとわかった。
彼女がどんな気持ちであの場所に居たのか。
視点は90度回転し、降り始めた雨に晒される。
いたる所に出来た傷が、雨でしみる。
どうやら、殴る蹴るを繰り返され、放り出されたみたいだ。
そりゃそうだ、これが正しい反応だ。
ここに来た自分の方がどうかしてる。
さあ、帰ろう。
彼女が帰ってくるかもしれない。
帰ってきたら、一番に迎えてやらないと。
たった七日間の逃避行 5