僕と猫とおっぱいと
誰にでもある恋人(あるいは好きな人)と何か進展がある1日に、フォーカスしました。
自分以外の人と深まる時、多かれ少なかれ自身が成長する。
また人と出会い、別れた時のように何か大きなきっかけがあると、発見する。
また自分を支え、包み込み、受けとめてくれることに、自身を投影し、影響する。
そういった、成長ときっかけと自己実現の話を身近でちょっと理系な思考で展開されます。
今日は少し雨模様。
種梅雨っていう日は今日みたいな日なんだろうか。
ホントは心踊るはずで、それと同時にちょっと緊張するはずの、待ちに待った日。
その日がこの空模様だと、元が悪いとか思う。
そう、今日は君が初めてうちに来る日。
僕は実家住まいだから呼ぶ機会がなかったのだけど、今日は両親とも旅行の日。
どうやら高速料金一律制度の最終日だからと言って、日帰り旅行に出掛けている。
元気で現金なものだ。
休日の二度寝も返上して、昨晩のオタ趣味なるアニメ視聴時間も短縮し、朝から掃除に勤しんでた。
君にはオタ趣味を内緒にしてたけど。
それよりもっと隠すべきだろう「大人の資料」は意外に量がなく、我ながら割と早めに綺麗に仕上がった。
ゴミ出しした後、庭に戻り、少し煙草で気分を落ち着かせた。
煙草嫌いな君の前で極力吸わないようにしてる分、解放的な気分で落ち着く。
縁側で日向ぼっこしてる飼い猫を眺めながら、今日のシミュレーションをすることにした。
直前の最終予習というやつだ。
どの時間帯にどこまで君との距離を縮められるか。
何とかスマート男子で、フィニッシュしたいところだ。
そうやって昨日から何度も同じシーンを思い浮かべながら煙草を堪能していると、その声はふいに降ってきた。
『ちょっと、ケイタ!』
まさかもう来たんだろうか。
直面するであろう現実の何パターンをもが、頭の中を駆け巡る。
まず真っ先に気にするのは煙草。そして、既に足で消しにかかっている。
声を掛けられた動揺の反動を利用し、人差し指と中指を広げ、身体のラインに沿わすことで出来るだけ自然にかつ死角に、そして瞬速に、処理した。
その反応速度と処理方法はキングオブスパイのジェームズ・ボンドもスカウトを考えるんじゃないか。
動揺を圧えた自然な顔で振り返るも人影はなかった。
ホッとした。
いや待て。
おかしい。
確かに声はした。
『におってるから!』
そう、こういう風に君の――。
えっ。
本当は言われてる内容を鑑みる必要があるはずで、ジェームズ・ボンドに謝罪と深い敬意を形容した言葉を送らないといけないはずで。
ただ、状況が飲み込めなかった。
『そっちじゃなくて、こっち。ききたいこと、あるの』
その言葉に導かれて、目線を流したその先にいたのは、我が家の飼い猫、キョンだった。
なんだ、お前かよ。ビックリしたじゃねーか!
とか。
そうなんだ、話せたんか! 嬉しいよ。
といったやり取りになるはずもなく、言葉を発せないまま立ち尽くしていた。
『なかまのヒトリにかわったやつがいてね。イロイロかんがえてるやつで、いつもそいつのハナシをきくのがおもしろいんだけど、わからないことがあるらしいの』
状況を理解しきれていないままだけど、しっかり言葉は届いていた。
仲間というのはきっと猫だろう。
にしても「仲間の一人」とは可笑しい。
一匹じゃないか。
まぁそれは人間が決めたことなんだろうが。
もし今ツィートするなら、間違いなく
「ネコトトークなう。ネコトークではありません。ネコトトークなう、です」
だろう。
とまで、考えが進むように、しっかり聞いていた。
というより頭に響き、心に流れていた。
『っていうのがね。ドウブツって、なんでもツイになってるじゃない? あ、ドウブツって、ニンゲンも含めてるから、ジブンのことだとおもってきいてね』
動物に人間も含まれてるのはそうだけど、何か主語が向こう側だから違和感がある。
でも、対って、なんだろう。
いやそれより―――
『どう言ったらいいんだろ』
『えっ。もうこたえられるの? やっぱケイタはすごいね』
『いやそうじゃなくて、どうキョンに伝えたらいいのかって話』
『そうやっていつもどおり、はなせばキコエルよ。キコエルというかクチをよむかんじだけど』
『そ、そうなんだ。そいつは良かった。なんだけどさ・・・』
そう全然良くない。全ての全てが。ただでも今日が親不在日なのは良かった。
庭で、割と大きめな声で独り言する息子を見たら、驚いて、心配して、カウンセリングの電話予約をするだろう。
『まぁイロイロききたいだろうけど、ジカンもないだろうから、こっちのシツモンにこたえてよ』
『そ、そうか。そうだな。分かった』
本当は「分かった」のは、時間がないってことだけ。
頭と心の中のごちゃごちゃのピースを一刻も早く繋げたいのが本当のところだが、押し迫る時間を無視するわけには到底いかない。
部屋の片付けはほぼ完了しているが、シミュレーションの最終チェックと自宅デート終盤局面における詰めの一手と考えていたシフォンケーキ作りがまだだ。
そんな時間の切迫をキーにして、イニシアチブをとるとは、なんてネゴシエーションだろう。
これが本当のネコシエーター。なんて。
『分かった。分かったよ。答えるから、質問を言ってみてよ』
少し落ち着きを取り戻し、シフォンケーキ作りのことを考えると、本当に時間が惜しい。
博識だろうその「仲間の一人」の疑問がどんなものか分からないけど、所詮は猫の疑問。
生態系のこととか食物連鎖のこととか、はたまたこの世界に人間が蔓延る理由についてだったりするのか、
想定される質問は幅広いが、教科書レベルであろうものが関の山だ。
と言っても僕だって、国立大学のアマチュアアルピニスト。
それくらいステッキもザイルもなしで、ラッシュアタックさ。
僕が解決したい問題は富士の山ほどあるけど。
『ありがと。うん。じゃあ、あたためまして』
「改めまして」だろう。少し可笑しかった。少し安堵した。
やっぱりキョンだな、と。
『改めまして、だろ?』
『あーニャールほど。それ。じゃあ、あらためましてシツモン。ドウブツでツイになってるブブンと、そうでないブブンがあるのってなんでなのかな?』
『えっ?』
聞き返したわけではなく、質問意図が分からなかった。
何か想定していたより、とても基本的だったからだ。
おそらくその「想定」がハリウッド映画に出てくる喋る生意気な動物の影響を受けてのものだったからだろう。
『だから、オスとメスもそうだけど、イチバン分からないのはテアシやメクソハナとかのカラダのことだよ』
『あ、あー』
『なんでなの?』
目鼻口のことだろうな、きっと。
ツッコミを入れたいところだが、やはり質問背景が読めず、表面理解だけであるため、言葉を呑んだ。
『それは多分その配置やら関係性やらが都合がいいからだろ』
結局なんとなくな答えを言うしかなかった。
それに難しい言葉が通じるかの疑問はあった。
それは言葉足らずということではなくて、言葉そのものが。
一応これまでの少なからずのやり取りは、キョンが使った言葉を遣い回すようにしていたからだ。
『ツゴウよくないよ。だってテアシとかはいいんだけど、クチなんかふたつあったほうがゼッタイべんり! ミルクとおショクジがいっしょにできるでしょ』
「おショクジ」だって。かわいいやつだ。
でも主張していることは、かわいくない。
そして、もう言葉選びの必要はないみたいだ。
『ジーガがいってたのは、もっとむずかしかったけど』
博識猫のことだろう。どこかの飼い猫だろうか。
テレビゲームに出てくる魔法のような名前だ。
『なんか、シンゾウだってふたつあったら、もっとたすかるセイメイがあるはずだって』
それこそゲームのような話だ。
1キ、2キみたいなもんか。
『それは尊い命を考えてのことだろ。一回死んでもまだ大丈夫! だと社会的に良くない連鎖が生まれたりするだろ』
『そんなテレビゲームみたいなハナシじゃなくて、シンゾウのヒダリガワとミギガワのキノウがヒダリムネとミギムネにわかれてたらいいのに、ってこと。サシンツだっけ?』
すいませんでした!
とは、口が裂けても言えない。
国立大……いや人として。
『それ、左心室だろ』
『そっか。それ。ニャールほど。ワタシたちがそういうツクリなのかわからないけど』
それは、本当に僕も分からない。
獣医科でも、医学部でもないし。
『ニンゲンからのネタはニンゲンのネタがおおいしね。もうわかる? なんでフタツだったり、ヒトツだったりするの?』
ネタっていうな。情報だろ。
端々変な言葉で覚えてる。
それが日本語を覚え始めた外国人のようで少し愉快だが、質問には明快に答えられる自信がない。
『ちょっと待って。少し考えさせて』
『うん。ケイタじしんにおきかえてかんがえてみて』
そうだと思う。
課題を考察・整理する時に大事なのは、目線を変え、多方面的見解で捉えられるかどうか。
明確に答える必要はないだろうが、「分かりません」では、主人の名が泣く。
まず、二つあるものを考えよう。
手・脚・目・鼻・耳、それぐらいか。肺とかもそうだろうが、それこそキョンとの棲み分けが難しくなるから、この際それは置いておこう。
他のキョンの言葉を思い出すと、オスと、、、いや男と女。
父親と母親。彼氏と彼女。僕と―――
『あっ!』
『わかったぁ?』
そんなはずもない。僕は今、赤布もない未踏峰を直面し、手持ちの道具を確認している段階だ。
何回ビバークが必要なのか分からないまま、スタートラインから踏み出そうとしている。
ただ、もう一つのとても大事なスタートラインを思い出した。
『今、何時?』
『わかんないよ。ココにいてしばらくたつし』
馬鹿なのか、順応性があるのかわからない僕の質問はさておき、玄関先においたケータイで時間を確認した。
幸い、あれからまだ10分も経っていない。
『ダイジョウブ?』
『あぁ。必ず答えるから、もう少し待って』
思わず「必ず」って答えてしまった。
前人未到の山を前に気がふれたのだろうか。
いや、ただの僕の癖だ。
いつも君に怒られていたこと。
「ケイタの『必ず』はほんっと当てにならない!」って。
後で取り返しのつく事が無意識下で知っているから、そういう言葉を使うのだろう。
誤魔化しやその場凌ぎの意識が君を苦しめていたんだ。
完成していた今日のプランに、付け加えよう。
会って、まず「ごめんね」を。
いや、「ありがとう」を。
そして、この状況に「取り返し」がつくのか分からない。
これからキョンと普通に会話できるのか。
考えても分からない。
だから今、精一杯をしよう。
そして、変わろう。
必ず、変わろう。
一番思い描きやすく、一番答えを導き出すのに近いシーンを考えた。
僕と君。
君と僕。
まずは二つのもの。
二つのものが何故二つなのか。
手は君をしっかり掴まえるため、そして君との未来をしっかり掴むため、の二つ。
脚は君との歩みを合わせるため、そして君が迷った時、僕が迷った時その階段を乗り越えるため、の二つ。
目は君が喜んでいる時に僕が嬉しくて流す涙のため、そして君が悲しんでいる時にその悲しみを分けられるように流す涙のため、の二つ。
鼻は君との想い出の香りを記憶するため、君を悲しませる僕の悪いところを掃き出すため、の二つ。
耳は君の言葉をたくさん聴くため、君の声と君以外の声を聞き分けるため、の二つ。
次は、おのおの一つずつである口と心臓。
これにおいては、何故二つでなかったかも逆説的に考える必要もある。
口が一つなのは、君一人とキスするため。
口が二つでないのは、僕が君とだけキスができるようになるため。
心臓が一つなのは、君を抱きしめた時にしっかり右側からしっかり君の生きている鼓動が聞こえるようにするため。
二つでないのでは、僕の鼓動が君の鼓動を邪魔しないようにするため。
そう、これが僕の答えだ。
そしてこれが人間の答えだ、キョン。
今からしっかり答えてやる。
その凛とした気品に満ちた顔を、その名の通りキョトンとさせてやる。
それに、もう今日のために計画したやましいプランは一から練り直しだ。
まずは話そう。いや、一緒に歩こう。いや、一緒に笑おう。いや、手を繋ごう。いや―――。
『何してるの?』
『なにって、お前の質問に今から答えるところだ、、け、、、ど。えっ!』
振り返ると、そこに君がいた。
庭先に、確かに君がいた。
キョンは何処だ。縁側には姿がない。キョンに答えないといけないのに。
『「お前」はやめてって言ってるでしょ。会って早々、何よ』
何故キョンの姿が見えなくなったのか。
あれからどれくらい経ったから、君がここにいるのか。
君が少し不機嫌なのは最寄り駅まで迎えに行くといって、行くことが出来ていないこと。
おそらくケータイに何度も電話したのに連絡がつかないことで不機嫌なことに謝らないといけないこと。
本当は色々考えないといけないけど、キョンへ答えることが大切なんじゃない。
応えないといけないのは、君にだった。
『会って早々ごめん。でも、あともう一つ。会って早々、ごめん』
『何よ。えっ……』
悲しませたことを詫びながら、強く優しく君を抱きしめた。
君の生きている鼓動を感じるために。
僕の、君を好きだという心動を感じてもらうために。
『そう・・・。そういうことだったの』
『信じるの? ってか、僕もまだ信じきれてない感じなんだけど』
事の顛末を漏れる事無く、伝えた。
僕と君の初めての抱擁がどういう形で生まれたかを。
『というか、起きたことを信じる信じないじゃなくて、ケイタがそこでどう感じて、どう考えたか大事なんじゃない?』
『あ、ああ。そうだな』
と返事したものの、やはり驚かされる。信じたことではなく、僕に今一番必要な言葉がすぐ届けられることに。
『で、どうなのよ?』
『どうって、何が?』
『・・・抱きしめて、どうなのかってことよ。一応ここ外だよ。ずっとこのままは恥ずかしいよ』
『うん、そうだね』
『で?』
『やわらかい』
『鼓動が?』
『おっぱい』
『ばか』
『ニャーン』
屋根裏に居たキョンは、「ニャールほど」と鳴いてはいなかったけど、きっと答えは届いただろう。
僕と猫とおっぱいと
キョンの存在をどう捉えるかは読み手に任せる形です。
2センテンスほど、好きなartistの歌詞を引用してます。
着想はグリム童話「赤ずきん」です。
初作品なので、これからもっと勉強して、作品公開していきたいです。
宜しくお願いします。